第十八話








「さて・・・と。それじゃあ軍議を始めましょうか」

朝起きて朝食、そして、一休みすると祐一から全員に集まって欲しいとの連絡が入る。

祐一が彼らを集めた理由は、つまりは兵が集まったことに起因している。

一度、編成をして、その上で短いながらも兵の特徴をつかんで欲しい。とそういうこと。

「で、伯父さん。いったい何人くらい集まってくれたのかな?」

問い掛ける。正式に正規軍に数えられているのは白騎士2000を除けば15203人。

その中で、病気で集まれない者や、当然数倍の敵と戦うことに尻込みしてしまう者もいるだろう。と予測していた。

全部で10000集まればいい方ではないだろうか?・・・と。

「その表情を見ると多分お前の予想は外れ。集まった人数は全部で1万と7600もいるぞ?」

くすくすと笑う伯父を訝しげに見つめる。

「・・・何で正規軍の登録人数より多いんだ?おかしいだろう」

怪訝そうに問い掛けると大輔自身も苦笑せざるを得ない。

何しろ、笑っている本人自身予想だにしていなかった展開だったから。

「それが・・・なぁ。既に退役した50を超えた元白騎士団の者や正規軍の兵士が『祐一様をお守りするのが我等の役目』・・・・・ と集まって来てな、しかも、兵の中に紛れ込んでしまっているから一人一人を検挙するわけにも行かんし・・・・・・」

ある者は帰ることを薦める大輔に、連れて行っていただけないのならこの場で自決する。と言って脅してすらいる。

それを聞いて祐一自身も唖然とするしかなかった。

17600。それに白騎士団を入れれば兵力は20000。十分に帝国と単独ですら戦えるほどの戦力である。

元兵士。と言っても、三〜四十年の間白騎士として働き続けた者なら下手な白騎士の若手より遥かに強く、その戦歴は他の及ぶ所ではないし、 普通の兵士でも、ずっと正規軍として訓練を積んでいた者達である。その練度もまた、相当に高い。

「やれやれ・・・・・・。ずいぶん祭り好きな連中が集まったもんだ。この国は」

それが照れ隠しであることは誰の目にも明らかで・・・・・・。みさお達はくすくすと笑う。

その姿をバツが悪そうに眺めると、祐一がコホン。と一つ咳払い。

そのまま公爵領の地図を広げる。

「最初に、戦場はこの場所を予定しています。」

祐一は地図の一箇所を指す。

山々に囲まれた短い山道の平野への出口近くの一帯。

ロンディアの平原と名づけられた平原は公国一の広さを誇る大平原で、十数万の軍隊が十分に動けるだけの広さを持っている。

一方、その手前の山道との境目の辺りは、横に千人程度は広がることの出来る場所でしかない。

「当然、平野で真っ向から戦ったら囲まれるだけでこちらの被害が増大するでしょう。だから、こっちはこの場所で食い止めることを ・・・・・・少なくとも、相手にはそれが目標であるように思わせます。」

