第七話








往人達が指導者の立場につくと決心して1週間、ついに各地から屈強な男が集まってくる。

「3000人・・・・・前回の勝てた理由は聖さんの策略があってこそだぞ?それを皆知らないんだ。俺なんかに何が出来る?」

困惑した表情で往人は祐一達の方を向く。

実際に人数が集まってくると、一度は引き受けたとはいえやっぱり不安だった。

相沢公国家の訓練場とされている草原の櫓の上に祐一、観鈴、佳乃、往人が揃っていた。

「鍛えるだけのことだろう?戦をするわけではない。馬に乗るのも弓を射るのも得意だろうが」

心配するなと祐一が笑う。

「大丈夫だよ。往人さんなら」

観鈴も笑って請け負った。ちなみに根拠はない。

「おい、国崎君」

「あ、お姉ちゃんだ〜」

聖が往人に向かって櫓の下から呼ぶ。その声に佳乃が反応する。

佳乃は祐一の補佐官としてついているので、しばらくの間は訓練を一緒に見守ることになる。

聖にこのことを話すと一瞬で承認した。本人としても妹と一緒にいられるのは嬉しいらしい。

「どうした? 聖」

往人は身を乗り出して聞く。聖の後ろには100人程度が続いていた。

「各地の兵の纏めが挨拶したいそうだ。降りてきてくれ」

聖も既にあきらめて往人の下、指導にあたることを認めている。最も自分でまいた種ではあるが・・・。 往人はそれに頷くと櫓から降りる。

やがて100人ほどの男達が往人の前を埋める。片膝を地面につけて往人に頭を下げた。

往人は困惑しながら櫓の上を見上げる。観鈴と佳乃はびっくり仰天したままかたまっていたが、祐一は平然としたまま黙って頷く。

纏めと言う立場について、自分が命令を出すことを迷う往人に対して昔祐一はこう言っていた。

「自分が自分を偉いと思っていなくても部下になるものはお前のことを目上だと思う。自分がそう思えなくてもそれは必然なんだから演技でもなんでもいいからそのつもりで振舞え」と。

往人は黙って頷き返すと自分に頭を下げている人間の方に顔を向ける。

「良く来てくれた」

その顔は作り物かどうかはわからないまでもある程度の威厳に満ちていた。

往人は全員に顔を上げてもらうと、一人ずつ連れてきた人間について聞きたいと言って一人ずつ幕舎に誘っていく。 馬の扱いが上手いものを2000人ほど選抜しないといけないのだから。

