戦の終わりは、両者が退いたその時。

翌日、折原みさおの所に届けられたのは、両軍の遺体の引き取りの為の停戦要請と、その時の会談の要求。

その要求を、彼女は快く受け入れる。

彼女自身も祐一の知り合いと言う人たちに会ってみたかったから。

第二話








第二話








「有難い。折原姫将軍は道理を弁えたお方のようだ。」

両軍の遺体の引き取りは戦場の習い。

聞いた話では戦場に出た事がほとんどないと言う相手司令官。その彼女に対して、快く受け入れてくれたことに感謝する。

おそらく、物事の道理を弁えた者を補佐につけているのだろう・・・とも推測した。

彼等は、公国の遺臣の多くが王国へ流れていった事を知っている。

勿論水瀬侯爵を初め、自分や、他の新しい国作りをしなければいけない者達それぞれが厚遇を持って迎えようとは手を打ってはいたのだが、 誰一人として応じる者はいなかった。

文官、武官。共に喉から手が出るほどに欲しい人材が・・・

「ご好意には感謝致しますが、私どもは公国の禄を食んだ者。事情は祐一様からお聞きしてはいるものの流石に今から帝国に仕える気には 成りません。・・・私達は祐一様方とは違って臆病なもので、裏切り者と後ろ指をさされるのに耐えられないんですよ」

と、誰もが同じように。

また、戦後、立花百騎長等世界に名を轟かす人材の多くが行方不明になってしまっている。

世界最高の騎士。そう、亡き相沢大輔に太鼓判を押された公国の勇者。何時かはあいまみえることになるのだろう。と彼等は話し合っていた。

ちなみに、彼等は今戦った敵軍に、その人物がいることは・・・知らない。

何しろ、彼の人物は常に公国にあって故相沢祐一の右腕として存在していたから、帝国に顔が知られる事はほとんどなかった。

相沢祐一が、帝の命を受けてヴァルキリアに参上した時は、公国の公爵代理まで任されたほどの人物。並の者ではないのだろう。

「なぁ、北川君。・・そういえば、国崎君との勝負はどうなったんだい?」

ふ、と思い出す。

戦が終わった後、この二人は暇を見つけては剣を交わしている。

聞いた話では、最初に出会ったのは異端者と帝国が最初に大規模な戦闘を行った時。という話ではあったが、それ以来のライバルだそうだ。

「あぁ?・・今の所・・・」

指を折って数えて行く。

「俺が、4勝、あいつが3勝。」

そんなことをわざわざ数えている姿に頭をちょっとだけ痛める。『それくらい、覚えて置けよ』と

が、その考えは次の言葉によって・・・

「で、引き分けが、79回だった、かな?うる覚えだけど」

打ち砕かれた。

「・・・・僕としては君達にはそんなことをしている暇があったらしっかり仕事をして欲しいんだが? 僕の副官も、君達の副官も、何時も涙を流し、上官を呪いながら仕事をしているって知っているかい?」

「あ?お前も副官からは嫌われてるのか。どっちもどっち・・・」

「僕の副官が上官を呪う原因は!!君達が!!!仕事をほっぽりだして消えて行く分が!!!!全部!!!!!僕達の所に回ってくるからだ!!!!!!」

首根っこを掴んで、怒鳴りつける。

そのうち胃に穴が空くかも知れないな。と感じて。

「ま、まぁまぁ。そう怒るな。・・・そうそう、折原姫将軍は目を見張るほどの美少女って話だぞ?日ごろの疲れを癒してきたらどうだ? 会談で。」

「相手が綺麗だろうとなんだろうと、結局は敵だろう。個人的感情を抱いてもしょうがない。」

「いやいや、そこで戦場のラブロマンスを展開させれば戦が終わるかも知れんぞ?・・・ほら、最近流行りの戯曲でも。」

「相沢君と佐祐理皇女の物語かい?僕も一度だけ付き合いで見はしたが・・・相沢君が見たら卒倒しそうな内容だった。」

女性に対して何処か一線を画していた友人。

何処と無く、共感出来るような・・・世の中を冷めた目で見ていた友人。

あんなラブロマンスを自分を題材に作り上げられていると聞いたらさぞかし・・・

ある意味、見せれるものなら見せてみたら面白いかな?と思った。

「まあ、な。俺は楽しめたからいいけど。」

「あの話の途中で大笑い出来る人間は君くらいのものだろうさ・・・あぁ、国崎君もか。 まぁ、僕も楽しめなくはなかったし、話の内容も悪くはないが・・・。登場人物が身近な者と思うと、ね」

