第二十三話








祐一が自ら防衛に当たっていた柵の放棄を決断するまでにはそこまで長い時間はかからなかった。

本来であれば、もっと長い時間防衛できたものの、相手の士気の恐ろしいまでの高さに予定を変更せざるを得なかったと言うのが実際の所。

「・・・・・なんで相手の士気がここまで高いのか理由分かります?」

思わず口から疑問が飛び出す。

目の前の前線で柵に向かって突撃しているのは、水瀬侯爵軍の中でも重鎮に入る、侯爵自身の信頼も特に厚い、祐一でも名前を知っている 帝国きっての良将でもある、そんな老将だった。

どう考えても、こんな前線に出てくるべき立場のものでは・・・絶対にない。

そのような、軍内で重鎮の立場にあるものが、最前線で士気を盛り上げていて、 それに触発された敵兵が矢の雨を恐れることなく突き進んできている。

「さて・・・ワシにもちと分かりまねますな。最も、我等としては有難いこととも言えまするが。」

隣の老将が不思議そうに口をはさむ。

ですよねぇ・・・と相槌を打つ・・・。そして、周囲の将兵に伝令を走らせる。

既に、前線は崩されかけていた。これ以上の無理は、今後のシナリオに影響を与えかねない。

「『作戦開始。』とだけ伝えてくれれば結構です」

そう言われた伝令達が不思議そうな顔をしながら離れていくのを見送る。

「貴方も本隊に合流して下さいますか?私もすぐ合流致しますので」

公国の宿将に丁寧に依頼する。と、深く、深く頭を下げて祐一の傍を離れていく。

「ここからが本番ですし・・・・ね。」

クスリ。と笑みを浮かべる。

そのことを、四段の防衛線を破ることに全力を注いでいた秋子、名雪、香里等が分かるはずがなかった。







祐一が笑みを浮かべる数分ほど前、帝国軍総司令官・・・・倉田一弥は驚きの声を上げていた。

目の前には、後方部隊の指揮を取っているはずの自らの姉が。そして、自分達の側に祐一から裏切った国崎往人と言う痴れ者が存在していることに。

「姉さん?これはどう言う事ですか?」

詰問口調になるのはしょうがないこと。唯でさえ、祐一との開戦を止められなかったことに怒りを感じているところに、裏切り者の顔を 見たくはなかった。何か、自分自身の罪を再認識させられるようで気分が悪かったから・・・。

「・・・一弥、責任は佐祐理が取ります。・・・・だから、少し国崎さんの部隊を佐祐理に貸していただけませんか?」

は?と顔に驚きを浮かべる。

前線では、水瀬侯爵の第一軍が善戦し、今にも公国軍の前線を破ろうとしている。との情報が入ってきている。

そんな時に、わざわざ裏切り者の力を借りる必要なんてないじゃないか。と思えた。

これで、手柄を立てられて、帝国に取り入ろうなんて考えているのだろう。目の前の男を見ると不愉快な気分がこみ上げて来る。

「何故ですか?わざわざそんなことを・・・。援軍が必要なのであれば、北川さんの部隊だっていますし、もしもの時には僕が出ます。 わざわざ・・・・」

裏切り者の軍なんて・・・と繋げようとして、一弥は姉の目を見る。

冗談を言っているわけではない、真剣な顔。

「・・・・・・・・・」

その、強い意志を帯びた目に、何か大きな理由があるのだろう。と察する。

「理由を話して頂けませんか?姉さん。そうでないと、いくら姉さんの頼みでも承知はしかねます。 秋子さんだって、急に後方から味方部隊が来ることは・・・しかも、10000近い騎馬軍団がだなんて想定出来ていないでしょうし 。しかも、あの狭い峡谷をそれだけの騎馬軍団が通れるとも思えません。下手をしたら恐慌を招きかねないんですよ?」