ちなみに、往人の蜂起時の仲間のうち1000人は最初から騎馬軍の中核として参加することになっていた。

そして、馬も各地から集落毎に数頭ずつ送られてくる。

馬や武器は祐一や大輔が「そのくらい用意してやる」と言っていたのを往人と聖が断った。

そこまで迷惑をかけるわけには行かないと思っていた。

とりあえず、三千数百人の中から700人ほどを選び、その中から500人を選抜することになった。







祐一や観鈴、佳乃が雑談をしながら往人達を見ていると櫓に大輔も上がってくる。

「どうだ〜往人達の様子は?」

大輔の質問に女性陣が答える。

「往人君もお姉ちゃんも格好いいよぉ」「往人さん、頑張ってますよ」と。

最後に祐一が「最初は慌てていたけどもう大分落ち着いているんじゃないかな?」と言う。

実際、往人は遠目にみる限りではしっかりやっているように見えたのだ。

まだまだ戸惑いは見られるが、一歩ずつリーダーとしての自覚を持とうと頑張っている。

それが数年前の自分に重なるようで祐一は思わず微笑んだ。

「祐一だってあれくらい出来るんだぞ?これでも」

大輔は祐一の肩を抱き寄せると二人に耳打ちするように話す。 「おじさん・・・変なこと言わないでください」

その言葉に祐一も呆れる。

移動の時以来何度も繰り返しからかわれていたが、褒めることでからかわれるのはさらに恥ずかしいなと思った。

なんだかんだ言いつつも祐一はまだ17歳の少年なのである。

二人はくすくすと笑いながら二人を見る。

遠い親戚と言う間柄の二人ではあるが、会話をしているのを見ているとそれは本当の親子のようにしか見えない。と二人とも思った。







「さて・・・・と。だいたいやることは決まったか?国崎君」

聖の言葉に往人が頷く。

話し合いの結果、騎馬軍500を選んで、その他の人数を歩兵として訓練すると段取りを決めていた。

「彼らの報告からだいたい700人ほど候補は選んだからあとは直接テストするしかないだろうな」

そう言って往人は周りに座る各地の長の、さらにその中の代表の面々を見る。

彼らもコクリとうなづいた。

「しかし・・・・テストするにも100人ずつ程度しか出来ないぞ?いくら国崎君でも7回付き合うのは大変じゃないのか?」

テストとして、山を馬で駆けることを試そうと言うことになっている。

険しい山道を自在に駆けれるのであればどんな道だって走ることは出来る。

実際、山道を馬で駆ける訓練は白騎士団の候補生全員が5歳程度の頃からやっていることであった。

「だが・・・試験官を出来るほど馬を扱える人間なんて俺以外には・・・」

と険しい顔で往人が話す。

確かに、彼の育てた騎馬隊の人間は山を走る程度には使えるが、試験官をしながらと言うとそれは全く別の話である。

その時、晴子が始めて口を開いた。

「なら、あの白騎士団とか言う化け物連中に頼めばいいやん。あんたより馬の扱い上手いやつがぎょうさんおるんやないか?」と。

その考えがとりあえず受け入れられて、彼らはとりあえず祐一に頼んでみようか・・・と幕舎の外に向う。 多分断られはしないだろうと思った。

なにしろ団長があのお祭り男なのだから・・・・と。







「OK」

一瞬で答えが出た。

櫓から祐一を呼ぶと一緒に大輔や観鈴、佳乃も降りてきたので、先ず、直接団長に話しをつけてもいいだろうと大輔に聖が切り出したのである。

祐一も「まったく・・・」と苦笑はしているものの、別に反対をしているわけではない。

「それで・・・・何人必要なんだ?」

「とりあえず、700人の中から500人を選ぶつもりでいます。なので、俺以外に6人馬の扱いに長けていて、他のものを見る余裕のある人間を少しお借りしたいのですが・・・・」

往人も流石に相手が30年上で、目上のものとなると敬語を使う。

「で、いつから試験を開始できるんだ?」

大輔は往人らの都合を聞く。6人程度なら対して問題にもならないが、時間を指定してもらった方が都合を付けやすかった。

「何時でも大丈夫です。こちらの用意は出来ていますから、都合のいい日を言っていただければ・・・」

聖の話の途中に大輔が割りこんだ。

「なんだ、じゃあ今からやろうか」と。

「今から・・・・ですか?」

あまりに突然過ぎる言葉。当然用意に時間がかかるものと思っていた。

「俺が連れてきている人間は今日4人いるが、それらは全員白騎士団の最精鋭だし、あと俺と祐一で6人。ぴったしだろ?」

祐一や往人、聖や晴子らはもはや呆れて物も言えない状況。

(一体何処の世界に自分の家の当主を勝手に試験官に仕立てる人間がいるんだろうか・・・・)と言うことである。

観鈴や佳乃は目を輝かせている。もはや断ることは出来ないんだろうな・・・と祐一は思った。

(まぁ、どうせトップで帰ることが求められてるわけでもないんだがなぁ・・・・)

格好いい所なんて見せられるわけもないだろうに・・・と大輔の方を見る。

大輔はただ笑っていた。







試験官として手伝うと言うことを聞くと騎士団員も「懐かしいなぁ」と言いながら笑った。

白騎士団員の選抜テストでは、騎士団の中で馬を操るのが特に上手い十数人が試験官を勤めるのである。

彼らは全員その経験者であった。

まぁ、団長直属の部下なのだから当然と言えば当然であるのだが・・・・

とにかく、全員異論はないようだった。

(団長が団長なら団員も団員だよなぁ・・・)