「と言うことは、真の狙いは・・・・・・」

茜に対して頷く。そして、駒を進める。

数分後、全員の顔には納得の表情が浮かぶ。

それと共に、彼女達は自分がやらなければいけないことも、また理解していた。

「それで・・・俺達にはどれだけの兵力を預けてもらえるんだ?」

この策において、重要なのは分隊一つ一つの動き。自分達に説明したと言うことは自分達にその動きを期待してのことだろう。と 浩平は理解した。

「指揮官として力をお借りするのは茜さん、雪見さん、詩子さん、そして浩平。それぞれ3000の兵力を預けます。」

その言葉に三人が黙って頷く。

3000と言う数。それは、相手が150000もいるなんてことを考えれば大した数には見えないかもしれない。

しかし、これは20000の中の3000。それを四隊合わせれば数は全体の半分以上にも及ぶ。

祐一のこの四人に対する信頼のあらわれと言える。

「白騎士団長は当然白騎士2000を率いてこの場所。ま、言わなくても分かってるでしょう?」

大輔の方を向くと当然だ。と言わんばかりに大きく頷く。

「どっちかと言えば、私より瑞佳ちゃんの方が指揮は上手いんだけどね。」

横から雪見が苦笑いしながら口を挟む。部隊指揮の実力においては実際にはトントンと言った所だろうか。

王国において、大きな作戦の大将は大抵の場合において茜が取り、重大な事態の時は浩平が自らこれに当たる。

分隊の指揮を取る回数としては雪見の方が瑞佳よりは多いものの、実際の実力についてはどっちが上かは分からないと言うのが実情であろう。

「瑞佳さんには重要な役目がありますから」

祐一は雪見に対してそう言うと瑞佳の方を向く。

最初っから彼女の役目は決まっている。

彼女に一番適した役目で、水瀬侯爵率いる軍と戦う上で重要な点。

「魔道兵を預けますので相手の魔道軍団を無力化して頂きたいのですが?」

これが戦においての大前提。前回の戦においてはこちらが人数で勝っていたから勝てたものの、相手の方が人数が多いと言う状況で 魔導部隊を放置しておいたら大惨事になってしまう。

スノウの数は前回の戦では僅かに100。しかし、国許にはその二倍の数が切り札として残されていることを祐一は知っていた。

その祐一の言葉に雪見本人も納得の言ったような表情をする。

指揮能力がトントンであっても、こと魔導部隊の指揮と言う範囲で二人を比べた場合、その実力は比べようが無いくらいに差がある。

そして、その命令にどこか予想がついていたのか瑞佳本人も頷く。

「相手は祐一の幼馴染の名雪ちゃんとあゆちゃんの姉妹だね。頑張るよ」

その言葉に頷く。相手は瑞佳と比べて戦場に出た回数は0が一つ違う。それでも油断することのない性格を持ったこの女性は信頼の出来る将だ。と思える。

慢心は戦場における最大の敵なのだから。

「えっと・・・後は・・・」

辺りを見渡す。ここにいる者は全部で10人。そのうち、祐一、大輔、浩平、瑞佳、茜、雪見の役目は既に決まっているので 残りは留美、みさき。そして、みさお。

「留美さんには、浩平のお守りをお願いするとして・・・」

そう言い放ち、そのまま目の前の二人からの猛烈な抗議を黙殺して考える。

(みさきさんとみさおをどう扱えばいいだろうかな・・・)と。

みさきの役目は大体決まっているものの、みさお本人は全く考えていなかった。

と言うのは、祐一自身がまさか一緒に来るとは思っていなかったからである。

(仕方ないか・・・。)

