第三話








「暗部を・・・ですか」

言葉には勢いが無い。

戦の結果の報告の為に伝令を送り、そして帰ってきた答えがこれ。

敵軍の司令官を暗殺する。

「そんなことをしては永遠に手を取り合える事など無いでしょうに・・・」

ふぅ・・・。と下を向いて溜息を吐く。

戦を行い、結果は五分と五分。

互いの面子・・・相沢家を潰した帝国への王国の民からの怒り、相沢家を潰す事に形式上は臣下の立場でありながら逆らった王国への 帝国からの意地。

その両者を解決した今、何故こうも戦を続けようとするのか。それが秋子にはどうしても分からない。

「久瀬さん、北川さん。・・・貴方達は会談をしたと仰っていましたけれど、折原王女殿下はどのようなお方でしたか?」

自分の耳にも、王国から評判は伝わってくる。

心優しく、民のことを気遣う王女。悪い評判を聞いた事が無かった。

「・・・・そうです・・・ね、相沢君の幼馴染と言うのが一言会話をしただけで理解出来るような方・・・と言った所でしょうか?」

「だな。俺が王国の民だったら命を賭けて戦うに値する・・・っと、失礼」

慌てて口元を抑えて一弥に軽く頭を下げる。

構わないですよ。と苦笑する一弥の顔は何処か悲しそうだった。

今は亡き自分の姉も、王国の王女と同じように民に慕われていた事を知っているから・・・

だからこそ、評判を聞いただけで、久瀬、北川両将軍の言葉を聞くだけで相手の人となりが容易に理解出来るから。

「僕も秋子さんに賛成です。戦場で互いの軍略をぶつけ合うのは武人の本懐。それで命を失うのならば僕も甘んじて受けるでしょう。しかし・・・」

暗殺等と言う手を使う事は、帝国の未来に大きな影を落とす事となる。と続ける。

おそらく、もう暗部の者達は放たれている。これは事後に奇麗事を言っているだけに過ぎないこと。

でも、言わないで済ます事など出来ない。そう、全ての者達が・・・・思った。

そして、それに対して全員が賛同の意を示した。

ここにいるのは、宰相たる水瀬秋子侯爵を除けば、全員が二十にも満たない者ばかり。

しかし、現状の帝国において、この者達が『帝国』であることは、心ある者全てが理解していた。

腐敗しきった貴族達、互いに足を引っ張り合う軍部。

否、そのような者たちを跋扈させているシステムそのものが問題なのである。

「しかし、これを父上に伝える事は命がけ・・・・ですね。・・・僕が行った方が良いでしょうか」

自分であれば、叱責を受けようとも具体的な罰を受ける事は無いだろう。と思えた。

何しろ、倉田一弥は今やたった一人の王位継承者なのだから。

「いいえ、今この状況で一弥さんがここを抜けることは宰相として了承しかねます。・・・・王国が逆侵攻をしてこないと言う保障もありません」

秋子が厳しい顔で2回、首を横に振る。

そして、「ですから、私が行きましょう。」と続けて・・・・

「お母さん!」「秋子さん!」と悲鳴が二つ上がって・・・

そして、同様に反対の声が、今度は全体から沸き起こった。

往人や観鈴達から見ても、目の前の女性は世界の為に失ってはいけない人だと思っていた。

祐一や大輔が居なくなった今、水瀬秋子は確かに世界最高の軍略家であり、同時に帝国における数少ない世界全体のことを考えている人物。

だからこそ、異端者と呼ばれた立場から、彼女や一弥の下に集った、所謂『外様』の者達も反対の声を上げた。

そして、その中で一番冷静に判断して、秋子を諌めたのは・・・・香里。

曰く・・・

水瀬侯爵は優秀である。

それは、優秀すぎると言っても過言ではないくらいに。

戦場において無敗の名将。そして、神家を打ち破った当代最高の軍略家。

・・・・そして、倉田一が最も憎んだ相沢の・・・・数少ない親類。

帝国を治める上でも彼女の存在は大きすぎ、また、皇帝個人としても彼女の存在は疎ましく感じられているだろう。

だからこそ、断罪する口実を与えてはいけない。

そう美坂侯爵家の公女、美坂香里はとうとうと述べる。

「しかし、誰かは行かなければいけないことです。これを認めてしまっては、私達は世界の未来を委ねてくれた大輔様に会わせる顔がありません。 でも、行った者にはおそらく何らかの処罰が下るでしょう。これは勅命に背くと言う事なのですから。」

