「気をつけてね?北川君。相沢君は・・・強いわ。多分、誰よりも」

簡単な防護術法を彼の体にかけつつ、囁く。

未だ彼の者は遠い。かけ終わった後、散会。そして、魔術を行使する後ろ備えと上手く連携を取るしかない。

「分かってる。俺はとにかく接近戦を挑んでやる。サポートは・・・」

「大丈夫よ。それより、本当に気をつけてね?」

「お?美坂が俺のことを心配してくれるなんて珍しいな。」

「ば!馬鹿!!方が居なくなったら、相沢君を止めれる人間がいなくなっちゃうってことよ。」

ふん!と横を向いたその横顔。

頬が赤くなっていることは誰の目にも明らかで・・・・

「で、お二人さん。・・・・そろそろ初めて良いのか?」

前を向くと、呆れ顔の祐一。

後ろを見ても興味深げに覗き込んでいる者が数名。

後に、彼等がこのときのことをネタとしてからかわれるのは別のお話。








第三十話








「・・・・やべぇ。まさか、これほどとは思わなかったぞ・・・・」

地面に叩きつけられて、呻き声を上げる往人。

その傍に、北川子爵公子。以前自分が剣を合わせた、帝国きっての剣客が跳ね飛ばされてくる。

そして、起き上がる、迫る。

「相沢ぁ!!・・・意地でも、意地でも俺が止めてやる!!」

久瀬公子とも約束したんだ。と。気合を入れて・・・

その切っ先は、相手を殺す為の一撃。と言えるほどに、鋭く速い。

思わず往人が「それじゃ危ねぇ!!」と呟くほどに。

が、潤が突き刺した所に・・・既に祐一はいない。

(何処に・・・行った?確かにここに・・・)

人は消えない。移動すれば気配が残る。なのに、なのに気配がないというのはどういうことだ・・・・

と、思ったと同時に首筋に冷たい感触。

「なっ・・・!んで・・・」

右手で持った槍の穂先を首筋に当てつつ、左手で他の者達を牽制。

「ある程度の傷は覚悟してくれよ?流石にお前を残しておくと後がきついんでね。・・・悪いが、脱落してもらうぞ?」

横に振るえば即座に首が飛ぶ。

祐一は、その槍を・・・縦に振るった。

肉を切り裂く感触。背中を一気に、切り裂く。

(げ・・・ちっとやりすぎたか?・・・・まぁ)

死にはしないだろう。と首を振る。

遠くで崩れ落ちる彼の者の名前を叫んでいる香里を一瞥して・・・・心の中で詫びる。


祐一は、自分の体はそう長く持たない。と自覚している。

むしろ、みさおの膝の上で起きた時、しっかりと動けたことが奇跡に思えるくらいに。

垂れ流しと言わんばかりに溢れる血。

その現界を察したからこそ、彼は北川潤を、切り裂いた。

もしかしたら傷跡が残るかもしれない。と言うような苛烈さで。

彼の実力は、このままの調子で体が力を失い続けた時、おそらくは祐一にとって脅威となるものだったから。

そして、往人の方を向く。

その顔は、壮絶と言えた。







斬りかかれば切り替えされ、突けばかわされる。

魔術で作り上げた氷の狼も、前後左右からの攻撃を一瞬の魔術構成で跳ね返された。

感覚的には、先日戦った相沢大輔。武神をベースに考えていたのだが、考えを変えなければいけない。と思っている。

「だから、祐一と張り合いたければ俺を片手であしらえるくらいになってないと無理だ。って言ったろう?」

地面に胡座をかいて座りながら、一つだけ残していた樽から、酒を注いでは飲む。

始まった当初から「やれ!!やれ!!」等と囃し立てている姿は、戦場のそれには見えない。

まるで、祐一が負ける。という可能性をこれっぽっちも考えていない姿。

しかし、それは目の前で行われていることから考えれば当然の行動と言えるのかもしれない。

気がつくと、祐一が前衛の北川子爵公子を倒したことで、隙の出来た後衛に向かって斬り込んでいる。

所詮は、魔導師として一流であっても、前線の戦士としては二流以下の面々。

唯一人、秋子だけは、慎一から手ほどきを受けていたのか、それなりに近接戦闘も出来る方ではあるが、とても戦いになるほどではない。

僅か、数分。その短い時間で、既にふらふらになっている者も数人。

殺してしまうこと、そして、自らが気絶させられることが、祐一にとっての敗北条件である。

「往人。分かったか?お前等程度に、いくら条件を付けられたとしても遅れを取ることなんてありえない。・・・・お前に 大してダメージを与えていない理由、分かっているんだろう?」

