彼女・・・倉田佐祐理にとって相沢祐一と言う少年は最初は敵だった。

ある日、いきなり弟であり皇太子である一弥が楽しそうに帰ってきた。

弟は言った。「兄さんが出来た」と。

佐祐理は慌てて弟を問い詰めた。

弟は昔から素直な子供であるので、どんな人でも直ぐに信じてしまうような所があったのだ。

(弟を変な道から守るのが私の仕事!!)佐祐理は必死に弟からその『兄』の名前を聞き出した。

それは、父が普段からずっと悪口を言っている相沢公爵家の公子だった。

(お父様がいつも駄目な家と言っている家の人間を兄と慕うなんて・・・)

その瞬間、倉田佐祐理にとって相沢祐一は完全に敵だったのである。

彼女にとって、あくまで父の言うことは絶対だったのだから。

そして、次の日佐祐理は一弥の後を付けていった。

そこで見た物は不思議なものであった。

一弥が上級魔術を簡単に使いこなしていた。

ブレイズ、ライトニング、ブリザード。

どれも、数日前までは全く使えなかった魔術ばっかりである。

佐祐理は、(絶対自分が一弥が使えるようになるまで頑張って教える!!)と本人なりに意気込んでいただけに、自分 より先にそれを軽々と教えてしまったこの少年に嫉妬した。

