第一四話








祐一達が到着してから数日。

王国軍は自ら戦場を設定した利点を生かし、堅固な防御陣を築くとともにやがて来たる帝国軍に対しての方策を繰り返す会議の中で積み上げてゆく。

遂に「帝国軍現る」の報が本陣にもたらされると、戦場に一触即発の気運が高まる。

漲る緊張感にいたたまれなくなったのか、慌てて佳乃やみさおといった面々が祐一のもとへと駆け込むと後に続くように佐祐理や美汐までもが現れ、陣幕の中にあっという間に数日前と同じ状況に。

その自分の陣幕を仕方なく一人離れ、別の陣幕に間借りした祐一。

そして太陽と共に朝がやって来た。







そして当然のように夜が明ける。

東から日が昇ってくることを、祐一はこの丘の上から良く見ることが出来た。

「祐一君、早いんですね」

おはよぉーとテテテと駆けて来る佳乃にみさお。

「佐祐理さんは朝食の支度をしてるんだよぉ。」

にっこり笑って腕を取る佳乃。

うん。と小さく頷いて・・・緩やかに振り返る。







自分は緊張しているのだろうか?と思う。

今までは絶対的な保険があったからこその自信。

万が一のときには自分の力で。と言う。

今はそれがない。それどころか、今の祐一には何の力もない。

勿論、戦の展開はある程度読めてはいる、が、それが覆らないと言う保障も又ないのである。

そうなった時、今の祐一の立場は唯、少し剣が使える男が北方軍の司令官の傍に居る。その程度でしかなかった。

今回、彼は初めて自分の力ではどうしようもない戦場に赴くことになる。

それは・・・・・それは、いくら望んだことだったとは言えやっぱり不安にさせることだったのだろう。







「祐一君でも緊張しちゃうんですね。やっぱり」

軽く手を握られて、思わず振り返る。

佳乃に、みさお。

「佳乃りんもあんまり寝れなかったんだよぉ」

「くすっ。佳乃ちゃんは一番最初に寝ちゃってましたよ?」

二人の掛け合いに思わず祐一が笑みを浮かべる。

「・・・たくさんの人が死ぬんだよな。これから」

王国の軍を眺め、帝国の軍を眺める。

併せれば二十五万近い人数。死者はおそらく先の大戦を上回るだろうか。

「そう、ですね。」

あちらもこちらも同じ『人』。唯、掲げている旗が違うだけで。

それが全員で殺し合いを始める。悪夢としか言いようのない状況・・・・。

でも、それが戦場。それは分かってはいるのだけれど・・・・・。

「・・・・・もしかして、俺は間違えたのかもしれないな。あの皇帝を殺すチャンスなんていくらでもあった・・・」

祐一の呟くような言葉に小さく首を振って、みさおが祐一の口を塞ぐ。

皇帝を殺す。祐一にとっては主家に当たる者を。

それは、いけない。と思う。

だって、それは・・・・

「そんなやり方は帝国の皇帝と同じです。だから、私はこれで良いんだと思っています。」

都合の悪い者をこっそりと始末する。そんなやり方は公国に、彼に相応しくないと思う。

おそらく、この戦場に居る祐一の知人は皆そう言うだろう。

祐一も『ね?』と微笑みかけられて・・・小さく頷いた。

祐一とて、散々悩んだ結果こんな形を取った。そんなことは分かっている。唯、これから起こることを考えるとどうしても考えてしまうときがある。

「祐一君にも佳乃りんのしゅぎょーの成果を見せるんだよぉ。」

「・・・・無理に張り切るなよ?佳乃の出番は無い方がいいんだからな?」

実際に佳乃や美汐、佐祐理さんが戦闘をしなければいけない状況があるとしたら、おそらく敗戦だろう、と思う。

最悪でも自分の所で何とか止める。それが最低条件。

最も、万が一の為に白騎士が伏せてあると聞いている。まぁ、最悪でもこの連中の命に関わる状況にはなるまい、と一つだけ安堵。

「むぅ〜。」

「それよりも、しっかりみさおや美汐、佐祐理さんから離れないようにしろよ?破ったら食事抜きな」

極悪だよぉと不平を言う佳乃の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「さて、と。それじゃぁそろそろ佐祐理さんの所に行くかな。腹が減っては戦は出来ぬって言うし。」

