第三十一話








「貴方は・・・?」

お互いに問い掛けるのは、同時。

興味本位で問い掛ける浩平に、信用していいのだろうか?と祐一を抱き寄せて庇うように、佐祐理。

「浩平!!そんな言い方は失礼だよ。ちゃんとしなくちゃって何時も・・・だから浩平には」

「五月蝿い。分かってる分かってる。もう耳にタコが出来るくらいに聞いてるぞ。」

一瞬、佐祐理のことを忘れたかのように口論を始める二人。

が、その名前には聞き覚えがある。

「・・・・王国の、折原浩平・・・王太子殿下?」

佐祐理も、祐一の友人として、そして仮想敵国の総司令官としてその名前を聞いたことがある。

「ほらみろ。お前のせいで先に正体がバレてしまったではないか!!これでこっちが外交上一歩出遅れだ。このだよもん星人が」

「そんな、酷いよ浩平。何時もそんなこと言うから、佳乃ちゃんにまでからかわれる様になっちゃったんだよ?もう・・・」

軽く、浩平をパカパカ叩いて、向き直る。

「ごめんね。・・・えっと、名前を聞かせていただけないかな?私は長森瑞佳です。・・・祐一の、幼馴染かな?」

長森、瑞佳・・・。折原王太子の婚約者にして、世界最高の魔術師の一人。

そういえば、祐一が最後に長森伯爵家を。とか言っていなかったか?と思った。

と、同時に腕の中の祐一に向かって駆け寄って来る二つの影に、慌てて祐一を背後に回す。

王国は、帝国の仮想敵国。そう教えつけられた十数年間の教育は、相手がいい人に見えてもそう簡単には信じさせてはくれない。

「えっと、ごめんなさい。でも、祐一君を介抱しないと・・・。」

困ったように首を傾げる少女に、警戒感を解く。

目を見るだけで、それだけで十分。

祐一を掛け値なしに心配しているのは間違いなかったから。

だから、一つ息を吐いて、この言葉を吐き出すことがどんな状況を生み出す事になるか。と言う心配を忘れて。

「・・・・ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。佐祐理は、倉田佐祐理と言います。・・・お目にかかれて光栄です。 王太子殿下、王女殿下。」

祐一を、みさおに預けるようにして立ち上がると、深く礼を取る。

その場にいる全員が、凍りついた。







「嘘・・・・・・倉田皇女殿下?」

余りのことに、全員唖然。

おそらく、帝国軍の中の誰かだろうと言うことは分かっていたものの、びっくり箱の中身がここまでトンでもないものとは浩平も瑞佳も 想像だにしていない。

間違いなく、目の前に居る人物は世界を統べる者の一人であろう。

そして、祐一や慎一等、相沢家を憎み、ついにはその全てを滅ぼした者の、娘。

「このような形でお会いすることにさぞ不愉快に思われるでしょうけれど、どうかご寛恕くださいますよう。」

その皇女殿下が、深く深く頭を下げる。

「祐一さんが、谷を抜けたらオーディネルの長森伯爵家を尋ねるように。と佐祐理に言っていました。だから・・・」

だから、身分を明かしたのだろう。その言葉に嘘はないように思える。

そして、彼等は『親の罪は親の罪。子供の罪は子供の罪』と割り切って考えられる珍しい者たちである。

それに、祐一が直接に長森伯爵家と言ったからには、掛け値なしに信頼出来る人物なのだろう。

瑞佳からすれば、祐一が死の淵にあって尚、そこまで自分のことを信頼していてくれることが嬉しい。

全員が緊張感を解いて、わらわらと祐一の周りに集まっていった。

「って、まぁ、ゆっくりと自己紹介をしている状況でもなさそうだな。・・・・みさお!!・・・・やるんだろう?」

みさお。という名前にも佐祐理は聞き覚えがある。

(王太子殿下に、王女殿下・・・・王国の王位継承権の上位二人が揃って・・・?)

