報告を受けて祐一は一つ微笑を浮かべる。
やって来た報告は一つ。クレスタの公国旗が下げられ、帝国の旗が揚がった。ただそれだけのこと。
しかし、その内容は余りにも大きい。何しろ、味方の進軍の理由、そして、戦の理由が失われたことを意味することだから。
が、その報告を受けた公爵は余りにも落ち着いていた。
余りにも冷静な主に、逆に報告に来た物見が狼狽するほどに。
「それで、国崎勢三万弱はそのまま帝国軍に参加したのですか?」
机に両手を置いたまま静けさを持って問い掛ける主に物見自身も自分が落ち着いていくのを感じた。
(そうか・・・・慌てていたのは俺自身か・・・)
今まで、報告を受けた若き公爵が狼狽することを想像していた自分を改めて恥じた。
あくまで目の前のまだ少年といっても差し支えない公爵は自身達の主なのだ。と。
「いえ、国崎勢三万のうち、帝国軍に加わったのは国崎往人旗下の騎馬軍およそ八千のみで、あとの神尾、霧島両軍はクレスタの留守居役を 任じられています。また、それと同時にクレスタ砦駐留軍大将に久瀬侯爵代理閣下が・・・。」
報告を聞き、隣に控える叔父を見てもう一つ微笑。
そして、溜息を一つ吐くとゆっくりと立ち上がる。
「つまり、相手の人数は大して変わっていないということですね?」
目の前の壮年の物見兵に問い掛ける。
「はい。久瀬侯爵軍約5000程度がクレスタに残り、代わりに国崎勢が参加しましたので、総数としては変化はさほどないといって差し支えないと思われます。」
「わかりました。報告ありがとうございます。後はゆっくりと疲れを癒してください」
そう言って一つ礼をすると、恐縮したように頭を下げて下がっていく。
「・・・・・と言うことですよ?叔父さん」
隣で微動だにせず立っている自らの片腕に声をかける。
「味方軍は二万弱。対して敵軍はおよそ十五万。正気の沙汰じゃないな。せめてもう2〜3万手勢がいれば戦の方法もあっただろうが・・・」
「でも、叔父さんは慣れているでしょう?帝国に与力で駆り出されていたころにはよく100人程度で1000人の軍勢を打ち破ったと聞いていますけど?」
からかい口調で一言言うと、周りで会話を聞いていた浩平やみさおも顔に笑いを浮かべる。
二人も報告を聞いて仰天したものではあるが、祐一の落ち着きようを見ていて何か安心するものを感じていた。
大輔自身も苦笑するしかない。
あくまで自分が破っていたのは統率もへったくれもない雑兵の無策の突撃。
実際問題として、軍隊同士の戦いで圧倒的な数の差は致命傷になるものである。
仮に、弓矢の打ち合いになった時、当然人数が多いほうが的になるものは多い。同じ数を打ち合えば死者が多く出るのは数の多いほうであろう。
が、射手が十倍居れば飛んでくる矢の数も十倍。単純に多ければ良いという問題ではないが、数が違うということはそう言う事である。
「まぁ、俺に与えられた仕事は意地でもこなしてやるさ。」
そう言って隣の浩平の頭をぽんぽんと叩く。と浩平自身『全く』といった感じで苦笑する。
「で、失敗したら俺のせいですか?勘弁してくださいよ・・・・」
浩平の言葉によって場に笑いが満ちる。
戦場に出る前の雰囲気にはそぐわないものの、この時間だけは彼らにとっては楽しい時間であった。
「まぁ、これだけ優秀な助演が揃っていれば大丈夫だろ。それに、失敗した時真っ先にお前は死ぬだろうから文句を言われることもない。 万万歳じゃないか。」
最後に祐一がとどめを指すと浩平ががっくりと項垂れる。
そして、もう一つ場に笑いが満ちた。
「えっとぉ、この手紙を持って、あとは祐一君の言うとおりにしていればいいんだよねぇ?」
公国陣でそんな会話がかわされる2〜3日前、少女が目の前の青年を眺め、また横の姉を眺め、そう一言。
