第二十七話








戦場。

北川子爵軍は、敵兵、併せて二千五百を四千の兵士で必死に支え続けていた。

後方からわらわらと味方兵が合流してくるものの、これと言って軍隊としての形のない兵士が増えた所で大して戦力になるでもなく、 むしろ味方軍を困惑させてしまっている現状。

せめて千人単位の統制の取れた軍の増援が欲しい。と思っている。

何しろ、敵騎兵部隊の騎射。後方からの弓による攻撃に対する有効な策は現状では考えられない。

せめて、一万の兵士がいるのなら損害を覚悟で突撃し、敵に肉弾戦を挑むと言う荒業も使えそうなものだが、現状でそれを敢行しても ほとんど意味をなさないだろう。

おそらく、肉薄するどころか近づくことも出来ずに蹴散らされてしまうだろうから。

だから、必死に防戦を続ける。

味方の援軍が駆けつけることだけを望んで。

確かに、後方から援軍は到着しそうである。しかし、潤はその旗印に絶望の二文字を頭に、刻む。

理性を持って考えれば、来るのは当然その部隊なはずなのである。

だが、そうでなければいい。と思う感情はとても強かった。それが、一瞬で崩れ去ったのである。







「大輔さん、これじゃきりがないような気がするんですが。・・・いい加減敵本隊も到着して来ますよ?」

一方で、白騎士団の先頭では浩平が大輔に抗議。

相手に損害を与え続けているとは言っても、やはり矢から体を守る為の盾と、そして馬の突撃を止める為の槍衾。

その二つがある現状、そうそう攻撃に出たくは無い。と言うのが現状。

しかし、このままでは敵軍は増える一方。

実際、当初は四千程度であったはずの敵軍は、減らし続けているにも関わらず五千を超えているだろうか。

まだまだ後方から続々とやってくることは容易に想像出来た。

「う〜ん。しかし、まだまだ損害覚悟の突撃にはちと早いだろ。どうせ目的は防衛だし」

既に本隊との距離は7〜8キロは空いただろうか?