そんな葛藤をしている間に、浩平は素早く祐一の所へ駆け寄り、体を調べようとする。

そして、祐一の傷を確かめて、顔を顰める。

内臓が相当痛んでいるのも分かるし、左手の傷は見た目以上に、深い。と判断した。

「・・・左手は・・・無理だろうな。」

悲しそうに浩平が顔を振るのに、佐祐理が息を飲む。

その傷は、佐祐理を庇って出来たものだったから。

その時には、祐一の傍に寄れたこと。祐一を殺さずに済んだこと。・・・・祐一と一緒に居ることが、出来ることで、そのことまで 考えが回らなかった。

「そんな、でも、しっかり手当てをすればきっと・・・」

縋り付くようにして訴える佐祐理に、首を振る。

「無理だ。唯でさえ、戦えていたことが不思議なくらいに内臓が痛んでやがる。・・・・大輔さんに聞いていたとは言え・・・」

畜生!!と地面を殴りつける。こんなことなら、何としてでも戦場に出すべきではなかったのではないか?と

「瑞佳。俺の剣を・・・」

振り返って、怒鳴りつけて。慌てて剣を差し出す瑞佳から、剣を・・・もぎ取る。

みなまで言うな。と言わんばかりに、瑞佳が小さな炎の球を作り出して、浩平の剣にぶつけた。

消毒薬がない状態、こうすれば一応殺菌にはなる。

「俺がやるぞ?・・・みさおは、そっちの準備を。」

「待ってください!!だって、そんなことしたら・・・?」

佐祐理の言葉は、半分悲鳴のような物だったのかもしれない。傍に居た瑞佳が慌てて、抱きかかえる。

祐一の左手。躍るような剣技と、その他もろもろの武術の源となっていた、その左手。

その喪失が自分の責任。そう考えるだけで自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになる。

「皇女殿下。・・・・こうしないと、祐一の体が持たないんです。このままでは、出血多量で危なくなってしまいますから」

この傷跡では、止血は完全に出来ない。それだったら、手ごと切断するしかないんです。と

雪花によって出来た傷跡。

魔力を帯びた刀による一撃は、傷を癒そうとする体の中の力にも影響を与えている。

見ると、浩平が左手の付け根の部分を縛っている。血をストップさせる為に。

一刻の猶予もない。と言うように。

実際、祐一の左手が失われることに、この中で一番悲しさ、虚しさを感じていたのは――――浩平。

もう、前回の祐一相手と勝負することが二度と出来ない。そのことが悲しく思えた。

「行くぞ?祐一。」

頬をパンパンと軽く、2回叩く。・・・・返事はない。

完全に気を失っていると言うことに、安心する。

そうでなければ、もっと激しい痛みに襲われていただろうから。

「結局、お前相手に勝つことは一度としてなかったわけか。」

振りかぶる。

小さい頃に、祐一が送ってくれた雪風にも劣らないほどの強度と切れ味を誇る剣。

銘は『永遠』。

それを、祐一の左手、肘の上辺り目掛けて、振り下ろす。

傍で見ていた佐祐理は思わず目を閉じて。

音もなく、唯、切断された左手のみがそこに残る。

手早く、切断面を瑞佳に向けて促すと、分かっていたかのように、瑞佳が布を何枚も重ねて重ねて、止血を行う。

一度、血を止めてしまい、内蔵を癒してしまえば命に別状はないだろう。







「お兄ちゃん、祐一君をこっちに運んでください。」

そして、別所。

気がつくと、そこにあるのは一つの魔法陣。

書物を開きながら、みようみまねで書き上げていく其の様は、たどたどしく見えた。

「みさお、やっぱり俺達も手伝った方が・・・・」

瑞佳と並んで話し掛ける兄に、優しく首を振る。

「いいえ、お兄ちゃん達は、王国の・・・この、祐一君が守ろうとした世界の為に必要な人達ですから。だから・・・」

――――私にやらせてください。・・・・私と、佳乃ちゃんに。――――

命に代えてでも。そう悲壮な決意を抱くみさお、佳乃。

祐一の書き上げたシナリオ。いくら変更を加えるにしても折原浩平、長森瑞佳の両名の命に問題を起こしてしまっては取り返しのつかないことになる。

それは、王国の、否、三国全ての民にとっての・・・喪失。

それだけは、いくら祐一君を救う為であってもさせてはいけない。とみさおは最初っから考えていた。

と、同時に佐祐理は、目の前の魔導書が何であるのかを、おぼろげに、知る。

自分が見たことのない魔導書なんて限られているから。

それは、佐祐理は見たことがない。話にだけ聞いたことがある術法。

不治の病と言われた、美坂家の公女を完治させた、奇跡の術法。

そして、その術の内容も今の彼女には分かっていた。

「佐祐理にも、手伝わせていただけませんか?」

だから、にっこりと笑って、並ぶ。

みさおの右手に。

「佐祐理は、もう皇女ではありませんから、祐一さんの言う『世界』の為には動けません。でも・・・」

一人の魔導師として、祐一さんを助ける、その手助けくらいは出来ます。と

一瞬驚いた二人も、その言葉にしっかりと、頷く。

