時は過ぎる。ある者は疑念を抱いたまま、ある者は仲間と共に自分のすべきことをしながら。そして、またある者は来るべき時の為の準備をかかさないままに。







それは、祐一がヴァルキリアに着いて、3ヶ月ほどがたったある日の事。




「・・・・流石に疲れたぞ?いい加減勘弁して欲しいんだがな」

祐一は、参っていた。

何が?と言うと、浩平とある意味『熱い』夜を過ごした後、毎日のように付き合わされている状況に。

「まだまだ行けるだろう?限界まで付き合ってもらうぞ、祐一」

「ったく、毎日毎日・・もうこれで5回目だぞ?・・・俺の体のこともちょっとは考えてくれると有難いんだが」

そんな微妙な会話を聞いた澪が、何故か頬を赤らめていたのは別のお話。

第八話








第八話








「って、アホか!!そんなこと誰がするか!」

何故か頬を赤らめている澪に、浩平が問い詰めた結果、・・・・真っ赤になりながら画用紙に書かれた文字を見て、先ず放った言葉がそれ。

ちょっと離れた所では祐一が額に手を当てて蹲っている。

想像もしたくない、おぞましい光景を頭から追い払うように必死に頭を振りながらも。

「普通に剣の鍛錬をしていることくらい何時も見て知っているだろうが!!」

気がつくと、拳を翳して澪を追いまわしている浩平が居た。

逃げ惑う澪。何処か楽しそうに見えるのは気のせいではない・・・と思う。

そのうちに、流石に息を切らせた澪がゆっくりと祐一の後ろにくっつくように逃げ込む

「ちょっちょっと。あまりくっつかないでください!澪さん!」

『助けて〜。なの』

ふにゃ。と背中に持たれかけて来る女性の体を持て余しつつ、困ったように浩平に目を向ける。

何故か、浩平も笑っていた。







「まぁ、それにしても、お前も強くなったじゃないか。・・・少なくとも、力はついた」

「そうは言うけど・・・・な」

ある程度の握力はついた。とは思う。

唯、魔術の影響か、それとも、人の身になった弊害か、体力が元の通りの所まで回復することがないであろうことが、この3ヶ月で痛い ほどに理解出来てしまっていた。

「ようやくお前が全力を出す相手になれる程度には回復しては来た、が。・・・このままでは戦場に出れない」

浩平相手なら持たせる事くらいは出来る。そう冗談で年上の女性に言ったのは何時の事だろうか。

自分の退化の度合いを測り損ねたいたと言うことに気づいたのは最初に浩平と切り結んだ時。

明らかに、浩平は手加減をしていた。

「せいぜい三十分か。全力で戦えるのは。・・・確かにちと短いかもしれんが」

だが、それでも世界で一番強いのはお前だ。と心の中で呟く。

力も、速さも、自分が圧倒的に上回っているはずなのに、決定的な攻撃を入れられない。

それは、手加減している時も、全力で戦っている時も同じ。

祐一が、本能的に最後の一線でかわしている。

「問題外だ。戦場に出れば半日以上戦い続けることだってあり得る。こんな状況では足手纏いにしかならない」

自分の右手を眺める。続いて、足、そして胴体。

自分の体が、自分の体と思えなくなってしまう。

『大丈夫なの!』

ニュっと目の前に強く画用紙が突き出されてくる。

『祐一君やみさおちゃん達の所には一兵足りとも通さないの!』

にっこり笑って頭の上に、約束するように大きく掲げる。

「ははっ。そういうことならお前が戦えるのが三十分だろうが三分だろうが変わらないな。」

祐一の肩を、叩く。

兄弟のような、分身のような・・・

そんな、自分に一番近い男の肩を。

片方が弱気になった時にはもう片方が。それが、ある意味二人の繋がりとなっていた。







三人の下へ、一つの報告が届けられるのはその少し後の事。




帝国が動く。と







「動きますか・・・ようやく」

飛び込んできた男性の報告を受けると、微笑するような、それでいて複雑な表情をする祐一。

ここにずっと居る羽目になったのは、禁軍が出兵してくれるのを待っている為。

