第七話








帝国の久瀬公子はこう言った。

『王国の駒の揃い方は我々の比ではない』と。

それはその通りで、王国の駒は確かに帝国のそれを凌駕している。

が、だからと言って問題が無いわけではない。

王国にとって中核とも言える存在が、表と裏と二人揃っていなくなってしまったことは相当の衝撃を与えていた。

また、建国間もない新国家にとっても同じ。その全体における顧問と実践指揮官のトップが居なくなった事は大きな衝撃を与えている。

「みさお様、次は何を致しましょうか?」

聞かれるのは何度目だろうか?

何しろ、内政、軍事。共に彼女は初めての経験。

しかも、その師が居なくなった今、彼女の負担は倍増どころではなかった。

「は、はい。・・・えっと・・・」

周りの者も事情が分かっているだけに強くは言えない。が、それでも彼女に動いてもらわないと色々なことが停滞してしまうのは事実だった。

それに、・・・いくら若いとは言っても、いくら女性だからと言っても・・・

いくら『彼』がいないと言っても・・・

それでも、彼女はトップに立つものとしての責務を果たさなければならない。

勿論、彼女の周りに居て、手足となっている者達は数歳の子供一人に委ねられた相沢の家を十年以上守り通してきた者達。

仮に、みさおが『全てお任せします』と言うのであれば、彼等は指示がなくとも動けるだろう。

いや、そうしても特に問題はないのかもしれない。でも・・・

でも、それは祐一の望む所ではないだろう。

今、彼等は、そして、みさおや佐祐理、佳乃達はある意味試されている。

そして、他の者・・・由紀子や茜、瑞佳達もまた、試されているのだろう。

この、何時戦が始まるか分からない状況において、祐一を、澪、浩平を抜いてそれでもしっかり機能させる事が出来るのか?と。







そんな王国の状況、折原みさお王女殿下を支えているのは、内においても外においても二人の同世代の少女。

「うぅ〜疲れたよぉ〜」

ポテッと机に倒れこむ佳乃の前には、既に一枚として書類は残っていなかった。

朝起きると、毎日毎日大量の仕事が舞い込んでくるみさお。その手伝いをするだけで、今まで自分の周りの人達が どんなことをしていたのかが佳乃には良く分かる。

こんなことを、相沢祐一と言う自分の・・・大切な、大切なお友達はたった一人で成し遂げてきて居たんだぁ。という事を。

「あははー。お疲れ様ですよー。」

お茶をトントンと置いて行く佐祐理には特に疲れた様子もなく・・・今までの慣れを感じさせていた。

「佐祐理さんは全然疲れてないんですか?」

はふ。と息を吐いてお茶を一口、みさおが今にも机に倒れこみそうになりながら尋ねる。

「佐祐理は、昔からやっていたんですよー。お父様はこういった仕事を自分で為さることはありませんでしたから」

自身でもお茶を一口飲むと、ほわ〜っとした顔を見せる。

二人は今ではみさおの秘書官的な立場になっている。

普段は護衛、政務の時は秘書官。個人的には姉妹同然の友人。

上月澪と折原みさおは十年以上姉妹同然の生活をしてきた。この二人は、新しい姉妹仲間。

一日の大半の時間を・・・いや、ほぼ全ての時間を共にすごしている状況。

ふ、とお茶を飲んだ佐祐理が顔を上げる。

それは、ここでの生活を初めて以来疑問に思っていたこと。

「でも・・・佐祐理にはちょっと意外です。みさおさんの生活、贅沢ではないですけれど・・・もっと質素なものかと思っていましたから」

食事にはしっかり何品もおかずがついているし・・・と小首を傾げる佐祐理。

確かに、戦によって食糧が不足しがちな状況においてにしてはマトモな食事。

勿論、豪華絢爛からは程遠い、けれど、一般の人の家庭にはおそらく並ばないであろう程度の。

むしろ、目の前の少女はこう言った場合に自分の食事を悪い状況の人にあわせたり・・・と、そんなことを考えるような人に見えていた。

「小さい頃、私もそんな風に思っていたんですよ?食事が食べられない人もいるのに、自分の前には何でこんなにおかずが並ぶんだろう?って。 その頃、食事をそう言う人達に合わせたいって思ったんです。」

