第十六話







先日と同じ会議室。

先日と同じ議題。

そうであってもその場に数人加わっただけでそこの雰囲気はガラリと変わる。

前回もいた倉田姉弟、美坂姉妹、久瀬公子。そして、戦から帰還した水瀬姉妹に北川公子、水瀬侯爵。

その場にあるのは緊張。それは戦と言う場所に居たものが持つ雰囲気なのかもしれない。

「私達の力が至らなかったせいで皆様にもご迷惑をおかけします。」

先ず秋子が全員を前に頭を深く下げる。

戦に負けて、おめおめと引き下がってしまったこと。そして、祐一との戦いに巻き込んでしまったことの二つの意味で。

彼女としては今回の戦いでなんとしても戦いを止め、ここにいる人達を巻き込まないようにしたかった。

自分の娘二人もそうではあるが、軍人の常とは言え自分の友人や親類、 または想い人に対して剣を向けなければいけないと言うのは辛い出来事なのだから・・・と。

しかし、今回の大惨敗のせいで、結局侵攻計画が実行され、ここにいる者達全員が戦場に送られることとなってしまっている。

秋子にとってこれは自分のミスだと考えている。国崎往人と言う司令官を甘く見すぎていた。と今では実感していた。

祐一が率いた100人だけに完膚なきまでに叩きのめされたと言う情報だけで彼らを甘く見ていたのかもしれない・・・と。

結果その司令官の軍に、しかもおよそ半数に禁軍が散々に破られた。公国の手を借りずにである。

彼女は帰還の途中ずっと後悔をしていた。何しろ彼女の油断は彼女の娘をも命の危険にさらしたから・・・

「悪いのは貴方の意見を取り入れず馬鹿げた正面勝負を挑んだ将軍達です。最初から貴方に全てをお任せしていればこのような結果には なって居なかったと思いますよ」

一弥は秋子が彼女に出来る限りの最善を尽くしたことを理解している。

そして、弾劾されるべきは相手を甘く見て秋子の意見を無視し、真っ向から策もなく突っ込むと言う愚策を採った者達である・・・と。

むしろ、それらの者達によって崩壊しきった戦場をたった4000だけで支えた水瀬侯爵軍は敗戦にあって間違いなく戦功第一であることも 彼らはまた理解していた。

前回の戦で実際の死者は25000の軍において戦場において3300人ほど。戦場から離れて今までにその傷が元で亡くなったものが2000人弱。 そして、命は助かったものの、もう戦場には出られないであろうと言う者がまた3000人ほど。

結果として8000人以上の兵を失ったわけではあるが、もし水瀬侯爵の軍がなかったらおそらく帝国内まで追撃を受けていただろうと思われる。

そのときにどれだけの損害が出ていたかは想像もつかない。

しかし、この会議は敗戦の傷を舐めあう場ではない。一弥は一つ咳払いをする。むしろ本題はこの後であるのだから・・・と。

「それで・・・どのような構成に決まったのでしょうか?」

秋子に席についてもらい、一弥が切り出す。彼は自分が総司令官であることと、参謀長そして兼任で第一隊の司令官に秋子が就くと言うことしか親に聞かされていない。

聞かれた秋子は軽く息を吸って、そして吐く。これだけの規模の軍勢に参加するのは彼女も始めてであった。

「先ず、総司令官は皇太子殿下。軍団は全部で3軍団に分けられます。」

紙を広げ、用意した、名前の書かれている札を持つ。

「第一軍団は私が率いることになります。その先鋒は水瀬侯爵軍、私の軍勢ですね。それが全部で5000です。その後ろに王師 が30000。計35000が第一軍です・・・あと、私は参謀長も兼任することになっています。」

名前の書かれた札を紙の上に並べていく。先頭に水瀬名雪、水瀬あゆ。と名前が並んだ。

「お母さん、でも・・・お母さんが第一軍全体の司令官ってことは・・・」

そう言いながら不安そうに後ろを振り向く名雪に優しく微笑み

「当然貴方が私の代理で水瀬侯爵軍を率いることになります。」

とはっきりと答える。

「大丈夫です。この前と同じ指揮を行っていれば問題はありませんよ。」

軽く頷く秋子に名雪は不安そうな表情をするが、すぐに顔を引き締めて頷いた。

いつか自分の親友と肩を並べられるように頑張ろうと思ったときのことを名雪は思い出す。

「そして、第二軍団は・・・これが本隊ですね。当然皇太子殿下、一弥さんが総司令官と兼任で司令官です。ここには香里さんや久瀬さんの家の 軍、そして、他の諸侯の軍勢約30000程。そこに王師・・・30000の旗本隊が加わって全部で約70000です。 この旗本隊には北川子爵閣下の部隊が加わっています。子爵閣下は前回の戦で怪我をされているので北川子爵公子、北川さんですね。が率いることになります。」

