白騎士団壊滅後、祐一達に向けられた追っ手をなんとか振り切り、オーディンに辿り着いたのはその数日後。

オーディンに無事帰還することに成功した祐一達は、一晩城の防衛の全権を茜に任せて、一時休息を取ることとなる。

祐一はこれに対して自分は疲れていないから大丈夫だ。と主張したものの、周りの者に半分無理やりに寝かされる。と言う状況になっていた。

実際、周りの者からすれば、祐一が酷く危うさを孕んでいるように見えていたから。 第二十八話








第二十八話








「祐一君。お帰りだよぉ」

トテトテと駆け寄って来る姿に、軽く笑みを浮かべる。

「佳乃、往人達も無事だぞ?良かったな」

大輔曰く、命に別状があるような所には打ち込んでいない。と言う事らしい。ああなってしまったこと事態自分のミスだっただけに、 往人に何かあったら祐一は自分を決して許せなかっただろう。

「往人君とも戦ったんだ。・・・そっかぁ。」

ちょっと悲しそうに、呟く。

間違いなく、あの時、異端者と蔑まれて生活していた時、往人は短い間と言っても自分の家族だったから。

「あいつは、強くなる。もっと、もっと。・・・・お前も、な。」

ポン。と頭を軽く撫でて、ベッドの上に座る。

くすぐったそうに笑う佳乃に、軽く笑いかけて。

「悪い。ちょっと寝かせてもらう。・・・・何時までも茜さんに任せているのも悪いから」

うん。と頷いて、佳乃が部屋から出て行くのを見送る。

そして、壁を思いっきり殴りつける。

失ったのは四千の兵。

覚悟していたとは言え、痛い。戦力的にではなく、祐一自身の心が。

体の内部からの痛みは、起きて以来不思議と余り感じていない。

それについて、考える暇もなく戦場に入ってしまった為特に考えもしなかったが、あの夜の間一度として血を吐いた事はなかった。

しかし、そんなことを考える余裕は、今の祐一には・・・なかった。

「畜生・・・・!!。・・・・ごめん・・・・ごめん、なさい・・・」

自分に怒り、そして、亡くなった人たちに、謝る。

世界の為、人間の未来の為。そんな自分の夢物語を信じてくれた、全ての人たちに謝りたい。

壁を打ち付ける音は、やがて疲れ切った彼の意識が暗闇に引きずり込まれるまで続いていた。







そして、部屋を出て行く佳乃。

ちょっと寂しそうに。

祐一が本心を隠して、無理やり笑っているのが手に取るように分かっていたから。

「えっと、・・佳乃・・ちゃん。でいいんですよね?」

「え?」

後ろからいきなり声をかけられ、慌てて振り返ると、先日知り合った同世代の少女の姿を見る。

「あぁ〜。みさおちゃんだぁ。・・・・えっと、どうしたのぉ?」

真剣そうな顔に、一歩近寄りながらも、心配そうに見つめる。

みさおが祐一と同じような雰囲気を孕んでいたから。

「ちょっとだけ、お話を聞いていただけませんか?・・・・お願いがありますから。」

首を傾げる。

よく分からなかった。

でも、相手が真剣であることは、凄く良く分かった。

「うん。」

だから・・・。大きく頷き、手を取る。

「え・・・あ、あの。」

いきなり手を取られて唖然とするみさおを、くいくい。と引っ張って。

元気を出すように、小走りに自分の部屋に、駆ける。

「それじゃぁ、佳乃りんの部屋に向かってしゅっぱつしんこうだよぉ。」

笑顔でそう告げられて、みさお自身も思わず笑みを浮かべる。

今まで周りにこんな活発な友達が少なかったに新鮮だったから。

(いえ、一人だけ、居ます。そうですよね?――ちゃん)

