第四話








その時、彼等・・・・彼女等は、得体の知れないものに触れたかのような、そんな印象を感じた。

王国の姫将軍が居城としていると言う、辺境の、優美な城。

その、数百メートル先に集う、数十の影。

彼等は、帝国の主の命令を受けてここまでやってきた。

暗殺等、裏の仕事には慣れているし、失敗したことは・・ない。

なぜなら失敗した者は、一人残らず抹消されて来たからである。

そんな中、それでも残った彼等は、歴戦の勇士。と言えるかもしれなかった。

そんな彼等にとっても尚不思議なことは、・・・・その城門が開かれていると言う事。

まるで、自分達を待ち構えているかのように・・・。

「天野。・・・どうする?俺達の行動が何処からか筒抜けになっているってことじゃないのか?」

「しかし、ここで退いたら私達の家族は残らず処罰されるでしょう。そんな酷なことは・・・」

こちらの動きは、常に見張られている。自分達がしくじった時、あの皇帝は迷わず自分達の家族の首を落とすだろう。それは確信だった。

そうだそうだ。とあちらこちらで声が上がるのに、一人年長の者が顔を顰める。

ここに居るものは全員、腕がいい。

罠についても熟知しているし、闇の中の戦い方にも・・・当然、一対一の戦闘技術にも長けている。

だから、大抵のことならば抜けられるだろう・・・・。

しかし、それでも彼の二十年以上のカンは『これは危険だ』と告げていた。

何やら、在りし時、功を焦って独断で、公国のオーディンの城に忍び込もうとした時のような、そんな雰囲気を感じたのだ。

その時に無理やり突入した自分の戦友の姿は、それ以来一度としてみた事は無い。

殺されたのか、それとも降伏して大人しく従ったのか・・・・それすらも分からない。

「・・・・ここは危険だ。一度、一度だけでいいから考え直した方がいい。」

肌が震える。

何もしていないのに、汗が体中を覆う。

・・・・はっきり言って、恐ろしかった。

「貴方ほどの方が・・・ですか」

彼女は、この壮年の男を信頼・・・いや、尊敬している。

二十年以上の間、ずっと失敗することなく、正確に、それでいて敵にも味方にも無駄な損害を出す事なく勤めを果たしてきた彼を。

それだけの人の言葉に、一瞬だけ躊躇する。

しかし、だからといって決定を変えることは出来なかった。




既に賽は投げられたのだ。







丁度その頃、彼等の後ろでは一人の男がほくそえんでいる。

皇帝からの命を受けて、見張り役として付いてきた男。

彼の役目は、目の前の連中がしっかりと役目を果たすかを見届ける事だけ。

『影』とも呼ばれるこの役目は非常に嫌われている。

目の前で味方が切り殺されようとしても、唯自分の役目を遂行しようとするその態度が。

「今回もしっかりと仕事してくださいよ?天野さん」

くっく。と笑いを浮かべて、見送る。

彼女がどんな立場にいて、何故この役目についているのか。それを彼は知っている。

「俺が・・・俺のやりようによっては・・・」

イヤラシイ笑いを浮かべて、振り向く。

気が強そうで、それで居て貴族の娘らしい美貌も兼ね備えた彼女。

やりようによっては、ものに出来るかもしれない。そう思っただけで笑みが浮かぶのを止められなかった。

それは、一瞬の油断。長い間この役目を完璧にまっとうして来たこの男の・・・。

「悪いが、アンタを生かしておくわけにも行かないんでね。」

そして、その瞬間急に殺気を感じる。

普段であればおそらくもう少し前に感づいていたであろうそのことが、今の彼には感じ取れて居なかった。

そして、気がついたときには既に・・・全てが終わっていた。

口を布で抑えられて、叫び声も上げられないまま喉を一突き。

痛みを感じる間もなく、彼の意識は闇へと・・・・落ちた。







