道を歩くその特徴のある軍を見間違える者は帝国内に・・・・・・いや、おそらく三国中に存在しないだろう。
『青の軍』それだけで一つの固有名詞を指す、帝国最強の5000人。
今回の戦における150000の先陣である。
「ねぇ、あゆちゃん。・・・・・・・・あゆちゃんは戦場で戦うことってもう平気になれた?」
パカッパカッと馬が歩む音が聞こえる中、水瀬侯爵軍を率いる将が、隣の義理の妹に問い掛ける。
意地悪な質問かな?と思う。自分が聞かれたらおそらく答えに困ってしまうような。
そして、ゆっくりと首を横に振る妹を見て、小さく笑った。
「そうだよね。馬鹿なこと聞いちゃってゴメンね。・・・・・・・・こんなこと慣れられるわけないのにね。」
小さく頭を下げると馬の鬣に髪の先が触れる。
「ねぇ、名雪さん・・・・?僕達で祐一君を助けられるかな?」
明るく話しかけるあゆを羨ましく思える。前回の戦では戦勝の褒美の代わりに公爵家の減刑を。 と申し出るつもりだったし、その時ならば成功していただろう。
ただ、今となってはもう無理だろうと秋子も、そしてほとんどの将校が思っている。
「うん。大丈夫だと思うよ。だから頑張ろうね」
嘘をついていると自覚しながらも名雪はニッコリと笑ってサムズアップした。
「でも、そんなこと言う前に、まず勝たなくちゃね。これ以上香里達に迷惑かけられないもん」
もう一度「だから頑張ろうね」と続ける。
もう少しで公国領内。その中で名雪達は国民から情報を集めることが要求されている。
前公爵が亡くなってから既に一ヶ月近くが経っているし、自分達が兵を集めていることも公爵家では既につかんでいるはずだったから。
「名雪様、協力してくださると言う方にご同行頂いてまいりましたが・・・・」
そう言って来る兵に名雪は黙って頷いた。
気がついたらそこはもう公国内。
自分にそれを伝えに来た名雪とあゆ自身も困惑している。
公国内に入った先鋒隊の知らせに自分の娘二人がやってきたのは数十分前。
わざわざ娘二人が来るのだから相当な事態なのだろうと、急ぎ本隊の倉田皇太子総司令官に早馬を送ったのがその数分後。
急いで駆けつけて来て頂いたとしてもいらっしゃるまでに四〜五時間はかかるはずだ。と先に報告の内容を聞こうと聞き始め、 そして受けたのはたった一つの事実。
「えっと・・・・・慎一様が亡くなる以前から公爵代理・・・・祐一が公爵のように振舞って、自分が助けたことの見返りに色々 異端者に要求を突きつけ、亡くなった後いよいよ戦というときになって、異端者を大量に徴発して捨て駒のように 扱おうとしていることが原因・・・・・・・だそうです。お母さん、一体どういうことなのかな?」
言いながら、名雪自身納得が行っていない。
彼女自身、現公爵・・・祐一の人となりは理解しているから、彼がそんなことを行う人ではないことを知っている。
しかし、公国内の村々、何処で話を聞いても帰ってくるのはその答え。
流石に、聞いた人の数が両手両足の指で数えられない数に達したとき、名雪は自分の所属する第一軍の司令官に報告に行こう。と決めた。
「祐一さんの能力に合わない行動ですね。・・・・・しかし、尋ねた人全てが同じ答えですか」
本来なら笑い飛ばすような内容。しかし、目の前の、祐一自身を良く知っている娘達がわざわざやってくるのだから、 かなり入念な調査をしたのだろうと理解する。
「総司令官とも軍議で話さなければいけませんが、話し合う余地はあるかもしれませんね。クレスタと」
溜息を吐く。自分達が大量に兵士を集めたことが、祐一にプレッシャーを与え、愚行に走らせてしまったのかもしれない。
しかし、自分なら・・・・と考える。自分であれば、もしこんな状況にあっても、少なくとも他人を捨て駒に扱うようなことは しないはずだ。と思った。
(こんな状況に追い込んでしまったのは私達です。・・・・でも、これは貴方のミスですよ?祐一さん)
心の中でそう呟く。それと共に、今回の戦に光明が差し込んできたような、そんな気がした。