確かに、禁軍はヴァルキリアを離れる。それは自分たちの目的の為には必要不可欠なこと。

でも、離れる、と言うことは戦が始まると言う事。

そして、それは人の命が大量に喪われると言う事。

「公国で二万近い命を失ってまだ足らない・・・か。今度はそれ以上の人が死ぬかもしれない」

そう思うと、胸が痛くなる。

「・・・・そう気負うな。お前のせいってわけでもないだろう?」

『とにかく、急ぐの!』

後ろからかかる二つの声に、ゆったりと振り返る。

「そうですね、澪さん。・・・成功させてお姫様の所にとっとと帰ってやらないと。澪さんが居ないと心細いでしょうから」

ポンッと頭に手を乗せられた澪が頬を赤く染める。

「っと、すいません。・・・どうも澪さんと話してると佳乃やみさおと話しているみたいで」

何処となく馬鹿にされているような気がした。

一応、澪は祐一より年上である。

「人を集めてください。・・・・始めましょう」

祐一が近くに控えている者に声をかける。

禁軍出動から時間がたちすぎると浩平や澪を送り届けるのに間に合わないし、早すぎると反転して来る禁軍によって包囲殲滅の対象となる。

「時が命です。なるべく急いでください」

そう告げると、浩平に向かってヴァルキリアの地図を広げるように要請。

ぶつぶつと文句を言いながらも広げられた地図を一瞥して・・・・次の瞬間にはある程度の道筋を立てる。

集まってくる人の足音。それを聞きながら祐一は一つ、大きく深呼吸をした。







「そうですか。・・・・ようやく、ですね。」

王国はオーディネルにて、そこに届けられたのは祐一達が受け取ったものと同じこと。

「ったく、あの馬鹿は何やってるのよ!王国の一大事なのよ!」

憤懣を隠せない留美の怒鳴り声に瑞佳が顔を曇らせる。

「・・・別に長森さんのせいじゃないです。そうですね?陛下」

「勿論よ。瑞佳ちゃんが悪いわけないわ。・・・悪いのは全部あの放蕩王子。」

どうしようかしら。と思案顔になる由起子を見て、全員が溜息を吐く。

優秀な人材が揃っていると思われている王国。しかし、こう言うときの機動力がそこまで高くはない。

実際、王国において大規模な行動をすることなんて異民族の侵入の時くらいしかなかったし、その時は専ら公国との共同作戦で、 浩平と祐一の二人が会話を行うだけで軍議の大半が成っていた。

残りの者が細部を詰めていけば、それで終わりである。

つまりは、名優は揃っていても、脚本家がいない。監督が居ない。単純に言えばそう言う事。

「う〜ん。・・・えっと、浩平君は全権を茜ちゃんに任せて出て行ったんだよね?だったら、茜ちゃんが指揮を取ってくれれば 私達は従うよ。ねっ、雪ちゃん」

そう言われても、と茜自身も一瞬眉を潜める。

彼女自身、作戦立案能力に欠けているわけではないが、自軍の倍以上の兵力が侵攻してくる。と聞いて即座に策を立てられるほどに 場慣れしているわけでもない。

しかも、相手は世界に名高い・・・目下世界一とも言われている名将である。

「相手は、禁軍の石橋将軍と倉田一弥の独立部隊・・・便宜上、新帝国と呼ばせて頂きます・・・です。禁軍だけで五万超は居ると聞いていますね。 私達を破る為に作られた新帝国には単純兵力においてはそれを上回る数が居ると考えてよいでしょう。」

少なくとも、公国を破った時の兵力の大半はそのまま新帝国に預けられていますから。と告げる茜に、溜息が漏れる。

「当然、旧公国領を守る為の部隊は残すでしょうけれど、それでも新帝国だけで七〜八万の動員は覚悟しなくてはいけないです。」

総勢十三万。王国の兵力は全部で五万と、それにみさおの直属の五千超。あとは、公国からの生き残り。

「う〜ん・・・私は軍事的には無能だと自覚しているのよね。茜ちゃんに任せてもいいかしら?」

さくっと告げて、知らん振りを決め込む王。

どうやら黙って推移を見守るつもりらしい。という事にもう一度瑞佳が溜息。

(どうして折原の人は・・・みさおちゃんは別だけど)

