第九話






祐一達はその時夕食を取っていた。

普段だったら騎馬軍の指導で往人がいなく、歩兵軍の指導で晴子、聖がいないのだが、この日は 実戦訓練の後と言うことで全員集まって宴が催されていたのである。

往人達に加えて、軍の将校も集められていて、酒も振舞われている。

この場で酒を飲めないのは祐一と観鈴と佳乃だけである。

全員がかなり酔っ払っていた。

そして、その場に大輔が入ってくる。彼は、忙しさから途中からの宴への参加を最初から報告していた。

大輔の方を祐一が見る。大輔は黙って首を横に振った。

つまり交渉が上手く行っていないという意味である。

祐一達は裏で「彼らの身柄を購入すると言う形」でもいいと交渉をしている。

つまりは、食料か金銭を渡すから、この件はそれで終わりにして欲しいということである。

しかし、返事は全て「指導者の身柄を寄越せ」であった。

結局、その繰り返しで数ヶ月が経過しているのである。

祐一はため息をついた。王が異端者と言うものに対して偏重的に嫌っていることは理解していたものの、 まさかここまでとは思わなかったのである。

ちなみに、王は別に異端者と言うものに対する怒りだけで言っているのではない。

側近である斎藤辺境伯から送るはずだった娘がどれだけ美しいかと言うものを囁かれているのである。

彼の中では、自分の妾になるはずのものを相沢が攫っていったと言う構図も出来上がっていた。

しかし、そんなことを祐一も知るわけがない。

だから彼はここ数ヶ月ずっと穏便にすませようと努力しているのであった。

そして、それは今でも変わることはなかった。

彼は、自分の友人達と戦うなどと言うことをしたくなかったのである。

「祐一君・・・皆酔っ払ってるよぉ・・・」

考え事をしていると後ろから佳乃が手を引っ張る。

ふと周りを見ると晴子が暴れながら将校に無理やり酒を飲ませている。

すでに往人は倒れていて、観鈴も佳乃の後ろから祐一に助けを求めていた。

気がつくと大輔が晴子の前まで行くと酒を飲み始める。

彼もここ最近の面倒な外交で疲れきっていた。久しぶりに騒ごうと心に決めているらしい。

「お〜い・・・公子さん、あんたもこっち来て飲まんか〜?」

一升瓶を片手に晴子が祐一を呼ぶ。

祐一は駆け足でその場を逃げ出した。酒は苦手だった。

観鈴や佳乃もそれを見て後ろを駆け足で付いてきた。

結局その後も宴は続いたらしく、翌日のその場所には倒れた者が大量に転がっていた。

将校達も往人らも満足そうな顔で眠っていた。

自分達の育てた数ヶ月の成果がしっかり現れたのだからそれは当然のことであった。





それから数日後、帝国から使者が二人現れた。

二人は自分は水瀬侯爵家の者であると自己紹介して、手紙を祐一に渡した。

それは一通は国からの正式な文書であり、一通は秋子からの個人的な手紙であった。

まず、祐一は国からの手紙を開ける。

中に書いてあったのは、自分達相沢家を貴族から落として異端者となすと言うことと、新しい公爵として 倉田佐祐理を任ずると言うことであった。

まさかいきなりここまでやられるとは思っていなかったので祐一も思わず苦笑しながら横の大輔に手紙を 渡す。大輔もそれを読むと小さく笑った。

使者二人は怒り出すものと身構えていただけに二人の態度を怪訝そうに眺めるだけであった。

二人ともいつかこうなることを覚悟していたので、別に今更驚いたりはしないのである。

そして、もう一枚の秋子からの手紙を開くと今度は祐一は仰天する。

そこには「慎一さんをお返しします。でも、戦う時は手加減しませんよ。秋子」とだけ書いてあった。

ちなみに、使者達はそこに何を書いているかは知らない。

ただ、自分達の主人が人を驚かせることを好むのを知っているだけに「また何か仕掛けたんだろうな」と 言う程度である。