祐一ももはや苦笑するしかなかった。







100頭の馬が土ぼこりを立てながら山を駆け下りていく。

騎馬隊選抜試験の第一隊である。

選ばれてきた700人は、山を馬で本気で駆けると言う言葉に尻込みしたものの、集落や家族の名誉や、馬を扱っては負けないという誇りからほとんど全員が参加した。

祐一達の待っている幕舎の一室には砂時計が置かれている。

これが落ちるまでに戻ってきた者が合格と言う予定であった。

「いやぁ・・・もしかしたらうちの騎士団の連中を抜かして帰ってくる者もいるかもしれないなぁ。楽しみ楽しみ」

笑いながら大輔が一言。それに

「いや、流石に貴方方に勝てる者はいないだろう」

と往人が答えた。

試験官となるもの同士で最初に7人で足あわせをしたが、一番が祐一、それに僅差で大輔。その後結構おくれて白騎士が4人続いた後かなり遅れて往人。

分かっていたものの、多少は往人に衝撃を与える結果だった。

決して往人の乗馬が下手なわけではない。

ただ、相手が上手すぎた。

馬を生かし、馬に合わせる。それが乗馬だ、と言えばそうではあるが、それを実際にこなせる者は少ない。

ちなみに、この結果は彼らだけの秘密。

それを公にすると、往人の腕が疑われると言う全員の配慮であった。

ので、7人以外この結果を知っている者はいないのであった。が、往人はこの白騎士4人の実力をよく知っている。

「賭けるか?」

大輔が笑いながら耳元で囁いた。

「俺には賭けるものなんてないですよ?」

「いや、ちょっと頼みたいことがあってな」

「別に今でもこっちが頼みごとしてる立場なんですからあなたの頼みごとなら何でも聞きますよ」

「まぁまぁ・・・・そう言わずにちょっとアレを見てくれ」

と大輔は往人の首を回した。

佳乃と祐一が話している。

「ちょっと口添えして欲しいんだがなぁ・・・」

大輔はニヤリと笑う。

「それだけは勘弁してくれ・・聖に殺される」

慌てて往人が拒む。大輔は「だから賭けなんだよ」と言ってさらに笑った。







それからおよそ30分後。

白騎士団100人長である立花は先頭に立って戻りの山道を疾駆していた。

彼は先の足あわせで大輔に続いて三番手でゴールしていた。

ちなみに、帰りは行きと道が違う。

既に第二隊が出発しているので、同じ道を通ってはぶつかってしまうのだ。

手綱をしっかりと握り締めて立花はきつい斜面を登りきる。

彼にとっては児戯に等しい程度のことではあるが、やはり後ろでは混乱しているものもいた。

既に6人ほどが落馬等で脱落していたのである。

(まぁ・・・悪くはないか?)

あくまで初心者が馬を操るなら・・・と言う程度ではあったが。

ただ、10人ばかり見所のあるものもいる・・・とは思った。

自分に離れずに付いて来ているのである。

ちなみに、このコース一番の難関はこの後にある湿地帯である。

山道とはただ険しいだけでなく、こういう湿地帯でも、どういう風に馬の通れるコースを見切れるかが非常に重要になってくる。

深い泥にはまれば身動きがとれなくなる可能性もあるし、馬も大きく揺れる。

裸馬ではよほどしっかりと馬の腹を足で挟んでいないと振り落とされるのである。

湿地帯に到着すると、彼はわざと道を外れた丘に馬を進めて他の者の腕を見極めることにする。

自分が先に渡ってしまっては後ろの者は自分の足跡についてくるだけで終ってしまう。それでは意味がないのである。

彼は立派な試験官であった。

喚声を上げながら自分の後ろについていた10人ほどが湿地帯に足を踏み入れる。

怒号と罵声が木霊する。

この場所は、白騎士団育成の為に子供を馬に乗せて走らせるときもたまに落馬するものが出てくると言うある程度の難所であった。

本来、このような場合は馬に全てを委ねるのが一番いいのだ。

馬は賢い。だから、馬に任せれば自分で最善のコースを取る。

自分の目計りで進んでいったものがどんどん落馬していく。

逆に後ろから現れた者の中ではするりと抜けていく者もあった。

こういうものは馬を操ることは苦手だが、馬を信じることが出来る人間である。

(ふむ・・・・なかなか・・・)