異端者を従えてしまえば公爵家もまさか20000程度の軍勢で立ち向かうことはしないだろうし、下手に立ち向かわなければ 帝国に抵抗をせずに降伏した。と言うことで減刑もなるかもしれない。と
「それで、僕達を呼んだわけですね?水瀬侯爵閣下」
そんなことがあるわけない。といわんばかりに詰め寄る。
「祐一兄さんがそんな馬鹿なことをするわけがないと思います。何かの間違いでしょう?」
「一弥・・・!」と佐祐理が横にいる弟を軽く窘めた。
あくまで、前にいるのは全軍の参謀長。いくら総司令官だからと言って、その発言を無視することは許されていない。
しかし、その言葉は、呼ばれてきた者全員の本音でもある。
自分の友人は、そんな無様な崩れ方をするような生易しい相手ではない。という信頼。
「私もそう思ってはいます。しかし、これだけの報告があると一概に唯の間違いとは決め付けられません。」
火の無い所に煙は立たない。と言いますし・・・と繋げると、全員、しばらく考え込む。
「えっと・・・・それで、秋子さんはどうしたら良いと思うのでしょうか?」
栞が指を頬に当てて首を傾げる。
まさか?とその目は語っていた。
「多分、栞ちゃんの考えていることが私の考えです。」
その言葉に全員が俯く。
正々堂々と真っ向勝負がしてみたいと言うのが武人の本望。
それと同時に、祐一を孤立化させることを自分達がやろうとしているんだ。と思うと悲しさを感じるのはしょうがないのかもしれない。
(そうであっても、私は150000の命を預かる立場。私情を挟むわけには・・・)
「私は、第一軍総司令官。そして、参謀長として進言致します。」
そう言って、一息つくと続ける。
「クレスタに和議の使者を送ることを提案致します」と。
その言葉に数人がはっとする。
「降伏」ではなく「和議」と言う言葉にはそれだけの意味がある。
降伏しろ。と言うのはそのまま。つまり、負けを認めて、恭順すること。しかし、和議の場合はあくまで話し合いと言うこと。
「和議・・・・ですか?それなら、確かに応じていただけるかもしれませんが・・・」
不信そうに香里が呟く。
元々、異端者と言うものを匿ったことから起きた戦。降伏ならともかく、和議と言う結末を帝が許すだろうか?と思った。
「今回の戦、王から命じられたのは相沢家の討伐。そうであるならば、それに味方して頂ける者と和議を結ぶのは、戦場においては 指揮官に与えられる当然の権利ではないでしょうか?」
佐祐理の方を向くと佐祐理自身もそれに頷く。
目的を与えられた以上、それを達成する為に手段を尽くすのは当たり前だ。と佐祐理自身も思っている。
「秋子さんの言っていることは正しい・・・と佐祐理も思います。でも・・・・」
上手く言葉が繋がらないような佐祐理を周りが見つめる。
「祐一さんを孤立させるのは心苦しい・・・・・・ですか?」
そう思っているのは秋子だって同じ。当然秋子にとっても祐一は可愛い甥であり、姉の忘れ形見でもある。
「しかし、もしクレスタが無抵抗で開けば、もしかしたら祐一さん達も交渉に応じてくれるかもしれません。」
だから、それが秋子自身の希望。
公爵家には相沢慎一亡き今、世界最高の騎士がいる。
彼なら、まさか国崎勢30000弱と、そして難攻不落のクレスタ砦を失えば公爵家の15000程度の軍勢だけで150000の軍勢に 立ち向かうような無謀な真似はしないだろう。と秋子は考えている。
そして、無抵抗で降伏してくれれば、まだ帝国とも交渉のしようがあるのではないか?と。
その言葉に一弥もハッとする。目の前の女性が何を一番に望んでいるかを始めて気づいた。
そして、その思いが自分や、隣の姉と全く同じであることも。
「分かりました。条件面など当然交渉の必要はあるでしょうが、使者を送る。と言う点において参謀長の提案を受け入れたいと思います。 よろしいでしょうか?」
一弥のその言葉に反対する者は一人として存在しなかった。
「さて、それじゃ頼むぞ?」
ポンっと肩を叩かれて祐一が顔を上げる。
隣に並んでいるのはフルフェイスの兜を被った、そして、白い鎧を着た数人。それに軍団の上層部だけ。