今は遠くにいるであろう友人のことを思い浮かべる。

思わず、顔に笑みが浮かんだ。

「うん。お願いね。」

みさおも、佳乃につられて笑顔で駆け出す。

周囲の兵士も温かみのある笑顔で見送っていた。







一方で、帝国軍本陣は、暗い。

誰もが、白騎士団の壮絶な最期の様相を聞いていたから。

中でも、秋子の表情は疲労で一杯になっている。

こんな悪夢のような状況を止められなかったことを自責して。

「既に、十五万の大軍・・・・動けるのは十万とちょっとですね。」

一万以上を失い、そのほぼ同数を怪我で失い、また、その怪我人の為にまた同数を必要とする。

「・・・・強かったんですね。白騎士団は。」

「はい。強かったです。・・・・二千の部隊を壊滅させる為にその五倍の兵士を失ってしまいました。」

ショボン。と俯く一弥を責める者はいない。

むしろ、主力部隊のほぼ全てを潰された状態で良くやった。とほとんどの者はそう言いたいくらいだった。

「でも、佐祐理には分からないんです・・・。まだ。」

その言葉に、全員が注目する。

「何で、祐一さんは手を抜いたんでしょう?」

そして、凍りつく。・・・・その言葉に。

「手を・・・抜いた?」

「佐祐理は感じました。物凄く強い魔力の奔流が戦場に存在した時に・・・。あれは、祐一さんです。」

「嘘!!。だって、祐一は魔術が苦手で・・・・」

帝国に伝わっている祐一の噂。片方は褒めるもので、片方は貶すもの。

その理由の最たるもの。

『相沢家の公子は、簡単な術法しか使えない。それも、2,3回も使ってしまえば直ぐに魔法力の切れる出来損ないだ』

名雪達は、祐一が出来損ないだ等とは露として思っては居ないものの、祐一は魔術は苦手なのだと思っていた。

それは、秋子も、潤も同じ事。

栞の病気を治した時も、その場に慎一や大輔も同席し、尚且つ栞は眠らされ、香里達は部屋から出されていたから その本質を知っている者はいない。

ただ、一弥と、そして、それとは別の理由ではあるが佐祐理のみが知っている。

「祐一兄さんは、6歳や7歳の頃には、既に慎一様でも魔術においては及ばない。と慎一様が仰っておられました。」

祐一に、大昔に少しだけ教わった時に、慎一はそう言って頭を撫でてくれた。

と、共に、この事は誰にも言ってはいけない。とも

「あれは、神話の世界にのみ伝わる禁術です。・・・・当然、公国の魔導図書館にしか存在していないような。 ・・・・それなら、使える人は、いえ、魔導書を読むことの出来る立場にある人は大輔様か祐一さんだけです。

そして、大輔様は、その時には国崎様と切り結んでいたのでしょう?」

そう確認を受けて、会議の始まりからずっと腕を組んだまま微動だにしなかった往人が、頷く。

「そうだ。あれは祐一の行使しようとしたもんだ。そう大輔さんも言っていたし、俺もそう思っている。」

だから、俺を気絶させて、俺の軍隊の指揮系統を奪った後に、単騎祐一の所に向かったんだ。と続ける。

「国崎さん、・・・・貴方は・・・」

秋子に問われて、首を一つ、振る。

「明日にしてくれませんか?総司令官閣下。俺もそうだが、皆疲れている。」

そう告げて、許しを得るまでもなく、立ち上がる。

ちょっと、遅れて「そうですね。・・・・それでは、軍議は明日行いましょう。・・・・ 各隊、万一に備えて見張りだけはかかさないようにお願いします。」と告げられて、元気がなさそうに、全員が敬礼を一つ。

そのまま自らの陣幕へと、下がる。

往人も、自分の陣幕へと歩き出した。

「いよいよ、祐一を裏切らなきゃいけない時・・・か。こうなりゃやるしか・・・ないよなぁ?」

左脇腹はまだ痛んでいるし、止血した時には既に相当血も流出していて、暫く頭がクラクラしていたが、そんなことは 些細なことだ。自分には、聖や晴子から託されたものがある。

その重みを、彼は知っていた。







そして、翌日。

ある程度すっきりとして、もはや何時もの通りに見える祐一が上座に座って、一礼。

浩平や留美等はまだ疲労困憊と言った感じで欠伸をかみ締めていたりするが、特に気にすることはなかった。

「茜さん達の助成を頂けた事でどうにか目的を達することが適いました。改めて御礼を言わせて頂きます。」

立ち上がって、一歩左に、椅子から外れると深く礼を取る。と、同時に、列席している公国の高官達も同様の姿勢を取って、 余りのことに浩平や留美も目が一瞬で覚めてしまっていた。