『やっぱり浩平にはしっかりした人が必要だよ』

はぁ。と溜息を吐きながらボソッと呟く。

そんな瑞佳を一瞥して、とりあえずは当てには出来ない。と理解し、別の方向に目を向ける。

「えっと、詩子。何か案はありますか?」

「詩子さんは特にないよ〜。茜に任せた!」

続いて隣の留美を、雪見を・・・それぞれ一瞥。

「乙女に策略なんていらないのよ!粉砕あるのみよ!!」

「あ〜。私も里村さんに一票で。宜しく頼むわ」

栗色の三つ編みが悲しく揺れる。

周りは頼りにならない者達ばかりだった。

「・・・・仕方がないですね。とにかく、兵に集合をかけることが第一ですか。後は王女殿下と合流してからにしましょう。」

ふぅ。と息を吐いて、退出。

今まで、自分たちがいかに浩平や祐一。二人の鬼才に頼ってきたのかが痛いほどに理解出来てしまっていた。







「お父様・・・また血を流すような事を為さるのですね。みさおさん、ごめんなさい。」

一方では、知らせを受け取るや否や悲しげに笑顔を歪ませる佐祐理を、佳乃、みさおが必死に慰めている。

「別に佐祐理さんのせいじゃないです。・・・気にしないで下さい、ね。」

「元気を出さないと駄目だよぉ?」

こうなることは分かっていたはずなのに、いざこうなってしまうと悲しさ、寂しさ、・・・自身に対する悔恨がどうしても湧き出てしまう。

「皇女殿下。・・・それとも、佐祐理様とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

そして、三人に近づいて来る影が一つ。

みさおを屠る為に送られた刺客だった天野美汐は、今では王国の客人として扱われていた。

その彼女が、黙って近づくと、目の前で膝を折る。

目線を合わせるようにして・・・・。

「誰でも罪は持っています。勿論、王女殿下に刃を向けてしまった私も。大切なのはそれを何に繋げて行くかではないでしょうか?」

ふぇ?と顔を上げると、ちょうど赤い髪の少女の視線と栗色の髪の少女の視線がぶつかる。

「確かに、帝を止めることもなく為すままにさせてしまったことは罪かもしれません。しかし、それを言ってしまったら相沢前公爵様も ・・・祐一様だって罪があるのではないでしょうか?」

