第二十四話








翌朝に、前日と同じように会議室にやって来た名雪、あゆ達の顔は暗い。

あの後、栞との再会、美汐との会話を楽しもうと部屋に集まったものの、誰もがイマイチ歯切れが悪く、そのまま就寝と言う展開に なってしまっていた。

祐一が生きていてくれたと言う事実は言葉に出せないくらいに、嬉しい。

だからこそ、だからこそまるで他人であるかのように扱われるのがこれ以上なく悲しい。

「あゆちゃん。今日も祐一・・・私達のこと『水瀬公女』って呼ぶのかな」

ポツッと呟いた名雪の言葉にあゆも俯く。

もう一度昨日の他人行儀ないい方をされた時、名雪さんの心は、自分の心は壊れてしまうかもしれない、と思った。

「なに、大丈夫ですよ。」

その時、横からかけられる声に二人揃って振り返る。

立っていたのは帝国軍の同士。久瀬有人。

「相沢君のことは、王国の方々が動いているようでしたし、ね。ちょっと勘違いしていただけ、と言う事でしょうから」

そう言う彼は、祐一の事情についてを祐一配下の騎士から直接聞いている。

最初は呆れたものの、彼の境遇を考えた時に同情を浮かべてしまうのは仕方の無い事だろう。

「う、うん。そうだよね。・・・祐一、今日はしっかりお話してくれるよね」

ファイト、だよ!と小さくガッツポーズ。

そして、会議室の扉を開く。







中には既に、幾人かの人が揃っている。

先ず、小坂女王。長森瑞佳、深山雪見等、王国の将軍達がずらり、と。

と、同時に帝国の、王国の武官も多数部屋の中にいる。今日は本格的な軍議と言うことだろう、と身を引き締めた。

そして、数人の顔を見つけて、名雪が思わず笑みを浮かべる。

「佐祐理さん、みさおちゃん、茜さん、佳乃ちゃん、澪さん、おはようございます。」

そう言ってペコリ、と。

もう一人いる男性に何故か言えなかったのはそれを言った時の返答を恐れたが故だろうか。

でも・・・・

「何だ、名雪。俺にだけは挨拶がないのか。・・・さびしいなぁ」

なぁ?と義妹の方を向いて笑いかける少年。

「あ、あ、うん。祐一君っ、おはよう!」

ああ。と小さく笑いかける少年は、まるで昨日のことが嘘だったようにすら思える。

「・・・昨日は悪かった。俺が勘違いをしているって茜さんに教えられてようやく気が付いたみたいだ。・・・・改めて、名雪、あゆ。 それに、久瀬。よろしく頼む」

名雪が一瞬の間をおいて満面の笑みを浮かべる。

「うん。勿論だよ、祐一!」

そして、二人でそのまま飛びついていく。

会議室の中で行うような行為ではなかったけれども・・・誰も文句を言う事も無く見守っている状況。

それは、二倍以上の大軍に侵攻されている人達の姿には見えないほどだった。

「相沢君」

祐一が、聞こえてくる声に顔を上げると、そこには久しぶりに会う友人の姿。

「久瀬・・・か。何年ぶりだ?一年ほど前にヴァルキリアに行った時は会ってなかったしな」

「そう、だな。七,八年ぶりと言ったところだろうね。・・・最も、戦場でニアミスは何度かあったようだけれど」

「お前の部隊を崩したのは立花さんだろう?俺は北川にコテンパンに伸されていた」

「北川君は全く逆のことを言っていたがね。肩に刺さった矢、治療するのが大変と美坂君が怒っていたけれど?」

げ。と思わず祐一が顔を顰める。

美坂香里と言う人を怒らせると後が怖いのだ。

「まぁ、とにかく。これからは宜しく頼む。・・・先日、公国において帝国の兵を大量に討ち取ったことは水に流してもらえると嬉しい」

その言葉に思わず祐一に縋り付いていた二人が顔を上げる。

むしろ、その言葉を言わなければいけないのは自分達の方だ。

「・・・それを君の方から言って貰えるとは思わなかったよ。それでは、改めて」

手袋を口に加えて外し、右手をサッと差し出す。

「ああ。こちらこそ、な。」

ギュッと握り締める。

前日とは打って変わって、明るい雰囲気がそこにはあった。







パンパン。と手を叩く音。

「それでは、そろそろ良いかしら。今日は軍議と言うことで集まってもらったのだけれど・・・」

嬉しそうに祐一達の方を見つめる由紀子。でも、顔には苦笑の色も見える。

「あ、はい。・・・おい。」

祐一の声におずおずと祐一から離れて、対面の席に座る二人。

有人も片手を上げて、二人の方へと進んでいく。

「・・・それでは、もう一度状況を確認しておくけれど・・・ここにいるのは、水瀬さんの三千五百に久瀬さんの五千。 私の持っている一万五千、里村将軍の二万、長森将軍の一万七千、みさおちゃんの五千。それに、祐一様の三千五百」