そして、慌てた瑞佳に手を振られて、着席。

そのまま、祐一は手の中にしたためていた書状を黙って机の上に、置く。

と、同時に大輔も黙って同様に、机の上に一枚の紙を。

「とにかく、お礼として王国に持ち帰っていただきたいと思いまして。目録を認めて置きました。これだけあれば 亡命させて頂いた我が民の生活代として足りるでしょうか?」

と言って、目録を読み上げる。

馬、槍、鎧、弓、矢等の武器類から、貴金属類。有事の際の為に保管してあった食糧。

そして、王国の国家予算に匹敵するほどの・・・金子。

「申し訳ありませんが、ある程度は事前に各村に配分してしまった為、ここにあるのは一部になってしまっております。 ・・・・今後、帝国からの締め付けから耐えられる分だけは残しておくのが義務だと思いましたので。」

その発言に反論する者はいない。

狙ってやったことでは決して無いが、結果的に王国からすれば『海老で鯛を釣る』どころではないレベルの利潤が転がってきていた。

「後は、俺からだな。・・・・と言っても、これは個人的な話になるから別に受ける受けないは自由にして頂いてもかまわない。」

と言いつつ、紙切れを浩平とみさおの間に開いて、置く。

「おそらく、おそらくだが、名前が必要になることもあろう。と思ってな。勿論、どっちにしても我が兵の残党は公爵閣下の命に従って王国の王女を お守りさせて頂く事には変わりは無いが。」

紙切れを見て、信じられない。と目を見開く二人に笑いかける。

『養子縁組』

と言っても、政治的な話でしかない。

つまりは、相沢の後継者と名乗れることが政治的に役に立つのであれば使ってもらっても構わない。と言う事。

相手は、折原みさお。

と言うのは、浩平は王国の王太子。彼は折原としての名に責任を持たなければならないから。

「勿論、俺の方と、祐一の許可の印は押したから、使いたいときになったらその時に印を押してもらえば成立だ。」

相沢大輔に子供はいない。当然祐一にも、いない。

だから、もしこの二人が居なくなった場合、まだ数百規模で残っている白騎士団。そして、その勢力をほぼそのまま保持している 公国正規軍を受け継ぐ権利を与える。と言う事に他ならない。

「瑞佳さん達にも、個人的に差し上げられるものを探してみたんですが、どうも見つかりませんでしたので・・・・・ なので、城の中を回って好きな物を持っていってください。・・・・もし必要でしたら、魔導図書館の入室許可も出しますから」

