「ほら、祐一。早くかかってこい!!」

剣を構えた壮年の男が言う。

相沢大輔、白騎士団団長で、相沢家侯爵である慎一の甥(妹の子供)にあたる。

前に立っている祐一は槍を構えている。

体中にある生傷は、訓練の激しさを表していた。

相沢家に生まれたものは全員魔法力の特訓を、そして、男は戦闘訓練を受ける。

中でも、直系のものは、例外なく槍の使い方を教わる。

それは、相沢家の長になるものの使命・・・グングニルの使い手としての義務であった。

普通、子供の頃の特訓は騎士団の中でも若い連中が行う。

が、祐一の場合は9歳にして、団長が直々に特訓をしていた。理由は簡単だ。もう、大輔以外接近戦において 祐一に適うものはいなかった。

魔法まで使った総合戦闘では大輔でも危ない。

祐一は天才だった。全てにおいて。

だから、相沢家はたった3人で結界を維持させることが出来ているのであった。

両親が突然なくなったとき、祐一が大量の魔法力をこめることで結界を維持することに成功した。

父親が元々受け持っていた分、それに元から自分が送り続けていた分。それは、大量な魔法力だった。

元々、本来10人以上で維持するはずの結界を3人で維持する。そんなことは不可能ははずであった。

勿論、慎一も並の「相沢」ではなかったし、大輔も相沢の血が薄いのにかなりの魔法力を有していた。

しかし、それでも10人以上分の魔力の放出なんて出来ようもない。

二人が一握りの魔法力以外全てを送っても全然足りない。魔族の入り口の封鎖と言うものはそれほど厳しいものなのである。

二人が放出している魔法力で足りない部分は祐一が一人で全て補っていた。

老年で、段々元気のなくなっていく祖父や、騎士団長として、常に戦いの中にあるべき年上の親戚にこれ以上の 消費をさせるわけにはいかなかったし、もし、二人が残り全ての魔法力を消費したとしても、所詮雀の涙程度でしかなかった。