預かった物は封書。それを祐一に届けてほしいとだけ言われていた。
「そうだ。大変な役目だけど頑張ってくれ。」
敵対することになった公国軍に送る使者として佳乃を選んだ理由は簡単である。
つまり、祐一に懐いていた佳乃を祐一との戦場に出したくない。という事。
勿論、佳乃も観鈴も自分達が今どのような状況に置かれているかは承知しているし、祐一が敵になったと言うことも理解している。
最も、二人は最初から全てを聞かされていたので特に何かを思うこともなかった。
「うん。大丈夫だよぉ。それじゃあお姉ちゃん、行ってくるねぇ。」
無邪気に姉に向かって手を振る。
往人が帝国側に条件として出したこと。
それは、帝国側に降伏する旨を公国に伝える使者を出すことを許可して欲しいと言う要請。
勿論、公国にはこちらの動き等手に取るように分かっているだろうし、今更使者を送ること等必要はないだろうけれど、それを行ったのは前述のような理由である。
そして、佳乃は馬に向かって走っていく。往人が選んだ兵士が途中まで送り届け、後は佳乃自身が単身で行くことになる。
「さて・・・と。それでは俺も帝国軍に合流しなきゃいけないし・・・。そろそろ出ないとまずいかな?」
往人の部隊は決められた位置で帝国軍本隊と邂逅することになっている。
「しかし・・・君も大変だろう?周りは皆公爵閣下の御友人という話だ。君への風当たりも強いだろうに」
さきほどから故意に妹に目を向けなかった聖が往人に振り返る。
自分の所にも祐一の友人の一人と聞いている久瀬侯爵家の嫡男が上司としてやってくるものの、とても往人の居る立場の比にならない。
「大丈夫だろ。祐一の話だと敵軍の参謀長は相当頭の切れる優秀な軍人だそうだしな。それに、皇太子も良い資質を持っているとも言っていた。」
流石にいきなり殺されることはないだろう。と笑う。元より最前線に送られる程度は覚悟の上。そうでなければ佳乃を祐一の所に送り届けたりはしない。
「それより、そっちこそばれない様に気を付けてくれよ?久瀬家の嫡男も相当切れるって話だぞ?」
その言葉に頷く。いくら往人達が上手くこなしたとしても自分たちが万一の失敗をしてしまえば全ては終わり。実際殺し合いをしなくても戦場 が存在することを実感していた。
往人が満足そうに頷く。観鈴達を助けてやろうと立っただけの立場が随分大きくなったもんだ。と感じた。
気がつくと後ろから自分の部下が走ってくる。
出陣の時刻か?と振り仰ぐ。気がつかない内に随分話し込んでいたようだった。
腰の刀を確認する。
持つだけでその特有の冷気が伝わってくるような名刀。最初は刀に使われている感じであったが、ようやくマトモに使えるようになってきたと 実感していた。
「おい、観鈴。行くぞ?」
近くで母親と話しこんでいる観鈴に声をかけるとトテトテと走りよってくる。
それを確認すると、往人は晴子にも軽く手でもって挨拶を交わし、部下の下へ歩き出した。
「・・・・・・・・・・・で、この手紙を預かってきた・・・・と」
報告を受けて数時間後、やってきた往人からの使者を見てしばし呆然。その後ようやく立ち直って一言。
報告の時に冷静だったのが嘘であったのかと思えるくらい狼狽している祐一を周囲の友人達が興味深げに見ている。
「帰れ。とは・・・言えないんでしょうね。流石に・・・?」
やれやれ。と叔父を振り仰ぐと何処か楽しげな表情で頷かれる。
「そりゃそうだ。裏切り者の将軍の妹がやってきたのをそのまま帰したらわざわざ作り上げた悪人イメージ丸つぶれだろ?」
ほえ?と首をかしげる佳乃を困ったように見つめる。
何も分かっていないんだろうか?と思うと頭が痛くなるのを感じた。
と言うか、実際、何も分かっていないのだろう。祐一の大きな弱点の一つにこれがあった。