「お見事ですね。流石・・・流石は大輔さんの副官ですか?」

布を持って口を塞いでいた男が、尋ねる。

「いえ、祐一様にしっかりと動きを封じて戴きましたので。この者も相当の手だれであったようですが・・・」

何故か油断をしていたようですね。と苦笑。

「こいつらは、自分の手は汚さずに他人を動かしていた連中ですよ。これほどの腕を持っていたのなら自分で動けば下手な損害を出さずに済んだでしょうに」

唾棄すべき輩だ。と祐一は思う。

何かを成したいのであれば、先ず自分が動くべきだ。それが危険を背負うものであるのなら尚更。

自分は動かずに、他人を強制する。

しかも、人質まで取って・・・。最低の人間。こう言った連中を祐一は最も嫌っている。

それは、何時如何なるときにおいても最も危険な場所に身を置いてきた彼らだからこそ言える事なのではあるのだけれど。

「誰か!」

小さい声で祐一が一言放つだけで近くの茂みが揺れる。

「王女殿下の暗殺は、護衛の兵の多さから時期を待って行動することにした。」

そういわれるだけで茂みがもう一度揺れる。

偽情報。これで、皇帝が彼等の家族を処刑することは止められるだろう。

「さて、俺達も戻らにゃならんだろう?試験の結果を見届けなきゃいけないしな」

『よっ』と掛け声を上げて、浩平が木の上から飛び降りる。

スタッと着地。と同時に、彼等は駆け出した。

相手は既に動き出しているようだったから。みさおの部屋に辿り着く前に、こちらは先回りしなくてはいけない。

一刻の猶予もない。

「立花さん、行きましょうか。・・・俺の鍛えた連中を見ていただかないといけませんしね。」

「喜んでご一緒させて頂きますよ。私としても祐一様のお弟子さん達の実力を見てみたいですし。」

「お前等・・・・少しは危機感を持ったらどうなんだ?ったく」

やれやれ。と浩平が肩を竦めた。

確かに、目の前の連中は自分の妹を狙っているのだから。







「・・・・また一人・・・・ですか」

暗闇を、駆ける。

目標の部屋の位置はわかっていた。そこまで、いくつかの集団に分かれて駆けるだけ。

彼女の小隊は十三人の編成。

しかし、今や残った者は八人。

気がついたら、本当に気がついたら人が減っているのである。

それも、技量の低い者から順番に。

まるで、見極めをしているかのように。

「不気味ですね。相手はこちらより暗闇の使い方に熟知していると言うわけですか」

そんな連中が居るということは想定していなかった。

彼女は、そんな連中を知らない。







最も、白騎士団の連中と彼女達で暗闇の使い方の点においてはさほど技量の違いは無い。

その違いは、単純に『数』。

侵入者の数は全部で五〜六十人程度。

それに対して、迎え撃つ白騎士団の数は七百は居た。

しかも、建物の構造まで理解した相手。分が悪いのはしょうがない。







「まるで、亡霊に取り付かれているみたいですね」

小走りに、駆ける。

消えた仲間を探す暇等なかった。

むしろ、そんなことをしても彼等は喜ばない。

彼等からすれば、自分が犠牲になったとしても任務がまっとうされれば家族の命は救われるのだから。

だから、想いを引き継がなければいけなかった。

気がつくと、また人数が一人削られていたけれども。







そのように、各地で人数がじょじょに削られて行く。

先ほど警告を発した壮年の男には、おぼろげながら相手の動きがつかめていた。

「見事。いくらこちらの動きを察知していたと言え、これほどまでの手練れを揃えてこようとは・・・」

後方で、一人が横から飛び出してきた影に攫われるのを察知。

そのまま口元に当てられる布は、おそらく毒薬であろうか。

声を出さないようにして、尚且つ血の匂いを出さないようにする。見事だ。と思う。

もし、自分だったら、自分だったらあんなに綺麗にことを済ませられただろうか?と