うん。と祐一が軽く頷く。

守りの為に、五百程度は山に残してきていた。あの地を落とされると城が丸見えになる状況であるから。

それに、後進の育成を図らなければいけない。白騎士の候補生は後からさらに上げてきている。

彼等の育成は三段階。先ず、幼年から少年・・・十五,六までは下部組織・・・学舎の中で学ばせ、その中で素質のないものは諦め、文官の道に進んだりもする。

そして、その中で優秀と認められたものは白騎士の候補生となり、白騎士団の元で直接訓練、認められれば白騎士として認定され、戦場に出る事が出来る、と言うことである。

そう言った人達が成長し、自分が戦場で失うであろう人数を補充してくれないと到底成り立つものではなかった。

だから、五百。白騎士の称号を受けているものも二百人程度は残している。戦力的には大きな低下。

「そして、相手の侵攻軍は約十五万。問題は私達の行動だけれど・・・」

「当然、この城に篭城、相手を迎え撃つのが宜しいでしょう」

そう、参謀の一人が声高に述べる。

と、その声に、また別の者が反対の声を上げる。

つまりは、『篭城とは味方の援軍があって初めて成り立つ者である』と。

当然、城以外にも味方部隊はいる、が、千人を超すような大部隊の存在は無い。あくまで町や関を守る為の警備隊程度。

そんな声が争われるのを由紀子がとりあえず黙らせて、上座の面々を眺める。

「篭城、ね。・・・みさおちゃんはどうかしら?」

最初に問い掛けるのは、この少女が人に気を使う所があるから。だから、他の人がどんどん意見をいう前に聞いておこう、と由紀子は思った。

「え・・えっと、私も篭城が良い、と思います。人数が少ない以上他に手立ては・・・」

みさおの言葉に最初に篭城を提案した参謀が嬉しそうに頷く。

続いて、顔を向けられた瑞佳も『みさおちゃんに賛成します。』と答える。

「帝国の方々はどうかしら?思うところを言って欲しいのだけれど」

続いて、有人、名雪、あゆ。彼等も特に問題はないでしょう。と三人の意見に賛同する。

おそらく大勢は決まっただろう、と誰もが思う。

「それじゃぁ、茜ちゃんは?」

茜と澪を後に回したのは、これもまた気を使っての事。

結局の所、茜の口から意見が出てしまえば他の者は皆気を使う事になってしまうから。

そんな中、意見の大勢を聞きながら祐一が小さく目を閉じた。

「私は・・・・打って出るべきだと思います」

ぴくっと、場内が思わず息を呑む。

この中で凡そ、一番そう言った意見から遠そうな者からの一声。ざわめくのも当然と言えば当然かもしれない。

「単純に戦場がここだけであって、相手を食い止めさえすれば勝利だと言うのであればそれでも 良いと思います。けれど・・・・」

「将軍!・・・・今重要なのはこの戦場を・・・・」

「倉田皇太子、水瀬将軍、折原王太子。これらの方々への援兵、それもまた、私達の責務の一つと言えるのでは ないでしょうか?そう考えたとき、ここに七万の軍が足止めされる状況は面白いとは言えません」

