第二十九話








「まだ、何の返事もありませんか・・・・」

オーディンの本城を眺める。

城壁の上には、槍と盾の旗。公国の軍旗。

それが下げられる雰囲気は全くない。城壁の上には、常に数十人の兵士が立って、こちらを睨みつけている。

「水瀬侯爵閣下」

「佐・・・皇女殿下。・・・・まだ、あちらからの返事は届いておりません。陣幕でお待ち頂ければ、知らせが来ると・・・」

首を黙って横に振られて、詰まる。

そして、周囲を眺める。人が居たら会話にも気をつけないといけなかったが、今は幸運なことに誰も居なかった。

「返事は、ないと思います。・・・・祐一さんと大輔様なら。」

秋子自身だって、今更相手が翻意するとはこれっぽっちも思えていなかった。

往人とて、『今更文章で告げた所で受け入れるはずもない。』と断言している。彼の言っていることは、おそらく、正しい。

「分かっています。駄目ですね、私には責任があると言うのに。・・・甥を、祐一さんを討つことを躊躇っています。」

もし、そう思わずに、平気で刃を向けれるような人であったなら、自分は目の前の人を師と思ったりはしない。と穏やかに笑って、言う。

「佐祐理は、命を賭けてでも祐一さんを救いたいと思っています。一弥がいれば帝国は大丈夫ですし、 そうであるなら、私の役目は政略結婚の道具でしかありませんから。」

悲しげに笑う佐祐理を、秋子が両の腕で包み込む。

女性を唯の道具としか考えていない帝。

佐祐理の言うことは正しく、だからこそ、悲しかった。

もしも、この子が男性であったならば、自分達は英雄と呼ばれる帝を戴くことになっていただろう・・・と。

「大丈夫です。佐祐理は・・・分かっていましたから。・・・秋子さん、お願いがあります。」

自分のことを、止めないでください。と告げる少女がとても悲しく、美しく目に映った。

だから、彼女は一言だけ告げる。

「了承・・・・です。」と







「よし。祐一。白騎士団七百を除いて全ての人員が退去完了したぞ。・・・・合図を。」

うん。と一つ頷く。

「それじゃあ、全軍を所定に位置に移動させてください。大輔さんは、アレをお願いします。」

了解。と告げて、大輔も走り去って行く。

既に、城全体に残っている兵力が七百。

帝国軍には気づいていないのだろう。もはや、目の前の城は唯の建造物としての役割しか成していないことを。

全ての人間を生きたままにして逃がすことだけを彼等が考えていることなど。

「前回は、全員に迷惑をかけちまったから・・・な。」

自分の肩を撫でて笑うと、ゆっくりと立ち上がる。

これから自分がやることは、神族として生まれてきた自分が、唯一自らの責任として、その力を行使して、成さなければいけないことであった。

「皆、良くやってくれたからな。」

公国の民、兵士。そして、自らの命を犠牲にして、そうなることを知りながら未来を繋ぐ為に命を捨ててくれた、千二百余りの勇者。

後は、自分だけだ。




ゆっくりと立ち上がる祐一に対して、大輔は、駆ける。

「おい!!全員。予定通りの行動をしたら、あとは例の位置へと移動だぞ?遅れるなよ?」

教師が生徒に指導するかのように笑いかけられて、悪戯っぽく「は〜い」と声を返す者もいる。

そんな連中に、笑いかけると共に自らは十人程度を連れて移動する。

行き先は、公国の魔導図書館。

「祐一にバレんで良かった。本当に・・・・。」

もし、彼が一歩でもここに立ち入っていたら自分の首は胴と離れている所だった。

今後、彼はそれを知る機会があるだろうけれど、気にしていない。

その時は既に場合は違っているんだから。

「よし!!。景気良くやっちまえ。遠慮はいらんぞ?」

松明を一気に部屋の中に投げ入れる。

魔導の炎は消えることはない、部屋の中の物を焼き、やがては城にも燃え移るだろうか。

「燃えろ燃えろ!!・・・・俺は一度でもいいからこんなクソッタレな役目を慎一様や祐一に押し付けてくれた始祖『様』に文句を 言ってやりたかったが・・・・。まぁ、ちょっとは気も晴れるだろうよ」