少し落ち着いて、気を取り直してしっかりと言葉を紡ぐ。

作戦は戦前に立てている。防衛線を抜くまでは全権は秋子に委ねると軍議で決めた以上、一弥が勝手に軍を出すことは許されていなかった。

総司令官と言う立場は、決して独裁者足り得ないのである。

「大丈夫です。秋子さんの邪魔にはなりません。佐祐理はちょっとだけ保険をかけて置きたいだけですから」

そう言って、寂しそうに笑いを浮かべられると一弥にはもはや何も言えない。

ただ、認めるか認めないかだけ。

認めてはいけない。と理性は言い続けるものの、本能的に認めないといけない。と言うような気がした。

そして、分かりました。とだけ。そう一言だけ言うと、顔を背ける。

話は終わりだ。と言わんばかりに。

「一弥、・・・ごめんなさい」

その声を最後に、足音が遠ざかっていくのを寂しく感じる。

姉とのここまでの距離を感じたのは、祐一と出会う以前以来だった。







「これで、貴方は貴方の役目を成せますか?国崎様」

陣幕を出て、真剣な顔で目の前の皇女が一言。

往人は一瞬にして、自分の目論見がバレていることに気づいた。

ヤレヤレ。と頭を掻く。やはり自分は演技下手なんだなぁ。と実感しながら。

「あいつはバレるとしたら水瀬侯爵だろう。って言ってたんだけどな」

もう言葉を繕う必要もないだろう、と地に戻り苦笑する往人に笑顔を向ける。

「佐祐理は祐一さんと同じくらい馬鹿ですから」

くすくす。と魅力的な笑いを浮かべる佐祐理に頭を下げる。

「それじゃぁ、ご命令のままに行かせて頂きます。」

一礼をぎこちなくして、自陣へと走り出す。

相手が祐一である以上、一刻の猶予もない。と言わんばかりに・・・・

しかし、その機敏さは今の佐祐理には有難い。彼女は自分の友人や師を失いたくはない。

後姿を見るだけで、往人をどうして祐一がそこまで信頼出来ているのかが分かる。

と、同時にあの将才を見出すことの出来なかった自国の有りように虚しさも覚えながら・・・。







祐一の目の前で、柵が引き倒される。これで3つ目。元からの指示で、今までの撤退とは違って、部隊が壊走する。

武器を投げ捨てて、秩序も何もなくただ後ろに駆ける。

それが波紋を呼び、さらに後ろに居る部隊まで壊走を始める。

祐一達の前方では、用意されていた最後の柵を守っている兵士が柵を放棄して壊走を始めていた。

負け戦の最後とは大抵そのようなものだろうか?