そして、階下にいるのは公爵家の精鋭、20000弱。
全員には前もって、この後自身がどのようなことになるのかは話してある。その上でついて来てくれると言ってくれる者しかここには 存在していない。
横を向くと浩平が軽く頷く。立場はあくまで客将。それでいて、今では祐一の一番近くにいる人間。
その目が語っているのは、好きなようにやってみろ。と言う励まし半分、面白いことやらねぇかな?と言う期待半分。
祐一がクスっと軽く笑うと周りの者が怪訝そうに見た。
(緊張を解してやろうなんて似合わない真似を)
面白いことはやらねぇぞ?と浩平に目で答えると前を向く。
「先ず、皆さんにご迷惑をおかけする事をお詫びさせて頂きます。」
そして、周りの目を手で制すると全軍に対して軽く頭を下げて挨拶を始める。
その言葉に兵達がざわめく。最初に与えられた言葉が謝罪の言葉であるとは想定していなかったのであろう。
勿論、祐一自身、反応を予想したり、兵の心を操ろうとして言ったわけではない。元より原稿も何もなく、今、その時感じたことをそのまま話そう。と祐一は思っている。
紙に書かれたことには心は宿らないのだから・・・・・・と。
「この戦、公国は単独で立ち向かおうと思っています。確かに、他国の力を借りれば勝つ可能性は増えるでしょう。 また、集まってくださった皆さんにお伝えしたとおりに、こんなことをしなければいけなくなったのは私の責任です。」
もう一度頭を下げると、全体が多少ざわめく。後ろの方には言葉は聞こえていない者の、祐一が頭を下げていることだけは見えていた。
「ただ、この世界の為に引くわけにも行きません。こうして集まってくださった皆様も同じ気持ちで集まってくださったものと信じています。」
あちらこちらで槍が掲げられるのを目を細めて眩しそうに眺める。
パッと横を見ると同じように目を細めている者が何人もいた。
「ここにいる皆さんは、私達の部下等ではなく同等の仲間だ。と私やここに並ぶ者達は思っています。しかし、その前提の上で、一つだけ命令をさせて頂きます。
・・・・・・どんな状況であっても自分の命を大切にすることを第一にしてください。貴方達は世界の未来の為に必要な人々です。」
そう言って祐一自身も兵に合わせるように槍を高く、誰よりも高く掲げる。と、そこに周りの大輔や浩平達も剣や槍をそれに合わせる。
「それでは、大軍だけを頼りにした雑兵に私たちの生き様を見せつけてやりましょう!!」
その声に兵、その全員が槍を掲げて歓声を上げる。
「・・・・・出陣!!」
そう告げると、祐一の周りの指揮官達が離れていく。浩平達はともかく、ここにいるのは百人、千人の兵の纏め役もいる。 その者達は出陣の際は当然兵を直接動かさなければいけない。
兵が去っていくのを見ながら祐一自身もゆっくりと槍を下ろしていく。
「お前にしてはマトモな挨拶だったじゃないか。どうした?お前らしくもない」
軽口を叩いた瞬間、スパンッと音が聞こえて浩平が崩れ落ちる。
「あんたと公爵家を一緒にするんじゃないわよ!!あんたの挨拶はいつも出陣前の軍団のやる気を奪ってるだけじゃない!!」
「・・・・全くだよ。浩平は祐一より年上なんだから、本来は浩平の方が祐一よりしっかりしてなくちゃいけないんだよ?」
「・・・・・・・・何か祐一の所に来てから、お前達の突っ込みが厳しくなってないか?」
「祐一と浩平を実際に並べてみると違いが際立ちますから」
最後の茜の一言に全員が笑う。
「さて・・・と。それじゃ俺も行かなきゃな。それで、皆は自分の隊と一緒に行軍するか、それとも俺と一緒に先頭を行くか・・・どっちにします?」
「俺は祐一の隣で護衛・・・だろ?一応それが俺の役目だからな」
その大輔の声に他の全員も一緒に行く。と賛同した。
「全く・・・ほとんど遠足気分だなぁ。これは・・・」
嫌そうな顔を全くせずに溜息を吐く。どっちかと言えば、祐一自身にとっては嬉しいことだから。
「ま、こうやって全員で戦に出るのは初めてのことなんだし、せっかくだから楽しく行ったらどうだ?・・・・・・それにしても、 折原王太子に里村筆頭将軍、それに俺に祐一。帝国側からは常勝将軍水瀬侯爵・・・ 。一同に良くまぁこれだけ揃ったもんだ。まさに三国のオールスターと言った所かねぇ?」
