「・・・・え?・・・・秋子、さん・・・・今、何と?」
呆然と呟いた一弥は既に飛び上がらんばかり。
みさお、浩平が目を見開いて座っている。
まぁ、他の人たちも同じようなものだろうか?
それだけの衝撃を与える一言だったのだから。
(まさか・・・・でも・・・・あの人は・・・・)
その周囲では、倉田一弥が折原浩平と軍略の細部を詰めている。
決められた事といえば、とりあえず軍事同盟にまで話を踏み込ませるのは実際に異民族の侵入が始まって後にすること。
唯、それまでの間は互いに無期限の休戦協定を結び、この地にて待機すると言う事。
その間の食料は王国側が貸し与える事。この物資の支払いは無期限、利息なしでの支払いとすること、等等。
最も、互いに話を進めているのは浩平と言うより瑞佳とみさき。こう言った物資関係になると浩平はあまり役に立たない。
まぁ、とにかくそう言った話がようやく終結を迎えようとしてきた頃・・・・
「申し訳ありません。一つ、宜しいでしょうか?」
突然、水瀬秋子は口を開く。
思案をしているような顔で。悩んでいるような、顔で。
そして、何かを決意したかのような、顔で。
浩平とみさおが思わず顔を見合わせて、その後にコクッと一つ、頷いた。
「帝国と王国、縁談の話はかないませんでしょうか?」
そして、紡ぐ。この一言を。
「貴方は帝国一の分別者だと聞いていたんだが、どうやら認識を改めた方が良いのかな?・・・・つまりは、
同盟して欲しければみさおを質によこせ、と・・・・こう言う事か?」
言い放った浩平の顔は酷く平坦に見える。
彼は・・・・寧ろこれも相沢祐一と言う少年の影響からか、政略の為に人の気持ちを踏みにじる行為を何よりも嫌っている。
祐一が自分に送られてきた女性を見もせずに送り返した、等と言うのは有名な話だろう。
まぁ、流石に目の前に・・・・例えば、宴席等においては相手はするものの、その後については踏み込んだことはない。
話をして、状況に応じてはダンスパートナーくらいは勤める。が、その後は付き合わない。相手が誰であろうと。
浩平辺りはもっとぞんざいに扱っている。最も、婚約者が居る相手にわざわざ、と言うのだからそれくらいはしょうがないだろうか?
とにかく、ここに居る誰もがそう言った行為を嫌っている事だけは明らかだった。
「対等な条件の同盟、その方向に話を進めてきたと思ったんだが、そう思っていたのは俺達だけだったのかな?」
ギロリ、と浩平の射抜くような視線が帝国の一人一人を貫く。戦場で相手をひるませる様な、目で。
それに思わず一弥が、有人が、往人が秋子に視線を向けた。
基本的に彼らの考えも浩平に近い。何しろ往人達の挙兵理由自体がそれなのだ。
「ああ、悪い。どうもこう言った話になると頭に血が上っちまう。・・・・で、だ。とりあえずこの話は聞かなかった事にして置きたい。 その方が互いの為だろう?」
秋子がゆっくりと目を開いて、小さく頷く。
なんとなく、空気が悪かった。
「祐一さん?どうしたんですか?」
急に馬に乗って帰ってきた祐一に佐祐理、佳乃、美汐が駆け寄っていく。
今はまだ会議の途中であったはずなのに、と。
そして、覆面を外した祐一の顔を見て誰もが息を呑む。
祐一がこんな顔をしているのを彼女達は初めて見た。
「・・え?祐一君?」
心配そうに近づいていく佳乃の頭をぽんぽんと祐一がはたく。
「いや、気にしないでくれ。それより、佐祐理さん。ちょっと付き合ってもらえないか?」
ごしごしと乱暴に顔を拭う祐一。
「はっ、はい?祐一さん?・・・佐祐理は別に構わないですけど・・・でも、一体何処に?」
「・・・・ちょっと、遠出を、ね。」
そう言いながら陣幕の中に入っていった祐一が、紙面にサラサラとペンを走らせる。
「美汐、これを浩平かみさおに渡して来て貰えないか?・・・それと、佳乃。」