あの二人は、何時でも帝を討つことは出来たはずだ。と思う。

それが事実である事は、先の戦でも証明されたこと。

「美汐さん?」

「でも、祐一様はそれを自覚し、尚動いておられます。祐一様の伴侶ならばその意思を尊重し、それを助けるのが役目だと思いますが?」

ある意味で事情を知らないからでた一言。

「はっ!はぇぇ!?・・・べっ、別に佐祐理は祐一さんのはっ・・伴侶だなんて・・・そんな・・・」

涙を浮かべつつ頬を真っ赤に染める。

そして、くすくすと笑っている佳乃を、みさおを眺めて、最後に美汐に視線を向けた。

「・・・あの、私はてっきりそうだと思っていたのですが、違うのですか?」

小首を傾げる少女に、慌てて首を横に振る。

「佐祐理さんも、みさおちゃんも、皆ライバルさんだよぉ」

そう言ってくるのは、・・・・確か、倉田皇太子旗下で将軍位にある霧島将軍の妹・・・・名前は佳乃さんと聞いている。

静養中から、何かと声をかけてきていたので、ある程度の面識はあった。

「そうなのですか、それは失礼致しました。」

「い、いえ、別に・・・。佐祐理はそうなったらい・・・いっ、いえ、何でもないですっ!」

頭を四五度に下げる美汐を両手で制すると、気がついたら自分に元気が出ている事に気がついて・・・

「有難うございます。美汐さん。」

逆に、頭を下げてお礼を言う。







「それで、みさおさんとしてはどういう方針で動かれるおつもりなんですか?」

事が軍事行動。と言う事で、立花将軍を交えての話し合い。

と、言っても、みさおの私室に佐祐理、佳乃、美汐を入れての五人の会談。特に堅苦しいこともなく、みさおはお茶を入れて全員の 前に配っている。

「そうですね。とにかく、茜さん達と合流してからのことになるとは思っています。兵力が五千では独立して動く事も出来ませんから」

「あれぇ?・・・えっと、祐一君の仲間の皆は集めないの?・・・だって、相手はこっちよりずっと多いんだよ?」

佳乃の疑問はもっとも。何故話に参加させられているのかも分からないまま座っている美汐にも、佳乃の方が正しいように思えていた。

「あの方達は、魔族に対する備えとして祐一君が貸してくれた勇者様方です。・・・私達の戦に巻き込むわけには行きません」

毅然とした態度は、強い意思を表している。

「でも、もし負けちゃったら・・・その人たちも一緒にやられちゃうんだよ?」

相手が戦を仕掛ける理由が、『公国からの亡命者を引き渡せ』である以上、それは必然であろう。とまでは佳乃自身も考えていないものの、 佳乃の言った事は事実を表していた。