二人のことを深く知っているから、思い出して、悲しくなる。

「一緒に誘われていった栞さんや、あゆさん等は泣いていたよ。感情移入してしまったんだろうけど」

思い出して、苦笑いする。

ゲストとして招かれた者が大泣きを始めてしまって、誘った方はさぞかし驚いた事だろう。と

「まぁ、あんな戯曲のように世界が回っている方が平和なんだろうけど。・・・さて、それじゃぁ僕達もそろそろ休もうか。」 明日は早い。と言って陣幕を出て行く。

「やれやれ。あいつももっと気楽に生きないと胃に穴が空くんじゃないかねぇ?」

そして、潤は地図の上をうろつき回っている虫を見つけて、捕まえる。

「ほらほら、そんなとこにいると潰されちまうぞ?」

それを手に乗せたまま、陣幕を出て、放す。

空を見ると月が丸く丸く辺りを照らしていて。

「明日が楽しみだ。相沢の幼馴染のお姫様。か」

奴は女運がいいし、きっと綺麗なお姫様なんだろうな。と顔を綻ばせる。

戦が終わった後。それは、彼にとって唯一とも言える安らぎの時間だった。







そして、翌日。

久瀬有人、北川潤。その二名は、互いの副官のみを連れて相手の陣に、臨む。

こちらから行くことは当然。と二人とも思っていた。

何しろ、相手は敵とは言え、立場的には王位継承権第二位の方で、しかも会談を申し入れたのはこちらの方だ。

二人は馬を王国の士官に預け、武器も預けると案内の兵に連れられる。副官達は、二人の希望でそこに止められた。

相手の側からは一緒に行って構わないですよ?と言う目を向けられつつ、副官達がそんな高貴な身分の方にお会い出来る身分ではない、と固辞したから。

道中、辺りを見渡す。

兵を見て、軍気を感じて、相手軍は想像以上に手ごわい相手であったことを改めて実感した。

明るい雰囲気で、何処か規律が乱れているように一見見えつつ、彼等はしっかりと統一されている。

「こちらで王女殿下がお待ちになっております。・・・お入りください。」

王女が居ると言うには簡素な陣幕。彼等は、もっと煌びやかなものを想像していただけに、ちょっとびっくりする。

最も、一弥も佐祐理もそんな馬鹿なことは決してしない。でも、彼等にとって王家とはあくまで今の帝のような存在であって、 一弥や佐祐理のような気兼ねない方が特別なのだ。と感じていたから。