手招きして呼び寄せる佳乃の傍にしゃがむと、耳元にこそこそと指示を告げる。
「うん。分かったよぉ。」
頼むぞ。と小さく握りこぶしを見せて、身を翻す。
「食料も簡単なものを少し借りさせてもらうとも伝えておいてくれ。それじゃ、佐祐理さん」
はい。と小さく頷いた佐祐理が自分の馬を引いてくる。
「それじゃぁ、先に帰ってる。・・・・そっちが帰ってこれるかは分からないが、とにかくみさおのことは任せた。」
お気をつけて。と言うように美汐が頭をペコリと下げ、佳乃は大きく手を振る。
未だに整然としている軍隊の中、何故か二つの影だけが陣を離れて遠ざかっていくのを兵士が不思議そうに眺めていた。
「ゆっ、祐一さんっ。そろそろ佐祐理に何処に行くのか教えていただけませんか?」
後方から息も絶え絶えに叫ばれる声に祐一がふと後ろを振り返る。
普段だったら、祐一は先ず佐祐理や、佳乃。他の人の馬の動きに自分を合わせることを第一に気遣っているのだが、今回は 気にせず思いっきり馬を走らせてしまっていた。
佐祐理とて、馬術は苦手ではない。けれど、それでも祐一に本気に走られたら到底追いつけるものではない。
「佐祐理さんっ!?・・・す、すみません。・・・ちょっと考え事をしていましたから」
慌てて手綱を緩め暫しその場に停止すると、後ろから佐祐理が横に並んで止まってくる。
「い、いえっ。佐祐理が馬の扱いに長けていないから・・・それが悪いんです。気にしないで下さい」
この、一歳年上の女性は何時でも自分のことを気遣ってくれる。
もし自身に負担がかかっても、自分やみさお達の為に無理をしてしまう。
だから、祐一はそんな言葉に小さく笑みを浮かべながら一旦馬から降りた。
佐祐理の馬は既に息が上がっているようだし、無理をするようなことでもなかったから。
「祐一さん、いきなりどうしたんですか?いきなり一人で動くなんて祐一さんらしくないです。」
状況的にも、浩平やみさおの命を受けてのものとも思えない。
そんな佐祐理に、一枚の・・・ちょっと皺がよった紙が差し出される。
そして、祐一が馬に括り付けた兜を取り出して、いきなり自分の頭の上に。
「秋子さんに渡されたんですよ。大輔さんの遺品、だそうです。それに、遺言でしょうかね?全く、あの人は。」
俺に直接言わなかったら意味ないと思いませんか?と。
そして、『その紙、まだ俺以外は読んでいませんけど・・・良かったら読んであげて頂けますか?』と続ける。
「祐一さん?」
そう言って目を伏せる祐一は泣いているのだろうか?
そんな祐一を心配しつつも、佐祐理は紙をゆっくりと開く。
「ホント、馬鹿な人ですよね。・・・・遺言ってのはもう少し真面目に書くもんでしょうに・・・」
うめく様な渇いた笑い声を聞いて、佐祐理はゆっくりと紙を二つにたたむ。
これは、祐一さんのものだ。と。
そのまま、ゆっくりと近づいた佐祐理が祐一の頭を優しく、抱きかかえた。
祐一は泣いている。
その時に佐祐理は一つ、気付いてしまった事があった。
(祐一さんは、私より年下なんですよね。・・・まだ、二十にもなっていないような・・・)
何時も大人のようで、何時も何もかもを見通しているようだから誰もが忘れている事だけれど・・・
泣いていいんですよ?と背中をゆっくりと撫でる。
片腕を、祖父を、親代わりの叔父を。そして、国を失った少年。
慟哭する少年を支えながら、この人の支えになってあげたいと、佐祐理は唯思った。
「・・・・すみません。みっともないところを」
やがて気を取り直した祐一は自分がどんな状況にあるかを理解するや否や、即座に立ち上がる。
頬が赤らんでいることを隠すように顔を手で抑えながら。
「いえ。佐祐理は構いません。でも、なんで佐祐理だけに?」
「あ、いえ、それは別に深い意味はないんです。来てもらったのは別の理由からですから」