口を挟もうとする参謀の1人を視線で制する。

数万の兵を手足のように扱える茜の視線は誰もがたじろぐほどの力を持っていた。

「それじゃぁ、澪、ちゃんは・・・・」

場を沈めるように由起子が茜の隣の青い髪の少女に視線を向けて・・・・・尋ねる。

勇気が居る事なのだ。倍以上の相手に野戦で挑みかかると言う事は。負けた時、その時に三国共に 運命が絶たれるのだから。

そんな由起子の視線を受けて、澪はにっこりと笑う。

澪の考えは別に大勢のこと、とかどうしたら有利になるか、以前に

彼はどうすることを望んでいるか?その一念。

そう考えた時に結論は己ずと決まるものだった。

『茜さんと同じ、なの』

顔の前におずおずと出される画用紙。

決まりかけた軍議がもう一度振り出しに戻された。







紛糾する。茜と澪、打って出るべき、と説いたのは二人だけ。けれど、それを無視出来ないのはそれが この二人であったからだろう。

おそらく、ここに居る将帥の中で最も能力が高い二人であったから。

由起子は、迷う。

二人がそう言うのなら出来る・・・・・のかもしれない。けれど・・・・と

彼女は折原浩平や水瀬秋子を信頼している。片方は面識はほとんどないけれど、人となりは噂を聞くだけで 分かるし、何より彼女の姉は由起子にとって憧れの人だったのだから。

それに、公国の勇者もそちらに居る。だから、由起子からすればそちらの方から援兵が送られて来るまで こちらは持たせていれば良い、と言うのが基本理念だった。

だから・・・・と。そこまで考えて

一つの結論。

「祐一様は・・・・何かございませんか?」

この場で正解を導く事の出来る人を

全幅の信頼をもって。







聞かれた祐一も『ああ、そろそろ来るだろうな』と言うくらいには予想していた。

元々彼自身は何かを言うつもりはなかった。

何故なら、自分が意見を通して、全て自分の言うとおりに進んでいては結局『依存』体質は変わらないから。

そして・・・・・

『たとえどんな愚策に決まったとしても、自分が戦術レベルにおいて何とか出来る』自信を持っていたから。

今祐一は閉じた目の中で笑みを浮かべている。

里村茜と言う人を、上月澪と言う人を侮っていたのかも、と。

なるほど。この状況で野戦を主張出来る人、おそらく今までの祐一の感覚では浩平と相沢大輔、その二人 くらいのものだっただろう、と。

逆に水瀬秋子のような人だったら篭城戦を主張していたはずだ。

どっちが正しいと言うわけではない。どっちも、正しい

祐一からすれば、自分の仕掛けには自信を持っている。自分の人を見る目と、自分の立てた策に。

だから、どっちでも良い。どちらの方向に進んだとしても、 浩平の戦場、その初戦はこちらの勝ちだ。けれど・・・・・

(面白いな。)

そう、面白い。野戦、軍と軍のぶつかり合い。それこそが・・・・・

と考えて頭の中で首を振る。それを考えてしまってはまずいよなぁ、と。

一瞬の内に頭の中で考えを構築する。

今の彼が昨日の彼と変わっているところ。それは・・・・

楽しんで物事を見れるようになったこと。自分が、と気負うことがなくなった事。それは大きな成長。

未完成のパズルの最後のワンピースが入ったように。未完成の城に旗が立ち並んだように。

そして、口を開く。

「私は若輩者なのでこのような状況で口を挟めるほどのものではございません」

しれっと、人を喰ったように

暗に『自分は意見を言う気はありませんよ』と。

その祐一の声にもう一度場内から声が上がる。誰もが彼の意見に従おう、と思っていたのだから、 気分としては見捨てられたと言う感じすらする。

「けれど・・・・」

そんな場内に向かって一言だけ打って

「私は里村将軍と上月将軍の戦略眼に・・・・・僭越ながら全幅の信頼を置いております。 なので、以降はこのお二人に私の意見を『委任』と言う形にさせて頂きたい、と思っております。如何でしょうか」

これまた人を喰ったような回答。

自分の意見を言ったわけではない。唯、信頼を向けただけ。

祐一は澪の、茜の方を一瞥して、ちいさく微笑んだ。

既に結論は出されて居たのかもしれない。







「それでは、陣分けはどのように致しましょう?・・・出撃する軍団の総司令官は・・・茜ちゃん、お任せ出来るかしら?」

その後の意見はあっという間に纏まっていた。名雪達もみさおも瑞佳も、澪、茜、祐一が同じ意見では 元から逆らおうはずも無かったのだから。

野戦。一戦の元に敵を殲滅する・・・・言わば、大博打。

そして由起子は自身が城を守る役に付くことは間違いないだろう。ということを理解している。

臆病だからではなく、それが自分の分を弁えていると言う事だろう。

浩平の、茜の初陣の時。その時から自分の立場なんて十二分に分かっていた。

「・・・・構いません。その代わり、先鋒に祐一の隊を貸していただけますか?」

誰もが思わず茜の方を凝視する。

今までの戦で先鋒は常に水瀬隊と決まっていた。

それをいきなり変更することに問題はないのだろうか?と言う様に。

「祐一の部隊の三千五百は三国のどの部隊と比べても間違いなく最強の部隊です。この部隊は私の部隊の二万に匹敵するでしょう。 多分、私の代わりに総司令官の任につくのが浩平や水瀬侯爵であったとしても同じ事を言っていたはずです。」

