第二十六話








「さて、と。それではそろそろ・・・。」

前を見る。

前からは、鉄に身を固めた一団が緩やかに近づいてきている。

祐一の部隊が布陣したのは、本戦場になるであろう所から四,五キロ離れた所の小山。

この場所を占領されることは、本隊の側面を直接突かれる事を意味する。つまり、ここを占領されてしまえば、この地での野戦、と言うこと自体が不可能となる。

故に、この地を守り、敵を打ち破るのがとりあえずの任務と言えるだろう。

それを理解しているから、逸早く・・・他の味方軍に先駆けてこの地を占拠、そのまま軍を伏せさせている。

「祐一様、我等は拠点の防衛より・・・」

嬉しそうに笑いながら告げてくる副官に笑顔を向ける。

小山、軽いとは言え、坂の多い道。

当然、相手は馬の者はいない。誰もが槍を構えて移動してきている。

―――――つまりは、馬で一方的に蹂躙が出来ると言うこと―――――

こちらに迫ってきているのは、敵の先鋒部隊。数は凡そ五千と言ったところか。

敵の本隊も、味方の本隊もまだ戦場には姿を見せては居ない。つまり、今の戦場は祐一旗下の三千五百と敵軍の五千のみ。

しかも、山を登るせいか軽装の、である。




一瞬の躊躇もなく、祐一が刀を抜く。

と、それを合図に全軍が魔術詠唱を開始。

「旗を掲げろ!敵軍にこちらの軍があること、知らしめてやれ!」

その声と共にスルスルと上って行く旗。

戦場の、始まりである。







「やれやれ。それにしても、楽なもんだ。あっちの民族は馬鹿なのかね。あの厄介な連中を自ら潰してくれるとは」

かっかっか。と笑いながら槍を持って歩く一団。

彼等は元より、異民族と言われ、公国と槍を合わせていた頃からの強権派の部族の兵達。

異民族、と一括りにされる彼らも実態はいくつもの部族に分かれて存在している。

実際彼らの総司令官はどちらかと言えば穏健派。出来れば平和的な解決を求めていると言うところでは 相沢祐一の考え方に寧ろ近いとも言える。

ただ、公国は結局帝国と王国にはさまれて存在し、その両国には異民族との和平などありえなかった。

だからこそ、長年の戦いが続いている、と言う事であり、さらに言えば実際は穏健派に近い公国、ひいては 相沢公爵家は異民族の中の強硬派からしたら悪鬼のように疎まれている。と言うことになる。

そして、この部隊は相沢慎一が指揮をしていた頃からも何度も小競り合いを繰り広げていた異民族の中でも 最も血の気の多い部族。そして、戦慣れした集団。

故に、帝国や王国よりも、さらに公国のことを知り尽くしていると言って良い、そんな者達。

「あいつらが内戦を起こしている間、こっちが動かないことに反発することもあったが、ね。こうしてみると慧眼だ。何しろ、あっちは 守り神を失い、こちらは復活なされた。」

「そういうことだ。今回の戦も、あの山さえ占領してしまえばこちらの勝ちに揺るぎはない、しな。所詮は公国に頼ってばかりの連中だったってことだ。」

冗談のように話す兵士達。

さて、故事にこんな言葉がある。『嘘からでた真』それは、まさにこのような状況を指すのではないだろうか?

そんな雑談を話していた兵士の前にスルスルと上がって行く見覚えのある旗印。

何度も何度も辛酸を舐めさせられた旗印が、目の前に上がっている。

もはや、冗談を話せる余裕のある者はいなかった。







「よりによって、あの部隊、か。一応は厄介な相手が来たもんだ。・・・さてさて。」

一方、祐一もしかめっ面をする。

気質、相手の兵の動き。

それは、公国の公爵代理を務めていた頃に幾度となく槍を交えた相手であろう、と。

「どうやら、あちらも先鋒に最強部隊を持ってきたようですね。・・・・流石に削りあいの戦はやりたくありません。」

敵将の人となりは知将とはほど遠い。敵軍の総大将は祐一や大輔等が一目置く名将ではあり、昔初めて里村茜と出会い、折原浩平や 長森将軍等と連携し何とか撤退に追い込んだ際の敵将でもあるのだが・・・。