用事は別に弱音を聞いてもらう事ではない。むしろ、先ほどの出来事自体が想定外の出来事。
他人の前で涙を見せるのは初めてかもしれない。と思うと恥ずかしくてしょうがなかった。
「その手紙、内容は馬鹿みたいですけれどね。・・・・やっぱり俺も逃げて居ちゃいけないってことだけは分かったんですよ。 ようやく、ですけどね。」
浩平は変わっていく。そして、みさおも、佐祐理も、佳乃も。・・・帝国の友人達もまた。
「・・・この兜、似合ってますかね?」
ふと問い掛けられる言葉に、感傷に浸っていた佐祐理が慌てて視線を上に向ける。
見覚えのあるようなないような、そんな気がする、兜。
「これに、その手紙は括り付けられていたんです。大輔さんの形見ですよ」
ちょっと驚いて兜を眺める。
だから、見覚えがあったんだな、と。
「はいっ。祐一さんにぴったりだと、佐祐理は思いますよー。」
その答えを聞いて祐一が嬉しそうにはにかむ。
「そう、ですか。良かったです。・・・それでは、そろそろ行きましょうか。明日中には着きたいですし」
そう言って、家に帰ります。と告げる祐一。
「それが、佐祐理さんについて来て貰った理由の一つです。・・・栞が待ってますから。」
「それでは、合意の内容を纏めたものはまた後日に。それではこの辺りで会談は終了とと言う事で宜しいでしょうか?」
会議で定められた事を一つ一つ瑞佳が読み上げている。
両軍の戦闘行為の停止
両国の間での交易の開始
王国からの食糧の援助
等を含む十数個にも及ぶ内容は、当然帝国本国からの同意を得ず、一弥達が勝手に行ったものである。
「はい。我々としても全く構いません。秋子さん、どうでしょうか?」
一弥の言葉に秋子も緩やかに頷く。
そんな中で、一弥は彼女の顔が憂いを帯びている事になんとなく気付いていた。
先ほど、自分の縁談を会話の中で振って以来ずっと。
「お母さん?」
反対からかけられる声に慌てて顔を上げた秋子は自分に視線が集まっている事に気付き、慌てて同意するように頷く。
「それじゃぁ終わり、だな。とりあえず、外で宴の準備もさせて頂いている。最も、戦場のこと故大仰なことは出来ないが」
スッと一礼して立ち上がる浩平は、そのまま妹と並んで退室しようとする。
その後には当然のように王国の面々が。
「お、お待ちください。王太子殿下!」
「秋子さん?」
今まで見た事もないほどに狼狽しているように見える秋子。
帝国の面々の誰もが信じられないように眺めていた。
「・・・・私、そして、王太子殿下と王女殿下の三人で少し会話の時間を頂けないでしょうか?」
先ほどの縁談の話は流れたはずなのに、また持ち出すと言うのだろうか?せっかく良い雰囲気で終わろうとしているのに。と 一弥が不機嫌そうな顔をする。
「・・・縁談の話なら断ったはずだが?」
案の定不愉快そうに顔を向ける王太子殿下と、困惑したように顔を向ける王女殿下。
「いえ、その話ではありません。決して。・・・ですから、少々でも構いません。お時間を・・・」
酷く真剣な顔。
その顔を見て、長森瑞佳が王国の面々を連れて、出て行こうとする。
「・・・秋子さん、それでは僕達もお先に失礼させて頂きます。両殿下、失礼致します。」
仕方ない。と言うように一弥が他の面々に視線で合図を送り、退室。
部屋の外で一人待っている長森魔導将軍に軽く挨拶をする。
おそらく、見張りとして残っているのだろう。と。
「・・・・人払いは済ませた。おそらく長森が見張りもしてくれているだろう。・・・・それで、用件はなんだ?水瀬侯爵」
「お兄ちゃん、そんな言い方!」
先ほどのことがあるからか棘を含んでいるように聞こえる。
静止の声を受けても表情が変わらないところを見ると、相当に怒っているのだろう。とみさおには思えた。
しかし、そんな中繰り出された秋子の言葉に彼女は飛び上がるくらい動転する。