口を、鎧の中に入れながら話している。

それを不自然だと思えるほどの余裕もなく・・・。

最も、祐一の方にも全く余裕はなく、震え出す足を必死に抑え付けているのではあるが、それを往人達が気づくことはなかった。

「・・・・・」

胸の中で舌打ちをして、祐一を睨みつける。

分かっている。『祐一を、殺せるだけの体力を残す為』だろう。

こっちを殺せないと思えば、攻撃が緩む。そうすれば、一撃与えることも不可能なんかじゃない。

そして、一撃与えられるチャンスさえあれば・・・・そう思って、この展開を作り上げたものの、ここに来て自分の見通しの甘さに 恥ずかしくもなる。

しかし、ちょうど、その時、後方に馬が駆ける音。誰だ?と思う。往人の知りうる展開に、そんな事は入っていない。

「ねえ・・・・さん?」

何時の間に?と問い掛ける一弥の言葉は、言葉にならない。

後方に見えているのは、倉田佐祐理を先頭とした、騎馬兵約7〜80。

おそらく、哨戒に出た部隊をかき集めてきたのだろう。

それを見て、往人は衝撃と、そして怒りを受ける。

「何故?何故だ・・・・?」

何で、こんなことをする。思わず、口に出た言葉は怒りを孕んでいる。

これだけの、事情を弁えている少数だけでやってきたのは、祐一を気絶させると共に、何処かに逃がし、そして、 帝には『相沢祐一・大輔の両名は、我等に追い詰められたあげくに、自ら王家の谷に身投げ致しました』と報告する為。

一般の兵士を連れてきてしまっては、全てが台無しになってしまう。

「な?佐祐理さんには分かっている。何が、世界の為に一番良いか。お前も分かったらいい加減覚悟を決めろ。」

祐一が優しい目を向けることに、往人は腹が立つ。

あの行動は間違いなく祐一に本懐を遂げさせてやろう。と言うものに見えた。

あれだけ、祐一の事を想っているように見えた皇女殿下が。である。

そんな風に諦めてしまうことにも腹が立つし、祐一の態度にも腹が立つ。

どうして、こいつは自分の命をこんなに軽く思えるのか。

仮に、祐一を殺してしまったら、ここにいる者たちがどれだけ悲しむのかも祐一は理解出来ていない。

そして、顔を上げるとが仕方ない。と乾いた笑顔が向けられるのを見た。







後方では、既に馬群は視界に入ってきている。

目をこらすだけで、馬に騎乗している者の表情まで読み取れた。

それらの者に共通して存在するのは、混乱と恐怖。

城をも一瞬にして破壊した力の存在に、彼等は完全に怯え切っている。

「皆さんは、この場で待機していてください。佐祐理が命令するのはそれだけです」

ニッコリと微笑んで、自身は馬から降りて近寄って来る。

兵士たちは、その意図が分からない命令を聞いて、立ちすくむ。

周りの者達にも、その考えが分からない。

祐一は、佐祐理に向かって一つ、満足そうに頷くと、左手で一本、小刀を掴む。

彼は、佐祐理が『目』を連れて来たのだと思った。

有難い。と感謝する。

そして、往人達の小細工なんか、意味を成さないと言わんばかりに、構える。

大魔術を痛んだ体で無理やり行使したせいか、体には既にほとんど力が入らない。

魔法力はからっぽだし、槍を持って立っているのがやっと。と言った所だろうか。

「なぁ?往人。知っているか?確かに、俺はここにいる者達を殺したいとは思っていない。ここにいるのは 十年後の帝国を支える人材だからな。―――だが、一人だけ居ると言うことを、知っているか?」