ここにある物は皆、始祖神が『もしももう一度魔族が復活したのならば・・・』云々と言ってその為の力と残していったものらしい。

大輔や祐一に言わせれば、『そんな物を神が使わなければいけないほど人間は弱くない』と言った所だ。

人間を舐めるな。と、大輔はこんなクソッタレな役目を与えてくれた全ての物に言ってやりたかった。

禁術?禁忌とされた力?・・・・そんなものがなくても、人は生きていける。

当たり前のことじゃないか。と

「大輔様。そろそろ・・・・」

ああ。と頷き、背を向ける。

「じゃあな。クソッタレな運命とやら。・・・・それに、神様方。」

俺達は、俺達の道を生きてやる。・・・と扉を思いっきり蹴っ飛ばして、閉める。

「見て居ろよ?・・・・お前に出来なかったことを、あいつらが・・・祐一達が成し遂げてやる。」

空に唾を吐きかけるように。

所詮は、自身の、神としての絶対的な力でもってしか人間を纏められなかった始祖。

そんなのは、糞食らえだ。

祐一は浩平やみさお達を信じているし、大輔は自分の副官、立花勇に全てを託し、信じている。

遥かな高みから命令して成し遂げた始祖神なんかと同じ事なんて、してやるものか。と思う。

(でも、あと二回だけ、禁忌とされた力を使わせてもらうけどなぁ・・・。)

調子いいなぁ。と我ながら思う。

でも、それが自分。最後の白騎士団長、相沢大輔の生き様なのだ。

「さて、酒の準備も出来ているな?・・・祐一は酒は飲まんから、とりあえず適当な果実を搾った物も持っていってやれ。」

最後に、軽く、軽く振り返って確認して、そのまま階段を上がっていく。




「ま、そういうことだな。」

同様に、祐一も天に向かって笑いかける。

自分は地獄に落とされるかもしれない。神族としての役割を自ら捨てるのだから。

でも、そんなことは恐れない。

数年後・・いや、数十年後かもしれない。

自分は地獄の中で笑ってやろう。

お前達のしていたことは間違っていたんだ。と地獄の中で笑ってやろう。

それほど愉快なことは、ない。

「さて、やりましょうか。」

前回、同様のことを行おうとしたときは理性を殺し、感情を殺し、自分を、殺した。

今回は違う。自らの意思で、自らの理想の為に、そして、自分の信じる世界の為に、この禁忌の扉を開いてやろう。と

「俺はお前とは違うぞ?お前のように、力だけで抑え付けて世界を平和にするやり方なんて、俺は認めない。」

『ここは、人の世の中だ。神の世の中なんかじゃない』

今は亡き慎一、大輔。そして自分。三人で、語り合った理想の世界。

神等の力を必要とせず、人間が治める世界。

浩平や、一弥や・・・そんな者たちが作り上げていく世界。

それを実現出来るのであれば、それを見るのが地獄であろうとも、決して自分は後悔しないであろう。

『我が力を持って、開け・・・冥界の門・・・』

魔法陣の中で、明朗に言葉を紡いでいく。

そこに溢れているのは、暖かい力とも言える。

相沢祐一が、自らの意思で禁忌に触れた・・・僅か数回の中でも、それが最後の一回であった。







その動きは、オーディンを凝視し続けていた秋子にも、伝わる。

(まさか、どうしようもなくなって私達を禁術で全滅させようと?)