前もって聞いていた北川はそれに頷く。

父親である北川子爵は前回の戦で肩に矢をうけて療養中。命に別状はないものの、今回の戦には参戦出来ないようだった。

「そして、第三軍団は倉田公爵閣下・・・佐祐理さんが司令官となります。この部隊は兵站が主の部隊になっています。 その輜重隊が約40000。それにその部隊の護衛兵が20000で全部で60000ですね。」

第二軍団の後ろに輜重の札が置かれる。そしてその後ろに王師の札が。

ちなみに、当然輜重部隊は常に帝国と補給線を繋ぐ必要がある。あくまで、この布陣は出発当時のものでしかない。

「これで全部です。総勢約十六万人。帝国建国以来最大規模の軍隊です。」

何時の間にか机一杯に札が広がっていた。第一軍、その中でも名雪の隊が最先鋒。その後ろに第一軍本隊30000。そしてそのすぐ後ろを本隊・・・第二軍団。

その本体と後陣の20000に守られる形で輜重隊が入る。実際は全部で三軍団と言っても輜重隊と後陣は別の隊と言う形なので、実際には全部で 四軍団編成と言うべきかもしれない。

場の空気が少し沸くような気がした。これだけの大規模な作戦に参加するのは、軍人としては本懐である。

しかし、少し経つと誰もが冷静になれる。相手の戦力、そして味方の軍勢の練度。そこまでを考えるようになる。

「最大規模の軍勢とはいいますが・・・実際秋子さんはこれで勝てると思っていらっしゃいますか?」

一番最初に香里が口を開く。実際敵と戦ってきた人の感想を聞いてみたかった。

報告書で見る敵と実際に相対する敵とではその印象が違うのは戦場の常であろうから。と

「・・・・香里さんはどう思っていらっしゃいますか?先にそちらを伺っておきたいのですが」

数秒目を閉じると秋子は逆に聞き返す。

目の前の少女の戦略眼を試す・・・と言ったら言い方は悪いのだが、少し興味が湧いた。

「相手の動き次第とは言えますけど、もし私がどちらの司令官にでもなれると言われたらあちら側に行きたいですね」

とても他の人間の前では言えないような事をさらりと言う。おそらく王に知られたら反逆罪だろうか?

秋子の方を向くと秋子が軽く頷いて判断理由を促す。周りの人間は特に口を挟むことはしない。会話を聞き終えてからそれについて討論をするのがこの場の形式である。

「まず、相手の戦力の細かい所までは分かりませんが、おそらく相沢家の正規軍・・・神兵17000弱だけでこちらの王師5〜60000 に匹敵するのではないでしょうか?しかもそれを指揮するのは戦神相沢慎一」

その言葉に秋子はそうだろうな・・・と思う。無理やり徴兵されてきた兵と、公爵家の為になら命を捨てることも惜しまない、小さい頃から 軍隊としての調練をかかさない軍隊。練度も士気も段違いだろう。

そして、指揮に関しても段違いだろう。何しろ、相沢慎一と言う指揮官は軍の動きを目で見るのでも読むのでもなく、人間の気で動きを見ることが出来る人物である。

「そして、騎馬隊だけでも国崎往人の騎馬軍8000。それだけでなく白騎士団2000も抱えています。あの軍隊が世界最強の軍隊であることは言うまでもないことだと思いますが・・・それに・・・」

一息吐いて水を一口飲み、最後の一言を口に出す。

「それに、あの公国には二つの難攻不落の要塞があります」・・・と

その答えに秋子が解答に満足したかのように一つ頷く。軍人に大切なことは相手を過小評価しないこと。

最初から自分は有利だと信じ込んで悪い情報を考えないようにすれば確かに優勢とは言えるかもしれないがその結果が優勢であろうはずがない。

逆に、多少過大評価する程度で、石橋を叩いて渡る方が実際には上手くいく。どんな時も緻密に策を練って万全な体勢を作った方が勝つものなのだから。

「えっと・・・国境近くのクレスタ砦と・・・オーディンの本城だね?」

横から名雪が慌てて口を挟む。たまには発言をしないとこの場に居る意味がない。ここに居るものは常に考えること、何を聞かれても 何かしらの答えを導き出すことが要求される。