豪快に大輔が背中をバシバシと叩きながら笑う。
「戦を楽しむような趣味はない。・・・・・と言っておきたいんだがなぁ」
そして、それに苦笑しながら祐一が返す。と言っても、祐一自身何処か楽しんでいるような気持ちを持っていることは否定出来なかった。
祐一自身、20000の兵を操るのも10万を超える大軍を相手にするのも初めての事。そうであっても、彼自身は何処か確信を持っている。
自分達が負けることなど・・・・少なくとも、本当の意味で負けることなどありえないのだ。と。
「ま、とにかく行きましょうか。あんまり兵達を待たせるのも難ですし・・・ね。」
槍を布袋に仕舞って歩き出す。そして、後ろから大輔、浩平、みさお達がそれに付いて行った。
世界最強と謳われた公国の神兵20000の出陣である。
「国崎君、帝国から使者が来たと言うのは本当か?」
一方、最後の一勢力、異端者30000。そして、世界最高の要塞の一つ、クレスタ。
椅子に座って考え込む往人に聖が駆け寄ってくる。
「ああ、ご丁寧に水瀬侯爵だけでなく倉田一弥皇太子、皇女両殿下の連名で・・・な」
ポンっと紙面を放る。
使者が白旗を掲げてクレスタにやって来たのは数時間前。ちょうど聖と晴子は歩兵隊の調練を行っていた為応対したのは往人と観鈴だけ。
「交渉の余地もないだろう?流石としか言いようがない。」
顎でもって読むように促す。
そこに書かれていたのは往人達が帝国側に付くとしても、その時に条件として考えていたことの全て。
「一つ、異端者と呼ばれる者を全て倉田佐祐理公爵の下で公国の民と成す。
一つ、クレスタに篭る全ての兵は武装を解除して恭順の礼を取ること。
一つ、戦の終結の為に協力すること。但し、強制に非ず・・・
ふむ。・・・・確かにここまで譲歩されては交渉の余地もない。」
簡単に言ってしまえば、砦から出て、一旦言う事さえ聞けば異端者全員を公国の民として認めてやる。とそう言う事。
反乱を起こした軍に対する実質的な無罪放免。
しかも、降伏した軍を公国にぶつけると言うことは組み込んでいない。それだけでも十分すぎる譲歩と言えるかもしれない。
「つまり、帝国からすれば、俺達は単なる理由の一つで公爵家と戦うのがメインってことだ。まぁ、皇太子殿下達は元から俺達に 好意的だとは祐一から聞いていたが・・・・・・あの皇帝も腹立たしいだろうなぁ。・・・・いや、むしろあの皇帝自身、 俺達の首なんかより祐一達の首を望んでいるか。」
「当然、出陣した以上、相手の戦力を引き抜く為の策はその総司令官の行える範囲内。しかも、新しい公爵様の意向もくんでいるのだから 問題になろうはずがない・・・・・か。」 二人揃って溜息を吐く。
「で、これをそのまま受け入れるのか?司令官」
頷く。相手がこちらの無力化を望んでいることは知ってはいるが、そうであってもこれ以上の譲歩はありえないだろう。と思えた。
「君が司令官だ。私や神尾さんは従うだろうが・・・・」
「観鈴や佳乃が暴れそう・・・・と言う事か?」
「あの二人は公爵閣下の傍に大抵居たからな。当然裏切ることに賛成するとは思えない」
クスリ。と往人が笑う。それについては既に考えていた。
(やれやれ。祐一相手に本気で裏切る・・・か。あいつもどんな顔をすることやら)
「なぁ、聖。佳乃を祐一の所に送ることを許可してくれるか?」
それは、命令ではなく願い。当然、これから公爵家は彼ら、彼女らにとっての敵。
そこに送りつけると言うことは、即ち、佳乃自身が聖や往人達の敵になることを意味する。
「・・・・・・・・・君は私にも喧嘩を売っているのか?」
聖自身が笑う。それは、妹を敵にされることに対する怒りか、それとも、自分の立場より妹を取る人間だと思われたことに対する怒りか。
それを知る者は一人としていなかった。
「さて、それじゃ一文だけ付け加えてそれを最終決定としとくかな。それでいいんだろう?」
往人のその言葉に、聖も黙って頷いた。