「僕から・・・かな?やっぱり」

そうだな。と頷かれて、ゆっくり足を踏み入れる。

一歩遅れて潤も。

そして、硬直。

「子爵閣下。お初にお目にかかります。折原みさおと申します。」

ペコリと頭を下げる女性。おそらくこの方が王女殿下なのだろう。と

それは、彼等の知っているどの王族よりも、尚、腰の低い王族だった。

「い、いえ。こちらこそ・・・このような仕儀になってしまったことを残念と思わずに居られません。」

どうぞ?と椅子を勧められて、座る。

どうやら相手は王女殿下一人らしい。完全に信頼されているようだった。

「一度、お話して見たかったんです。祐一君のお友達の方達と。」

内緒にしてくださいね?と口に人差し指を当てて、笑う。

「私も祐一君のことは小さい頃から知っていますけど、公務における祐一君にはほとんど会ったことがありませんから。」

にっこりと笑われて、二人はこれが個人的な会談なのだな。と悟る。

おそらく相手は王女と言う立場で話しているのではなく、同じ『相沢祐一の友人』と言う立場で話したいのだろう。と

「そうですね・・・相沢君は・・・」

だから、二人は祐一について知っている事を話す。

相手はその一つ一つに対して笑って、喜んでいた。それだけに、実際彼を討ってしまった自分達には心苦しい。と思う。

しかし、もし、彼がこちらの味方として存在していたのであれば、彼の軍神の一家は王国に対する寄せ手の大将として存在していたかもしれない。

そう思うと、こうなったことはむしろ目の前の彼女達にとっては幸福だったのではないだろうか?とも思えてしまう。

と、そんな風に考え込んでいる事を不思議そうに眺められて、その心境を申し訳なさそうに、話す。

それに対する笑顔はまた朗らかな物で・・・・

「そうなっていたら怖いですね。こちらには祐一君や大輔様と渡り合えるような方は・・・いないんですよ」

くすくすと、笑う。

「でも、もし祐一君が寄せ手の大将だったら私達は軍旗の代わりに白旗揚げちゃいそうです」

素直にそう言われると答えに窮する。

何を言っても失礼に当たってしまうような気がした。

間違いなく、間違いなくその少年が命を失ったのは自分達のせいではないか。と

「あ、ごめんなさい。・・・・祐一君のことでお辛い思いをしていらっしゃるのにこんなこと・・・」

彼女自身からすれば、家族同然の身近なもの。だが、目の前の人たちにとって彼の人は自らが殺してしまった罪の象徴だったことを思い出して。

そう言って頭をもう一度下げるさまは、聞いていた年齢よりも遥かに・・・幼く見える。

「いえ、お気に為さらずに。・・・それよりも、只今我が国で戯曲が流行っているのですが・・・相沢君をモチーフとした主人公と、 我が国の皇女殿下の物語なのですが」

その話に興味深い。と言うように目を輝かせるみさおに、二人が身振り手振りを持ちながらも説明をしていく。

どうやら、大変興味をもってくれたらしい。と安堵。

特に、有人が個人的に「あの話を相沢君に見せたら卒倒するでしょう」と言った時には一番笑っていた。

ちなみに、この時彼女が『帰ったら佐祐理さんと祐一君にも聞かせてあげよう』と思っていると言うのは秘密である。

「興味がおありのご様子。我が国と講和が成りましたら、是非一度いらして下さい。相沢君の友人であれば、水瀬侯爵以下うちの連中が喜んでご案内すると思いますから」

おそらく、あれだけの人気があれば、長く使われる題になるでしょう。と。

その時はよろしくお願いしますね。と小さく笑って手を、差し出す。

とても軍人とは思えない、白くて、小さな、手。

軽く触れるだけの握手を行う。

強く握ったら壊れてしまいそうな・・・まるで、小鳥のようなお姫様だな。と二人共、感じた。







「どうだ?感想は」

帰り道。既に副官二人も合流を遂げている。

彼等は、王女殿下の副官と名乗り出た者から直接もてなしを受けていたらしい。

二人共、「とても丁寧な方々で、まるで敵と接しているとは思えませんでした」と語る。

ちなみに、そのもてなしを行った者達は、水瀬侯爵の顔見知りであるような故相沢家の家臣達であるのだが、彼等はそれを知らない。

彼等は丁寧に遇され、彼等もまたその者達に敬意を持って対した。

彼等の顔を見るだけで、この会見を行ったことは成功である。と思える。

「先ず、君はどう思ったんだい?北川君」

「聞いているのは俺なんだが・・・。そう、だな。まぁ、相沢の幼馴染ってのが分かる気はするな。 見た目も綺麗だし。多分佐祐理皇女殿下のように綺麗に育つんじゃないか?まだまだ体系も子供で、とても17には見えなかったが、 そういう趣味の奴にはたまらないだろう・・・・って・・・あれ?どした?」

