第二十七話








潮時でしょうか・・・と戦場に視線を向ける。

簡単に勝てるとは誰も思っていなかった。相手は相沢と三代に渡って戦ってきた将なのだから。

正攻法では勝てない。だから、幾つも無理をして仕掛けた。乱戦に持ち込むくらいしか勝ち目は無いと思ったからだ。

けれど、受け流される。何度も仕掛けた突撃は相手の陣形に穴を空けるものの、後方からすぐに増援がその穴を埋めていく。

所謂『正規兵』と言う観点ではこちらの半分程度しか存在しないだろう。精鋭、と言う分類においては二万程度。

けれど、その二万に十人の部下を率いさせる。それで強力な大軍が出来上がる。

「伝令を」

声を掛けると後ろに数名、膝をつく。それに水瀬、久瀬、長森の三隊への伝令を頼もうとして・・

前を見た。

戦場の気配が瞬時に変わった。気の流れが揺らいでいる。

敵軍の、凡そ5キロも先の方か。敵本陣西の小山に旗が翻った。

その瞬間、茜は勝利を確信した。

「・・いえ、再度、突撃を。敵を崩します」

突然の指揮官の変心に周囲がざわめいた。これ以上突撃を繰り返しては兵の疲労が限界を超える。さらに言えば、引き上げようとした時引き上げるだけの体力が無くなってしまう。