そして、それから1時間ほどずっと彼らを見張り続けた。

一弥相手にどんなことをしているのかと気になった。

「ねぇ、そこにいる人出てきたらどうかな?」

そんなことを考えていた佐祐理はいきなり声をかけられてびっくりした。

まさか気づかれているとは思わなかった。

佐祐理は諦めて物影から姿を現した。

それを見て一番驚いたのは一弥である。

「姉さん・・・どうしてここに?」

一弥が呆然と呟いた。

普段だったらこの時間佐祐理はダンスのレッスンが入っているはずであった。

その姉がいることが一弥には不思議でしかなかったが、佐祐理にも不思議なことがあった。

「一弥・・??一体どうやってそんなに魔術が上達したの?」

佐祐理はまずそれを第一に聞いた。

自分がどうやって教えても出来ないことをこの少年はあっという間に成し遂げている。

どうやったのかが気になるのは当然であった。

ただ、一弥は祐一と顔を見合わせて一つ笑うと「いくら姉さんでもこれは男と男の約束だから教えられないよ」と言った。

そして、そんなこと言わないで教えなさい!!と言う佐祐理に祐一と慎一が吹き出す。

必死になっている姿がなんとも可愛らしいものに見えたのだ。ちなみに、祐一は佐祐理より年下である。

そして、「何で笑うんですか!!」等と問い詰めていくうちに段々と佐祐理は祐一と打ち解けていった。

祐一と、一緒にいた現公爵である慎一は佐祐理にとっては父が言うような悪い人には見えなかった。

それをそのまま慎一に言うと、慎一は笑いながら言う。「貴方のお父様はお父様、貴方は貴方。考え方が違うのは 当たり前なのですよ」と。

ただ、慎一は最後に「私達に会ったことは王には言わないで置いた方がいいでしょう」と付け加えるのを忘れなかった。

あとで思えば最初に父親の言うことを絶対的なことと思わなくなったのはその時からだと佐祐理は思っている。

それくらい、彼らに出会ったと言うことは彼女にとって大きいことだったのであった。

やがて、すっかり打ち解けた祐一と佐祐理は一弥抜きでも二人だけで遊んだりするようになる。

それは、佐祐理にとって何にも代え難い最高の思い出なのであった。






第八話






「聖さん、晴子さん、お久しぶりです」

馬から下りると祐一は先ず後ろに乗っていた佳乃に手を差し伸べて下ろし、二人で聖と晴子の所まで駆け寄っていった。

既に、兵の訓練は第5期目・・・つまり、最初の3000人がもう一度来ていることになっている。

祐一はこの数ヶ月間かなり忙しかった。

往人に付き合うと言うことも多少あったが、一番忙しかったのは外交面である。

王は蜂起した人間が全員国外追放で済ませたと言うことが不満らしく、王は何度も何度も使者を送って 往人らを引き渡すように要求していた。

もちろん、祐一らはそれを突っぱねているが、それがいつまで続くかは分からなかった。

また、逆の使者もいる。相沢公国を挟んで逆側の神聖王国からも使者として王太子である折原浩平が 直接祐一の下にやってきた。

彼らの用件は「万が一公国と帝国が戦闘に入った場合公国側を全面的に支援する」と言う内容であったが、 祐一は丁重に断った。万が一それを受け入れて、それが帝国側にばれた場合宣戦布告も同様なのである。

ただ、浩平からすれば、理由をつけて祐一のところに遊びに来たというのが本音らしく、散々遊びまわった挙句に 王国の宰相家、長森侯爵家の長女、長森瑞佳に引きずられて帰っていった。

そんな情報についても、聖らのもとには逐一入っている。

祐一達が万が一の時のことを考えて知らせているのであった。

何しろ、王都には現相沢公爵の慎一がいる。

もし、それを人質として交渉してきたらどうしようもない。と祐一は往人や聖に最初から話していた。

その場合、彼女らは単独で帝国に反旗を翻すことになる。

その時のための軍備なのである。

「ああ、相沢公爵代理に佳乃も。元気だったか?」

「なんや?居候は一緒やないんか?」

聖と晴子は額の汗を手で拭うと祐一達の方向に向かって歩いて来る。

軍勢を受け持ってから数ヶ月間、彼女らは休む暇もなく働き続けている。

最も、おかげで今ではある程度の軍勢には仕上がりつつある。

少なくとも、進めと退けの合図で素早く動いたりや、陣形の形程度は入りつつあった。

「今日はちょっと往人から提案を受けてメッセンジャーとしてやってきたんですよ」

祐一は笑って腰から一枚の手紙を抜き取り、彼女らに手渡す。

「なんやこれは・・・果たし状?」

そこには大きく『果たし状』と書かれている。

祐一と佳乃は顔を見合わせてくすくすと笑った。

全く予想通りの反応だったのである。

「えっと・・・今、歩兵部隊だけで2500人いるじゃないですか。 それに、騎馬隊でぶつかって実戦訓練をしてみたらどうでしょうか?と言うことです」

祐一が内容を補足する。

ちなみに、手紙の中は空っぽ。祐一が内容説明をするのが前提とされた作りになっているのであった。

「面白そうやないか。ウチらの鍛えた部隊と居候の鍛えた部隊、戦わせてみたいと思ってたんや」

聖と晴子は望む所と胸を叩いた。

実は、このアイデア、出所は祐一である。

結局の所、祐一の心配は、彼らの実戦経験の少なさだった。

実際、彼らが指揮官として戦ったのは往人が2回だけ。

一度くらい大きな実戦訓練か、実戦を経験させておかないと、大きな戦闘に入っても何も出来ないと祐一は 考えていた。

それで、往人をたきつけ、この二人もたきつけたのである。

ちなみに、このことを知っているのは佳乃だけである。

大輔は、今では倉田家と必死に交渉しているので、公国の内政等に口を出している暇がなかったのだ。





そして、翌日。原野に兵士が4000人集まった。

往人の軍勢は、元からの騎馬隊1000人に、月代わりの兵士500。

聖と晴子が連れているのは歩兵部隊2500である。

「さて・・・・とりあえず、勝ち負けの条件は、歩兵側は定められた時間を陣形を崩さずに耐え切るか、または騎馬軍を打ち破る。騎馬軍は時間内に陣形を崩すと言うことでどうだろうか?」