祐一はその手紙も大輔に渡す。

大輔は「秋子さんらしい」と言って笑った。

祐一は使者の人間達を丁重に送り出すと往人達を呼んだ。

既に祐一の中でシナリオは書きあがっていた。





一方、その2〜3日前、秋子の家に数人の知り合いが集められていた。

名雪、あゆは元より、香里、栞、佐祐理、一弥、それに、久瀬家の公子の有人と北川家の潤である。

彼らは、既に家で今この国に何が起ころうとしているかを聞いている。

特に、佐祐理は大きくショックを受けているようだった。

何しろ、自分が祐一を追い出して公爵の座を得ることになってしまうのだから。

しかし、今秋子はその話題を出す為に彼女達を呼んだわけではないのである。

秋子は先ず一言言った。祐一さんは憎いですか?と。

当然全員慌てて首を横に振った。

あくまで、道が違う方向に向いてしまったとしても、彼女達・・・または彼らにとって祐一は かけがえのない人間である。

秋子はもう一つ聞いた。祐一さんのために少しだけ力を貸していただけませんか?と。

そして、あとに、それは貴方達の家の名誉を傷つける物ではないと付け加えた。

全員直ぐに首を縦に振った。

祐一のために何か出来ないか?と数日間ずっと悩み続けているのである。出来ることがあるのなら何でも したかった。

そんな彼らを秋子は頼もしそうに見つめ、同時に寂しさを感じた。

あと数年、それで一弥が王になり、この少女達がそれを支える。

隣の国の偉大な英雄と協力してこの国はどんどん豊かな国となる。その自分の夢が適うことはもうありえないのである。

ふと気がつくと全員が自分の言葉を緊張して待っていた。秋子は頭を振った。

そして、一言、簡潔に述べた。

「相沢公爵を祐一さんの所にお帰り頂きます。協力してください」と。

全員その言葉にしばらく固まっていたが、その意味を理解すると頷いた。





「あゆちゃん、そっちは大丈夫かな?」

「うん、こっちは大丈夫だよ」

夜、彼らは作戦通りに動き出す。

作戦としては至極単純な物であった。

門番を気絶させて、門を数秒上げる。その間に慎一が駆け抜ける。それだけであった。

夜にした理由は、昼だとすぐ足が付くからである。

いくら相沢家の当主と言っても、数十、数百の騎馬隊に追跡されては危ないと思ったのだ。

あゆと名雪が見張り役。門番二人を同時に気絶させるのは潤と有人の役目、そして、門を開けるのが一弥である。

名雪とあゆの合図を受けて潤達は門番の後ろに忍び寄る。

鈍い音が響く。後ろから手を組むと思いっきり頭に振り下ろしたのであった。

門番二人が崩れ落ちると、一弥は門の近くの操作レバーに駆け寄る。これを引くと門が上がる仕組みであった。

門の操作レバーを思いっきり引いた。門がギ・・・ギ・・・と少しずつ上がっていく。

秋子は慎一に向かって頷く。

慎一は栞と香里と佐祐理から包みを受け取っている。

「これ、途中で食べてください」

栞は手に持ったバスケットを慎一に手渡した。

中身は昔祐一に渡した物と同じサンドウィッチである。

あの後、慎一に会った時に「美味しかった、ありがとう」と言われたのを栞はずっと覚えていた。

それを、3人で協力して作ったのである。

中には、全員からの祐一へのメッセージカードも添えられていた。

慎一は栞の頭を軽く2,3回撫でて「ありがとう」と微笑んだ。

「秋子さんも、色々世話になってすまなかったな」

慎一は馬上で頭を下げる。秋子は小さくかぶりを振った。

「いえ・・・そんなことよりも急いでください。捕まってしまったらこの子達の努力が全部無駄になってしまいかすから」

秋子は頭を下げる。この後会うとしてもその時は敵と味方に分かれるであろう事はここにいる全員がわかっていた。

慎一は思いっきり馬の腹を蹴った。馬が駆け出す。

