そして、佳乃にとって、旅人として村にやってきた国崎往人と、彼の居候している家の神尾観鈴はかけがえのない友人だった。
佳乃は観鈴が原因不明の病気にかかっていることは分かっていた。
急に、癇癪を起こしてしまう。
その病気のおかげで観鈴は苦しい思いをしていると思っていた。
正確には病気とは少し違うのだが、それの本当の内容を知っているのは往人と観鈴だけである。
医者であり、簡単な治癒魔術が使える程度の姉にはどうしようも出来なかった。原因すらわからないのである。
佳乃にとっても二人は友達。二人が悩んでいるのは彼女にとっても苦しかったが、彼女は表には出さなかった。
自分が表に出して何かするよりも二人と普通に接していくことが大切だと思った。
きっといつか、観鈴の病気は治って、好きな時、好きなように遊べる時が来ると信じていた。
そうして、佳乃は聖や往人、観鈴と日々を過ごしていた。
それは、佳乃の人生の中でも、父親が生きていた頃と同じくらい幸せな時間だったのかもしれない。
やがて、佳乃の所に、知らせが来る。
それは、佳乃と観鈴に対するもので、妾として侍れと言う内容だった。
往人や、聖、そして、観鈴の母親である晴子等は怒り狂ったがどうしようもないように思われた。
その時、聖の仲間達がたくさん集まって来た。
聖は数年前から、いつか時がきたらと、村毎に協力を仰いで、村辺り2〜3人の戦闘要員を用意してもらっていた。
その人間達の大半が集まって1500人。
これは、斎藤辺境伯の正規軍よりも多い人数であった。
それだけ、辺境伯の統治に不満が多い人間がいると言うことであった。
聖にとってはまだ早いとは思ったが、周りの全員が乗り気で、止められる雰囲気ではなかった。
実際、すぐにも、二人を寄越せと言っている斎藤辺境伯に対して、これ以上伸ばすことは出来なかった。
そして、彼女達は蜂起した。
二人を貰いうけに来た人間を叩き出したのである。
そして蜂起を鎮圧する為にやって来た斎藤辺境伯の軍は聖の策と、往人の実行能力によって完膚亡きまでに叩き潰すことに成功した。
聖は言った。「次が正念場、次来た軍勢さえ打ち破れれば、私達の仲間でも立ち上がるものが増えるだろうし、相手もあきらめる筈だ」と。
しかし、状況は最悪の方向に動き出してしまった。
佳乃は、よく知らなかったのだが、姉達の話を盗み聞きした時にと〜っても強い軍隊が自分の仲間を倒そうとやってくると言うことだけは分かった。
今こそ恩返しをする時だと思った。
元々、自分が犠牲になれば、他の皆が助かるのである。彼女の中では答えはその時に決まっていた。
(もしかしたら、王都まで行けば観鈴ちゃんを助けられるお医者さんがいるかもしれない。)
そう思ったのも決断の理由の一つである。
佳乃は置手紙をすると、村を一人で出て行った。
(お姉ちゃん心配しちゃうだろうなぁ・・・)
それは心配ではあったが、自分の姉は今では1500と、その家族の命を預かる立場である。
「もし、追いかけてなんか来たら追い返しちゃうぞぉ〜」
一人ごとを呟く。
一人出歩くのは少し寂しかった。
しばらく歩くと、山を抜けそうな所まで来ようとしていた。
「もうすぐだぁ」
そう思わず呟いた時、口が何かによって塞がれた。
前方から一人だけで歩いて来る少女、年はおそらく祐一と同じくらい。
(まさか罠・・・・・?それにしてもどんな罠があり得るか・・・?)