目の前の『お姫様』が、自分達と同じ想いを持っていることが分かる。

「佐祐理さん。と呼んでいいですか?」

くすっと笑って、みさおが佐祐理の背中に手を回す。

栗色の髪の感触を手に感じ・・・。

それを強く、抱きしめる。

最初はちょっと驚いていた佐祐理が、ゆっくりと頷いて、肩に手を触れる。

可愛いな。と思って、それで、佐祐理も朗らかに笑う事が出来た。

「いいですよ〜。それなら、佐祐理も好きなように呼ばせていただきますね〜〜。」

気がつくと、佳乃も何時の間にか近寄って来て、一緒にじゃれ付いてきていて・・・。

そのまま、数秒。そこに交わろうとした浩平が、瑞佳に首をつかまれて引きずり倒される。

「佐祐理さん、一つだけ最後に確認させてください。・・・私や、佳乃ちゃんがやろうとしていることは、命を賭ける禁術です。 ・・・今まで、人の身で成し遂げた者はいない。って大輔様は仰っておられました。それでも・・・」

――――それでも、貴方は成したいと思いますか?――――

其の問いに、返答は、ない。ただふんわりと笑顔を浮かべられて、唯それだけで彼女の意思を、知る。

――――もとより、命なんて惜しんでいる人がこんな所には来ないですよね。――――

くすっと笑って、祐一の体の横に正座。腰に下げていた聖刀。祐一のくれた、守り刀を抜く。

「それでは、始めます。お二人ともお手を私の体に触れさせて、魔法力を送り込んでください。制御は、私が・・・」

やります!。と力強く。

最後に、振り向くと三人で手を合わせる。

「お兄ちゃん、後のことは、お任せします。・・・我侭言っちゃってごめんなさい。」

目が潤むのを手を擦りながらそっぽを向く浩平。

「大丈夫だよみさおちゃん。浩平のことはなんとかするよ。だから、・・・」

――――死んじゃ、駄目だよ?――――

義姉に対して笑顔でもって返答とする。

誰も死ぬ気なんてない。祐一を助けて、一緒に生きるんだから・・・。

「行きます。・・・皆さん、決して無理だけはしないでくださいね?」

ゆっくりと、小刀と言ってもいい程度の大きさの刀を高々と掲げ、祐一の胸を目掛けてゆっくり、ゆっくりと降ろしていく。

(大丈夫。大丈夫。・・・・前回だって、上手く行っていたんだから・・・)

前回これを行使した時は、およそ小規模の。簡単な物。

祐一が倒れた時に、ちょっと。

本当に小さく、生命力を送り込んだだけ。

でも、其の時は上手く行った。だから、今回も・・・・

刀が、祐一の胸に、触れる。

びくっと体が震えて・・・それを必死に静める。

間違えたら、自分だけではなく佳乃ちゃんも、佐祐理さんも・・・祐一君も死んでしまう。

絶対に、絶対に失敗だけは許されない・・・。

リィンカーネーションの秘術。祐一君が、始祖神様が用いた時もこんな感覚だったのかな?と思って、同じ感覚を共有出来たかもしれない事に ちょっとだけ、嬉しく思う。

「えいっ!!」

ゆっくりと、刺す。

心臓に傷を付けてはいけないし、届かなくても、いけない。

寸分たがわずの寸止め。

(上手く・・・行った?)

ほっ。と安堵。

でも、術はここからだ。と緊張を新たにして向き直る。

これが、後に戦場を共にする三人が、一緒に何かを行った、・・・その最初の時。







そして・・・・





その戦の後、帝国においても王国においても、其の体制に大きな変化が訪れることとなる。




相沢祐一公爵の倉田佐祐理皇女を道連れにしての身投げと、相沢大輔を国崎往人が討ち取ったと言う事実が伝わると、 帝国軍、陣内は沸き返る。

誰もが、オーディンの本城における、悪夢のような攻城戦を覚悟していただけに、その知らせが届いた時には、遠く、王国の民まで 歓声が届いたとも言われるほどの歓声が巻き起こり、また、同時に白騎士団長を討ち取ったと言う事実は、国崎往人と言う人物の 評価を、一気に跳ね上げた。

彼は、悪道に走ろうとした公爵家の不正を知り、自ら不忠と言われようとも正道を貫いた。と言う評価の下、帝国軍にその名を轟かせる事となる。

倉田一皇帝も、相沢を裏切って自分の下に馳せ参じた。と言う事実をおおいに評価して、また、約束どおり相沢を討ち取ったとして、 伯爵号を往人に授ける。

帝国は、かねてより公国の保持していた領地を四分割。

うち、一つを国領とし、二つを戦において功をあげたもの・・・・秋子や、香里、名雪のような目だった将校に与えると共に、 もう一つを往人の伯爵領として授ける。

と、同時に、今まで『異端者』と蔑まれてきた者は、三侯爵領や、国崎伯爵領へ移住。

結果、この戦は帝国にとって、国を一つに纏める。という役割を果たす。

帝は、さらに、自らが獲得したロンディア平原からクレスタへと差し掛かる一帯を皇太子、倉田一弥にその統治を任せ、 旧公国領全土を属国扱いの独立国として認め、その宰相に水瀬秋子を。将軍位に水瀬名雪・美坂香里・久瀬有人・国崎往人・北川潤のような、 戦において手柄を立てたものを抜擢。