くすっと笑って。

「でも、その場合に、禁術の所の本には絶対に触れないでください。それさえ約束して頂けるのなら今すぐにでも ご案内致しますから。」

そう言われて、大輔とみさお、浩平、瑞佳が飛び上がる。

祐一を魔導図書館に入れたらとんでもないことが起こることを、彼等だけが知っている。

「あ、えっと、ね。私は別にいいよ。うん。・・・また、また今度暇な時に大輔様に案内してもらうから。ね?大輔さん」

「あ、ああ。そうだな。祐一はとりあえず今後の展開でも考えておいてくれ。俺が案内してきてやるから」

ん?と首を傾げる祐一。

まさか、絶対触れないでください。と言ったその対象物のうち一冊を、既にみさおが保持している事等彼には知るはずが無かった。

「そ、それで、この養子縁組の話はどういうことだ?な、みさおも混乱しているし」

ああ。とそれに対して軽く頷く。

「浩平には王国軍五万がついているし、護衛も多い。だから、何かが起こる心配もないだろうが、みさおには特に大きな後ろ盾がないだろう?」

会話を元に戻せてよかった。と大輔が一つ安堵の溜息を吐く。

「だから、白騎士団の生き残ってくれた全員をプレゼントしてやろう。と思ってな。叔父さん?」

「まぁ、そう言う事だな。当然、何か見返りを要求する気もない。こいつらからすれば・・・っと。悪いな。」

後ろから副官―――立花勇百騎長―――に肩を叩かれて、止まる。

「で、だ。もしよかったらこいつ等の忠誠を受けてやって欲しい。どうだ?」

「え・・・え?・・・えっと・・・」

問い掛けられて、唯慌てる。

彼女にとって、白騎士団と言う方達は御伽噺の世界の者であって、とても身近に感じられるものではない。

子供の頃なんて、神と共に人を守り続ける神兵と言うものに憧れながらベッドの中で夢を見たこともあった。

そんな人たちに守られるような存在では決してない。と彼女自身で思っている。

が・・・

「その話、有難くお受けいたします。」

隣の瑞佳の声に慌てて立ち上がる。

「みさおちゃん、お受けした方がいいと思うよ。・・・・祐一や大輔様はみさおちゃんを心配してくれているんだから」

そうですね。と茜や雪見も頷いて、深く大輔、祐一に向かって頭を下げる。

みさおは、瑞佳にすりすりと頭を撫でられて、着席。

隣に座っている浩平も、異論を挟む余地もなく黙認。

むしろ、浩平も茜達も安堵していると言う雰囲気が強かった。

何しろ、帝国が実態としての敵として浮かび上がってきた今、みさおを守り通してくれる存在を彼等は必要としていたから。

みさおは、気がつくと自分の直ぐ傍まで立花百騎長を先頭に、数人の白騎士が近づいてきているのを確認して戸惑う。

しかも、彼等がその手の中に抱えているのは、相沢公国の・・・公爵旗。

しかし、一番戸惑ったのはその後。

御伽噺の中の存在であったような人たち――――立花百騎長は、自らの兄ですら敬語を使うことを厭わない、世界最高の騎士と 祐一や大輔が認めている武人。

周りの者は、大輔や祐一。そして、犠牲になった白騎士達が身を投げ打って残してくれた、二十人の百騎長の中でも若くして地位についてい る、次代の公国を担っていくはずだった者達。

そんな人たちが、自分の前で跪いて剣を捧げて来る。

緊張の余り体中が震えるのを慌てて抑え付けて、剣を両手で受け取る。

そして、騎士としての儀式を何とか思い出そうとして、・・・・頭がくるくると回った。

「みさおちゃん。そんな百面相しなくても・・・」

瑞佳にくすくすと笑われて、手が滑る。

「は・・ハイ・・・きゃ!!・・・あれ?!」

ガチャン!!と甲高い音と、必死に謝るみさおの声。

そのまま、暫く場を笑いが包み込んでいた。







「さて、それでは国崎さん・・・お願いできますか?」

困ったなぁ。と言わんばかりに苦笑する往人。

と言っても、とっくに覚悟は出来ているのだが。

「とりあえず、一つだけお願いしたいんですが・・・・ここでの会話、内密にして頂けませんかね?」

「それは、我々に対して陛下から隠し事をしろ・・・と?」

ジロリと香里に睨まれるのを流す。

そして、佐祐理に対して、「どうでしょうか?」と再度、尋ねる。

元から、往人に理解のある佐祐理。理由は定かではないが。

「・・・そう、ですね。佐祐理は、『帝国に害の及ぶ話で無い限り。』と言う条件付きであれば受け入れても構いません。」

どうでしょう?と一弥、秋子を順番に眺める。

数日前・・・会戦の前であれば、即座に却下していたところではあるものの、前回の会戦によって一弥は往人に借りが出来たと思っている。

だから、軽く・・・頷く。

一弥が頷くのを見て秋子も同様に。秋子からすれば、皇太子殿下のご判断のままに、と言った感じであろう。

この三人が受け入れるのを見て名雪達も仕方なく、頷く。

多分、それでも拒否していたら自分だけ陣幕から出されるであろうことを予測したから。

「分かりました。・・・それで、確約は頂けるんですね?」

戦場によって往人と出会って居たらおそらくこんな風に睨まれていたんだろう。

そんなような、睨み。目を合わせるだけで切り裂かれそうな・・・。

「もし、この中の誰かが約束をたがえた場合、佐祐理が命を持って贖います。・・・・不足ですか?」

いや。と首を振って苦笑。ずいぶん信頼されたもんだ。と思う。

「それじゃぁ、言葉は崩させてもらいますよ?・・・祐一のせいでかたっくるしい言葉使いさせられていて疲れてたんで。」

ん〜・・・と伸びをして、屈託なく笑みを浮かべる。

そして、いきなりの態度の急変に唖然としている面々に向かって

「俺も、祐一の策は最後まで付き合いたくはないからな。出来れば協力して欲しかったんだ」

一言、そう告げて軽く頭を下げた。







「まさか・・・・まさか、そんな策が?」

唖然。ただそんな表情に面々がなる中、佐祐理一人だけが涼しい顔で座っている状況。

「そうでもなければ、・・・・言っちゃあ悪いが仲間を殺し、家族同然の大切な奴らを奪おうとした帝やその仲間に 尻尾を振ったりは絶対にしねぇ。・・・あくまで、俺達は俺達を救ってくれた公国や公爵閣下の頼みを受けたからここにいるんだ。 ・・・・佐祐理さん、・・失礼。皇女殿下だけは分かっていたみたいらしいが」