実際に落ちた者は20人程度。80人ほどは平気で進んでいったようであった。

「馬の方がお前らよりも利口ものだ!!覚えておけ!!」

転落して泥だらけになっているものを笑い飛ばすと彼は湿地を一気に抜けていった。







往人は勇んで戻ってくる先頭の10人ほどの中から白騎士の制服を探した。しかし何処にも姿が見えない。

「賭けは俺の勝ちだな」

大輔は顎髭を軽く撫でながらそう述べて往人の肩を叩いた。

「そんな馬鹿な・・・俺よりあんなに上手かった人間に勝てる奴なんて・・・」

そして立花の姿がようやく見えてくる。だいたい30番手程度の位置である。

ここからゴールまでの短い距離、どうやっても逆転は不可能と思われた。

往人はがっくりと肩を落とした。

「考えても見ろ、立花は俺達白騎士団の中でも指導者の一人だぞ?お前と違って役目を弁えている。兵の腕を確かめながら駆けて来るんだから先頭にいないのは当たり前だろうが」

大輔はずるそうに笑いを浮かべた。

「知っていて賭けを煽ったんだな」

往人が噛み付く。命を賭けた大仕事をやらされるのだ。冗談では済まされなかった。

聖と祐一が本気で怒ったら自分の命は数秒で消されることを彼は理解していた。

「気づかないお前が悪い。お前なら必死に一着になるだろうが立花は大人なんでな。自分の役目程度分かっている」

晴子が吹き出した。彼女は賭けのくだりからずっと成り行きを見守っている。

「汚ねぇ・・・」

往人は不満そうに口を尖らせる。

「それでも賭けは賭けだ。少ししたら俺から動いてやるからお前も協力しろよ」

「確かに居候の負けやな」

晴子はまだ笑っている。

「・・・結局俺が聖に怒鳴り散らされながら追っかけられて、祐一に槍で貫かれるのか・・・」

往人はしょげ返った。

「大丈夫だ。もし死んだら面倒だからきっと半殺し程度で許してくれる」

その大輔の言葉は全然慰めになっていなかった。

「俺の周りは性格の悪い者ばっかりだ」

往人はがっくりと頭を下げた。







「さて・・・そろそろ俺が出発する頃だが・・・」

大輔が皆の前往人、晴子と顔を見せる。そこには聖や観鈴、佳乃、祐一が訓練の成果を見守っている。

今第三隊が出発した所で、そのあとの第四隊が大輔、第五隊を往人。そして、祐一は七隊である。

「祐一、お前は圧倒的すぎるからハンデつけてみたらどうだ?」

といきなり大輔が言い出す。その言葉に往人も頷く。

あくまで往人は賭けに負けて言わされているのだが祐一はそんな事実は知らない。

「一体なんなんですか?いきなり・・・」

いきなりの言葉に祐一も問い返す。ただでさえ格好いい所を見せろ等と言われているのにハンデなんかつけさせてどうする気だ?と言う感じであった。