そう考えて、首を振る。

そんなことを今更するくらいであれば、あの時、戦場でとっくに行っていただろうから。

それに、今感じるのは、そんな禍々しいような感覚ではない。

「秋子さん!!」

佐祐理と、名雪にあゆ。そして、往人と観鈴が駆け寄って来る。

「祐一の奴、始める気だ。・・・・俺達も行った方がいい。チャンスはそう、多くはないぞ?」

往人の言葉に、良く分からないながらも頷く。

往人は、この間、祐一を助ける為に協力して欲しい。と告げたものの、祐一がどう動くかについては本人も知らない。と言っていた。

ただ、祐一から『俺が祐一を殺すことになる』としか聞いていない。と

でも、今の往人は自信を持って、そう述べている。

「分かりました。北川さんを呼んで下さい。」

香里や栞。それに、一弥までもが近づいてきている。

秋子は、手近な部下にそう一言だけ告げると、馬に乗った。

「それでは、祐一さんを向かえに行きましょう。」

真剣な顔付きで頷いた人たちが、一路オーディンへと駆け出す。

兵士たちが『何だ?』と不思議そうな顔つきをしているのを無視して、駆ける。

願いは、一つだけ。







一方、別所でもその力を感じている者達がいる。

浩平、瑞佳、そして、みさおに・・・佳乃。

彼等は、道の途中で茜や留美、詩子、雪見に全てを無理やり任せ、一路、王家の谷を下り始めた。

前衛を浩平。援護に瑞佳。傷ついた人を癒すのがみさおの役目で、佳乃は祐一から教わった魔術でもって、初めての実践を体験する。

「そうか。祐一が・・・始めたか。」

急ぐぞ?と目の前の巨大な犬の形をした魔獣を切り捨てて、駆ける。

既に、この谷に入って二日。

その二日間、浩平、瑞佳は延々と戦い続けていた。

佳乃やみさおには少しでも多くの力を残しておかなければならない。その為には、浩平や瑞佳が力を尽くすしかない。

何処まで行っても延々と続く谷は、まるで永遠の世界のようだった。

既に数十キロは進んでいるはず。

下りの傾斜から考えても、5キロ以上はもぐっているはずである。

つまり、この谷は海よりも尚深い所にある。と言う事になる。

大輔に、『まぁ、二日もあれば着くだろうさ』と言われた言葉を信じて、進む。

「浩平!!危ないよ?・・・魔獣がこんなに居る所なんて初めてだよ。」

走る浩平を後ろから慌てて静止する。

「急ぐのは分かるけど、もしも私達がやられちゃったら、祐一を助けること、出来ないもん。大輔様の期待、裏切ることになるんだよ?」

正論だ。むかつくくらい正論だ。

でも、素直に頷くのは腹が立つ。

祐一は、4〜5歳の頃には既にこの中で生きられる程度の力は持っていたという。

負けてられるか!そう思った。

「黙れ!だよもん星人!!。そんなネガティブなことを言っていないで貴様も急がんか!!」

スピードを落として、後ろを振り向いて一喝。

(仲が良くていいなぁ〜・・・)

そして、もう一人はほのぼのと笑顔を浮かべて、そのまた一人は

(浩平君とは仲良くなれそうだなぁ)