「・・・・先ほどの覆面の方。あれは、祐一さんですか?」
秋子の見据える視線の中に、びくっと浩平の、みさおの体が硬直するのが見える。
「な、何をいきなり言っているんですか?祐一君は・・・」
秋子がそう思ったのは先ほどの態度を見ていたから。
最初っから縁談のことも一弥には申し訳なかったけれども揺さぶりをかけたようなもの。
立花さんがいくら祐一さんの命令であろうと他の主に仕えている状況。
北川さんを片腕で破った程の剣士の名前を聞いた事がないと言うこと。
そして、みさお自身が白騎士団を動かそうと思えない理由。
たった一人白騎士団を動かすに値すると視線を向けられた覆面の男性のこと。
全ては一つの事実を示している。
「・・・・そうだ。あれは祐一だ。」
隠せないと思ったのか、浩平が暫く目を閉じた後にはっきりと告げる。
「流石に気付いたか。ま、あれだけ会話の中に含ませれば、な。なるほど。縁談云々は探る為の、か。 ダシに使われたか、倉田の皇太子も、うちの姫も」
くすくすと笑う浩平にみさおが呆然と秋子の顔を凝視する。
秋子は黙ってみさおに頭を下げて・・・・
そして、その後に苦笑しながらようやく浩平が顔をあげてあの後のことを端的に説明する。
倉田佐祐理と共に落ちた祐一をみさおが、佳乃が。そして、事情を聞いた佐祐理が命をかけて助けたこと。
そして、その後祐一達が何をしているかを。
「だが、佐祐理もおそらく帰る気はないと思うぞ?祐一に帰る気があるか?と打診されてもテコでも動かなかった。」
「いえ、その事は良いんです。佐祐理さんは祐一さんのことを心から想っておられました。ですから、祐一さんと一緒にいる邪魔をしようとは思いません。」
にっこりと笑う秋子は、祐一の叔母としての顔をしている。
「でも、祐一さんも両手に花どころではないですね。みさお様に佐祐理さん。聞いた話では霧島将軍の妹様もいらっしゃるようですし・・・」
「あと、美汐さんも一緒です。天野伯爵家の公女様ですけれど、ご存知ですか?」
はっと息を呑む。
天野伯爵は王に逆らった事により軟禁されていたはず。と。
自分のように勇気のない者と違い、正道を説いた天野伯を秋子は尊敬している。
「・・・・まさか、ヴァルキリアの騒動は・・・」
「俺と、祐一。それに、うちの上月将軍がやったことだ。悪いな。だが、民には損害を出しては居ないはずだが・・・」
「あ、あと美坂さんの妹さんも祐一君が保護して来たって言ってました。」
一つずつ開いていくびっくり箱。
一つだけでも仰天するようなことをこうも連続して告げられると驚く間もない。
唯、分かっている事は一つ。
「・・・感謝しなくてはいけませんね。祐一さんを助けてくれた事。正道を貫いた方々を救ってくれた事。・・・栞ちゃんを 助け出してくれた事。・・・・そして、申し訳ありません。いくら祐一さんのことを探ろうとしたとは言え、私は 王女殿下に無礼なことをしてしまいました。」
構いません。と言うみさおの顔は笑んでいる。
「祐一君のことを思ってしてくれていることなら何も怒るような事はないです。お気になさらないで下さいね?」
浩平もみさおの答えを聞いてしょうがねぇな。と言うように苦笑しつつも手を伸ばす。
「だが、このことを外に出すのは・・・例え、貴方の娘達相手であっても待って貰いたい。あいつも色々悩んでいるんだ。 せめて、あいつなりにいろんなことにけりをつけるまでは誰にも踏み入って欲しくない。」
秋子はその差し出された手をしっかりと握る。
これからは、この人は誰よりも頼りになる味方になるであろうと言う確信を持って。
と、同時に確かにこの人が『祐一さん』の兄であることを理解して。
「分かりました。この件は暫く私の胸の中にしまって置きましょう。」
その答えに、浩平とみさおは黙って頭を下げた。