祐一がそう提案する。

陣形を崩さないと言うことは実戦において非常に重要なことである。

一度陣形が崩れると、そこから敵は突入してくる。

そして、崩れた陣形を戻すのはとてつもなく難しいのだ。

今回の訓練のシュミレーションは、歩兵のみの部隊に騎兵隊が突っ込んできた時を想定している。

つまり、陣形を確保しつづければ、いずれ味方の騎兵が救援に駆けつけてきて挟撃できると言うわけである。

3人は異議なし。と頷いた。

数は、騎兵250に歩兵2500の調練である。

250しか使わないのなら、他の騎馬兵が来る意味がないじゃないかと思うのは間違いである。

あくまで、実戦を眺めることでどのように自分達の仲間が動くのか、そして、指揮官がどのように 指揮をするのかを学ぶのはとても重要なことであった。

「往人、とりあえず、最初は俺が騎兵を動かす。お前は副官だ。騎兵部隊を上手く動かすには、相手の穴を 見抜く目が必要となる。つまり、相手の気が何処に集中してるかを見抜くんだ」

祐一は往人と共に騎兵隊の陣に戻ると往人にそう告げる。

元から、一度祐一に軍を預けると言う話は聞かされていたことなので、往人も喜んで。と受ける。

自分の鍛えた騎馬隊を祐一がどのように動かしてくれるかが楽しみだった。

「100騎は俺が動かす。残りの150騎は往人、お前だ。言うとおりに動けよ」

祐一は往人の肩を叩く。

往人に兵を大目に預けたのは、それで勝てば往人の自信になると言うことも含まれている。

実戦調練での棒は、剣の代わりとなる短棒と、槍の代わりになる長棒がある。

両方とも、素材は木であるが、馬の勢いに乗せて急所を付けば死者が出る可能性も十分にあった。

これで突かれた歩兵は『死者』扱いとなる。

逆に、騎馬兵は馬から落とされたらそれが『死者』を意味する。

約1時間祐一は騎馬隊を引き回して動きを確かめてみる。

ここにいるのは、数ヶ月前祐一達がコテンパンに叩き潰した兵士達だが、流石にマトモな訓練を5ヶ月も 続けていると顔つきから変わってきていた。

(これなら・・・まぁまぁ動ける・・・か)