と、これまたほのぼのとしている。

「浩平!浩平!前!!前!!」

慌てたように叫んでくる瑞佳に、さらに説教を加えようとした瞬間に、首をグリっと捻られて、無理やり前を向かされる。

首を折ったらどうする気だったんだろう?と疑問を抱き、と、同時に前を見て、驚愕する。

穏やかな光と、草木の茂る、まるで天国のような場所。

今までの、魔獣の巣窟と化していた禍々しい場所は無く、とても優しい感じのする、そんな場所。

「ここが・・・」

棺が幾つも並んでいて、苔が生えてきているものもあるが、特に損傷もなく神秘的な光景を映し出している。

本来、棺が並んでいるなんてことは嫌がるものだが、誰もがそれを嫌だと思わなかった。

それらの物までもが何か景色を作り上げているピースの一つとも思える。そんな雰囲気が満ちていたから。

「ここが王家の墓か・・・」

唯呆然と。今までに相沢の者以外でここに来た者は居ないとすら言われている、そんな場所だったから。

「・・・・綺麗・・・」

そう呟いたみさおは、目の前にまだまだ新しい棺があることに気づき、目を近づける。

『相沢慎一』

そして・・・そう書かれた棺を見て、眼を見張る。

それは、祐一の祖父の・・・・不完全な世界のバランスを取り続けてきた稀代の英雄の。

そして、祐一の数少ない家族の。

その、棺。

「お兄ちゃん・・・・」

そして、何かあったのか?と近づいて来る兄に、義姉に。それを見せる。

二人とも、一瞬息を呑んでそれを眺めて、・・・・そして、手を合わせて、拝む。

「慎一様、どうか・・・・どうか、祐一君を守ってあげてください。」

そして、力を貸してください。と、祈る。

気がつくと、隣で佳乃も不思議そうに、でも、しなくちゃあいけないこと、と言うように手を合わせていて、

みさおは、佳乃の右手に、自らの左手を併せる。

二人で顔を見合わせて、天使のような笑みを浮かべあう。

佳乃にとって、慎一様は本当のお祖父ちゃんみたいだった。と佳乃は言っていた。

最初に、嫌がらずに魔術と言うものの手ほどきをして、それを祐一君に認めさせてくれたのも慎一様だった。とも。

(慎一様、・・・・どうか、私と、そして佳乃ちゃんに力を貸してください)