「さて、皆さんをお待たせしてしまってますね。申し訳ありませんでした、殿下。私達も参りましょう。」
行われた会話はせいぜい十分とそこら。
でも、その十分の会話で互いの距離は一気に縮まっていた。
「それでは、全員揃ったところで・・・とりあえず、乾杯しておくか?」
「浩平!そんな言い方ないよ。もっと真面目にやるんだよ!」
心配しながら待っていた一弥や名雪、香里も出てきた三人が互いに笑顔で会話をしていることに安堵。
その後の宴の席までの移行は非常にスムーズに進んだ。
並べられているのは軽い食事と言うには豪華な。でも、パーティーと言うにはちょっと不十分と言うような食事。
でも、誰もが戦場でこれだけの物を用意することが容易ではないことを理解しているせいか、笑みを浮かべている。
心遣いと言うものはそう言ったこと一つ一つで伝わるものである。
「・・・分かった分かった。・・・それではとにかく、両国の平和を願って。乾杯」
チンッとガラスが重なる音。逸早く浩平が中身に口をつけるのは『毒等入っていないから安心して構わない』と言う意味。
勿論、誰もそんな心配等してはいないのだが、それはある意味当然の処置とも言える。
「殿下。そうした気遣いは要りません。我々は既に貴方達を信頼しておりますから」
「そうか?そう言ってくれるとこっちも気楽にいける。それじゃ、適当にやってくれるか?」
もはや文句を言う気力すら失った瑞佳が、黙って対面に座っている名雪、あゆの杯に飲み物を注ぐ。
「ん?どうしたのかな?・・・私の顔に何か付いてるの?」
ぼおっと見つめられるとちょっと恥ずかしいよ。と、瑞佳が笑い顔を向ける。
「瑞佳さん・・・で、宜しいでしょうか?・・・うちの娘達は貴方に憧れているみたいなんです。良かったら色々お話をしてあげていただけないでしょうか?」
うふふ。と小さく秋子が笑みを浮かべる。
「え?えっと、私が、ですか?」
「・・・だよもん星人に憧れる者が居るとは・・・世も末と言うのもわかるなぁ」
しみじみと酒を煽る浩平の顔が即座に木の机に叩きつけられる。
「お兄ちゃん!縁起でもない事言わないの!皆様、すみません。」
「・・・浩平はもう少し考えて発言をした方がいいですね。仮にも国の代表としてこの場に参加しているのですから」
茜の棘のある言葉に思わず息を詰まらせる浩平。
対面でそんな光景を眺めている帝国の男性陣は思う。
『帝国でも王国でも女性は強いのか』と
多分、これについては公国の代表も大きく頷く事であろう。
「立花さん?・・・それは・・・お酒でしょうか?」
末席で何をするでもなく杯を傾けている男性に秋子が興味を抱く。
全員、秋子の子供の世代の中であって、この人が一番年の近い男性・・・とは言っても、それでも十近く下ではあるが。
とにかく、そんな男性にふと話し掛けてみたい。と思えた。
「ああ、侯爵閣下。これは米から作る酒ですよ。慎一様が好まれておりまして、そのせいかたまに飲むようになりまして。」
特別美味しいと言うわけではないのですけどね。と言って朗らかに笑う。
「そう、ですか。」
会話が続かない。
そう言えば、この男性は最初っから自分の自己紹介の時以外一度も口を開いていない事を思い出す。
「貴方は・・・恨んでいるのでしょう?公国を滅ぼした私達を。公国から大輔さんや祐一さんを奪った私達を。」
相手は自分より一回り下。
それだけに、相手が何も言わなくても何となく言いたい事は分かる。
恨みつつも、恨みきれないと言う感じだろう、と秋子は思う。
「そう言われると・・・恨んでいないと言えば嘘になります。祐一様ががああ言った結果を望まれて、結果としてああなった 訳ですから貴女方に責はない、と言えば責はありません。しかし、別に手がないわけでもなかった。それなのに、 結局貴女方は祐一様や大輔様よりもあの皇帝の命令を選ばれた。」