5ヶ月訓練しただけにしては思ったよりマトモに育っていた。

そして、祐一は往人を呼んで作戦を聞いてみる。ある意味、往人を試していると言うことである。

「これだけの修練をつんだ騎馬隊だ。全員で一気に飛び込めば敵は崩れる」

つまりは特攻である。祐一はがっくりと頭を下げた。結局は、猪武者の発想だった。

「分かった。俺の言うとおりにしろ。騎馬隊の扱い方を教えてやる」

祐一からすれば往人は年上なのだが、こういうときの祐一は百戦錬磨の熟練した将を思わせるのであった。

往人は黙って頷いた。

やがて、調練の開始5分前の鐘がなると、祐一はまず聖達の周りを調べる。

流石に、側面にも背後にもしっかり備えていて、隙は全くなかった。

祐一は往人を呼び寄せた。往人も流石に、相手の陣形を見て簡単に打ち破れる相手でないことは理解していた。

「往人、お前はまず50ずつ三隊に分けて、正面から交互に攻めさせろ。俺は背後から突っ込む」

「しかし・・・それで確かに挟撃にはなるがあの軍は背後にもしっかり備えているぞ?」

「見ていろ。あれは外に隙のない部隊だが内に隙がある。あまり無理をせずに攻撃して俺達が背後から破ったら お前も一斉に攻めろ」

調練が始まる。20分ほど往人の150騎は三隊に分かれて順番に攻撃を仕掛けていた。

祐一は既に背後に回りこんでいる。

当然、聖も晴子もそれを知っている。彼女らは背後の守りも固める。それはまるで壁のような防御だった。

祐一は自分の100騎の中から30騎ずつ波状攻撃をかけさせる。

毎回攻める場所を変えて数回。そして、壁が少し薄くなっているところを見破ると祐一は残った10騎を 縦列に並べ、祐一を先頭に一気にその場所に突っ込んでいった。

祐一が動いた時、残りの90騎も彼に続くことになっている。

祐一は先頭で壁を突き破った。その場所から騎馬が突っ込み波紋のように穴が広がっていった。

内側から乱されて混乱しかけている所に今度か正面から往人が全軍で突っ込んでくる。

それから10分もしないうちに陣形は完全に崩された。

それは数回やっても同じことで、聖や晴子は鬼のような形相で陣形を立て直し、兵を叱咤したが、毎回 祐一に何処か突き破る隙を見つけられた。





「悔しいなぁ・・・ホンマ。おい、居候、あんたの部隊強いやないか」

一度中断して、指導者達が集まると晴子は往人に声をかける。

実際、まさか250騎に破られるとは思っていなかっただけに彼女にとってはショックな出来事だった。

往人は今回の部隊の指揮が祐一だったことをあかす。聖と晴子の顔には納得の2文字が浮かんだ。

「外に隙はなく内に隙がある・・・か。難しい話やけど・・・確かにウチらの軍は内から崩されていった」

「しかし・・・それにしても、良く訓練された騎馬隊だったぞ、国崎君。私達の部隊もある程度の自信は あったんだがなぁ・・・」

聖と晴子は悔しそうに言った。

「あなた方の歩兵部隊も悪くない動きでしたよ。次は逆にして動かして見ましょう」

祐一はにっこりと笑うと聖と晴子を励ました。

逆にするとは、今度は祐一が歩兵隊の指揮をとるということである。

往人は祐一の下で数時間動いて、騎馬隊の動かし方に少し自信を持ったらしい。

聖と晴子は願ってもないこととその提案を受け入れた。

せっかく、血の涙を流して訓練した部隊が自分達の指揮の悪さから負けてしまっては自分を信じてくれた 者達に合わせる顔がないのである。

「往人、騎馬の数500に増やしていいぞ」

祐一は自信を持ってそう言った。





そして、調練開始の鐘がなる。

前回歩兵部隊は方円陣形を強いていた。つまり、どの方向から攻められても受け止めることが出来る陣形である。

祐一は方円陣形2500の兵をさらに二つに分けた。1200と1300の二つである。

両方とも祐一が命令をするとさらに二つに分かれることが出来るように命令されている。

往人の軍が突っ込んでくる。祐一がさきほどしたように、部隊を二つに分けて片方の方円に突進してくる。

祐一は、片方の方円陣形の前方に攻撃を受け止めさせると、その攻撃を受けた方の方円をさらに二つに割り、後方に 回り込もうとしている騎馬軍を牽制させる。

そして、その間にもう片方の方円は、形を魚鱗陣形に変えて、正面から攻撃している騎馬軍に突撃する。

突然の横からの攻撃に騎馬が数人、また数人と馬から落下していく。

「後ろに回りこませている部隊はどうした??!!」