そう言って、俯いて笑うみさおのしようとしたことはむしろ良い事に思える佳乃と佐祐理の感覚はむしろ普通と言えるだろう。

自分達は特権階級だ、と民が苦しい生活をしているのを無視している人間が大量な世の中、子供心にそれを考えられる人間は『高潔』と呼ばれるのではないだろうか?と。

「でも、そんなことしていたら祐一君に叱られちゃいました。いえ、叱られた・・・と言うより、呆れられちゃいました。」

「呆れる・・・ですか?」

良い事をしているように聞こえるのに、呆れる理由は何だろう?と思わず首を傾げてしまう。

「『自己満足だ』って。『みさおがするべきことは自分が食事を減らす事より、むしろそれでしっかり体力を つけてたくさんの人を助けられるような行動を起こす事だろう?一人が食事を減らした所で誰が助かる?所詮は残り物となって捨てられるか ・・・よく動いたとしても毎日五,六人が助かる程度。それがみさおのするべきことか?』って、呆れた顔で言われて・・・・・・・・私はとっても悔しくて、とっても恥ずかしかったです。 それ以来、食事については何も言った事はないんです。料理を作ってくださる方は私の栄養のことまでしっかり考えてくれていますから」

なるほど。と佐祐理が、佳乃が思わず頷く。

佳乃からすれば、自分が貧しい生活をしていた頃、お腹一杯ご飯が食べられる事なんて考えても居なかったけれど・・・でも、昔、彼が言ったと言うことの意味はおぼろげに 分かる。