オーディンの本城まで、本隊が辿り着くにはまだまだ時間がかかる。

距離を稼ぐためには、相手の本隊を止め続けなければいけなかった。

そして、とりあえず叩くべきだったのが北川子爵旗下の精鋭。と言う訳である。

これさえ叩いてしまえば帝国軍にはマトモな高機動部隊が残っていなかったから。

「や、分かってるんですけどね。暇なんですよ。俺には・・・」

馬から降りた時の為の長弓は、本隊に預けてしまっていた。

「まぁ、慌てない慌てない。祐一と合流してからたっぷり遊べばいいだろうが」

「へ〜い。・・・まぁ、後5〜6時間程度耐え切ればOKと言った所ですかね?そうすれば茜のことだからよもや失敗することもないでしょうし。」

5〜6時間・・・。4〜50キロ離れてしまえば、マトモな騎馬部隊を持っていない帝国軍において追撃を成功させ得る部隊はいないであろう。

数百程度の数はいるだろうが、その程度なら本隊が叩き潰せる。

「そう言う事。ま、あと2〜30分もすれば相手も数が揃うだろう。そうなったら流石に肉弾戦になるぞ?」

馬に乗って駆けながら、雑談を交わす二人。

そんなことをしている間にも、敵陣には矢の雨が降り注ぎ続けていた。







そして、帝国軍の増援。

旗印にあるのは、著名な貴族のもの。

それは、千人程度の部隊・・・3つ。

これらの3隊は、一弥が潤に対して与力としてつけたもので、これでもって北川子爵軍は、総勢七千を数えるはず・・・であった。

が、その3隊、内実はほとんど先の戦で亡くなった斎藤辺境伯のような愚物ばかりで、上に諂い、下を嘲笑うような屑だ。と 北川潤は思っている。

実際、一弥から面前で命令を受けた時は、

「高名な『剣持つ麒麟児』様の指揮下にはいれることはこの上なく光栄なことで・・・」

等と言いつつ、実際に彼の命令を聞くか?と言えば答えはNo。

彼等の内実を読み取れないのは一弥の人の良さが影響しているのだろう。あとで佐祐理がこっそりと謝りにも来ていた。

そんな連中が、まるでハイエナのように、相手の力量も知らずに突っ込んでくる。

「何してやがる!!あいつらは。止めさせろ!!」

周りの者に怒鳴りつける。このまま直進されては、味方軍の防衛陣が味方によって崩される。

「伝令!!」

そして、後方から駆け込んでくる騎影。

それは、後方の3隊からの伝令。

「北川子爵代理に置かれては、僅かなる敵兵を相手に臆病風をふかれたご様子。ここは、我等が戦の何たるかをお教えする所存。 黙って道を開けられよ」

その伝令を、思いっきり殴り飛ばす。

後方の3隊には、敵軍が見えていないのか?

敵軍の実力を推し量ることも出来ないのか?