だが、目前の敵先鋒軍は明らかにそれとは異なっている。

(ま、留美さん、北川、往人みたいなもんだよな・・・・)

微妙に失礼なことを頭の中で思わず考える。

別に馬鹿にしているわけではない。所謂猪武者と揶揄される存在は必要な存在ではあるのだ。先頭をそういう猛将が突き破ることで後方は勇気を与えられる。

つまり猛将が知将を生かし、知将が猛将を生かす。勿論両方を兼ね備えた者も居て、それは真に名将と呼ばれるような存在だろう。

まぁ、とにかく今目前に居るのは猛将である。強力な部隊でもって一気に敵を揉み潰す。真っ向からのぶつかり合いには強力無比な軍勢

勝てない、とは言わない。勿論、単純に肉弾戦を挑んだとしても間違いなくこちらの勝ちにはなる。けれど、この時点で余り戦力を消耗したくはない。

白騎士団の消耗は、今後の戦に影響を与える。

今後の戦と言うのは今回の里村茜上将軍の元で敵を打ち破る戦を指すのではない。あくまで来るべき帝国領解放戦線における戦のことだ。

「魔術の斉射を。その後、敵陣を駆け抜けます。接近戦の相手は決してしないよう! そして、敵陣の背後に出たらもう一発。その後、相手を槍でもって蹴散らす。で、行きましょう」

了解する声が各地から上がってくると、祐一自身も魔術の詠唱、と、共に右手にボウガンを構える。

その手を、大きく上げる。それが合図。

一斉に、全員が馬を蹴って走り出す。

その軍勢において、体が弱っても尚、駆ける先頭は祐一。だからこそ、彼等は強いのだろう。

先頭に駆ける者を守らなければいけない、と思うから。







『何故だ!』と誰もが思う。

何しろ、前方に居るのは鬼。

それも、滅んだと、そう・・・少なくとも、信じていた鬼。

あちらにしては、守り神。神兵。でも、それを受ける方からすれば鬼であり、悪魔である。

戦で滅んだ、と聞いていた。今まで一度も現れていなかった。

それが何故、よりによって目の前にいるのか?と。

存在していることは認めてもいいが、わざわざ自分達の前に現れなくとも・・・と。

「全員、槍を構えろ。俺達に魔術の力はない。あの連中の魔術戦を崩す為にはとにかく接近戦を挑め!」

この部隊の指揮官、数十年公国の槍をぶつけ合ってきた将。この状況で即座に為すべき事を考え出すのは優秀と言えるだろう。

しかし、彼はそう言った所で、一つの事実に気付いてしまう。

自分達には、今、馬がない。

小山を占領することを第一に、と言う事で、山道を登るに邪魔になる馬は後方からの輜重隊に預け、軽装のままでこちらに来ている。

つまりは、機動力においても、魔術力においてもあの軍隊とは雲泥の差があるということ。

糞!と罵声を浴びせながら、自身も槍を取る。

既に、敵軍は目の前に迫っていた。







「流石は祐一・・・流石は白騎士団、ですね。」

そして、その場で戦端が開かれてから小一時間。

戦場に里村茜の本隊が到着する。

左翼前方で行われている緒戦はこちらの勝ちだろう、と遠目からでも分かる。

既に、相手は壊走し始めているのだから。

勿論予定通りだ。流石に側面の丘を取られてはこの地の野戦等行えるはずが無い。側面をしっかり固めた 上で正面きってぶつかり合うのが戦の構図。それが崩れたら即時撤退も予定に組み込まれている。