顔を向けられて、そうですね。と佐祐理が一人で、ふわりと笑う。

「祐一さんが人種差別的な行動を行うはずもありませんし、また、万が一にも裏切る可能性のある者を 公国一の重要拠点に配置するわけもないと思いましたから。・・・それに・・・」

それに?と先を促す周囲の者達に、一度だけ笑って・・・

「佐祐理は祐一さんが本気で私達と戦いたいと思ってるわけがない。と信じていましたから」

ニコッと笑う皇女に声をかける者はいない。

逆に、そう言われて他の者達が逆に落ち込む。

自分達は、祐一や大輔を敵と思って戦っていたから。と

「・・・・姉さんは、あの会戦の前には分かっていた。と言うことですか?・・・・それなら、それなら何故その場で?!」

詰問口調になるのは、姉に対して怒りを覚えているから。

もし、もし言ってくれていればあんなことにはならなかったかもしれないのに。と

あんな、あれほどの英雄達が最期をあんな無残な形で迎える羽目にはならなかったのではないか?と

「祐一さん達は、会戦前には既に戦うことを決めていました。・・・・佐祐理達は戦わなければいけなかったんです。そうじゃないと・・・」

「国崎さん達を迎え入れることが出来ない。そうですね?」

ようやく、合点が行ったと言うように秋子が横から口を挟むのに対して、ふんわりと・・・頷く。

「そうです。あの戦いがあったから、今では国崎さんの手勢は恥知らずの裏切り者ではなく、危機を救ってくれた英雄です。 何しろ、白騎士団を足止めした功績は、その後の彼の軍に受けた損害を考えた時に尚更価値を増すことになりますから。」

「俺をあそこまで怪我させたのは、祐一のミスだったらしい。どうやら、後陣に、大輔さんが面白半分にあいつの 顔見知りの子を置いといたらしい。で、美坂家の騎馬軍団の攻勢を受けて、慌てる余り禁忌とされたものに手を出そうと。 ・・・結果からすれば大輔さんが止めたみたいだがな。」