直接的に先鋒から外されようとしている名雪が同じ事を思っていて文句を言う気がないからか、誰一人として文句を言おうとするものはいない。

祐一からしても予想通り。それ以外の選択肢は元から考えてすら居なかった。

結局、先鋒に相沢祐一の三千五百。続いて先鋒軍の大将の里村茜の二万。そして、折原みさお、上月澪の五千までが先手。

その後ろから3番隊、水瀬名雪、あゆの三千五百。4番隊に久瀬有人の五千、そして、最後に長森瑞佳、深山雪見の一万七千は二軍に分け、深山雪見の七千が祐一 の後詰。本隊の後詰に長森瑞佳が一万で続くと言う事で軍議は終わりを告げる。

併せて五万四千。

王国方面軍のほぼ七割近い軍勢である。







「うー・・。もう、酷いです!」

部屋に帰るなり枕を軽く、ポンッと祐一に向かって投げつけるのはみさお。

続いて、もう二つ、今度は茜と澪に向かって。

「祐一君、最初っから野戦が良い、って主張するんでしたら言っておいてくれれば良かったのに。最初に言った私だけ仲間外れだなんて酷いです!」

続いてポカポカと腕を振り回す。

先ほど、一人だけ篭城を主張したことを仲間外れにされたと思っているらしい。と祐一が軽く笑う。

「みさおさん、別に私も澪も、最初っから祐一と示し合わせていたわけではないですよ。あの時、その場で最も良いと思った事を言っただけです」

うんうん。と澪がそれに続いて頷く。

「別にみさおだけ仲間外れにしようとしたわけじゃあないって。・・・佐祐理さん、佳乃、何か言ってくれ。流石に痛い。」

部屋に帰って以来ちょこまかといろんな物を動かしている二人に声をかける。

「・・・って、二人とも何をしてるんだ?・・・ぬいぐるみとか人形とか・・・洋服?佐祐理さんや佳乃にしてはちょっと幼くないか?」

その時、あっ、と思わず息を呑んだのは祐一の直ぐ隣。

ふるふると体が震えているのは、昨日祐一やみさおの新しい家族になった里村茜。

「・・・・・・・そ、それ・・・。」

頬を真っ赤に染めてそれらの物を指差す。

先ほどの毅然とした将軍の顔はそこにはなく、普通の女の子としての顔がそこにあった。

「うんっ!茜さんの部屋のお引越し、皆が出かけている間に佳乃りんと佐祐理さんでやっておいたんだよぉ」

あー。と思わず祐一が別の方向を向く。

何か、見てはいけないものを見てしまったような気がしていたから。

「えっ、えっと、茜さんは遠征の時わざわざ運んできているんですか?」

フォローする気なのか追い討ちをかける気なのか分からないみさおの言葉。

確かに、本来の家がみさお達と違ってここにはない茜の私物がここにあるのはおかしい。

「・・・・詩子が、暫く留守にするのだから持って行ったらどうか?と荷物の中に。」

小さな声で囁く茜を見ているとちょっと哀れにすら思えてしまう。




「え、えっと、澪さん。茜さんは何時も・・・?」

『う、うん。茜さん、お人形さんとかぬいぐるみとか、可愛いものが好きなの。』




ヒソヒソと会話を交わす二人。

そんな中でも、テキパキと部屋の模様替えを行っていく二人。

みさおの部屋がやけにファンシーな部屋に生まれ変わったのはそれから暫くしての事。







「ええぇー。佳乃りんや佐祐理さん、美汐ちゃん、栞ちゃん。皆祐一君とは別行動なのぉ?」

両親と会話していた美汐が、名雪やあゆと話していた栞がやがて部屋に戻ってくると、祐一はここに居る者達の行動を説明する。

「当たり前だ。佳乃も佐祐理さんも立場はみさおの護衛。俺は白騎士団の団長。一緒に行動出来る筈が無いだろう?」

「佳乃りんも馬に乗れるよぉ?・・・一緒に・・・」

はぁ。と祐一が一つ溜息。

「あのなぁ・・・・白騎士団の騎馬軍は基本的にどんな地形でも駆けることの出来る技術が基本だぞ? 山だろうと沼だろうと、な」