「それじゃぁ、佐祐理もしっかり食べないと、ですねー。いざと言う時にみさおさんをお守り出来なくなったら困っちゃいますからー。」

そんな会話を交わしながら、お茶を飲む。

そして、疲れを癒したらまた政務に戻って一生懸命仕事に励む。

それが、今の彼女達にとってはとても心地良いものだった。







「みさおちゃんも大変そう。・・・それに、ごめんね。里村さんも毎回毎回浩平が迷惑かけちゃって」

そんな頃、瑞佳は浩平に渡された書状を持って、近くの町に小軍勢を率いて駐在している里村茜の所を訪れていた。

思わず、謝罪を一つ。と、同時に義妹に対する心配を思わず呟いてしまう。

支えてあげたいと、思う。けれど、それは自分にとっては越権に当たるし、それに彼女を支える役目は傍に居て一緒に悩んでくれている二人の少女のものだと思っていた。

だから、瑞佳も茜も決して口を出さずに、自分の仕事を黙々とこなしている。

茜のところに重ねられた書類が頭一つ多いのは、浩平が役目を押し付けていったから。それだけに、申し訳ない。と思う。

「もういいですよ。慣れてますから」

別に怒っているわけではない。これは、茜にとっては普通の態度。

でも、瑞佳からすれば、それでも『里村さんは機嫌が悪いのかな?』と思ってしまう。

「えっと、何か出来る事はないかな?私に出来る事があったら」

茜はクスッと笑う。

目の前の伯爵令嬢とも、何故か王太子と言う立場にあるあの男とも士官学校時代からの付き合い。

その頃から、浩平は何かと騒ぎを大きくして、瑞佳が謝って後ろを歩くと言う姿は変わっていない。

そんな二人が、誰にも言った事は無いものの、茜には何処となく好ましく思えていた。

「それでは、この書類、半分手伝ってください。」

でも、これは名目上私がやったと言う事にします。と悪戯するような顔をして、紙の束を横にずらす。

ちょっと驚いたような顔をする瑞佳。

そして、嬉しそうな顔をして、書類を処理し始める。

士官学校の成績においては、一位が浩平、二位が茜、そしてその次が瑞佳。

浩平が総司令官、茜は筆頭将軍位、瑞佳が副司令官であることを考えれば、この世代は非常に優秀だった事が分かる。

「私のことはそんなに心配してくれなくても大丈夫です。私も詩子達に押し付けていますから」

黙々と書類に判を押しながら穏やかに話し掛ける茜に、思わず笑みを浮かべた。

「それにしても、王女殿下は大きく成りましたね。とても浩平の妹に見えません」

「・・・・みさおちゃんを褒めてくれているんだよね。」

あの兄に似ていると言われて褒められていると言えるほど瑞佳は浩平を評価していない。

「勿論です。」

あっさりと告げられるとそれはそれで悲しいような気もしたけれど・・・。

「やっぱり、祐一が近くに居る事の影響は大きいんじゃないかな?・・・・このままずっと居てくれればいいんだけど」

もはや嘆息するのが常のようにすら見えることを多少哀れに思いつつ、顔を上げる。

「祐一は、このまま王女殿下の傍に付き従ってくれるのではないのですか?」

小首を傾げながらそう言われて、『誰もがそう思ってるよね。私だってそう思ってたもん』と小声で呟く瑞佳。疲れたように・・・困惑したように。

「祐一がね、この間みさおちゃんを宜しくね。って言った時に『みさおも佐祐理さんも佳乃も、生涯の伴侶が見つかるまでは精一杯守って見せますよ』って笑いながら言うんだよ。 ・・・こんなこと浩平やみさおちゃん達には・・・」

言えないよ。と深く嘆息されると、確かにどうしようもないように思える。

言ったら言ったでとんでもないことになるだろう。と言うことだけは分かった。

何しろ、茜自身も恋愛経験等今までに全くないので、そんなことを言われても困ってしまうと言うのが正直な所。

「そんなこと言ったらあの三人、泣いちゃうんじゃないかな。里村さんも内緒にしておいてね?」

そんな重い話を自分に押し付けないで欲しい。と心の中でちょっと思いつつも、頷く。

「浩平も、祐一も・・・もう少し女の子の気持ちを分かるようになってくれればいいのに・・・」

「それはそれで、嫌です。」

女心を弁えた浩平や祐一。余りにもイメージとは掛け離れているような気がする。

「まぁ、それはそうなんだけど。・・・はぁ」

そんな風に溜息を吐ける長森さんは幸せですね。と軽く心の中で苦笑。

人の事を想えることは、それだけで誇っていい事なんだと思う。

「・・・里村さんは、浩平や祐一のこと、どう思っているの?」

ふと思いついた事。

そして、一度聞いてみたいと思っていた事。

茜はみさおや澪のように表面に好意を表す事は先ず無い。

でも、先の大戦での行動には祐一への・・・もしくは、浩平が行くというから従った、と見方を変えれば浩平への好意が伺える。

勿論、それが恋愛感情なのか、友愛感情なのかはまた別の話だろうけれど。

「浩平は私の大切な友人だと思っています。それ以外は考えた事も無いです。長森さんと浩平の強い結びつきは良く知っていますから。 祐一は・・・・・・そう、ですね。私にも良く分かりません。・・・・・・私は、そう言った感情を持ったことがありませんから。」

小さい頃亡くした幼馴染。彼に対するのが友愛であったのか、恋愛であったのかも分かっていない。

そして、捻くれていますから。と小さく笑う茜。それが答え。

「そう、なんだ。もし、祐一に対しての感情が・・・もし、そうだったなら、みさおちゃん達にとっては強力なライバルなんじゃないかな?」

ううん。と茜がそれに対して小さく横に首を。

「今、皆が幸せそうにしているのは、あそこに居る人達が皆、ちょうど良いバランスで成り立っているからです。私は、あの人たちが幸せそうにしているのを見ているのも好きですから」

そう言って、小さく笑って・・・

びっくりしたような顔をしている瑞佳にもう一つ。

「それに、祐一がどうするか、です。今のままで幸せだとしたら、私はその幸せを大事にして欲しい、と思います。」

と、まるで見守るかのような・・・宝物を守るかのような、そんな。

そんなことを言える里村茜という人は本当に強い人なんだろう、と瑞佳は思う。

そのまま、書類を処理していく二人。

まるで、互いの考えが分かっているかのようにスムーズに。

何しろ、思えば互いにとって、この相手は幼馴染と言える人を除けば最も付き合いの長い二人であり、しかも瑞佳は内で、茜は外で放蕩王子の面倒を見ているのだから・・・







一方、旧公国領・・・倉田一弥の新帝国、帝都オーディンには寂しそうな、それでいて怒りの雰囲気が満ちている。

(何で私は・・・こうなると分かっていたと言うのに)