そして、慎一は門を出るところで右手の拳を握り締めて高く掲げた。

慎一が出ると直ぐに一弥は門を下ろし、そして他の仲間達と一緒に別々の方向に駆け出す。

流石にばれたら家ごと厳罰ものである。勿論、一弥や佐祐理には何の影響もないが、他の者達は大変なのだ。

逃げながら一弥は自分が罪を犯していると知りながら、爽快感を味わっていた。

(この行動は祐一兄さんが同じ立場でもきっと同じ事をするだろうな・・・)と一弥は思った。

そう自信を持っていえるような行動を取れたことは彼にとっての誇りなのである。

彼の中では祐一は永遠に兄であり、目標とする人なのだから。





そして、翌日勅命が下る。相沢公国への侵攻部隊の編成であった。

禁軍将軍の石橋将軍に禁軍3万のうち2万を、そして、副将として水瀬侯爵とその旗下4000。

禁軍将軍の中には武官として名高い北川子爵も名前を連ねていた。当然公子である潤も帯同が決まっている。

総勢24000の大軍である。

そして、同時に王は民から3万の徴兵を行うことも明らかにした。

つまり、軍隊を持って相沢公国を制圧したあと、その軍隊はそのまま娘である佐祐理の下で公国の兵とする予定なので、 あらたに禁軍を増やすと言うことである。

ちなみに、現状において、帝国の総兵士数はだいたい55000から60000程度である。

最も、これは戦のありえない平常の状態だからこそであり、いざ集めようとなればあと10万以上の兵士 を集められる程度の人口は軽くいるのである。

3万の徴兵と言うのは、むしろ戦争を始めるにしては少なすぎるとも言えるような数だと言ってもいい。

そして、辞令を受けた秋子は悩んでいた。

勝つ可能性がかなり低いと思ったのである。

相手は相沢家の白騎士団がいて、そこに異端者の集団が兵士を蓄えてその数が1万近いことも報告を受けていた。

さらに、相沢公国には白騎士の選抜試験には落ちたものの、子供の頃から戦闘の教育を受けた所謂予備兵が数千さらには万単位でいるのである。

公国において、子供は大抵子供の内から馬術と魔術の基本を習い、その中で魔術の素質のあるものは希望すれば 皆無料で仕官学校に入ることが許される。

結果として、もし白騎士になれないとしても、しっかり戦闘訓練を受けて、上級魔術すらも使いこなすような者が、 秋子からすれば、自分の軍に将校として招きたいくらいの優秀な兵士が相沢公国では農民や商人、町民の中に多数存在しているのであった。

ただ、それを言っても無駄だった。秋子の発言は黙殺された。

元から、王にとっては敵は相沢の白騎士団2000だけで、異端者などと言うもの自体を存在として認知していない。

つまり、もし予備兵が1万いたとしても12000対24000なら2倍ではないか。と言う事である。

それにこれ以上の大軍を出すことは国の威信に関わると言うのであった。

(どんな状況でも名雪とあゆちゃんだけは守らないと・・・)

今回の出陣には、名雪やあゆも将校としての帯同が認められている。

名雪達がどうしても行きたいと行ったからである。

本人達にとっての初陣が、まさかその本人達の慕う人間との戦いになるとは秋子も思っていなかったが、本人達は祐一を助けに 行くと張り切っていた。

秋子からしてもそれは同じである。彼女の今回の出陣を受けた目的の一つは、勝った時に自分の功全ての代わりに彼らの助命程度は適うのではないか? と期待している。

もし、その時になったら他の候、それに、一弥や佐祐理も口添えしてくれることになっていた。

秋子は椅子から立ち上がると歩き出す。大将である石橋将軍から話がしたいと言われていた。

結局、辞令を受けた以上、終った後の処理よりも、甥の心配よりも、先ず相手の軍に勝たないと話にならないのである。

(手加減しませんよ。祐一さん、大輔さん)