香里の方を向いて、何ともいえないような笑い顔を浮かべる。

「でも、でも!!何で祐一を裏切れるの?!だって、祐一に助けてもらって貴方達はここにいるんでしょ?! それが、自分達を助ける為に祐一達を敵にするなんて!!」

「名雪!!・・・・止めなさい」

往人に詰め寄ろうとする名雪を、今にも武器を取ろうとするほどに、強く静止する。

そして、往人の方を向いて、深く頭を・・・下げる。

候爵位を長年務めている秋子には、往人の気持ちが痛いほどに理解出来てしまっていたから。

「国崎さんが、この方が苦しまずに祐一さんを向こうに回せた。と本当に思っているのなら、私は貴方をこの場から出しますよ?・・・名雪」

会話を聞いていても、如何に彼が祐一や大輔を好きなのかは痛いほどに理解出来る。

その気持ちは、私やここにいる他の者達と変わらないくらいに。

それが、いくら祐一の命令と言ってもこんな事をさせられるには、彼は十二分に苦しんでの事であろう事が直ぐに分かる。

自分だったら出来ただろうか?と自問しても自信がなかった。

裏切り者と嘲笑われつつ、尚帝国軍の陣内にい続けるのはどれほどの苦痛であっただろうか。

「娘が失礼なことを申し上げてしまいました。・・・・代わってお詫び致します」

「お母さん!!」

頭を下げる母親に、憮然としつつも何も言わず着席する。

つまりは、往人が祐一に信頼されて、そして全て完璧にこなした。

佐祐理も最初っから祐一を信じて、そしてその考えを理解していた。

それらの二つが、名雪には悔しくも思えていたのだろう。

「戦を終結させる為に、相沢公爵家と言う一つの大きな悪を作り出して、帝国と異端者と言う二つの勢力を協力させることで戦を終結させる・・・」

「つまり、祐一さんは始祖神様と同じ事をした。と言うわけですね」

敵とした者は違えど、基本理念においては祐一と始祖・・・オーディンは似通ったことを成している。

彼の神は魔族と言うものを倒す為に、支配している側に対して支配されている側との共闘を促し、それを成し遂げた。

祐一の場合、自らを敵となし、同じ事をしている。

「最初っから負けることが彼等の目的だった。・・・・と?」

「そう・・・だと思います。最も、往人さんを信頼出来ずに、佐祐理や一弥が後方で立ち往生をしていたのなら祐一さんは 勝ちに行った。と思います。どうでしょうか?」

「そう、だな。その時には俺も好きにしていい。と言われていた。最も、そんなことにはなるまい。って言ってたが」

そして、もしもその程度の連中だったらどうせ世界を託しても意味がないからな。とも言っていた。と告げる。

「祐一からすれば、もう片方の折原家の王太子殿下は相当信頼しているんだろう。だから、有事の際の為に、 帝国も一つに纏めなければいけない。と思った。だから、俺を利用してこんなことをさせたってわけだ」

香里の質問に、佐祐理、往人が二人で答える。

そう言われて、一弥は恥ずかしさに顔を伏せることしか出来ない。

間違いなく自分は兄と慕っている人の信頼を裏切ってしまっていた。

「でも、祐一さんや大輔様はこの後どうなさるおつもりなのでしょうか?・・・・流石にここまで来ては私達にはどうしようも・・・」

栞が、一人不安そうに首を傾げる。

両軍併せて二万近い人間が犠牲となった。今更、平和的解決等、ない。

そして、言いにくそうなのは往人。言ってしまっていいものか?と。悩む

「・・・・討たれる。予定なのでしょうね。国崎さんに。・・・違いますか?」

代わって秋子が、告げる。

これを言わせるのは余りにも酷なことに思えたから。

「そう、だ。祐一は帝国の帝が、祐一や大輔さんを討った時に大きな恩賞を与えるだろうと予想していた。 だから、俺が相沢を討ち取ることで、領土を得て、その地を異端者の地にすればいいだろう。と言っていた。それで、俺はこれを受け取った。」

腰の刀を机の上に、置く。

その、見覚えのある刀は、往人の言っていることが真実であることを表しているようであった。

そして、血の気が引いたように静まり返る面々に向かって、告げる。

「だが、俺は祐一の書いた結末が気にいらねぇ。・・・・だから、『裏切る』ことにする。って決めてきた。」

子供のように、笑う。

協力して欲しい。と頭を下げる往人に、拒む者はいなかった。







「結構、つうか、想像以上に驚いていたぞ?みさおちゃん。お前はこれで良かったのか?」

あの後、暫定的な物資の引継ぎを行い、と共に今後の互いの行動を確認。

結局、それに数時間かかって、気がつくと夜もふけていた為、祐一と大輔は二人で城の城壁の上を、歩く。

「立花さんはともかく、後の方々は、もっと大きくなれると思うんだ。・・・・俺や、大輔さんが居なければ。ね」

先ほどの会戦。結局、公国の兵達は偉大な指揮官の下で戦をすることに慣れすぎてしまっている。

つまりは、言われたことに対しては120点の行動が出来るけれども、では指揮官がいなくなったら?そうなった時に、 彼等は動けるのだろうか?そう考えると、祐一は自分のしたことは間違っては居ない。と思えた。

「あの人達は、浩平の部下に居たとしても茜さんや雪見さん達と並んで、数万の兵を指揮できるほどの器はある。だから・・・・」

「だから、みさおちゃんの下でもっと大きく育って欲しい。か」

そう言う事。と軽く頷いて・・・・微笑を浮かべる。

「ま、どうせ俺はここまでだし、な。・・・・後のことは浩平や一弥に任せてゆっくり休ませて貰うよ」

これが二十にも満たない子供の発言だろうか?と大輔は心の内で苦笑を重ねた。

「祐一にとっては、後継と認めるのは浩平や一弥坊。それに、往人か?」

「そんな、後継だなんておこがましいことは考えていないぞ?所詮は、こんな立場に居るのが面倒になっただけだし」

止めてくれ。と軽く手を振って答える。

照れ隠しの台詞に、大輔は心の中で笑う。

自分なんかより目の前の少年はよっぽど世界全体のことを考えているだろう。

「そんなことより、大輔さんには生き延びてもらう予定なんだからしっかりしてくれよ?一応、俺が死んだ後の公爵は大輔さんに なるわけなんだし」

ああ。と軽く返事をする。

直系筋は、慎一から祐一へと続いている側ではあるが、大輔も今では継承権第二位としての立場がある。

昔は、自分が一番上に立つことを望んでいた頃もあったかもしれんな。と思って、空を見上げる。

星の輝きに、数秒思考を止めながら・・・

慎一様や、祐一の器の大きさに、彼等を支えることで世界一の騎士になることを目指そうと決めた時のことは今でも覚えている。

「しかし、まぁ、よくここまで集まったもんだ。あっちには秋子達が、こっちには浩平達が。・・・・お前だって、 この後世界が平和になって、あっちとこっちが一丸と、魔族の侵攻を食い止めるだろうとは予想していないんだろう?」