既に、五分五分に持ち込んで城に引く、と言う状況になっていたはずなのだ。この戦は。

「祐一が、白騎士団が敵本陣を崩しにかかる。私達はそれを援護します。続いてください」

茜が一点を指で指し示す。茜が見たものを目にした幕僚が歓声を上げた。あの位置にあの軍団が居る。それが信じられないようで、でも彼等ならやるだろう、とも思えた。

三万の兵士が最後の一押しを始める。今回の戦、士気と言う観点では互いにさして変わりは無い。

王国領を飲み込まないと食糧が無くなる、故に侵攻する者、そして、家族や友人、旧公国領で戦う友軍の為にも一歩も通すわけには行かない、と心に決めている王国の兵士。

再度槍が勢い良くぶつかり合う音と共に、敵本陣の方向から予備兵が続々と送られてくる。それで居て、本陣の防備は未だにしっかりしていた。

けれど、どうやって本陣を?と茜は思う。白騎士団は練度、指揮官の能力、個々の戦闘力、どれを取っても他に類を見ない。

と言っても四千・・から相当の脱落者を出している部隊だ。敵本陣はどう少なく見積もっても万の兵に守られている。

この状況を予測していたのか?多分否だろう。あくまで、用心に用心を重ねたその結果と言う事。

「・・・・ゆういち・・」

こちらが何とかしなければ彼等は敵中孤立。白騎士団が失われることが敵味方に与える影響は計り知れない。

奇跡のような突破劇、その最後をどう飾るのか?ふと、わくわくしている自分に茜は苦笑していた。







一方、少し前、茜に相対する軍勢の本陣では老年に達した指揮官が顔色を変えていた。

『何故、右翼が破れぬのか』

それを幕僚に確かめさせていた矢先のことだ。

この戦、肝となるのは要地をどちらが押さえるかにある。

里村勢左翼の小山、ここを押さえてしまえば、里村の軍は城に引かざるを得ない。故に、そこには最強の軍を叩き付けた。

戦略の構想は、里村茜を城に釘付けにしながら軍を方々に向け、王国の主要都市を押さえることにある。里村茜は優秀な将ではあるが、倍の兵力で囲めば動くことは至難の業だ。

だからこその戦略。この戦がここまで長引いている事自体が彼にとっては不可解極まりない。

それが、一つの情報だけで納得が行った。同時にここまでの時間、一体情報はどう動いていたのか、と担当の者を鬼の様な形相で叱り付けた。

『敵軍左翼の先鋒に白騎士団が存在する、と・・・』

一瞬で戦術を一からやり直さなければいけない一言だ。彼にとって、白騎士団が、と言うよりそれを率いる相沢の人間が何より恐ろしい。

里村茜がトップに居て、両翼を深山、上月で固められるくらいなら自分でも対応出来る、が、そこに相沢が加われば話は変わる。

つまり、本来なら城に引き篭もりつつ、ゲリラ戦で挑んでも良かったはずなのだ。白騎士が神出鬼没の軽騎兵として動き回る。それだけで構想など瓦解する。

速度、破壊力、そして統率力、どれを取っても非の打ち所がない。城に封じ込められれば御の字だろう。と考えて・・・

では、何故彼等はこの戦場に出てきたのか?と思考を切り替える。

城に引き篭もり、白騎士団がここに居るぞ、と明らかにする。それだけで自分達は動けないだろう。城に七万の兵士と白騎士団が居るだけでこちらの二十万近い大軍は動けない。

それを考えれば、では、どうなるか・・?

『相手は、睨みあいよりもっと良い結果を求めていることになるのではないか?』

それである。

この地は左右を崖に挟まれているとは言え、弓矢が届くほどこの谷は狭くない。崖の位置から何かをするには難しい。

そして、伏兵を置くにも崖を這い降りて来る間にこちらは補足して潰しにかかれる。そう言った意味で、この地に本陣を置いたのは正しい判断だった、と『思っていた』

そう、思っていた。・・・それは、あくまで戦場にあの兵団が居ないと言う前提の上だ。

「左翼に兵を向けよ。柵を、簡易なもので構わぬ!・・・何でも良い、馬の突撃を食い止めるものを即興で拵えろ!」

突然立ち上がる六十を幾つか過ぎた将軍の顔を見て、配下の者達が顔を見合わせた。一体何を?と言うように疑問の視線を投げかける。

「白騎士ぞ!奴等であればあの崖は崖にはならぬ!坂ぞ!・・・あの『坂』を馬で駆け下りられてみよ・・・本陣等すぐ突かれるわ!」

一瞬でそれを受けた者達の顔が青褪めた。その恐ろしさはこれまでの軍人としての生涯で嫌と言うほど叩き込まれている。

特に、王国王家、折原の内部分裂の際、これ幸いに、と入り込んだ同胞は相沢祐一、里村茜、そして公国の精鋭に十人の将のうち八人までを討たれたのだ。それ以来 この軍は精彩を失っていた。

当時から総司令官であった大将軍だけが残っている。配下の将軍、十人のうち八人が戦死し、残り二人はその後病死、もはやこの軍にはこの六十を過ぎた将軍以外兵を率いる者が残っていない。

まぁ、ただ、王国の乱の際には王国の側も長森伯、折原老以外の主だった将軍はほとんど戦死しているのだから、状況としては痛みわけに近い。

違いと言ったら、王国には折原浩平を筆頭に里村茜、上月澪と言った新しい目がその才能を存分に開花させたこと。軍部のトップ一人の実力が変わらずとも、二番手三番手に来る将の能力は比較にならない。

だから、将に対する信望はほとんど彼等の信仰する神に対するそれに近いものを持っていた。今回も指揮官の指示を受けて、全員が一斉に動き出す。

守りを固めている間に兵の間からざわめく声が大きくなって来た。誰もが、自分の相対する方向に、崖の上に白一色の軍勢の姿を見据えている。

その先頭の少年が手を上に上げた。

白い波が崖から・・・・そう、降ってくる。

続いて馬の嘶き、鬨の声。

柵を組み立てたところに降り注ぐ雷鳴の矢。

バタバタと倒れる兵の間から槍衾が柵の中から突き出された。続いて慌てて張られる魔術を遮断する壁。と言ってもせいぜい威力を二割三割落とすと言う程度。

三千といくらかの騎馬軍とほぼ一万・・・それも、後続がどんどん押し寄せてくる本陣の防衛軍、突然始まった戦いが突如に戦場の中で最も激しい戦場となるのにあまり時間はかからなかった。