そして、元来、その無防備な状態に攻撃を受けることが戦場の中で一番被害を大きくするものである。

案の上、敵は追撃を始め、こちらに向かって突進してくる。

こちらが秩序を失った壊走ならば、相手は秩序を失った突撃。

そして、その目標は間違いなく自分であることまで自覚はしていた。

実際に、自分を目掛けて目が血走ったような男が大量に駆けて来ている。

「俺を討てば伯爵か・・・。本当に秋子さん達の足を引っ張るしか出来ない王様だこと」

やれやれ。と嘆息する。恩賞なんて物を戦前にかけるなんて正気の沙汰ではない。古今、それが為に 敵将の首を争って同士討ちになったことなんて珍しくもなかった。

そんなもの、逆手に取ろうと思えばいくらでも逆手に取れるではないか・・・。と

そして、馬に跨ると、味方の最後尾をよたよたと走る。まるで兵士に置いて行かれる敗軍の将のように。

振り返ると、まるで狂信者の群れのように自分に向かって突進してくる兵士・・・兵士。

統率も何もないその中には、見覚えのある青の鎧すらぽつぽつ見受けられてすらいる。

それらの者が、一気に狭い峡谷を抜けて自分に迫ろうとしているから、味方同士で押しのけあいすらもが各所で行われてもいた。

「天下の青の軍までこの有様・・・情けないもんだ」

帝国最強の軍隊、英雄水瀬侯爵の貴下の軍団。そんな所にも、このような愚物が存在している。

「これに比べればあの時の往人達の方がまだ軍隊らしかったかな」

自分達、白騎士に立ち向かってきた往人達。

怖い者知らず。と言えばその通りではあるが、そこには確かに確固たる何かがあった。

それは、自らが信念や、何かを守ろうとする強い意志。

だからこそ、祐一も大輔も協力を惜しまなかった。

それに比べると、予想通りとは言え、今追いかけてくる連中は余りにも醜すぎる。

往人達を新雪と例えるとしたら、あたかも軍靴に踏みつけられた泥雪のように。

しかし・・・・しかし、それを分かっていて利用している自分は彼等と違うのだろうか?と自問すると・・・

その答えは出しようがなかった。







「おお、中々見事なもんだ。まるで七瀬に追われている俺みたいなもんだな。」

峡谷から整然と敗軍のフリをした軍勢がぞろぞろと抜けていくと、その最後尾には見覚えのある甲冑。

そして、まるでおしくらまんじゅうをしているかのように、峡谷を押し合いへし合いしつつ飛び出してくる騎馬兵や徒歩の兵士。

騎馬兵が、徒歩の者より無理して前に出ようとしているからか、遠目にも馬に跳ね飛ばされて地面に転がされる兵士の姿が確認できていた。

うんうん。と感心するように笑いながら祐一を指差す浩平。

当然のように後ろから拳骨が一発。

「失礼ね。乙女があんな無様な追い方をするわけないに決まっているでしょ!!」

まるで、グールの群れみたい。と小さく呟いて気味の悪さに軽く身震いをする。

と、同時に「そんなことより、私達も動くわよ??!!」と浩平を怒鳴りつける。

「分かってるって。俺がミスって失敗したら、俺が大輔さんに殺されちまう。」

「それが分かっているのならとっとと動きなさいよ。私だって雪風に切られるのはごめんなんですからね!!」

そこに来て、浩平は気づく。ここには瑞佳がいないことに。

つまり、キレる留美を止められる存在がいないことに。

「・・・・今初めて長森の偉大さを実感した・・・」

本人が聞いていたら噴飯もののようなことを言い放つ。と、自身も部隊に移動を命じる。

周りを見ると、詩子の隊も、茜の隊も、雪見の隊もそれぞれがとうに動き出していた。

そして、大輔の白騎士団も。

「さて、祭りの始まりだ。楽しむぞ?七瀬」

二カッと笑って兜を身につける。瑞佳と同じフルフェイスの兜を。

「私はあんたの暴走を止めることだけで祭りが終わりそうな気がするわ」

そして、隣で同じような兜をかぶりながらげっそりとした顔で留美。

彼女もまた、こうなって初めて瑞佳の存在の大きさを実感していたと言う。

王国軍、副司令官、長森瑞佳。その役目は暴走する人間の歯止め。







「止めるように言いなさい!!早く!!このままでは・・・」

後方の佐祐理に相当遅れてのことだが、ようやくここに来て秋子にも祐一達の狙いがはっきりと分かっていた。

各所からの報告なんて聞くまでもない・・・・否。聞く意味がない。

『敵軍は壊滅』『味方軍、敵敗走兵を追撃』等、とても自身の考えうる状況とは違う報告。

唯、数少ない両侯爵軍本部からの伝令によってのみ、その危機が伝えられているに過ぎなかった。

暴徒と化した兵達はその静止を聞くこともなく、恩賞を求めて突進をして行く。

こうなってしまうと、如何に指揮能力の高い名将でも止め様がない。

ただただ、命令を続ける。止まれ、止まれ・・・と。

前線の指揮官には気づいていないのだろうか?敵軍が壊走状態から段々統制の取れた移動に変わってきていることに。

特に、平原に布陣していた敵軍は祐一達の軍と一緒に壊走するような動きを見せ、つられて全軍が壊走を始めたのだ。 とこちらに思わせるような動きを見せていた。しかし、それすらも前線の指揮官達は気づいていない。