それだけに、反論が出来ない。

ある意味で、みさおが怖がっているのは、自分が相沢の軍を率いる事で、本当に『相沢祐一』と言う存在が消えてしまうのではないか? と言う漠然とした不安。

そして、自分のせいで祐一の『民』が命を失ったら・・・と言う不安。

勿論、口で言っている事も彼女の心理を表しているものの、そう言った不安が強い事は否定出来ない事実。

「・・・・佳乃さんの方が正しいように思えますね。私も佳乃さんの賛同させて頂きます」

横から勇にも口を挟まれると、弱い。

みさおは、この祐一の『懐刀』であった英雄を心から信頼している。

「それに、これは我々の個人的な感情に過ぎませんが・・・・おそらく彼等も弔い合戦をしたいと考えていると思います。」

祐一は生きている。それを知っている者もある程度は居る。

しかし、それは生命としての存在。

公国を踏みにじられ、その象徴たる白騎士団の団長を討たれ、多くの仲間を殺された。

祐一や大輔からの『遺言』として、恨みを持つな。とは言われているものの、それで片付かないのが人の心。

「勿論、彼等が共に魔族から人々を守る仲間として存在するのであれば、彼等はそれを拒む事はないでしょう。しかし・・・」

敵として、侵略者としてもう一度向かってきているもの達に対して、そう思ってしまう・・・それは仕方のないことなのではないだろうか?と思ってしまう。

そう告げる彼自身もが、何処かに帝国と言う国家や、水瀬秋子等と言った祐一や大輔の関係者達に対する憤りを少なからず持っている。

『自分だったら、自分だったら帝国を敵に回してでも義を貫いていただろう』

そんな感情が、理性と別のところに存在している。

それを聞いてみさお自身も顔を俯かせる。

「・・・・でも・・・・」

佳乃ちゃんの言う事は、立花様の言う事は、正しい。

でも・・・・・

嫌・・・嫌・・・嫌・・・!と心の中で悲鳴を上げる。

祐一君はここにはいない。そんな中で自分が祐一君の『民』を、二万の兵の命を預かることが・・・出来るわけなんかない。

だから・・・・・・

「・・・・ごめん・・・・なさい。ちょっとだけ考えさせてください。」

そう言って、黙って部屋を出る。

後に残る四人も黙ってそれを見送るのは、一人きりで考える時間が必要だと言う事をわかっているから。

「・・・・祐一様がいらっしゃれば良かったのですが」

こう言った後に、勇は一瞬心の中で後悔する。

それは、聞き様によっては、みさお様を支えている佳乃様や佐祐理様に失礼に当たるのではないか?と思ったから。

「そうだねぇ〜。祐一君が居たらよかったんだよぉ」

「ですねー。・・・祐一さんが居れば・・・。」

でも、それを思っているのは皆同じ。

居なくなって初めてその存在の大きさを知る。

それは、茜達にしても、みさお達にしても、同じ事だった。







「大丈夫かなぁ?みさおちゃん」

お茶を一口飲んで、佳乃が顔を顰める。

入れてから誰も手をつけずに居ただけに、渋かった。

「うぅー。苦いよぉ」

「あ、佐祐理が入れなおしてきます。お茶碗を貸してください。」

テキパキと5つの茶碗を集めると、部屋を出て行く佐祐理。

住み始めて数ヶ月。『勝手知ったる〜』と言う感じであろうか。

「佳乃さんや立花さんの仰られる事は正しいと私も思います。彼の軍を導入しなければ戦に勝利することは難しいでしょう」

それは、おそらく事実。

十五万にも及ぶかもしれない軍勢を相手に、いかに地の利があろうとも六万に満たない軍勢で向かうのは心もとない。

「・・・・いいえ、戦をしろと言われたら、負けない戦は出来るとは思いますよ。」

その言葉に異を挟むのは一人だけ年齢の違う男性。

「オーディネルに篭り、篭城戦を行うと言うやり方であれば、もしくは・・・しかし・・・」

その場合、民の生活が大きく脅かされる事になってしまいます。と、男性は告げる。

それは、祐一が、大輔が最も嫌った事。

彼等は、一度として民を戦に巻き込んだ事がなかった。それは、祐一が自分の人生で唯一誇りと思えることと聞いている。

「民の生活を崩さずに勝利を手にする為には、国境付近で迎え撃ち、野戦でもって退けるしかありません。その為には最低でも半数は必要でしょう」

彼はそう告げながらも、公国の民に弔い合戦の機会を与えたいが為に言っているのか、それとも王国のことを考えているのかが自分でも 判断出来ていなかった。







「はぁ・・・逃げてきちゃいました」

城壁の上に肘を付いて、俯く。

今は初春。風が心地よく感じられる季節。

「祐一君・・・」

居てくれればどれだけ心強く感じられたんだろう。と溜息を吐く。

「強くなりたいです。・・・強く」

お兄ちゃんや祐一君と並び立てるみたいに。と、そう思ったのはこの役目を受け入れた時。

でも、今の自分はまだ心の中で祐一君を当てにしている。そう思う。

それが、不甲斐ない。

結局、公国軍の参戦を拒んだのも逃げているだけ、そう思えてしまう。

彼等の役目を盾にして、自分が逃げている、と。

「このままじゃ、駄目ですね。」

ふぅ。と空を向いて一呼吸。

空の青さに包まれているだけで、心が軽くなるような気がした。

そして、そのまま小一時間場所に留まると、緩やかに立ち上がる。

目の中に、決意をもって。







部屋に戻ると、まだそのままに四人とも揃っていてくれた。

彼女達は、自分のことを信頼してくれている。

それを裏切ってはいけない。と思う。

「立花様」

キッと前を見据えて、しっかりをと目を見て。

「はっ!」

目を向けられた相手は、咄嗟に椅子から降りて、膝を付く。

目が合わさった瞬間、何故かそうしなければいけないような、そんな気分にさせられる、目。

相沢祐一と同じ、目。

「白騎士団の方々を除く公国の方々から義勇兵を募っていただけますか?」

「白騎士を除いて、ですか?」

ちょっと意外、と言った感じに顔を上げる。

「彼等の役目は人と争う事ではありません。祐一君の話を聞くと、もう来るべき時まで時間もないみたいです。・・・ あの方々には、来たるべき時の為に再編を急いで頂かないといけないと思います。」

既に、その数は千を大きく割っている、白騎士団。

士官学校の生徒から、候補生を集めて訓練を行っているものの、未だにその練度は本来のものに遥かに及んでいない。

そう、目の前の男性は自分に言っていた、と思う。

「了解いたしました。それでは、直ちに」

頭を一度下げて、立ち上がる。

そして、扉を開けて、閉める・・・その間際

「・・・・・・・・・本当に、祐一様に似てこられましたね。」

そう言って、パタン。と閉める。

反論を聞く事もなく、優しく、ゆっくりと。

その言葉に暫く固まっていたみさおがようやく再起動した時には、彼の人の姿は既に廊下にも残っていなかった。







「祐一君に?」

小首を傾げて頬に人差し指を当てる。

いくら御世辞を言うにも、言いすぎじゃないか?と思う。

「くすっ、立花さんの仰られた事はお世辞じゃないですよー」

佐祐理も全く同じ事を思いましたからー。と腕を引かれる。

「祐一君みたいだったよぉ。うんうん。みさおちゃんを祐一君2号さんに任命するよぉ」

目を輝かせた佳乃に逆の腕を取られる。

(・・・その言い方だと意味が違っちゃいます。)