その戦いは王国軍、右翼の折原みさお、上月澪、倉田佐祐理、霧島佳乃の所からも見て取れる。

彼女たちは戦闘開始の時からずっと本軍、里村軍の支隊のように戦ってきた。引く時は、その追撃を阻止し、攻める時は相手の防御を崩すことを目的に動き続けている。

数で劣る王国軍がここまでの時間ずっと相手を押し込めて居れたのは相手が引くことを考えながら戦っていたのもあるが、この五千と少し、と言う程度の軍勢の働きも非常に大きい。

「白騎士団は世界最強の軍勢、です。・・・でも、相手も英雄と称えられる将・・ですよね?」

ふと呟かれるみさおの声に、澪も佐祐理も佳乃も視線を向ける。

「そんなに簡単に破れるのでしょうか?・・・祐一君がそんなに甘く見ているのでしょうか?」

所詮は異民族、と言うような考え方を彼は唾棄している。

相手も正々堂々とした武者である。そう考えなければ不覚を取る。相手を甘く見るのは最もしてはならない蛮行だ。

それを言った者が仮にも異民族の間で英雄と呼ばれる老将相手に引く所もないような突撃を繰り返すものだろうか?

そう言ったみさおの疑問を聞いて、三人も思わず思案顔になる。澪に至っては前線への指揮も行いながらの小さな会議、中々に緊迫感もあった。

「それでは、みさおさんはどのように考えているのでしょうか?・・・佐祐理は・・・」

と言って俯いて考え込んだ佐祐理の顔がふと上がる。みさお、佳乃、澪の顔を次々と眺める。

「相手の軍勢の強い所は前衛に集まっている・・・ですよね。前衛に精強な部隊を展開させ、それに引っ張られるように練度の低い部隊も戦う・・。」

それが相手の軍の戦い方だ。前衛が押している、と言うことが勇気を与え、ほとんど武器を持った事のないような者でもそれで一緒に槍を構えて飛び込める。

逆に言えば、前衛の部隊さえ無くなってしまえば烏合の衆になる、とも言える。

「あははー、佐祐理には分かりましたよー、祐一さんの考え・・です」

ちょっと良いですか?と澪にお願いして紙とペンを一旦借りる。

まず、地形を簡単に、そして、両軍の展開を。

「相手本陣は万の兵で防衛をします。白騎士団でもそれを突破するのは至難の業ですね。でも、前衛の人達はどうでしょう?前衛と本陣を繋ぐ中軍は?」

「あ・・・・」

そうか、とみさおが思わず頷いた。澪は途中から理解していたのか、そう、と言うように小さく頷く。

「むぅ〜、皆、佳乃りんだけ置いてきぼりなんで酷い!」

佳乃は別に将軍ではない。軍学等修めているはずもなく、理解が遅い事を責めるのは酷と言うものだろう。

「うーん・・そうですね・・ちょっと別の例えをしますと・・・祐一さんと国崎さんにしましょう。その二人が、佳乃さんの前と後ろで戦っています」

紙を裏返してちょいちょい、と簡単なイラストを書き入れる。余り似ていない、と思わずみさおが苦笑した。

「佳乃さんは祐一さんを助けよう、と思いますよね。・・・でも、祐一さんは本来自分の身は自分で守れます。実は、国崎さんの方が佳乃さんの魔術をあてにして戦っているとして・・それでも、佳乃さんは祐一さんを助けに行く・・」

祐一には片腕がない。危ないと思うに違いない。そして、前衛は強い往人だ。

そう考えた時、確かに自分はそうするかもしれない、とうんうん。と佳乃も頷いた。

そこに美汐が自らの父と一緒に戻ってきた。旗本の中に流れ矢を受けた者が居て、二人で救護兵の所まで連れて行ったところである。

「人の心は難しいですね。相沢白騎士団長を誰もが助けよう、と思うでしょう。それは相手にとっても同じ・・・」

前衛を守るはずの部隊、それが自らの英雄を守る為に引き上げてしまったとしたら?