「そうですね・・・。仮にクレスタに国崎さん達が全軍で篭っただけで、落とすことはかなり難しいでしょう。時間をかければ 援軍が到着しますし、・・・それに兵糧攻めが出来ない作りの砦になっていますからそちらの攻めも無理ですね。」

クレスタ砦とは3つの山に跨って10の砦を散らばせた物であり、一つ一つに三千人程度が篭れるようになっている。

一つ一つの砦が非常に良く連携をしていて、一つを集中して攻めるにも道幅が狭く、また、一つの砦を攻撃すると他の砦から矢が届く。

つまり、全ての砦を攻撃しないと攻めようがないのである。また、糧道も整備されていて、全部で100以上もあると言われている。

全員の表情に満足する。彼らはしっかり成長をしていることがはっきりと伺えた。

贔屓目ではなく、ここにいる者たちは同世代・・・二十歳にも届いていない者の中では三国の中でも両手の指、十本の指で数えられる指揮官 だと思った。

そして、心の中で誰も口にしなかった情報を一つだけ付け足す。

(折原家が公国に味方する可能性はかなり高いでしょうね)・・・と

わざわざ口に出すことはしない。おそらく香里も・・・そして、この場にいる誰もがそんなことは承知しているから。

「折原家の王太子、そして王女は公国の公子と兄弟同然である。」等と言うことは誰もが知っている。

口に出さないのは出してもしょうがないから。と言うだけでしかない。

手を組まれたら、対抗するも何も勝ち目がないことは間違いないのだから。

何しろこちら側で有利なのは数だけ。補給線の長さ、指揮官の練度、兵の強さ。それらに関しては比較にならないほど劣っている。

そして、折原家の正規軍の強さは天下に鳴り響いている。帝国が今まで折原家の神聖王国を敵視しつつも手を出せなかった理由はそこにある。

しかも、今現実に総司令官の王太子、折原浩平と、その旗下の里村筆頭将軍の名前は特に有名で、名将として広く知られている。

まず采配を間違えることもないだろうし、優れた指揮官の下に弱兵はなしと言われている。おそらくその戦闘力は噂通りなのだろう。

そこまで想像をして秋子も考えるのをやめる。折原家が絡んでこないのは戦に勝つ為の最低条件。もし絡んできたらその場で撤退する以外 考えようがないのだから。

「とりあえず、侵攻作戦まではまだ時間がありますから、なんとか作戦を考えなければいけませんね。」

全員に対して締めるように一言。侵攻は予定ではまだ半年以上も後。先ずは軍勢を徴集して半年間調練を課すことが予定されている。

半年あればある程度マトモな軍隊に出来るかもしれない。と誰もが訓練の為に自身の仕事を投げ出している。

半年の訓練だけで神兵と互角に戦えるようになど出来るはずがない。そうであっても、せめて矢が飛んできたときに周りの者を盾に 逃げ出すような。そんな兵ではないように出来るかもしれない。

既に王師約十万の訓練の割り当ては決められている。そして、ここにいる者達はその中心。

せめて祐一達に無様だと笑われるような戦いだけはしたくない。と思ったちょうどそのとき、扉が何回かノックされる音が聞こえた。

コンコン。と強く叩いているわけではないが全員が考え込んでいる会話のない場においては非常に良く響く。

全員首を傾げながらも入るように、と扉の向こうに言う。この会議は特に重要な会議と言ってあるので、大抵の用事なら会議が終わってから 話すことになっていた。

実際、このメンバーで行っているこの会議の途中に他の者が介入してきたのは始めてである。

秋子は出ようとする娘を手で制すると自ら扉に歩み寄った。

(ここにわざわざやってくるからには何か重要な事態が?)