その批判は甘んじて受けるべきだと秋子は思う。
「しかし、貴女は僕を殺さずに黙って捕らえた。恨みを返そうと思えば返せたはず。なのに、何故です?」
隣から有人が口を挟んでくる。
あの時、有人は自身の死を受け入れていた。
この人に討たれるのであればしょうがない、と。
「祐一様の御友人は殺せません。・・・不思議ですな。王国軍として出陣する時は仇討が私の心の大半を占めても居ましたが」
実際にその場になってしまうとどうしても出来ませんでした。と言ってもう一度杯を傾ける。
純粋な人だと秋子は思う。
だからこそ、祐一が、大輔が誰よりも信頼し、誰よりも傍に置いたのだと。
・・・・昔も、そして、今も。
一方で、その全く反対の側で一人で酒を煽っていた浩平もまた、突然の接近に思わず杯を止める。
「浩平さん・・・でいいんですよね?」
「・・・・あー・・・麒麟児か。何かようか?」
「いや、お願いですからその言い方止めてください。自分より明らかに強い相手にそう言われると皮肉にしか聞こえませんので」
照れるように頭を掻くとアンテナが二、三回と左右に揺れる。
「あー、分かった。が、苗字で呼ぶとお前の親父と区別つかないし・・それじゃぁ、・・・アンテナで」
対面で杯を傾けていた一弥が思わず中身を吹き出す。
「・・・潤です。アンテナは勘弁してください」
「何だ?ここは男同士の集まりか。俺も混ぜてくれよ」
ふと横を見ると瑞佳の周りに女性陣が集中しているように見える。
最も、茜と詩子と澪とみさきと雪見の五人の所に香里が混じっているのもまた見えるが。
しかし、物静かなその集団と比べて晴子、あゆ、名雪、観鈴と言ったお祭り人間が居る所の方が人が多く見えるのは当然のことと言える。
「ああ、白狼か。お前も何か用事か?」
う。と思わず往人も詰まる。
その言い方は余り好きではない。と、言うより自分を倒した相手に言われると馬鹿にされているように聞こえる。
「お兄ちゃん、失礼だよ。もう・・・」
明らかに馬鹿にしているように聞こえる。とみさおにも抗議を受けて浩平も悪い悪いと軽く頭を下げた。
「分かった分かった。・・・えっと、潤に往人。それでいいんだろう?・・・で、何だ?」
取り付くしまもない。
苦笑しながらみさおは対面の二人の男性の杯の中に飲み物を注いだ。
「ごめんなさい。お兄ちゃん、ちょっと・・・」
人をおちょくるのが好きだから。と言いかけて慌てて止まる。
『貴方達、おちょくられていますよ』とはちょっと言いにくかった。
「・・・いや、少し話をしてみたかっただけなんだが。祐一からアンタの話、色々聞いていたからな」
少し憮然として呟く往人に潤が同意する。
「相沢から何時も聞いていたんすよ。折原王太子は強いって。だから、話を聞いてみたいななんて思ってんですが・・・迷惑でしたかね」
「ああ、俺も祐一から良く聞いていたぞ?小さい頃からずっと美坂家の長女に憧れている北川潤と、勝てもしないのに祐一に 武器をかざして立ち向かい、一撃で馬から落とされた国崎往人。だろう?」
遠くで美坂香里が大声で叫びまわっているのを遠めに見つつ、もう一度杯を傾ける。
横で『お兄ちゃん!もうぅ・・・』と頬を膨らませている妹を温かく眺めながら。
「本当に、祐一兄さんに似てるんですね、浩平さん。」
そんな瞬間に対面から声をかけられて思わず目を見張る。
古傷を抉られた者、勝手に恋愛を暴露された者が悶絶する中で楽しげに笑っている一弥。
「祐一君はこんなめちゃくちゃじゃないですよぉ。」
そう言ってみさおもくすくす笑う。
(全く、水瀬侯爵に言われた時は腹も立ったが・・・確かにお似合いと言えなくもない、か。)
勿論、祐一が居なかったら、と言う前提での話ではあったが。
(でも、祐一は確かに存在しているから、な。)