小刀の先を、向ける。その先に居る人物を見て、往人の顔色が変わって・・・・

「観鈴・・・」

その本人も、びっくりしたように目を見張る。

まさか、自分が話の中心にされるとは思っても居なかったのだろうか。

「そうだ。俺は、目的を果たす為なら無関係の者でも殺せるぞ?・・・今すぐに、な。」

往人の、『やめろ!!』と叫ぶ声は声にならない。

放たれた刀は、唯、観鈴に向かって飛来する。

風を切るように。閃光が走るように。

直後、観鈴が短く叫び声を上げた。

首元を掠めたそれは、黄金色の髪の毛、数本を中に舞わせながら、後方へと流れる。

そして、もう一本構えて・・・

「どうだ?次は外さない。もし、これ以上躊躇したら・・・俺は、やるぞ?往人」

これ以上戦えるほどの余裕は、祐一の体は持ち合わせていない。

そんなことを言いながらも軽く咳き込むだけで、唯、それだけで、鎧の中に血が一気に吹き出てくる。

体中、血と油汗だけで一杯・・・。

今、戦闘を行えば、間違って殺してしまうかもしれない。そんな恐れを、祐一は持っていた。

だから、祐一は、自分が嫌悪するようなやり方で、往人に強制する。

むしろ、周りの者達に憎んでもらった方が楽かもしれないとも思ったから。

往人は、秋子の方を向く。そして、名雪、あゆと一瞥ずつ。最後に、一弥の方に振りむいて・・・

一弥は黙って、諦めるように首を一つ、悲しそうに横に振る。秋子も顔を俯かせる。

名雪やあゆは、止めないと。と思いながらも言葉が口から出てこない。

祐一は本気だ。と思っていたから。

止めると言うことは、目の前の青年に対して「祐一の為に大切な人を捨てろ」と言う行為に他ならないから。

香里や栞も、目を逸らして俯いている。

「決めろ、お前の道を。どうする?お前は観鈴を見捨てて、自分に付いてくる民を見捨てて個人の感情に走るのか?」

それなら、祐一は迷わず観鈴を、往人を討つ。

だが、祐一は油断している。

こんなことを往人に話している間に、何時の間にか佐祐理が大輔の所まで行っている事にも気づいていなかったから。







「大体、俺にも佐祐理ちゃんの狙いが読めてきたが・・・・・佐祐理ちゃんはそれでいいのか?」

「はい。佐祐理は馬鹿ですから、これくらいしか方法が思いつきませんでした。」

「つまり、最初っから往人達は失敗すると?」

「祐一さんが、こうなった時のことを考えていないはずがないですから。だから、祐一さんを止める為には誰も考え付かないような 方法を取るしかない。ですね?大輔様」

そうだ。と大輔は軽く頷く。

(終わりだな。これで。)

ですよね?慎一様。と呟きつつ、杯に注がれた酒を一気に煽る。

最後の一杯は、最も美味しかった。

それは、彼自身が目の前の少女を娘とも心の中で思いつつ飲んだから。

だからこそ、その一杯は・・・格別の味がする。







もう一度だけ尋ねる。往人に「どうする?」と。

これ以上迷ったら、俺は投げ打つぞ?と言わんばかりに軽く上下に、動かす。

観鈴は、自分のことは気にしないで思い通りにして欲しい。と往人に告げているものの、そんなことは往人には出来ない。

「ち・・・くしょう・・・」

目を閉じて、体の前に刀を構える。

慎一様より預かった公国の秘刀。

魔力なんてもはや使うまでもない。要求されていることは、これを思いっきり叩き込むことだけ。

突。の構えをとって、一度だけ、目を開ける。

それでいい。と祐一が視線で語っていた。

「畜生・・・畜生!!」

何でこんなことをしなくちゃいけないんだ。と思いながらも、堅く目を閉じる。

唯、自分を受け入れてくれた人々に恩返しをしなければいけない。と言う考えから始めた解放戦争が、今や世界を動かしていた。

『悪いな。往人。辛い役目を押し付けて』と、最初に策を話された時に謝られた。

それを、一度は受け入れようとして、それでも受け入れられない。と聖や晴子と話し合って、決めたこと。

でも、結局何も変えることは出来なかった。

地を、蹴る。

目指す所は一直線。目を閉じていても辿り着く。

まるで、獣のように吼えて、吼えて突っ込む。

周りの者が慌てて静止の声を上げるものの、それが耳に入ることはない。

真一文字に突っ込むことで、全てを終わらせたい。と思ったから。

そして、一度だけ、軽く目を上げて、思わず叫び声を上げる。

予想だにしていない光景は、彼を一瞬硬直させるに十分であった。







祐一は、その瞬間安堵の溜息を吐く。

実際は、もう体が限界に近づいていた。喉に、軽く綿のような物を詰めているし、同時に、口を鎧の中に隠しているからこそ 誰にも発見されてはいないが、口の中は血だらけ。鎧の中でも、吐いた血が体にべっとりと張り付いている。