楽しそうに鼻歌を歌いながら近づいてくる。
祐一は気配を消し、後ろに周り、口を塞いだ。
「動くな・・・!!」
小さい声で、それでいながら迫力のある声で言う。
少女はびっくりしたような表情をした。
(・・・罠と言うわけでも・・・ない・・か)
祐一には何がなんだか分からなかった。
「それでここまで連れてきた・・・・・と」
呆れたように大輔が言う。
結局、祐一は少女を陣幕まで連れて行った。
流石に、罠の類や待ち伏せの類は見慣れていても、道を少女が一人で歩いて来る等という状況は想定しているはずもなかった。
「結局祐一の周りには放っておいても綺麗な女の子が寄ってくるわけか」
頭を振り、からかうように一言。
途端に周りの連中が大爆笑した。中には「少し俺にも回してくださいよ」等と言っているのもいる。
祐一はがっくりと首を落とす。もはや言い返す気にもならなかった。
「さて・・・・それで、お嬢ちゃんの名前は何というのかな?」
ようやく、笑い終えると大輔は口を開く。
彼女はまだ微妙に放心状態を続けていたが、その言葉ようやく反応する。
「私の名前は霧島 佳乃だよぉ」と。
「霧島・・・?」
祐一はいぶかしむように首をかしげた。
彼の記憶では、確か今回の蜂起の指導者の名前は霧島聖と国崎往人とか言う名前だった。
他の団員も、その事を思い出したのか、佳乃を不思議な目でみていた。
「なぁ・・・もしかして、霧島聖という名前に聞き覚えはないか?」
とりあえず考えていてもしょうがないと祐一は尋ねた。
「霧島聖は私のお姉ちゃんだよ〜」
答えは簡潔だった。
一同は唖然とする。何故その蜂起の指導者の妹がこんな所にいるんだ?と言う感じであった。
「・・・それで・・・お嬢ちゃんは何でこんなところを一人で歩いているんだい?お姉ちゃんに用事でも言いつけられたのか?」
代表して聞いたのは大輔だった。
確かに可能性はないとはいえない。王都近くに潜伏している仲間に知らせることがあったのかもしれないし、他の地域の仲間との連絡を取ろうとしたのかもしれない。
祐一は黙ってかぶりをふった。
彼女の歩いている時の雰囲気はとてもそういう用事を持った人間のそれに見えなかったからである。
「うむむ・・・えっと・・・私は、王都って所に行くんだよぉ」
佳乃はあっけらかんと言った。話の脈絡が繋がっていないのは誰の目にも明らかだった。
大輔は頭を振った。既に意味がわからないと言う感じである。
「おい、祐一。俺は見張りに行ってくる。この嬢ちゃんの相手はお前がしろ。」
だから、彼は祐一に押し付けることにした。
「おいっ!!なっ!!ちょっと待ってよおじさん!!」
困惑しているような声を大輔は完全にシャットアウトした。
祐一の味方は何処にもいない。ここにいるのは、戦うことにかけては超一流に人間達だが、そっちの方面に 強い人間はいなかった。
祐一は一つ、ため息をついた。
「それで・・・お前は王都になんかにどうやって、なにをしに行くつもりだったんだ?」
気を取り直すと、祐一は落ち着いて聞いた。
この目の前の少女のペースに巻き込まれないように・・・とそれだけを考えながら。
ただ、その決意は
「私はお前じゃなくて佳乃だよぉ!!」
の一言で崩された。
「・・・・それで、佳乃は王都にどうやって、何をしに行くつもりだったんだ?」
もう一度聞く。後ろで何人かが笑い転げているが気にしないことにした。
当然、終った後にどうやって報復するかまで祐一は考えている。
「どうやって・・・って、歩いて行くつもりだったけど・・・」
きょとんとした顔で答える佳乃にさらに祐一の顔は変わる。
もうどう答えていいのか分からないのである。
ちなみに、馬で20時間走り続ける距離を歩いていったら少しも休まず歩き続けても7日以上かかる。
彼女の様子を見る限り、テントのようなものも、食料も持っているようには見えなかった。
「あと、王都に行く理由は友達を助けることが出来るお医者さんを探すことと、王様に呼ばれているからだよぉ」
「王様に・・・??」
また、突然な発言だなぁ・・・と祐一は頭を掻く。
この少女と王様ではとてもつながりがあるようには見えなかった。
「なんか、王様の所に妾として侍るんだって。君はどういうことかわかるかなぁ?」
瞬間、その場が凍った。