だから、この中で一番年上の自分が行くのが適任である。と秋子は再度、述べる。

が、周りの者としても、師であり、全員の母でもある彼女を、死ぬと分かっていて行かせる訳にはいかない、と反対。

結果、収集の付かない様な状況が出来上がる事となる。

そう、一言が発されるまでは・・・・







「私が行きます」

その言葉に、全員が一点を・・・向く。

この話題が始まって以来一度も口を開いていなかった人。

美坂香里のたった一人の妹、美坂栞。

「栞!!」

貴方何を?と言わんばかりに慌てて立ち上がる。

帝が疎んでいるのは秋子さんだけじゃない。自分を脅かす可能性のある者・・・・つまりは、自分の子飼いではない有力貴族等全て 敵のようなものではないか。と

「私は、お姉ちゃんや秋子さん、一弥さん達のように今居なくなってもさほど影響はありません。だから、私が適任です。」

ね?と香里の方を向いて、一言。

「それに、元々祐一さんから貰った命ですから、祐一さん達の理想の為に使えるのなら私の命、惜しくなんか無いです。」

大戦が終わった後、栞はずっと一つのことを考え込んでいた。

―――何で佐祐理さんが死ななければいけなかったんだろう?―――って

祐一から、まるで吸い取るように命を受け取って生き延びたのは自分。

最も、それを知ったのは全てが終わってしまった後だったけれど、それは考えれば理解出来ることだったはずだった。

―――起こらないから奇跡って言うんですよ―――

その言葉を、治してやると言ってくれた祐一に言った自分。

その通りだ。奇跡なんて起こっていない。

自分を癒してくれたのは、奇跡でもなんでもなく・・・・唯、祐一さんが命を分け与えてくれただけ。

相沢大輔が最期に、そう自分が助かった理由を教えてくれた。

『リィン・カーネーション』その名前を古代の文献・・・もはや神話の中から探し出す事はそう困難ではなかった。

何も知らないで唯助けてくれたことを無邪気に喜んでいた自分が今では嫌でしょうがない。

知らない事は、それ即ち罪。

そんな自分が生き延びて、何で佐祐理さんが死ななきゃいけないの?と思うたびに、栞は泣きたい様な気持ちになる。

あの人は、佐祐理さんは、絶対に必要な人だったから。

栞が、祐一と佐祐理の悲恋のお芝居を見て、涙を流したのもそれが理由だったかもしれない。

とても物悲しくて、とても寂しい、そんなお話だったから。

「秋子さん、お願いします!・・・私に使者としての役目をください。」

毅然と、前を見て、しっかりした声で・・・・告げる。

香里も妹の余りの真剣さに、反対の声を上げられない。

周りの者達も似たような物。感情では反対したい。でも、本人の余りの気迫に、言葉を発することが出来ない。

「・・・・どうしても・・・・行ってしまうのですか?栞ちゃん」

苦しそうに、うめく様に・・・。秋子はそう一言だけ、ようやく発する。

それに対する答えは、余りにもはっきりしていて・・・・。

「・・・・・・・・了承・・・・です。一弥さんはどうですか?」

顔を伏せるようにして、ようやく答えを告げて・・・

一弥も、俯いたように首を横に二回。

その後に、ようやく縦に一度だけ、振る。

「でも、栞さん。・・・・無理はなさらないでください。これ以上貴方まで失ってしまっては僕が祐一兄さんに合わせる顔がありません」

それに、もしも栞にまで何かあったら、自分は父親を心から憎んでしまうかもしれない。そんなことまで考えてしまう。

兄のような人を失い、姉を失い・・・。

その上、また友人を失う、他でもない、自分の父親の手によって。

それだけは・・・・それだけは許せなかった。

「大丈夫です。私には神様が付いていますから。」

ストールを軽く撫でて・・・立ち上がる。

(そうですよね?祐一さん)

軽く、心の中で呟いて・・・・

それから、帝都に向けて使者を送る旨を伝える。

美坂栞が部下を二人だけ連れて、王都ヴァルキリアへと旅立つと。







「さて、お前達を呼んだ理由は分かっているな?」

一方、ヴァルキリア。

皇帝、倉田一の前に膝を折るのは、数体の・・・・人影。

男性も女性も・・・・年も一定ではない。

「目標は、相沢に味方しおった連中の、その中で姫将軍等と囃し立てられている小娘だ。分かっているな?」

失敗したら・・・・

言うまでもなく、全員が頭を下げる。

暗部になる者は、別に望んで成るわけではない。

子供の頃に、税が払えない者や、罪を犯した者。

そんな者達の子供を奪い、親を人質として扱う。それが暗部の中身。

だから、彼等は決して逆らえない。逆らった時には親が、家族が・・・・死ぬ。

(私が、相沢家を潰した帝国の命令に従って、暗殺行為を働く・・・)