少し考えて決心。おそらく城で留守番をしてろ。と言っても聞くことはないだろうから・・・と。

「みさおは俺と一緒の本隊。その中で救護班に入ってくれ」

救護班と言う立場なら前に出ることもないだろうし、また、みさお本人が優れた治癒術師なのだからそれでいいだろう。と考える。

「分かりました。頑張りますね」

役目を与えられて嬉しいのかにっこりと笑う。

何しろ好きにしろ。等と言ったら「祐一君の背中を守ります」等と言い出しかねないから。

そんなことになったらむしろ背中を任せるどころか祐一は二人分の心配を戦場でしなければいけなくなってしまう。

とっとと、危険のなさそうな役目を与えておく方がよっぽど無難な選択である。と思った。

「えっと・・・それで、私は何をすればいいのかな?」

首を傾げながらみさきが尋ねる。

それを手で制すると祐一は浩平の方をむく。

一つだけ確認しておかなければいけないことがあったから・・・と。

「そちらの国で難民は受け入れてくれる準備は出来ているのだろうか?」

前に浩平に軍事同盟を提案され、それを拒んだ時に、一緒に聞いておいたこと。

拒まれるとは思っていないものの、諾と言われなければこちらから勝手に行動を起こすわけにもいかなかった。

「ああ、どれだけの人数であろうとも、王の名の下において必ず引き受ける。と由紀子さんからお墨付きをもらっているぞ」

その言葉に満足そうに頷く。そうであるならばみさきに頼むことは一つしかなかった。

「それでは、この城に集めている私達に付いて来てくれる兵士の家族を王国まで避難させて頂けますか?」と。

「・・・・・・お前、王国が拒まないって知っていただろう」

浩平の問いに笑いでもって答える。

「既に全部で60000ほどの兵の家族のうち、30000ほどは集まってきている。あと数日もすれば全員集まるだろう」

横から口を挟む大輔に頷いて答える。

みさきをこの任務に付けた理由は彼女の能力の起因している。

彼女はあくまで参謀官であり、指揮官でもなければ、個人として武人であろうはずもない。

逆に、兵站等の後方での活動は非常に上手くこなすことが出来る。

だから、この役目にはうってつけだと。そう祐一は考えた。

何しろ、自分の子供と同じくらい大切な国民の命を預けるのだから特に信頼の置ける者にしか任せられない仕事なのであるから。

「うん。分かったよ。それじゃあ、祐一君の国民は全員責任を持って一人も欠かさずにオーディネルにまで連れて行くから安心して戦ってきてね。」

その気持ちを十分に汲み取っているからこそ、みさきも真剣に答える。

自分に与えられた仕事は、兵を預けられた浩平達と同様に極めて重要な仕事だと言うことはすぐに理解出来たから。

一息吐いて天井を見上げる。

「それでは、これで終わりかな?あとはおいおい詰めていくこととして・・・・」

「ちょ・・・ちょっと待ちなさいよ!!私だけ何でこいつのお守りなんて仕事を与えられてるのよ。明らかに左遷じゃない!!」

故意に話を逸らそうとしていたのが見え見えだったかなぁ。と苦笑する。最も故意に話を逸らしていたのは事実ではあったが。

――――・・・・・えっと・・・・・どうすればいいんでしょうかね?――――

そして、瑞佳と目と目で会話。

――――ちょっと祐一・・・流石に七瀬さんに悪いんじゃないかな?これは――――

――――そうは言っても・・・留美さんは兵士を預けると守戦をメインとした作戦なのに突撃かけそうですし・・・・後方で救護役なんて勤まるわけも無いですし・・・・ それに、暴走した時の浩平を止めれるのって瑞佳さんと留美さんくらいでしょう?――――