既に、二人は自身の魔法力の8割を送っていたし、それでも、その時点での結界へ送る魔法力としての必要量の4割程度だったのだから。

祐一は、自分の中の魔法力を少ししか残さず、全て送ることで、結界を維持させた。

結果、祐一は、魔法の制御や、魔力の力においては最高の逸材でありながら、高位の魔法を全く使えなかったのである。

ただ、少ない魔法力でも使うことの出来る、初級術法でも、祐一が使えば恐ろしいまでの威力を発揮したので、 実際問題祐一にとって、それは別に不便なことではなかった。

ただ、祐一の周りにいる人間・・・騎士団の幹部や、慎一、大輔以外は誰もその事実を知らない。

元々、結界のことは一族以外には門外不出の秘密だったのである。

だから、祐一は「相沢の家の後継ぎは初級術法しか使えない出来損ないだ」と言う陰口には我慢した。

その代わりに祐一は槍では誰にも負けないように特訓し、魔力を高める訓練を怠ることもないのだった。






第二話






「・・・夢・・・か」

昔の懐かしい夢。

「もうあれから8年もたっているのか・・・」

その間に色々あったものだとふと考える。

王都に祖父に呼ばれて滞在し、名雪や佐祐理さん、栞や一弥らに会った。

その後、国で大輔さんがじいちゃんの代わりに王都の務めに向かい、15の頃から公爵代理として2年間働いてきた。

「・・・大輔さんに勝てるようになったのは結局何時の事だったかな?」

と一人で笑う。今ではおそらくほぼ間違いなく勝てるだろう。

「さて、今日はどうなることやら・・・」

下であゆが呼んでいるような声がした。





「祐一さん、良く寝られましたか?」

食堂に入ると秋子が言った。食堂にいるのは、栞とあゆと香里と北川。一弥と佐祐理は昨日の夜に、護衛に付き添われて 城に帰っていった。

「ええ、おかげさまで。どうもありがとうございます。・・・それで、今日の所は、私はどうすればいいのでしょうか?」

とりあえず、聞かなければいけないことは速めに聞いておくべきだと思った。

嫌なことは早くすませるに限るのだ。

「今日は・・・祐一さんにはお城に行って頂く事になりますね。そのあとどうするかは、そこで聞くことになります。」

真剣なことを話す時は秋子の顔にもいつもの笑みはない。

流石だなぁ・・・・・・と感じた。

「了解しました。」

そして、負けていられないな、とも思った。

年は離れていても自分は公爵代理なのだから・・・・・・・と。

ただ、公人としての自分と私人としての自分での区別をつけるのは重要なことであるのも分かっていた。

ここには、栞やあゆもいるのだから・・・と。

「・・・では、お腹すきましたし、朝食頂きましょうか」

だから祐一は明るく言う。微妙に張り詰めていた空気は解けて、栞やあゆが笑いながら話し掛けてきた。

秋子は苦笑しながら、では食べましょうか。と言った。

既に祐一以外全員が席についていた。

祐一が席に着くと、食事が始まる。

「今日の料理は栞ちゃんが作ったんですよ」

「そうですよ。祐一さんに一杯食べてもらおうと、早起きして作ったんですから全部食べてくださいね」

その言葉を聞き、祐一は自分の前におかれた食事を見る。

・・・・・それは、とても一人で食べるような量ではなかった。

「なぁ・・・栞?これは、全部俺の分か?」

そう聞くのは無理もないことだろうな・・・と、栞以外のそこにいた人間は全員思っただろう。

栞の顔は、なんでそんなこと聞くんだろう?と語っていた。

「いや・・・だって、まずこのサンドウィッチ、パンの部分だけで一斤以上あるんじゃないか?それに・・・・・」 祐一の前には、大量のサンドウィッチと、いくつもののサラダボウル、それに、大量に積み上げられたウインナーやベーコン、他にもスクランブルドエッグ等が所狭しと並んでいた。

栞は、他の人達の顔を見る。

祐一に全部食べろと言ってくれる人を探したのだが、ここには残念ながら彼女の味方はいなかった。

そして、最後に縋る様に視線を向けた姉が不自然に目を逸らしたのを見て栞は自分の敗北を悟った。

「えぅ・・・・・」

結局、その食事は、全員で少しずつ多めに食べることと、昼食用に残ったサンドウィッチを持っていくと言うことで片がついた。

そして、その食事に名雪がいないことを不思議に思う人間は誰もいなかったという。





食後、祐一は秋子に昨日の礼を言うと、城に向かって歩き出した。

今日の場合は、城の前で誰かが待っていると言うので気楽に行くことが出来る。

昨日のように2時間も雪の中待たされることはないらしかった。

「それにしても・・・寒いな・・・」

昨日の2時間に比べたらなんということもないが、やっぱり突然冬に雪国に来ると寒いらしかった。

やがて、十数分も歩くと、城の正門が見えてくる。

1000年以上に渡って大陸の中心としてあり続けた倉田家の城である。

「さて・・・・・と。迎えに来てくれている人は・・・」

あたりを見渡す。特に迎えに来るの名前や服装等目印となるものを聞いていなかったので、相手が見つけてくれるのを 待つしかないのではあるが、じっと立っているのも何かむなしかった。