だから、あくまでそれは『if』の話でしかないのだろう。
浩平は黙って杯を傾けながらそんなことを考えていた。
「えっー!、瑞佳さんって、特に先生なしで・・・独学で魔術を学んだんですか?」
既に瑞佳さん。と呼ぶようになっている名雪達。
自分の同世代で、水瀬秋子と並ぶまでの名声を得ている長森瑞佳と言う人物を彼女達は敵ながら尊敬していた。
当然、倉田佐祐理と言う人物も水瀬秋子や長森瑞佳と同格としてあったのだが、彼女の場合は彼女自身が『佐祐理は皇女と言う立場にあるから 言われているだけで、他のお二方に失礼ですよ』と謙遜している所もあり、名雪達も強く褒める事は出来なかった。
だから、この明るい年上の女性にはあっという間になついてしまう。
魔術を志す名雪、あゆ、観鈴からすれば当たり前のことだった。
「うん。私は小さい頃から浩平の近くに居る事が要求されていたから。だから、大輔様や祐一から文献だけ借りて勉強したんだよ」
平然と話される内容。
勿論、彼女自身、そして浩平自身も縁談は互いが望んでいるものであることから政略結婚とは思っていない。
でも、小さい頃から相手が決まっていると言うのはどんなものなんだろう?と彼女達は思ってしまう。
「あ、あの!瑞佳さんは一度見た魔術はどんなものでもすぐに使えるようになるって・・・」
一度瑞佳の魔術を見た者・・・誰が最初かは分からないけれど、言った言葉。
『長森瑞佳は天才』と。
「エクスプロージョンの禁術、やっぱり大輔さんが行使したのを見ただけで使えるように成っちゃったんですか?」
わくわくと目を輝かせて向けられる視線。
「う〜ん。・・・そう言うのはちょっと違うかな?勿論一度見て、それから学ぶことはとっても多いけど、自分で魔導書を読んで 学んだ物じゃないと怖くてとても実戦では使えないもん」
そう。表面だけを見ないで、彼女の内面までを知る者・・・例えば祐一等からすれば、長森瑞佳は天才と言うより努力家であると言うだろう。
勿論、才能も並外れたものをもっている。
でも、一番尊敬されるべきはその才能を只管磨こうとするその行為なのだ、と。
「それに、祐一が使ったメテオスマッシュやリィンカーネーションの術法なんて絶対使えないよ。」
「あー。あのとんでもない奴やな。オーディンの城を粉砕した。・・・当たり前や。あんなもん使える人間がおったら逆に怖くて堪らん」
「お母さんっ、そんな言い方は・・・祐一さんに失礼なんじゃないかな」
その言葉には瑞佳自身すら、気付かないうちに悲しげな瞳で睨んでいるほど。
「・・・・神尾さん、今の発言は訂正した方が良い。」
あっ。と思わず声を上げる晴子。
全く考えずに言った言葉が地雷を踏んでしまった事に今になって気付く。
「いや、ウチは別にそんなつもりで言うたんとちゃうで?・・・・ああ、もう。・・・スマン」
別に晴子は祐一を恐れているわけではない。
彼女自身が、祐一がどれだけの力を持ったとしてもそれによって誰かの平和が脅かされる事はない、と思っている。
でも、力。と言う物自体は恐ろしい。
仮に、あれだけの力を操れる者が、彼のように誠実で真っ直ぐな人でなかったら?と考えてしまうからこその発言。
上手くいえない。と言うように黙って頭を下げる晴子を責める者はいなかった。
「まぁ、とにかく、長森さんは凄いもんだ。私も独学で医療術の勉強はしたものだが、とても大成出来るほどではなかったからな。」
唯、そのおかげで妹を救えた事だけは自慢出来ることだったけれど。
「そんな・・・私には大輔様や祐一みたいな最高のお手本が居てくれましたから。」
私は幸福なんてすよ。と小さく笑う瑞佳。
「可愛い義妹も出来ましたし、浩平も根は悪い人じゃないですから。・・・・・多分」
幸せなんです。と心の底から笑う瑞佳。
それが、偽りの笑顔でないことは、誰の目にも明らかだった。