これらの行動は、近いうちに行われるであろう王国への侵攻に備えたものだと噂される。







「で、浩平達は・・・暫く送れて登城する、と?」

「その通りでございます。陛下。王太子殿下、並びに長森伯爵令嬢閣下、王女殿下は、急用が出来たから。と里村筆頭将軍に お任せになられて、駆け去って行かれました。」

由紀子に向かって、雪見がとうとうと述べる。

彼女達は、しっかり軍としての体勢を保ったまま、オーディネルへと帰還。

その、結果的に敗残兵となった者達を、王国の民達は温かく、非常に温かく迎えていた。

公爵家を守る為に戦った勇者達を、彼等はまるで家族であるかのように遇したのである。

「全く、浩平は・・・。ねぇ、茜ちゃん。何時でもいいのよ?貴方さえその気になったら何時でもあの子と 配置転換してあげるから。」

「先日も言われましたが、嫌です。私は、浩平みたいな部下を持ちたくは・・・・絶対にありません。」

「そう、はっきりといわれると私も悲しくなるわね。・・・・留美ちゃんも、詩子ちゃんもご苦労様。浩平達の迎えは・・・ 澪ちゃん、行ってくれるかしら?」

『分かったの』と画用紙に書き込んで掲げる少女を、温かく見守る。

「別に、詩子ちゃんは何もしていないから、行っても良いんだけどね〜。でも、茜が疲れてるみたいだし、ゆっくりと 癒してあげちゃおうかな〜」

「別に良いです。詩子の相手をしていると、逆に疲れますから」

「私は疲れたわよ。ずっとずっとあの馬鹿のお守りをさせられたんだから。全く、相沢公爵も・・・」

ぶつぶつと呟く留美は、おそらく一番の被害者であったに違いない。

「うん。・・・本当に悪いわね。留美ちゃん。・・・・それじゃぁ、澪ちゃんは支度が出来次第お願いできるかしら?・・・・でも、 なるべく少数でお願いね。」

『分かってるの。大丈夫なの』

王国は、今日も平和。







「で、国崎君は何処に行ったんだい?・・・神尾さん」

「あん?居候・・・やなかった。伯爵閣下ならうちの娘とどっか出かけてったで?・・・・何か用やったんか?」

「・・・・僕と彼とで、軍事の資料整理を行うことになっていたんですが」

「ああ、そりゃアンタが悪いわ。祐一さん達やったら、それを伝える前に首に縄つけてひっとらえた後にやらせとったからな」

「ちなみに、こう言う場合、当然どうなるかは、ご存知ですね?」

「ん?ああ、ウチはごめんや。霧島さんが暇そうにしておったから、そっちに声かけたれや。」

スタタタ・・・と駆けていく晴子。

「何でこうも相沢君の周りは不真面目な輩が揃うんだ・・・・!!」

ボキッと鉛筆が手の中で折れる。

久瀬有人。文句を言いながらも真面目に働く誠実な人間。そして、努力家。結局、面倒なことは彼のような人物に押し付けられることが非常に多い。







「おいおい、久瀬の奴、絶対怒ってるぞ?」

一方、ちょっと離れて丘の上、寝転ぶ二人に影が一つ、近寄って行く。

「ふに?・・・久瀬さんも怒ってるのならここにくればいいのにね。ね、往人さん」

ゴロゴロと猫のように草の上を転がりまわる。

ゴロゴロ。ゴロゴロ。

「なぁ?そう思うだろう?・・・・あいつもいい加減血管切れて病院に行かされるぞ。って、お前だって仕事あるはずじゃなかったのか?」

「俺は、ちょっと訓練に来ただけだ。まだまだお前との決着もついていないからな」

木刀が投げられて、頭に直撃する。

「痛てっ!・・・・ちょっと、今は勘弁してくれ。ここでやらかすと後で観鈴に怒られる。」

周りの草原を見渡して・・・

「ここは、祐一が良く散策に来ていた場所だったらしいからな。出来れば踏み荒らしたくは無い。」

だから、やるのなら場所を移してくれ。と提案。

「ここが、か。そういうことなら俺の方が悪かった。それじゃぁ、また館に戻った後にでも。な」

応。と片手を挙げて答えると、そのまま観鈴の隣に寝っ転がる。