つまり、自身の余りにも優秀すぎる頭の回転から、他の人間が理解しないと言うことを想像出来ないことがある。
実際、生まれてこの方普通に村人として暮らしてきた佳乃が祐一達の情報操作等の戦略を理解出来るはずがないのである。
ある意味、似たような境遇であったにもかかわらず、ここまで彼らを纏め上げた往人や聖、晴子が特別と言えるくらいかもしれない。
「ああ。確か前回オーディンに遊びに行ったとき会ったよな?みさおのライバルだ。」
「う〜ん、異端者の味方をいきなり始めたと思ったらこんな理由があったのね。」
「雪ちゃん。ちょっとそれは違うんじゃないかなぁ?浩平君じゃあるまいし。ほら、そんなこと言うからみさおちゃんもショック受けてるよ?」
「べ・・・べつに私はそんなことないです。それより・・・・・」
横で交わされている会話を聞き流す。どうせ小声で話すならもっと聞こえないように話せ。と思いつつも。
「えっと・・・・ちょっとだけでいいからあそこの連中と話でもしていてくれないか?少し叔父さんと話があるんだけど・・・」
内緒話をしているくらいならどうせ暇なんだろうと、そう言って佳乃をそちらに押し出す。
多少邪魔者扱いになってしまっただろうか?と考える。最も、それを気にするような相手でもないだろうけれど。
「う〜ん。分かったよぉ。・・・でも、またあとでねぇ〜。」
そう言われて佳乃自身も浩平達の方に向かう。後ろ姿から感じることだけで佳乃の魔術師としてのレベルが上がっているのを感じて祐一はちょっと微笑んだ。 どうやら、自分の初めての弟子達はしっかり教えたとおりに鍛錬を怠っていないんだ。と。
自分の考えは間違っていないのだ。と改めて実感し、祐一はその場で小さく笑った。
自分の・・・いや、自分たちの理想が実現されるのは夢物語ではないのかもしれない。と、そう思った。
「こうなったらオーディンに行ってもらう・・・か。」
まさか、戦場に置いていくわけにも行かないだろうしなぁ・・・と思う。みさおに続き、二人分も心配させられては作戦に支障をきたす可能性すらあった。
「叔父さん、誰かオーディンに行く用事がある人って今いるかなぁ?」
「あ〜・・・・流石に、補給線を繋ぐと言う意味では兵達は行き来はしているが・・・。俺の直属では・・・流石に。事情を知らない人間に霧島 家の人間を預けるわけにも行かんだろうし・・・・」
「そんな事したら途中でどうなるか分かったもんじゃない・・・・か」
ふむ。。。と二人で考え込む。
「・・・・いっそのこと、立花に行ってもらうか?あいつなら事情に通じているし、何より今ちょうどやることがない。 あいつなら、こういうパシリを言いつけても良心が痛まんし」
その言葉に深く嘆息をひとつ。
この人は、おそらく人間最高の騎士に向かって何てことを言っているのだろうか?と思った。
「立花さんが聞いたら泣きますよ?それ」
溜息を吐きながら言うも軽く笑い飛ばされる。
昔から、この人は自分の副官的立場にいる人間に対して何という扱いをするのだろうか?と思うことは多々あったが、今回は極め付けであった。
「まぁ、お前もあいつなら信頼して佳乃ちゃんを預けられるだろう?大丈夫。戦の日までには帰ってこれるだろうさ」
「帰ってこなかったら大惨事なんですが」
そのまま、「立花さんいなかったら戦力がた落ちでしょうに。」と続ける。白騎士の中でも数少ない、大輔と渡り合えるほどの実力者の 存在は戦場に影響を与える。
勿論、それは個人としてでも、部隊としてでもある。
彼の人は状況によっては、祐一の代わりに部隊を指揮することがあるほどの優秀な指揮官であるのだから。
「奴がそんな馬鹿なミスを犯すわけがないこともよく知っているだろうに。それに、お前は他の人間が思いつくのか?」
そう言われると出てくる名前がないのも確かであった。