・・・・唯、二人で祈った。







そして、オーディン。

魔力の波動を感じつつも、大輔も、他の部隊も、全員が橋の前に集合。

後方の橋は、帝国側からでも城の側面にまで回ってくれば確認することが出来る。

が、既に偵察部隊として潜んでいた者は、帝国軍の陣まで報告の為に戻っているのか、姿を見ることはない。

「ん〜・・・それは、そっちに。あと、祐一が樽酒一つ用意しておいて欲しいって言ってたから・・・・それだけは残しておいてくれ。 ・・何に使うのかは知らんけど」

テキパキと、支度。

千程度のグラスと、そして、果実の酒が大量に。それに、亡き慎一の好きであった、米から作った酒が、一樽。後は、果実を絞った物を魔術の力で冷やしたものがまた、数樽。

「もうすぐ時間だろうし、見物するにはまぁこの程度空けて置けば大丈夫だろうよ。・・・・一応、魔力壁は張っておいてくれよ?」

埃や石ころが飛んできたら酒が台無しだ。と告げる指揮官に、苦笑しながら数人が前に並ぶ。

「俺がお前達と酒を酌み交わせるのもどうせこれが最後だし、な。」

好きな物をグラスに注げ!!と言われて、各人が各々の飲みたいものをグラスに注いで、立つ。

大輔も、自身の為に果実酒を注ぎ、城を向いて眺めた。

「もう少し・・・?かな?」

遠くの構成が手にとるように分かる。

ふんわりと温かいような感覚を受ける構成は、誰の者でもなく、祐一唯一人の物。

「『未完成の城』は、未完成のまま。それが、運命って奴。か」

城に対して、乾杯をするかのように杯を掲げる。

勿論・・・飲むことはしないが。




「出来た。・・・出来た。」

ほいほい。と魔法陣を眺めて満足そうに頷く。

自分が持ちうる中で、そして、おそらくこの世界の中でも最高の物が出来たことに満足する。

・・・・初めて使う術法なだけに、緊張もしているが。

結局、強すぎる力を持つことは、危険を孕み、と、同時に周りからも疎まれる。

公国も、王国もだからこそ狙われているのだから。

「早く済ませて、俺も乾杯に加わってやらんと、皆も喉渇いているだろうからなぁ。」

自分が行くまでは皆も飲みだすわけにはいかんだろうなぁ。と思っているだけに、急がなきゃ。と

「悪いな。・・・完成させてやりたかったけれど・・・」

対魔族用の最終兵器。

オーディンの本城。未完成の城と呼ばれるこの城は、未だもって完成をみていない。

ずっと、ずっと、長い時間をかけて作り上げてきた、魔に対する絶対障壁は、未だ完成を見ていなかった。

否、祐一達が完成させなかった。と言うほうが正しい。

「でも、な。こんなもんはない方がいいだろう?だから・・・一緒に消えてくれ。」

城の壁を優しく撫でる。

壊さなければいけないもう一つの理由は、これが対王国の前線基地とされること。

そんなことはさせてはならない。とも思っていたから。

浩平達を侵略する為の拠点なんかに、自分の生まれ故郷を使われたくなんかなかったから。

だから、心苦しくも、壊す。

生まれて以来の十数年、ここは間違いなく自分の家だったけれども・・・。

目を閉じて、息を吸い込む。

『我が陣に封じられし魔力よ。・・・収束せよ』

魔法陣に向かって、最後の力を送り込む。

そして、周りの者全てが、それを見る。







秋子も、名雪も・・・誰もが、一瞬のその光に立ち止まる。

城の中心から、一瞬のうちに光の線が天空に向かって伸びて行った。

「あれは・・・・」

あんな術法を、少なくとも秋子は知らない。

帝国にある、魔導書と呼ばれる物全てを読みこなした彼女にさえ。

「う・・・うぐ!秋子さん!!!」

ポカンと口を空けて、あゆが空に向かって指を向ける。

と、同時に全ての者が空を見て、唖然と。

空から何かが落ちてきていた。

それも、何かが。等と言っていいものかどうかも分からないような巨大質量の物が。

何処からか笑い声が聞こえてきて、振り返る。

これ以上愉快なことはない。と言わんばかりに笑い続ける往人。

怪訝そうに自分を眺める観鈴に向かって、そうだろう?と笑いかける。

「あんな奴に喧嘩を売っていたんだぞ?俺は。・・・今思うと何て馬鹿なことしたんだろなぁ。俺って」

冗談だろう?と冷や汗を一つ。

底が見えないと言うか、むしろ底がないような気さえ、していた。




『押し潰せ。焼き尽くせ。・・・・全てが灰燼に包まれるまで。』

迫ってくる力を、肌で感じる。

自分自身でもおっかねぇなぁ。と感じた。

と、同時に窓を槍でもって叩き割って、空中に向かって、飛ぶ。

これ以上グズグズしていたら押し潰されて、焼き尽くされるのは・・・自分だ。

『メテオスマッシュ』の禁術。祐一の知る禁術の中でも、単純に力と言う面で考えれば、これを超える力は思い浮かばなかった。

先日用いようとした『カオスフレア』の禁術とは、その用途からして異なっているのである。

動いているものを潰すには後者が。不動物を粉砕する時には前者が。と言うように。

後方で、落ちてきた最初の一つが城の頂点に激突するのを確認しつつ、地面に膝を折り曲げて着地。

そのまま、後方へと、駆ける。

戦の時とは違って本気だった。

後ろでは、2つ目、3つ目と落ちてくる巨大質量の隕石が、城としての機能を失わせるかのように全てを押し潰していた。

城の中の武器や、食糧等は全て運び出していたし、魔導図書館は焼き払った。

これで、もはや神たる痕跡は何も、ない。

「いや、後は、こいつだけ。か」

右腕の槍。

始祖神の用いた、槍。

それが、神の存在していた、最後の遺産。

「だが、こいつにはもう少しだけ付き合ってもらうぞ?」

大輔達の所に向かって走り出す。

他人を待たせるのは、趣味ではなかった。

後ろでは、まだ隕石の落下が続いている。

ドン!!ドン!!と物凄い音を聞きながらも。

大きな力を行使したことで、再度痛みがぶり返していた。

でも、これで終わりだ。そう思えば・・・大して気にならなかった。




そして、その出鱈目な力を目の当たりにした帝国兵達は、唯、混乱の最中に置かれることとなった。

中には、『アレは水瀬侯爵閣下がなさったことに違いない。』と意気加勢させる者も存在したが、あまり信憑性がないのか、専ら 混乱する方が中心である。

その中で、自らの指揮官の不在に気づき、探し始める各隊の上層部。

彼等が、秋子達がオーディンへ向かって駆けていったことを、前線の部下から報告されるのはまだまだ先のことである。




そんな混乱している味方友軍を尻目に、秋子や往人達は駆ける。

既に、視界の中にオーディンの城は大きく映っている。

その、既に廃墟と化した、その城が。

世界で最も優美である。と噂されていた、その城が。

公国の象徴として存在した、その城が。

その姿に、秋子達の誰もが、本当に戦が終了したのだと、実感した。

「侯爵閣下・・皇太子殿下?!・・・それに、皇女殿下・・・?!。どうしてここに?」

前線に送っていた味方の偵察兵に、出会う。

どうやら、この異変を伝える為に戻ってきたのだろうか?