いや、むしろ、気づいている者の方が、指揮官の中でも少ないのだろう。自分の周りでも、のほほん。と戦勝気分に浮かれている参謀官が 存在していることに苛立ちを覚える。

その事を祐一に話したら多分笑うだろう。

元より彼等の目的は、秋子や名雪、香里を騙す事ではない。

欲望に駆られた者を利用して、敵軍を壊滅させることだったのだから。

そして、秋子自身もそれに乗らざるを得ない。

既に、美坂、水瀬両軍は前線に突出した味方を静止する為に平原の深くまで入り込んでしまっていたから、 今彼女が自軍の本隊だけを連れて引いてしまえば、香里や名雪の軍勢は全滅する。

結局、前線に孤立した少数を見捨てられない香里、名雪のある意味での『優しさ』は第一軍。ひいては帝国軍を危機に陥れてしまっている。

何しろ、両名は一弥が10年後、20年後の帝国を統治して行く為にいなくてはいけない人材。

彼女達を失うこと、それだけは、帝国の将来の為に避けなければいけないことだった。

しかし、秋子は自分がそう思うことまで相手に見透かされているような気がしている。

が、そうであっても、彼女に残された選択肢は前進しかない。

「伝令!!後方の総司令官閣下に。『我、敵軍の策により敵中に孤立。至急増援を』と」

そう怒鳴りつけると自らが馬に乗って前線へ向かう。

周りで、戦勝気分になっている参謀達がその姿に仰天して、静止にかかるのを黙殺しながら。

彼等からすれば、まるで秋子の行動が自分の甥を殺すことを止めようとしているようにしか映っていなかったから・・・







「剣を!!命令に反する者は切り捨てるわよ!!そう伝令を回しなさい!!」

やられた!!と自分の膝を叩きながら思わず歯噛みする。

既に、香里は自軍や名雪の軍が囲まれつつあることを理解している。

周りを見れば、もう敵の軍が横に回りこもうとしている。

それが、それが何故前線で愚直に突撃を繰り返している指揮官には分からないの??!!と怒鳴りつけたくなる。

こうなってしまっては、もはや守りを固めて味方の増援を待つしかなかった。

既に、傍近くの側近には状況が把握出来ている。彼等も必死に前線の兵士を呼び戻そうと奮起しているものの、効果は芳しくなかった。

むしろ、『下がれ』と言う命令と『追撃しろ』と言う命令が同時に前方後方から出されることで混乱すら起こってもいる。

すぐ前方の名雪の軍は、ここに来て既に前線の兵士を呼び戻す努力よりも、自軍の、そして帝国軍最前線の防衛に重点を置いたのだろう。

指揮を失っていない3000人程度が円陣を組むような堅固な陣形を敷いていた。

「栞、貴方は後方の秋子さんの陣に行ってくれるかしら?血を絶やすわけには行かないわ」

軍が大変な時に自分勝手な申し出をしているな。と実感しながらも、妹に語りかける。

最も、周りの将校達もそれに賛同するような声をあげていた。これからが死戦になることを誰もが理解しているからだろう。

「駄目ですよ?お姉ちゃん」

しかし、目の前の妹はくすくすと、明るい笑いを浮かべていて、・・・思わず香里は言葉を失う。

「私もお姉ちゃんと同じ、美坂家の娘なんですから、民を見捨てて逃げるわけには行かないです。何時もお姉ちゃんが言っていることですよ。」

子供に諭すような言い方に多少カチンと来る様な物を感じながらも言うことが正しかったために思わず言葉を失う。

確かに自分は普段より「民があるから自分達もある。だから、自分達は民を見捨てることだけはしてはならない」と妹に教えてきていた。

「だからと言ってわざわざこんな時に持ち出すことないじゃない」

やれやれ。と嘆息して、頭を撫でる。

「せっかく相沢君に助けてもらった命をこんな所で散らすなんてあんたも馬鹿ね。本当に」

「うわぁ、ずいぶんはっきり言いますね。そんなこという人」

嫌いです。と続けて、顔を見合わせて一頻り笑う。

「全く、神兵・・・白騎士団2000、それに相沢家の国軍15000・・・こっちは半数が指揮系統を失った10000と、 秋子さんがいるとは言え、大半が徴兵したての新兵30000・・・戦になんてなりゃしないじゃないの」