そう思った。もしかしたら今回の戦に絡む何かかもしれない。と

扉を開けると息を切らせた青い鎧の部下が手を震わせて報告書を秋子に差し出す。

青い鎧は水瀬侯爵軍の証。特にこの男の胸の紋は千騎長のもの。つまり、侯爵軍全体でも重鎮中の重鎮の一人。

それを確認すると秋子も顔を引き締めつつ報告書を受け取る。目の前の男が自ら来るからには相当の事態である。と判断した。

そして、報告書に目を通した秋子はただ驚愕の表情を浮かべる。・・・数秒、数秒目を閉じてその情報を頭の中で整理する。

(伯父様が・・・?)

そこに書かれていたのは一つの訃報。

先ほど噂していた人間の死に秋子もしばし呆然する。訃報の相手は自分が生まれてこのかた尊敬をし、師と仰ぎ、深く付き合いもあった人物であった。

周りの者達はただ何があったのか?と緊張した面持ちで待つ。秋子がこれほど驚愕しているのを彼らは初めて目にし、それだけに ただ事ではないと思った。

「・・・皆さん、出陣が早まりそうです。準備を急いだ方がいいでしょうね」

それだけ言って秋子は一息。突然それだけ言われて困惑の表情を浮かべる全員に対して

「相沢公爵閣下・・・慎一さんがお亡くなりになったそうです」

と一言だけ告げた。













「ねぇ、往人君?・・・祐一君知らないかなぁ?」

往人が城の一室の前でため息を吐いていると後ろから声がかかる。

きょろきょろと佳乃と観鈴が辺りを見渡していた。

「いや・・・さっきまでは最前列の席に座っていたんだが・・・ちょっと前に出て行ったっきり見てないぞ?」

相沢前公爵の葬儀、たくさんの人が集まる中、当然喪主を勤める祐一。

しかし、その姿が今葬儀場に見られることはなかった。

遺族の座る最前列の席には大輔が一人で欠伸を噛み殺しながら座っているだけである。

「えっと・・・往人君は、今暇かなぁ?」

キラキラとした目で、純粋な目で佳乃と観鈴が見上げる。『祐一を一緒に探して欲しい。』とそういうことであろうと往人は即座に理解する。

既に往人自身は死者との対面も焼香も済ませている。特に拒否する理由もなかったのでそれに従う。

「にはは。往人さんも一緒、一緒」

両手をホールドされたまま連行される。抗議するにも二人がうれしそうであったので何も言えなかった。

「それで・・・お前らは祐一が何処にいるのか見当がついているのか?」

半分呆れたような顔で問う。

流石に二万の兵が篭れる城中を全て探して回るのは勘弁してほしかった。

「うん。多分あそこじゃないかなぁ?」

ね。と二人で顔を見合わせる。

祐一は仕事の合間、体を休めるときにいつも使う場所がある。

二人は往人を引き連れて、そこを目指して歩き出した。













「これで終わったかな?」

ふう。と一息ついて立ち上がる。

別に祐一は葬儀が面倒とかそんな理由で出て行ったのではない。

ただ、時間に余裕がなかっただけである。

あくまで今祐一が行ったのは個人的な行動。そうである以上、葬儀が終わった後には回せなかった。

何しろ、葬儀が終わればもう帝国との戦はすぐそこなのだから。

「ちょっと試してみよっか」

悪戯をするように笑って目の前の刀を取る。

「・・・・・」

刀を正眼に構えて集中する。それだけで辺りがまるで彼以外が存在しないかのように静まり返る。

佳乃や観鈴に教えている間、彼自身もまた基礎からやりなおしたようなものであった。

その為彼自身の魔術の構成力も上がっている。

魔術に一番大切なのはあくまでその使役者の集中力に他ならない。

「・・・・出ろ!!」

剣を正眼に構えて一言呟く。詠唱はいらない。ただ自分の体の魔法力を武器に集めればよい。それがエンチャントウェポンの特徴である。

それがゆえに、魔法力はある、けれど魔術を使うのは苦手だ。と言うものにエンチャントウェポンは好まれている。

もっとも、魔力付与師と言われる者がどんどん減少し、今ではエンチャントウェポンはそれ一つで一生暮らしていけると言われるほど高価 なものになってしまったので、ほとんどその使い手は現存していないのだが・・・。

そして、この魔力付与の種類は二つ。一つは単純に武器としてのそれを強化するもの。

武器の切れ味を良くしたり、錆びないようにする。又は鎧の強度を高める。 例えば、相沢大輔の用いる雪風のような武器である。

雪風は特殊な力は持たないものの、ひたすら刀としての性能を高めたもの。風のように軽く、そして、 それに斬られたものはまるで風が通った後のように痛みも感じないままその命を絶たれる。