「そうだ。佳乃や観鈴も退屈しているだろうし、後ろに乗せてもらったらどうだ?」

なるべく棒読みになっていないだろうか?と往人は心配しながら言葉を紡ぐ。ちなみに、観鈴については晴子が既に「別に本人がやりたいと言うんならええよ」と言っている。

結構放任的な親であった。

「後ろに・・・??」

祐一にもその頃になると企みが読めてきていた。が、読めても実際に言葉をこの二人に紡がせてしまっては負けなのであった。

「楽しそう。お母さん、私乗ってみたい」と観鈴が言い、「乗りたい!!」と佳乃も手を上げる。

こうなってはどうしようもない。 聖も文句を言いたそうにしているも、妹の目が輝いているのを見てなんともいえない状況に頭を抱えるしかない。

「本来なら観鈴ちゃんは往人の後ろに乗るんだろうが、こいつの後ろはまだ危ないから今回はこのおじさんで我慢してくれるかな?」

大輔は観鈴に問い掛ける。

観鈴も頷く。この自分に優しくしてくれる年上の男性を観鈴は好きだった。

既に彼の中では佳乃−祐一ペアらしい。

「しかしなぁ・・・・一応試験官と言う立場だから重さのハンデを背負ってやるなんてことはしつれ・・・あれ?」

失礼と言おうとして祐一は考えてもいない方向から殺気を感じる。

横の聖からであった。

「公爵代理・・・??私の可愛い可愛い妹を君は重いと言うのかね?」

目が据わっていた。

(あんた反対してるんじゃないのかよ!!)と心の中で突っ込みを入れつつ、祐一は諦めざるを得ない状況を受け入れるしかなかった。

彼の味方は誰もいなかったのである。

祐一はあとで往人を殴りつけると心に決めた。







「よし、では七隊出発!!」

祐一は棒を天高くかかげ出発する。

ちなみに、今までの結果だと、白騎士は基本的に中盤で帰ってきて、大輔と往人は先頭で帰ってきた。

訓練でも負けたくないと言う性格が綺麗に現れているのである。

(それにしても・・・これは・・・)祐一は後ろに感じる感触に顔を赤らめると同時に情けなさを感じた。

紐で縛って後ろに女を乗せた人間が試験官。

どう考えてもいいイメージを与える光景とは思えなかった。

「わぁ・・・速いよぉ」

後ろの佳乃は無邪気にはしゃいでいる。現在において祐一は先頭を走っている。

八分程度に抑えて走っているものの、それでも一人だけ先頭である。

最初から遅れていては、流石に試験官として情けないし、それでは他の者を見ることが出来ない。と思っていた。

後ろには大量の兵士が続いているのだが、振り向くに振り向けない。

振り向いても佳乃の顔がドアップで現れるだけで、他の者を見れるわけでもなかったから。

(試験官の意味がないじゃないか・・・)