うん。と勢い良く頷いた佳乃が右腕にしがみついて来る。

ちょっとみさおの顔は強張っているけれど・・・

とりあえず振り払う事も無いか。と黙って祐一は歩き出した。







「さて、それじゃぁ行くぞ」

おそらく、この戦場において一番最初に動いた軍隊は、この北方における二千人程度の騎馬部隊。

軍勢を率いているのは北川潤。

指揮官の掛け声に緩やかに続いて行く兵士の群れ。

そして、その軍勢に続く形で久瀬有人の五千も動く。

その動きは、やがて帝国軍北軍、本隊の五万をも動かし・・・その流れが戦場全体に波及して行く。

現状で、北方面の戦場は帝国軍が五万七千、王国軍が二万千。

数の上では帝国軍が圧倒的有利といえるものの、その軍勢の大半が訓練すら行っていない民兵の集まりであることを考えれば戦力は 相手の兵が7掛け程度くらいだろうか?と祐一は考えている。

最も、その計算においても倍近くいるわけだから楽観等出来ようはずも無いのだが。

唯、地形的にはこちらの方が高いところに居る分有利と言える。あとは、戦場における駆け引きしだい。

有利な地形を手に入れられたことは里村茜の素早い行動によって得ることの出来たアドバンテージであると言えた。

そんな中であっては不平を言ってもしょうがない。他の二つの戦場においても似たような状態を耐えなければいけない状態なのだから。

「三子・・・・下手したら四子あったかもしれないかな?」

遠目にも北川、久瀬の両部隊の動きが良いことは見て取れる。

やれやれ。とため息を吐いて、祐一は黙って身を翻した。

今更そんなことを考えてもしょうがない。

ならば、自分は今自分の出来る最善を尽くそう・・・・と。

背中に刺した大刀。背中にくくりつけている弩。

飛刀も四,五本。それが武器の全て。

それらの武器を確認して、顔を覆面で隠す。

兜を被って軽鎧を付けた。

それで、戦支度は終了。

「さて、それでは行こうかな」

ゆっくりと本陣に歩みを進める。

今回は出来るだけ皆の傍に居ようと思っていた。

きっと、今回の戦場は誰の心にも影を落としているのだろうから。







「あ、祐一さんっ!」

近寄ってくる祐一に佐祐理が声を掛ける。

流石に佐祐理も緊張した顔をしているのを見て、思わず顔が綻んだ。

「佐祐理さん。今回は一緒に、ですね。」

軽く手を上げると、ゆっくりと近づいていく祐一。

真ん中にいるみさお。それを囲むように佐祐理が、佳乃が、美汐が居る。

澪は既に出陣したのだろうか?彼女の率いている五千の兵はみさおを守る砦となっている。

また、本陣に詰めている千程度の兵士。これはみさおの護衛兵。常に本陣に詰める事になる言わば旗本と言った所か。

最も、この部隊の練度はお世辞にも高くない。強力な部隊は全て前線につぎ込んでしまっているから。

また、それとは別に千程度の救護、補給部隊。

そして、本隊が立花将軍の一万五千。

実質的には、この一万五千だけで相手の五万近くを相手にすることになるのだろうけれど、彼なら問題なくこなせるだろうと思っている。

「落ち着いた方がいいと思うぞ?これから長い戦が始まるんだからな」

戦が始まる前の方が緊張していたな。と思う。実際始まってしまえば心が澄み通ったような落ち着きが生まれていた。

(武人ってのは救いがたい人種だな。全く)

わくわく。と言うと語弊があるかもしれない。けれど、それに近いような感覚だろうか?