青い髪を風に靡かせながら嘆息する。

彼女・・水瀬秋子は自身の決断の誤りに後悔していた。

いや、分かっていただけに尚更と言うことが強い。

そう。栞をあそこに送り込んだ時点でこうなることは半分分かっていたことだったから。

(最近では香里さんも何処か塞ぎこみがち・・・一弥さんは帝に何度も使者を送っているようですが・・・)

それで解放されることは先ずないのでしょうね。と思うと、自分が行った方がまだ良かったのではないか?と思えてしまう。

もし、彼女の身に何かがあったのなら、万が一、万が一にも女性としての体を汚されるといった事をされたのなら・・・

自分の、いや、自分達はそれでも帝国に忠誠を誓えるのだろうか?

答えは・・・・・それは、帝国一の知将であっても出せることではなかった。

「お母さん!栞ちゃんは・・・」

名雪もあゆも、最近会うたびに第一声がそうなっていることにも心に痛みを感じる。

黙って首を横に振ると、何時ものように溜息を吐く。

「名雪、とにかく今は静観するしかありませんよ。とりあえずお茶でも飲んで一息吐きなさい。」

そう言って、右手で自分達の部屋の扉を指す。

顔を俯かせて先に部屋に入っていく娘を心配そうに眺めて、扉を閉める。

(暫くはこのままかもしれませんね。国崎さん達には申し訳ありませんが・・・・)

名雪やあゆ、香里が働けない状況、彼等にかかる負担は暫く増える。申し訳ないと思いつつも、それを頼る事の出来る人達の存在は有難いと思えた。

秋子は、彼のことを信頼している。

言葉使いは悪い・・・良くないし、態度も横柄な所はあるけれども、根は良い人。文句を言いながらも出来る事があるなら何でも言ってくれ。と無言で言ってくれている、 そんな人だから。