正直祐一はそう思った。

ただ、祐一のこの姿はむしろ後ろの者達にやる気を与える。

自分達よりも遥かに若い人間が後ろに女を一人乗せて走っていて、さらにその女は無邪気にはしゃいでいる。

つまり、「負けるわけにはいかない」のである。

それが彼らの意地。

祐一は後ろの人間達が酷くやる気を出して追いかけてくるのに気づく。

軽く馬の腹を蹴ると、馬が加速する。

流石に、山の坂道は上手な者が手本となって先行しないと危ないのである。

だから祐一は抜かれないように、そして早過ぎないように速度を調整しながら走る。

耳元に歓声が聞こえ続ける。

佳乃は盛り上がっていた。

このコースはただ馬で走るのがきついだけでなく、ハイキングに歩いても気持ちいいコースなのである。

それを、馬に乗って眺めると言うのはまた格別なものがあった。

最も、景色を楽しみながら走ることが出来る者なんてほとんどいないのではあるが・・・・

やがて、祐一は湿地帯に差し掛かると、白騎士達と同じ行動を取る。

祐一の違う所は彼らと違って湿地帯の中から最も楽なコースを進んだと言うことくらいである。

当然そんなに気を使う必要もないのだが、水を跳ねされると佳乃にかかる心配があったのだ。

彼は大輔や往人等より遥かに大人なのだ。

そして祐一はそこから全力で駆けて最終的には20番程度でゴールする。







ゴールに辿り着くと拍手が聞こえた。

振り返るとそこに自分の親友がいるのを見つけて祐一は目を見開く。

「久しぶりにあったらどうもまた色々苦労しているみたいだなぁ・・・祐一」

男は苦笑しながら祐一の後ろを指差す。

当然そこには佳乃がいる。

流石にこの男は佳乃を祐一が自分から誘ったわけではないと見抜いていた。

佳乃はその見慣れない男に不信そうな目を向ける。邪魔されたのが不愉快らしかった。

「全く、こーへー!!邪魔しちゃあ駄目だよ!!」

男・・・浩平の横にいる少女が浩平を腕を引いて連れて行こうとする。

折原浩平・・・隣の神聖王国の王太子であり現在19歳、つまり祐一の二つ年上で、総司令官として常備軍五万を率いている将軍でもある。

祐一とは子供の頃・・・本当にようやく祐一が歩き始めた頃からの付き合いで、隣にいる長森瑞佳と共に幼馴染の関係であった。

ちなみに、この「邪魔しちゃあ駄目だよ!!」と言う一文は勘違いの賜物である。瑞佳は常日頃から「祐一にはしっかりした人が 必要だよ。」と何かと世話を焼こうとしていた。

最も、佳乃の視線はそれを表しているのだが、祐一と浩平からすれば「何を言っているの?」と言う感じでしかない。

結局、男とは鈍いものなのである。

「ほ〜ら、行くよ、浩平!!祐一、またあとでね」

「ちょっと待て!!あとでねってなんだ?あとでねって・・・」

「多分明日辺り会いに行くよ〜」

結局瑞佳は浩平を引きずったまま消えていき、あとには祐一と佳乃だけ残されるのであった。

祐一は何がなんだかわからずに呆然としている。

その時ようやく遠目に往人らが近づいてくるのが見えた。

ただ、その中の聖が怪しげに武器を持って走ってくるのを見ると祐一は慌てて馬の腹を蹴って逃走を開始。

結局、逆走でもう一周した祐一はその後往人を数発殴りとばすことになるのだが、それはまた別の話である。







夜、食事の席で今日の訓練のことが話題となる。

観鈴と佳乃は初体験にはしゃいでいた。

馬によって逃走後、帰ってきた祐一が聖に襲われかけた時は流石に他の全員が助けてくれたので大事にはならなかったものの、 祐一の味わった恐怖については言うまでもない。

「そうか、そんなに楽しかったんなら次からも乗りたい時は祐一に言えば何時でも乗せてくれるぞ」

と大輔が佳乃に話す。佳乃はそれを聞くと嬉しそうに笑う。

後ろの聖も不服そうながらも何も言わない。

結局、一人を除いて特に文句を言うものもいないのである。一人を除いて。

大輔や往人には自分の横で一人感情を爆発させそうになっている人間がいることに気が付いている。

祐一は、ここに来てついに爆発していた。

おじと共謀して自分を嵌めた往人、嬉しそうに笑っている佳乃、そして、断れない自分に。

「ごめん、ちょっと調子が悪いから夕飯いらないや」

祐一は少し自嘲するように笑うと黙って部屋を出て行った。

どんな時でも感情は外に出さない。あくまで祐一は大人であろうとしている。

だから本気で怒った時でもなんでもないと言う感じのままその場を離れることが出来た。

全員が突然離れていった祐一の後姿を呆然と見送る。

(祐一君・・・何か怒っているように見えた・・・)

佳乃は祐一の様子から普通の状態でないことを見抜いている。

佳乃は黙って祐一を追いかけていく。

それを止める者は誰もいない。

大輔は、それを何かいとおしい者を見るかのように目を細めて眺めていた。







「祐一君、待ってよぉ」

後ろから佳乃の声が聞こえるのに祐一はその場で立ち止まった。

怒りの感情が湧いてくるのを抑えられない自分が不甲斐ないのである。とても、あの場にいられる状況ではなく思わず席を立ってしまったのだが、まさか追いかけてくる者がいるとは想像していなかった。