「ああ、そういえば・・・久瀬が、今度国崎君を見つけたらただじゃおかない。って怒ってたな。あいつ、怒らせると一番怖いから気をつけろよ?」

「・・・・・それで、今から向かえば怒られないと思うか?」

あ〜っと空を見上げて大きく欠伸。

立場が上がれば責任も増える。当然のことながら煩わしい。

昔の、風来坊の頃に戻りたいと思うことも多々。

「いや、無理だろうな。今から行ってもおそらく木に吊るされる程度は覚悟した方がいいだろう」

それじゃ、巻き込まれないうちに俺は逃げとく。後は頑張れ。と笑いながら、潤は去る。

「結局は、死刑を伝えに看守がやってきたって程度じゃねぇか」

やれやれ。と空を見上げて、もう一度大きく寝転ぶ。

「祐一も良くもまぁこんなことを一人でやっていたもんだ」

内政、軍事、外交。一日にこなさなければいけない量、その一つ一つに今の往人は一日がかり。

そんなことを、幼少の頃から一人でこなして来れたと言う祐一が、彼には改めて怪物に思えた。

ちなみに、彼がこうして寝転んで居る間にも、聖が、晴子が。そして、軍事面では有人が必死に働いていて、 彼の者達は口々に往人の悪口を言いつつ、『見つけたら唯じゃおかねぇ』と言い合っている。

でも、それはまた、別のお話。







「お母さん。これは・・・これでいいの?」

「あらあら、名雪。・・・公務の時は『水瀬侯爵と呼びなさい』と何時も言っているでしょう?」

ごめんなさい。と舌を軽く出して、微笑む。

その横に、支えるかのようにあゆが付き従っているのを見て、一つ微笑む。

「そうね。・・・数字がちょっと計算間違っているみたいだけど、良く頑張ったわね。ここだけちょっと手直ししたら休んできていいわよ?」

一弥さんと、お茶でも飲んできなさいな。

そう続けた所で、名雪に逆に責められる。

「『水瀬侯爵閣下』。公務の中で皇太子殿下を呼び捨てにされて宜しいのでしょうか?」と

「あらあら。・・・名雪がうつっちゃったかしら。私も気をつけなくちゃね。」

二人の頭を何度も何度も、撫でる。

帝国から分離しての、今回の国作り。

秋子は、慣れ親しんでいた水瀬侯爵領を自ら国に返上。

代わりに、公国の四分の一程度の土地を譲り受けて、正式にこの新王国の宰相に就任している。

それ以来、楽しい。

周りに居るもの達全員が、自分を母親のように慕ってくれている。

最初は、往人に対して複雑な思いを抱いていたように見えた名雪や香里も、今では祐一の後継者と認められたその人を、 仲間として受け入れているように見える。

今では、内政は水瀬母娘が。軍事は、久瀬公子と北川公子が。外交面・・・主に、帝国の中の、こちらよりに領土を持つ貴族との取引や、 帝国首脳との話し合いの中心は美坂家が。そして、国崎往人を祐一の後継者となれるように、なるべく多くのことに関わらせることで経験を積ませようとしている。

最も、彼が逃げ回って、その仕事は自動的に他の者にまわってしまうのではあるが・・・・

それでも、基本的には楽しい日々が続いていた。

「それじゃ、私も仕事を一先ず終えたら、『皇太子殿下』の所に向かいましょうか。一緒にお茶でも飲みましょう。」

名雪、あゆちゃん。手伝ってくれる?と聞いてくる母親に、娘二人は元気良く頷いた。







「全く!!結局大輔様や、相沢君の犠牲の意味なんて何も分かっちゃ居ないのよね、あの連中は!!」

あの方達が居たからこそ成り立っていたことがどれだけあると思ってんのよ!!と勢い良く机を殴り飛ばす姉を、まぁまぁと妹が宥めすかす。

「そんな事言っても、それが分かるほどの人達じゃないことなんて分かりきったことですよ?お姉ちゃん。 それが理解出来る程度の頭を持っていたら、こんな戦、起こっても居なかったです。」

宥めるフリして、相当辛らつなことを言い放つ妹。

(この子を、貴族との会談に連れて行くのは金輪際止めよう。)