動くことすらも億劫だった。

だから、往人が『裏切って』くれた時はどうしたもんかな?と思ったものの、 その程度は誤差の範疇だろうとその場でシナリオを書き換えて、なんとか結末まで繋げた。

万歳してやりたい気分。

今ごろ、天上では自分の行動に対して非難を浴びせている者がいるだろう。

そんな奴等に向かって、万歳してやりたかった。

と、同時に、こんな体でありながら付き合ってくれた自分自身を祝福してやりたい。

自分の体にもお礼を一つ。

ずっと痛み続けている内臓や、脳に対しても、ここまで耐えさせてくれたことには感謝を言おう。

そして、往人同様目を瞑ろうとして・・・・そして、祐一は、往人が対面で見ているのと同じ光景を見た。







佐祐理がタッと地面を蹴る。

往人と祐一の直線上に向かって。

剣も、何も持たずに・・・ただ。

そのままで。

大輔が後ろから「祐一のことは頼むぞ?」と言ってくることに、感謝する。

自分のやろうとしていることを認めてくれるのが、嬉しかった。

祐一のシナリオには、例外はない。

どんな状況にも、彼は冷静に対応するから。

全ての人は、彼の作り上げた舞台の上で踊っているだけ。

そんな彼のシナリオを変えられるとしたら、それは、主演が自ら命を失おうとする時だけ・・・。

命を失った主演は、二度と舞台には立つ事は出来ない。そんなの当たり前のこと。

佐祐理は、祐一と往人の斜線上に入って、両手を広げる。

そして、『キッ』と前を向く。

既に、往人は目の前に迫っていた。







『止めろ!!』と叫んだ相手が、往人だったのか、佐祐理だったのか、それすらも分からずに地面を、蹴る。

誰もが、はじめて見るような大きな声を上げて。

一弥が、秋子が、驚愕の声を上げながらも、何も行動を出来ずに立ちすくんでいる。

行動を起こせるのは自分だけだ。そう思って、駆け寄る。

それが、自分のシナリオを崩壊させる行動であることを無視して。

既に、往人は目の前まで迫っている。槍で受けるのは間に合わないだろう・・・

そして、右手の槍から手を離す。

カラン。と言う音を聞くまでもなく、走って走って。

慌てて佐祐理の所に辿り着くや否や、右手でその体を思いっきり抱き寄せて、・・・・左手を前に差し出し、盾と、成す。

一瞬、一瞬の間を空けて、左手に鋭い痛みが走る。

思わず苦痛に呻き声を上げる。

どうしたらいいのか、急のことに混乱している往人に・・・

思いっきり、最後の力でもって、蹴り上げる。

「悪い。・・・最近、こんなことさせてばっかりだ」

大輔に貫かれ、祐一に蹴られ・・・

弾き飛ばされて、体を折り曲げて胃液を吐き出す往人。

「くすっ。佐祐理の勝ちですね?祐一さんっ」

そして・・・守った相手に、にこっと体を反転されて、思いっきり抱きつかれて、目を白黒。

ようやく、全てのことに合点が言った。

そして、苦笑。

そうかそうか・・・と。




つまりは、兵士を連れてきたのも全てはこの為。