その中の、一人の少女が軽く首を振る。帝には決して見えないくらいに。

彼女の親は、決して罪人ではない。唯、相沢家のことを好意的に思っていただけ。

自分の娘が相沢家の公子と一度だけ会話したことを、貴族である彼女の父親はとても嬉しそうに周りに話していた。

唯、それだけで彼女の家は潰され、彼女は暗部としてこの十年以上を育てられた。

憎しみもあるし、また、悲しみも有る。

彼女は、一度だけ会ったことのある少年は良い人だと思っていた。

そんな彼が命を失った。それは彼女には悲しい事に思えた。

「お前は・・・・確か天野の娘だったか?」

顔を伏せている自分に、前方から声がかかる。

答える事はしない。何か言ってしまえば、又自分にとって災厄が降りかかるから。

「お前の父親も馬鹿な奴だなぁ。あんな連中とつるもうとするからこんなことになる。」

唾棄するかのように父親を蔑まれて、一瞬殺意を抱く。

「だが、お前の父親のような輩にも、情けをかけてやらんでもない」

なぁ?と見つめられて、身震いする。

「お前が、見事任務を果たした暁には、お前の家族を解放してやろう。どうだ?嬉しいだろう?」

嬉しくなんか無い。王国の姫君は、目の前の帝などと違って民に慕われる心優しい方だ。と聞いていた。

そんな人を殺すなんて、彼女は絶対に嫌だった。けれど・・・

「だが、万が一、・・・・いや、お前達の腕前ならそんな事などあるまいが・・・・な」

イヤラシイ笑いが聞こえてきて、思わず耳を塞ぎたくなる。

「万が一、失敗した時は・・・・」

分かっているだろうな?と

そう言われて、彼女は頷くことしか出来なかった。

ここにいる者たちは、どの道選択肢等与えられていないのだ。

(やるしか、ないのでしょうね)