前回、往人を会談に連れて行って、途中で大喧嘩を始められたことを香里は忘れていない。

最も、そのおかげで会議中に『美坂の公女が乱心』等と言う自体にならなかったことについては香里は心の中で往人に感謝をしている。

その後始末以来、彼女と往人の距離は本当に『ある意味』において、凄まじく縮まっていたが、それが良いことか悪いことかは謎である。

「お姉ちゃんも、少しは休憩して、北川さんと『デート』でも楽しんできたらどうでしょう。そういうことなら、不肖私が、精一杯 お姉ちゃんの穴を埋めて見せま・・・」

「そんなふざけたことを言うのは、この口かしらね?」

あぁん?と口を掴まれる。

頬を抓られる。

頭を拳骨でぐりぐりと痛めつけられる。

「貴方、そんなことばっかり言ってるけどね、貴方こそ、何時までもそんな子供子供のままじゃぁ何時まで立っても一人身よ?」

頭を抑えて蹲る妹へ、それでトドメ。

「そんなこと言う人、大っ大っ大っ嫌いです!!!!」

バァンと書類を顔面に叩きつけて、駆け去る妹。

しっかり纏めていた書類の数々。順に並べていたそれらの物は、既にその原型をとどめていない。

おかげさまで、今日数時間にかけて行ってきた仕事が台無しだった。

数時間後、全身を震わせて戻ってきた姉に、栞が体中をメタメタに痛めつけられたのは、これもまた別のお話。







夜には全員が揃う。食堂には秋子が自ら拵えた料理が並び、全員が話し合いをする。それが、この新しい行政府となった館での、『通常』

「今日も美味しいですね。秋子さんの料理は・・・。私にも出来るかしら?」

香里のその言葉に、栞が、潤がザザッと・・・退く。

「・・・なぁ、香里の料理ってそんなに酷いのか?観鈴も、名雪もあゆも。栞も。結構料理は上手だと思うんだが。」

そして、今日地雷を踏んだのは、往人。

あっけらかんと呟いた一言に向けられた香里の目は、余りにも厳しい。

誰もが往人の周りから離れる。

目が語っていた。『それだけは言っちゃあいけなかったのに』と

気がつくと、観鈴まで傍から離れていて・・・

孤立無援。

仲間なんていない。と往人は思った。

それが、毎日の食事の風景。

こんな楽しい食事をとるのは、一弥は初めて・・・否、二回目だった。

数ヶ月前、ヴァルキリアで取った夕食。

祐一兄さんも、佐祐理姉さんも、そこには居た。

一弥は、気がつくと自分が笑みを浮かべているのに気づき、驚く。

あの二人が・・・三人がこの世界から失われたあの時、もう二度と笑えることはない。と思っていたのに。

(姉さん、僕は楽しくやっていけそうです。祐一兄さんのくれた槍。大切に使わせていただきます。)

往人を眺める。

何処と無く祐一に似ていて、似ていない。

何処でも掴めるようで、何処にも掴み所がない。

まるで、雲のような、そんな人。

「そうですね。香里さんの料理は一生忘れられない味だったと思いますよ?ねえ、北川さん」

にっこりと笑って、参戦。

お供を一人巻き込むのを忘れずに。

巻き込まれた方は、早速張り倒されて呻いている。『俺は、何も、言っていないのに。』と

そして、一緒に怒鳴りつけられながら、一弥は笑う。

最近の何でもない唯の一日が妙に楽しかった。







そして・・・そして、この物語の最後の1ページは、一台の馬車の中。

(あ〜。・・・ここが、天国って奴か?てっきり地獄に落とされると思っていたのに。 地獄にしちゃ温かくて気持ち良いし。)

ま、暫くこのまま寝ていよう。そう、『彼』は思う。

ゆらゆらと、地面がゆれるような気がする。

何故か、両足の部分と、頭だけが温かくて、柔らかい。

そして、又暫くその感触に身を委ねる。

それは、彼がずっと望んでいたものに相違なかったから。

「祐一、良く寝てるね。・・・浩平!!もっと揺らさないように運転しなさいよ?もう」

「ちょっとマテ。ふざけるなよ?何で俺が毎回毎回。・・・・酒はかけられる。上から落ちてくるカップルを何故か一人で 受け止めされられる。挙句の果てに、今度はいきなり上空から武器が降ってきて、さらに気絶した人間4人を魔獣から守りつつ運ばされたんだぞ??!!」

幕を捲りあげて、怒鳴りつける兄に、みさおが『駄目!!』と叱り付ける。

「祐一君、ゆっくり寝ているんだから騒いじゃ駄目です!!」

は〜い。と全てを諦めたかのように幕を元に戻し、御者に戻る。

体から酒の匂いは抜けないし、魔獣と戦い続けて体は傷だらけだし、挙句の果てには邪魔者扱い。

なんだか、泣きたくなる。







そんな聞き覚えのある会話。

(ふ〜ん。天国にも似たような声をする奴がいるのか・・・珍しいこともあるもんだ・・・・・)