うぐ。と声に詰まる栞、佳乃。

佐祐理と美汐は最初っから諦めている。

「しかも魔導騎馬兵って言うのは、馬で全速で駆けながら相手に命中させる程度の制御力が無いと意味が無いぞ?勿論、詠唱も馬で走りながらだ」

「・・・うぅ〜。私には無理です。・・・馬を操るのではまだまだお姉ちゃんに適わないですし、魔術を構成しながら馬で駆けるのはまだまだ 不十分ですから・・・。」

右に同じ、と言うように俯く佳乃もちょっと不満顔。

当たり前だ。と小さく言葉に出す。三,四歳の頃から毎日全ての時間を鍛錬に費やしてようやくその域に 至るのが白騎士団。軽々と同程度の動きをされては彼らの立場が無い。

ある意味で、国崎往人のような者が異常なのだ。彼は既にそれに匹敵する能力を手に入れていた。

「そんなことより、うちの団員、何人か茜さんの護衛に付けた方が良いかな?と思うんですが。 ・・・・戦場で心配するのはこっちとしても集中が散漫になって危険ですし。みさおには佐祐理さんや佳乃、美汐が付いていますから。」

ピクリ、と茜以外が顔色を変えるのは『心配』と言う単語。

「祐一君、私のことより茜さんのことが心配なんですか?」

むぅ。と頬を膨らませるみさおと、それに頷く澪。

佳乃や佐祐理、栞、美汐も露骨に面白くない、と言う顔をしていて。

祐一は、何故か六人とも、何か昨日から茜について祐一が話すたびに何かと言って来ているような気がした。

勿論、その理由はあの後瑞佳に何があったのかを無理矢理聞き出した六人の努力の賜物ではあるが・・・。

彼女達からすれば、祐一が全員を平等に、ではなく一人に傾倒してしまうことを心配している。

美汐や栞は、まだ四人ほど強い感情を持っていないからか、そこまで強く出てはいないけれど・・・。

それでも、何か面白くない。と言うような顔をしているように・・・・見えた。

「いや、そう言うわけじゃない。・・・唯、俺の隊と茜さんの隊は最前線だから。万が一のことがあっては大変、と。」

それが本音。祐一からすれば、まだ誰が大切、とかそう言ったことは考えていない。

「・・・そうですか。それでは、好意に甘えさせていただきます。」

これが、相手が浩平だった時には『別に構いません』と言うであろうことを理解している、元々茜の佐将だった澪。

『・・・何か、腹が立つの』

思わずペンが動いてしまったのはしょうがないことなのかもしれなかった。







「それじゃぁ・・・後は、実際の軍行動だけれど・・・」

騒動が一段落すると、疲れたような声で地図を広げる祐一。

何時も以上に疲れてしまうのは、昨日のことで女性陣が何時も以上に積極的だからだろうか。

最も段々と・・・・このやり取りが楽しく思えてきたのは余裕の表れだろう。

「祐一の白騎士団が先鋒。おそらく、この位置、ですね。」

石ころを地図の一点にポンッ、と。

「私の部隊はこの位置。祐一が相手の先鋒隊を迎え撃っている間に、私は迂回して敵本隊に仕掛けます。」

そう、と軽く祐一が頷く。

「基本的にはそう言う感じですね。あとは、茜さんの方は後陣のみさお、澪さんの部隊と上手く連携を取って、相手の本隊を切り崩してもらう。と。 相手本隊は五万近くは居るだろうから、みさお、澪さんの隊、それに名雪や久瀬の部隊とも上手く連携を取って戦ってもらわないと 厳しくなる。」

突然名前を出された澪、みさおが慌てて地図の方に視線を向ける。

どうも怪しい、と疑惑の視線を二人に向けていたからか、あからさまに集中が途切れていた。

ちゃんと聞いていてください。と軽く叱られた二人が思わず身を縮こまらせる。

でも、と澪が思う。

この軍議は、何処か懐かしい感じがする、とふと思う。

(・・・浩平さんと祐一君が軍議をしている時みたいなの。)