往人が叱咤する。ちなみにその頃、回りこませている部隊は祐一がさらに二つに分けた方円陣形に足を止められている。

つまり、この時点において、往人は挟撃されている形であり、さらに兵の半分が遊兵となってしまっていた。

遊兵を作るのは、戦場において最もしてはいけないことであるが、逆にそれをさせるのがまた采配なのである。

そして、挟撃の態勢を取られることによって、騎馬隊はその機動力を失う。

動く場所もなく、ただ佇むばかりの騎馬軍を歩兵がどんどん落としていく。

そして、往人の主力部隊を壊滅状態に送り込むと祐一は方円陣形をしいて別働隊と戦っている者以外の 兵士を二つに分けて別働隊を左右から挟撃させた。

600人の方円陣形を200人で押し捲っていた騎馬軍だったが、両側から1500以上の兵士に挟撃 されるとあっという間に壊滅状態に陥った。





「悔しい・・・」

今度は往人が項垂れる番だった。

逆に聖、晴子は喜んでいる。実際に、兵が思うように動いたのが嬉しいらしい。

「騎馬兵も歩兵もよく訓練されてたと思う。ただ、やっぱり指揮官の貴方達の経験が足りないのが気になります」

祐一はきっぱりと言い切った。いくら訓練された精鋭部隊でも指揮する人間が無能では意味がないのである。

「前回、聖さん達は方円陣形で守りの構えを取りました。それ自体は間違っているわけではありませんが・・・」

既に言われなくても彼女達には言わんとするところが分かっている。

つまりは、陣形さえ守ればと頑なになりすぎたのだ。

守ることだけにかまけていたので、相手に弱点を見破られるまで攻めを繰り返させる羽目となった。

守りきることが目的でも、多少の攻撃性ももたないのでは好き放題やられてしまうと言うことである。

「まぁ、これだけ調練された軍隊なら帝国の禁軍でも同数相手なら十分勝てますよ」

祐一はそう言って苦笑する。

禁軍3万などと言う軍隊は偉そうにしてるだけで烏合の衆であった。

「今俺達が戦いを挑んで同数でも勝てない部隊は帝国にどれくらいある?」

往人が祐一に向かって聞く。前回祐一達に大敗してから往人は相手の実力をしっかり把握しようとしている。

「水瀬侯爵軍」

祐一はきっぱりと答えた。

自分の叔母の部隊は、帝国の中で最も練度が高く、魔道兵団も抱えている部隊だ。と祐一は説明した。

その軍の4000人は、禁軍の15000にも匹敵するとも。

彼ははその時水瀬侯爵軍と言う名前を心に刻んだ。

そして、その部隊に勝てるようにさらに訓練をつもう・・・と思った。





「いや、こんなにしてもらって悪いのぉ・・・」

「別にお気になさらないでください。あなたは私の父のような人なんですから」

「(祐一)(祐一君)のおじいちゃんなら私にとってもおじいちゃんのようなものだよ!!」

申し訳なさそうな老人の声にその場にいた他の3人が慌てて取り成した。

既にここ数ヶ月の間に何回も行われているやり取りであった。

ここは水瀬侯爵家。

祐一と大輔が出陣してしまい、一人で暮らしていた慎一を秋子が「それならしばらくの間うちで暮らしませんか?」と誘ったのである。

名雪やあゆも、祐一に何処か雰囲気の似ているこの親戚が大好きだったのでちょうどよかった。

ちなみに、秋子と慎一は微妙に複雑な関係である。

秋子の姉は慎一の長男の嫁であり、祐一の母親。

そして、秋子の母は慎一の妹である。

つまり、祐一の父と祐一の母は従兄弟同士と言う事であった。

つまり、慎一は秋子にとって伯父であり、また、姉の義理の父でもあるのである。

そして、秋子の魔術と武術の師匠もこの慎一であった。

既に60を超えた慎一であるが、まだまだ秋子は自分では適わないと思っている。

この目の前の老人はあくまで「英雄」と呼ばれた人間なのだから。

「それにしても・・・・秋子さんの料理は美味いのぉ・・・毎日食べても飽きん」

慎一は秋子の料理を食べると笑って話した。名雪とあゆがそれに頷く。

既に、一緒に生活を始めて4ヶ月以上。

すっかり名雪もあゆも本当の祖父のように慎一になついていたし、慎一も実の孫に接するように 彼女らに接していた。

既に、祐一は孫として可愛がれるような存在ではないため、その分もこの二人を可愛がっているのである。

二人は、祐一の小さい頃の話をするととても喜んだ。

(全く・・・こんなに想われているんだから少しは気づかんか・・・)