――――まあ・・・それはそうかもしれないけれど・・・――――

――――と言うわけでなんとか宥めて頂けると有難いんですが――――

「ちょっと!!祐一!!・・・無視してないで何とか言いなさいよ!!」

アイコンタクトの途中で怒鳴りつけられる。既に会話が終了していたのは僥倖を言えるだろう。

「まあまあ、七瀬さん。祐一は浩平が心配なんだよ。ほら、一応王太子だから、もしものことが無いように。って・・・ね」

瑞佳に視線を向けられて慌ててうんうんと頷く。

十分過ぎる瑞佳の奮闘に心の中で涙を浮かべながら。

「ほら、やっぱり、王子様を守るなんて言う役目は乙女にこそ相応しいと思うんですよ。な、浩平?」

そして、自身としてもフォローを繋げ、今度は視線を浩平に向ける。

あからさまに『俺に振るんじゃねぇ』とその視線は語っていた。

「そ・・・そうだな。やっぱり、七瀬が傍に居てくれると俺も安心出来ると思うぞ。何しろお前は最強の乙女だ」

なんとか浩平も繋ぐ。失敗したら二人の苦労が無駄になると分かっていた以上、戦場に居る時と同じように慎重にことを運んだ。

そう言い切って祐一の方を向くと感謝のまなざしがむけられる。

案の定留美自身は機嫌を直していたから。

言葉の中でも「そ・・・そうかしら?うん。そういうことならやらないでもないわね」等と言っていて・・・・

三人は目を見合わせると小さくガッツポーズを取る。

一部始終を見ていた者は三人のその連携の良さと、自らの友人の単純さに溜息を吐くしか出来なかった。







そして、それから約十日後には出陣の支度も整う。

それまでの間、指揮官としての役目を与えられた者は必死に、部下との連携を高める為に時間を費やし、また、実際に部隊を動かすことでその練度に感嘆する。

兵士の側も最初は祐一の紹介と言って連れてこられた指揮官に対して大丈夫なのだろうか?と言う不安を抱いていた者の、その 不安は僅か二〜三日で解消されていた。

みさきは国民を連れて既にオーディンを出発、一ヶ月もすればオーディネルに辿り着けるだろうと予想されている。

「いい感じじゃないか」

訓練風景を高台から漠然と座って眺めている祐一に大輔とみさおが近づいていく。

みさお自身は半分エキストラのような立場なので、数日間特にすることもなく祐一や浩平、瑞佳等の後ろをくっついている。

「そう・・・だなぁ。初めての指揮官の指示に綺麗に従っているし、今からでも直ぐに戦闘に耐えうるんじゃないかな?」

慈しむように兵達を眺めると大輔が胡座で、みさおが正座で横に腰掛ける。

「俺なんかは暇でたまらん。もう少し鍛えがいのある者達を預けてほしいもんだがなぁ」

白騎士は今は訓練の手伝いを行っている。

馬から下りた白騎士の中の魔導部隊700。そのうち200が仮想スノウと言うことで瑞佳の率いる正規軍の魔導部隊と模擬戦を繰り返していた。

「その言葉、彼らが聞いたら目を回して卒倒するんじゃないかな?常に厳しい団長のもと気の休まる暇がないと聞いているけれど?」

小さい頃から、ただ公国の平和を守る為に、自身の誇りと公爵家に対する忠義心だけで戦い続けている白騎士団。

内政においても、軍事においても国の宝と言うべき存在である。

会話を交わし、そして、そのままゆったりと腰掛けて訓練風景を眺める。

「お、浩平の部隊が切り込んだな」

目の前では浩平の部隊と茜の部隊が模擬戦を繰り広げていた。

3000人同士がぶつかり合うと流石に壮観なもので、審判に当たっている白騎士の数も100人を超える。

最初は互いに見合うような陣形から始まって、その後は二人の用兵の勝負。

浩平と茜は、二人共人間を代表する名将。

攻においては折原王太子、防においては里村将軍とは王国の軍事に関わる誰もが知っている有名なフレーズ。

王国における最強の剣と最強の盾である。

もっとも、互いに相手の軍を崩そうという意識をもっては戦っていない。あくまで兵士の動きを確認することと、自分の命令に対する 対応を確認するための実践訓練である。







「ご苦労さん。おかげでいい練習になった」

浩平は兜を着けたまま、小声で茜に声を掛ける。

何処に誰がいるか分からないと言う状況。浩平達は寝る時は白騎士に護衛されて兜を外して休むものの、それ以外の時は常に兜を 外さない。

最も、兵の上部は既に兜の中に誰がいるのかは分かっているし、それが何故ここにいるかも理解はしている。

それだからこそ、兵も外に浩平達の情報が出ないように石橋を渡るような警戒をするのは当然である。

みさおの場合は、その顔が城からほとんど出ていないと言うことで知られてはいないから兜を外しているものの、浩平や茜と言った将軍の顔は 間諜の任についている者が見れば間違えることはありえないくらいに有名であった。

「浩平もお疲れ様です。相変わらず上手い用兵でした」

ふぅ。とため息を吐く。目の前の男相手に戦はしたくないな。とは茜がこの男と模擬戦をするといつも思うことである。

「それにしても・・・・・怖いな。この国は」

神聖王国の王太子として考える。

化け物のような練度の軍隊、20000。

自分に与えられたのは、その中のたった3000ではあるものの、自分の鍛えた軍勢でさえ、その7〜8000をぶつけなければ勝つことは 出来ないかもしれない。とすら思えた。