そんな感じを受けながら黙って周囲を見渡す。

「本陣に旗は掲げたのか?どうにも見えないんだが」

が、本来目に映るはずのものはきょろきょろと見渡してもどうにも見つからない。

あちらこちらに王国の剣と盾の旗は立っているけれど・・・・本陣にはそれがなかった。

「祐一君、これ・・・」

そして、みさおからおずおずと差し出された・・・・・丁寧に折り畳まれた布。大きな・・・大きな布。

広げてみると、何よりも見覚えのある・・・そんな。

「槍と、盾、か。」

それは、公国の旗。

その中でも、公国の公爵旗を表している、一番大きな物である。

「祐一君にお預けしてもいいでしょうか?これは、祐一君が持つに相応しい物・・・ううん。祐一君以外に持ってはいけない物だから。」

一瞬だけ目を瞑って、次に目を開いたときには黙って笑顔を浮かべる。

覆面で目以外の部分は見えないけれど、それでも彼が笑顔を浮かべていることが理解出来た。

「あれ?その槍は・・・」

そして、佐祐理の持っている槍に目を向ける。

間違いなく、自分が昔使っていた槍。

「祐一さんの槍、佐祐理がお借りしても良いでしょうか?」

皆懐かしく見えてしまうな。と。

軍隊は違うのに、それでも同じ旗がある。同じ槍がある。

そして、仲間も又、居る。

「勿論。佐祐理さんが使ってくれるんならその槍も喜ぶんじゃないかな」

その答えに、祐一以外の誰もが一斉に笑う。

この槍を持つとき、みさおは『祐一君も佐祐理さんが持ってくれるなら槍も喜ぶ』って言うと思いますよ。と言っていたのを思い出して。

「祐一様、私は祐一様のお傍でもしもの際は遊撃を勤めさせていただこうと思っております。」

美汐が丁寧に頭を下げて近寄ってくる。

「何卒、ご指導ご鞭撻の程」

宜しくお願いします。と深く深く頭を下げる様は年下には見えない。

「ああ、こちらこそ、な。」

そう言いながらも取りあえずはみさおの横の床几に腰掛ける。

結局のところ、戦況が動かない限り彼等の出番等ないのであるから。







「よし。それじゃぁ、俺達も動くぞ?七瀬。」

そして、南方。

浩平達にも、北方における両軍の動きは見て取れている。

浩平が抱えている部隊は三千。これは、全て騎馬部隊であり、本来なら浩平直属の騎馬軍団八千の中核を成している者たちである。

それと、七瀬留美が残りの五千。それに、深山雪見の本隊・・・歩兵隊の一万九千に長森瑞佳の魔導部隊千二百。

それに対するのが、国崎往人を総大将とする三万の精鋭軍団。

国崎往人本人が大将を勤める騎馬軍団が一万。それに、神尾晴子、霧島聖が歩兵部隊を一万。そして、神尾観鈴、水瀬あゆの魔導部隊が併せて八百。

「分かってるわね?アンタ、相手の『白狼』に遅れをとったら容赦しないわよ!覚えておきなさい」

騎馬軍団同士がぶつかり合いになると言うことはそういうことだ。

当然、前に立ちふさがるのは祐一に、大輔に薫陶を受けた国崎往人という事になる。

「分かってるさ。そん時は殴るでも蹴るでも好きなようにしてくれてかまわねぇぞ。」

そう言いながらすらりと刀を抜き放つ。

『永遠』の銘を与えられた王国の神剣。

相手が公国の宝刀『雪花』であるのだから、これ以外に太刀打ち出来る刀は少なくとも王国には存在していない。

「相手が麒麟児だろうと白狼だろうと俺は負けるわけにはいかないんでな。」

目がギラギラと光っている事に留美が思わず一歩後ずさる。

体中から滲み出ている殺気をマトモに浴びる事が出来なかった。

誰にも負けない。その気迫が、殺気が。今までの戦場における彼とは全く異なっていた。

「お前ら!祐一や大輔さん、多くの英雄騎士達の敵討ちだ。万が一にも裏切り者の国崎なんぞに少しでも遅れをとったとしたら・・・あの二方や他の 皆に対する侮辱だと理解するからな!」

軍勢全体からの返答が雄叫びのように響き渡ってくる。

「良し!全軍、突撃っ!」

横に走って、軍勢の前を一度横断。

剣を掲げながら走り続ける浩平の姿は味方の全てに勇気を与える。

そして、端から端まで通り過ぎると・・・

一転して前方へと馬首を返す。

あちらこちらから鬨の声が上がり、馬が地を揺らす。

横を駆ける留美に『遅れるなよ?』と悪戯っぽく言って笑う。

後方からは瑞佳の魔導部隊が、雪見の本隊が続いてもくる。

そして前方からも相手が対抗するかのように。

これが、ある意味で折原浩平が世界にその名を轟かせる最初の戦であった。







「さて、と。あちらさんも動き出してくれたようだ。・・・どうやら、折原王太子とやらも間に合ったみたいだな」

遠目にも先頭で輝いている男の姿が見える。

往人は、今は亡き自分の親友・・・と、思っている男が兄弟のような者だと言っていた男と戦ってみたかった。

それだけに、居ないと聞かされたときはがっかりもしたのだが・・・

「良い敵、か。そんなことを考えるようになるとはなぁ」

最初は、唯周りに居る連中を助けてやりたい。と思って始めた戦が随分大きくなった物だ。と思う。

「居候、どうやらあちらさんはアンタの騎馬軍団とのぶつかり合いを求めているようや。答えてやるんか?」

ニィッと笑う晴子。

「往人さんっ。」

心配するように騎乗の往人を上目遣いに不安そうに眺める観鈴。

「国崎君、行ってきたらどうだ?どちらにしても、君の騎馬軍団以外ではアレは止めれそうにないしな」

そして、聖。

三人に一度ずつ視線を向け、改めて目の前の敵を眺める。

その肉薄してくる騎馬軍団のプレッシャーはとてつもないもので・・・今までに出会った事も無いくらいに。

「そう、だな。どうやら俺はそっちの方が向いているらしい。」

(やれやれ、祐一にバレたらまた怒られちまうかな)