当然、佳乃はその意味を知らない。
ただ、姉や、往人の怒りようを見ていて「すごいことやらされるんだね」と言う程度であった。
祐一をからかいの目と、哀れみの目半分半分で見ていたものも、当然祐一自身もその言葉の意味することくらい分かっていた。
ただ、数秒もすると、全員の顔は納得のそれになった。
『あの王ならやりかねない』
それが全員の共通見解である。実際、この目の前の少女は多少変わった所もあるものの、彼らの記憶の中の皇女である、佐祐理や、伯爵 公子の名雪等と比べても見劣りするものではないように見えた。あの王が欲しがるような外見なのである。
と、同時に、祐一には、彼らの蜂起の理由も分かった。
元より、影ながらではあるが、多少の食料は援助しつづけていたので、税を払えずに蜂起と言う理由が祐一 自身いまいち納得出来ていなかったのであった。
「あの馬鹿共が・・・」
祐一は一人呟く。共といった理由は、当然斎藤辺境伯が絡んでいると言う確信に基づいたものである。
「それで・・・・どうしてお前は一人でこんな所に出てくる?どうやら、お前の仲間達はお前を守るために戦っているんだろう?」
当然、守られるものが自分から出て行ってしまっては、彼らが頑張っている意味がなくなってしまうのである。
その言葉に佳乃は笑って答えた。
「だって、もう十分嬉しかったし、何か、今度は、とっても強い人たちが悪者の手先として来るんだって。私はもう十分だよぉ」と。
当然、悪者の手先とは祐一達のことである。
祐一の後ろでは、その言葉に衝撃を受けるものが何人もいたのだが、佳乃には気づかれなかった。
佳乃もまさか、目の前の人間達が、そうとは知るわけがなかった。
祐一はため息をつくと、佳乃のことを周りにいた団員に任せて大輔を探すために歩き出した。
後ろの人間達は項垂れていた。
あんな連中の手先となんか思われていると言う事実は、彼らにとって何にも変え難い苦痛だった。
(あの連中の手先・・・俺達が・・・・か)
「悪者の手先・・・か。嫌な呼ばれ方だな」
ショックを受けている様子の祐一からその話を聞き、大輔も苦虫を噛み潰したような顔をする。
結局、自分達のやっていることはあの連中と同じことなんだろうか?と聞いてくる祐一に明確な答えを示すことは出来なかった。
だから、大輔はただ一つだけ笑いながら言った。
「お前のやりたいようにやれ。俺達はお前の望みどおりにに付き合ってやるから」と。
実際、あの連中の手先として今動かされているのは事実ではあっても、結果として奴らの思い通りにことを動かさなければいい。
その言葉に祐一は黙って頷く。
(あんな連中の思い通りにしてたまるか)
祐一は自分や、自分を信じてくれるものの誇りを守らなければいけないと思った。
翌日、彼らは山に入る。
罠等は既に取り除いてある。
と言っても、それは、自分達ように仕掛けた罠でないことは分かりきっていた。
どう考えても大軍ようの罠だったからである。
ちなみに、佳乃は眠って、祐一の馬に乗せられていた。
流石に、数時間山道を歩くのは骨が折れたらしく、あのあと戻ると既に寝息を立てていたのである。
置いていくわけにもいかないのだからしょうがなかった。
最も、全員、馬を引いて歩いている。 山道を駆けることくらい造作もないことではあったが、馬上では弓のいい的。少なくとも、待ち伏せの可能性がある以上そんな危険を冒すわけには行かなかった。
ただ、全員、この程度の行軍はなれている。
全員文句の一つも言わず、そして、馬も鳴かずに歩く。
音を立てれば気づかれる心配がある。山と言う地理で相手と戦っていては話し合うことも出来ない。とりあえず、早くあいての本拠地に近づくことが優先である。
煙が見える。村は近いようだった。
「騎乗!!」
祐一は佳乃を抱きかかえると馬に乗る。他の全員が馬に乗った。
馬を引いた集団より、馬に乗った集団の方がいざと言う時の対応がしやすいのである。既に、待ち伏せできる様な地域から外れていた。
祐一は腕の中の少女を見る。
たった一人で、他の全員の為に犠牲になろうとした少女。
それは、祐一にとっては不思議な行動ではあった。が、祐一は素直にこの少女を凄いと感じた。
祐一は、他の人間を離れた位置に待機させると村の入り口に単騎で近づいていった。