「だが、俺としても退くわけには行かぬ」

彼もまた、家族が囚われている。

母親と、妻。

それらの者のために、彼は退くわけには行かなかった。







「なるほど。流石に小隊の隊長クラスはある程度こちらの動きをよんでいるようですね。」

ほぅ。と今回の指揮を任された四十に行くかどうか?と言う程度の年齢の男性が声を上げる。

「流石に、専門家と言った所か。うちの連中はどうもこう言った細かい仕事に慣れていないからなぁ」

今度、特訓に組み込んでおこう。と頭の中で誓う。

「このままでは、予定より五〜六人多くなってしまうのでは?流石にそれだけの人数を佳乃様と佐祐理様だけにお任せするのは・・・」

「その程度の人数なら問題はないと思いますが・・・・万が一にも祐一様の伴侶方に何かがありましたら・・・」

「仕方ない。・・・・我々も出よう」

ふ、と、その中でおそらく最も年配であろう男が立ち上がる。

相沢大輔が逝き、立花勇達若手の有望株を折原みさおに貸し与えた白騎士団の纏めを祐一に任された男である。

その彼に対して、今回の一件、祐一は彼に対して、若い兵士の特訓の場にしたらどうですか?と提案して来ていた。

祐一自身も佳乃や佐祐理の実践試験に使おうと想っていたのだからお互い様だ。

違いは、彼等は知らされているが佐祐理達には全く知らされていないと言う事。

それだけに、七〜八人もの数を通すわけにはいかない。と彼等、どちらかと言えば年配の隊長達は判断する。

「よし。それでは・・一部隊だけ残して、残りの部隊を落としましょう。・・・・一部隊だけ残すのはどうしますか?」

「せっかくですし、あの可愛い少女の隊を残してあげましょうや。何やら面白そうな予感が致しますし。」

かっかっ。と顔を見合わせて、笑う。

「それじゃぁ、・・・・若い者達に見せてやりましょうかね。・・・行きましょう」

よいせ。と立ち上がって、互いに別々に駆ける。

残っている人数は凡そ二十人。

せめて、三〜四人程度には削らなければいけなかった。







「・・・・・これは・・・・」

ふ。と目が覚める。

佐祐理は、周りを見渡して、寝ているみさお、澪、佳乃を起こして回った。

「佐祐理さん・・どうしたんですか?」

眠いです。と言ってもう一度コテッと枕に倒れこみそうになるみさおを慌てて抱き起こす。

「駄目です!!みさおさん。寝ないでください〜」

その頃には、澪も気配を何処となく察知し、緊張感を高める。

「何か騒々しいです。・・・多分、誰か侵入者が居たんじゃないでしょうか?」

侵入者。という言葉にみさおも顔を強張らせる。

間違いなく、狙いは自分だ。

大変!とみさおも慌てて跳ね起き、自らの守り刀を取る。

「佳乃ちゃん、佐祐理達で迎え撃たないといけないです。みさおさんをお守りするのが佐祐理達のお役目なんですからね〜。」

そして、澪さんもお願いしますね〜・・・と澪の方を向いて・・・絶句。

そこには、居るはずの人が・・・・・居なかったから。

「澪さん?・・・澪さん!」

何で?どうして?と誰もが思う。

確かに、数秒前にはそこに居た。そこに居て、警戒を強めていたはずだ。

それが、一瞬のうちに消えている。

「佐祐理さん!澪さんが!!」

袖を強く、強く引かれる。

みおさからすれば、長年友人として付き合ってきた彼女が突然消えた事は信じられない事だった。

「うぅ。祐一君もいないよぉ?・・・瑞佳さんも」

ドアの外を見て、一言。

その行動に佐祐理は慌てて佳乃を引き寄せる。

「ドアを開けちゃ駄目です。・・・相手が待ち伏せているかもしれないんですよ?」

ね?と真剣な顔で、告げる。

万が一、今佳乃に何かが起こっていたら佐祐理は自分を決して許せなかっただろう。

(佐祐理がなんとかしないと・・・・)

