第二十五話








小高い丘や揃っているとはお世辞に言い難い雑木林。

そして、道とはおそらく言えないような荒地。

そんな中に整然と揃っているのは白一色の騎馬武者の群。

「祐一様、全軍、揃いました。」

分かりました。と小さい声で。

「・・・・見習の者達、一緒に連れてきてしまいましたが・・・。お許しを頂けて安堵致しました。あの者達もこの日の為に鍛錬を続けてきたのですから」

そんな声を聞いて、祐一は逆に申し訳ないと思う。

見習である者達は白騎士団ではない。結局、白騎士団を表す紋を鎧に刻むことも許されていない。

祐一は彼等に臨時にその称号を与える事も提案した。

でも、彼等が『我等は白騎士になる為に努力してまいりました。結果、いまだその資格を得てはおりませんが、それは我等の実力の不足故。 これで我等に称号を与える事は必死に努力し、その地位を手に入れた方々への侮辱になってしまうのではないですか?』と。

それは正論。だからこそ、彼等に申し訳ないと思う。

彼らは白騎士としてではなく唯の義勇兵として戦う事になるのだ。

「全軍に一言、号令をかけたいと思います。宜しいでしょうか?」

一瞬、祐一のその声に驚いた副官の声が止む。

そして、一つ、笑んで。

「勿論でございます。皆の者、さぞかし喜ぶ事でしょう。」

彼は、祐一がそう言ったことを好きでない事を知っているから。だからこそ、その一言が嬉しく感じられた。

それは、他の者達も同じであろう、とも。







「全員、祐一様からお言葉があるそうだ。謹聴せよ!」

馬上からの一喝を受けるだけで、全員が全ての会話を止めて一方向を向く。

そこには、今までと同じ姿が、でも、今までとは輝きが全く違う主君の姿がある。

前白騎士団長から受け継いだ兜を被った彼だから、だろうか?彼のご両親、そして、先の公爵様や白騎士団長・・・命を落とした多くの白騎士達。 そんな英霊達が死して尚守っているような、そんな神々しさが遠目にも見えてしまうのだろう。

「今回、私は自分の初陣だ、と思っております。と、同時に白騎士団にとっても初陣である、と。」

はっきりと一言。

公国における大戦で、白騎士団はそのほぼ半数以上を失っている。しかも、残ったのは年齢が若い者の方が遥かに多い。

老練な戦場の勇者達、騎士団の中核は皆逝ってしまった。

部隊長クラスになればあからさま。白騎士団の失われた数が約五割、十人を束ねる以上の立場という観点で括ると損害は 八割にも匹敵する。常識的には一度は既に瓦解した軍勢なのだ。