「どうしました?城のことについては、既に確認しました。他に報告すべきことがないのなら、本陣に戻り、直接の上司に報告を。」

そう告げて、走り出そうとする秋子達を、兵士が止める。

慌てたように、そして、興奮したように。

「いえ、そんな事より、敵兵が王国との境となっている橋の上に、何やら集合している模様なのですが・・・」

そう、一言だけ慌てたように・・・

そして、誰もが首を傾げ、そして、その方向へと走り出した。







「よぉ、お疲れ。」

橋の上へと歩み寄ってくる祐一を、誰もが賞賛の声で迎える。

中には、『早く来てくださらないと、俺はもう喉が渇いてしょうがないっすよ』等と大声を上げる者もいて、すみません。と笑う。

部隊もその声に、また笑う。

「でも、その前にもう一つだけやる事をさせてください。・・・・大輔さん、お願いしておいた物は?」

「ん?ああ、米で作った酒だろう?。それなら、ほら、そこにあるが?」

橋の中ほどに置かれた樽を指差す。

「だが、お前はまだ酒は飲めんだろう?どうする気だ?そんなもの」

慎一はそれを気に入っていたようながら、他の者達は作りにくく、また、好む者も限られているそんな酒よりも、果実から毎年 大量に作られる酒を好む。

実際、祐一が近寄って行っているそれは、最後の一樽だった。

「いや、祖父ちゃんにも祝いの酒をプレゼントしたい。と思って」

樽を撫でて、嬉しそうに微笑む祐一に、周りの者達は『流石は祐一様だ』と感嘆の声を、上げる。

笑えなかったのは大輔や立花等、数人の者達。

下には、予定通りならば・・・・浩平達が居た。

「お前!!ちょっと待て。な?・・・その酒は、最後の一つなんだからもうちょっとゆっくりと。なぁ?」

ゆっくりと近づきつつ、慌てて諌める。

「それに、ほら。俺も急に飲みたくなったから。なぁ?立花。お前もたまには変わった酒をって・・・」

「そ、そうですね。私もこうなってみると慎一様のようにそのような酒を飲んでみようかな?と・・・」

慌てて振られた側もやはり名演。慌てて相槌を打ってそれに答える。

が、相手はもっと上手だった。

「まったく・・・貴方達は既に酒、注いで居るじゃないですか。周りの方達も待っているし、とっとと始めますよ?」

祐一は、差し出される果実を絞った飲み物を、「ちょっとだけ持っていてください。」とそのまま預けて

「それじゃぁ・・乾杯。今から俺も行きますから。」

勢い良く、樽の中の酒を、谷の底へ向かって、ぶちまける。

(・・・・済まん。浩平。瑞佳ちゃん、みさおちゃん、佳乃ちゃん。・・・俺には、止められなかったよ)