――――自分達だけ・・・これだけの数では、勝ち目がないことが分からないのか?!!!――――

怒りに、どうかしてしまいそうになりながらも必死に抑える。

既に、自軍の後方に馬鹿な軍勢が乱入。防衛陣は崩壊しかかっている。

「なんて・・・・馬鹿な・・・・」

このまま耐えていれば倉田皇太子殿下の数万の大軍が来て下さると言うのに・・・・

そうすれば、数で相手を圧倒出来る。損害を小さくして相手を殲滅出来るではないか。

もはや、これまでかもしれない。そう思って、自ら剣を、抜く。

「全軍、二つに分かれろ。馬鹿共を通してやれ!!」

・・・・全滅させちまうかもな。済まねぇ。親父・・・

分かれ出す軍勢を、押し分けるように飛び出て行く、三千の軍勢。

馬鹿な奴等だ。と思うとともに、あんな指揮官の下で働かされる三千の兵を・・・・悼んだ。







前方の気配は既に本隊からも分かる程度までに一弥率いる七万近い兵は侵攻して来ていた。

その、遥か後方にようやく水瀬秋子率いる『元』第一軍団が追随している。

「・・・・・白騎士団が殿を務めて、北川さんの部隊を切り裂いている。と言う事ですか。」

ほぅ。と感心したように、話す。

「あの方達は、祐一さんや大輔様の・・・又は、民の為に命を落とす覚悟を常に持っている勇者達ですから・・・」

そして、申し訳なさそうに、佐祐理。

本来の彼女の部隊は、秋子の部隊のさらに後方にあって、怪我人の救護、物資の補給に努めている。

ただ、状況が状況なだけに、彼女は頼りない一弥の参謀の代わりに、ここに詰めていると言う形になっていた。

「姉さん。そんなこと兵士の前で言わないでください。士気に関わってしまいます。」

佐祐理の言葉を、小声で嗜める。その発言は、正しい。

「大丈夫ですよ。・・・この軍はもはや白騎士団や大輔様・・・・それに、祐一さんを討ち取って、お父様に取り入ろうと考える 程度の者しか残っていませんから・・・。」

自嘲するかのような笑みを浮かべる。

一弥が帝になる時代がくれば・・・祐一が協力してくれれば・・・。なんて見通しの甘いことだったのだろうか。

既に、この腐敗しきった帝国軍は、オーディンが力を貸してくれたときのような気高さを持ち合わせていない。

如何に秋子が頑張ろうとも、その子供達の世代に有能な者が揃っていたとしても・・・

今の帝国にはそれに見合った地位を授けられるシステムが存在していなかった。

結局、帝の寵を受けた者―――斎藤伯のような―――のみが出世して行く。

それが、段々と下の方まで浸透してきてしまう。それが今の帝国の現状。

「祐一さんに、大輔様に謝りようも無いですね。あの方達はこんなに帝国の事を考えてくださっているのに・・・・」

秋子にも、香里や名雪達にも、・・・往人にも。そして、大輔や祐一に申し訳が無い。

全て自分の不徳が招いたことだ。そう、佐祐理は思った。

「全軍、白騎士団を包囲、殲滅してください。」

一弥の声が聞こえる。

一弥自身も苦渋の決断をしているのが分かりつつも、それでも、あの部隊を討っていいものかが分からなかった。

むしろ、自分達が勝って良いのかすらも・・・。







「なんだったんだ?あの馬鹿共は」

よく分からん。と言うように首を振る。

いきなり飛び出て来た二〜三千程度の兵士が、矢に貫かれ、そして馬に蹂躙されて壊滅して行く。

所詮は、死ぬ覚悟もなく、ただただ命令のままに突っ込んでくるだけ。腰がひけていれば相手がどんな部隊であっても勝負にならない。

その壊滅した軍はあっと言う間に恐慌をきたし、北川子爵軍にも多大の損害を与えつつ壊走していってしまった。

ほぼ、全滅。と言うのは数百人があっと言う間に地に倒れ伏すのを見て散り散りになって逃げてしまったから。

「おい、浩平。そう笑ってやるな。きっと事情があったんだろう」

道化の集団に、大笑いしている浩平。

数年の軍生活において、あれほど無様な軍勢を浩平は、知らなかった。

「さぁ、集団様のご到着だ」







そして、北川子爵軍を吸収しながら、迫ってくる人の群れ。群れ。

「流石に、アレだけの数が迫ってくると壮観壮観。」

右手を目の上に当てて、敵軍を仰ぎ見る。

「王国軍全軍とほぼ同数。か。なぁ浩平?あいつらはあの三倍程度の兵力は潜在的に保有しているぞ?どうする?」

まるで、軍略を語り合うかのように。

「まぁ、二十万繰り出してきても、結局頭がいないですからね。あの軍は。どうとでもやりようがあるでしょう」

軍内でマトモな地位を得ている良将等、水瀬侯爵に北川子爵程度だ。と。

「今は。な。だが・・・もしも、もしも名雪ちゃん達の世代が中心になって来たら、手ごわいぞ?あの連中は今回初めて敗北を 知ることでもう一つ大きくなるだろうしな。」

「分かってますよ。俺だって祐一や大輔さんに負けていなかったら唯の天狗で終わっていたでしょうし。」

「そう。だ。祐一も初めて失敗して、またもう一つ大きくなれる。と俺は信じる。そうでなけりゃ、俺がこんなことをしている 意味が無くなっちまう。」

「これ以上祐一が大きく・・・ね。大きくなりようがあるのかよ?あいつは・・・・」

怖い怖い。とおどけて・・・。

「さて、そろそろいい加減に相手も近づいてきたことだし、一旦退くか。祐一と合流して・・・・・死戦だ。」

本番だぞ?と浩平に手を向けて・・・

分かってますよ。と手を合わせる。

そして、反転、後退。

既に瑞佳の軍勢は後方に立ち去っている。以後は、平原を抜けた後、各地の物陰に隠れて狙撃兵としての役割を担うことになるだろう。

とりあえず、そこまでは孤軍奮闘と言う形になる。

そして、白騎士団は、最後の戦場に参加することとなる。







「浩平!!無事か??」

反転して、暫く進むと、反対側から単騎で駆けてくる姿が一つ。

白い馬に、嫌味なほどに大きな、槍。

そんなものを持っている者を、浩平は一人しか知らない。

「よぉ。とりあえず、間に合ったみたいじゃねぇか。・・・・祐一。」

軽く、手を合わせる。祐一の顔色がいいことにちょっと安堵の溜息も、吐く。

「で、今の状況は?大輔さん」

あちらこちらの白騎士団の『仲間』から手痛い祝福・・・小突きを受けて、全員で朗らかに笑いあうと、大輔の方を向く。

「あ〜。とりあえず、往人も名雪ちゃんも香里ちゃんも、秋子も・・・北川の公子もとりあえずは急には動けない程度には叩いておいた。 後は、雑魚ばっかりだが、数は四〜五十倍ほどいるな。」

つまりは予想通りの展開に軌道修正した。と言う事だね。と祐一が笑う。

「そう言うこった。後は、白騎士団と公国の意地を見せればそれで十分、だろ?」

肩を叩いて、笑む。

既に、公国の軍略も、意思も、強さも見せた。

だから、後はそれぞれが成すべき事を成すだけ。

「それじゃぁ、俺が先頭を行きます。名誉挽回して来ますよ。」

付き合ってやる。と近づいてきた浩平に留美に、頷いて騎乗。

ある程度騎馬でもって離したものの、既に敵軍は肉薄してきていた。

「とにかく、最初は魔法力が尽きるまで撃ちまくりましょう。それで一時間程度は稼げますから。・・・・・ あとは、自由にしてください。細かいことは言いっこなしで行きましょう。」