祐一さんも、浩平さんも、瑞佳さんも澪さんもいない。

自分だけが、自分だけが佳乃ちゃんとみさおさんを守れる。

そう考えた時、佐祐理は今までにない心細さを感じた。

(これが、今まで祐一さんが感じていた重圧なんですね)

自分が失敗してしまったら、もう取り返しのつかないことになる。

それは、凄まじい重圧。

「みさおさん、落ち着いてください。佳乃ちゃんも。このときの為の訓練を佐祐理達は祐一さんから受けてきたんですから」

ね?と語りかけられて、佳乃も落ち着きを取り戻す。

「佐祐理は、対物理障壁を張ります。佳乃ちゃんは対魔術用障壁を。・・・・行きます。」

えいっ!と掛け声を上げるとともに、障壁が形成させる。

実際に近接して斬り込まれたり、高レベルの術法を撃たれたりしたら破られるが、矢等の飛び道具や簡単な術法程度ならはじき返せるほどの 障壁。とりあえずこれを張っておけば先制攻撃でいきなり深手を負わされることもないだろう。と安堵の息を一つ。

佐祐理は、もし侵入されたと言う最悪の状況でも、数分耐え切れば救援が来てくれるだろうと信じている。

「みさおさんは下がっていてくださいね〜。これは、佐祐理達の役目ですから〜」

あははー。と笑みを浮かべて

この笑みが浮かんで居る限り、自分は大丈夫。何故かみさおはそんな風に感じられた。







「なるほど。中々・・・流石は佐祐理さん」

あっと言う間に混乱仕掛けた状況を纏め上げたことに感嘆の声を上げる。

そこには、首を激しく何度も何度も横に振る少女を抱えた男が一人。

「ちょっ!ちょっと!!大丈夫なの?祐一。だって、あそこにはもう誰も残っていないんだよ?」

今にも飛び出しそうな瑞佳に、笑い顔を返す。

「大丈夫ですよ。あの二人なら・・・。もしもの時は俺も、浩平も、立花さんも控えていますし」

音を遮断する術法を瑞佳に行使してもらっての会話。

天井裏に居て、この会話はとてつもなく不自然に思えた。

しかし、万が一気づかれてしまってはここまで凝った手を打った意味がなくなってしまう。

「なぁ、おい、祐一。澪が何か書いてないか?勢い良く」

暗闇でみえない。でも、必死に手を動かしている様は、何かを訴えようとしているようにみえた。

「・・・・祐一様?澪様は苦しがっておられるのでは?」

「あ・・・・」

そういえば、口を手で抑えたままだった。と慌てて右手を離す。

慌てて息をするさまは、苦しそうなのに何処か微笑ましい。

『極悪なの!!酷いの!!』

誰も暗くて読めない状況。でも、書いている事は何故か分かるような気がした。

「さて、来たぞ?祐一。いよいよだな」

天上から下を覗き込む。

相手が近づいているのは、気配で分かった。

「彼等も流石ですね。あれだけの手練れを相手にしっかり四人にまで減らしてきましたか」

それでも、予想より1人、多い。

おそらくは敵の中に紛れ込んでいたこの分野においてはマスタークラスの相手に、よほど戦力を分散させられたのだろう。

「まぁ、あれくらいなら大丈夫でしょう。おそらく・・」

そう言いながらも祐一は心配を隠しきれない。

下に居る者、一人でも失われたら祐一は生きている意味が奪われるのと同義だから・・・・。

「だが、あの小隊、隊長は相当の手練れに見えるぞ?・・・と言っても、あの一人だけレベルが違ってたおっさんは別として」