だから、今までの白騎士団はここにはない。と祐一ははっきりと告げる。

「しかし、実力では先の白騎士団に劣っているとは思っていません。貴方方が世界一の勇兵であることには少しも変わりはない。初陣と言った理由はたった一つです。」

そう言って、大きく息を吸い込む。

夜明けの空気は何か清清しいものを感じさせてくれる。

「だから、ここに居る軍勢もまた誇りある白騎士団。そうである以上は・・・」

思いっきり、抜き放った刀で前方を一閃、空に向かって突き上げる。

「折原浩平、水瀬秋子、国崎往人。誰が最強なのか見せ付けてやりましょう!・・・・」

『騎士』と呼ばれるに相応しい礼儀作法を持った者達。そんな者達が、一斉に大音声で叫び声を上げる。まるで、我を忘れたかのように。

「出撃!」

その声を聞いている者はほとんど居ない。騎士としての礼節を十二分に弁えていた筈の白騎士団員、その全てが 天に向かって雄叫びを上げていた。

出陣の声が上がるまでの数分間。その間の叫び・・・まるで、産声のような。

その声を聞いた全ての者が、思わずその方向に視線を向けてしまうくらいの。

夜明けの暗がりに、その叫び。それは、あたかも空を照らすかのよう。







「わわっ!祐一、凄いこと言ってるよ。」

「秋子さん、あんな事聞いたら飛び上がっちゃうね。」

くすくすと顔を見合わせて笑う姉妹。

遠くから『水瀬侯爵に〜〜』等と言う声が聞こえてくると思わず苦笑してしまう。

実際に、もし母親がそれを聞いたなら・・・・苦笑して『元から勝てるなんて思っていませんのに』と言うに違いない。

そんな彼女達は本軍の第三番隊。一番隊の祐一よりは遥かに後方。それでも尚聞こえるのだから祐一がどれくらい大きな声で叫んだのかが見て取れる。

「栞ちゃんもこっちに貸してもらっんだから、負けるわけないよ。私達だって帝国最強部隊の自負を見せてこなくちゃいけないよ!あゆちゃん。」

うん。と大きく頷くあゆ。ここに来て以来、彼女がずっと長森魔導将軍からいろんなことを暇を見ては習っていることを名雪は知っている。

そして、栞の方に二人で向き直る。

「今回の戦、騎馬部隊・・・と言っても、この軍隊には香里の所のような大規模のものはないけれど・・・とにかく、その部隊の指揮は栞ちゃんに任せるよ。よろしくね」

「え?・・・わ、わたしですか?・・でも・・・」

「栞ちゃんは香里の妹だもん。香里は騎馬部隊の扱い、帝国で一番上手いもん。きっと栞ちゃんも良く見てたよね?だから、栞ちゃんが一番適任だと思うんだよ。」

どうかな?と。

「名雪さんは本隊だし、僕は魔導部隊だから。だから、栞ちゃんが力を貸してくれると僕もすっごく嬉しいな。」

二人で手を差し伸べる。失ったものを取り戻そうと言うように。

それを見て、栞が小さく笑う。そして、

「・・・・はい。よろしくお願いします。そうなると、お姉ちゃんの名前に泥を塗らないように頑張らないといけないですね」

その手をガッチリと、握った。







「やれやれ。何やら水瀬さんの方は気合が入っているようだ」

う〜ん。と、遠くを見て苦笑い。

笑っているのは四番隊の主将、久瀬有人。

「気合をお入れになるのは悪い事ではないと思いますが?世界の趨勢を決める大戦なのですから。」

不思議そうに尋ねてくる副官に笑顔を・・・と、言うより勘弁してくれよ。と言うような笑みを。

「僕らや水瀬軍は四番隊なんだから、出番が来るとしたらおそらく既に戦は勝っているよ。又は、出番があるとしたら・・・・・・考えたくはないけれど里村将軍が敗退する時だけさ」

間には折原王女の部隊が入っている。自分が先頭に立って戦う事になるのは相当先のことだ、と確信を持っていた。

「だいたい、あそこに部隊を布陣しているの相沢君だ。あんなことを堂々と十万の兵の前で叫んだ以上負けるわけがないだろう?負けたら大恥なんだから」

彼の耳にも祐一の怒号、白騎士団の叫びは聞こえていた。

むしろ、聞こえていない人がいるんだろうか?と言うような声で叫んだのだから。

あのそこまで大きくはない体の何処からこんな声が?と思うような声で。







「祐一らしい・・・いえ、らしくないんでしょうか・・・」

くすくすと思わず笑ってしまう。

それは、常に冷静沈着をモットーとする茜にしては珍しい事。

「里村将軍。この度、我等は将軍をお守りせよ、との命を受けて参上しております。ご命令をなんなりと」

そんな時、近くに五人が膝をつく。

鎧の紋章。間違いなく白騎士の団員。それも、見習ではなく正式な。

「・・・こちらに正式な団員の方を回してしまって祐一は大丈夫なんでしょうか?」

口をついて出るのは疑問。

正式な白騎士の数は三千五百人の軍にあって、八百人と少し、と聞いている。

「祐一様が行けと仰られるのですから大丈夫なのでしょう。我々も祐一様の伴侶をお守りするのはむしろ光栄でございます。・・・・祐一様は皆様には言ってはおりませんが、 実は、みさお様の周りも常に十数人の団員と諜報員がついているのですよ」