何しろ、浩平達にはそれぞれ部隊を預けているのだから、ここで行かせると指揮系統に支障が生じる恐れがあるし、自分が行くのは論外も論外。
立花さんなら、白騎士団と言う軍団組織の強固さから考えても大きな動揺はないだろう。と確かに考えてみるとそう感じられる。
「だけど、あれだけの人をパシリに使うのはちょっと失礼な気もするんだよなぁ・・・。」
「まぁ、適材適所って言うし、今この役目に適しているのがあいつなんだから、あいつも当然納得するだろうさ。」
そう言われて渋々頷く。後で事が終わったら謝っておこう。と思う。
「それじゃ、そういうことで決まりでいいだろう?・・俺は立花の所に行ってちょっと話してくるから、お前も適当に休んどけ。何しろ、行軍以来ずっと先頭に立って気を配っていたんだし、 そろそろ疲れも出てくるころだろう。それに・・・」
「あ〜。うん。大丈夫だよ。ちゃんと分かっているから」
無理やり話しを断ち切る。
それと共に確かに、そろそろ一つ休んでおかないと戦場で影響が出たらまずいか。と思った。
「それじゃ、くれぐれも立花さんには失礼を詫びておいてくださいよ?・・・・まさかこんなことで動いてもらうとはなぁ・・・」
苦笑をしながら陣幕を離れる。
残った大輔は後姿を心配そうな目で見送る。そして、姿が見えなくなると共に声を出し、伝令役を呼んで、副官にここに来るように伝えてほしい旨を伝えた。
「それで、祐一君は佳乃ちゃんのお友達の観鈴ちゃんを助けてあげたんですね。」
佳乃からの話を区切りのいい所まで聞き終えると、みさおは笑顔で佳乃に、そしてそのまま兄や瑞佳にお茶を差し出して、自身も一息吐く。
「なるほどな、あいつのやりそうなこった。確かお前とはじめてあった時もそんな感じだっただろ?」
みさお自身、寝込んでいた自身を見た時の、何かを決心したような祐一の顔を覚えている。
「あの時、祐一が初めて育ての親だった大輔様や慎一様に反抗したんだよね。」
くすくすと当時を思い出しながら懐かしそうに笑う瑞佳。
「それで、その後浩平が祐一と仲良くなって、段々私や由紀子さんとも打ち解けていって・・・」
「お兄ちゃんはその頃からずっと、『いつか祐一から一本取ってやるんだ!!』って言い続けてますね。」
そう言って笑う二人を苦々しげに浩平がねめつける。
「えっとぉ・・・じゃあ、皆祐一君の小さいころからのお友達さんなんだぁ〜。」
話を聞いていた佳乃がにこにこと好奇心旺盛な目で話に加わる。
そのまま、みさおに向かって近づいてきて笑顔で一言。
「それじゃぁ、みさおちゃんもあの綺麗な光を見たことがあるんだよねぇ〜。」と。
にこにことそう続ける佳乃。ここに祐一が居たら止めていただろうか。
その佳乃の言葉にぴくっと三人の反応が止まる。
空気が凍った瞬間と言うものはおそらくこんな感じなのだろう。とここにもし誰かがいたらそう思っただろう。
次に音がしたのは何かが割れるような音。
にこにこと笑っていた佳乃が下を見ると茶碗が一つ地面に落ち、真っ二つに割れていた。
何かを問い掛けるように声を震わせるみさおを浩平が手でもって押しとどめる。
「なぁ、ちょっとそれについて話を聞かせてくれないか?」
浩平自身も声をからしたような感じでようやくそれだけ聞く。
目の前で『ほえ?』と首を傾げていられる佳乃が正直に羨ましかった。
「それで、私に霧島のお嬢さんをオーディンに送り届けてほしいということですか。」
呼ばれて急いで陣幕にやって来て事情を聞くこと数分。相沢大輔の副官がクスリと笑いながら頭を下げる。
「祐一様のお妃候補をお預りさせて頂けるのは光栄ですよ。むしろ自分から志願したいくらいです。」
そして、祐一が言っていたことを聞いて苦笑する。
「私がそれほどまでに祐一様に認められているとは思っていませんでしたよ。僭越ながらそれなりの信頼は受けているとは自認させて頂いてはいましたが。」