普通であれば、この少女を人質にでも使うような所だが、祐一達は、先ずこの勇敢な少女を帰してから改めて 降伏を勧告することを決めていた。
ここまでこの少女に思ってもらえる者達が何処か羨ましかった。
祐一はますます(彼らを殺したくない)と思った。
馬はゆっくりと駆けていく。
「敵が現れただと??!!」
聖は報告を聞き、集会所に飛び込んでくる。
数分前、見張り櫓の者が、近づいてくる白い騎馬軍がいると報告して来た。
「馬鹿な・・・速すぎる」
どう考えても、あと2〜3週間はかかるはずと彼女は思っていた。
実際、相沢公爵領と王都ヴァルキリアはそれだけの距離がある。
それが、相沢公爵代理が王都についてから僅か4日。
罠を仕掛ける時間すらなかった。
「王都駐留軍だけで来たという事か・・」
確かに王都にも相沢家の軍団がいる。
しかし、その数は僅か100。とてもそれだけで来るとは思えなかった。
だが、実際、相手は来ている。つまり、自分の目論見は外れていたわけだ。と聖は後悔する。
結局、自分も何処かで、前回5000の軍を退けたことに過信していたのかもしれない。 自分達でさえ、3倍の軍勢を破れる、なら、仮にも相沢家ともあろうものが15倍の敵に挑んできて なんの不思議があったのだろうか・・・と
「でも、王都駐留軍だけなら相手はたった100人だけだろ、聖? なら、そんな軍勢とっとと片してしまえばいい」
往人が勢い良く述べる。彼は前回の戦いの後も仲間を鍛えていた。
自分達の鍛えた軍勢は同数以下の相手になら負けるわけがないと思っているのである。
「国崎君、今ここにいる戦闘要員は何名いる?」
聖は落ち着いて聞く。前回の戦いの後村に一度戻っているものは多数存在した。
「全部で700人。100人相手なら負けるわけがない」
往人はそういい、武器を手に取り、外に出て行く。既に他の者の戦闘用意は出来ていた。
聖の「待て、国崎君」と言う言葉を往人は聞き流した。
往人はそれを聞くわけにはいかなかったのである。
「観鈴・・・俺がずっと傍にいて守ってやるからな・・・」
それが往人の誓いであった。
観鈴の病気は死の呪いである。
体の各部が少しずつ動かなくなり、やがて死に至る。
ただ、往人は最後の瞬間まで観鈴の傍にいると決めていた。
だから、例え、蜂起と言う行為が許されても観鈴を連れて行かれては往人にとって生きる意味を失うに等しかった。
だから、絶対に妥協は出来ない。最後まで戦い続けるしかないと往人は考えていた。
また、今無理やり動かそうとしても観鈴は動けない。
数日前から足が動かなくなっていた。
今では、母親である晴子がずっと観鈴についている。
観鈴が、それを聞いたら往人を止めそうなものだが、今の彼女は何も知らない。
それは、皆の優しさでもあった。
自分のために人が死んでいくと言うことを知ればこの少女はきっと苦しんでしまうから・・・・・・と。
どうすればいい・・・・聖は悩む。
妹は出て行ってしまったし、往人は止められない。
相手は100人と言っても、相手はこっちの戦力を完全に把握した上で戦闘を挑んできてるのだ。当然1500人相手でも勝てると言う計算の 上での出撃のはずである。
「どうすればいい・・・・」
聖は座り込んだ。
ちょうそその時、息を切らせて味方の人間が集会所に入ってくる。
「聖さん!!佳乃ちゃんが!!」
突然出てきた最愛の妹の名前に聖ははっと立ち上がった。
外に出ると、何やら柵の外を指差しながら仲間達が騒いでいた。
人を掻き分け前に出る。
白い馬が一頭近づいてくる。
馬を操っているのは若い・・・佳乃と同じ程度の年齢にしか見えない少年。
そして、彼が抱きかかえているのは
「佳乃・・・」
妹の佳乃だった。
馬に乗った少年は、柵の前で馬から下りると、近づいてくる。
「霧島聖と言う人物は何処だ?」
祐一は柵の中の人間に向かって尋ねる。
聖は名乗り出て、門を開けると少年の下に近づいていった。
「この子はあなたの妹だよな?」少年は妹を見せてくる。聖は黙って頷いた。
「山の中を歩いている所を見つけた。とりあえず返しておく」
祐一は佳乃を聖に渡した。そして、尋ねた。
「それで、今回の蜂起を終わりにする気はないだろうか?」と。
少年は、自分は相沢祐一だと名乗った。