伴侶、と言う言葉にぴくりと反応する。

別に自分は約束をしたわけではないし、契りと交わしたわけでは勿論ない。

でも、彼等はあの部屋に住んでいる者、全員をそう言っている。

はたから見るとそう見えるんでしょうか?と軽く思って。

(いけない、戦のことを考えないと)

ぶんぶんと顔を横に振ると三つ編みが兜の中でふるふる揺れる。

「・・・貴方方に全てお任せいたします。好きに行動なさってください。」

おそらく、みさおの方にいる者達は一度も存在している事を明らかにしたことはないのだろう。つまりは・・・鎧等も別のものに変えて侵入している・・・。

そうまでして主やその周りの人を守ろうとする事は、尊い。そう思うと、今まで以上に彼等に対する尊敬の念が沸いてくる。

と、同時に勝たなければいけない、と言う気持ちも今まで以上に強く持った。







「祐一君、派手にやってます。」

うわぁ〜。と遠くを見つめるみさお。

空気が振動するかのように震えが伝わってきている。

「往人君の名前も叫んでるよぉ〜。今度会った時に教えてあげようかなぁ?」

止めた方がいいでしょうね。と佐祐理は言葉には出さずに思ってしまう。

もしも、自分が今の言葉を直接聞かされたら身が竦み上がってしまうのを止められない、と思うから。

(ようやく、ここまで来れたんですね。祐一さんっ)

歴史の表舞台に相沢祐一と言う人が帰ってくる、その事実だけで佐祐理は嬉しくてたまらない。

彼は、そうあるに相応しい人。力においても、頭においても。

そして、その心においてもまた・・・・・・・。

「あははっー。皆さん、祐一さんに続いて、佐祐理達も行きますよっー」

おーっ。と一人で拳を天に突き上げる。

ちょっと・・・とっても、恥ずかしかったけれど。

続いて佳乃が。そして、おずおずとみさおが。

澪は画用紙に書き込んでいるのに忙しくて、その暇がないようで・・・。

そして、最後に美汐がみさお以上におずおずと、恥ずかしそうにゆっくりと。

美汐の後ろには、一人の男性の姿もある。

天野伯爵。彼は、望んでこの軍に加わっていた。娘と共に戦わせて欲しい、と。

ここには帝国も王国も、公国もない。

同じ目的の為にいろんな国から、いろんな立場の人が集って、戦っている。

これが、祐一さんが。そして大輔様、慎一様が・・・・多くの英雄が命を投げ出して目指した世界。

とても心地の良い世界。

何としても守らなければいけない、と誰もが同じように思った。







左翼部隊、一番隊 相沢祐一以下白騎士団を中核とした魔導騎馬部隊三千五百騎

左翼部隊 二番隊 深山雪見以下歩兵を中核とした混成部隊七千



本隊 里村茜の一番隊 歩兵、その中でも平原における連携戦闘を得てとする長槍隊を中核とした歩兵軍団二万

本隊 二番隊 折原みさおを大将に上月澪が兵を指揮。倉田佐祐理や霧島佳乃、天野親子等が旗本として控える王国屈指の強兵、数は五千

本隊 三番隊 水瀬名雪が歩兵の本隊を率い、水瀬あゆのスノウや美坂栞の騎馬軍も含む混成部隊、数三千五百

本隊 四番隊 久瀬有人の久瀬候爵家の本隊。軽装歩兵部隊、数は帝国王国派遣軍最大の五千

本隊 五番隊 長森瑞佳の後陣本隊。魔導将軍自らの魔導部隊と歩兵の混成部隊、数は一万



その他城の守備は小坂女王が自ら一万五千の軍勢で控えている。



実質的に王国軍の全戦力を投入した決戦といえる。何しろここを破られればオーディネルまで軍隊らしい軍隊は存在せず、 さらに言えば水瀬秋子、立花勇の旧公国守備軍、さらには折原浩平、倉田一弥の帝国国境線守備軍の背後までががら空きの 状況となるのだから