「こっちも行きます。祐一達に遅れないように」

手を垂直に上げるだけで兵が前方に動き出す。

あちらの本隊も既に戦場に到着している。

凡そ、五万。後方からも次々と増援が向かってくる事も間違いない。

勿論、こちらも増援は来るものの、人数的にせいぜい増援、全てを併せても三万程度。自軍を併せてようやく五万。

相手は祐一達の別働隊の方にも部隊を分散させるではあろうけれど、それでも十万以上はこちらに向けられるはず。

それでも勝たなければいけない。それが、自分に与えられた役目なのだから。

「後方の澪にも連絡を。全ての軍事行動については一任しますので、好きに動いてください。と」

そう言って、茜自身も歩みを前に向ける。

自分には守り手が居る。大切な人が与えてくれた最高の矛と盾が。

なら、後方で指揮を取るよりも、もっと前で、より正確な指揮を取る事が自分に求められている事。

「敵が勢ぞろいする前に敵軍を壊走させます。全軍、攻撃」

自分の特技・・・王国一の守戦の名人の称号を自ら捨てるような言葉。

その言葉に一斉に鬨の声を上げて兵士が突っ込んで行った。







その頃、祐一はもう一度小山の上から戦況を眺めている。

敵の先鋒部隊は撤退に追い込ませる事が出来た。損害は大きいとは言わぬまでも決して小さいものではない。

何しろ、騎馬軍団が歩兵部隊を壊走させるのに一時間程度の時間を要していた。

これが適当な部隊であったなら最初の一撃で壊走させていたであろうことからも相手の強さは伺える。

それだけに、相手が馬を捨てて軽装で向かってきてくれた事は僥倖。もし、しっかりした状態で敵としてあったのならこちらはもっと厳しくなっていた。

しかし、そこに時間を使いすぎたせいか、既に敵軍の第二陣が迫っている。

しかも、北西、北北西、北北東、北東の四方から。

一つずつが凡そ五千程度。併せれば二万になろうか。

「祐一様、囲まれておりますな」

のほほん、と部下に話し掛けられて全く。と苦笑する。

「一応囲まれているんですから、動揺くらいしてあげないとあちらさんに可哀想でしょう」

ああ、と言われた方が拍手を一つ。

「そうですな。やはり気遣いは大切・・・。祐一様!如何致しましょう!!我が軍、無念にも敵に囲まれておりまする。かくなる上は全軍勇ましく・・・」

もういいです。と右手を上げての静止。

これ以上付き合っているとこっちが疲れてしまいそう。

「むぅ。私の演技はお気に召しませんか。これでも騎士団内の宴会芸では演技派で通っていたのですが」

どんな評価だ。と周りからの笑い声。

少なくとも、騎士団で宴会なんてことをやることは先ずないし、宴会芸なんて見たこともない。

「で、どうしましょうかね。このまま守るか・・・それとも・・・」

横を見る。

数キロ離れて横に居るのは茜の軍。

二万程度の軍が五万の軍に真っ向からぶつかっている。

いくつもの部隊に分けることで、波状攻撃を繰り返し、いくつも突破口を開いているものの相手の増援が直ぐにその穴を埋めてしまう。

「苦戦、しておりますな。茜様は。」

心配でございますか?と悪戯っぽく聞かれて、面白くなさそうに顔を背ける。

叔父が率いていたからか、この軍には自分をからかう事を趣味とする者は多いような気がしていた。

大体が敵方の大将は敵方で最高の知将、実力的には茜にも遜色ないほどで、戦の場数はおそらく0を一つ足しても足りないほどなのだからそうそう破れるわけが無い。 そんなことは百も承知の戦なのだ。最も敵将のことはあえて茜、澪以外とは語り合ってはいないのだけど・・・