王国と公国が共同で兵を出す時、軍議のほとんどは二人が言葉をいくつか交わすだけで終わる事は珍しくなかった。

今の二人の姿は、その頃の二人の姿に被って見える。

それは、それだけ祐一だけでなく茜も輝いていると言う事。

王国きっての天才と、その姿が被って見えるくらいなのだから。

「でも、こうして見ていると・・・それでも危ないような気がしてしまいますけれど。大丈夫なんでしょうか?」

小首を傾げるみさおは、戦場に置かれた敵軍、味方軍の予想配置を眺めている。

「野戦で勝負を付ける、と言う考え方は分かるのですけど・・・勝てるのかなって・・。ごめんなさい。祐一君や茜さんを疑っているわけではないんです。」

澪はその言葉に小さく下を向く。

みさおや佳乃はともかく、佐祐理や澪には一応軍人の経験がある。それだけに、分かってしまう事があるのだ。

栞や美汐は最初っから同じ事を疑問に思っていたのか身を乗り出すように聞き入ろうとしている。

一度だけ、祐一と茜が顔を見合わせて苦笑し合う。

互いに思っていることが分かっているように。

「勝率は二割か・・良くて三割。どうでしょう?澪」

そして、あっけらかんととんでもないことを言い放つ茜。

声を向けられて、小さく頷く澪。

驚愕する四人を見ても驚く風もなく平然としている。

「えっ、えっと、三割って・・・。勝てると思ったから野戦を主張したのではないんですか?」

え?え?と顔一杯に『?』マークを浮かべるみさおの頭を祐一がぽんぽんと叩く。

「絶対勝てる自信があるわけではありません。唯、こうする他にやりようがないから、こうするだけです。」

ですよね。と顔を向けられた澪が後を引き継ぐ。

『ここで、篭城していたら水瀬侯爵や浩平さんの軍が危なくなるの』

「元より、勝ちの目が少ない事は分かっています。でも、選択肢は篭城を選んで公国、帝国方面をあちらに丸投げするか、こちらが一度賭けに出る事で 全体の情勢を有利な物に持っていくか、です。少なくとも、白騎士団がここに足止めされていては相手の本隊、その中でも魔獣や魔族との戦闘において、浩平等一部の個人としての使い手に頼らざるを 得なくなってしまいますから。本来、白騎士団の役目はそう言った人外の者に対するエキスパートであって、対人戦が専門ではないんです。」