秋子は、親戚の姿を思い浮かべると小さく笑った。

勝てない戦いを勝てるようにするのが自分の役目なのだから・・と。





そして、一方、祐一達は使者の報告を受けると往人らを呼び寄せ、話合っていた。

宣戦布告を受けたと聞いて彼らの顔にも緊張が走る。

「あと数日もしたら、敵の陣容も明らかになるだろうけど、とりあえず現状において徴兵をする気はない」

祐一はそう断じた。

そして、往人の方を向くと、「異端者と蔑まれているお前達の意地を見せてやれ」と笑った。

既に、彼らの軍は総勢13000。内3000が騎馬軍と言う堂々たる軍隊がほとんど完成している。

祐一はその人数を全員集めるように依頼した。

あくまで命令ではない。祐一は往人らを部下と言う目では見ていなかった。

勿論、往人らにも異存はなかった。聖、晴子、往人が走り出す。

「おじさん・・・どれくらい来ると思う?」

祐一は横を向くと笑って聞いた。多分、予想は二人とも同じ程度だろうと思っている。

「まぁ、あの愚王のことだ。せいぜい多くて3万。多分2万と少しと言う程度だろうな」

既に敵になった以上平気で愚王等と口にしている、もっとも、今までもかなり平気で口に出していたのだが・・・

それは、祐一の予想と大差ない数字だった。

「でも・・・祐一君達の軍勢は全部で1万とちょっとなのに大丈夫なのかなぁ?」

二人の会話に佳乃が不思議そうな顔で小首をかしげながら割り込んでくる。

祐一は佳乃の頭をポフッと叩く。

そして、笑って「大丈夫だ」と言った。

本来2〜3万の軍勢等と言うものは自分達白騎士団だけでもなんとでもなるのである。

往人らの助けを求めるのは彼らの『人間』としての団結力を見せてやろうと言う程度のことでしかなかった。

祐一は、今回の戦争の終着点を既に決めている。

「帝国が、異端者と言うものを人間として認める」

それが彼の目的である。





やがて、そこから数日が立つと、白騎士に誘われて慎一がオーディンに姿を表す。

祐一は秋子から知らせを受けるとすぐに、国境線に向かって10人ほどの白騎士を迎えに行かせたのである。

王都からの追跡者やから身を守る為の配慮であった。

「おぅ、祐一よぉ・・・何やらしばらく会っていない間に面白いことになっているらしいじゃないか」

久しぶりに会う孫を前に慎一は笑いながら近づいていく。

祐一の近況については、道すがら白騎士によって聞かされていた。

「お前の傍に女性がいるとはなぁ・・・こんな面白い話が転がっているのならもっと早く帰ってくる所だったんだがなぁ」

慎一は祐一と、傍にいる佳乃を見るとニヤリと笑った。

佳乃は顔を赤らめてあたふたと手を振った。

祐一は咳払いをする。

周りの往人や大輔の視線も気になったし、聖の刺すような視線が何より気になった。

流石に国の国官が揃っていると言うだけあり、慎一も流石にからかうのを一度止めた。

「まぁ、その話は後で聞くことにして・・・とりあえず祐一に一つ言っておかないといかんことがあるんでな」

慎一は大輔と顔を合わせると頷きあう。二人で合意して決めたことだった。慎一は大輔を促す。お前が言えと言う意味である。

「祐一、今日からはお前が我が家の当主だ」

促されて大輔がきっぱりと言った。

二人で話し合って決めた結果であった。

実際、これから戦争状態に入るのだから、総司令官の祐一に当主の座を譲り渡した方がいいだろうと言うことである。

また、これは二人しか知らないことだが、慎一の病はかなり重い物であり、戦場に立てるような状態ではなかった。

その言葉に祐一は慌てて手を横に振る。

冗談じゃないと言う意味である。