何しろ茜と祐一が最初の邂逅の時に戦った敵将が今回の相手、元より言わずもがなのことでしかない。

違いと言えば部下の質の差か?・・・・それが一番大きい事ではあるのだが

もし敵方に上月澪のような佐将が存在していたとしたら決して野戦を主張することはなかった。それは事実と認識している。

勿論敵方に将が居なかったわけではない。優秀な将が優秀な部下を抱えていないとしたらそれは将が優秀ではないと言う事だ。

例えば白騎士団。もし祐一が、大輔が凡将であったとしたらここまでの精強な軍団は出来上がらない。勿論、彼らあっての祐一や大輔、慎一達相沢の一族であって、 逆もまたしかり、である。まぁ、これは余談の類ではあるが・・・

とにかく相手方に名将と呼べる存在が少ない理由は簡単だ。ここに居る連中が屠ったから。

そして、才能ある者が後に続いていなかった。これは運が悪かったとしか言いようが無い。

もし折原浩平が、里村茜が、相沢祐一が国境線を越えて生まれていたら、これは仮定の話に過ぎないが、おそらく三国の領土は大きく削り取られていた事だろう。

「そりゃ、心配ですよ。茜さんは大切な仲間ですからね。」

それを聞いてくすくす笑う周りの者達。

酷く不愉快だった。

「結局、祐一様は誰が本命なのでございますか?・・・我々はてっきりみさお様か佐祐理様だと思っていたのですが」

「いやいや、私は佳乃様だと思っておりましたよ。何しろ、祐一様が御自ら抱き上げたほどのお方。あの瞬間は思わず身が震えましたな」

「全く、お前達は考えが甘い。澪様に決まっているだろう。わざわざ帝国がヴァルキリアまで新婚旅行に行かれたほどの仲。間違いないであろうに」

わいわいと議論を始める数人を見て、思わず額に手を当てて天を仰ぐ。

「・・・・もう少し真面目に戦をしませんか?貴方達」

こんなことを言うのは初めてだった。

確かにこれが強さと言えば強さなのだろうけれど・・・・

余裕を向ける方向が違うのではないだろうか?と。

近くに居た副官が申し訳ない、と頭を下げている。

もう一度、下を向いて嘆息。

叔父が率いてた部隊と言う事が十二分に理解できてしまった。痛いほどに。

(立花さん、やっぱりこっちに欲しかったなぁ・・・・・・)

本人が聞いたら『もう少しマトモな理由で欲しがって頂きたいなぁ』とがっかりするような、とんでもない理由を思わず思ってしまった。







「将軍。後方より伝令が。一時前線を交代しては?と水瀬将軍が・・・」

不要です。と短く。

水瀬、久瀬の両軍は取っておかなければいけない、と茜は思っている。

昨日の、あの後祐一と二人だけで話した時のこと。

二人は一つの共通認識を持っていた。

『この戦、大勝でなければ意味がない』

大勝して、相手の兵達に恐怖を染み込ませ、こちらへの侵攻意識を無くさせて初めてこちらが野戦に赴いた成果は現れる。

敵方の兵がここまで勢い良く動けるのは将に対する絶対的信頼、強兵の存在、神の存在、そして自らの貧困。その全てがあってなっていることだから・・・・

つまり、そのどれかを崩してしまえば再進行はない。最初の一つはそうそう崩れはしないはずだ。人としても将としても尊敬に値する敵将はおそらく今回の戦を 敗戦したとしても国民のカリスマ的存在であり続けるはず。茜からすれば幼馴染や家臣の仇ではあるものの個人的にうらんだ事はほとんどない。 相手は賞賛されるべき将であることを茜自身も何度も戦場に立つうちに理解しているからだ。