何度呆れてため息を付いたか分からなかった。

この二人が祐一を慕っていることなんて一日も一緒にいれば猿にでも分かるのである。

ただ、そう思いつつもそれを責める事は出来ない。

祐一があんなふうになってしまったのは自分が不甲斐ないせいなのだ。と慎一は思っているのである。

ちなみに、慎一はこの頃祐一が佳乃と言う少女相手に心を開いて楽しくやっているのを知らない。

大輔は故意にこの情報を握りつぶしているのであった。

大輔に言わせれば「いきなり帰ってきた時に見せた方が面白いじゃないか」と言うことである。

(祐一にもいい加減女性に心を開くことを教えんとなぁ・・・)

慎一はもう一度ため息をついた。





「あの糞ガキがぁ!!」

机を叩く。紙をびりびりと破り捨てる。

紙の中にはただ一文「彼らは既に我が国民となっていますので差し出す訳には参りません」と。

それが相沢公国家からの倉田家への返答であった。

「こんなことをしてただで済むと思うなよ・・・・」

種を蒔いたのが自分であることも忘れて倉田一は祐一に対する・・・いや、相沢公国家に対する怒りを 募らせていった。

「潰してやる・・・俺をコケにしたむくいを受けさせてやる・・・」

彼を止められる者は存在しなかった。

彼がそこまで相沢公国家を憎むようになった理由は祐一の祖父である慎一の存在が大きい。

一の父親は名君として呼び声の高い人物だった。

その父は、常に一に対して「相沢家の公子(当時の慎一)のように賢くなれ」と言っていた。

一は自尊心の強い人物だったのでそんな奴には負けないと対抗心を募らせるばかりだった。

そして、彼は慎一より上であろうと必死になった。

しかし、それが実ることはなかった。

二人がそれぞれ皇帝、公爵になり、それぞれの国で政治を握るようになると、 はっきりと二人の能力の差が現れてしまうのである。

国民は皆言った。相沢公国の公爵は当代きっての名君だ・・・と。

その声がはっきり聞こえるようになると、慎一への嫉妬は段々憎しみへと変わっていく。

そうして公国と帝国の間に溝が生まれるようになっていったのである。

慎一を無理やり王都に招聘したのも、半分は嫌がらせだった。こいつさえいなければ公国は衰退するに違いない、と。

しかし、その企みも成功しない。結局、慎一の孫の祐一は祖父の後を受け継いでさらに国を 発展させていくだけであった。

問題があると白騎士団の先頭にたって駆けつける祐一の姿は今では帝国内でも『英雄公子』と 呼ばれているくらい人気があった。

そして、今回の件。彼はもはやキレていたのである。

「俺の力を見せてやる・・・」

それは、狂人のようでもあった。





そして、翌日ついに王は決断した。

相沢公国に宣戦布告するというのである。

秋子も、他の久瀬候も美坂候も必死に止めようとしたが、それは止められるものではなかった。

既に彼は決断してしまったのである。

「当然相沢は貴族から外す。奴の家も全員異端者だ」

王はそう宣言した。

以前にも、犯罪を犯した下級貴族を異端者に落とすと言う行動は罰として存在したのだが、 仮にも神の一族を異端者に落とすと言うのは前代未聞のことである。

「そして、公爵の座は佐祐理に継がせる」

それは、本人からすれば娘のことを最大限に気遣った発言なのであるが、 その中には佐祐理本人の望みに対する配慮が全く加えられていなかった。

佐祐理は祐一を慕っているのである。それを、祐一を追い出してそこに自分が座れと言われて喜ぶわけはない。 それはそこにいた一以外全ての人間が心の中で思ったことであった。

そして、王はテキパキと戦争の用意を固めていく。もう止まることはないのであろう・・・秋子は ため息を付くしかなかった。

そして、自分がこの後どうするかも彼女の中では既に決まっているのであった。

(慎一さんを祐一さんの下に返さないと・・・)

戦えと言われたら秋子は相手が祐一だろうと戦うしかない。

しかし、人質を取ったまま戦うなどと言うことだけは許せなかった。

秋子は頭を回転させて、慎一を逃がす方策を考え出していく。

そして、大きな流れが動き出すのであった。