自分が、祐一を庇う所を兵士に見せることで、このまま放置できない状態を作り出す。

放置したら、佐祐理は父王によって反逆の罪を着せられるだろう。

だから、その事を逆手にとった、と言うこと。

余りにも単純で、余りにも馬鹿らしい、手。

祐一が無視したら、無駄に命を散らすだけの、そんな行為。

でも、そんな馬鹿な行為だったからこそ、祐一の計算を狂わせる事が出来たと言う事は、疑いのない、事実。




佐祐理は、ぎゅっと首に回した手に力を入れる。

逆に、祐一は後方で全てを見てしまった兵士達を睨みつけて・・・そして、もう自分には、あの全員を口止めするだけの力もないことに気づく。

左手は、もう使い物にもならない。黙って、右手でもって左手に刺さって血止めとなっている雪花を引き抜いて、往人の方に放る。

おそらく、あと小一時間もすれば、傷口から段々と化膿していくに違いない。と人事のように思う。

と同時に初めて、とても近くに感じる女性の体にどうしたら良いかも分からずに、硬直。

確かに、自分は佐祐理さんに負けたんだな。と思った。

悔しいようで、ある意味楽しくて、微笑を浮かべる。

「大輔さん、嵌めましたね?」

どうせ、この叔父が絡んでいるに違いない。と睨みつけられて首を振る。

「いいや?俺は『まだ』何もしていないぞ?・・・・でも、先に謝っといた方がいいかな?」

半分土下座をするようにして。

はぁ?っともう一度目を白黒させて・・・・前を向き直る。

もはや、今更何が起ころうともびっくりすることはない。と思いながら。

そして、駆け寄ろうとする面々に目を向けて・・

「近寄るな!!!」

一喝。

そして、腰から小刀を抜いて、佐祐理の喉元に突きつけながら、橋をゆっくりと後ろ向きで歩く。

実際、左手の感触は既にほとんど切れているのだが、この行動は意外と効果をもたらしたようで、他の者がぴたりと歩みを止める。

と、同時に、顔を赤く染めつつ、首筋に口を押し当てて、佐祐理にしか聞こえないように、尋ねる。

「いいですか?イエスなら、俺の首を1回。ノーならば2回叩いてください。 もし、佐祐理さんが一弥達のところに戻りたいのなら、大輔さんや、後方の白騎士達に協力してもらって何とかします。どうしますか?」

所詮、数十人が見ただけだ。無碍に命を奪うのは嫌だけれど、そのくらいはやりようがあった。

が、一回、二回と叩かれて、首を振る。

「そういわれましても、実は、俺の体は限界なんですよ。それに、王国に白騎士同様逃れてしまいましたら、貴方の父上が王国に 宣戦するきっかけを与えてしまいますし・・・」

むしろ、白騎士達が公然と王国領内に逃げる事自体が大問題。祐一は、先に逃げていて欲しいと頼んだものの、最後まで見届けさせて欲しい と言う強い願いに仕方なく折れたと言うのが実際の所である。

う〜ん。と唸って。

「・・・それなら、俺に付いてきますか?最も、多分俺は死ぬ。と思います。それに、王家の谷から抜け出すのはいくら佐祐理さんも危険です。・・・このまま一弥の所に戻った方が 良いと思いますが」