また、その刀に寿命はない。何を斬っても、何人斬っても常に刀身は雪のように青く輝く。

祐一が子供の頃初めて用いた魔力付与の成果である。

そしてもう一つは雪花のように単純に前述のような武器を魔術媒体化成さしめるもの。

それが雪花。氷の魔刀。

祐一の声と共に刀から氷の粒が噴出し、それが一つの形・・・狼の形を取る。

「成功。ま、使えるかどうかは往人しだいかな?」

久しぶりの魔力付与が成功したことを少し誇りながらも刀を鞘に収める。と氷狼も自然と消えていった。

この術を用いたのは何時以来だろうか?と思った。少なくともここ4〜5年使った記憶がない。

(ま、いいか・・・どうせ俺が使うわけじゃないし・・・)

単純にそう考える。そして、後ろを振り向かずに一言

「おい、そこの三人もいい加減に出て来い」と。

さっきからずっと十五メートルほど後方の茂みから三人、気配を感じていた。

大体誰なのかは見当がついていたので特に気にしてはいなかったが、ちょうどその中の一人に用事がある。

苦笑しながら往人。声を掛けようと思ったときには既に祐一が集中を高めていたので声をかけそびれたのだ。

「ねえねえ、祐一君。今の狼さんは何かなぁ?」

残りの二人は師の下に駆け寄る。今まで一度も祐一が魔術を用いるのを見せてもらっていなかった。

そして、自身が魔術師としてある程度の実力を持ってきただけに今の術の凄さが良く分かる。

単純に炎を放つ、風を生み出す、雷を打ち出すといった物と違いアレはそれ自身が命を持っているようなものである。

祐一は二人をとりあえずおいておくと刀を往人に向かって放り投げる。

「往人、お前への餞別だそうだ」

「餞別って・・・これは公爵家の宝刀だろうが」

受け取ったものの何とも言いがたいような表情をする。雪花。その名前くらいは聞いたことがあった。

「俺にはグングニルがあるし大輔さんにも雪風がある。どうせならまともに使える奴に渡すのが一番だろう?」

そして、祐一はそれに・・・と一言繋いで

「結構辛い役割だろう?お前は」

と言った。

その言葉にそう思うのなら最初っからこんな策を練るんじゃねぇ。と苦笑する。今更祐一が引かないことは既に理解していながらも。

「ま、第一の悪人の座は手に入れたんじゃないか?・・・最も、お前や大輔様に比べれば楽なもんだが」

祐一に言われた策をいくら考えても心の底では納得が行っていない。それは聖も晴子も同じ。

そして、もしこの二人の少女に話したら当然猛反対するであろう。

しかし、今の往人達は二百万もの人間の命を預かる立場である。そうである以上個人的な考えで反対は出来なかった。

自嘲するように言い放つ往人を観鈴達は不思議そうに眺め、祐一は一言だけ言う。

「大丈夫。勝てば官軍とは良く言うだろう?」と。

その言葉に往人はただただ笑う。確かに祐一の言うように自分の『軍』は勝つだろう。しかし、それは本当に勝ちと言えるのだろうか?・・・と思った。













「・・・よし、やるぞ?」

少し緊張した面持ちで往人。周りの二人はただ目をキラキラさせて見ているだけ。

そして祐一は往人の周りに魔力の壁を築く。そうしないと失敗した時に恐ろしく危険だからだ。

氷の狼を生み出して意のままに操る呪文はフリーズビーストと言って祐一達にとっての最上級術法に位置する。

それだけに観鈴や佳乃に教える時とは状況が違う。彼女達に初級の術法を特訓させる時と違って失敗した時には命の危険すらある。

だからこそ、この前瑞佳が「禁術はまだ使えない」と言った。何しろそれを練習するには失敗した時にしっかり防護壁を張れる魔術師が また必要になる。

浩平やみさおも優れた魔術師とは言えるが、禁術を止められるほどの自信はなかった。

その話を聞いていただけに往人もかなり緊張している。祐一に「どんな失敗しても受け止めてやるから心配するな」と言われてようやく緊張を解いたものの それでも緊張するものは緊張するのである。