聖は思う。この人間は貴族でありながら自分達を人間として扱っている・・・・と。
もしも、ただ終らせたいだけなら佳乃を人質にするなりやりようはあったのだから。
貴族と言う地位の人間が自分達のことを人間として扱うのを見るのは初めてだった。
「ここでもし私が拒んだらどうなる?」
「当然この乱を『鎮める』ことが任務である以上そう言われたらこちらも立ち向かうしかない」
「つまり、降伏か全滅か好きな方を選べ・・・・と言うわけか?」
横から往人が話しに紛れ込んでくる。
聖は、とりあえず往人のことを紹介する。
「観鈴は連れて行かせない。佳乃を助けてくれた分は礼を言うが、こちらは負けない。 そっちは見る限り100人程度、こっちは700もいる。降伏するのはそっちだろうが!!」
往人は最近余裕を失っているように思えた。
少なくとも、昔、初めて会った頃の往人はいろんなことを考えられる人間だった。
観鈴のことで、往人は苦しんでいるのである。
それが分かっていながらどうしようも出来ない。
聖は、医者でありながら何も出来ない自分を心底悔しく思った。
「なるほど・・・分かった。そういうことなら相手になるぞ。」
往人の台詞に祐一は笑って返した。祐一の方が往人より年下ではあるのだが、祐一の落ち着いた雰囲気は年下には見えなかった。
また、祐一には、相手に余り損害を与えずに勝てるとふんでいたのであった。
相手の騎馬軍も、民軍にしてはよく調練されているとは思ったが、祐一からすれば稚拙な軍隊だった。
「ただ、村を巻き込みたくはない。出来れば外での戦いにしたい」
祐一はそう申し出た。村に篭って戦をされても、勝つ自信は十二分にあったが、村人を巻き込みたくはなかったし、村攻めとなると相手を殺さなければいけなくなる。
「望む所だ。お前達が異端者と蔑む俺達の力を見せてやる!!」
往人もそう申し出た。
祐一はこれで終ったな・・・と思った。
元から、1500人をあいてにするために連れてきた100人。
相手が半分以下になった以上負ける要因は何処にもなかった。
「それで、野戦での騎馬隊のぶつかり合いか?中々面白い趣向を凝らしてくれる」
大輔は祐一の肩をばしばし叩きながら褒める。
他の団員も皆満足そうな顔をしている。
『無敵』の意味を教えてやると彼らの目は語っていた。
「それで・・・戦闘形式はどうする?祐一」
これは、つまりは本気で戦うのか?という意味である。
「練習用でいいと思うんだけど・・・皆大丈夫だろうか?」
その言葉に、団員も大輔もいたずらっ子のようににやりと笑う。
「やっぱりな、そう言うと思ったよ。皆異論はあるか〜?!」
大輔が声を張り上げる。異論を挟む者はいなかった。
「今回の戦闘の最大目標は味方に被害を作らないことだけだ!!皆、死なないように戦えよ!!」
祐一も声を張り上げる。
全員の槍が空に向かって一直線に伸びた。
両軍は村の外の平野地帯で向かい合った。
全員白一色の鎧を来た白騎士団は人数こそは7分の1ながら、何処か相手を圧倒するような雰囲気を持っていた。
「おい!!その布は何の真似だ??!!」
向かい合った状態で往人が尋ねる。
祐一達の軍は皆武器の先に布を巻いていた。つまりはこれが練習用の形式である。
もちろん、危ないことに変わりはないが、布を巻いておけば殺傷能力はかなり軽減されるのである。
「俺達は人を殺すためにじゃなくただ蜂起を終らせるためだけに来たからな」
祐一は答えた。
その答えに、往人らの軍はさらに怒りを高める。
彼らにも、正規軍を破ったと言う自信も、それなりのプライドもあるのである。
「
往人の声が張りあがった。
700人弱の騎馬が、101人の騎馬軍目掛けて突撃していく。
祐一達は、その場で止まっていた。全員で魔術の詠唱を始めている。
騎馬は勢いよく突進してくる。
往人は勝ったと思った。勢いがついた騎馬軍が止まった騎馬軍に向かって突撃すれば当然勢いのついているほうが強いに決まっている。
あと30メートル。そう思った時に、敵の軍から雷光が数十本走った。
先頭の数十頭がそれで倒れた。それにつまづき、後続の馬も倒れる。
ライトニング。雷系の上級魔法で、白騎士団の標準魔法である。