面白いくらい話の分かる指揮官に歓声。

これから、地獄に臨む部隊は、まるで本当に祭りに出かける家族のような雰囲気を孕んでいた。







そして、それからしばらくの間は、帝国軍にとって本当の『悪夢』が待っていた。

白騎士団二千が、五段に構えて息を吐く暇もなく撃ち続けてくる雷光に、耐えうる部隊はもはや帝国には存在していない・・・・。

否。元よりそんなものは存在していない。

『トールハンマー』とも呼ばれる、公国の切り札的攻撃。

四百本ずつ撃ち続けられる・・・しかも、接近する間もなく撃ち続けられる上級術法、ライトニングの乱射は、近づく者全てをなぎ払い続けた。

一撃放たれる毎に帝国の兵士の命が数十失われる。

しかも、帝国軍において、前線でしっかり指揮を行える前線指揮官はもはや、いない。

結果、無理やり徴兵されて来た兵は、功を欲しがる無能な指揮官によって意味もない・・・いや、敵軍の魔法力を削ることだけの為に 命を散らしていく羽目となった。

しかし、仮に前線に有能な指揮官がいたとしても、魔導部隊の数で負けている状態、打つ手はなかったかもしれない。

「休むな!!とにかく、突撃しろ!!・・・・奴らとて人間。いつかはバテるはずだ!!」

兵士達は、そう怒鳴りつける指揮官に『だったらお前が行ってみろ』と言いたくても言えない。

そんなことを言った者は即打ち首。つまり、引くも地獄、進むも地獄。

結局、無理やり進まされて、又は功を欲しがって突撃を続け、この数十分の間の帝国軍の死者は信じられないほどの数となっていた。

これだけの短時間の間に、これほどの兵の命が失われたと言う事実は、戦史を探ってもおそらく存在し得ないだろう。と言うほどの。

その、僅か一時間足らずの間に失われた人数は・・・・三千二百人。

最も、この雷撃に立ち向うのを恐れて離脱、逃亡をして行った者もいるであろうから、それが全て討たれた者ではない。

が、実際に戦場が死体で埋まったのは紛いのない事実である。

これは、先ほどの北川子爵軍並びに、三千ほどの貴族の私兵が被った損害と合わせれば、ロンディアの会戦で公国軍二万に包囲されて被った損害のそれに、匹敵する数字である。

そしてついに、白騎士団からの魔術攻撃が止む。

しかし、これが始まりであることを帝国軍は身をもって知ることとなる。







そう。終わると思っていたのだろう。

既に、時刻は夜。それも、真夜中にもなろうとするほどの。

その漆黒の闇を切り裂き続けていた魔術が止むと、先ず帝国軍全軍は歓声をあげた。

誰もが、『ついに敵軍は力尽きたんだ』と思った。

そして、誰もが功を焦るように白騎士団に向かって突撃を敢行して行った。

祐一に引きずり出されて、その結果包囲を敷かれて大損害を被ったことを忘れたかのように。

この戦、敵の首を取るだけでそれなりの恩賞は貰えると戦前から聞いていた。

ある意味、帝国はそうして貧しい者を集めて、兵隊とした部分もあるのだから。

その中で、白騎士の首ともなれば、その恩賞は計り知れない物となる。しかも、あの軍の中には伯爵号を約束されている首もあるのだ。

そうして、全軍が入り乱れるように白騎士団に・・・。そして、あっと言う間に蹴散らされる。

一対一でも、幼少より相当に訓練を積んだ者達が、さらにとことん5人、 10人規模での集団戦闘の有様を叩き込まれた軍勢。考えなしに突っ込んでくる雑兵に遅れを取る筈が無い。

