第十五話




「負けましたか・・・」

知らせを受けると愕然としたように・・・、ただ、どこかそれを予想してたかのように佐祐理は呟いた。

彼女には自分の師であり、国最高の指揮官である水瀬侯爵が負ける姿以上に、あの公国が、そして自分の想い人が負ける姿は想像できなかった。

「秋子さんでも負けるなんて・・・ね」

呆然と香里が呟く。彼女は軍を率いて彼女の下で戦ったことが数回ある。

彼女にとって秋子はいつかこうなりたいと、そう思える指揮官であった。

女性でありながら国最高の指揮官と呼ばれる水瀬侯爵は香里の憧れの人である。

だからこそ彼女達は秋子が戦いにおいて相手が祐一であろうと、仮に愛娘である名雪やあゆであろうとも手を抜かないであろうことを知っていて、 そして自分達が敵に回した者達の力を限りなく鮮明に理解出来る。

いくら無能な上司に足を引っ張られての敗戦とは言っても敵軍は水瀬侯爵に一泡吹かせるだけの力を持っていた。それだけで 相手の実力が想像以上であることを彼女達は理解した。

何しろ相手はその精鋭の大半を使わないままで2倍以上の敵を破ったのである。

確かに、帝国は本気ではなかった。本来出せる兵力の5分の1も出していない。しかし、そうであっても国が常勝将軍を戦場に出して完膚なき までに敗れた。その事実は国にとってはとてつもなく大きなものである。

「つまり、我々も準備しなければいけない・・・そう言うことですね」

軽く苦笑して久瀬有人侯爵公子が述べる。

相手からは和睦の使者がくる可能性はあるが王は負けた事実をそのままにして話し合いに応じるような性格の持ち主ではない。

それは即ち次の侵攻があることを彼らに示している。

そして、もしその時が来るのならば3侯爵家を総動員して大規模な侵攻作戦に出るであろうことも。

「久瀬君の家は今どれくらい兵士を抱えているのかしら?」

香里が顔を横に向けて話し掛ける。二人とも立場柄よく会話を交わす中であり、共に軍事行動をしたことも数度あった。

「さて・・・実際に出せと言われたら5000程度は出せると思いますが・・・」

「なるほどね。私の所と同じくらいかしらね・・・どうかしら?栞」

香里は会話を横に座っている少女に振る。

自分もその程度のことは理解はしているが、妹をこういう場面に慣れさせておきたいと言う姉心があった。

「はい。えっと・・・ですね、我が家で出せる兵士は戦闘要員だけですと全部で4863人です。えっと・・・うち騎馬兵が1803、 今構築中の魔道部隊が40人ほどです。残りは歩兵部隊ですが、弓と槍のどちらでも配属させられるものが約1000人で、あとは 近接戦闘用の兵士です。一応留守居役を任せる兵士1500人は除外していますけれど・・・」