しかし、それは隣の佳乃のはしゃぐ声と周りの歓声にかき消された。

観鈴は祐一の方を向いて困ったように笑ってVサインを送ってくる。

そしてあたりから沸き起こる拍手。

誰もが既に祐一のことを主として認めていた。

どう考えても今更断れない雰囲気だった。

祐一はふと隣を見ると往人がニヤニヤ笑っていることに気が付く。

結局は数ヶ月前の往人の立場にたたされただけなのであった。

祐一は深くため息をついた。

しかし、その後を騒がせたままにするわけにはいかないと祐一は大きく手を叩いた。

その後にはそれより話さなければいけないことがたくさんあるのである。

既に王都からの報告で帝国の軍勢の内容が伝わってきていた。

大半は予想通りであったが、中に祐一は一つの単語を見つけていたのである。

その報告書の中には「総勢約24000、大将石橋将軍」と書かれていたが、その下にかかれた文字が一番重要であった。

そこには副将の名前として自分の叔母の名前があった。

そして、将軍の名前の中に北川子爵の名前も。つまり、子供である潤公子も帯同するのだろう。

祐一は全体が静まると上級将校を会議室に集めるように告げて退出して行った。

その後を慎一が黙って追いかけていった。

祐一に渡さなければいけないものがあったのである。

慎一は廊下で祐一に追いつくと声をかけてカードを手渡す。

「じいちゃん・・・これは・・・」

祐一は急に渡された数枚のカードを取ると慎一の顔を見る。

メッセージカードである。

「王都から脱出する時に皆からお前に渡してくれと言われてな」

色とりどりのカードに、それぞれの名前とメッセージが書かれていた。

「名雪にあゆ、香里・・・栞・・・・あとは佐祐理さんと一弥に北川や久瀬まで・・・」

それは祐一の王都における知り合いの全てである。

それぞれが祐一に対してまた会えることを願ってと言う感じの文面を綴っていた。

祐一はそれらを大事に抱えると胸のポケットにしまった。





「それで・・・どのように戦うんだ?」

往人が祐一に向かって聞く。

戦いの形式をどのようにするか?と言う事である。

攻められる場合抵抗の手段はいくつか種類がある。

一つは砦や城に立て篭もって戦うやり方。この方法であれば相手が2〜3倍いても そう簡単に崩されて負けることはない。しかし、食料の道を確保しておかないとすぐに食料がなくなって戦いにならなくなると言う欠点も 持っている。

そして、二つ目には山や森等自然を利用して戦うやり方。

森や山で相手に少数での奇襲を繰り返すのである。

ただ、このやり方だと長く相手を苦しめることは出来るだろうが、相手に大打撃を与えられると言うことはまずないのが欠点である。

そして、最後に野戦。

つまりは、相手の軍勢に真っ向から立ち向かうのである。

言ってしまえば力と力のぶつかり合いである。

往人はこの中からどの方法を取るか?と聞いているのである。

「当然野戦でぶつかってお前達の強さを見せ付けてやらないとな」

祐一は笑った。最初から負ける気はないということである。

また、余り深く敵軍を引き入れて畑や国民の生活が荒らされるのを祐一が嫌がったと言うのもあった。

祐一は戦いに民を巻き込むのが嫌いなのである。

その言葉に往人、聖、晴子が自信を持って頷いた。

自分達の鍛えた軍勢を見せてやると言うことである。

実際問題、全体訓練と言うものを行ったことのない程度の軍勢なのだが、 全員が自分を差別する者を見返してやろうと意気込んでいたので士気だけは異様に高い軍勢だった。

(それでも水瀬公爵軍以外の軍相手なら大丈夫だろう)