要の指揮官は前線に出てはいけない。と何時も薫陶を垂れながら自分は最前線で戦っていた大馬鹿者。

尊敬もするし、感謝もしている。でも、死んだ事は許せない。・・・ついでに、自分に多大な責任を負わせたことも。

「さて、と。それじゃぁ俺は出る。後のことは任せたぞ?」

ああ。と副官二人が頷く。

観鈴が『頑張って』と言うようにピースを送ってくる。

あゆが不器用に笑っているのも見えた。

「・・・こっちも行くぞ!遅れを取るなよ?」

往人もまた、『雪花』を鞘から抜く。

祐一の、大輔の命を吸い取った刀。

そして、公国からの信頼の証でもあった。

馬の腹を蹴るだけで、前方に向かって思いっきり駆けてくれる。

今の往人は、昔白騎士団相手にぼろ負けした時よりはるかに馬術のレベルが上がっている。

その往人が剣を構えて、敵軍に向かって真一文字に。

前からは折原王太子・・・折原浩平が駆けて来る。

そして、『雪花』と『永遠』が勢い良くぶつかり合う音。

戦場に轟く甲高い鉄と鉄のぶつかり合う音。

それが、この戦の開始を告げる合図・・・・。







「「始まりましたね」」

喧騒を聞いて、別々の場所で全く同じことを呟く者が居る。

一人は王国の本陣に、一人は帝国の本陣に。

「秋子さん、名雪さんと香里さんにも出陣の要請を出してください。こちらも進行を開始します」

その呟いた人に対して、帝国軍総司令官・・・倉田一弥皇太子が告げる。

「分かりました。・・・伝令!」

声を受けた少し大きな声で呼ぶ。それだけで、数人がすっと二人の前に進み出てきていた。

そして、一弥が秋子に目配せを一つ。小さく頷いた秋子がゆっくりと視線を伝令に向ける。

「水瀬、美坂の両隊に伝令を。『敵軍を粉砕してきてください』と」

これまた過激なことを。と一弥が軽く苦笑する。

中央は五分で十分だって言ってたのに。と。

一方で、王国の本陣においてもそれは同じ。

「詩子に前進するように伝令を。私達も戦を開始します。」

了解。と言うように言葉を受けた者が馬に乗って走り去っていく。

「私達も、後詰として行動を開始します。後陣の川名将軍にも戦備えをお願いする旨を伝えて置いてください」

その言葉に、また別の者が駆けて行く。

「それでは、・・・前進」

周囲に居たもの達が敬礼を一つして行動に移る。

「「(水瀬侯爵)(里村将軍)。私は負けませんよ?」」

水色の、栗色の編んだ髪が同時に風に靡く。

両者が、互いの方向を見据えていた。







「やれやれ、何はともあれ、始まったみたいだな。」

南軍、本陣の中で少し伸びをすると小さく周囲の人々に笑いかける。

「はい。皆無事で帰ってきてくれるといいんだけど・・・」

無理だと理解しつつもそう思ってしまう。

戦とは、そう言うものなんだから。

そして、その心配は両軍に知り合いの居る佐祐理や佳乃にとっては二倍。

「・・・・こんな所に座ってると、ついつい前線に赴きたくなってくるな。気をつけないと」

気を紛らわせよう、と。軽口を一つ。

最も、そんな感情も少なからず存在しているのは事実ではあるのだが・・・。

「あははー。駄目ですよ?祐一さんがそんな所に言ったら前線の皆さんが心配しちゃうんですから。」

そりゃそうですね。と小さく笑う。

おそらく、澪さんや立花さんに余計な心配をかけるだけのことになってしまう。

だから、今はここでゆったりと休む。

何故なら、自分の出番が来るであろうことを彼は確信していたから。

この戦の流れにおいてそれはおそらく避けられない展開であろう、とも。







「北川公子の軍は動かず、か。厄介な・・・」

勇が1,2キロ離れたところで停止している北川潤の騎馬部隊を見て思わず舌打ちをする。

予想通りとはいえ、動いてくれない限りはそちらに対する備えを常に用意していなくてはいけない。

つまり、停止していることそれ自体が攻撃をかけるのと同様、下手したらそれ以上に効力を発揮していた。

勿論、気を抜いたら即座に突撃をかけてくる気である事も理解出来ている。

かといってこちらから仕掛けるには無理がある、そんな距離。

無理に攻めようとすると正面に対する警戒が薄れて、逆に窮地に立たされるであろうから。

それだけに、何も出来ない。

「それに、久瀬公子も中々・・・。先の大戦の時は居なかったが・・・」

この二部隊とは、先の小戦の時にも渡り合っている。

年の割には慎重な戦をする久瀬公子と、隙を見逃してくれない北川公子。

特に、久瀬公子の戦には年の若さを感じさせない老獪なところがあると思っている。

当然、先の戦においてクレスタのような要地の守りを任された将。おそらく、相手側の若手将官の中で最高の実力の持ち主であると評価されてのことだろう。

その五千人程度の小勢が後ろの石橋将軍の大軍と上手く連携を取ってくれる。

こちらも攻撃を再三再四かけてはいるものの、上手く防がれているのが現状と言ったところだろうか?