どうも、自分達の主君は自分を過大評価しすぎているような気がした。
本来、自分は人の上に立って采配をふるうよりも、主の下で剣を振るう方が向いているのではないか?と彼自身は常日頃から思っているのである。
「まぁ、あいつにとってお前は数少ない心から信頼出来る同志の一人ってことだろうな。年も俺なんかよりよっぽど近いし。」
大輔自身も苦笑する。
「それで、・・・しかし、唯それだけのことで私をお呼びになったと言うわけではありませんでしょう?それだけなら使いを出せば済むことでしょうし。」
そう言われて尚苦笑の色を濃くする。自分の考えていることが筒抜けになっているような気がした。
「流石は公国一の忠臣・・・か。ま、もう俺の下でこれだけ仕えていれば当然と言えば当然かもしれんが」
そう言うと、大輔自身も顔を引締める。あくまでここからが彼にとっての本題でもあった。
それと同時に、周りの気配を確かめ、一つ息を吐いた。
間違っても他の者に聞かれるわけにはいかないのだ・・・と。
「まぁ、往人達のこと、これについてはお前も知っているとおりだろう?で、俺もお前もそれについては理解している。ここまではいいな?」
コクリ。と大輔の副官、立花勇は頷く。
「で、この後この戦争において、祐一が描いた図、その下で俺たちがこなさなければいけないこともお前は知っているはずだ。 ここまでは前提条件だが・・・。」
「はい。当然誰にも漏らしていません。おそらくこれについて知っているのは、今は亡き慎一様と大輔様に祐一様。あとは私のほか 5〜6人だけ・・・。勿論、各地の酋長にもある程度までは説明を行い、理解をさせてもいますし、兵士の五十人、百人を束ねる位置に いる者たちにも多少の事は知らせてはおりますが。」
「そう。往人も自分の居る位置の全てを理解しているわけじゃない。あくまで全てを理解して動いているのは俺達数人だけだ。」
そう言われて深く頷く。
最初に計画を打ち明けられたときは驚愕を受けたものだが、ようやく今になって祐一達の意思を理解出来るようにもなっていた。
「で・・・だ。多分往人達は計画通りには動かんだろう。まぁ、何だかんだ言って祐一にも多少の見落としはあるしな。」
くすくすと笑う大輔を見て、驚愕を感じるとともに不思議さをも感じた。
「・・・それなら何故祐一様にそのことを?・・・・大輔様も祐一様の考えには心から賛同していたかのように思えましたが・・・」
ここまで来て何故そのような事を言うのか?と多少の詰問を言葉に滲ませる。
いくら尊敬する騎士団長とは言っても、祐一様を裏切ることは許せない。と言う意思も言葉に込めている。
彼にとっては、祐一も大輔も同様に尊敬してはいるが、今回の件については祐一の考えに心を動かされ、必死に成功するように祈り、そして努力もしてきただけに 裏切りは許せない。と思った。
ふと前を見ると、大輔が苦笑しながら慌てたように手を振っていた。
「おいおい、ちょっと待て!!別に俺は裏切ろうなんて思っているわけじゃない。・・・・ちょっとシナリオの最後の部分を訂正してやろうと 思っているだけで、その後の為にお前にも力を借りようと思っているだけだ。」
大輔が目の前の男が出すほんの軽い怒気に反応する。
冗談が良く通じる男ではあるが、真剣になった時はちょっと怖かった。
その言葉に怒気が薄らいでいくのを感じてちょっと安心する。
そして、相手が落ち着いたのを見て、一つ息を吸い込む。
これから話すことを伝えるのは目の前の男唯一人。
数日前に、みさおと話した時に決心していたこと。
「いいか?・・・つまり・・・だ」
そして、何かを慈しむように、計画の細部についてを告げた。
語り終えたとき、既に目の前の男の怒気は完全に消えていて・・・。