「僕は彼女の王女としての資質を聞いているんだが・・・まぁいい。・・・」

後で香里君に知らせておこう。と胸の中で呟く。

君の付き合っている男は幼女愛の気があるぞ?と

「思わず惹きつけられるような、そんな才幹を持ったお方に見えた。・・・周りの者が命を張らずにいられないような。」

真面目な顔で切り返されて、潤も「そうだな」と呟く。

これからも幾度となく争う事になろう相手。

出会ってしまった事を後悔しているのかもしれない。と彼等は、思う。

出会わなければ次からも遠慮なく弓を引けたのに。と

「まぁ、とにかく新たな強敵が舞台に上ってきたのは間違いない。か。秋子さんに報告をしないといけないだろうね」

陣に辿り着くと、既に遺体の収集は終わっているようだ。

二人は、各自部隊に対して撤退の命を告げる。

こうして、たった一日だけの戦、これから始まりを告げる長い戦の、その前哨戦とも言える戦いに幕が下ろされることとなった。

死傷者は両軍併せても百人と少し。

お互いが、本気に戦う気もないような・・・そんな戦。

両軍は、引き際も互いを攻撃することもなく、互いに退いて行く。

『再戦の時までお元気で』と言った感じに・・・。両軍は、それぞれの帰る場所へと退いていった。







「今日の講義の内容は・・・・そうですね。澪さん、適当に決めちゃってください。」

既に、佐祐理と佳乃は疲れきって、机にうつ伏せになっている。

最近では、二人の訓練の内容も相当高度な物になってきていた。そろそろ実践も試させた方がいいだろうな。と思う自分に、 段々と教師としての自身も様になってきたのかもな。と苦笑する。