だから崩すべきは二つ目と三つ目。戦の経験ある強兵を打ち倒し、尚且つ勝利の後には異民族と呼ばれる者に援助を行う。

その準備は既に兵站担当の川名みさきとの間で詰めていた。勝ちさえすればこの戦場はもう戦になることはないだろう。

それをする為に大勝。敵軍を町まで追い落とす。数里退いて再布陣されるようでは全く意味をさなさいのだ。

そのためには、水瀬、久瀬、そして長森の三隊をそのまま残しておきたい。

それが話し合った結論。祐一、澪と三人で話し合った内容を二人は絶対にやり遂げると自信を持って頷いてくれた。 ・・・・つまり、自分がしくじる訳にはいかない。

「水瀬、久瀬の両軍には今まで通りその場での待機を。必ず出番は作りますので、と。」

小さく頷いた兵士が駆けて行く。

確かに、後方が思わず援軍の申し入れをしてしまうくらいにこちらの状況は悪い。

何度も前線を切り崩してもあっという間に後方からの増援がその場を埋めてしまっているから。

西の方角で敵軍と戦っている友軍を眺める。

一度敵軍を粉砕した祐一の軍が敵に囲まれようとしているのが見えた。

「祐一・・・」

二万近く居る事が遠目にも分かってしまう。

このまま、小山を守る事に拘ると、祐一の部隊は囲まれて磨り潰されてしまうかもしれない。もしかしたら彼自身が・・・

そんな想像を首を振って振り払うと、視線を前に向ける。

(祐一が、間違えるはずが無い。祐一は自分に出来る最善のことを何時でもこなしてくれる。だから)

大丈夫です。と。

東の方角では小勢の味方軍が奮戦を繰り広げている。元々折原みさお姫将軍の為に構成された軍、立花将軍や元公国兵、そして短いながらも白騎士団の調練を 受けた彼らは結成時とは比べ物にならない精強さを誇る。王国最強部隊の一つと言っても過言ではないほどに

指揮するのも王国で五本の指に、相沢慎一、大輔両者亡き今では三国でも屈指の名将、佐将として扱える事自体がもったいないような存在の人物。

それだけ信頼出来る存在に右翼は任せても良い、と開戦当初から茜は思っている。だから、正面にだけ・・・・

「残っている部隊を全て前線に投入して下さい。何とか突破口を開かないと・・・」

このままではこちらは相手に包み込まれてしまいそう。

祐一も、澪も自分が動きやすいように必死に働いてくれている、だから、自分もやらなければいけない、と思う。

今は浩平はいないのだから。

そして、前を見る。

なるほど。相手の戦には隙が無い。良将・・・・少なくとも、事軍歴と言う点においては自分のそれを 10倍にしても足りないかもしれない。

けれど・・・・・

「貴方には誰が居ますか?」

誰に言うでもなく、呟く。

「私には祐一が居ます。澪が居ます・・・・・・・・・貴方には、誰が居ますか?」

おそらく、これが対等な条件でぶつかり合ったのならどちらが勝つかは分からない。それだけの レベルの軍略を持った敵であることはこの戦いの間だけで分かる。けれど・・・・