「あ〜・・・えっと・・・両腕に全ての力を集中するようにして・・・」

言われたとおりに刀を正眼に構えて目を閉じる。

「そう、それで両腕に体の中の魔法力を集めたら、それを刀に伝わらせる」

後ろから祐一が声をかける。既に防護壁は張った。

往人を中心に張った三角錐の結界は観鈴達の目にも相当強力な物であると分かる。

「魔法力を移動させるって・・・俺には初めてのことなんだが」

「大丈夫。しっかり出来ているよ」

「・・・まじか?」

くすくすと祐一が笑う。自分では理解出来ていない事が面白かった。

「それで、・・・溜まった力を一気に解放させる。」

「よし・・・こうだな?」

掛け声を上げてパッと目を開く。と刀が輝きだす。

目の前には祐一が出したものより二回りほど小さい氷の狼。

後ろから「わぁ〜」と歓声が起こる。氷の狼、その見た目は良く出来たガラス細工のようなものだから。

「成功・・・だな。あとはそれをコントロール出来るようになれば大丈夫だ」

肩がぽんぽんと叩かれる。お疲れ様と言うことだろうか。

「コントロールはお前が人形を動かすのと同じ要領だから大丈夫だ。大丈夫だろう?・・・法術師」

知っていたのか。と言う感じに笑いを浮かべる。国崎一族は法術師の一族。それが世の中から消えたのはいつのことだっただろうか

元々、祐一が往人に使わせたフリーズビーストの術法のような魔力体を空間で操る術法は法術師の専売特許である。

秋子にも、佐祐理にも、そして瑞佳にも出来ない。これを操れるのは先天的な才能をもっているものだけ。

破壊力は他の同格の術法と比べて劣るものの、柔軟性に富み、攻、防どちらにも通用する術。

矢や槍、術に対しては盾になるし、当然刃にもなる。

相沢家・・・神家でも使えなかったものは多くない。それだけの難易度を持った種類の術。

このような血がなせるような術はいくつかある。それらの物は概して特別な何かを持っている。

佳乃や観鈴の才能・・・単純に魔術師としての才能とはまた違った魔術における才能である。

「祐一さん、私達には何かもっと強い術教えてくれないのかな?」

しばらく往人の周りで凄い凄いと歓声をあげていた二人が気がつくと祐一を囲んでいた。

目には『往人さんだけずるい。』と書いてある。佳乃も同様。この二人に教えたのはあくまで基礎の基礎だけである。

祐一は大きく溜息を吐く。こういう会話は既に何度も行っていた。そして、その度に言う言葉も同じ。

「お前達はとにかくあと半年は基本。もし初級術法を無詠唱で完璧に唱えられるまでになったら上のレベルを使う。基礎が出来ていない で大きい魔術を使うようになると小さく纏まる。とにかく基本的なこと一つ一つのレベルを上げることが重要。と何度も言っただろう?」