そして、見渡していると、とても見覚えのある・・・数年前までは毎日見ていた人を見つけた。

「大輔小父さん・・・??」

ちょうど呼ばれた方も祐一を見つけて走りよってきていた。

騎士団長と言う立場は軽々と人の出迎えにこれるような身分ではないだろうに・・・・・と呆れると共に、この人なら不思議じゃあないか・・・ と祐一は思う。

この気さくな騎士団長は昔から簡単なことでからかったり、おどけたりと子供っぽい所がかなりあった。

「何でとはご挨拶だなぁ、祐一よぅ。せっかく久しぶりに会う家族を迎えに来て何が悪い」

祐一の肩をばしばし叩きながら豪快に笑う。

「全く・・・大輔おじさんも変わらないですね・・・本当に」

実際問題、壮年に達した人間は普通そうそう変わらないものではあるが、祐一にとっては変わらないおじの姿は嬉しかった。

「お前はずいぶん大きくなったもんだ。どうだ?しっかり訓練さぼらずやっているか?」

大輔は祐一の武術の師匠でもあった。

「勿論。もうおじさんには負けることはないですよ」

祐一は笑いながら答える。

実際、負ける気はしなかったが、半分は冗談である。

「ふん、最後の方お前が取っていたのは俺が手加減してやっていたからだ。まだまだお前になんか負けるものか」

勿論、大輔はもう祐一に適わないことを自分で知っている。2年以上前に負けていたのに、今になって勝てるわけがないのだ。

ただ、自分から適わないなんてことを言うことが嫌なのである。

祐一はこのおじのこういうたまに子供っぽいと言う所も大好きだった。

「えっと・・・・・それで、俺はどうすればいいんでしょうか?」

久しぶりの対面で話すことはいくらでもあるが、大輔の役目は出迎えのはずだ。まさかずっと話しているわけにも行かない。

「おお、そうだそうだ。とりあえず、どうせお前のことだから用件はわかっているんだろう?謁見が終ったら 慎一伯父さんがお前に今回の件で会いたいと言っていたぞ。謁見が終ったら案内してやるからそのつもりでな」

このおじにとっては謁見なんてものは適当なおまけなんだなぁ・・・と思うと共に、祐一は相沢家が王に嫌われている理由の一つが分かったような気がした。





「相沢公爵公子入室〜」

衛兵が告げると共に扉が開く。おじから聞いていたように一礼して扉の中に踏み込む。

「相沢公爵公子、参りました」

部屋に入り、5歩進んで片膝をついて礼。

これも教わったとおり。多分、ある程度は上手く出来たはずだ。

本来なら、こんな人間に礼を取りたくもないが立場上しょうがない・・・そんな心情を態度に表さないようにすることは以外に簡単だった。

「顔を上げよ」

確かこう言われたら手を胸にあてながら顔をあげるんだったかな・・とその通りにして顔を上げる。

玉座には想像通りの顔。これはあたって嬉しいたぐいの想像ではない。

現王、倉田一、齢50の後半にも到達しようとしている王で一弥や佐祐理の父である。

最も、別の人間が座っていたら大変なことになるので、ある意味想像通りでよかったのかもしれないが・・・・・・

「お前が今公爵の代理を務めているんだったな?小僧」

「さようでございます。陛下」

顔にはあきらかな侮蔑が浮かんでいた。

こんな餓鬼に任せるなければいけないとは慎一の奴も大変だ・・・・・と顔が語っているように感じられた。

「さて・・・お前は異端者の連中について何処まで知っておるのか?」

「一応、大規模な蜂起・・・1500人ほどのものが起きて斎藤辺境伯の軍勢5000が破れたと言うことくらいは存じておりますが・・・」

聞いた話では、山の中で様々な罠にかかり、奇襲をかけられたりして、疲弊している所にさらに大規模な夜襲をかけられちりぢりになったらしい。祐一が知っているのはその程度だ。