「弱え・・・・なんだこいつら?余りにも手応えが無すぎるぞ?」

同じ雑兵でも、水瀬侯爵旗下の軍勢はもう少しはマシだった。と、喉の動脈を斬り裂きながら浩平が愚痴る。

元々、錆びとは縁のない武器ではあるのだが、やはり最も武器が傷つかなく、致命傷になる所を狙う所は流石と言える。

「文句を言うな。文句を・・・・。それに、あんまり飛ばすと持たなくなるぞ?」

そう言いながらも、ここに居る数人の中で、最も多く首印をあげているのは間違いなく祐一であろう。

ここにいる祐一、浩平、留美、大輔。それらの者たちは特に連携など考えずに、一人の戦人として戦っていた。

そして、その中でも公爵たる者の戦いぶりは、相手を怖気付けさせるに十分すぎるもの。

本来なら両の手で持たなければいけない長い槍を、右手一本で上手く・・・敵をも利用しながら操り、もう片方の手で、地面に落ちている 石ころ、敵兵が落とした槍等と扱うか・・・・もしくは自らの手、そのもので戦っていた。。

目の前から突っ込んでくる三人の兵士。

突き込んでくる槍を身を捻ってかわし、左肘を背中に入れて、背骨を砕く。

と、同時に右手の槍を振るうだけで、残りの二人が地面に倒れ伏した。

その見事さに、思わず浩平も口笛を吹く。

「お前・・・人に飛ばすなとか言いつつ自分は楽しんでやがるな?」

「まぁ、俺の場合はちょっと休ませて貰ったからな。まだまだ大丈夫だぞ?でも、お前は連戦だろう?」

「あぁ。・・・そういえばお前一人だけみさおちゃんに膝枕されて気持ちよさそうに眠っていたからな。おい、浩平。遠慮は要らんぞ? 全部祐一に任せておけば大丈夫だ。・・・・なぁ?」