里村茜、水瀬名雪、久瀬有人、折原みさお、長森瑞佳、上月澪。

こう言った超一線級の指揮官がこの地に封じ込められている状況では、おそらく浩平達も厳しいでしょう、と二人は思っている。

つまりは、最初っから相当の冒険をしないと勝ちの目がない、今はそんな戦況なのである。と。

話を聞きながら祐一が心の中で笑みを浮かべる。

三割。そう彼女は言った。けれど、その三割は・・・・

多分、彼にとっても茜にとっても澪にとっても、10回振って10回ともその三割が出るような三割だ、と。

それだけ祐一には野戦における戦場での自信があった。だからこそ、野戦に反対せずに飄々としていられる。

それにもし負けそうになったとしても、自分なら全軍を城まで撤退させることが出来ると言う自信も。

彼にとって、この野戦は勝つか負けるか、ではなく大勝利か痛み分けか、でしかなかった。







そして、その数十分後には、祐一の姿は既にみさおや澪、茜達とは別のところにある。

祐一が居るのは、別の一室。そこに、祐一旗下の騎士団の上層部が集っている。

「さて、相手はおそらく、この川を渡って、その後にこちらの城を囲もうと言う行動に移るでしょう。つまり・・・」

祐一の前に広げられた地図は、非常に細かく、小さな崖等まで書き込まれている。

「ここまで来て、ここを拠点に城を圧迫。この地点を取られると、こちらとしても手が出せません。」

城から北に六キロほどの所にある大きめの渓谷。

天然の要害となっている為、大軍に篭られると小勢では手を出せない。と祐一は述べる。

「つまり、我々が野戦で迎え撃つ際、この地点を取られない、と言う事が第一条件になりますし、相手もそう思って進軍してくるでしょう」

そして、指差すのが一点。

「おそらく、本隊同士のぶつかり合いはこの地点、だから、相手の別働隊はこの小山、ここを拠点にして、こちらを圧迫してこようとするはずです。」

、 一点を指差し、そのまま指を滑らせていくと全員がその方向に視線を向ける。

そして、その時点で、彼等には自分がするべきことが理解出来ていた。

「我々は、この小山に入ってくる敵の先鋒隊を迎え撃つ、と言う事ですね?」

隣に座っている者からの言葉に、祐一がそうです。と小さく笑う。

「勿論、殲滅する必要はありません。我々はあくまで本隊の援護が目的なんですから。」

「里村茜将軍。何度か戦ぶりは拝見したこともございますが・・・・ここまでの傑物とは思いませなんだ。 祐一様の眼力にも恐れ入ります。」

感嘆するように一人の将が苦笑を主君に向ける。

良将。と言う印象は強く持っていたが、では全軍の総指揮を取る人物か?と言われるとそうは思っていなかった。

何しろ彼らにとっての指揮官とは相沢の三人であったり立花副官であったりとどちらかと言えば均衡の 取れた、又は津波のような攻めを得意とする者が多く、茜のような耐えることを主眼とした指揮官は居なかった。

そう言う『消極的』な戦を好む者が居なかった。

「そう、ですね・・・・私が戦場で会ったとしても・・・・仮定の話ですが、万が一同条件でぶつかり合ったら 100回やって100回勝つ自信はあります。けれど、・・・・大輔さんのような超一流の前線指揮官と 二人がかりで寄せられたら或いは・・・・・」