その時点で、祐一の軍略は成る、と佐祐理は述べる。

この瞬間、ここに居る者達の考えは本陣の里村茜の一歩上を行った。茜の考えは、祐一が本陣の機能を麻痺させてくれている間に自分が何とか突破口を開く、と言うものだ。

「・・・佐祐理さん、佳乃ちゃん、美汐さん、一緒に来てくれますか?」

突然のみさおの言葉に全員の視線が集中した。いきなり何を言い出すのか分からない。

「祐一君は多分、何処かで軍勢の向きを反転させると思います。ほら、段々相手の中軍の旗が動いていますから」

何処かで、軍勢の向きを変え、敵前衛を挟撃するはずだ。それがみさおの考え。

「前に、前に進みましょう。敵前衛の集中を引き寄せます」

旗本隊、約三百は戦闘が始まって以来ずっとみさおの周りに居る。

当然動いているわけがない。それが役目と言えば役目なのだから。

けれど、旧公国の精鋭で構成されたこの三百人は折原みさお五千・・・上月澪に任せている部隊の中でも最強を誇る。

「で、でも・・・危ないよ?」

ねぇ?と佳乃が佐祐理の方に視線を向けた。みさおに何かがあったらその瞬間にこの戦は負けになる。

が、考えてみればではここに彼が居たらどうしていただろう?この状況で何もせず白騎士が戻ってくるのを待っていただろうか?

ありえない。彼であれば、きっと動く。動いて、白騎士団の負担を少しでも減らしているだろう。

「・・・みさおさんは、やっぱり祐一さんの一番弟子ですね〜。佐祐理は、賛成します。」

小さく笑みを浮かべた。自分では思いつかない行動だ。自分であれば、如何に安全に勝ちを得るかを考える。

けれど、祐一であったり、このみさおはそれを度外視する。自分に危険が起こる事を考慮したうえで、尚それで一番効率の良い戦い方を選ぶ。周囲の者を信頼して。

美汐が黙って刃を構えた。その父は苦笑しながら刀に手で触れる。

旗本の中から一斉に歓声が上がって、槍が天に向かって突き上がった。白騎士団は彼等にとって誇りであり、魂でもある。

むぅ〜、とちょっと悩んだ佳乃もこくり、と頷いた。魔力を構成させて、何時でも放てる準備を整える。

「前に、進みましょう。ただ、前に」

先頭に立って軍を掻き分けるように進むその人に佐祐理が、佳乃が、美汐が慌てて横につく。

三百の兵士が慌ててそれらを追い抜いて、前に出た。同時に今まで疲れながらも戦い続けていた澪が指揮する隊が三百の軍勢の通り道を開けようと必死に槍を構えて前に進む。

突然動き出した三百ばかりの軍勢が上月澪の指揮する五千の中から突如現れて敵前衛に突き刺さる。

誰もが疲弊を隠せない中、元気な部隊がいきなり飛び込んできて、それが精鋭揃いと言う事もあいまって、一気にその場から将棋倒しのように崩れた。

勿論、決定的な崩れではない。それでも、思わず本陣の茜がポカン、と口を開けるほどの一撃を叩き込んだこの三百の突撃はこの戦場の中で最も意外で、強力な一撃だっただろう。