本気の力で打てば、一撃で人間数人を即死に追い込めるような強力な魔法ではあるが、手加減をしたため、死者はいないだろう・・・・と祐一は見た。
ただ、その代わり敵は混乱している。
馬が転倒したことによって、大きく道が塞がれたのである。
最前衛では、先ほど会った男が必死に立て直そうとしているが無理だろうと祐一は思った。
馬に乗ることは多少は慣れている軍ではあるが、混乱したことは始めてらしく、立て直そうとしても立て直せる状況には見えなかった。
祐一達はゆっくりと動き出した。
逆に往人達は混乱していた。
実際問題、彼らは戦場に置いての戦術的魔術と言うものに対抗したことがなかった。
つまり、初体験で、最強の魔法攻撃を受けてしまったのである。
最も、現状において戦術用魔術を軍隊として取り入れている所は少ない。
魔術の使い手を育成するのには、多額の費用もかかるし、少数ではそんなに意味をなさないからである。
現状、魔術部隊を軍隊の中に取り入れている軍は、白騎士団の他には、水瀬侯爵軍、あとは、相沢公国を挟んで向かい側にある、折原家の神聖王国の常備軍くらいのものである。
ただし、水瀬侯爵軍や折原の常備軍と言ってもせいぜいその数100と500。
2000人全て魔道騎兵で揃えている部隊なんてほかには存在しない。
それが、最強の騎士団と言われる所以であった。
ちなみに、往人達は相手が殺さないように手加減をしていることを知らない。
それでも、彼らは初めて受けた魔術による攻撃に混乱しきっていた。
それを見て往人は祐一の姿を探した。
大将を落とせば自分達の勝ちだと思ったし、自分になら出来るとも思った。
実際、彼は国軍との戦いにおいて、向かってくる敵全てを一刀の下に切り捨てていたのである。
一方その頃祐一の後ろで陣形が変わりつつあった。
今までは魔術用の陣形。それが今では突撃用の陣形である。
もちろん、このまま魔術を打ち続けるだけで損害も出さず勝てる戦ではあったが、流石にそれをやると相手に死者が何人も出る恐れがあった。
「40ずつ2組に分かれて側面より急襲。残り20は俺と共に敵将を落とす。いくぞ!!」
祐一は馬の腹を蹴って突進する。後から大輔と、他19人が続き、また、他の80人もそれぞれの10騎長の指揮のもと、両翼に回っていった。
「被害が出る前にあの国崎往人と言う男さえ落とせば終わりだ」
結局、両大将とも考えていることは同じだった。
やがて、両翼に回り込んだ部隊が突撃を始める。
ようやく、おさまりかけた混乱はまた盛り返した。
武器を布で巻いているため、彼らの攻撃は馬から人間を落とすのみではあったが、騎馬戦において、馬から落ちたものはもはや役に立たない。
往人達の軍は、混乱して足の止まっている所を凄まじい勢いで襲われ、どんどん馬から落とされていった。
一方その頃、中央部隊に向かって突撃していた祐一は往人を見つける。
往人も同じように祐一を見つける。
往人は祐一に向かって一直線に馬を走らせる。
部隊は完全に混乱しきっていて、動かしようがない。それなら、相手の大将を討ち取って同じような状況に持っていけば数で勝る俺達の勝ちだ。と往人は思った。
祐一の方に往人が突っ込んでくるのを見て、大輔が前に出ようとする。
祐一はそれを手で制して背中に背負った布の袋を構えた。
中には当然グングニルの槍が入っている。
「袋から武器を出せ!!」
往人が叫ぶ。自分相手に手を抜くことは許さないと言う表情の往人に祐一は黙って袋を振る。
出す気はないと言う意味のその行為に往人はさらに怒りを爆発させて突っ込んでくる。
距離がぐんぐん近づき、それが零になる。
往人が剣を振り下ろし、祐一が袋で受け止める。
激しい音がする。鉄の擦れあうような音だ。
必殺の一撃を軽く受け流されたことに驚愕しながらも往人は馬を反転させてもう一度突っ込む。
さらにもう一合。祐一は袋を回転させて剣を自らの方に引き込む。
そして袋を跳ね上げると剣が往人の手を離れ、宙に舞い上がる。
次の瞬間、往人の姿は既に馬上にはなく、彼の喉もとには袋が突きつけられる。
勝負は決した。
祐一の部下が、往人が落ちたことを触れ回ると往人の軍は戦闘意欲を失った。
両者とも死者は0。怪我人は、往人の側で40人ほど。
また、馬から落とされた者は全部で200を超えた。
祐一の側に傷らしい傷はつかなかった。