「・・・本当に、祐一様の予想は良くお当たりになる。」

こうした戦の為に備えをしておいたのだから、悪い展開ではないのだろう。

「あと、は・・・折原王太子殿下しだい、ですかね」

ふぅ。と一つ息を吐くと自らも槍を構えて馬腹を蹴り上げる。

裂帛の気合と共に突き出された魔力を帯びているのであろう、淡い光を帯びた槍が相手の騎馬武者の頭を兜ごと突き刺す。

獲物を突き刺したまま、槍クルリと回して獲物地面に放り投げると、その凄惨な光景に相手側の兵が一歩後ずさる。

この瞬間は彼等のような勇者に与えられた時間。

彼は、次の獲物を求めてもう一度馬を蹴った。







「やれやれ。流石にいくら倍以上の兵力を抱えていると言っても・・・楽はさせてもらえないか」

そんな光景を苦々しげに見つめるのは久瀬有人。

「戦場の勇者と言う奴か。王国もまだあんな者まで抱えているとはね。」

数十騎の騎馬武者によって五千の兵が動揺させられている現状。

立ち向かっていくこちら側の騎馬武者が次々と槍玉に挙げられている状況に思わず舌を噛む。

自分達は五万の軍の先鋒。ここが崩されては味方の本隊にも影響があるだろう。

「弓隊!あの騎馬武者の集団を狙え!これ以上好き勝手に動かれるな!」

どうやら、その中の一騎はあの前線にいながら王国軍の指揮を取っているように見える。

つまりは、あの男さえ落としてしまえば勝ちだろう。と即座に判断し、実行に移す。

「要の指揮官は前線に出るべきではない。と何時も言っているんだが、ね。」

軽く苦笑せざるを得ない。

どうにも、彼の周りは北川潤と言い、国崎往人と言いそんな連中ばっかり揃っている。

そして、今は亡き相沢祐一も。

そんな事を考えている間にやがて、弓兵が五十人、百人と揃って来た。

狙うべき対象は標的の大きな騎馬武者。

一斉に放たれた矢によって、そのうちの数騎が馬から転落して行く。

また数騎は馬を射られて馬上から振り落とされていく。

が、その中にあって槍の一振りで矢を切り払った敵軍の大将と思われる男は未だに健在。

最も、その矢の斉射を受けて苦笑したのか、こちらに一瞥を加えた後、緩やかに後方に下がっていくのを見るとちょっと反省したのだろうか?とも思う。

「とにかく、耐えるしかない、か。相手が疲れてくれるまでは・・・ね。」

後列では、北川禁軍将軍が七,八千の兵を率いて敵の側面をつこうと動き出しても居るが、相手の後方の五千程度の部隊に動きを止められている。

旗印から見て、上月将軍だろう。

彼女のような高名な第一線級の指揮官が第二陣に甘んじている現状。それだけで、有人には相手の将軍がそれだけ信頼を受けている者であろうことが理解出来ていた。

と、同時に自分に課せられた責任の重さも。

(折原王太子と里村将軍が居ない方面なら楽かな?とは思ったんだが、ね)

自分の見通しの甘さに思わず苦笑を隠せなかった。







一方、その側面で北川将軍の軍勢を一手に引き受けた澪。

澪の役目は元より味方軍本隊の援護と本陣の防衛が主であり、その行動は彼女に基本的には一任されている。

だから、彼女は相手軍が動き出すや否や、その行動を阻害する形で軍勢を動かしていた。

真っ向から敵軍にぶつかった五千の兵士。

しかし、この軍の練度は元よりそこまで高くは無い。

何しろ、みさおが北方軍の守りを任されると同時に集められた兵士。訓練は施している物の、相手軍よりおそらく練度において劣っているだろう。と言う程度にすぎない。

勿論、北川将軍の軍勢と戦えないほどではない。とは言え、軍勢の絶対量が少ない状況で下手に消耗させてはいけない。と即座に理解していた。

だから、澪はその軍勢で力戦を挑もうとはせず、緩やかに引きながら受け止める形を取る。

画用紙に書かれていく指示を副官がテキパキと将官に伝え続けている。

(手強いの・・・)

相手は禁軍最高の将軍と祐一が教えてくれていた。

戦を見るとなるほど。と思う。

(留美さんにちょっと似てるの。)