周りの者達も、何か複雑な顔をしている。でも、自分達がやらなければ家族の命が失われる。

皇帝から『下がれ』と言う言葉が聞こえてきた事を嬉しく感じる。

もう、この男の傍に居たくはなかったから。







そして、一方・・・・

「さすがに・・・・疲れた・・・・」

ぐでっと地面に寝転がる浩平、と、同時に座り込む祐一。

「だから言っただろうが。俺は、ロクに力も残っていないんだって」

最初の二〜三十分は浩平と互角に戦えた物の、それで終わり。

残りの時間は、浩平の攻撃を受け続けるだけで精一杯だった。

「これだけ人のことを散々な目に合わせておいて、それで力が無いと言われるのもそこはかとなくムカツクぞ?お前」

近くに居た哨戒の兵士から、グラスに入った水を受け取る。

よく冷えていて、暑くなった体には良く染みとおって行く。

「で、・・・お前は本当に伝えない気か?どうせ、奴等が暗部を使う情報くらい、お前だって公国の情報網から手に入っていたんだろう?」

あらら、バレてたか。と祐一が顔に笑みを浮かべた。

世界最高と謳われた公国の情報網は未だ生きている。

そこから得る情報は、今でも祐一にとって最高の手助けとなっていた。

ヴァルキリアに住む人・・・十万。その中に、公国の息のかかった者は相当数居る。

店を営んでいる者も居るし、普通に家庭を持っている者も居るし、また、国府に仕えている者すらいる。

数代に渡って帝国の国民として暮らしていれば、疑念を持つ物も居ない。

それは、王国のオーディネルにおいても同じことではあるが、それを知っていながら特に浩平も由紀子も気にしていない。

いや、むしろ、それらの者を平然と活動させることによって、自身の身の潔白を証明している。と言う所があった。

「まぁ、な。そろそろ佳乃や佐祐理さんに実践訓練をさせなきゃいけない頃だしな。使わせてもらうよ。」

「守人としての訓練・・・か?」

「戦場で、あの二人はみさおを守る役目に就く事になるだろ?その時の為に、一度実践でやらなきゃいけないと思ってたんだ」

こいつもしっかり教育係やってやがるな。と浩平は感心したかのように目を細める。

公国が在りし時、祐一の立場は数万の兵の頂点に立つ、そう言うものだった。

今では、直属の部下は佐祐理と佳乃だけ。言ってしまえば、みさお個人の客将。それが今の立場。

でも、そのどちらであっても、彼の存在はとてつもなく、大きい。

「それじゃぁ、俺も付き合わせてもらうかな。どうせ3〜4ヶ月程度は暇を作れそうだったし」

「いい加減由紀子さんに見限られるぞ?茜さんにも・・」

「まぁ、そうなったらその時はみさおの部下にでもしてもらうさ。それはそれで楽しそうだろう?」

ま、いいか。と祐一自身も天を仰ぐ。

もしこいつがみさおの部下になったとしたら・・・・立花さんが苦労することだろう。と思う。

下に居るのも疲れるだろうし、上に居るともっと疲れるのだ。

しかし、そんなことを思いながらも今の自分が目の前のことだけを見ていればいい。とようやく思えるようになってきた事が嬉しかった。

気楽に生きられる事は楽しい。と、そう思える事が。







「・・・・それで、浩平は何処かに消えていった・・・・と」

何時もどおり城門の兵士には自分からの命令だ。と言って出て行ったらしい。

それも、緊急の命令であると・・・

「あの馬鹿・・・・今がどんな状況かも分かんないのかしら・・」

「浩平ですから」

はぁ。と溜息を吐く二人も、達観したような、諦めたような・・・

「まぁ、瑞佳ちゃんが付いているから間違いは起こらないでしょうけど。・・・・茜ちゃん、何かあった時は頼むわね?」

「分かりました。・・・・でも、私一人で水瀬侯爵と渡り合うのは厳しいかもしれません。浩平と、長森さん、それに上月さんも 居なくなってしまっては・・・」

上級の指揮官は半減。残っているのは自分と詩子と、雪見。

みさきや留美は、本質的には大軍を率いる指揮官ではないですし・・・と。

「分かっています。もしもの時は私も出ましょう。それに、みさおちゃんや澪ちゃんも、あちらで立ってくれるでしょうから」

はぁ。と甥に対して溜息を一つ。

「最も、あの子に限ってそうなった時にいないとは考えられないですけどね。・・・・こう思うのは贔屓目でしょうか?」

その言葉に首を振る者はいなかった。

なんだかんだ言って、彼女達は折原浩平と言う人物を信頼しているのかもしれない。







「瑞佳さん、何時もお兄ちゃんが迷惑かけてごめんなさい」

大きなベッドの上では女性が五人。枕を並べて寄り添っている。

何時もは四人で使っている巨大なベッド。最初の予定とは違う風に使われている物の、特に問題はない。

「どっちかと言えば浩平から迷惑をかけられているのは里村さんや七瀬さんだよ。私は別に・・」

くすくすと笑って義妹の頭を撫でる。

目の前の少女との付き合いは既に十五年を超える。

まだ、みさおがまともに話せないような、そんな頃からの付き合いだった。

「長森さんは祐一さんとの付き合いも長いんですか?」

「そうだね。祐一との付き合いも・・・・もう十年以上かな?ねぇ?」

みさおちゃん?と振られて、頷く。

「昔ね、みさおちゃんは病気を患っていたんだよ。・・・帝国の皇女殿下だった佐祐理さんなら聞いているかもしれないけど」

はい。と頷く。

聞いた話では、王国の姫君は病で、余命いくばくもない。という話だった。

それは、美坂家の次女とも同じ病気で、当時誰もが不治の病だと聞いていたほどの・・・

その噂が急に途切れた時には、何が起こったのだろう?と誰もが不思議に思っても居た。