祐一はそう思っている。

所詮、国軍などと言うものはほとんど訓練すらされてない素人の集まりだと祐一は思っていたし、それは実際間違いではないのである。

「さて・・・それで、今回の戦いのことなんだが・・・」

祐一は作戦を話し出した。

誰もが驚愕するとともに、祐一の戦略性に驚く。

あくまで祐一の主題は往人達が中心となって敵を撃破することが第一なのであった。





「さて・・・と。他の者はいないだろうな・・・」

祐一と大輔は話が終ると慎一に3人だけで話がしたいと言われていた。

二人は慎一の言葉に頷く。

しっかり部屋にもカギをかけているのは確認していた。

「それで・・・用事って一体?」

祐一が口を開く。大事な話があると言われているのである。

祐一の視線が慎一に集中する。

大輔は何か承知しているように目を伏せた。

「結界はもうすぐ破れる」

「は?」 あっけらかんと慎一が言葉を発した。

余りの話の展開に祐一は付いていけない。

結界とは自分達にとって守ることが最優先されるような物であった。

「一体何の冗談を・・・」

祐一は笑い飛ばす。笑えない冗談だと思った。

しかし、二人の顔は真剣そのものである。

「伯父さん・・・やっぱりまずいんですか?」

沈痛そうな顔で大輔が聞く。祐一には何のことだか分からなかった。

祐一は二人の顔を順番に見渡す。

「まぁ、祐一に伝えるには重過ぎる話題だからなぁ・・・」

慎一はクスクスと笑った。そして「もう魔法力が足りないんだよ。祐一」ときっぱりと一言で言い切った。

「これが、俺がお前を佳乃ちゃんと無理やりにでもくっつけようとした理由だよ」

大輔はそう言うと俯いた。

祐一にもそこまで来ると言いたいことが理解出来る。

「じいちゃん・・・まさか・・・」

全てを言うことは出来なかった。と言うよりいいたくなかった。つまりは、

『自分はもう長くない』

と言う事である。

なんとか慎一が死んだ後も維持するためには祐一か大輔がさらに魔法力を送り込めばいいのだが、二人ともそこまで魔法力を残していない。

既に限界ギリギリなのであった。

つまり、改善するためには相沢を増やす・・・つまり、大輔か祐一が子供を作るしかないのである。

「今から子供を作っても間に合わんよ」

祐一の考えを読んだように慎一が言った。

慎一は、前回祐一達が出撃する少し前辺りから、心臓に痛みを感じることに気づいていた。

だからその時祐一に恋人の有無について嫌がられると知りながら聞いたのである。

ただ、子供を作るにしても、5〜6歳にでもならないと魔法力を送れるような状態にはならない。

慎一はもう1年もこのまま持続することは出来ないと理解していた。

「でも・・・それなら何でそう言って・・・」

祐一は二人に詰め寄る。結界を維持する以上に重要なことなどないのだから、そう言うことは早く言うべきだと言った。

「それで、もしそう言ったら祐一はどうするかの?」

今までの真剣な顔と違って、落ち着いて孫の顔を見る祖父の顔になる。

祐一が自分にこんな子供の顔を見せてくれるのは何時以来だろうか?と思って、苦笑した。

この孫から子供らしさと言うものを奪ってしまったのは自分達なのだ。

「それは・・・勿論子供を・・・」

言いながらも祐一は違和感を感じていた。本当にそう言われたとしても自分は『できた』だろうか・・・

考えてみても自分に出来たとは思わなかった。

慎一と大輔はその祐一の顔を見て優しく笑って「それでいい」と言った。

世界のことも家のことも決まりのことも大切だったが、この二人にとって一番大切なのはあくまで祐一なのである。

他の物のために無理やり結婚させるなどと言うことは祐一には似合わないのである。

だから、薦めはしても強制はしなかった。

祐一が本当に佳乃のことを気にしているように見えたから大輔は後押しをした。

彼らの思考は常に祐一のことから回っていたのである。

「それで・・・伯父さん、後どれくらい・・・」

大輔の問いに慎一は指を一本立てる。

「あと1年持てばいい方じゃな・・・」

慎一は正直に告げた。こんな所で嘘をついてもしょうがないのである。