でも、もう少し繊細なの。・・・と。

そう思いながらも、留美の指揮する軍勢の破壊力の凄まじさは理解している。

でも、もう少し引くことも覚えないと、危ない事になってしまうと言う留美に対する思念は持っているけれど。

相手は、破壊力そのものはその留美ほどではないとは言え、酸いも甘いも噛み分けた、それでもなぜか猛将と言うような、そんなイメージ。

(そろそろ来るの)

横を眺めると、味方軍本隊の中から三千人程度の支隊が相手の横腹を突こうとしていた。

流石なの。と思わず感嘆の息を一つ。

このタイミングでもう向けられると言う事は、自分の狙いも、相手の狙いも即座に読みきったと言う事。

倍以上の兵を受け止めつつ、このように戦場全体を見渡せる力はまだ自分にないもの。

学ぶことはまだまだたくさんある。みさおちゃんの祐一さんの役に立つ為に。二人の傍に居る為に。

・・・・・・・・・二人に恩を十分の、百分の一でも返す為に

そんなことを思って本隊の指揮官に感心の念を。と、同時に澪も全軍に攻撃を命じた。

挟撃を受ける事となった敵軍も、むやみに相手をすることなく緩やかに引き上げる。

相手からしても、これ以上留まれば留まるだけ自軍の損害ばかり大きくなるであろうことが理解出来ていた。

未だ、北方の戦況は互角のまま。







そして、一方で南方戦線。

戦端を最初に開いたこの地では、おそらく全戦場の中で最も激しい戦場となっていた。

最初に一太刀同士交し合った互いの大将は、その後軍勢の中で刀を振るっている。

騎馬軍同士の乱戦には、歩兵部隊は踏み入れる事が出来ない。

矢を放っては自軍に損害を与える恐れがあり、下手に踏み込むと馬に蹴り殺されるだけ。

この場は、騎馬軍団同士の聖地となっていた。

浩平が、横に居た兵士を一刀で切り捨てる。

既に、彼が討ち取った人数は両手に余る。

それでいて、全く曇りを見せないのは流石は王国の宝剣と言ったところだろう。

「調子良いみたいじゃない。」

真っ赤な鎧を着ながら近寄ってくる留美にお前もな。と小さく声を掛ける。

留美の鎧が赤いのは、それだけ相手の血を浴びているから。

この二人の前に出る者は即ち殺される。

が、それは相手にとっても同じである。

浩平の横に居た部下が一人、突如飛び掛ってきた獣に馬から引き摺り下ろされる。

騎馬軍同士の戦場、馬から落ちた者に命はない。

「・・・・・氷の狼。国崎の白狼か」

暴れ回る数体の氷狼。

普通の武器では傷を与える事すら出来ないその獣によって部下が一人、また一人と馬から引き摺り下ろされていく。

おそらく、その氷狼による被害は自分の武勲より多いだろう。元々、両家に伝わる秘術の違いなのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