往人の場合は関係ない。彼はあくまで特殊例だ。

あくまで往人は戦士、そして司令官。

その立場であるならばこの術法は只のオプションの一つ。

その彼と魔導師たる観鈴達が教わることが違うのは当然のことである。

魔導師にとって重要なのは当然魔力、魔法力のポテンシャル。しかし、これは半分先天的なものなので鍛えようがない。

しかし、実際それを行使する為の技法はいくらでも訓練出来る。むしろ、それをしなければポテンシャルの高いことになんら意味はない。

「むぅ・・・祐一君イジワルだよぉ」

後ろからかかる声を笑いながら無視して歩く。

往人に渡した餞別は慎一から刀、そして、祐一からは術法一つ。

これが祐一が自分の作戦に巻き込んだことの贖罪。

「おい!!祐一!!」

後ろからの往人の声に振り返る。

今日をもって彼はクレスタに向かう。観鈴達も連れて。

「またな!!祐一」

観鈴達も「またね〜」とは言っているが、この二つの同じ言葉は意味が違う。

それを知っているのもまたこの場においては往人と祐一だけ。

クスリ。と笑う。また会えると言うことがいいことか悪いことかは分からない。

ただ、また会うであろうことは知っている。

祐一は傍に立てかけておいた愛槍を右手で持ち、それを軽く上げて答えた。













「行ったのか?」

大輔の問いに黙って頷く。

既に先発隊は聖と晴子が連れて出発している。今出て行ったのは往人の本体8000。

その中には当然観鈴達も含まれていた。

本来は聖達と一緒に出るはずだったのを、葬式に出るために延長したのである。当然最後の部隊が出る以上行かないわけにはいかなかった。

祐一は顔を引き締める。今までの観鈴や佳乃に教えていたとき、往人に剣の鍛錬をつけてやったときのような楽しい時間は終わり。

これからは公爵として戦の日々を始めなければいけない。

「さて・・・そろそろこっちも正規軍を集めないといけないかな」

心の中で苦笑。思えば前回、白騎士以外を戦闘に用いたのは何時のことだっただろうか・・・

兵の質については心配していない。農民と言う立場でありつつも戦がない時でも鍛錬を毎日三時間、そして全体訓練が月に一度。

それを出来ないものが白の鎧を着ることはない。

それが白の鎧と相沢の槍と盾の紋を持つと言うことの意味。

だからこそ彼らは白騎士と同様に『白の神兵』と呼ばれているのだから。

「集めれば一週間で全軍15600は集まると思うが・・・もう集め始めていいのか?」

ちょっと考え込む。一週間で集まるのならもう少し遅らせてもいいかもしれない・・・。と思いつつも、 やっぱり何が起こるかわからないな。と考え直す。

と共に

「一緒にその家族も。出来る範囲でいいけれど・・・」

と付け足すと大輔もその言葉にああ。と頷く。

「併せて50000と言った所か?まぁ、食料はなんとかなるか。問題は・・・」

ちょっと苦い顔をして話す大輔を手で制する。言いたいことは分かっている。

「大丈夫。あと2〜3日もすればやって来るよ。5〜6人で」

だからくすくすと笑いながらそう告げる。

「ああ・・・なるほどな。まぁ、お前が来ると言うなら来るんだろうな。・・・で、どう扱うんだ?浩平達を」

祐一と浩平、似た者同士何処かで繋がっているところがあるのかもしれない。と大輔は常日頃から思っている。

このように祐一が来るだろうと言うと大抵の場合近日中に現れるのだ。

「まぁ、浩平以上に頼りになるやつもそういないし・・・当然伯父さんは除外だぞ?・・・それに、茜さんや瑞佳さんが一緒に来てくれたら 死者の数が段違いに減るだろうから、ま、当然有難いさ」

本人が前にいないから祐一は本音をはっきりと述べる。

その言葉を浩平に言ったらどう反応するのだろうか?と大輔は思う。

当然だ。と高笑いするか、それともいきなり本気でそう言われたら恥ずかしくなるかもしれない。

この二人の関係はいつもそうだったな・・・と感慨深く感じる。

世界で一番お互いのことを理解しあっていて、そうであるからこそ軽口を叩き合う。本音を言い合うことをしない。

まるで本当の兄弟のようだ。そう思えた。













「行くのですね?」

オーディネルの一室。そこにいるのは由起子と数人のフルフェイスの兜をかぶった浩平達。

旅の支度を整えて暫く役目を返上する。と報告に来たのである。

相沢前公爵が亡くなったと聞いてまだ一日しか経っていない。旅の支度をするには破格の速さと言えるだろう。

何しろ、帝国の皇帝は無能ではない。滅ぼすと決めた以上この絶好のタイミングを逃さず攻めてくるであろうことは予測出来た。

「あいつがいないと面白くないですしね。俺の人生が」

心配していると思われるのが癪なのか、軽く憎まれ口を叩く甥を優しく見つめる。

「浩平も素直に祐一が心配だって言えばいいのに」

そこに横から瑞佳が口を挟んだ。

何時も軽口を叩き合っているが、それが愛情の裏返しであることは周知の事実である。

(相変わらず仲がいいわね、この二人は。祐一様もこういう相手を見つけられればもう少し楽に出来るのでしょうけど・・・)

目の前の姪を眺める。彼にとってこの少女はあくまで妹分でしかないのだろう。

その場には全部で8人。由起子、浩平、瑞佳、みさき、雪見、茜、留美、・・・そしてみさお。

「それにしても・・・まさか由起子さんがみさおを連れて行けと言うとは思いませんでしたよ」

やれやれ。と浩平は肩をすくめる。

隣にいるみさお。しょうがなく同行を了承したのは今日の朝である。

(ありゃ脅しだよなぁ・・・)