戦ったことも、戦う覚悟も持たない人間を無理やり徴集しての軍勢なんてそんなものだ。

結局、伯爵軍は700人ほどの犠牲を出して引き上げたらしい。

そして、奪った首の数は僅かに3つ。負け戦も負け戦だった。

ただ、公式に民に発表した情報では、討った反乱軍の数は50で、被害者は100と言うことだった。

奪った3つの首をそれぞれ敵の将のうちの一人と言う扱いにしたらしい。

「一応、情報は入れているようだな。さて、それでは今日呼んだ理由も想像はついているのだろう?」

王はにやりと笑いながら言う。

ここで泣きながら許しでも請うことをしたら許してやろうとでも言うことだろうか。

何かその目は侮蔑と、そして嘲笑を込めているように見えた。

「私に蜂起を鎮めて来い・・・とおっしゃられるのですか?」

だから、祐一は気がつかないフリをした。それとともに一つ罠を言葉の中に仕掛ける。

同時に(結局、内容まで全て想像通りだったなぁ・・・全く面白みがない・・・)と祐一は心の中で苦笑する。

「その通りだ。お前には国許の兵士を呼ぶことも許可してやるから反乱を鎮めて来い」

既に罠にはまってくれたなぁ・・・・・とほくそえむ。所詮この程度でだませる相手なら怖くはない。

そして、祐一は最後の一言を放つ。 「その必要はございません。陛下。私は今王都に滞在している100人で十分でございます」・・・と





退出を許され、部屋から出ると、大輔が待っていた。

祐一は軽くVサインを送る。全て予定通りと言う意味だ。

「軽いもんだったろ?」

大輔が小声で話し掛けてくる。流石に、こんな所で大声で話したててばれたらせっかく騙し勝ったことが意味を失ってしまう。

「とりあえず城から出ましょう。じいちゃんも待っているんですから」

「ま、それもそうか。こんなむさ苦しい所に長くいるのも難だし・・・・・な」

そんなことを普通に言うから溝が深まるんだろうな・・・最も、今更取り繕っても手遅れなんだろうけど。祐一はそう思った。

相沢家を王が嫌っていることなんて、今では子供でも知っているくらい有名なことだった。

二人は並んで城から出る。相変わらずの雪景色の中舞う雪は綺麗ではあったが、寒いのは変わらなかった。

「まず伯父さんの所に行くか。色々今回の件で話すこともあるだろう?」

大輔の提案に黙って頷く。反対する理由は何処にもなかった。

「ちょうど、栞が作ってくれたサンドウィッチがあるんですよ。見舞いに行ったときに皆で食べましょうか」

祐一は左手に下げた包みを見せる。朝、皆でかなり協力したにもかかわらず、その量は3人で食べるに十分に見えた。

「栞嬢ちゃんか。全く・・・祐一の周りは綺麗な嬢ちゃんばっかりだなぁ・・・・・名雪ちゃんにあゆちゃんに・・・・栞ちゃんに倉田家のお姫様・・・・」

顔は羨ましそうな顔をしてはいるが、決して皮肉を言っている顔ではない。

祐一がそういう意味での女性と言うものを本心から嫌っていることはある意味祖父である慎一以上に大輔は知っていた。

「まぁ、味は良かったからその点では満足するんじゃないかな?じいちゃんも」

祐一は苦笑する。あの朝テーブルについた瞬間の何とも言えない気分は実際その場のいたものにしか分からないだろう。

「全く・・・お前を見ているとお前が人間として幸せなのか不幸せなのか分からなくなってくるなぁ・・」

大輔は苦笑する。普通、数人もの美少女に慕われれば誰でも嬉しいものだが、祐一にとっては彼女らはあくまで 友人であり、それ以上ではない。

そうとしか思えないようになってしまった祐一が不幸にも見え、また、そう言う狙いもなしに、次から次へとこれだけの 美少女と知り合えると言うのは一般の男からしたらとても羨ましいことだろう。

ただ、そういうことが分からない祐一だからこそこれだけ皆から慕われるんだろうな、とも確信した。

そして、これが生まれつきの人徳と言うものなんだろうな・・・・・とも。

「さて・・・と。とにかく伯父さんの所に行くか。あまり体調は良くはないが、とりあえず自宅療養と言う形を取っているから内内の会話も 出来るだろう」





街の外れにある一軒家。

大きくもなく小さくもない。昨日泊まった水瀬の家と比べれば小さいが、周りの家と比べたら大きい。

ここが相沢公爵に与えられた王都での家である。

侯爵家や伯爵家は普段住む場所が王都で、領地経営のために向かうと言うのが普通だが、相沢家の場合は あくまで中心は公国としての公爵であるため、他の貴族とは扱いが違う。