負けるとは言わない。けれど勝つか?と言われたら・・・・おそらく100回やれば半分くらいは痛み分けの 形にくらいは持ち込まれるかもしれない、とは思った。

「良い、本当に良い将だと思います。茜さんが全体の指揮をとってくれるのであれば我々は思い通りの戦が出来る。 それが、何よりもありがたいことだと思いませんか?」

小さく笑みを浮かべる。

騎士達が思わず他の方向に感謝の念を向ける。

今の祐一様は自分がやらなければ、と言う悲壮感を持たずに、他の部隊を頼ればよいと思っているように見えた。

でも、今、その悲壮感を見ることは出来ない。で、ある以上自分達は彼女達に感謝するべきなのだろう。と。

それに主に気付かせてくれたのは彼女達なのだから。







一方で、祐一が出て行った後、部屋ではわいわいと談笑が続いている。

戦の前でもペースが崩れないのはある意味で流石と言うべきか・・・。

初めての茜はちょっと戸惑うように。

と、コンコン、とノックが聞こえて。

「みさおちゃん、お茶持ってきたんだけど、開けてもらえるかな?」

長森さんですね。と心の中で小さく呟く。

この部屋での生活をすることになった元凶・・・と言うか、恩人と言うか・・・。

「あ、里村さん。え・・・えっと、昨日は、ごめんね?急に突き飛ばしちゃって。」

まるで、何時も『例の男』が悪さをした時のように頭を申し訳なさそうに下げる友人。

その、友人に対して『それを今更言うんですか?』と思う。

あの時は凄くびっくりしたのだから。心臓が止まるかと思うくらいに。

・・・でも、おかげで一歩踏み出せたのもまた事実。・・・だから。

「気にしないで下さい。『瑞佳』さん」

悪戯をするように、まるで浩平や祐一がそうする時のような笑いを浮かべて。

この人を名前で呼ぶのは初めてのこと。

何となく、そう呼びたかった。

一瞬瑞佳の方が硬直する。自分のことを呼ばれた、と気づくまでにインターバルがあった。

「・・あっ、えっ・・・と。私も『茜』さんって呼んで良いのかな?」

そして、慌てて瑞佳が返答。律儀に聞いてくる所はらしい、と思う。

「構いません。皆、そう呼んでいますから」

親しい者は皆そう呼ぶ。

だから、この友人にもそう呼んでもらいたいな、と思った。







「茜さんは、最初っから祐一と同じ考えだったんだね。やっぱり、凄いんだよ。」

そう言いながらふーふーとお茶を覚まして瑞佳が一口。

「私には、この戦場をどうしたら一番被害が少なく、勝ち目があるかを考えるだけで精一杯だったもん。駄目だよね。」

そんなことはない、と茜は思う。それもまた、重要なことなのだから。

勝ち目の薄い野戦。当然敗退した時は公国戦線、帝国戦線も崩壊する。

それを否定するのはむしろ当然、と言える。野戦を主張する自分達がある意味異常なのだ、と。そう瑞佳に。

「うん。有難う。でも、あの時は篭城を主張したけれど、今は私もこうするのが一番良いと思うんだよ。だって、野戦の名人の祐一も居るんだから。」

確かに、もしも彼の存在がなかったら茜も野戦を主張することはなかった、と思う。

おそらく、自分は変わったのだろう、とも。

多分、昔の自分だったら真っ先に篭城を主張していた。あの場面で野戦を主張するのは王国では浩平くらいのものだったはず。

そして、彼はこう言うのだ。

『やれる、やれないじゃなくて俺達はやらなきゃしょうがないだろーが。確率は低かろうと、どうせやらなきゃ終わりだしな』と。

「でも・・・みさおちゃんはちょっと可哀想だったかな?祐一も澪ちゃんも茜さんも皆別の意見で固まっちゃって。」

真っ先に発言していただけに、うん。と小さく頷く。

「酷いですよ。皆。私だけ除け者にしたんです!」

リスのように頬を膨らませる姿を見て『あっ、可愛い!』と瑞佳は小さく思う。

「浩平が居たら、きっと誰よりも先に主張していたと思います。でも、浩平は今ここにいませんから。祐一のサポートは私が頑張らないといけないんです。」

毅然と話す茜は強いと思う。

話に出た『折原浩平』と言う王国の英雄に匹敵するのではないか?と思えるくらいに。







「えっ・・・えっと・・・」

そんな時、横合いからおずおずと栞に声をかけられて、なぁに?と笑顔で振り向く。

ここ数日は、再会したばかりの仲間たちと一緒に居た栞、両親と数年ぶりの再会を果たした美汐も今日はここに居るんだね。と今になって納得する。

「何か聞きたい事があるんなら、何でも聞いていいんだよ。だって、皆みさおちゃんの家族なんだから、私の家族も同然だもん。」

それは、本心からの言葉。栞に向かってにっこりと笑って、微笑む。

でも、そこから出て来た問いは地雷そのもの。

「えと・・・茜さんが祐一さんに・・・その・・・キ、キスしたって本当なんですか?」

近くてお茶を啜りながら会話を微笑ましく眺めていた茜が思いっきりお茶を噴出す。

そして、友人を睨みつける。

―――――瑞佳さん?―――――

視線には元来力が篭るもの。だから、その視線を見れば、何を言いたいかは分かるものである。

―――――わざわざ何でそんなことを?―――――

あ・・・・う・・・・。と瑞佳は口ごもるだけ。

余りの四人の積極性、そして、自分が見た光景が余りにも感動的だったこと。そんなことが絡み合って言ったのは自分。だから、間違いなく自分のミス。

気が付くと、瑞佳をみさおが、佐祐理が、佳乃が、栞が、美汐がじぃっと見つめていて。

と、同時にちょっと離れた所から茜が殺気の篭った(と、瑞佳には見える)視線を向けてくる。

(ちょ・・ちょっと待ってよ。祐一、浩平!こう言うときどうすればいいんだよ)

どちらについても自分が恐ろしい目に会いそうな気がして。

必死に頭を捻る。さっき、ゆっくりと友人とお茶を啜っていた時とは打って変わって今では唯、生き残る為に。

えっとえっと、と必死に。

その頃平和に腹心の部下と談笑を交わしている祐一にちょっとだけ恨みごとを言いたくもなりながら。

そして、一瞬の閃き。頭上でピカリと何かが光ったような、そんな。

「うん、えっと、ね。茜さんにとっては・・・ほら、もう大人だから挨拶みたいなものなんだよ。」

自分ながらいいアイデアだ、と思う。これなら特に波も立たずに・・・。

でも、それは無表情のまますくっと立ち上がった茜の姿に・・・。

「いくらなんでも失礼です。私は昨日のが生まれて初めてです」

水泡に帰す。

結局、一番大きな地雷を踏んでしまった時が付いたのはその時で・・・。

うぅ。と小さく項垂れる。

祐一が会議を終えて戻ってきた時、疲れ果てたようにグッタリと倒れる瑞佳の姿と何か自分を複雑な表情で眺めている女性陣が居て・・・。

何がなんだかわからずに頭に『?』を浮かべたのは、また別のお話。







後書き


初めて日本史から戦を拝借してみました。

多分これが最初で最後です。

この後は茜の外伝、でしょうか・・・・今回は長くなりそうですね。既に50Kb超えたのにまだまだ戦いに すらなっていないという状況。もしかしたらこれだけで中編サイズの話が出来るのではないか?とすら思っています。 ・・・・・どうしましょうかね。

最も茜の、と言うより浩平達全般の、に近いと言えば近いのですが。