一度だけ、首を指で叩かれる。二回目は、ない。

「二回目、叩いた方がいいと思うんですけどね。生き延びられる可能性の方が少ないですよ?」

言いながら、ぽんぽんと背中を叩くが、だだっこのように顔を押し付けて首を振る佐祐理に、溜息を吐くしか出来なかった。

「何でまた・・・命を捨てるのが楽しいんですかね?生きていれば皇女としての立場で人生を楽しめるでしょうに」

こんなことを言う祐一は、女心と言うものをこれっぽっちも理解出来ていない。

思いっきり首筋を抓られて、軽く叫び声を一つ。

「イテ!!痛いですって!・・・全く、しょうがないですね・・・分かりました・・・付いてきてください。」

最初の叫び声だけは、周りにも届いたのか不思議そうな顔をされる。

「大輔さん、すみません。」

軽く、頭を下げる。後を任せた。と言うように。

「いや、謝らないでくれ。とりあえず、俺には『裏切ってすまん』としか言えん。」

頭の上に?を二つくらい浮かべながらも、ゆっくりと後ろに下がる。

橋の中ほどまで・・・。

どうやら、近寄って来る敵兵は大輔さんが橋の手前で止めてくれているようだった。

「祐一!!」

投げてよこされる槍を、右の手で受け取る。

そして、叫ぶ。最後の力を振り絞るようにして。

「お前達の主家の姫、旅路の連れに貸してもらうぞ!」

ザワっと場がざわめくと共に、一弥達がこちらに向かって一歩、また一歩踏み出してくる。

「しっかり、しがみ付いていてください。絶対に離さないで。」

小声でそう伝えるとともに、分かりましたね?と頭を抱き寄せると、同様に祐一も強く引き付けられる。

その感触に顔を真っ赤にしながらも、黙って溜息を一つ吐いた。

甲冑を着ていて良かった。と思った。

そして、鉄で出来た橋。それに対して槍を構える。

分厚い鉄の橋は、馬が数十頭同時に歩いた所でびくともしないくらいに頑丈で、今まで一度としてその役割を真っ当出来なかった事がなかった。

それに対して、槍の穂先を向けると、・・・・ゆっくりと、振るう。

ただ、それだけで、まるで薄紙を切り裂くように橋の途中が切断されて、じょじょに向こう岸へと橋が傾き始める。

「行きますよ?気をつけてください。」

既に、向こう岸からこちらに来ることは不可能だろう。もう、動かずとも勝手に橋から振り落とされそうなくらい傾いてきている橋。

そこから、祐一は佐祐理を抱えたまま、跳躍した。







「祐一!!」

退いて。退いてよ!!と大輔に詰め寄って来る名雪に、軽く手を振る。

「今更追いかけてもどうにもならんぞ?既に飛んだからな。祐一達は」

「何で!何で、大輔様はそんな風に平然としていられるの!祐一だよ?ずっと、家族として暮らしてきたんでしょ!!」

ドン。ドン。と胸を叩かれる。

隣では、あゆや栞が祐一の名前を叫びながら下を覗き込んでいるのが見えた。

「名雪・・・」

ゆっくりと、大輔から名雪を引き離す秋子。

そして、秋子の胸に顔を埋めて泣く名雪。

「大輔さん、・・・祐一さんはどうなるんですか?」

聞いてくる秋子は、冷静。

彼女には、目の前の男性が黙って祐一を自害させるとは思えなかった。

「そう、だな。俺がどうかは知らんが・・・。祐一や慎一様のような正真正銘の『現人神』は人としての命と、神としての命を 一つの体に同居させている。そして、人としての生を全うした後に、神としての死を迎えるために、相沢の者は死後、ここに棺ごと 落とされるわけだ。」

「だが、祐一は生きていただろう?」

往人の言葉に、頷く。

「だから、俺にも分からん。生きたままあそこに飛び込んだ相沢の者はいなかったからな。」

まぁ、多分何とかなるんじゃないか?と思う。

下には考えうる限り最高の人員を送っておいたのだから。

「酒をぶっかけられて、怒っていなけりゃいいが」

「は?・・・酒?」

いや、なんでもないよ。と笑う。

きっと、この目の前の帝国の新しい槍は、その王国の槍は近いうちにぶつかり合うであろう。

「さて、だが、まだ終わっていない。そうだろう?秋子」

なぁ?と祐一の剣を片手に持ち、同時に腰の刀を引き抜く。

正直、祐一の剣は片手で持つには重過ぎるのだが、別に振るう訳でもないんだし構わないだろう。と思う。

「大輔様・・・貴方も、死を望まれるのですか?これからの世界、貴方も祐一さんも生きていなければならない人だったのに」

「それで、俺に王国を討てと?止めてくれ。俺はお前等のことは個人的に好んでいるが、それでもあいつ等とお前等のどっちを敵に 回すか?と聞かれたら迷わず俺はお前達を敵に回す。おそらく、祐一もそうするだろう。あそこにいるのは 幼年の頃から責務を負わされた祐一を、ずっと俺や慎一様の代わりに支え続けてくれた祐一の『家族』だ」