何故か、負ける想像はしていなかった。







そんな茜の光景を逆に祐一が見ると・・・祐一も茜や澪が危ない状況であることが分かる。

元々、相手の兵力は三倍以上。こうなることは分かってはいたのだけれど・・・。

「祐一様、如何致しましょう?ここは我等が踏ん張るより他に手立てはない、と思いますが」

前方から、横合いから敵軍が押し寄せてきている。

まるで、鉄の津波が押し寄せてくるかのように。

「・・・・出来る事なら、敵軍を突破。敵本隊の側面を突いて茜さんや澪さんを楽にしてあげたい所ですが・・・」

後方を見る。

自分に付いてきてくれる勇者達。そんな人達を死地に追い込んで良いのだろうか?と。

「では、やりましょう。それが我等の役目。」

その副官の言葉に一斉に頷く者達。

「死中に活を求めよ。と言いますしな。それこそが我等の真価。ここでみさお様、澪様、茜様、美汐様、栞様をお見捨てになるのは出来ない相談でございましょう。」

あー・・・・また、ですか?と疲れた声で呟く祐一。

でも、その言葉は嬉しかった。

「全軍!これより、正面の敵部隊に向かって突撃。敵中を突破した後に残り三隊を背後から突く!続け!!」

迷いを断ち切って叫ぶ。

正面からの軍勢、全部で4隊。これが合流してしまえば2万の大軍となる。だから、その前に叩く。

5千の兵を突破。簡単なことではない、が。

この人達ならやれるだろう、と言う信頼をもって。

「後陣の雪見さんにも伝令を。この地の防衛をおまかせします、と」

伝令の者が駈け去っていくや否や既に彼らは騎乗を済ませている。

唯、一点を見据えて。




一斉に駆ける騎馬の先頭で、祐一は顔の前にボウガンを構える。

周囲の者は魔術の詠唱。

前方に敵の集団が見える。

いきなりの敵の出現に慌てるように先頭が乱れるのを見て・・・

先頭で統制をしようとしている男に向かって矢を放ち、それを合図に部隊から一斉に放たれる雷光が敵軍を切り裂いていく。

「お見事!」

祐一の放った矢が狙った男の喉を貫いたのを見た隣の男が思わず叫ぶのに、軽く笑いかける。

祐一の使用しているボウガンは特注品。片手で扱えて反動も小さい、一方で威力は弱い。鎧の鉄は貫けないし、兜をつけている頭も貫けない。

目、喉。その二箇所の柔らかい部分を貫くことが屠る為の最低条件だった。

と、共にボウガンを投げ捨て、刀を抜く。

あくまで使い捨て。そう思わないと今の祐一は戦う事が出来ない。

敵軍に向かって咆哮、先頭で慌てて槍を構えようとしている敵兵の首を刀で斬り飛ばす。

振るった後には血一滴すらもその刃には残らない。一振りする度に馬から落下していく者、地面に倒れ付す者が量産されていった。

祐一様に続け!と言う声を背中に聞きながら、刀を振るい、馬で蹴倒し、唯、駆ける。

まるで無人の野を行くが如く。







「えっと・・・名雪さん。私達、まだこのままなのかなぁ」

落ち着かない、と言うように呟くあゆ。

名雪も、栞も同じ。

帝国において常に先陣を任されていた三人。それだけに、苦戦している味方を前にしての待機は非常に落ち着かない。

「あ、伝令の方、帰ってきましたよ!」

栞の声にそちらの方向を三人が眺める。

先ほど送った出陣を希望する旨の伝令。

これで、ようやく動ける。と思った最中・・・

「伝令!里村将軍におきましては、必ず出番は作るから、それまでその場で力を蓄えるように、と。」

ビクッと三人の動きが止まる。

てっきり、出陣が適うと思っていたのに・・・と。

水瀬名雪、あゆ、ここに来てからの一ヶ月以上の戦。一度として敵に遅れを取った事は無い。だからこそ、出番を与えて欲しかった。

この、大事な戦で苦戦している味方を救う為の出番を。

「心配しなくても、別に里村将軍は君達をないがしろにしているわけじゃないよ。」

「く、久瀬君!?」

な、何でここに!?と慌てる名雪に軽く苦笑を浮かべる。

「どうせ、僕の出番は暫くないようだからね。兵達にも英気を養うように言って来たよ。」

そんなことよりも、と一つ息を吐く有人。

「僕や君達の役割は、里村将軍や相沢君が敵軍を崩した後、その崩しを一気に決定的なものにすることさ。だからこそ、里村将軍は君達を温存している。 何しろこの戦、僕達は勝つだけではなく、大勝しなければいけない、と彼等は思っているようだからね。」