あぁ・・・と天を仰ぐ。

せめて、直撃するのが浩平だけだったらいいな。と思った。

それなら、あまり自責の念を感じないから。

祐一の「乾杯」の声が遠く響く。

杯同士が重なる音に、大輔は心の中で涙を流した。




大輔の希望通り、酒の直撃をたった一人受けたのは、浩平。

ちょっと離れた所で、魔導書を読みながら最後の確認をする、みさお、佳乃。

それを、サポートしつつ、近くで微笑んでいる、瑞佳。

浩平は暇そうに欠伸を一つ。

そして、瑞佳が上空をふと見上げて・・・

「あ・・・?!浩平?」

危ないよ?と言う言葉は、届かない。

上から何か液体が降り注いでくるのを告げようとする言葉は。

あん?とつまらなそうに上空を見上げる浩平・・・。

そして直後、ザバッっと大きな音を立てて、浩平の上に液体が・・・。

「って、つめてぇ。・・・水じゃねぇぞ?これ。・・・・何だ?・・・」

妙に粘っこい液体。浩平の記憶に、こんな雨は、ない。

それに、何か特徴的な匂いもした。

「浩平、それ、もしかして・・・お酒じゃないかな?」

鼻を摘みながら瑞佳が、尋ねる。

浩平は、口の中に侵入してきた液体を軽く舐めて、頷く。

「・・・そう、だな。慎一様の好物の酒だ。・・・・ってことは・・・」

あの野郎か。と上を睨みつける。

しかし、それをやった者は、自分達がここにいることを知らないんだから文句の言いようがない。

「浩平君、お酒臭いよぉ?」

くすくすと笑いながら、指をさす佳乃。

笑ってはいけないと思いつつ、顔を緩んでいる自らの妹。

きっと、日ごろの行いが悪いからだよ。だから浩平にはもっとしっかりした・・・・と、お決まりの台詞を吐く瑞佳。

こん畜生。と顔を振って、甲冑の一部を外す。

体中に酒の匂いが充満して、泣きたくなった。

どうも、祐一と居るとこんなことばっかりだなぁ。とも思った。







そして、ようやくのこと、橋の近くまで辿り着いた帝国軍の面々は、目の前の光景に暫し、唖然。

戦の最中に、酒を乾杯しながら飲みあっている光景等、彼等、彼女等は見たことがない。

「お、ご到着だぞ?祐一。想像よりちょっと早かったが。」

おお、来たか来たか。とお客様を迎えるかのように手を広げ、後方へ声をかける。

そこに居るのは、見覚えのある顔。

鎧についている血の後だけが、やたらと生生しい。

良く見ると、ここに居る者たち全員の鎧に、激しく血がこびり付いていて。

それを見るだけで、彼等が如何にして戦ってきたかが、良く分かる。

「ああ、秋子さん、お久しぶりです。名雪も、あゆも。」

久しぶりに会う親族に、お久しぶり。と話し掛けるように。

「香里や栞も来たのか・・・。北川まで。それに、一弥に佐祐理さん。これだけ来たら、本陣も大変だろうに」

くすくすと、笑顔で笑われて、全員が一歩、引く。

「それに、往人。この分だと、お前がばらしたんだろう?ったく・・・。」

そして、旧友に再会を告げるように、手を上げて。

「まぁ、とりあえず。」

一歩一歩、近寄って。

「久しぶりだな。皆、元気だったか?」

朗らかに、話す。

「祐一さん・・・・」

逆に、困惑したように、自らの甥を眺める者。そして、どう答えたらいいのか、分からずに立ち止まる者。

「さて、それじゃぁ、やってもらおうか?往人。・・・俺も、あれだけの大魔術を使っただけに疲労困憊だ。さ、来い。」

槍を、軽く構える。

他の白騎士達は、それを見て橋を渡り、対岸へ移動。

残っているのは、大輔と、祐一だけ。

祐一も、戦の時ほどの体の痛みは感じていなかったが、とりあえず、魔術の行使以来体にガタが来ているのは実感出来ていた。

その、軽く構えた状態に対して、往人は刀に念じること、数秒、数十秒。

祐一は動かないだろう。と確信していたから。

そして、生まれてくる氷の狼が、1体、また1体と増加して来るのに、祐一が微笑んで拍手を送る。

どうやら、分かれて以来ずっと鍛錬を欠かしていなかったのだろう。と言う事が、それを一目見るだけでわかった。

「さぁ、来い。お前と戦うのは久しぶりだ!」

くるんくるんと槍を2回,3回と回して、戦闘態勢を、取る。

「祐一?・・・ねぇ、お母さん。止めないの?祐一が・・・」

遠めに、名雪とあゆを眺める。

母親の袖を、半分泣きながら引っ張っている二人。

それに、悲しそうに、止めたそうにこちらを見つめてくる、栞。

自分の悪友も、どうしたら良いか思考を巡らせているように、見える。

どうやら、全員、なんとかして止めようと画策しているようである。

(だが、もう遅い。)