くるりと刀を回して、向ける。

「だが、佐祐理ちゃんには祐一を助けてもらえたし、俺もここまでにしとくさ。」

そして、黙って切っ先を下げる。

と、同時に、自らの体に矢が、二,三本、刺さる。

剣を抜いたことに慌てたのだろうか?・・・・飛んできたのは後方。敵兵の騎射であろう。

後ろを向いて、慌てて秋子が静止している。が、もう遅い。

刺さった場所は、腹に一本。肩に一本。

腹の一本は、致命傷だった。

最も、そうなると分かっていて、ワザと受けたと言うように往人にはみえていたのだが・・・

「なぁ?俺は、お前等に感謝しているんだぞ?これでも。」

肩に刺さった一本を、抜いて、捨てる。

「もしも、もしも、な?往人が祐一の指示通りに、黙って祐一を殺して世界を平和にすることを良し。と祐一を殺していたら・・・」

底冷えのするような冷たい笑顔でもって・・・

「お前達全員、煉獄に落としてやる所だったからな」

右手をあげ、手を振る。後方の部下達に向かって。

もし、もしも祐一の願いどおりに事が進んでいたら、大輔も・・・立花百騎長達も、その全ての戦力が敵軍に玉砕特攻をかけていた。

が、そんな心配もなく、彼等は退避出来る。橋が落ちた今追う事も出来ないだろう。

既に傾いた橋は、直角に向こう岸にくっついている。

「なぁ?秋子。王国は、強いぞ?今回の戦はお前の勝ちだ、が、俺達よりも、王国はもっと強い。覚悟しとけよ?」

何を?と言うように近寄ってくる秋子に、笑いかける。

帝国に居た頃には、語り合いもしたし、共に戦場に立ったこともある。

「・・・大輔様・・・止めてください。・・・そんなことしても・・・」

ゆっくりと近づいて来る秋子に、刀を向ける。

「二度も言わせるな。それに、な。」

往人の方を向いて・・・

「『相沢』の首は、必要なんだよ。なぁ?往人」

くっと往人が詰まる。何もいえずに。

(さて、それじゃぁ、祐一に渡す物は渡さにゃならん、な。)

祐一の剣、片手で持つには重すぎるそれを、左手に持ちつつ、雪風を掲げる。

そして、それを投げ上げて、反転させ・・・・刃の向きを逆に。

首の後ろに回して、剣を持った左手で刀身を支えて・・・・

「それじゃな。楽しかったぞ?」

ニヤッと笑って、腕を―――――――引く。

名雪が、あゆが・・・そこに居る者達が、目を覆った。

そこに吹き出る、血飛沫を見て・・・・

「おい、往人。とっとと介錯してくれ。流石に、痛いからな。」

そして、思い出したように顔を上げて・・・

「そういえば、言い忘れて・・・いた、な。」

観鈴を見て、栞を見て・・・・

「祐一がやったのは奇跡じゃない。あいつのやることは常に利に適っているのさ」

―――あれが、リィン・カーネーションの禁術だよ―――

二ィっと笑って、それだけ、ようやくそれだけ言い終えると、既に力は無くなっていた。

その言葉は、聞き取りにくくて・・・近くに居た秋子や名雪に微かに聞こえた程度。

そのまま、雪風を鞘に収めて、そのまま両手の・・・祐一の愛剣と自らの刀を、谷に向かって投げ入れる。

そして、それが精一杯だったのか、膝をついて・・・

意識はほんの少し。死ぬのが先か、往人が断ち切ってくれるのが先か。

(祐一相手を騙すってのも疲れるもんだなぁ。)

本来であれば、祐一が討たれるのを見届けて橋を落として逃げ延びるのが役目。

最も、そんなもの、ハナから行う気もなかったのではあるが。

ふっと、眠りに誘われるように目を閉じる。

往人が、刀を振り下ろした時に、既に彼の命脈は絶たれていたのかどうかは、永遠の謎である。




そして、確かに一つの時代が終わってしまうのを、秋子自身が感じていた。







佐祐理の腕の中で、祐一がコホッと咳を一つ。

佐祐理は、それに対して右手の手のひらで軽く頭を撫でる。

と、同時に、自分の背中に、何か液体のような物がついたのを感じた。

それが何かは特定出来なかったが。

「いいですか?下についたら、とにかく上に向かってください。俺が右腕に持っているのはグングニルの槍です。 力のほぼ全てはここで失われてしまいますが、それでも普通の武器よりは役に立つはずです。」