大輔の読みでは、・・・・いや、誰もが予想していることとして、今回の戦のあと、帝国は王国に進軍するであろうと思っている。

その時に、間違いなく往人の騎馬軍団は王国の脅威となるだろう。

それを分かっていて、尚協力してくれた浩平達にはいくら礼を言っても足りない。

「まぁ、あの帝じゃあ、な。むしろ、俺達がこんなことをしなかったとしても、今度は俺達を尖兵に王国に侵攻させていたさ。」

そうだろうな。と頷く。

むしろ、祐一がこんなことを考えたのはそれが嫌だったかもしれないな。と思った。

多分、祐一が動き出した理由はそれが大きな物だったのだろう。

王国に侵攻させられるくらいなら、まだ帝国を敵に回して自滅した方がいい。と

浩平や瑞佳、みさおを向こうに回して、命を奪い合う。そんなことは大輔だって祐一にはさせたくはなかった。

「結局、俺もお前も、世界の為なんていいつつ、自分の理由でこんな馬鹿げたことを始めたわけだ」

「俺は最初っから世界の為なんて言ってないぞ?往人に対しても。浩平に対しても。」

ただ、口先で騙しただけだ。と。笑う。

「お前は、弱いからな。俺も人のことを言えんが。・・・・結局、神でいるのが苦痛だっただけってわけだ。俺も、お前も、慎一様も。」

当たり前だ。と心の中で呟く。口に出さなかったとしても、そんなことは・・・・当たり前なのだ。

神であると言うことは、常に世界の為を考えて、その為に行動すること。

私心等持たず、ただ、それだけを。

仮に、浩平やみさお、瑞佳のような者達を殺して、それで世界が平和になるのなら迷わずそれを切り捨てる。そんな覚悟を。

そんなもの、おそらく誰も持っていないのではないだろうか?