往人は、自分の役割を良く理解している。だから、きっと期待にこたえてくれる筈だった。

「来い!!往人!!」

往人が、刀を構える。

そして、自分に向かって勢い良く斬りかかって来る。

不思議と、せっかく呼び出したはずの氷の狼を使役していない。そのことに祐一が眉を顰めた。

そして、斬りかかって来る往人が、振り下ろそうとしていた刃、その刃を、急に返す。

目を見張る。目の前のこいつは、一体何をやっているんだ?と

キィン!!と音がして、硬直。

「・・・・往人?何をやってやがる・・・」

腹を思いっきり蹴りつけ、弾き飛ばす。

疲れはあるとは言え、一対一でやりあった時、祐一の技量は彼を遥かに上回っていた。

そして、顔を顰める祐一とは逆に大輔がニヤリ。と一つ。

最も、そのことは祐一には気が付かないのだが・・・。

「何のつもりだ?往人」

腹を蹴られて、ゲホゲホと体をくの字に曲げて咳き込む往人を一喝。

「悪いな。だが、聖さんも、晴子も、観鈴も・・・・俺の仲間達が皆でお前を殺して平和にするなんて御免だ。だそうだ。」

悪戯っぽく笑って、「だから、お前の策通りには動かない。」と告げる。

「お前を生きたまま倒して、戦を終結させてやる。それで、終わりだ」

もう一度刀を構え治す。最初っから蹴られる瞬間に後ろにバックステップを合わせた為、威力は半減させていた。

「お前は俺を殺せない。で、水瀬侯爵も、その娘達も。当然倉田家のお二人も殺せない。お前が不利だ。」

どうだ?と睨みつけられて、祐一が自嘲するように、笑う。

(どうやら、信頼する相手を間違えたようだ。)と

相手は、想像以上に夢想主義者のようだ。と

「なるほどな。で、お前や・・・お前達全員で、俺を気絶させることが出来る。と?」

これ以上可笑しいことはない。と言わんばかりに、笑う。

出来るもんなら、やってみろ。と言わんばかりに。

「大輔さん、まさか、貴方まで同様に裏切る。なんてことしないでしょうね?」

歩みだす前に、後ろを一瞥。と言うか、睨みつける。

先ほどから何やら企んでいる様に見える叔父。今回の件もこの叔父が企んだ事かもしれない。と言う風に。

それに対して、唯、怖い怖い。と両手を上げて。

「しないしない。まさかそんなことしないから、思いっきり戦って来い。」

そして、お前の剣は預かっておくぞ?と、背中に刺した祐一の愛剣を受け取る。

グングニルの槍とは別に、祐一は一本の大刀を持っている。

特に銘を付けられたわけではないが、その、もはや剣とは思えないほどの長さと太さを持った巨大な剣は、それを振り回すだけで 、鎧を着た人間をまるで紙切れのように切り裂ける力を持った剣である。

「あんまり汚さないでくださいよ?それも出来れば持っていきたいんですから。」

惜しそうに、背中の剣を抜いて、放り投げる。

ズシリと言う重さに顔を顰めつつ、それを受け取って、抱える。

「けち臭いことを言うな。そんなことより、あちらさんも待ちくたびれているぞ?」

親指をくいっくいっと向けて、促す。

そこには、既に臨戦態勢を取った、数人。

往人、観鈴だけではなく、秋子も、名雪も、あゆも・・・香里も、栞も、潤も。そして、一弥が。

(あれ?・・・佐祐理さんは・・・・)

いないな。ときょろきょろ見渡す。

やっぱりいなかった。

何時の間にか何処かに行ったのだろうか?自分の最期を看取ってくれる友人が減ってしまったことは寂しいことかもしれない。

でも、最期を見るのが彼女にとっては苦痛であるのならば、そうするのが良いんだろうな。と思って・・・

まぁいいか。と思って、向き直る。

既に、各人が剣を、槍を、・・・そして、刀を構えて自分を向いている。

名雪や、あゆ、栞は既に詠唱を開始。

そして、ゆっくりと回り込むように潤と往人が動き出している。

(9人。か)

それだけの数を前に、尚祐一は悠然と、微笑む。

そして、両の手で、槍を構えると同時に、・・・・大地を蹴った。