一人だけ恐ろしく腕の立つ男が居て、浩平や祐一までもが協力してようやく抑えたのは少し前のことである。

目の前の人物は、それにはおそらく劣るであろう。が、それでも佳乃や佐祐理にとって強敵であるのは疑いようがない。

おそらくは、女性。だが、その体捌きや気配の殺し方は一流の匂いを感じさせていた。

「何か見覚えのある気がするんだよなぁ・・・・あの人は」

何時かの頃に出会ったような気がする。と考え込む。

顔は、暗さの為に良くは見えないが、どうも気配が知り合いの者に似ている気がしたのだ。

「ま、とにかく見てみましょう。佳乃の力、それに、佐祐理さんの状況判断能力を。」







ぎゅ。っと服をつかまれて、佐祐理自身も額に汗を浮かべる。

(落ち着いて、落ち着いて。祐一さんが来るまで・・・)

バクバクと打ち付けてくるような心臓を抑え込む。

自分は誰よりも冷静で居なくてはならなかったから。

「ドアが開いたら、佳乃ちゃんは火の玉を叩きつけてください。佐祐理がその間、みさおさんを守ります!」

防護壁を張ってはいるが、あくまで近寄られたらアウト。先手必勝。と一瞬のうちに考える。

「うん。分かったよぉ。・・・それじゃぁ、思いっきりいくよぉ〜」

佳乃りんファイト!と喝を入れて、毅然と前を向く。

「あははー。大丈夫ですよ〜、相手は祐一さんより弱いんですから。祐一さん二人を相手にすると思えばお釣りが来ますよ〜」

何時もは、祐一相手に訓練を行っている二人。

ちなみに、一本取った事は今までになかった。

「祐一君二人なんて、お兄ちゃんと瑞佳さんの二人がかりでも勝てないです」

くすくすとみさおが後ろで笑う。

そうですね〜。と舌を出して。

全員に落ち着きが戻ったのを感じながら・・・

佐祐理は、槍をじっと構える。







槍。それは佐祐理にとって特別な意味を持つ武器。

彼女は今まで護身用の短刀以外の武器を持った事がなかった。

それが、槍を、自分の身長よりも長い槍を持つようになったのは最近の事。

祐一に『佳乃は魔術戦闘を、佐祐理さんは既に魔術戦闘はある程度出来ていますので、武器を使った戦闘を覚えていただきます』と言われた時、 ふと脳裏に過ぎったのが『槍』

自分のせいで槍を持てなくなった祐一さんの代わりに。と槍を教えて欲しい。と頼んで。

それ以来、訓練を続けてきた武器。

実戦経験等当然ない。けれど、死と隣り合わせの訓練なら行ってきている。と。

自信を持っていい。と祐一に言われているから・・・。

そして、目を閉じて気配を探る。

気配が段々と大きくなってきていた。







「来ませんね。・・・・誰も・・・・」

小隊に分かれるとき、彼等は合流地点を決めていた。

数が、相手を十分に打ち破れる程度集まったら一斉に踏み込もう。そう言う予定で。

しかし、合流地点にやってこれたのは彼女の一隊。それも、数を四人まで減らされて・・・・

「これ以上遅らせたら流石に囲まれるぞ?隊長!」

「分かっています。でも・・・・」

四人だけで勝てるのだろうか?と自問する。

相手は、こちらの動きを完全に読んでいたのか、完璧な包囲網を初めから敷いていた。

だからこそ、ここまで数を減らされているのだ。そんな包囲網を敷いている相手が護衛対象に損害が及ぶ可能性を残しているとは考えにくい。

(私だったら・・・・当然もう部屋の中から逃がしているでしょうね)