「祐一君、大丈夫?」

佳乃は小走りで祐一に追いつくと尋ねかける。

自分のせいで何か悪い気分になったのだろうか?と佳乃は心配していた。

「お前は・・・今日のは楽しかったのか?」

祐一は佳乃の方を向くと真剣な顔で聞いた。

いつもこういうときに祐一は思ってしまうのである。

「相手は自分に合わせて無理やり楽しそうにしているだけではないのか?」と

「??・・・もちろんだよぉ」

佳乃はきょとんとした顔で答える。

一体何でこんなことを聞くんだろう?という顔である。

「今日は本当にありがとうねぇ。あの道、次から佳乃りんの散歩コースに大決定だよぉ!!」

なんの邪念もなくそう言う。

「そう・・・か」

祐一は思わず笑った。

顔に邪念も、他に含むところもないのが明らかだった。

何か、張り詰めていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

そして、祐一は笑いながら佳乃の頭をくしゃくしゃと撫でる。

祐一は離れる間際に「これから馬であそこを駆けたくなったらいつでも乗せてやるよ」と言った。

佳乃は心底嬉しそうに笑った。

(やれやれ、妹が出来たみたいだな)

祐一は心の中で苦笑した。







「元々祐一は誰にでも優しい人当たりのいい奴だったんだ」

大輔は佳乃が祐一を追いかけていった後、しばらくすると言葉を紡いでいく。

「ただ・・・な、いつからかあいつは女性と深く関わることを嫌うようになってな・・・」

大輔は辛そうに言う。

「嫌うようになったとは?」

往人には祐一が人を激しく嫌ったりすると言うことがないように見えていた。あくまで、あってここ10日間程度の感想ではあったが。

「祐一は貴族だ。それも国で最高位の。分かるだろう?」

全員が頷く。相沢公爵家と言ったら、名声と言う点においてはある意味折原家や倉田家よりも上である。

何しろ、相沢家は神の家として崇められているのだから。

「その分、あいつには小さい頃から政略結婚の申し出が大量にあってな」

思い出したくもないことだった。

その頃祐一は確かに申し出て来る少女が本当に自分を好いてくれていると思っていたのだ。

「ただ・・・な。少し時が立てば誰にも分かる。相手の女が自分のことをどう思っているかくらい・・・な」

それを知ってから、祐一はどんなものであろうと結婚の申し込みと聞いた瞬間その手紙を破り捨てるようになっていった。

「俺の周りにも、心から祐一が好きな貴族の女性もたくさんいるんだが・・・祐一は何処かで線を引いてそれ以上近くには誰も踏み込ませないようになった」

佐祐理、名雪、栞、あゆ等ははたから見ていても祐一に好意を抱いているのがあきらかだった。

そんなのは、周りにいる人間なら誰でも気づいていることなのだが、祐一は気づかないか、またはわざと気づかない振りをしていた。

あくまで祐一は誰に対しても一本線を引いてしまうのだ・・・と。

そんな大輔の独白に周りも静まり返る。

貴族と言うと優雅な暮らしを好き放題やって、農民を痛めつけているだけの存在としか彼らは今まで見ていなかったが、貴族の中でも色々いるものなのであった。

「しかも、祐一は一桁の年の頃からたった一人でこの国を支えている。国を支える時は奇麗事は言っていられない。悪人は武力でもって討たなければいけないし、犯罪者は自ら裁かなければいけない」

小さい頃からの当主代理の立場は祐一の神経をかなり蝕んでいるのであった。

何かことが起こるたびに本来の団長は王都に行っているのだから祐一は公爵代理として出動しなければいけない。

実際、祐一は同世代で一番多くの血を吸った人間であろう。

彼が殺した人間の数は直接、間接含めて100をゆうに超えている。

「そんなこともあって・・・な、祐一は自分に近寄ってくる女性と言うものを自分の立場を利用しようとするものか親に言われて嫌々やって来る人間かのどっちかとしか思うことが出来ないんだ」

それは大輔にとっては自分の恥をさらけ出しているような者であった。

大輔は祐一がこうなったのを自分のせいだと思っている。

もっと、しっかり祐一のメンタル面にも配慮して、しっかりサポートしていればこんなことにはならなかった・・・と

「だから、祐一についてある程度のことは許してあげてくれると嬉しい」

大輔は全員に向かって頭を下げた。

全員そのまましっかりと頷いた。