そう、早口に告げる祐一は、言い残しのないように遺言を伝えるかのように見えて。

「祐一さん?・・・下についたらちゃんと聞きますから。ね?」

背中を撫でる。祐一は『自分は死ぬ』と言っていた。そんなこと、信じたくはなかった。

「聞いてください!!。・・・そして、暫く行けば橋に辿り着きます。いいですね?橋です。それで・・・・」

首を大きく振られて『きゃぁ!』と小さく叫び声を一つ。

すみません。と軽く謝る祐一。その体がちょっと冷たくなったような気がして・・・

ふと、手が祐一の首の部分に触れて、仰天する。

その手が、真っ赤に染まっていたから。

「祐一さん?!・・これ、どうしたんですか!!」

先ほどの、往人に貫かれた傷ではない。これは、それとは別の要因。

注意深く鎧の中を見ると、そこは全身が真っ赤に染まっているようにすら見える。

全てが返り血とは、とても思えない。

「気にしないでください。それより、最後まで聞いて!・・・橋が見えたら、向かって右手の方に橋を渡るんです。そうすれば、王国に ・・・・」

王国に。そうしたら、オーディネルの長森伯爵家を・・・・

そう、かすかに聞こえたような気がしたものの、最後まではとても聞き取れなかった。

「祐一さん?」

両の腕で、強く抱き寄せる。

祐一の抱いてくれる力が弱ったような気がした。

「祐一さん?!」

そして、急に祐一の体が白く光を発し始める。

小さく叫び声をあげて、思わず離してしまいそうになった両手に、慌てて力を込める。

直後、急に浮くかのような感覚。

今までは、確かに落ちているはずだった。それが、急に、・・・・まるで何かが支えているかのように。

横を見ると、祐一の背中から、まるで直線上に光が収束しているように、見えた。

――――翼?――――

「はぇー・・・、御伽噺の天使様・・・」

思わず、口をついて出た言葉。

祐一が、落下死。という可能性を全く考えていなかったのは、これが理由なのだと、初めて知る。

佐祐理は、思わず、片手を祐一の体から離して、・・・・その、『天使の翼』に手を伸ばす。

何か、傷ついているように見えたから。

だから、佐祐理は、そっと傷ついた翼を、ゆっくりと撫でた。

慈しむように。ゆっくりと。







その光景は、ついには下からも見えるほどになっている。

「浩平、来たみたいだね。祐一」

上空からの先ほどの攻撃がよほどショックだったのか、暫くいじけていた浩平。

体はびしょぬれ。佳乃に至っては酒臭いから近寄るな。と言った意味の言葉を彼女にとっては間接的ながら、どう考えても直接的に告げてもきていた。

それが一番ショックで、尚更彼はいじけているのだが・・・

しかし、事ともなると動きは素早い。

「だな。だが・・・・聞いた話と違くないか?確か、ゆっくりと、まるで歩くような速さで落ちてくるって大輔さん言っていたような・・・」

「そんなこと言っている場合じゃないよ!!このままじゃ地面に激突しちゃうんだよ!!」

後ろから蹴っ飛ばされるかのようにして、押し出される。

(畜生。なんで祐一が関わると俺の周りの女共は急に厳しくなるんだ?)

その理由は、引き比べられるからであることを、浩平は知らない。

似ているからこそ、その違いが引き立つと言う事は、どんなことにも共通していること。

「わぁ〜った。おい、長森。・・・持っててくれ」

腰の刀を投げて、渡すと落下点へと駆け寄る。

(な〜る。どうりで。)

どうやら、もう一人いるみたいだった。だから、落下の勢いを殺しきれなかったのだろう。

しっかりと祐一にしがみ付いている光景。しがみ付いている人物が誰だかは分からないが、後ろの二人が、ちょっと怖い。

と思ったら、どうやら後ろの二人・・・いや、三人は、純粋に祐一の背中の光を見て感動しているようであった。

ちょっと安心する。

こんな所で、ドロドロした展開にするのだけは、勘弁して欲しかった。

「お〜い!!そこの。そのまましっかりしがみ付いて居ろよ?今から受け止めてやる!!」

上空の人物が、驚いたようにこちらを凝視する。

「大丈夫だ。二人とも受け止めてやる!!いいな?」

コクコクと頷いて答える少女は、おそらく自分よりは年下・・・みさおと同世代の少女だろうか。

整った顔立ちは、妹と比べてもいい勝負かもしれない。と思う。

(何でまぁ、祐一の周りにはこんなのばっかり揃うんだか・・・・)

女には興味のないって顔をしながらやることはやってやがるんだよなぁ・・・と呟いて、振り向くと二人の少女が視界に入る。

妹と、その新しい友人。二人の関係は一応良好なようだった。

落下点に入って、力を込める。

膝を落とす。踏ん張れるように。

(って、ちょっと待て?・・・・何で俺一人なんだ?)

自分以外は、一緒に受け止めようともしていないのは、自分が無駄に信頼を受けているからなんだろうか。

降りてくる祐一の体に軽く触れる。

そして、膝を踏ん張って、支えつつ、ゆっくりと床に寝かせる。

「それで、アンタは誰なんだ?一体・・・」

当然のように、栗色の髪の少女に向けられたその口調は、厳しかった。