「神で居ることなんて、最初に禁忌の力に手を染めた時点で諦めているぞ?・・・ただ、面倒なことがしたくなかっただけだ」

ふん!と顔を背ける祐一は、子供のようにも見えた。

「ま、それじゃあそう言う事にして・・・。」

分かってるんだぞ?と言わんばかりに頭を叩かれて、祐一はさらに不機嫌そうになる。

「全ては明日から。明日からだろ?」

その通りだ。と祐一は黙って頷いた。







「それじゃぁ、後のことは任せたぞ?浩平。」

そして、そのまま3日後。その間にやって来た帝国の使者は六人。

門の前で門前払いし続けていると、最後には矢文を撃って来たが、祐一はそれを読まずに焼き捨てるように命じた。

今更、話し合うことなどない。と

それに、読んでしまうと迷ってしまうかもしれなかったから。それが一番、怖い。と

そして、浩平達が王国へ向けて出発する日がやってくる。

今生の別れとも思うと、何時もは顔を見るたびに張り倒したくなっていた相手が友人に思えなくもない。

右手を、目の前に差し出す。と、浩平もその手を軽く握った。

「うわ・・・アンタ達がそうやって真面目にやっていると・・・・不気味ね」

普段であったら、公爵家にだけはある程度の敬意を持っているはずの留美が、今では自分を浩平と同列に見ている気がする。

なんとなく、なんとなくある意味で愉快に思えた。

「留美さんも、色々有難うございました。浩平のこと、頼みます。」

各人に、一言ずつ声をかけると、握手を交わす。

同様に、大輔も周りの者に頭を下げたり、握手を交わしたりしていて、暫くはそんな感じで時が過ぎていった。

「それでは、白騎士団は最後に脱出させますので、後はお任せします。問題なく王国領内に逃げ延びられるとは思っていますが。」

既に、オーディンの城に兵士はそれほど多く残っていない。

王家の谷。それは、誰も立ち入ることの出来ない場所として伝わっているが、それは半分は公国の情報操作も絡んでいる。

谷の中ほど。霧のかかっていて、決して上から覗くことの出来ない程度の深さの所には、向こう岸へと渡る小さな橋がかかっている。

もしもの時の為の抜け道は、オーディンの城の地下に掘られている。

一万五千の軍勢。既に、その3分の2程度は抜け出して王国へと逃れようとしていた。

兵たちは、王国へ物資を運ぶと共に、決して敵兵に見つかってはいけない。と言う緊張感も持って動かなければならない。

また、王国領に入ると共に、10人単位で分散。各自が王国王都、オーディネルを目指すことにもなっていた。

「あれ?・・・みさお、どうした?」

ん?と顔を向けると、何やら大輔と真剣に会話を重ねている。

「あ、・・なんでもないです。ちょっと、確認させて頂いていただけです。」

別に、今回の行動において、みさおに与えられた役割等特にない。

怪訝そうに見つめる祐一に、軽く身じろぎして、顔を背ける。

「まぁ、そんなことはどうでもいいだろ?・・・とにかく、『任せたぞ?・・・浩平、瑞佳ちゃん、みさおちゃん』」

「はい。『命に代えましても。絶対に・・・。』」

?マークを浮かべて、祐一は周りを見渡す。

ちょうど、彼等と一緒に王国に連れて行ってもらうことになっている佳乃と目が合った。

「大丈夫だよぉ。ちゃあんと、佳乃りんのお友達さん4号のみさおちゃんと一緒に頑張るよぉ〜」

無駄に張り切っている。別に、佳乃自体は完全についでとして向かってもらうだけでしかないのに。

「別に、佳乃が張り切ったってしょうがないだろう?・・・どうせ、何もすることもないだろうし、とりあえず、あんまり騒いで 周りの人たちに迷惑をかけないようにな?」

その言葉に、ぷぅ。っと頬を膨らませて、怒る。

「佳乃りんは役立たずじゃないぞぉ〜。ちゃんと、みさおちゃんと一緒にリ・・?!!む〜〜む〜〜」

慌てて駆け寄ってきたみさおに口を塞がれたまま、じたばたと引きずられていく佳乃にもう一つ?マークを。

(こいつら・・・・何時に間に仲良くなったんだろう?)

公国の陣であった一日。ここに帰ってきてから五日。

何かと一緒にいる姿は見かけてはいたが・・・・

ま、いいか。と首を振って、意識から追い出す。

お互いにとっても同世代の、同性の人間の友人は作っておいた方が良いと思えたし、それが両国の中枢となるであろう者の 親族同士なら尚更だ。

「それじゃあ、俺達も行くか。・・・大輔さんも、後は任せますよ?」

何時の間にか、暴れる佳乃をみさおばかりか浩平や、茜までもが抑え付けている。

慌てるように駆け去ろうとしている浩平達を、大輔は笑って見送っていた。

「・・・・何かおかしくなかったですか?あいつら。」

と言うか、明らかに不信すぎるだろう。

追いかけて、問いただすべきだろうか?と本気で考える。

「ま、気にしなくても大丈夫だろうよ。そんなことより、俺達はまだ暫く時間を稼ぐ必要があるだろう?」

旗を立てて、離脱していることをバレない様にしている。と言っても、残った兵が五千人弱では、バレた瞬間終わり。

最も、それらの者も、これから浩平達と共に離脱するので、残るのは大輔旗下の部隊、数百程度でしかない。

「2日程度でいいんだろう?・・・そんなことより、あいつ等の方が問題じゃないか? ・・・・しっかりと脱出路は分かるようには作られてはいるが、万一にも橋より下に下りたら魔獣の巣窟だぞ?」

実際に、そこで暮らしたことのある祐一には分かる。

昼も夜も何時でも、魔獣がうろつき回る、まるで別世界のような場所。

その、さらに奥に王家の墓と言われる場所があるが、ある意味、魔獣達はそこへの道を守っているともいえた。

公国の者は亡くなると棺に入れられて、裏の橋から谷に落とされる。

人としての一生を終えた神族は、そこで、神としての一生を終える。と言われていて、公国で一番神聖な場所とも言えた。

「や、・・・ま、まぁ、あいつらも道くらいは分かるだろう。心配することはない、さ。」

大丈夫大丈夫。と乾いた笑いを浮かべる大輔を、不信そうに睨みつける。

「・・・・何か、隠し事してますね?」

そう言った時には、既に彼の者は駆け去っていて、祐一は肩を落として溜息を吐いた。