だからこそ、最初に一撃を交し合った後浩平はずっと国崎往人の姿を探し回っていたのだが、ようやく出会えたらしい。

ニッと笑って自分に飛び掛ってくる氷狼を切り捨てる。

昇華して行く魔力。

「七瀬、一旦指揮権はお前に預けた!」

向こうで刀を向けている男は間違いなく自分を誘っている。

「大将は大将同士で、な。」

分かったわよ。と苦笑する留美に背を向けて駆け出す。

「「そいつに手を出すな!一騎打ちの邪魔をする奴は敵だろうと味方だろうと切り殺すぞ!」」

両者の声が大きく戦場に響き渡り・・・

そして、両者の間に道が開かれる。







「「お前が」」

思わず互いの目を見て立ち止まってしまう。

二人ともが本能で感じ取っているこれは武人としての研ぎ澄まされた感覚ゆえなのだろう。

「国崎往人だろう?」

「折原浩平か」

最初っから分かっているけれどもあえて尋ね、両者が互いに笑みを交し合う。

最初に切り結んだとき浩平には、往人にはすぐに分かった。

『こいつを俺が倒さない限り、勝ちはない』・・・・ということを。

「それなら、やり合おうか。公国の仇は俺の手で、な」

浩平が底冷えのするような冷たい笑みを浮かべて剣を相手の方に向ける。

そして、そのまま数秒。互いに一歩、馬から下りる。

戦場に出来た空白の空間。

騎馬軍の戦場の中に出来た一箇所だけの歩兵の二人による戦場。

戦の最中だと言うのに、周囲に居る者は武器を振るう事も忘れてその戦いに見入る。

誰もが、この一騎打ちの結果が戦の趨勢に大きく影響するであろうことが分かっていた。







「浩平?」

そして、遠めにも瑞佳にはそれが見えている。

騎馬軍団の戦は段々と元の戦場から離れ出していた。

おかげで、互いの歩兵大隊・・・本隊同士が真向かいに向き合っている。

そして、それは瑞佳の、そして、他の南方軍全員の戦場の始まりを意味している。

だから、浩平の方向を見つつも、彼女はそれにとらわれている訳には行かない。

「頑張ってね、浩平。」

彼は、折原浩平は誰にも負けない。

瑞佳は、それを信じている。

人の身でありながら、最も神に近づいた男。そう亡き相沢大輔は評していた。

そんな浩平が、人を相手に一騎打ちで遅れをとるはずがない。

だから、瑞佳は安心して自分の戦場へと赴ける。

相手は先の戦でもぶつかり合った水瀬魔導兵団、スノウ。そして、昔一度だけ自分が魔術を教えた事もある神尾観鈴の魔導部隊。

でも、人数において有利な状況で、彼女は負けると言う言葉を念頭に置いていない。

「この前の戦の時みたいな手加減はなしだよ?水瀬あゆさん。」

そう歌うように呟くと目を閉じて・・・・

と、同時にそれを合図と理解した他の魔導兵全員が詠唱を開始。

今までの矢の斉射で相手を崩したところに槍衾で突きかかると言う歩兵同士の戦。

しかし、その常識はこの両軍には通用しなかった。







「観鈴ちゃん、来るよ!」

そして、その魔力の集まりは対面のあゆ、観鈴にも感知出来る。

敵軍の正面に立ち並んだ一隊。

横に整列した部隊が一斉に詠唱を開始するだけでこちらの軍勢がざわめく。

こくっ。と頷きながら観鈴が前方に視線を向けて・・・・・ちょっとだけ恐れる。

あっちに居るのは長森瑞佳さん。

観鈴にとっては自分に魔術を教えてくれた優しいお姉さん。

その時に見せてもらった色々な技術。その時には理解出来なかったけれど、成長した今になると彼女の実力のほどが理解出来ていた。

そして、祐一さんのお友達。

あゆにとっては、長森瑞佳と言ったら自分の尊敬する母親や、大切な友人だった倉田佐祐理さんと並ぶ世界三大魔導士の一人。

どちらにしても、大変な相手と言うことは理解出来ていた。

「観鈴、うちらも弓隊で援護するで。気楽にいきぃ。」

号令を受けた弓隊がこちらの前線に配置される。

と、同時に思わずあゆが『駄目!』と叫ぶ。

え?と振り返る晴子、観鈴。

この二人は今まで戦場において大規模な魔導部隊の戦を見た事が無いのだろう。

伝えておかなかった自分のミス。

少なくとも、スノウを率いて戦場を駆け巡ったことのあるあゆの方がまだ理解出来ている。

その、魔導部隊同士の戦いと言う物を。

だから、これは前もって伝えておかなかったあゆのミスなのだろう。

しかし、既に時は遅く・・・

遠くから『撃て!』と言う声が風に乗って聞こえてきていた。

魔導部隊と弓隊が前線に飽和した一瞬の空白をめがけて。







「まだ慣れていないのかな。魔導部隊同士の戦闘には」

しょうがないんだけどね。と苦笑しつつも哀れそうに相手陣を見やる。

――――魔導部隊の前に立てるのは魔導部隊だけ――――

その、魔導部隊を相手にする時に一番考えなければいけない格言を。

勿論、弓兵による攻撃で相手の魔導部隊の邪魔をし、肉弾戦に持ち込むと言うのは有効な手段ではあるし、祐一が得意として いる戦法ではあるが、それはもう少し互いが肉薄した状態でなければ意味は無い。