「佐祐理も、美坂家の栞ちゃんのことが心配でしたから・・・あの頃はどうしてみさおさんが治ったのか?って調べようともしていました。」

諜報網を駆使して、ようやく相沢家が関わっている事を理解した頃には、既に祐一が栞を治した後。

最も、その方法を知ったのは随分後になってのことだったけれど。

「そうだね。うん。祐一が私や浩平、みさおちゃんと知り合ったのはその時だよ。・・・・懐かしいなぁ」

気がつくと、隣に寝転がっていた佳乃が擦り寄ってく〜く〜と寝息を立てているのに気がついて、温かい笑みを浮かべる。

「あの時のお兄ちゃんは、私からすれば見ていられなかったです」

妹を治す為なら何でもしてやる!!と言わんばかりに暴走しかけていた兄。

両親を早くに無くして以来、浩平からすればみさおはたった一人の家族だったから。

「浩平は、みさおちゃんをとっても大切に思っていたからね」

「はぇ〜・・凄いですね〜」

自分も一弥のことはとても大切に思ってきたつもりだけど、自分を壊してまで出来るか?と聞かれると自身はなかった。

何より、一弥が一番最初に心を開いたのは自分ではなく祐一さんだから。

「それだけに、治したのが自分じゃなくて祐一なのがやっぱり悔しかったんだよね。浩平は」

それ以来、浩平の無謀な挑戦が始まったんだよ。と瑞佳は笑う。

でも、一途に遥かなる高みを目指したおかげで、彼は若くして王国の軍事全てを司るほどの力を得るに至った。

そう思えば、やっぱりこれも運命だったんだろうね。と瑞佳は笑う。

同世代にも名将と後世に名を残せるような逸材が揃い・・・。もし、そうでなかったら王国は帝国の名将、水瀬侯爵の兵法から 国を守る事は出来ないだろう。

「それが、結局祐一を王国の中に取り入れちゃった。これも運命なのかもしれないよ」

「佐祐理さんも、仲良くなれましたしね。」

「ふ・・・ふぇ!!」

ふに。とみさおに胸の中に入り込まれる。

「くすっ。仲が良くていいね。」

『みんななかよしが一番なの』

暗がりに良く見えなかったけれど、澪が何を書いたのかは不思議と良く理解出来た。

「そうだね。それが出来れば一番なんだけどね。」

青色の髪を、梳くように撫でる。

それを受けて佳乃が小さく目を開けてくすぐったそうに笑いを浮かべた。

瑞佳は、何故相沢家と帝国の間にこれほどまでの確執が生まれたのかを知っている。

悲しい嫉妬から始まったすべてのこと。それは、祐一自身にも影を落とす事だったから。

嫉妬とか、欲望とか・・・・そんなものなくても人は生きていけるのに。

少なくとも、腕の中の少女はそんなものとは縁のないように思える。

「全員が、佳乃ちゃんのように純粋だったら戦争なんて・・・起こらないんだよ」

倉田一は相沢慎一を嫉妬し、それが故に命を落とした者がたくさん居る。

それを知る祐一は、それを恐れるあまり人を心の中に入れないようにして、それが為にまた悲しみを背負う者が生まれた。

両者の心の内を誰よりも理解していた大輔は、その葛藤全てを自身が受け・・・命を落とした。

相沢家の末路は・・・・あまりにも、あまりにも切ない。

「佐祐理さん、みさおちゃん。・・・・私も、仲良くしなくちゃね。ずっと、ずっと。」

「あはは〜当然ですよ〜。佐祐理はみさおちゃんも、瑞佳さんも。澪さんも佳乃ちゃんも、皆大好きですから〜」

ニコニコと笑って、そう述べる。

みさおは、佐祐理の胸の中に頬を寄せて、同じように笑う。

世界は・・・・平和。







そういえば。と瑞佳がふと、顔を上げる。

「そういえば、祐一とは上手くやれているの?四人もいたら祐一も大変なんじゃないかな?それに・・・」

取り合いになっちゃったりとかしちゃダメだよ?

そう、心配そうに。

普通の人が言ったらセクハラ同然の発言。でも、瑞佳が好意から言っているのが明らかなだけに、文句も言えない。

と、言うより、それ以前の問題に・・・・

「・・・・祐一君は一度もこの部屋で夜を過ごしたことはないんです。」

は?と、思わずポカンと瑞佳は口を開ける。

「え?・・・え?・・・・あれ?・・・だって、皆祐一とそういう関係・・・・あれ?」

だって、そのためにこんな大きなベッドを浩平が・・・・と。

目をクルクルと回している瑞佳は、てっきりこの四人が自分と浩平のような関係になっていると思っている。

「え、えっと、それじゃぁ祐一は毎晩どうしているの?だって、毎晩ずっと守ってくれてるって・・・・」

確かにそう言ったよね?と義妹を眺めると、頬を膨らませてみさおも頷く。

「・・・祐一さん、毎晩あそこで・・・」

溜息を吐きながら佐祐理が一点を指差す。

指した所は、扉。

「祐一君、毎晩、あそこに座ってじ〜っとしてるんだよぉ。」

『部屋に入って中で一緒に休むの。と言っても断られるだけなの』

「え?でも・・・じゃぁ祐一は毎晩、一晩中あそこでじっと座ってるの?」

いいえ。と首を振るのは佐祐理。

一番最初に廊下で何かが動くような音を聞いたのは彼女。

「祐一さん、何かをしているみたいなんです。でも、佐祐理達が出て行くとまた元通り平然と座っているんですよ。」

お手洗いに行こうと扉を開けたときには音も静まっていて、何時もと同じように座っているんです。と。

でも、物音が微かに聞こえてくるんです。といわれて、軽く首を傾げる瑞佳。

どちらにしても、祐一はこの四人とは何ら関係を持っていないようで・・・・

瑞佳が一つ溜息を吐く。

(祐一にもしっかりした人が・・・・本当に浩平と似てるんだよ)

本当に、世界は・・・・・平和。