心の中で軽く突っ込む。

そして、椅子に座ると、目の前にあるのはお茶と、お菓子。

「戻ってくるからって佐祐理さんが言って、皆で一緒に準備したんだぁ」

お茶からはまだ湯気が出ていた。

「そう・・・ですか。」

茶碗を手にとると、外に居て冷えた手のひらが、段々熱を帯びてくる。

心地良い。そして、心強く思える。

「王女殿下」

気がつくと、美汐が目の前に膝を付いて

「祐一様は私の両親を助けに殿下の御傍を離れておいでです。・・・私ではとても祐一様には及びませんが、少しでもお役に・・・」

「堅苦しいこと言うの、駄目だよぉ」

むんず。と美汐の首が佳乃に上げられる。

「美汐ちゃんも一緒に行くんだよぉ。ね!佐祐理さん」

「そうですねー。祐一さんの分も頑張っちゃいますよー」

にっこりと佐祐理が微笑む。

「な!私は、人としてしっかり礼儀を守り、王女殿下にお許しを・・・」

赤い髪の少女が文句を言う。

あとの二人は笑っている。

「これからは一緒に来ていただけるのですか?・・・それなら、嬉しいです。仲良くしてくださいね?」

そして、みさおも笑って美汐の手を取る。

また、家族が一人増えたような気がした。







そして、一方では、勿論対王国の会議が為される事となる。

「やはり、ですか。休戦はあり得ないとは思っていましたが」

一弥は、全員を見渡して一つ苦笑する。

秋子、名雪、あゆ、香里、潤、有人、往人、観鈴、晴子、聖。

全員、帝国の誇る将軍達。

「今回の総司令官は、やはり一弥さんに任されるようです。やり易くなりましたね」

秋子が、一番危惧したのは、帝国本隊の石橋将軍が総指揮を取ると言う事態。

彼は凡将ではないものの、名将でもない。

折原浩平と言う亡き相沢英雄公子と並ぶ稀代の英雄に立ち向うには、余りにも物足りない。と思える。

それは、戦術レベル、と言うより戦略レベルにおいて。

「勿論、私としては秋子さんにお任せしたいです。・・・どうですか?」

一弥は、自らの師を仰ぎ見る。

そこに現れているのは、信頼。

「駄目ですよ、一弥さん。・・・もう少し、一弥さん自身にも色々と考えていただかなければいけませんよ。貴方は未来の帝国を 背負わなければいけないのですから」

秋子の危惧。それは、一弥が人の言う事を聞きすぎる事。

人を頼れるのは才能。しかし、それが度を過ぎると、自分では何も出来ないと言う事になってしまう。

「そして、貴方はこれから何十年も折原王太子殿下と向こうを張らなければいけないのですから」

「な!秋子さん!それは・・・」

香里の嗜める様な言葉に、誰も居ませんよ。と苦笑する。

「つまり、水瀬侯爵は今回の遠征で王国を打倒する事は出来ないと?」

面白そうに有人が会話に加わる。

往人辺りは笑って、晴子や聖は唯驚いていた。

「そうですね。・・・彼の国については、久瀬さんや北川さんの方が良く分かっていらっしゃるのではないですか?」

先の小競り合いの後、色々調べていたみたいですし。と言われて、笑う。

「分かって居られましたか、それならそうと言って頂ければ。お人が悪い。ははっ。いや、まぁちょっと興味があったものですからね」

人が悪い。と言うように軽く睨む。

「あらあら、そんな言われ方をされるとまるで私が策謀家みたいですね。」

嫌ですね。とくすくすと笑う秋子につられて、全体から笑いが沸き起こった。







「それでは、改めて久瀬さんから王国の内部についてお話を頂きましょう。名雪、お茶を配ってくださいね」

は〜い、お母さん。とパタパタと歩いていく名雪を尻目に、有人は一人立ち上がる。

「そうですね。それでは、基本的なことから・・・」

コホン。と軽く咳払いを一つ。

「先ず、王国は王制を敷いている国で、我が国家と政治体制は似通っておりますね。女王の小坂由起子は、先王夫婦が亡くなった後、 王妃の妹であったこと、また、数少ない王族に連なる者、と言うことで小坂家から請われて呼ばれた方です。 即位の際には反乱等も起こったようですが、相沢の家も鎮圧に手を貸したことなどから早期に解決はなされたようですね。それ以来問題らしい問題はひとつもありません。」