膝枕。と繰り返されて、悔しそうに槍を地面に突き刺す。

大輔相手に弱みを作ることがどれだけ恐ろしいか祐一は良く知っている。

「そうかそうか。・・ついに祐一も決心してくれたか。・・・・なぁ、我が義弟よ」

調子に乗って祐一の肩を叩いた浩平が慌てて飛び退る。

その鼻先を、神槍が掠めて行って・・・

「ああ、悪い悪い。・・・・ちょっと手元が狂った。」

真顔でもってにらみつけられて、浩平自身も固まる。

「ちょっと・・・・?」

「間合いを計り損ねた。もう一握り分穂先を『余さなきゃな。』・・・・なぁ?浩平」

そう言って、槍の握り方を少しだけ変える。

もう一言言ったら殺される。と思う。


「ちょっと・・・・アンタ達、いい加減にしなさいよ?」

そして、その馬鹿話の間たった一人で敵を受け持たされた留美の怒りに、三人は慌てて戦場へと戻る。

結局、誰が一番強いのかは、言うまでもなかった。




この、4人組には、段々と敵兵が、いや、数十分もすると、あえてこの軍団に突撃しようと思わなくなる者も続出し始める。

つまりは、『金よりも命が惜しい』と言うこと。

実際に、数回の突撃で、首を奪えた者はいない。

手傷を負わされた者は周りの者が庇って、後方に送るし、所詮は大軍と言っても各人がバラバラに動いている状況では、数の利も 大して生かせては居なかった。

が、白騎士団は人間である。余りにも強いとは言っても、疲れはするし、一瞬の油断もある。

逆に、帝国軍は無限と思えるほどの兵が後から後からつぎ込まれていた。

結局、二千で止めるには限界があるものである。

しかし、その中で彼等が狡猾と言えたのは、相手の力を利用して、相手の攻撃と同時に後退を続けていったことである。

それによって、彼等は敵軍によって包囲されると言う悪夢の展開から逃れたまま、平原を抜けることに成功。

そのまま、瑞佳の弓兵大隊の潜む街道、森林部へと歩を進めることとなっていった。

それまでに、失われた白騎士の数は百に満たない。彼等は、即座に後方へ下がることが命じられ、後ろめたい思いを持ちながらも後退して 行くこととなった。

そのまま、本隊に合流。手当てを受けて、本隊と共にオーディンへ帰還して行くのだが・・・。

後に、彼等もまた、歴史を作る礎となる。







街道に入って、最初に起こったのは何処からか飛来して来た矢が帝国軍の先頭の数人を打ち貫く光景。

「な!・・・何処かに狙撃兵が・・・」

突然のことに一瞬騒然となって、直ぐに収まる。

そして、その頃には、既に射た人間は夜陰に紛れて逃げ去ってしまっている。

こうした行動、そして、折れることのない白騎士の精神力。

疲れているはずなのに、それでも抜くことが決して出来ない。

所詮、闇の中の戦闘術を熟知した者に、素人が適うはずがなかった。

結局、夜の間に帝国軍はたった三千にも満たない軍勢を抜くことが出来なかった。

むしろ、一弥は、敵に追随しつつ、牽制の攻撃を加え、敵の行軍を遅らせることだけを命じた。

戦は日が昇ってからにするのだ。と

その頃には、流石に各人にも疲れが見え始めている。

目の前で、浩平が後ろから襲われかけているのを見て、素早く祐一が槍を繰り出す。

「悪い。ちっと油断しちまった。・・・・流石に、疲れるわ」

肩を回して、微笑み・・・そして、注意を喚起するように小さく叫ぶ。

自分同様、祐一の後ろからも敵兵が迫っているのが見えたから。

が、その叫びが響き渡る前に、敵兵が崩れ落ちていく。

「やぁ、一度やってみたかったんだよなぁ、これ。」

体の前で槍を持ち替えて、後ろ向きで、一刺し。

朗らかに笑う祐一に、苦笑いを浮かべるしかなかった。







そして、朝。

日が昇る頃には、いくら精鋭と言っても疲れは頂点に達している。

逆に、肉薄してくる帝国軍は、入れ替わり立ち代り元気な軍勢が。

白騎士の中には、槍を支えにして立っている者すら見受けられる。

「お前は元気だなぁ。・・・・お前一人で何人斬ったんだ?」

流石に疲れたぞ?と肩を落とす。

「さて。両手両足の指の数で数えられる程度は数えたような気はするけど、それ以上はなぁ・・・。浩平は?」

既に、答える気力もない。と手を体の前で交差させつつ、俯く。

実際問題として、浩平は最前線で半日以上戦い続けている。

普通の人間にとても持つ時間ではなかった。

「煩いわねぇ・・・私達だって疲れてんのよ。疲れたなんて口で言われるともっと疲れるじゃない」

ゲシ。と後ろからトドメの一撃。

「ちょっと待て、七瀬。今はマジで洒落にならん。・・・・せめて、オーディンに戻ってからにしてくれ。」

地面に口付けしながら・・・・みっともない一言を放つ。

既に、全員がそれくらい疲れ果てていた。と言う事。

「良し。もう十二分に時間は稼げただろう。・・・・全軍、撤退するぞ!!」

しかし、この頃には、既に側面にも敵部隊が回り込んでいる。

実際、帝国軍はようやく厄介な連中にトドメを刺せる。と舌なめずりをして近寄ってきてもいる。

既に、馬を失った者も多数。現在で馬を保持出来ているのは四百人程度しかいない。

今更、逃げ去ろうと言う者もまた、いない。

ここまでに撤退させた人数は既に三百を超えている。

敵軍の損害は、この肉弾戦だけでその数倍に及んだであろうから、結局、無様な突撃によってなぎ払われた数千の損失と併せれば、 この夜の間だけで帝国軍は六〜七千もの兵力を損失した。と言う事になる。

倉田一弥が非凡と言えたのは、むしろ肉弾戦に突入して以来の損害を千数百に抑えたこと。と言えるかもしれない。

下手な指揮官であったならば、その損害は倍に達していたであろうから。

そして、一弥はその間に、手勢の中から馬を集め、その全軍を側面に回らせることで半包囲を作り上げていた。

流石の白騎士団と言っても、十時間以上の連戦。囲まれた状況、既にその命とも言える馬も失う・・・又は、乗り潰されている状況では どうしようもないだろう。と誰もが感じる。