それに、その戦法を使えたのは後にも先にも彼くらいのものだろう。

何しろ、タイミングが数秒遅れるだけで、もしくは数秒速くても部隊は壊滅的な打撃を受けかねないのだから。

相手はきっと、水瀬のスノウとの戦における祐一の用兵を真似しようとしたのだろうけれど・・・・・

「生兵法は怪我のもと、だよ」

簡単に見えるだろう。実際彼は簡単にやってしまうのだから。

でも、それを普通の人が為そうとした場合・・・・・そのタイミングの難しさは言葉では表せないほど。

案の定、相手の部隊は突然後ろから現れた弓兵に対して魔術障壁を張ろうとして、今まで作られていた壁が一瞬消えてしまう。

『撃て!』の合図を受けた兵士達が一斉に打ち出した炎の塊。

それが、魔導兵と弓兵の飽和した集団へと飛び込んでいく。

と、同時に相手の前線に穴が空きだす。

「それじゃぁ、私も行くよ。」

うん。と一つ頷いて・・・手の中に大きな炎の球が出来上がる。

「ん。」

それを目を閉じて体から切り離す。

ふよふよ。とゆったりとした速度で、人が走る程度の速さで敵軍へと吸い込まれていく炎の球を。

亡き尊敬する人が先の大戦で使った秘術。

崖を一撃で崩壊させた、禁術と言われる中でも最高級の威力を誇る術法を。







それを見た帝国側の兵士が思わず一つ苦笑する。

彼等には、それが魔術を失敗したのが緩やかに飛んでくるように見えたのだろう。

そんな中で、あゆが、観鈴が慌てて魔術の構成を開始。

「それに近づいたら駄目!」

そして、大きな声で警告を一つ。

「観鈴ちゃん、私達で何とか受け止め・・・ううん、少しでも威力を緩和しないと。」

あゆの真剣な声に観鈴もまた真剣な顔で頷く。

彼女達にはあれが何かあっという間に理解出来た。

故相沢大輔が得意とした、禁術。

先の戦では一撃で崖を崩した程の威力を誇る・・・

エクスプロージョンの禁術。

前方では、相手軍からの魔術攻撃で混乱しつつも多少状況を回復させつつある。

その中にふよふよと飛んでくる炎の塊。

その球に、一人の兵が、思わず槍を伸ばす。

槍でかき消してやろうと思ったのだろう。

しかし、槍が炎の球に触れた瞬間・・・

槍を持った男が一瞬のうちに槍ごと黒こげとなる。

小さな太陽とも言えるほどの高温を孕んだ炎球。

それを見て、ようやく混乱から立ち直った軍勢がもう一度混乱に陥る。

そして、その球はその後暫く漂った後、一気にそのエネルギーを周囲に向かって解放させた。

戦場全体に響き渡るような音に、思わず秋子が、遠く離れた有人や潤までもがそちらの方角を向いてしまうほどの大音量。

それは、あゆが、観鈴が必死に食い止め、尚一瞬にして7,8人の命を奪い、その倍ほどの人数を先頭不能に陥らせるほど。

そして、兵の動揺によって崩れた前線に相手の軍勢が槍を構えて突き進んでくる。

雪見には瑞佳がしていることが見えている。だから、魔術を打ち出すと同時に軍勢を前に進めていた。

万を超える王国軍の本隊。放たれた矢によってそのうち何十人かは倒れるものの、勢い自体は止められない。

あゆが、観鈴達が慌てて作り出した炎の球を打ち込んでもまた数十人を倒れさせるだけに留まる。

数瞬の間を置いて、混乱した前線に大きな衝撃が走った。









後書き

ちょっと自分でも混乱して来たので設定の補足を入れて起きます。

おそらく、今までの文中と矛盾がありまくるでしょうけれど、目を瞑ってあげてください(マテ



と、言うわけでちょっと祐一達の家系等の整理を。



先ず、祐一の父親は祖父からの直径筋(当然ですが)

母親は水瀬侯爵家の長女(秋子さんの姉)を嫁入りさせている。

ちなみに、大輔さん(相沢大輔)は祐一の祖父(相沢慎一)の妹の子供。一門ではありますが直系ではありません。

祐一からすると大叔母の子供・・・えっと、なんて言うんでしょうか?分からないので叔父さんで固定しておきます(ヲイ。



次に浩平の方ですが、浩平の父親は当然直径筋。母親は貴族の小坂家からの嫁入り。

由起子さんは浩平の母親の妹で、小坂家の当主。

夫を迎える話もなかったわけではないものの、義兄夫婦が亡くなって以来混乱を招かないように自制。生涯独身を決意。

と、同時に周囲から請われて若い子供を二人残しただけで亡くなった国の後継者に推薦される。

そこで起こった国内での内乱の鎮圧には公国の手も借りているので、公国への感謝は強い。

あと、折原に姓を改めていないのは代王であることを自認しているから。

。 ちなみに、王国は男系の国家ではあるものの、女性が王になることは認められている。

唯、その子供が後を継ぐことはよほどの特例がない限り(夫が主家の者である、等)認められては居ない。



ついでに貴族としての位について・・・・ですが。

先ず、王国。

瑞佳の所は由起子の小坂家と並んで二大名門の一つ。

茜や澪等は貴族と言っても末席も末席。茜の家(里村家)は娘の軍部における立場上昇に連れて一応位は上がっている。

澪の方は・・・・・ネタバレになるので後ほど。

そして、帝国。

水瀬、美坂、久瀬は三侯爵家。貴族の中では最も有名。

北川家は久瀬家の与力的な家系。最も、武官としての位は代々結構高い。

天野家はそこそこの名門(一般の人でも結構名前を知っている程度には有名)



と、今回は一応設定を。

話が複雑になって来て自分でも混乱しまくってきたので。公式を出しておきます。

他に設定で分からない所ございましたら上げて頂ければこう言った形で補足させて頂きたいと思ってます。