笑えるくらいに当たり前のこと。

扉を開けた瞬間矢の雨が降り注ぐ光景が目に浮かぶ。

狙われていると知りながら姫君をその私室等に残しているはずがない。

でも、だからと言って自分達に他に選択肢が残されていないのも又事実。

「・・・・・行きましょう。それ以外に選択肢はありませんから」

二本、小刀を構える。

周りの者もその声に投擲用の小刀を構えた。

毒が塗られているこの小刀なら、傷一つ付けるだけで相手を死に追いやる事が可能。

「私が扉を破ります。貴方達は中に居るものにそれを叩きつけてください」

「分かった。」

そして、四つの影は動き出す。







ん。と、近寄って来る殺気を感じて、一つ息を吐く。

(祐一さんは間に合いませんね)

やっぱり、私達でなんとかするしかない。と佐祐理は手に力を込める。

佳乃からすれば、初めての実践。それがこんな重要な場面になることなんて誰も想像していなかっただろう。

自分が頑張らなくてはいけなかった。

「佳乃ちゃん、落ち着いてくださいね〜。・・・祐一さんに教えられたとおりにやれば絶対大丈夫ですよ〜。」

その言葉に佳乃が頷いて・・・手の中に炎の球を3つ作り上げる。

(あははー・・・・あんなのが直撃したら、下手したらこの部屋が崩壊しちゃうかもしれませんね〜)

でも、それくらい気合を入れてくれたほうがいいですね〜。と笑顔を浮かべる。

きっと、部屋が壊れるくらいは祐一さんも許してくれるでしょう。と自分を納得させて。

そして、ドアを破られる音を彼女はその耳で聞いた。







(・・・・折原王女殿下!!)

目の前に居る人物を一瞬だけ『信じられない』と言う目で見つめる。

絶対に逃がされているはずで、ここに踏み込んだ自分達は待ち伏せの兵に討たれるだろう。と思っていた。

それだけに、中に居るのが護衛の女性二人と姫君だけと言う事実が信じられない。

しかし、そこから一瞬のうちに立ち直って、隣の三人同様小刀をみさおに向かって投げ打つ。

四人が投げた渾身の一撃。それは、標的目掛けて一直線に貫く・・・・はずであった。

その小刀達が、標的の目の前で甲高い音を立てて、吹き飛ぶ。

一本は天井に突き刺さり、二本が壁に、残りの一本が床に・・落ちた。

(高レベルの術者がいる?!)

物理障壁を敷かれていることに今更になってようやく気づく。

そんなことが出来るのは、帝国全土でもそう数は多くないだろう。

おそらくは、百人いるかどうか・・・

それだけに、そんな事が出来る者が何故こんなところに?と言う疑問を抱く。

(でも、物理障壁と言っても近づいてしまえば・・・)

破れるはずだ。と判断。周りに指示を与える・・・までもなく、周りの者は一歩踏み出そうとしていた。

「えぇ〜い!」

その瞬間、もう一人の少女からいきなり炎の球が飛び出してきて、慌てて後方へと、飛ぶ。

炎の球は一瞬だけ後れた一人に直撃して、そのまま爆発。

数瞬後、扉付近の壁や天井が崩れて落ちてきていた。

「めちゃくちゃですね・・・・。」

撃ちだした本人も自分の使った魔術の威力に驚いているようで・・・

「あれれ〜?・・・軽く撃ったはずなんだけどなぁ?」

首を捻っていた。

(自覚もなく、これだけの魔術を・・・・ですか。)