あくまで立場は独立国なのだから。

ちなみに、相沢家の周りに並ぶ家々は騎士団の面々が住む家である。

つまり、この一帯全てが相沢家に与えられた土地のようなものだった。

「さて、では伯父さんも待ってるだろうし入るとするか」

祐一も頷く。

久しぶりに話したいことはたくさんあった。

国のこと、結界のこと、それに今回のこと。

なにしろ、今や祖父である慎一は、いまだ17歳の祐一にとってたった一人の肉親なのだから。

そして、二人で並んで扉を開けて家の中に入る。

昔祐一も来たことがある家なので、「勝手知ったる〜」と言う感じである。

案の定祖父も予想通りの部屋にいた。

久しぶりに見る祖父の顔は、前回に会った5年前の時よりもさらに老けて見えた。

「祐一・・・か。大きくなったもんだ・・・」

感慨深げな顔。久しぶりに会う祐一の顔は慎一にとってはまるで別人のものに見えたのだろう。

なにしろ、前回会ってからもう5年も経っている。

12歳の人間と17歳の人間での顔の違いは想像以上に大きいものである。変わって行く本人には全く自覚のないことではあるだろうが。

「さて・・・と。とりあえず食事持ってきたけど食べるか?」

微妙に居辛い場を取り成す様に祐一が口火を開いた。

心の中で栞にお礼を言ったのは内緒である。下手にそれを言うと次回作る時にさらにエスカレートするであろうことが目に見えているから。

「伯父さん、なんでも栞お嬢ちゃんが祐一のために作ったサンドウィッチだそうですよ」

笑いながら大輔も続く。祐一をこういうネタでからかうのは彼の趣味であった。

それを分かっている慎一も笑いながら「祐一もすみにおけないなぁ」等と言う。

もう慣れてしまっている祐一は黙って食事の支度をした。

食事は中々好評であった。

栞は作る量こそは間違っているものの、味としては十分なものを作るらしい。

それにしても、朝にもあれだけ食べて、昼にも3人分・・・・これを祐一一人に食べさせるつもりだったと言うのだから凄い。

「とりあえず・・・俺としては、計画通りに事を進めたつもりだけど・・・じいちゃん達は何か計画立てていたか?」

食事が終ると祐一が切り出した。

「う〜ん・・・とりあえずお前の考えを聞かせてみろ。いいですよね、伯父さん」

大輔は慎一の方を向いて確認する。慎一もそれに頷いた。

「異端者の蜂起を『鎮めろ』と命令して頂いたんだけど・・・どうだろう?」

悪戯を成功させたような笑みを浮かべる祐一に慎一も満足そうに笑う。

「なるほど。『鎮める』・・・か。お前が上手くやれるのならそれでいいじゃろ。大輔にも手伝ってもらうんだろう?」

「はい・・・とりあえず、国許の兵1900を読んでもいいと言われましたが・・・」

「騎士団全員でもって民軍1500なんかに当たったら騎士団の恥だぞ?祐一」

発言の途中で大輔が割り込む。祐一は手でせいして、「分かってますよ」と言った。

「当然断りましたよ。100でいいと言いました。大丈夫ですね?」

その言葉を聞き、大輔も慎一も満足そうに頷く。

「『殲滅』ではなく、『鎮める』か。気づいたらあの王もどう感じるんだか・・・な」

3人でくつくつと笑う。

この二つの言葉、結果としての蜂起を終らせると言う意味の上では変わらないが、その過程に大きな違いがある。

殲滅と言われたら、文字通り、何があろうと、武力で制圧して、戦果として首を持ち帰ることが必要となる。

しかし、鎮めろと言うのなら殺さずとも交渉で事を終らせてもいいのである。

当然、ある程度の荒事になる可能性もあるが、祐一には自信があった。

自分の小父が鍛えた騎士団の中でも最精鋭と思われる100人に、小父自身。

もしも、殲滅しろと言われても10倍程度の敵に破れるような軍勢ではなかった。

また、相沢公爵家にはかなりの蓄えがある。

税を厳しくしているわけではないが、慎一と祐一。2代の名君の治世においての蓄えは帝国の公庫のそれより遥かに多いと言ってもいいくらいだった。

食料がなくての蜂起なら、それを回せば済むことだし、説得する自信もあった

相沢家は古来から異端者と敵対していない。むしろ、お互い信頼しあっている。

その家のものが交渉に来て、好んで戦いたがるとも祐一には思えなかった。

「全く・・・相沢が異端者を事あるたびに庇うのが気に入らないらしいからなぁ・・・あの王は」

結局王の魂胆はこうだ。

相沢は異端者を庇う。それが鬱陶しい。

それならどうすればいいか?