ただ、少しでも誤解してしまったことを詫びるように深く頭を地面に擦り付けていた。
「おいおい、そんなことをして貰うために話したわけじゃないぞ?」
苦笑しながら肩を叩いて体を起こさせる。
「まぁ、これをやる為には、この後の戦場でしっかり俺達が役目を果たすのが絶対条件だ。・・・・頼むぞ?」
その言葉に大きな声で返事をし、そのままもう一度深く頭を下げ、勇が陣幕を出る。
自分の背負った事の重さがさらに増したのを感じながら。
「・・・・・3回目・・・・」
話を聞き終えて流石に真剣な顔になる浩平。
「何を考えてるんだ?あいつは・・・」
ガンッ!!と音がして、その場に居る2人がハッと目を向ける。
あの後、佳乃から話を聞き、佳乃をオーディンに送り届けると言う立花白騎士団百騎長に佳乃を預け、ようやく一息ついた。
ちょうどその時である。
「浩平!!駄目だよ・・・血が出てるよ。」
そのまま机を殴り続ける浩平を後ろから瑞佳が手を優しく抑えながら諌める。
「大神様でも一度しか使わなかった・・・使えなかったことを三回も・・・。本当に凄いんだね。祐一の力は」
はぁ。と溜息を吐く。感嘆半分、悲しみ半分と言った所だろうか。
「凄い?凄いわけあるか!!お前だって知っているだろう。あれは・・・・!!」
分かってるよ。と首を振る。
「でも、浩平だって祐一の性格ならしょうがないって分かってるでしょ?」
言ってもしょうがないもん。と言われて浩平自身言葉を詰らせる。
実際、自分はみさおが治ると聞いたときに、それがどんな方法で治すものなのか?なんて聞いてすらいなかった。
そう、治すことだけを望んでいたし、祐一自身も何も言わなかった。
しかし、全てが終わって、そうなって初めて妹を治した代償について大輔から・・・いや、大輔と慎一の会話を偶然通りがかりに聞いてしまって。
おそらく、2回目、3回目に使われた者やその家族はそんな事等知ってすらいないであろう。
2回目に使った時は、帝国の美坂侯爵家の次女であったと聞いている。
そして、3度目。佳乃の口調からして知っているとは思えない。
自分の時だって、知ったのはホンの偶然だったのだ。そんなことをわざわざ相手に言うわけがない。
知らなかったらどれだけ幸福で、それでいて、どれだけ罪深いことだったのだろう。
それを知った時に、自分もみさおも祐一の所に飛んでいって、謝ってすむことではないと知りながらも必死に謝った。
人の命。全ての生命が一つだけしか持っていない生命。
そんなものを、何の代償もなしに癒すことのできるものなどこの世の中に存在していいわけがなかった。
「自身の生命力を魔法力を通して他人に送り込むことで、他者の生を蘇られる秘術」
後ろから呟かれる声に二人が反応する。瑞佳も、浩平がもう動こうとしていないのを見てそっと手を離した。
「大神様は奥様を失ったときにこれを用い、それが為に魔族を滅ぼすだけの力が残らず、封印するだけに留まらざるを得ませんでした。 それ以来公国では禁忌とされ、使うものも一人としていませんでした。・・・・10年ほど前までですけれど・・・。」
先に後ろを振り向いた瑞佳がハッと息を飲むのを感じて、浩平も妹の声にゆっくりと振り向く。
「お兄ちゃん、これ・・・・ですね?」
そして、みさおは振り向いた兄に向かって魔術書を掲げる。
大輔にお願いして、・・・禁じられていると知っていながらお願いして、そして借り受けた魔術書。
「リイン・カーネーション・・・・・・・?」
何でそんなものを持っている?と聞こうとして止める。
祐一が渡すわけがない。大輔がわざわざ使えと渡すはずもない。答えは一つしかないではないか。
「使えるか分からないですけど、・・これが私がここにいる理由です。」
そう言うと、呆然とする兄とその婚約者に向かう。 そして、王国の王女はただ、小さく微笑んだ。