護衛兵には見えない風貌でも、実力は本物・・・。

おそらく、護衛対象を逃がさずに置いておいたのは、この二人だけで耐え切れると言う自信があってのことなのだろう。と納得する。

「でも、・・・諦めません!」

自分以外の三人のうち、一人は直撃を受けて気絶しているし、残り二人は瓦礫に手や足を潰されている。

今戦えるのは自分だけ。

彼女は、一気に地面を蹴って、王女殿下に小刀を突き立てようとする。

「あははー。みさおさんには手を触れさせませんよ〜」

キィン!と甲高い音が一つ。

彼女の小刀は、佐祐理の槍によって受け止められる。

美汐のミスは一直線にみさおを狙った事。一直線の行動であったからこそ、接近戦の実力において美汐に劣る佐祐理にも受け止める事が出来た。

仮に、最初っから佐祐理を、佳乃を狙っていった場合はまた違った結果が見られただろう。

「何で・・・何で貴方は逃げないのですか?王女殿下」

受け止めた女性の槍によって弾き飛ばされて、二,三歩下がり・・・。

震えもせず、泣きもせず。唯真剣な目で目の前を見据えている王女に問う。

これだけの戦闘。護衛の二人が受け止めている間に逃げるのが普通。

王族は、生き延びる事が役目のはずだ。

「お友達を置いて逃げるわけには行きませんから」

ニコッと答えられて、半歩だけ後ずさり。

気がつくと、仲間のうち二人が、瓦礫の中から這い出してくるのが見える。

相手の護衛兵士も二人で並んで、槍を構える者が一人、胸の前に両手をかざして魔術構成を始める者が一人。

後ろにいる王女殿下は、未だに動こうともせず、温かい目で見守っていた。

勝てないかもしれませんね。と溜息を吐く。

目の前にいる二人は、女性と言っても一流の護衛兵だった。

自分一人では勝てない。他の二人は、既に立っているのがやっとの状態。

「・・・・それでも、それでも・・・負けられません!」

冷静沈着。自他共に認めるその性格を捨て去るように・・・・思いっきり飛び掛る。

一つだけでも傷を付ければ。それだけで命を奪う事が出来る。

裂帛の気合を込めて、思いっきり両手で掴んだ小刀を突き出す。

佐祐理も、佳乃も、一瞬対処に遅れる。

やった。と心の中で思わず呟いた。

相手の女性に、脇腹を裂かれたものの、間違いなく王女に触れる事は出来る。と確信した。

間違いなく深手。おそらく自分は死ぬかもしれない。

でも、でも、成功させれば家族の命は助かる。それだけ考えて彼女・・・・天野美汐は未だに笑顔を浮かべたままの少女に向かって、飛び掛った。

「・・・佐祐理さん、佳乃・・油断したな?」

全く。と呆れたような声が聞こえて・・・・

その瞬間、美汐の小刀が弾き飛ばされる。

「え・・・?」

何が起こったのかが咄嗟には理解出来ない。

確かに、自分は二人の護衛を抜けて標的を捉えたはずだ。

なのに・・・

「・・・一体、何が・・・・?」

手の中の小刀が、ない。

そして、一瞬遅れて喉元に冷たいものが突きつけられた。

「お兄ちゃん!!」

刀。何時の間にか自分の後ろに刀を構えた男が立っていた。

その男・・・

王女殿下が兄と呼ぶ人は一人しか居ない。

「・・・・折原・・・・王太子」

三国にその名を知られる名将で、相沢一家亡き今、『白い狼』国崎往人や『剣持つ麒麟児』北川公子と並んで剣豪の誉れ高い、勇者。

「全く。確かに彼女の一瞬の動きはいい攻撃だったけれど・・・・これが戦場だったら死んでたぞ?みさおが」

何時の間にか、部屋の中の人数が三人、増えている。

自分に刀を突きつけているもの、そして、少しはなれたところでは自分の仲間二人が、同様に一人の男に刃を突きつけられている。

そして、残りの一人は・・・・説教

「・・・・あははー・・・・見ていたんですか〜ずっと・・・」

へたっと膝をついて苦笑い。

『気配が全く読めなかったですよー』と苦笑している女性。

と、同時によたよたと上から女性が二人降りてくる。