と、同時にゆるりと前を向いて、書き書きと画用紙に文字を書いていく姿を、眺める。

『特にないの』

そして、上げられた紙。

まぁ、そうだろうなぁ。と苦笑して、席に着く。

申し訳なさそうに俯く澪は、年上のようには見えない。

「それじゃぁ、そうですね・・・。佳乃に授業でもしてやってくれますか?澪さんには退屈な内容でしょうけど」

『それでいいの!』

良かった。と微笑んで、そして祐一に近寄る。

こうした、ほのぼのとした時間は、訓練と言っても多く取られていた。

楽しく真面目にしっかりと。それがモットーらしい。

「それじゃぁ、俺は休んでますから・・・澪さんお願いします。」

うん。と大きく頷く澪に対して、軽く頭を下げ、後方に下がり・・・・・・

ふぁ〜と欠伸を一つして、椅子に座る。

最近眠いなぁ。と思えるのは緊張する場面から解き放たれた開放感だろう。

ゆっくり出来るのは良い事だなぁ。と思って、眠る。

澪の画用紙に何かを書く音が、子守唄のように聞こえてくる。

サラサラと、サラサラと。

祐一が眠るまで、そんなに時間はかからなかった。

「あぁ〜、祐一君、授業中に居眠りしてるよぉ?」

大声が静かな部屋に響き渡って、慌てて佐祐理が口に人差し指を当てて・・・

「駄目ですよ〜、佳乃ちゃん。今、祐一さん・・。とってもいい顔をしてるんですから。」

妹を嗜めるように。祐一は、ここで暮らすようになってから段々と表情が優しくなってるような気がする。

佐祐理は、それが一番嬉しい。

決して、寝顔をゆっくり見ていたい。等と不純な動機で止めたのでは決してない。・・・・と思う。

「あはは〜〜祐一さんのことは任せて、澪さん達は学習を続けちゃってください。」

そう言いつつ、摺り足で祐一の所に向かって、黙って頭を抱え込む。

「あぁ〜〜佐祐理さん、ずるいよぉ」

『ずるいの!!』

知らないですよ〜。と心の中で呟いて、黙って瞳を閉じる。

こうしていると自分も心地よく眠りに入れそうな気がしたから。

ポカポカと日が差して、温かく・・・心地良い。

気がつくと残りの二人も自分の周りに身を寄せている。

授業はどうしたんでしょうか。祐一さん、私達が寝ていたら怒っちゃいそうですね。

そんなことを沈み行く意識で考えつつ・・・・

四人並んで昼寝をした。

みさお達、遠征軍が帰還するまで、後二時間。







「嬉しそうですね。殿下」

鼻歌を歌いそうなくらい笑顔で、小走りに駆けるみさお。

「はい。ようやく皆に会えると思うと、とっても嬉しいです。」

にこにこと、にこにこと笑いながら、駆ける。

およそ二十日間程度ではあったものの、何時も一緒にいるはずの人たちと離れて暮らすのは・・・やっぱり寂しかったから。

「祐一様もさぞかしご無事に帰られたことをお喜びでしょう。今時分は・・・講義室で戦術でも学んでいる時間でしょうか・・・」

日はまだまだ高い。おそらくはそのはずだ。と、その方向へ向かって駆ける。

佐祐理さん、佳乃ちゃん、澪さん。・・・祐一君。

全員大切な家族。

決してライバルなんかじゃない。と思う。

「立花様も一緒に祐一君に会ってあげてくださいね。きっと喜びます。」

「私もですか?!・・・祐一様とは何時も会っているので別に今会わなくても・・。みさお様お一人で行かれた方が宜しいかと思いますが?」

「そんな、他人みたいに言わないでください。祐一君にとって貴方様は兄のような方だ。と祐一君も言っていました」

(愚兄賢弟・・・?)