そして、投降を呼びかける使者を送ろう。と一弥が思った瞬間。

大気が震えた。







「祐一?・・・もう分かっているな?」

絶体絶命の状況においても、彼の不適な笑みは消えることは無い。

「分かってますよ。もう二度とあんな馬鹿な真似はしないことを・・・・始祖神に誓って。」

帝国軍全軍の命を奪ってまでしても勝ちたいのであれば最初っから浩平と共に、王国と共に戦っていれば良かっただけのこと。

それを拒んだ時点でこうなることはわかっていた。

「浩平、留美。・・・・白騎士が道を切り開く。撤退は遅れるなよ?」

大輔の真剣な表情に頷きながらも、彼等はこの状況で切り開けるのだろうか?とも思う。

馬もない。武器だって、魔力付与を受けた物を持っている数百人の兵士はともかく、その他の者は既に敵から奪い取った鈍らで戦っている有様。

疲労についても言うまでもなかった。

「大丈夫ですよ。留美さん。・・・・貴方方にも白騎士の戦、見ていただきます。」

悲しそうな笑いを浮かべて、祐一。

「馬には乗っていただけましたね?留美さん、浩平」

ふるふると顔を横に振って、悲しそうに尋ねる。

彼等に馬を譲ってくれたのは、既に老齢と言える騎士。

祐一のことをまるで孫のように、それでいて臣下としての振る舞いを忘れなかった・・・英雄。

既に馬に乗っている者は少なく、大量の者は馬を失っていた。

そして、周囲では馬を保持している者がより若い者、若い者へと馬を譲っていく姿。

「よし。・・・・それじゃぁ、慎一様の所へ向かうとしようか。」

遠足のような気分で、朗らかにわらって。

そう周りの者に告げる大輔に周囲の者も一瞬疲れを忘れた。

二代の公爵に、白騎士団長。

彼等の忠誠の全ては、ここにある。

「・・・・・最初っから死ぬ為の戦。・・・・お前達には悪いんだが・・・・な」

「いえ、私達にも祐一様の理想の世界は素晴らしいものに思えます。そう思っていなければとっくに逃げ去っておりますから。」

そうか。と乾いた笑いを一つ。

「悪いな。俺も直ぐに行くから・・・先に行って、待っていてくれないか?慎一様と、共に。祐一のことは俺を信用してくれ。としか言えん。 もし、もしも祐一まで連れて行ってしまったら、天の上で俺を殺してくれ」