「うん。二人共強くなったね。これならいいんじゃないかな?」

ね?と祐一の肩をポンポンと叩く。

「最後のはしょうがないんじゃないかな?私だってあの場に居たらあれが精一杯だよ」

最後のあの瞬間、祐一は慌てて美汐の小刀を打ち落とし、と、同時に浩平が飛び込んだ。

勇は二人にワンテンポ遅れて、それをフォローする形に動いた。

間違いなく、美汐は一瞬祐一や浩平達をヒヤっとさせていた。

それでも尚注意を行おうとする少年に『それに、ほら、手。汗びっしょりだよ?』続けるとお説教中の祐一がふと頬を赤らめる。

「・・・・私達の行動は、全て貴方方の予想の範囲内だった。と言う事ですか?」

震えるような声で、紡ぐ。

全てが知られていたのなら、自分達のやってきたことは全て無駄。

そう、包囲網も全て、自分達をここに来させる為のものだったとしたら・・・・

(そんな酷なことはないでしょう)

何も答えをよこしてくれない相手に、自嘲の笑みが思わず浮かんでしまう。

「・・・・こんなことを言える立場ではありませんが・・・・一つだけ願いを聞いていただけないでしょうか?」

ん?と不思議そうな顔で二人に説教をしていた男が振り向く。

何処か、懐かしい・・・・見覚えのある人だな。と思った。

「私と一緒に来た方達の命だけは助けていただけないでしょうか?私だけが処罰を受けると言う形で許していただけないでしょうか?」

切実な願い。

それさえ適うならば自分の命等惜しくはない。と

それに対して返って来たのは、『この人は何を言っているんだろう?』と言うような、不思議そうな顔。

既に折原王太子はこちらに反撃の意図がないことを察知し、刀を納めている。その彼も、そういう不思議そうな顔をしていた。

「王女殿下に対してこのような振る舞いをしてしまった以上、私達全員が斬首される所でしょう。でも、そこを何とか・・・」

脇腹が痛む。

血が相当流れているように思えた。

「や、そんなことより・・・・みさお、治療してやった方がいいんじゃないか?」

ん〜。と美汐の方を一瞥して、何気なく。

「あ、はい。・・・・お兄ちゃん、退いて下さい」

トテトテと駆け寄ってきて、美汐の横に座る。

「みさおさん、私達もお手伝いいたしましょうか?」

一瞬の油断を祐一に叱られた事で、ちょっと落ち込んでいた佐祐理が近寄る。

後ろから佳乃も覗き込むようにして近寄って来ていた。

「大丈夫です。お二人はちょっと休んでいてください。」

このくらいなら、私一人で大丈夫ですよ。とサムズアップして微笑むみさおに、二人共笑顔で離れた。

「あと、お兄ちゃん達には後でしっかりお話を聞かせていただきますからね?」

目が笑っていなかった。

はっきり言って、怖い。

『そうなの!びっくりしたの!!』

気がつくと澪も参戦していて・・・・祐一と浩平は肩を竦める。

「俺もかよ・・・こんなことやらかしたの全部祐一の発案だってのに・・・」

(祐一・・・・?)

聞き覚えのある名前に失いかけた意識の中、反応する。

「それじゃぁ、立花さんはその二人を連れて先に行ってくださいますか?一応説明責任があるみたいですし。」

右手をヒラヒラと振って。

(立花さん・・・立花百騎長・・?)

何か、御伽噺を聞いているような名前が並んでいた。

前大戦の英雄達。

そして、自分達が貴族の座から追い落とされた・・・・その理由。

きっと夢でしょう。と美汐は目を閉じた。

死ぬ前にもう一度相沢公子様に会ってみたかった。と思っている自分の願望が見せた、夢だ。と













後書き。


・・・・私の文才の無さからでしょうかね・・・

オリキャラが多く出て来るのを書くのは好きではない、のですが・・・

大輔さんにしろ、立花さんにしろ、こう言った年上の兄貴分を使わないと祐一を・・・と言うか、話を上手く回せなくなってしまいます。

・・・・すみません、いい訳です。はい。

唯、一つだけ約束出来るとしたら、オリジナルキャラクターの恋愛は絶対ないです。