心の中で苦笑する。

自分とて、大抵の者にはどんな勝負をしても負ける気はない・・・が、彼の人と比べることの愚かさは自覚していた。

「・・・そこまで仰られるのなら・・・それでは、一言だけご挨拶に伺わせて戴きます。」

やれやれ。と苦笑して、後を続く。

みさおの小走りは、彼にとっては早歩き程度の速さでしかなかった。

黙って付いて行きながら・・・・周囲に見られた人影に、合図を手で送る。

戦の後、敵軍の暗部が動いている可能性は十二分にあったから・・・と。

目の前の少女は、絶対に失ってはならない人物だから。







そして、講義室の扉をゆっくりと開きつつも、待ちきれない。と言うように部屋に入って・・・

「講義の途中にごめんな・・・さ・・・・・・・」

ぴくっと止まる。

後方の勇には、何があったのかはわからない。

そして、一歩だけ、一歩だけみさおの後ろから入って・・・覗いて・・・

思わず、逃げようか・・とも、思う。本気で。

目の前の少女が、とんでもなく・・・怖かった。

目前で四人が寄り添うように眠っている姿を眺めるその姿が・・・

まるで、絵画のようだ。と思いつつも、一歩だけ・・・後ずさり。

2歩、3歩。・・・しかし、その行動は実を結ぶことはなく・・・

「立花様?何処にいかれるのですか?」

4歩目は踏み出せなかった。

目が、怖い。雰囲気も何時もの透明感があって、優しげな・・・そんな風に見えなくて。

早く、誰か一人で良いから起きて欲しい。と本気で思う。

「くぅ・・・」

部屋からいきなり聞こえてくる声。

祐一の横に寄り添うように横たわっていた佳乃が、寝返りをうって。祐一の胸元にポスッと収まる。

たった一人、冷静な男は・・・その風景に、血管が音を立てて切れる音を、聞いた。







「知りません!!」

その後、慌てて勇によって起こされ、その事情を聞いた時には既に遅い。

「いや・・・別に、な?サボって寝ていたとか、そう言うわけじゃなくて・・・・佳乃に戦術の基本を説明するのを澪さんがやってくれるって言うから ・・・ですよね?」

うんうん。と頷かれて、ホッと息を吐く。

「だったら、どうして四人で眠っているんですか?・・・私だけ除け者なんて、酷いです!!」

問題は、やるべきことを休んで寝ていた事よりも、自分を除け者にして四人で昼寝をしていたことなのか?と周囲の第3者は思う。

そして、アホらしい。と、全員退室。

全員、祐一達がやるべきことをせずに昼寝をしていたことに対する処罰から、何とか擁護しようと集まってきたのに、結果が痴話喧嘩だった。 という事。

「えっと〜・・・佐祐理は、澪さんと佳乃ちゃんが一緒にお勉強をしていましたから」

だから、やることもないので祐一さんと一緒にお昼寝しちゃいました。と悪びれずに。

『気持ちよさそうだったの』

「だって佐祐理さん、祐一君ひとりじめしようとしたんだよぉ?」

何やら弁解の内容が違ってきているような気がする物の、真剣な連中に祐一は一つ溜息。

「全く・・・・それで、俺はどう謝ったらいいんだ?」

やれやれ。と首を振る。

おそらく懲罰のようなものを要求しているのではないことは目に見えて分かる。

ある意味、棒で叩かれるような罰の方が今の祐一には有難かったかも知れない。

「別に、気にしないでも良いぞ?みさおもどうせちょっと拗ねて見せているだけだからな。」

「だね。みさおちゃんはずっと戦場に居て寂しかっただけだよ。ね?」

後ろから聞こえてくる声に、一斉に振り向く。

見慣れた顔。だが、ここにいるはずのない、顔。

「神出鬼没だな、お前は。それにお久しぶりです、瑞佳さん」

「うん。祐一も・・・それに、澪ちゃん達も久しぶりだね。みさおちゃんは、お疲れ様。」

「お・・・お兄ちゃん!・・・それに瑞佳さんも・・・」

久しぶり〜と手をひらひら振ってくる義姉に驚きを露にするみさお。

前回会ったのはもう相当前のような気がした。

それくらい、この新しい立場にたつことは彼女にとって困難なことだったから。

「別に俺達は普通に手続きを取って入ろうとしたんだがな?お前の部下が苦笑しながら止めてくれと言うんでやってきた。ってわけだ。 ・・・・祐一、貸し一つな?」

「お前に貸しを作るとロクなことがないような気がするんだが・・・・」

何でこんなことになったんだか。と首を振って項垂れる。

「みさおもそろそろ止めておけ。どうせ久しぶりに会ってついつい甘えたくなったんだろうが・・・」

その言葉に頬を真っ赤に染める妹を眺める。

同世代の友人が増えて、祐一を後見に据えて・・・それ以来明るくなった妹を、温かく眺める。

「あぅ・・・うぅー・・・・」

図星を突かれて思わず呻き声を一つ。

そして、拗ねるように横を向く。

もういいです。という言葉は、静かな部屋に小さく響き渡った。







「で、だ。お前は何しに来た?流石に妹が心配で来た。と言うだけで来れるほど暇でもないだろう?」

夕闇の中で、二人。

女性人は既にみさおの部屋に下がっている。五人と言う大所帯だが、あの大きなベッドは何時も四人で使っているのだから特に問題は無いだろう。