「お!お母さん!」

突然上がった悲鳴のような、驚愕のような叫び声に顔を上げる。

目に入ったのは・・・机の上に置かれた紙と、そのおもりとして乗せられたのであろう、箱。

確かに厳重な警護、とは言えないものの、仮にも一国の宰相の部屋、相当の警護はされている。

何しろ、この館に入れる者はほとんど全員秋子と顔馴染みの者なのだから。

そんな所に、いきなりこのような物を持って来れる人間等、そうそう居る者ではない。それだけに、紙を取る手が震えた。

紙に書かれているのは単純な一文。

唯、それだけの内容。

問題は、そこに書かれていた内容。

「名雪!今すぐ皆さんをここへ!」

慌てたような母親の珍しい怒鳴り声に、放たれた矢のように扉を開けて駆け去っていく名雪。

その文章に書かれていた内容はこうである。

『迷い子は保護した』

そして、箱の中身を空けて、クスッと笑う。

「イチゴと、タイヤキ・・・ですか」

それは、二人の娘の大好物だった。







「秋子さん!栞は・・・・!!」

予想通りに、文字通り真っ先に飛び込んできた香里に、事の顛末を説明する。

と言っても、秋子自身が説明出来るのは、好意的な第三者が栞を助けてくれたみたい。と言うことだけ。

でも、そんな間にも機動力の高い国家の重鎮達があっと言う間に水瀬親子の部屋に集まっていた。

「分かっているのは、おそらく相手はこちらに対して好意的である。と言う程度のことでしかありません」

お茶をコポコポと急須に入れて、ゆっくりと湯のみに注いで行く。

「しかし、これが栞さんを人質に。と言うものでないと言える根拠は・・・」

「名雪。」

ゆっくりと、一弥の問いかけを聞いた後に、机の上に置かれた箱を指差す。

「開けて御覧なさい。」

クスッと笑って促す。

そして、半信半疑で開けた名雪が・・ちょっと遅れてあゆが。

「・・これ、お母さんが入れたんじゃないよね?」

嬉しそうに、でも疑念の目で母親を見上げた。

「違いますよ。私は箱の中身に手を触れては居ません。・・勿論これが毒を仕込んであると言う可能性もありますが」

先ず無いと思いますよ。と笑いながら告げると、イチゴを一粒、口に運ぶ。

「秋子さん!」

警告の声は届かない。いや、むしろそう言われる事を面白がるように租借して、飲み込む。

「美味しいですよ。皆さんもどうですか?」

そう言ってにこやかに笑いかけられると、誰もが脱力する。

「しかし、好意的な第三者と言われると、相当対象が限られてきますね。王から保護出来る立場にあるものと言うことでしょう?」

しかも、仮にも国家の宰相たる者の部屋に忍び込めるような者。そんな勢力に心当たり等ない。

「そんなの、居る訳無いわ!誰かの悪戯に決まってる!」

半分ヒステリー気味に叫ぶ香里は、妹を思う心と、だからこそ後の落胆を怖がる心が同居している。

後ろから軽く肩を触れてくる手に、顔を俯かせて・・・

「いや、俺には心当たりがある」

そして、静まり返った部屋での、その往人の言葉に全員の目が集中した。

「俺達は、確かに一度帝国軍を破っている。だが、あれは戦略上において大きくリードしていたからに過ぎない。だろう?」

今の往人には、戦闘指揮官としての物は勿論、戦略家としての才が開花し始めているように秋子には思えていた。

少なくとも、祐一に出会った頃の強い兵を揃えて、一気に叩き潰せばいいんだ。等と言う短絡的な思考は存在していない。

「帝国に俺達が勝てたのは、相手の兵力、指揮官、だけでなく相手の兵站、進軍速度、帝から軍に送られてくる発言。それら全てが 筒抜けだったから。あれは、俺達の勝利ではなく祐一のお膳立ての中で俺達が与えられた役割を果たしただけだった。」

その通り。と言うように秋子が頷く。

最強部隊である水瀬侯爵家の軍勢を回り込んだ白騎士団で足止めし、その間に本隊を叩く。こちらの進軍速度や、それぞれの軍の思惑まで 全てが見通されていたからこそ、あれだけ無様な負けを喫した。

戦の後は、暫く国崎往人と言う人物像を計りかねていた秋子自身、その真相を知ったのは全てが終わった後だった。

「その通りです。そして、その勝利の立役者はまだこの世界に残っている。と言うことですね。」

どんな目的があるのかは知りませんが・・・と後に続ける秋子に、全員が黙って俯いた。

『公国の諜報網』それは正体不明の一大勢力として、昔から噂だけは有名だった。

それによって、公国は『三国において、公国相手に隠し事を出来ることはなし』と言われるほどの情報網を作り上げていたのだから。

別名は、『公国の目』とか、『公国の耳』とか言われているような、そんな団体。

数も、率いている者の名前すらも謎の、そんな。

それだけに、その勢力の目的が分からない。

相沢家が全滅した今、誰がその指揮を取っているのか。

公国を滅ぼした自分達に対して、何故好意的に働いているのか。

何もかもが謎のまま。

「調べてみましょうか?侯爵の部屋に近づいた者全てを調べて当たってみれば、容疑者はある程度絞り込めると思いますが」

面白半分に言ってくる久瀬有人に向かって、黙って首を振る。

大方、国家の、それも相当深い位置に入り込んでいるであろう人。

此方に好意的に動いてくれている段階で、それを暴こうとすることは、逆に自分達の足元を崩す事になりかねないから。

「ねぇねぇ、秋子さん。ボクもそこのタイヤキ、貰ってもいいかな?」

わくわく。と言った感じで聞いてくる娘に、誰もが笑いを浮かべた。

「そうですね。それではちょっと冷めてしまいましたが・・・皆さんもお茶にしましょうか。せっかくお茶菓子を頂いた事ですし」

異議を唱える者は、存在しなかった。