浩平は朝、妹に言われた一言を思い出す。

愛する妹は言ったものだ。「もし連れて行ってくれないのならもう二度とお兄ちゃんと口をききません」と。

そして、由起子からも

「祐一様がもし亡くなったらみさおちゃんも死んでしまうようなものですから。一緒に祐一様を守らせてあげなさい」と言われたのである。

その由起子の言葉に頭を痛くする。もしみさおが祐一を守ると付いていったら祐一はどんな反応を示すだろうか?と頭の中で想像。

叱られるか殴られるか。どっちにしてもとてつもなく辛いことになりそうだと思える。

(そういえば・・・あいつ魔法力の一点集中得意だったなぁ・・・)

ほのぼのと。只ほのぼのと思った。

拳に魔法力を集中させて振るえばそれは凶器である。

祐一にとって自分が兄貴分ならみさおは妹分。みさおの病気を治す為に祐一がどれだけの苦労を重ねたかを浩平とみさおだけは良く知っている。

瑞佳にも、由起子にも教えてないことではあるが、祐一はそれだけのことをしてみさおの病気を治療したのだから。

そして、治療の内容を聞いた時に泣いたことも昨日のことのように覚えていた。浩平も、みさおも。である。

だからこそ、今回も祐一を助けると正義感に燃えているみさおではあるが、浩平本人からすればその笑顔が死神の笑みに見えるのはしょうがないのかもしれない。

正直言って恐ろしい。彼にとっては十万の帝国軍より祐一一人の方が恐ろしい。

「俺・・・殺されるかもしれない・・・」

隣の瑞佳にちょっと青い顔をして呟くと瑞佳は苦笑した。

「大丈夫だよ、・・・多分。それに浩平なら首より上が亡くなっても生きていけそうだもん」

ねぇ。と隣の茜の方を向く。と茜もそれに頷きながら

「むしろ首から上が亡くなった方が余計なことをしないから助かります」と言う。

その容赦のない瑞佳と茜の突っ込みに浩平はさらに項垂れた。

彼は思う。自分は信のおけないものを部下にしているのではないだろうか?と。

瑞佳に促され歩き出す。どうやら考え込む時間すら与えてくれないようであった。

(ま、世の中全てのことはなるようになる・・・か)

今考えても仕方がないだろう。ときっぱりと振り払う。おそらく自分が本当に殺されそうになったらきっとみさおが口添えしてくれるだろう。 との期待と共に。

「ああ、とりあえず後のことは澪に任せると伝えておいてください。あと、祐一が心配だったら後から来てもいいぞ?って」

一言後ろを振り返って言うと、由起子は黙ってうなづいた。














久しぶりに後書きを書かせていただきます。

と言うのも基本的にここで序章的なものが終わるからですね。

この話は大きく分けまして2つ、ないしは3つに分かれることに成ると思います。

つまりは、今までのプロローグ的なもの。そして、この後の決戦、そしてその後の世界。

最も、3つ目は書かないかもしれません。元々魔族とか書く気はあまりなかったので、 国同士の戦争を書いて終わりにしようと思っていましたし、そうなってしまう可能性もあります。

可能性としては6対4くらいでしょうか?出来れば書いてみたいとは思っていますが、魔族の名前とキャラクター設定が苦手なんですよね。 人間のオリキャラを作るだけで一苦労なのに人外の者を書こうというのはかなり無謀な気がします。

ただ、一応予定としては組み込んでおこう。と思いました。



さて、この後の話の投稿の前に、先ず設定をかなり書き直さなければいけません。

基本的にヒロインを誰にするかは半分決めてはいたものの、書いていて一人候補が加わってしまいました。 誰かは言いませんが。多分、これを読んでいる方が想像する者とは違うと思います。そのキャラクターは最初から構想の中でした。

実際、あの設定は一時間ほどで急いで書き上げたものなので今読むと赤面ものですね。何とかしないと・・・・。

と言う感じでしょうか。なので、次話の投稿は少し遅れるかもしれません。 十四〜十五の時のような馬鹿げた遅れ方は二度としないように。とは思っておりますが。

さて、それでは次話から軍として動き出す・・・かもしれません。

祐一達と別れた往人達。逆にやってくる浩平達。結構人が動きます。

久しぶりの後書きで長くなってしまいましたが、とりあえずこのような感じでしょうか?

それでは失礼いたします。