そんなことを脈絡もなく考えて気づく。あれ?・・・と。

「って、そんなわけないだろうが・・・!!」

ガバッと跳ね起きる。

目の前には、見覚えのある顔が・・・二つ。

そして、上を向くとこれまた見覚えのある顔。

自分の下半身の方向を向いても、同様に。

「瑞佳さん・・・それに、みさお、佐祐理さん、佳乃?」

何だこれは・・・と思わず呟く。

対して、祐一の方を向く二人の顔は喜びに満ちていて。

「祐一君っ」

抱きつかれる。不思議と、体中に全く痛みがない。

が、そこに来て、左手の感覚が全くないことにも、気づく。

ただ、それを入れても体は快調だった。

まるで、みさおに始めてあった時に戻ったかのように。

「・・・・俺、生きてるのか?何で・・・」

確かに、死んだはずだ。間違いなく致命的なダメージを体の内部に受けていたし、左手の傷だってそのままにしておいたら出血多量で 命はないほどの代物。

「それに、何で瑞佳さん達が俺や佐祐理さんと一緒に?兵達と一緒にオーディネルに向かったはずじゃぁ・・・」

やっぱり夢か?と思い直して、首を振る。

感じている温もりは、間違いなく現実のものだったから。

「大輔様は最初っからこう為さるおつもりだったらしいの。だから、私や浩平、みさおちゃんや佳乃ちゃんは王家の谷の最深部で ・・・・・」

「あの魔獣の巣窟を抜けてですか・・・危ないことをしますね。瑞佳さん達も。浩平はともかく、瑞佳さんやみさお、佳乃には危ない場所でしょう?」

「でも、祐一を救えるのはみさおちゃんだけだったから。それに、佳乃ちゃん。皇女殿下からもお力添えを戴いて。」

だから、二人をそのまま寝かせて置いてあげて。と言われて、祐一は動くのを止める。

「交代交代で起きていたんだけどね。みさおちゃんが運が良かったみたい。

ちょうど起きている時に祐一が目覚めてくれたんだから、ね。」

朗らかに笑う瑞佳。

ふと、疑問に思ったことを、尋ねる。

「俺は、一体どれくらい眠っていたんですか?」

かなり不自然な体勢をしている。

馬車の座席に寝かされて、祐一の膝を枕に佳乃が眠っていて、佐祐理が祐一を膝枕したまま、座って寝ている。

さらに、首筋にはみさおが抱きついてきていて・・・・

そんな体勢に、瑞佳が一つ微笑を浮かべてから、ゆっくりと口を開く。

「うん。大体・・・5日くらいかな?私達もゆっくり来ているからね。もうすぐオーディネルだからここで起きてくれて助かっちゃった。」

流石に、オーディネル近郊で王太子に御者をさせるわけにも行かないからね。と笑う。

「・・・それで、俺は何で生きているんですか?・・・仮に浩平達があの場で介抱してくれたとしてもとても治せる状態じゃなかったはずです。 しかも、体の節々の痛みが全くない。」