は?と三人の顔に疑問が浮かぶ。

前線は疲弊している。里村将軍は五万の兵に圧され、数々の猛攻は全て大軍に吸収されてしまっている。

祐一の方は、ここからでは良くは見えないけれど、二,三万の大軍がそちらに向かっていることは理解出来ていた。

「それでも、だよ。彼等は僕達と見ている先が違う。僕は一介の戦術家。君達は一流の戦術家。そして、彼等は超一流の戦術家であり戦略家、と言う事だよ。」

大局観を見れるようになりなさい、とは常に名雪、あゆの母親・・・帝国最高の知能が述べている事。

「この戦場はこの戦場。しかし、これは大きな大局観から見たら唯の一片でしかない、と言う事ですか?久瀬さん。」

落ち着いた声で、栞。

彼女は一番祐一と行動している。だからこそ、何となく・・・本当に何となく、理解出切るような気がした。

ここでの戦、長森将軍と言うエースに相沢祐一、そして白騎士団と言うジョーカーを切っての戦。それすらも 全体から見れば一点に過ぎない。それが戦略眼と言う物であり、祐一等が最も重要視するものだった。

その答えに、流石は香里君の妹さんだ、と小さく有人が笑む。

「そう言うことだね。流石に相沢君の薫陶を受けていると見えてくるものも違うようだ。・・・・・そうだね、 仮に、ここの唯の『勝ち』を収めたとしよう。結局、相手は退いた後即座にもう一度寄せてくるだろう。それでは、意味が無い。 我々の目的はここの戦場から主力部隊を前面に向けたい、と言う事なのだから。」

あ。と思わず名雪が声をあげる。

確かに、あの時の軍議、祐一はそう言って野戦を主張していた。

でも、それを失念していたのは、この戦場があまりにも激しく、勝つことを考えるだけで精一杯だったから。

「そのためには、大勝。それは必要だろうね。相手がもう一度寄せてこようと言う気をなくすくらいの、主力部隊を全てあちらに向けても、こちらの 戦線を維持できるくらいに相手を消耗させることが。」

そこまで言われると、名雪もあゆも栞も、相手の言いたい事がわかってくる。

茜は、祐一は彼等、彼女等に言葉には出さずに語っている。

『命に代えてでも、我々は相手の陣に突破口を開く。だから、後を』と。

「だから、長森将軍も動かないのだろう。彼女はきっと唇を噛みながら必死に耐えているんだと思うよ」

思わず俯いてしまう三人。

三人とも、長森将軍と里村将軍の繋がりの深さは良く知っている。それは自分達よ祐一の間柄と比べても決して小さいものではない、と。

そんな人が全てを汲み取って耐えていると言うのに自分達は目の前の光景だけを見てみっともない真似をしてしまった。

「さて、それではそろそろ帰るとするよ。もうすぐ出番が来ると思うしね。」

納得したような三人が有人のその言葉に一斉に目をむく。

今、彼はあの両隊が敵を崩した時に出番が来る、と言った。

目の前の里村将軍の隊は苦しんでいる。

なのに、何故?と。

その答えに、有人は振り向くとにっこりと、笑う。

そして、一言だけ告げると騎乗して去っていった。




「ん?君達は相沢君があそこに居て、黙って里村将軍が苦戦しているのを放置すると思っているのかい? 僕ですら信じている事を君達が信じていないとはおかしいね」

その一言だけ。







「何人残りましたか?」

敵の包囲網をようやく抜けると、近くに居た部隊長に思わず尋ねてしまう。

幾度となく行われた大激戦。死者が出ること・・・それ以上に、離脱者・・・戦場での逃亡者が出てしまうことは否めない。

「討ち死にした者は・・・無念ですが二百四十五名。と、同時に深手を負って離脱させた者が三〇〇名と少し。残っているのは二千九百名と少し、と言った所です」

白騎士からの損害は三十二名、と言われて思わず落胆してしまう。

全員がそれだけの練度を持っているくらいにしておけば・・・おそらく損害は半分以下、全部で百人程度であったことがその数字には表れていたから。

そして三十二の白騎士団の喪失。既に千程度まで数を減らしている中での三十二は数字以上に重たい損失だった。

と、同時に、暗に『我が軍には戦場を恐れて離脱する者等居りません。』と非難されているような気がして、思わず頭を下げる。

トンでもない侮辱だった。

ふ、と目を閉じる。

状況は遠目に見ても、不利。

このままでは敵軍に飲み込まれるのは必然。

自分が突破を目指した事で後方の雪見の部隊が本隊側面を目指す敵部隊を小山を登って迎撃している。自分達の後ろ備え、与力として付けられた彼女の部隊は 諸々併せて約七千、小山を用いて有利に進められるといっても敵軍は二倍、長々と持たせるのは厳しい、その内久瀬の軍辺りを入れないと厳しくなる可能性は多々としてある。