慎一は申し訳なさそうに笑った。

それはとても死期が近いと告げている人間とは思えなかった。





話が終ると祐一は一人で抜け出て歩いて行く。

少し頭を冷やしたかった。

「おい、祐一・・・何処に行くんだ?」

姿を見咎めて往人が声をかける。

「ちょっと体を動かしに・・・な」

祐一は手を振りながら言った。

じっとしていたくはなかったのである。

そんな祐一の姿に往人は後ろから付いていく。そして、「それなら見学してもいいか?」と言って 笑った。

祐一は軽く頷いて付いてくるように促した。

そして祐一は城の庭まで歩いて行く。手には棒を一本持っていた。槍の代わりである。

風が舞い、木の葉が揺れる。祐一の好きな場所である。

「さて・・・やるか・・・」

祐一は棒を構えて集中する。気を張り巡らせる。そして、棒を軽く振り回した。

風を切る音がいくつも聞こえる。力を入れているのではない。一つ一つの行動が切れていると言うことである。

後ろで往人は凄いな・・・と思わず呟く。

力強く見えるのでもなく、行動が速く見えるわけでもない。ゆっくりと流れるように 舞っているだけに見えるのにその動きは止められるような物ではない様に思えた。

しばらく祐一は舞い続けると動きを止める。

そして往人の方を向いて促す。いいたいことがあるなら言えと言うことだ。

「なぁ・・・祐一・・・?」

「なんだ?」

「俺達は・・・勝てるのか?」

正直不安なのである。自分が任されている13000。負けた場合その2〜3割は命を失うかもしれないのである。

勝ったとしても、確実に命は失われるが、それが未来に繋がると思っているからこそ誰もが往人を信じてついてくる。

しかし、それが未来への礎にならないのなら彼らの死は無駄な物になってしまう。往人はそう考えるだけで不安であった。

祐一は軽く笑った。

そんなことは誰もがいつも考えていることなんだ、と往人に向かって言った。

命を預けられる重さは祐一は誰よりも知っているのである。

その祐一の言葉に往人は俺だけじゃないのか・・・と空を見上げてため息を付いた。

「大丈夫だ。負けはしない。そのために皆努力しているんだ」

祐一は往人に歩み寄ると肩を叩いた。

その行動に往人も安心して笑う。この公爵にそう言われると何故だか確信がもてるのである。

やがて二人は顔を見合わせて一頻り笑った。

「それにしても・・・お前の槍術は何というか・・・綺麗に動くんだなぁ」

感心したように呟く。前回負けたときも、今回の事を見ても祐一の能力の底は見えないと思った。

「お前と同じくらいの使い手は帝国にはいるのか?」

ちょっと興味を持ったように聞く。達人と戦えるのは武人にとっての誇りである。

「そんな奴いないさ」

その時後ろから急に声が聞こえる。

「祐一に適う人間なんて言うものがごろごろ存在しているんなら俺は白騎士団長なんてとっくに引退している」

振り向くと後ろで大輔が笑っていた。

彼自身、さっきの祐一の舞を遠めから眺めてもはや自分には適わないだろうな・・・と実感していた。

「まぁ、達人と言われるものは何人かいるが、お前と同等程度だろ。お前は今のままでも十分強いさ」

往人の頭をポンポンと叩く。

実際、祐一と戦った時は破れたものの、往人は十分達人と言えるような腕前であることは周知の事実である。

「とにかく、お前は司令官なんだからむやみに突っ込むなよ?お前が死んだら終わりだ」

前回往人と戦った時のことを思い出して苦笑する。

往人は「お前だって突っ込んできただろうが」と笑ったが、祐一の場合はあれは絶対死なないと言う確信を誰もがもっているからこそ 止めないのだと理解した。

祐一の実力とはそういう絶対的なレベルなのである。

「それで・・・俺と同等の達人と言うのは?」

「武器を使っての戦闘なら北川子爵公子。魔術での戦闘なら水瀬侯爵だな」

大輔は祐一の方を向いて問い掛ける。

祐一は黙って頷いた。そして、気をつけろよ。と往人に笑う。

何しろ、二人とも今回の遠征軍に名前を連ねているのである。

突っかかっていかれては困るのである。相打ちでも代わりが効く相手と違って往人の代わりはいないのだから。