こういう計画で動いていたからには、おそらく相手は全力を出していなかったに違いない。と今更になって分かっていた。

しかし、香里は「でも、面白いわね。」と挑戦的な笑みを浮かべる。

思えば、敵より不利な状況に置かれたことがなかった。と今になって初めて実感していた。

今まで、如何に慎一様や大輔様、秋子さんの戦略に助けられていたのか、という事も。

「水瀬侯爵軍に伝令を送って。せめて共同して事に当たれば生き残る可能性も増えるかもしれないわ。」

少しだけだけどね。と心の中で呟きながら・・・

そして、目の前では、ついに祐一達の本隊も壊走のふりから、段々と迎え撃つ布陣に移行させつつあるのが見えた。







「さて、本番だ。」

よたよた。とワザと一番後ろを走っていた祐一が急に手綱を引いて馬を安定させる。

槍を右手で構えると2回、3回と頭の上でクルクルと回し、そして、後ろから迫っていた矢、2〜3本を後ろに回した槍でもって叩き落す。

そのまま、馬の脇腹を蹴って、追っ手との距離を引き離すと、同時に槍を高々と掲げ・・・

「戦闘開始!!」と大声で叫ぶ。

余りの豹変ぶりに、祐一を追いかけていた前線指揮官達がようやく周りの状況を確認し、その結果、 今や自分達が囲まれている事に気づいた時には既に遅過ぎた。

そして、前を見る。

そこには、無様に馬を必死に操りながら逃走を続けていた敵将はいなかった。

そこにいたのは、たった一人の、そして絶対的な威圧感を持った悪魔。

「引け!!引け!!本隊に合・・・」

合流しろ!!と言おうとした指揮官が途中で言葉を失う。

喉元には小刀が一本。

と、同時に回りの10人、50人を束ねる前線指揮官が2,3人同様に倒れるのを見て、さらに部隊は混乱を深くする。

そして、その混乱している部隊に、反転して来た公国軍が矢の斉射。味方を押し合うように後方に逃亡して行く兵士に、祐一が唯溜息を吐く。

「あっけないもんだ。秋子さんがいないだけでこんなもんか・・・。」

当然、小刀を放ったのは祐一。小刀の投擲は槍による戦闘と並んで祐一の得意とする所。

弓は、一つ一つの行動に時間がかかり過ぎるから好きではない。と祐一は常日頃から言っている。

最も、祐一ほどの腕が誰にでもあるのであれば、皆投擲による攻撃を選択するようなものではあるが・・・

そして、祐一の後ろから肉薄して来た部隊が一気に混乱している部隊を打ち破っていく。

指揮も何もない軍隊に、統制の取れた精鋭。もはや勝敗は言うまでもないくらいにはっきりしている。

あっという間に両軍の立場が逆になるのはむしろ当然のことだった。

「祐一、大丈夫??!!」

慌てて駆け寄って来る瑞佳に大丈夫ですよ。と笑いかける。後ろから同様に駆け寄って来るみさおにも。

「祐一君は無理ばっかりしますから・・・」

むぅ。と頬を膨らませるみさおの頭をぽんぽんと叩く。

「大丈夫ですよ。矢も甲冑の堅い部分に当てさせたし、特に傷らしい傷もないですから」

ほら。と腕の甲冑を外す祐一を「そういう問題じゃないんだけどな。」と瑞佳が苦笑しながら眺める。

「あれ?祐一君、何か布切れが出ているけど・・・」

そして、瑞佳と話している祐一の背中側の甲冑の隙間から出ている布切れに最初に気づいたのはみさお。

それをちょっとだけ引いてみて、顔を真っ青にする。

黒く濁った、血の色を見て。

と、同時に、背中向けに人差し指を一本立てる祐一を見て、ハッと息を呑む。

「それで、瑞佳さんの方は大丈夫ですか?本隊は水瀬侯爵軍・・・青の軍隊に向かうことになりますので・・・」

「うん。大丈夫だよ。スノウをしっかり止めて見せるから安心してよ」

よし。と頷きあい、そしてみさおの方を向く二人。

何か顔色が悪いことに気がついて、「どうしたの?」と話し掛けて来る瑞佳に慌てて「なんでもないです。」と答える。

昔はハンカチであったはずの布切れを慌てて後ろ手に隠しながら。

そして、祐一は一言だけ耳元で「ありがとな」とだけ囁いて離れる。