しかも、さらに白騎士2000も抱えている。

祐一がもしも、この軍勢を持って攻め込んできたら王国は勝てるのだろうか。そう考えると勝てる。とは言い切れないような気がした。

少なくとも、真っ向から堂々とぶつかり合った時に勝つ自信は全くない。

「大丈夫です。祐一も公国も、私達の永遠の盟友ですから。そうでしょう?浩平」

その表情から考えていることを読み取って茜が窘めるように一言。向くとその目が自分を責めているように見えた。

その言葉にハッとする。祐一を仮想敵国と見ている自分の存在を嫌悪した。

「そう・・・・・・・だな。祐一は俺の親友。そして未来の義弟候補。そして、公国は王国の盟友。その関係は永遠だ。」

自信を持って言い放つ。少しでも怖いと思ってしまった自分を恥じる。

これでは帝国の愚帝と同じではないか・・・・・・と。

それと同時に思う。こんなことを瑞佳やみさおの前で言ったら間違いなく頬を張られると。

「浩平。また何か里村さんに迷惑かけたんでしょ。駄目だよ?そういう時は謝らないと。・・・・・・・私からもゴメンね。里村さん」

ちょうどその時、茜に睨み付けられているように見えたのか瑞佳が駆けてきて浩平の頭を無理やり下げさせる。

「おい!!俺はべつに茜に何もしてないぞ?ちょっと訓練後の話をしていただけだ」

「浩・平・は、いつもそうやって他人に迷惑をかけながら笑っているんだから!!。駄目だよ?ちゃんと謝らないと」

完全に誤解されている。そして理不尽だ。と感じた。

最も、考えていたことを告白したら叱られる程度ですまなかっただろうから勘違いしてくれて良かったと言うべきなのだろうか。とも思った。

それと同時に、目の前の婚約者が自分を普段からどう思っているのかも理解する。

前を向くと茜が自分達を見て笑っているように見えた。




「お兄ちゃん達は相変わらずです。」

くすくすと笑うみさおに祐一も笑って同意。

人一倍世話好きな婚約者と悪戯好きな王太子。お似合いだと思えた。

「一弥にもああいうしっかりした人が居ればいいんだがなぁ・・・・・・」

隣国の弟分の姿を思い浮かべながら苦笑。それと共に、もしも一弥に恋人でも出来たら佐祐理さんも大変だろうな。とも感じた。

「一弥さん・・・・・、帝国の倉田皇太子殿下ですね。・・・・どんなお方なのでしょう?」

その質問にう〜ん・・・・と考え込む。

誠実な人柄、身分を気にしない性格、それでいて引っ込み思案で悩みやすい。

なんとも一言では言いにくい性格だな。と思う。

「まあ、いい奴だな。」

ただ、一言だけそう述べる。それが一番的を射ているように思えた。

「良く分からないです。」

そう言って笑われる。まったくだ。と思った。




そして、その後は浩平達も交えて訓練の結果等の話し合い。

瑞佳自身も仮想スノウと言う内容の特訓にある程度の満足を得られたようで、全体的にも特に問題はなかった。

この後は数日兵達に休みを与えて、そして帝国の動きに併せて出陣。

予定の中においてはクレスタで敵を止めている国崎勢の援護に行くことになっている。

内容としては、もし敵全軍が砦攻略にかかりっきりの場合は挟撃。敵の一部が別働隊として戦闘を挑んできた場合はロンディアで迎撃。

当然、何かが起きたら『臨機応変』に対応することを迫られるわけではあるが、現状ではそれが基本路線と言うことで軍議は進められている。

そして、訓練の終了と、戦勝を祈願して全員で杯を交わす。

杯と言っても、そこまで大げさな物ではなく、乾杯をして飲む。基本的にはそれだけの行為でしかない。

しかし、その行為は戦場に向かうのだ。と気を引き締めさせてくれる。

この杯を交わした瞬間から自分が戦場に立っている気がする。と言うのは大輔が日頃から言っていることである。

一度だけ全員で杯をかかげると、あとは無礼講の名の下に食事。

それで、英気を養ったらあとは自由時間となる。

みさきが出発する前の最後の家族の時間を楽しむ兵もいれば、戦友同士で杯を交し合う者もいる。

「えっと・・・大輔さん?ちょっといいでしょうか・・・・?」

「ん?・・・・・・・ああ、みさおちゃんか。どうした?祐一に何か変なことでもされたのか?」

先ほどまで祐一と談笑しながら食事を取っていた隣国のお姫様に優しく、冗談交じりに話し掛ける。

祐一が妹のように大事に扱うように、大輔自身もこの少女を大事に扱っている。

しかし、大輔は間違いを犯していた。目の前の少女は良くも悪くも温室育ち。祐一に対するような冗談は通用しない。

「え・・・・えっと、別に祐一君と何かあったわけでもない・・・・・です。」

そうやって、真っ赤になって俯かれると大輔自身も何か悪いことをしたような気がしてくる。

多分、この少女を泣かせるようなことをしたら十日間は罪悪感に苛まれることになるだろう。と思った。

「いや、別に冗談を本気にされても困るんだが・・・・。」

天を仰ぐ。いい年こいた親父の前で真っ赤になって俯く少女。このままにしておいたら勘違いする者が続出するような光景である。

『白騎士団長が少女に乱行』等と言うテロップが頭の中に流れて、慌ててそのイメージを振り払う。

戦前に兵士達をリラックスさせるには面白いネタかもしれないが、大輔は人をネタにからかうのは大好きでも、からかわれるのは好きではない。

結局、落ち着かせるのに数分。それまでに十分見世物になりながら慌ててみさおごと中庭に連れ出していく。

二度とこの子相手にからかうことはすまい。と思った。

「それで、一体何のようだったのかな?」

本気で疲れたような表情で問い掛ける。最初っからこう問い掛けていればあんな騒ぎにはならなかっただろう。

しかし、面倒とは後から後からやってくるものである。少なくともみさおの『お願い』を聞いた後の大輔は間違いなくそう思っただろう。

「公国の秘蔵の魔導図書館に入れて頂けないでしょうか?」

その言葉に、大輔はもはや何も言うことは出来なかった。