壮年の指揮官の、耳元で囁き・・・そして、離れて、辺りを見渡す。

そして、大輔もまた、馬に騎上して・・・・

突撃!!と叫んだはずの言葉は、言葉にならなかったけれど、その咆哮に、気配に、誰もが声を聞くまでもなく命令を理解した。

ただ、もう後背を突こうとする、敵部隊・・・・およそ八千程度に、真っ向からぶつかる。

誰もが、最後の足掻きでしかないと思ったその瞬間、最後の雷光に部隊の中央が切り裂かれ、そこに一気に・・・・既に千五百人 程度まで減少した部隊が雪崩れ込んでいく。

雄叫びを上げて、猛然と突っ込んでくる部隊に、一時恐慌をきたしつつも、やがて理性を取り戻し、もう一度包囲網を形成する。

「やれやれ。ここに来てようやくマシになって来たじゃないか。こいつらも」

周りを囲む兵達に感心したように頷き、刀を振るう。

雪風。その剣戟は、まさに風。

風が吹いた。と感じたときには、既に彼の者の命は現世には、ない。

しかし、それで切り裂かれても、また新たな兵が前方に立ちふさがってくる。

既に、この突撃によって生じた綻びから、騎上の者は脱出を成功させていた。

そして、その後・・・疲れが見え始めた白騎士が、一人ずつ敵に囲まれて。窮地に陥る。

が、本当の地獄は、ここから始まるのかも知れない。







槍で、腹を貫かれて、口から血が吐き出されるのを感じた、慎一、祐一の二代に渡って、二十年近く白騎士を務めてきた壮年の兵士。

「やれやれ。もう終わりか・・・・。情けないもんだ」

何時か、自分は戦場に散るかもしれない。と思っていたが、ここまで二十年生き延びてきた。

それがようやく終わると思うと寂しいような、安堵したようなそんな気がする。

そして、彼は痛みを殺しながら、槍を持って歓喜の表情をする兵士の腕をがっしりと掴む。

周りに居た敵兵も一人・・・・もう片方の手で。

「な!・・何しやがる。この死にぞこない野郎!!」

腹を蹴られる。血を吐きながら、どうせ殺されるならもっとマトモなのにやられたかったもんだ。と感じた。

最も、こっちの方が良心も痛まんな。とも。

体の中の微量の魔法力を、無理やり暴走。

ワザと制御を外しすことで・・・。

「悪いが、付き合ってもらうぞ?・・・・煉獄に落としてやろう。」

腹を蹴り上げて居た兵士が、ふと、体に熱を感じる。

「な・・・・なんだ?・・・・何してやがる!!・・・・おい!!」

気がつくと、目の前の敵兵・・・自分の手柄であったはずの者から凄まじい熱気が溢れ出ていた。

そして・・・直後、爆炎を上げて、燃え上がる。

「おい。・・・この野郎!!離せ!!」

掴んだ者を、周りの敵兵を巻き込みながら。







そんな光景が戦場で十・・・百と見られるようになると、既に敵兵は近づくことそのものを恐れるようになってくる。

後方でこの光景を眺めていた一弥・佐祐理の二人も、血の気が引いていくのを肌で感じる。

「こん・・・な。こんな戦が・・・」

戦場の各地が赤く燃え上がっている。

もはや、味方軍は逃げ惑っている。

その中で勇敢に立ち向かっていく者は討たれるか、もしくは燃やされるか。

悪夢だ。としか感じられない。

「一弥?よく見ておきなさい。・・・・大輔様や、祐一さんには、あれだけの方達が命を投げ出す覚悟で付き従う。 あの方達はそれだけの人だった。と言う事です。」

横を見て、姉が泣いているように見えて、姉から顔を背ける。

そうだ。自分が兄とも思って慕った人は、それくらいに大きい、偉大な人。

目の前で、一人の片腕を失った騎士が、もう片方の腕一本で兵士を切り倒し、体中を貫かれながらも周囲の者全てを自分ごと 焼き尽くすのが見える。

気がつくと、馬に乗っていた祐一達本隊は戦場を離脱していた。

残っているのは、徒歩で、そのまま残っていた兵士、約千人。

それらの者達が、後ろには一歩足りとも進ません。と言わんばかりに大きく立ちふさがっていた。

「一弥?」

姉が、何を求めているのかは既に分からなかった。

もう、彼に出来ることは一つしかない。

「・・・・・・全軍、突撃」

手を振り下ろす。

顔を背けずに前を向いて、しっかりと見据える。

神兵の、その最期の姿を。

千人の兵士、その最期の一人が倒れたのは、その一時間超立った後。

ついに、彼の軍は一つとして敵に首を奪われることはなかった。と後に帝国の記述にみられている。

この、早朝の短い間の戦い。

およそ、千人の白騎士の命を奪う為に費やした命は、三千を超えている。

千程度の命を数十倍の大軍が奪う。という観点において、とても信じがたい数字である。

が、その相手の部隊の名前を聞いたとたん、誰もがその話を信じされられる。

彼の部隊は、そう言う部隊であったのかもしれない。







負傷兵と言うカテゴリをそこに加えた場合、既に数字にも表せない数になっていたとも言う。

しかし、と、同時に、常に人々にとって守り神としてあった白騎士団も壊滅。

公国は、その主戦力の全てを失いつつオーディンに帰還する羽目になる。

この後に、祐一が両軍の損害を纏めた所によれば、帝国軍は死者だけで八千超。公国側は死者四千弱。

ただ、戦場からの逃亡者や、怪我が元で後に亡くなった者、怪我が元で二度と戦場に立てなくなった者。

そう言った者を含めれば、帝国側の損失は倍以上に膨れ上がるかもしれない。とも言われる。

数に直した場合、圧倒的に公国側の勝利と言えようが、損傷率で考えれば帝国軍側は10%強なのに対して、 公国側はその二割以上を失っている。

むしろ、一番褒め称えられたのは、それだけの数を失いつつも、尚味方の士気が落ちずに、最後まで敗走することもなく 軍としての有様を守ったことだと言えた。

が、この戦を戦略的に見た場合、確かに倉田一弥総司令官や水瀬秋子参謀長は相沢公爵家を破ったと言える。







こうして、峡谷における戦から始まった、丸一日に渡る会戦は一つの終幕を見ることとなる。

両軍に、未曾有の損害を与えたことと共に。