槍を持って、瑞佳と共に。

その二人に後ろから付いて行きながら、瑞佳に話すべきだろうか?とみさおは一人で自問し続けていた。







出番を待っていたのは浩平や、瑞佳だけではない。

大抵の者が自らの出番を心待ちにし続けていた。

しかも、誰もが作戦を理解し、緊張をちょうど開戦に合うように合わせている。

そして、大輔に与えられた役目は少し特別なものだった。

与えられた役目は唯一つ。そして、その後要求されている行動は言われるまでもない。

それこそが白騎士団のあるべき姿なのだから。

「大輔様。・・・・祐一様、折原王太子殿下、里村様、柚木様、深山様、それぞれ配置完了致しました」

大輔の隣で報告内容を告げるのはほとんど副官的な立場の立花。

既に佳乃をオーディンに送り届け、開戦に間に合うように戻ってきていた。

「なぁ、祐一の逃げっぷりも中々様になっていたと思わないか?」

はっはっは。と大笑いをする大輔に苦笑を浮かべる。

「それについてのコメントは勘弁して頂けると有難いですね。・・・今後の関係に差し障りがあるのは困りますので」

「相変わらず堅い奴だなぁ。その程度で祐一が怒るわけもないだろうに」

「それよりも、私達も行動に移らないといけないのでは?白騎士団が行動を誤って総崩れ。等と見栄えの良いことをするわけには行きませんし。」

そう言われて全くだ。と大笑いする。

「よし!!それじゃあ全軍準備はいいな?」

応!!と返事が返る前に大輔自身も、立花も同時に魔術の構成を開始する。

白騎士団は、秋子の本隊の斜め後ろで包囲陣を敷いている、浩平の部隊の後方に配置されている為、その構成の邪魔を出来る者は存在していない。

(秋子も、まぁびっくりするだろうな。問題は一弥が往人を信頼出来なかった時だが・・・)

仮定論を頭の中に浮かべて、振り払う。

そんなことになったら秋子も、名雪達も全滅するだろう。そんなことは少なくとも祐一は望んでなどいなかった。

(ま、成るように成るだろうさ。俺は・・・・)

本心を言いかけて止まる。それは祐一の望んでいる結末とは異なるものだったから。

クスリ。と笑う。大丈夫だ。自分は狂ってはいない。と

「よし!!・・・それじゃあ俺達も祭りに参加だ。・・・・っと」

そして、大輔の手からは人の顔サイズ大の炎の球が飛んでいく。

一路、峡谷を目指して。

その球に気がついたものは、一部の高レベルの魔術師達。

サイズは小さくとも、それに込められた魔力の大きさは絶大なものであったから。

その球が、崖の部分に当たるだけで、辺りの全ての物が瞬時に蒸発し、奥へ、奥へと突き進む。

炎の魔術・・・・禁術『エクスプロージョン』。

大輔が、その大きすぎるエネルギーを抑え付けていた力を解き放つことで、まるで弾け飛ぶかのようにその質量は辺りに拡散して・・・・

刹那、戦場にこだまする、轟音、そして、激しい光の奔流。

と、同時に、それを受けて亀裂が大量に入った崖に対して放たれる幾十、幾百もの雷光。

そこから遅れて、今度は岩が落下してくる轟音と、激しい埃が舞い上がる。

暫くたって、視界が開ける。と共に、帝国軍は絶望を受けることとなった。

狭い峡谷が、落下してきた岩、岩、岩に完全に道を塞がれているのを見て・・・・。

後方の本隊と完全に分断されたことを理解して・・・。

そして一方、白騎士団の斉射、それを合図に全軍が呆然とする帝国軍に襲い掛かっていく。

こうして、ロンディアにおける戦は幕を開けた。














掲示板でのリクエストにお答えして、前哨戦から、今に至るまでの戦図に挑戦してみました。

前回より、大分複雑と言うことで、醜いこともありますが、ご容赦ください。


また、まだこのような物を作るのに慣れていないので、画面を最大化しないと意味の分からない状態になってしまいます。

あわせて、ご了承ください。













                     