そして、最も驚いているのは茜でも、敵の総大将でもない。







突いたのは敵将の力量ではなかった。敵将の、そのもっと奥深く。

人としての有り方、他人に対する思いを突く。

自分にはこれだけの事が出来る。他の者はこれくらいは出来るはずだ、と人は勝手に決め付ける。

そう、仮にマトモな将がもう一人居たら中軍は決して槍の先を変えていない。

相手の将は信じられないことだろう。本陣で必死に戻すな!と叫んでいるであろうことが目に見える。

「貴方が眩しすぎるからです。」

ふと、そう呟いた。自分が昔言われた事だ。

『お前は天才だ。それを自覚しろ。・・・良いか?お前はお前の周囲を甘く見ている。お前が100の力を持っている、と考えた時お前は・・・』

そう、あれは王国の内乱の時か。自分のミスから多くの命を失った時だ。

『70や80くらいはあると考える。だが、な、本当はもっともっと低い。30、20、10に満たない者もお前の周りにはたくさん、たくさん存在しているんだ』

それを知らないから間違える。味方の力量を間違えれば、無駄に人を死なせる事になる。

「大輔さんに習った事は大いな」

今は亡き親代わりの叔父の顔を思い浮かべた。叱られた一つ一つがこうした時力になる。支えになる。

そして、軍勢に合図を出そうと手を上げようとした。最初っから目的が敵前衛の壊滅である事は伝えてある。

けれど、状況はちょっと想像と変わっていた。

「これはまた・・・・」

その状況に思わず苦笑する。

敵前衛の乱れ、それを作り上げているのは愚直な、余りに正直すぎる唯の前進。

「・・・これは・・・これもある意味戦術と言えるのでしょうか」

驚いた、と言うように声を上げる者を見ながら心の中で相槌を一つ。

愚直な前進、けれど、それがどんな複雑な陣形、策よりも効果を発揮する。

自分には出来ないな、と思った。これだけ素直で、それでいて強い。自分には出来ない。いや、誰にだって出来ない。

これはこの時だから、そして彼女だから出来た事。真似をしようとしても出来るようなことではないのだ。

突然の三百の前進は敵には疑心を抱かせる。これには何か裏があるのではないか?と。

そして味方には、寡兵で突撃する主を死なせてはならない、と勇気を与える。

「祐一様の一番のお弟子様の名は伊達ではない、と言うことでしょうかな。・・・・・さてさて、それでは我々も」

こくり、と祐一が頷いて手を上にあげる。

小隊長クラスが一斉に馬の向きを変えた。飛んでくる矢をそれぞれが払いながら。

馬の鼻の向きが一斉に変わった事にようやく狙いに気付いた者が慌てて軍を動かそうとする。けれど、既にそれを待つことなく白の集団は動き出していた。







耳元を矢が抜けていった。一瞬の事に佐祐理と佳乃、美汐が慌てて視線を向けてくる。

いくら魔力で壁を、と言っても限界はあるのだ。ここまで乱戦になれば流れ矢にまでは注意を向けられない。

「危ないよぉ・・みさおちゃんに何かあったら・・・」

10歩も先ではもう槍と槍がぶつかり合っている空間なのだ。それも右も左も、正面も。

まるで釘を打ち込んだようにこの三百の小勢だけが突き出ている。相手は必死にその釘を抜こうとし、茜と澪は後ろからそれを援護しようと軍勢を動かしていた。

「公国の魔導図書館で拝見させてもらえていたらもっと強力になっていたのですけどね〜」

すっと佐祐理の体が佳乃の横から離れた。既に詠唱に入ったそれは佳乃もみさおも聞いた事がない詠唱。

佐祐理の前に小さな光の球が出来上がる。エクスプロージョンのように破壊力を持ったものではなくて、純粋な光の球。

「上級術法とは行きませんけれど・・・」

光や闇の術は火、氷と言ったものを操るより遥かに難しい。炎や氷の禁術は祐一達にとっては上級術法になるが、光や闇のそれは正真正銘、禁術だ。

「展開します。みさおさん、佐祐理が撃ったら、そのまま押し出してください」

軍勢を進めろ、と言う言葉にみさおは直ぐに合図を出す。みさおはこの栗色の髪の女性を信頼している。

光の球が空に舞い上がると、そこから光の矢が一斉に打ち出された。槍をぶつけ合うその相手に向かって。