そんな中で、祐一と浩平は机に顔を付き合わせて話し込む。

世界を代表する軍略家、二人の姿は他の者に近寄りがたい何かを感じさせていた。

「お前も一応王国の軍事を司る者としての責任もある。何かあればこちらを呼べば良いし、手紙を送ってもいい。そんな中でわざわざ来たと言う事は・・・」

オーディネルにおいては、戦を仕掛けてきた帝国に対する怒りが渦巻いていると聞いている。

その理由は、自分にも多々としてあるのではあるが、今の祐一は『相沢』ではないし、そうなる気も金輪際・・・ない。

「まぁ、お見通しだろうな。唯、噂を聞いたもんで伝えに来た。それだけだ」

「噂?」

怪訝そうに眉を潜める祐一に、浩平も声を潜める。

「あぁ、噂だ。が、信憑性の高い・・・な」

「・・・・王国の情報網が掴んだ情報・・・か?」

「そう、だ。・・・帝国が暗部を使う・・・・らしい。対象は言うまでもないだろう?」

なるほどな。と頭を2〜3回掻く。

「みさおは、邪魔か。」

そりゃそうだろうな。と天を仰ぐ。と言っても天井があるだけだが。

王国において絶対的な人気を誇る・・・王太子である兄よりも人気がある姫君。

それが、将軍となって兵の先頭に立って戦う。帝国からしたら邪魔者以外の何者でもない。

「しかも、常に厳重な警備の下で暮らしている王太子と違って、前線の城に新兵と共に篭っているだけ・・・それだけにやりやすい。」

そうだ。と浩平は頷く。

「最も、みさおは白騎士やお前の鍛え上げた佐祐理や佳乃が守っている。むしろ俺よりも厳重に守られているくらいだ」

浩平は、祐一が思っている事を理解している。

むしろ、みさおを殺そうと思ったら万の兵で城を急襲しても難しいだろう。

つまり、唯単にシスコンが心配の余り飛んできただけであろうか?と祐一も呆れ顔をして・・・

「まぁ、知らせてくれたおかげで助かった。そろそろ佐祐理さんや佳乃にもやらせなければいけない所だったからな」

実践訓練を・・・。何しろ、訓練だけでは身に付かないものと言うものが実際には一番大切になることが多々としてあるのだから。

「で、だ。俺の来た理由は当然・・・ってお前の考えているのとは違うぞ?おい!!」

白い目で見られて、慌てる。

自分が妹を大切にしていることは自他共に認める所ではあるが、と言って唯それだけの為にこんな所までやってくるほど酔狂ではない・・・と思っている。

「久しぶりにやらないか?と思ってな」

右手をくいっくいっと振るだけで、その意図は鮮明に理解出来る。

「なぁ、俺はもう片手がないんだが?しかも力も残っていない」

おいおい、と右手を上に上げる。

「だが、腕一本であっても尚、お前の右に出る物は王国中探してもそうはいないだろう?なぁ?」

力が無くてもそのままの技量を持っているし、判断力もそのまま、そして、何より・・・彼は『強い』

彼の『強さ』とは力があるとか、頭がいいとか・・・・勿論それらの物は当然兼ね備えているが、そんなものとは別に、もっと本質的な『強さ』

だからこそ、祐一は誰よりも強いのだ・・・と浩平は思う。

おそらく、競技として剣術や魔術を競い合ったら、今の祐一は自分はおろか、七瀬や帝国の北川公子等にもおそらく及ばないだろう。

が、それを戦場に、勝敗が後ろに居るものの生死を分けるとき。そんな時に祐一が負ける事は・・・相手が誰であってもあり得ない。と思える。

「で、今からか?昼やったら五月蝿そうだしな。それに、お前だってそこまで暇じゃないんだろう?」

「いや、俺は暇だぞ?・・・やるべきことは全部詩子や雪見先輩、みさき先輩の机の上においてきたからな。むしろ今帰ったら大惨事に成りかねん」

可哀想に。と遠いオーディネルの将軍の顔を思い浮かべる。

心の中で、いや、むしろ表面に出して怒り狂っているに違いない・・・・と。

が、今の祐一にとって、それは雲の上の話。一武官である祐一にはどうと言うことではない話。

「ま、いいか。・・それじゃぁ庭で。」

だから、笑う。

おうよ。と剣を取って付いてくる浩平。

祐一も、自らの愛剣・・・人の背丈にも達するほどの大刀を手にとって、続く。

「お前、槍は・・・グングニルはどうした?」

クスッと笑って、黙って歩く。

自分が神族としての力を失ったように、神槍としての力を失った愛槍。

もう使う事は無いだろうな。と思っている。

「片手じゃぁ、槍は使いにくいんでね」

でも、それをわざわざ言う事もせず、専らこう言って祐一は指摘をかわしていた。

「剣を使った戦闘はお前の方が慣れているだろう?浩平。まぁ、お手柔らかに」

右手で軽く空に放り投げて、パシっと受け取る。

雪風の力をそのまま受け継いだこの剣は、大きさに似ず、軽い。

だからこそ、この大きさのわりに片手で持てるものと成っている。

むしろ、この剣のような軽さでないと、今の祐一に扱う事は出来ないと言った方が正しい。

「布を巻くか?それとも寸止めでやるか?」

振り返ると浩平がニヤッと笑っていた。

「勿論、真剣勝負だ。当たり前だろう?」

その言葉にヤレヤレと苦笑を浮かべると、月夜の下へと歩き出す。

それから数十分、その場には剣戟が響いていた。