お互いを戦わせて割れさせてしまえばいい。

だから、蜂起にかこつけて相沢家の軍を国王命令として出動させる。

そこまでのロジックには確かに間違いはなかったが、最後の最後で祐一を若輩と侮った結果一本取られたと言うわけだ。

「悪巧みをするのは好きでも結局あの男は肝心の頭が悪いからのぅ・・・」

心底哀れそうに慎一が呟くと、その言葉に祐一も大輔も「全くだ」と大爆笑した。

しばらく笑い続けると、祐一は軽く咳払いする。そして、真面目な顔に戻して尋ねた。

「それはそうとして・・・もしもの時、何処まで『開放』して大丈夫でしょうか?」

流石に、真剣な話題になると、言葉使いも丁寧なものになる。

この話は相沢家の最優先事項であった。

だから祐一がそう言うと、他の二人も真剣な顔になった。

「・・・・・わしは・・・・・多分放出形態にすればお前の分の1割くらいは20分程度は持たせられると思うが・・・・・」

「俺は・・・放出形態で2割を30分程度・・・それならなんとかなると思うんだが・・・」

二人とも申し訳なさそうに言った。

大輔は戦うことが前提なので、魔法力を大目に残している分ある程度の無茶は聞くが、慎一は元から自身の かなりの魔法力を使っていた。

実際、普段結界維持のために消費している魔法力は慎一の方が遥かに多い。

「う〜ん・・・では、もしもの時も2割を30分の開放でなんとかします。二人共その時はよろしくお願いします」

2割戻ればどんな魔法でも使えるな・・・・・と祐一は確認する。

二人も真剣な顔で頷いた。

「それにしても・・・ワシが死んだら結界に送るための魔力水晶が砕けてしまうんだが・・・どうするんじゃ?祐一」

その言葉に祐一も大輔も苦虫を噛み潰したような顔になった。

慎一が死ねば、魔力水晶・・・つまりは、結界維持のための媒体が壊れてしまう。それは紛れもない事実であった。

そして、それを何とかするためには慎一の代わりを作るしかない。

イコールで言えば、大輔か祐一が子供を作るしかないと言うことであった。

しかし、二人とも結婚と言うものをする気はないのであった。慎一はそれを知っている。

ただ、自分の命も残り少なくなって来た以上なんとかしないと結界が壊れる。

それだけは、どうにかしないといけなかった。

そして、祐一や大輔もそんなことは十二分に知っている。知っていながら、そして、自分がなんとかしないといけないと思いながら もそれが出来ないと言うことで苦しんでいることも慎一は知っていた。

大輔は、昔一度結婚していて、その人を亡くしている。

彼にとってはそれが全てで、他の人間を新しい妻として認めることは出来ないのであろう。

祐一にとっては、自分の立場を子供に味合わせたくないと言うのは大きいだろう。

政略結婚同士で生まれた子供が小さい頃から魔法力の大半を結界によって縛られ、 また大人になると政略結婚の種とされる。

そんなことのために子供を作るなんて出来た子供も相手の女性も可哀想だ。と祐一は考えていた。

祐一からすれば、女性の結婚に対する概念は親に言われて仕方なくと言うものしかなかった。

彼は名雪や栞、佐祐理やあゆが純粋に彼を慕っていると言う気持ちを理解していなかった。

それを信じるには、子供の頃からの体験は彼の心に傷を付けすぎたのだろう。

「まぁ、じいちゃんならあと30年は生きるだろうからその間になんとかしておくよ」

だから祐一は笑ってこう答えるしかなかった。

と言っても元より20に満たない間貴族が結婚することはないと言うこの世の中においてはあまり珍しいことではないのかもしれなかった。

ただ、慎一は不安だった。

何が起こるかわからないこの時代、早く何か起きたときの為というものに備えておかないと何が起こるかなんて分からないのだ。

しかし、それ以上言うことは出来なかった。

ただでさえ公爵の任務をたった一人に負わせている以上これ以上の悩みの種は与えたくなかったのだ。

しかし、慎一は二人が任務を告げるため白騎士団に集合をかけに言った後、一人になってからも不安が頭の中で渦巻いているのを感じていた。