                  22話部分

      

          帝国軍                             公国軍

                                                                           <公国軍支隊>

                                                                             里村茜

                                                                             (3000)

                                                                           <公国軍支隊>

        <帝国軍本隊>                                                          柚月詩子

            倉田一弥                        <水瀬侯爵軍>  →←                      (3000)

           (62000)         <帝国軍・第一軍>    水瀬名雪     →←  <公国軍本隊>       <公国軍支隊>

                             水瀬秋子       (5000)      →←    相沢祐一            深山雪見

          <元異端者軍>        (30000)      <美坂侯爵軍>   →←     (5000)           (3000)

            国崎往人                        美坂香里     →←                    <公国軍支隊>

           (10000)                         (5000)     →←                       折原浩平

                                                                             (3000)

                                                                            <白騎士団>

                                                                            相沢大輔

                                                                            (2000)







地図上においては、両侯爵軍、及び、相沢祐一隊は峡谷内における戦闘。

逆に、水瀬秋子や倉田一弥達は、峡谷に差し掛かる後ろに、陣を張っている。

同様に、公国軍も、折原隊以下、支隊、及び白騎士団は後方のロンディア平原に配置。

北川潤子爵公子の部隊は、倉田一弥の62000のうち、約4000人ほど。

また、国崎勢には、神尾観鈴の魔導部隊(未完成)も同行。約50人程度。

水瀬侯爵軍には、水瀬あゆの水瀬魔導兵団<スノウ>約300も含む。

また、両軍とも、後方に、兵站を司る部隊を保持。

倉田家の兵站部隊を率いているのは、倉田佐祐理皇女。ただ、彼女は、現状では、本隊に同行。兵站部隊の指揮は副官に預けている。

また、公国軍も、後方に3000程度の兵站部隊(予備部隊)を保持。







                       

                23話部分

 

                 <公国軍支隊>                  <公国軍支隊>

                  里村茜                        柚木詩子

                  (3000)                       (3000)

             ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓   

                                          ↑ ↑ ↑   ↓ ↓ ↓

               ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑                ↑ ↑ ↑ ↑

                                         <水瀬侯爵軍> 

                    <帝国軍・第一軍>            水瀬名雪  ←          →   ←<公国軍本隊> 

                        水瀬秋子               (3000)  ← <帝国軍前線部隊>← 相沢祐一   

                         (30000)            <美坂侯爵軍>←    (3000)  → ← (5000)

                ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓              美坂香里   ←              ←   

                                           (3000   )←    

         ↑ ↑ ↑ ↑ ↑        ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓                            

                       ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑

           <公国軍支隊>  

              折原浩平                  <公国軍支隊>  

               (3000)                   深山雪見 

                                        (3000)

        <白騎士団>

         相沢大輔

        (2000)

     相沢大輔以下白騎士団は、峡谷の崖を破壊。帝国軍第一軍団は後方の道を塞がれて、本隊との関係は一時的に断絶されている。

                     

 各部隊の編成について。

 



帝国軍


水瀬侯爵軍は、騎馬・歩兵混合の部隊が4700程度と、水瀬あゆの魔導部隊が300。


美坂侯爵軍には、歩兵部隊が4000程度と、騎馬軍団が1000程度。


公国軍

公国軍本隊は、歩兵・騎馬混合部隊が中心で、200弱ほど長森瑞佳の魔導部隊の精鋭も存在。及び、後方の兵站隊の一部が、本隊の後方 にて、救護班を形成。折原みさおもそこに配属されている(最も、瑞佳や祐一の所にいることも多々)。


また、各支隊には、それぞれ100〜200人程度の魔導部隊も存在している。


白騎士団の編成は、直接先頭をメインとした騎馬部隊と、魔導攻撃を中心とした魔導騎馬部隊に分かれている。

最も、全員が、どちらの訓練も受けているため、状況しだいで役割が変えられることもある。