かといってこの部隊が返した所で決定的な打撃にはなり得ない。敵軍は後から後から続いてくるのだから

つまり、打開する方法は・・・・

「ある。」

目を開いて、一点を見つめる。

「全軍に通達、これより我が軍は撤退する敵軍の後方から追撃。その後街道から回り込み、あちらの崖に出る。」

指差されたのは、主戦場から少し離れた所にある、崖。

それだけで意を汲み取った兵達がニヤリと笑う。

「祐一様らしい。敵軍の真っ只中でありますのに」

誰も何故崖を目指すのか?等とは言わない。

「でも、効果は絶大、でしょう?」

違いない。と誰かが笑う。

そして、白一色の集団が一時戦場を離脱して行く。

敗走するように遁走して行く連中とは打って変わった整然とした行動で。

その敵軍の後ろについた軍勢は共に敗走して行く軍勢のフリをしながら途中でスッと進路を変える。

目的は敵の本陣、その真横。

つまり、彼らにとっては崖など存在していない、という事、つまり・・・・

「それでは皆の衆、御大将の仰せのままに、あの『坂』を目指しましょうか」

おどけたような将の声に周囲から明るい笑い声が漏れてくる

「逆落としを敵本陣にかけます。続いてください」

すっと刀を鞘に戻すと祐一が腰から一本の棒・・・先には目立つような白の色のついたリボンのついたそれをくるくると回す。

今までは槍を使っていた。けれど今ではこの指揮棒。それが彼の戦場の戦い方になっていた。







後書き。

ふと投稿されている自分の文を読み直していて気づいたのですがこれって私が便宜上つけた作名がアドレス欄に登場するんですね。文章は一応書けるにしてもネットの技術は全く知らない素人なので・・・

最初は「kanon○○(○○は話数)」だったわけですが二部からは「tugi○○」になっています。

まぁ、前半はまだしも後半は意味不明ですね。少なくとも私だったら分からなかったと思います。

最もそんなことを気にされた居た方がいらっしゃるのかは分からないのですが・・・・

実は元々この第二部という存在は書くかどうか未定だった部分でして、第一部終了時の最後にエピローグとして今回の一連のことが終わった後の全員が平和に暮らしている所 入れて終りにしようかな?と思いつつも一応続編書いておこうかな?程度で書き始めた文章です。

一応これの続編とは全く別の話も書いていたので状況しだいではそっちでも良いかなぁ?なんて思ったりもしていたり・・・・まぁ、それはそれで今も尚 書いているにはいるのですが・・・

それが掲示板で『続きあるなら読んでも良い』と皆様がおっしゃってくださったので投稿してみようかな?と。その時点で題名は現在のように第二部と言う扱いにするか、 又は別の題名で続編として一つの話に構成するか?と考え、これも掲示板で前者の方が良い、と仰っていただいたので今の形になったと言う事です。

私個人として別の題名をつける場合未完成の城が神の少年やその一族、その他将帥や騎士がその役目を終えて命を散らすという所で結末としていたので、 今回の今でいう第二部は祐一や大輔達の意思を浩平やみさお、名雪や一弥達が継ぐという事で『神の名を継ぎし者達』で行こうかな?と今では赤面ものの題名を考えていたわけです。それで、tugi(継ぎ)ですね。

今更変えるのも面倒(笑)という事でこのままになると思いますのでとりあえずご説明させていただきました。