それが、解せない。

それに対して、う〜ん。と困ったように瑞佳が唸る。みさおの方を向くと、軽く頷かれて・・・ゆっくりと、口を開く。

「祐一なら、分かるんじゃないかな?たった一つだけ方法があったことを」

でしょ?と顔を向けられて、・・・そして、祐一は数秒考えた後に解答に辿り着く。

「でも、まさか・・・あれは・・・」

大輔さん達が燃やしてしまったはずだ。と続けようとして・・・・思い出す。

別れ際に大輔はこう言っていなかったか?『ごめんなさい。』と

額を抑えて、泣き笑いのような表情を浮かべて・・・

「あらら・・・やられたってことですか。結局は・・・大輔さんにも、貴方達にも。」

まさかなぁ。と思う。人の身であれを行使出来たのはおそらく最初で最後のことであろう。

『奇跡』としか、言いようが無かった。

「三人でやったから、成功させられました。私と、佳乃ちゃんと、佐祐理さん。」

誇らしげに笑うみさおの頭をくしゃくしゃと、右手一本で。

「つまり、大輔さんも貴方方も、俺に『生きろ』と?」

うん。と二人が頷くと同時に、膝の上の少女が、頭の上の少女が同様に頷いた・・・・気がした。

やれやれ。と首を傾げて、上空を見る。

幕に遮られて見えない青い空が、何故か見えるような気がして。

「なぁ、みさお。・・・貸してくれるか?魔導書を」

「はい、そうですね。そう言われると分かっていました。」

どうぞ。と差し出される魔導書。

リィンカーネーションの魔導書。

祐一は、それをたった一本だけ残った、その右手で持つ。

そして、軽く放り投げると、右手に炎を作り出して・・・包み込む。

ゆらゆらと揺れる炎の中で、ゆっくりと燃え尽きていく魔導書を見送る。

「ごきげんよう。お前のおかげで楽しめたよ。」

そして、灰を・・・窓から投げ捨てる。

サラサラと、舞い上がる灰は、二度と元の形をとることは無いであろう。

確かに、ここで世界における『神』の力は失われていた。

「はぇ?・・・祐一さん?」

「あぁ。祐一君が起きてるよぉ!!」

そして、物音にゆっくりと起き出す二人に顔を向けて・・・

ゆっくりと、笑いかけた。








とりあえず、最後にちょっと後書きでも。








う〜ん。最後までしっかり書けて嬉しいですね。

全員のエピソードもなんとなく書き上げること、出来ましたし。

最初っから考えていたシーンは、題名通り未完成の城が、未完成のまま滅んでいく様を考えた時に、この題名が付きました。

その後、2転3転しつつも、「未完成の城(第一部?)(公国編)」は終わりです。

まず、この作品は、改定されたものなのですが、最初に出された作品では、ヒロインはオリキャラ。そして、佐祐理に栞。と言う予定でした。

そのときは、舞も居ましたし、逆にONEのキャラクターは浩平と瑞佳、茜程度でした。

佳乃がいれられたのは、丁度Airをやって、最初にクリアしたキャラが佳乃で、その時にこれを書き始めたくらいだったから使った。とその程度ですね。

大輔。と言う存在は居ませんでしたし、慎一は敵にする予定だったりもしました。

まぁ、それがどうまかり間違ったらこうなるのかは分かりませんが・・・・







この話のテーマは、掲示板にも書きましたが『滅び』と言うものを書きたかったです。

祐一や大輔は、浩平の力を借りれば、戦略上においても遥かに優位に立っています。 本来なら往人以下三万の精鋭と、難攻不落の砦があったわけですから、

また、その戦略上の有利が戦場においてひっくりかえされることもなかったでしょう。

祐一や大輔と、曲がりなりにも渡り合えるのは秋子さんくらいです。

だから、今回の戦、戦略において秋子さんが大きくリード、戦術においてある程度巻き返すも、完全に巻き返しきるには至らなかった。そんな感じでしょうか?

と言うか、元より、祐一達は無理やり自分の負けの方向に向かっていきます。

往人を敵連合軍に組み込むことで、異端者と言う存在を相手の仲間とさせ、また、神と言う存在が人に『依存』を与えているのではないか? と言う状況から、そんなものは世の中から亡くなった方が人の為になる。と考えるわけです。

(この辺りは、作品内には私の腕不足によりイマイチ書き入れることが上手く出来ませんでした。申し訳ありません。)

逆に、祐一の周りの者達、みさおや浩平。それに、大輔・・・。別箇所においては往人や観鈴達。そして佳乃。彼等は、 それぞれが祐一を助けようと動きます。







十数話辺りで往人が「裏切るか」と言った流れが相当長く続きました。

裏切る。と言うのは、そのままの意味ではなく、こう言う意味です。

往人だけでなく、大輔やみさお、浩平達も何処となく祐一を裏切っていますね。祐一の描いたシナリオは、自分が命を散らすことで平和が 訪れて欲しい。その為に、自分は殺されたい。と言うものですから。

そして、結果として代わりに大輔が命を散らします。

何故か人気があったこのキャラクターですが、最初の方から大輔の死は決まっていました。

具体的には、最初の方に祐一が慎一、大輔と再会して話し合ったときくらいには。

祐一を生かしておく以上、彼まで生かしてしまっては結局『相沢』と言う名前が残りますし、神の存在する世の中が続いてしまいますので。

なので、大輔にはご退場願う羽目になってしまいました。彼自身も、祐一を生かすと決めた時には自分が死ぬことは決めています。







と言うところで、一旦は終わりです。

次としては、この後の祐一と佳乃、佐祐理、みさおの4人と、今作で使われなかった2〜3人の新規キャラを中心にした話になるのでしょうけれど、どうなるかは不明です。

読んでみたい。と少しでも思っていただけたら、感想を書いていただく際に、ついでにちょこちょこと書いてくれれば、やる気が十倍くらいに跳ね上がるかもしれません。

唯、問題は、『未完成の城』は完にして、新しい題名で書くか、そのまま32話〜にしちゃうか・・・・




と、最後なので長々と後書きを書いてみましたが、そろそろ終わりにさせて頂きます。

それでは、ここまで読んでくださった方々に心よりの感謝を。

そして、毎回素晴らしい副題と、また、投稿のたびにおかしい所を指摘してくださった管理人様に最大級の感謝を。

・・・これからもご迷惑をかけることにもなるのでしょうけれど・・・。