打ち抜かれた者はそのまま地面に倒れ伏す。魔術に対する防壁を張っていない所に直撃を受けたのだから当たり前のこと。

「シャイニングって術法です。光の中級術法・・佐祐理には、こっちの方が向いていますね〜」

魔力の大きさでは佳乃には及ばない。だから、別の方向で鍛える。

例えばコントロール。何処を狙い、何処を撃つか。弱い力でも急所を的確に捉えればそれで十分なのだから。

その瞬間を見逃さず、空いた穴に槍衾が突き刺さる。既に三百の兵に予備兵は残っていない。

そう、あとは本陣のみさお、佳乃、美汐と言ったくらい。体力を使い果たせば後は討ち取られるしか選択肢はなかった。

けれど、誰もがもう大丈夫だ、と思い始めている。遥か前方から旗が向かってくるのが見えた。

打ち込まれた三百の兵士、敵本隊の猛攻、そして後方からは白騎士団。悪夢のような状況に思わず王国の者達までもが同情を禁じえなかった。

相手の将達はそろそろ間違いに気付いている事だろう。前衛と本陣の間に完全に空間が出来上がってしまっている。

本来、練度は王国勢の方が高いのだ。それが、一時的に人数ですら上回る。

さらにさらに後方から白騎士団が襲来する。

本陣で茜が待たせていた伝令に言葉短く合図を送った。水瀬、久瀬、長森三隊に対して総攻撃の合図を。

狼煙が上がる。

名雪が、あゆが、栞が、さっきからずっと騎乗のままで待機していたその三人が一斉に部隊に向かって合図を送った。

有人と瑞佳はその両軍を追随するように軍勢を動かす。

突然の折原みさおの率いる三百の兵の突撃を受け、何とか立て直した所に後方から白騎士団、気がつけば後ろからの兵站は途絶えている。

さらには相手は温存していた虎の子の軍勢、疲れ一つない軍勢が里村軍を掻き分ける様に槍を構え、叫び声を上げて向かってくる。

既にそれに対応出来る力等、残っているわけがなかった。







疲弊しきった軍勢が近寄って来るのを追撃を任せて兵に休息を取らせていた茜が、そして本陣に報告に来ていたみさおが、澪が、そして佐祐理、佳乃、美汐が迎え入れた。

「疲れたよ〜」

兜を外して近寄ってくる祐一に佳乃が声を上げながら駆け寄っていく。思わず他の者がこれなら追撃軍に入れれば良かった、と思うほど足取り軽く。

あれから白騎士団は敵を縦に切り裂いた後、味方の後方を旋回して横から、もう一度縦から、と8の字を描くように四度の突撃を繰り返した。

最後の方にはもはや戦意のある者など居ない。

敵前衛を粉砕しながら、敵を追撃に移ると敵は二通りに分かれる。

愛すべき臆病者と、憎むべき勇者である。

不利になっただけで背中を向けて逃げる者など生かしておいても全く問題ない。邪魔になるだけだ。

だから、追撃隊は憎むべき、尊敬すべき敵の勇者を、味方を助ける為に敵に背中を見せることなく立ち止まる勇者を屠る。

所詮はこの一部の者が居るから強い軍勢なのだ。この勇者達が失われればもはや相手に戦力など残らない。

正面から長森、久瀬の両隊が踏みとどまる五百程度の規模の部隊に一つ一つ当たり、それを横から騎馬兵を中心に組んだ 栞が預かった隊が、強力な魔導部隊を抱える水瀬の隊が強烈な一撃を加え、瓦解させる。

陣形を崩してしまえば、後は大軍が槍を構えて押し包むだけだ。

その『掃討』が一通り終われば、後は逃げる者の追撃になる。

元気一杯のこの三万近い軍勢による追撃は、ほぼ1日中行われる。

食糧、武器等を運ぶ輜重隊を守る暇もなく叩き潰され、本拠近くの砦に逃げ帰った時、遠征軍は既に五万を割っていた。

死者の数は二十万のうち少なくとも一万を下ることはなく、食糧は遠征軍の半分を奪われ、残った半分の中でも二割程度は使い物にならない。

それを受けて里村茜は小坂由起子に伝令を送ると共に、何人かの連名で各戦線へ書状を送る。







王国戦線、敵遠征軍を粉砕す。これより増援に向かう故、何卒それまで壮健に在らせられん事を



そこに書かれて居た名前の最後に連名で乗っていた名に各戦線ではある者はようやくか、と苦笑を漏らし、またある者はまさか、と目を疑った。

それほどに、亡くなったと思って居たものの存在は周囲に驚愕を与えたのである。