「小坂家と言うのは、長森家と並んで王国の二大伯家の一つです。あの国では、貴族の最高位が伯位ですから」

「伯が最高位?」

途中に口を挟む秋子に、往人が疑問の声を上げる。

帝国の最高位は、候である。

実際に、新参者と言ってよい往人が伯を拝命している。帝国には伯の位を持っているものは相当数居た。

しかし、秋子は王国の貴族制度が自分達と違う事は知っている。

これは、相沢家の公と並び立つものを作ってはいけない。と言う考えから、決してどんな者にも公位だけは与えなかったためだと聞いていた。

「そうですね。・・・これは、折原王家自身が公国に対して折原侯爵を名乗っているからです。彼等は自分たちが王位と言って、神家の 上に立つことだけはしてはいけないと、常に相沢に対しては候の立場を貫き通していました。」

最高位が、王家が候を名乗る以上、貴族の最高位は伯となる訳です。と伝える秋子に、誰もが頷く。

と、同時に、それだけ関係の深い公国を滅ぼされたのだから、怒りも当然だろう。とも。

「・・・最初っから侯爵がご解説を為された方が良いような気もしますが。・・・」

続けてください。といわれて、苦笑しながらも有人が続ける。

気がつくと、全員の前にお茶が行き渡っていた。

「小坂由起子は、とりあえず折原王太子が成人するまでの王位と言う事で就いたようですね。彼の人は、一度として自らが代王である立場 から離れた事はないと聞いています。」

一呼吸をおいて、お茶を一口。

「まぁ、国の成り立ちを説明してもしょうがないので、軍部について話しますか。」

名雪がまどろみかけているのを見て、秋子が肘で小突く。

わとと。と苦笑して座りなおす名雪。こんな所も何時もどおりだった。

「先ず、言うまでもないですが、総司令官に居るのは折原王太子ですね。そして、その部下の筆頭に里村将軍。」

その二人の名前は、軍に携わるものでなくても知っている。世界的に有名な名将である。

「あと、折原の王女殿下・・・折原みさお王女殿下ですね。その方がこちらとの国境近くの砦に数千の部隊を率いて構えています。 おそらく、万を超すことはないでしょうが、それでも無視出来ない部隊となるでしょう。」

その名前は、聞いている。

寡兵でもって、帝国の最強部隊、久瀬侯爵家の部隊と、北川潤の騎馬部隊を向こうに互角に渡り合った将。

「そして、その旗下にも名将が揃っています。・・・と言っても、これ以上のことは噂としてでしか伝わってはおりませんね。 唯、噂で聞く限りに置いては、彼の国の将は全員血筋等と関係なく、実力だけで選ばれていると聞きます。」

その一言に、数人が項垂れる。

名雪、あゆ、香里。彼女達が今の地位までのし上がったのには、その貴族としての立場も相当に影響している事は本人達の認めるところ。

「気にすることはありませんよ。名雪、あゆちゃん、香里さん。・・・貴方達は、仮に実力で選んだとしても 今の地位にいけるだけの才覚を持っていますし、それに見合った努力もしています。」

秋子はそう告げて、一人一人に優しい視線を向ける。

「ま、そうだな。祐一もお前達のことは褒めていたぞ?十年、二十年後の帝国を支える逸材だ。ってな」

後ろから挟まれた往人の言葉は、彼女達にとっては最高の賛辞だった。







「しかし、だからと言って数の差がこれだけはっきりしていると・・・」

そして、会話は最初のものに戻る。

秋子がはっきりと、「今回の戦では終わらない」と述べた事に。

「そうですね。香里さんの仰る事の方が私も正しいと思います。」

秋子は、何処か困惑したような表情で、告げる。

「でも、何故か・・・・何故か、そんな予感がしてしまうんですよ。王国が今回の戦で滅びると言う事が想像出来ないんです。」

弱弱しく微笑む秋子は、何処か頼りなさ気に見えた。

「しかし、私達としても進まないわけには行きません。・・・秋子さん、宜しくお願いします。」

椅子から立ち上がると、一弥は緩やかに秋子の手を取って膝を付く。

『私を導いて欲しい』そう、師に対して告げるような態度。

「分かりました。私も微力を尽くしましょう。皆さんも宜しくお願いします」

返答の唱和はたった一つ。

その後に、全く声が重なった事にくすくすと笑いが満ちてきていた。