一気に文を読み上げるようにとうとうと述べ、終わると大きく息をつく。

「水瀬侯爵軍は今回の戦でかなり消耗していますから・・・お二方の家の軍が主力になるのでしょうか?」

一弥の問いかけに二人は黙って首を振る。まだ二人は自分が秋子のリーダーシップや状況判断能力にはとてもかなわないと思っている。

それに水瀬侯爵家は富んでいる。結局、彼の家は常備軍4000、うち2000ほどが次の戦に間に合わないとしてもそれ以上の予備兵を 抱えているのである。

おそらく現侯爵が生きている限り水瀬侯爵軍が帝国の第一軍であることは変わらないだろうと二人は思っていた。

「それにしても見事な用兵術ですね〜・・私たちもお手本にしたいくらいです。」

横合いから佐祐理が口を挟む。彼女はずっと戦の流れを書いたものを読み進めていたのだ。

半数の軍で迎え撃つ形を取り迎撃。

敵を押し込むだけ押し込んで頂点で一気に引き、相手を誘う。そして相手の陣形が乱れた所に超高速部隊による一斉攻撃。

一歩でもタイミングがずれていたら逆に崩壊しかねない作戦ではあるものの、完璧に連携をとってそれを成功させていた。

「でも・・・祐一さんはどこにいたのでしょうね?」

手を頬にあてて佐祐理が考え込む。

戦場に出ていたのは主に異端者の司令官・・・神尾、霧島、国崎と言う3司令官の旗は戦場に立っていたと報告にある。

また、白騎士団、そして白騎士団長は後方に回った軍でその所在を確認されている。

しかし、相沢祐一と言う名前はその戦場の何処にも確認出来ていなかった。

佐祐理は報告書を周りの者達に回していく。

だいたい反応は佐祐理と同じものであった。戦場の何処にも祐一がいないのを全員不思議がっている。

国の行く末がかかる戦場から祐一が自ら遠い所にいる。彼女達はその可能性を少しも信じていなかった。

敵になってしまったとはいえ、彼女らにとって祐一は憧れの人であったり、親友であったり、また想い人であったりするのである。

「えっと・・・この仮面を被った指揮官さんは・・・?異端者の指揮官でこれほどの指揮を見せられる人はいないでしょうし・・・」

読み進めていた栞が不思議そうに呟く。

秋子からの報告書では正体不明。と書かれていた。

それを考えれば祐一の可能性も、そして彼の祖父の可能性もあり得る。

しかし、もしそうであったとしたらわざわざ顔を隠す理由もない。何しろこのたびの戦は相沢家と帝国の戦争なのだから。

そして、彼らの知るこの二人はこんな間抜けな覆面を付けて戦場に出る人間ではないはずだった。

結局、答えが出ることもなくその場は次の侵攻に向けてどのような手順になるかなどの話し合いをして解散となった。

あくまで、秋子達が帰ってから動き出すのであり、それまでは予測にすぎないのである。

秋子達の本軍は負傷者を纏めて帰途についている。あと2〜3日の内には帰るはずであった。







「・・・・・」

「・・・・・・・・」

「で、他に言うことはある?二人とも」

神聖王国王都オーディネル。公国に仲裁に入ってもらい王国として独立したことを記念して公国の首都 の名前を一部借り受けた王都・・・。その居城の中で二人の男女が縄で縛られたまま正座をさせられていた。

片方は平然と座っていて、片方はため息を付きながら座っている。対照的である。

そして、正面には玉座。そして、横には王妃が座ることになる椅子。

しかし、そこには誰も座っているものはいない。

代わりに、玉座の前に臨時の椅子があり、そこに女性が一人、そして、その隣の椅子にも少女が一人座っている。

そして、二人の前に立った青髪の少女が一枚の紙を二人の前に『バンッ』と叩きつけながら叫ぶ。

「何処の世界に『ちょっと出かけてくる。食事はいらん』なんて紙一枚で2〜3週間も行方不明になる王太子がいるのよ!!」

その声に座りながらため息を付き、「私は止めたもん・・・浩平が勝手に・・・」と女性の方・・・瑞佳が呟いた。

一方男性の方・・・浩平はあくまで平然と座っている。

「しかも、行ったところがこともあろうに相沢公爵様の所?下手したら外交問題じゃない!!」

叱りつける少女・・・近衛を務めている七瀬留美である。世界は広いと言っても一国の王太子にここまで強く言える人間は稀であろう。

ちなみに、帝国にばれたら間違いなく外交問題である。

「まあ、そう怒るな、そんなに怒鳴ると乙女ランクが7つも下がってしまうぞ?それは大惨事だ。」

ケロリとした顔で浩平が述べる。

すでに彼はこういう事態に慣れていた。本来は慣れてはいけないことなのだが・・・

「浩平・・・いくら七瀬さんでもそんなんじゃあごまかせないよ、ちょっとは反省しようよ・・・」

その答えにいい加減足が痺れてきた瑞佳が悲しそうに呟く。

ちなみに、この時点で瑞佳もそうとう失礼なことを言っている。

しかし、こと留美の扱いに関して浩平以上に上手い人間はいなかった。

「お・・・乙女ランクが7も??!!」

打ちひしがれる留美。

それを見て瑞佳はこの少女の将来に思いをはせ、と共に大きくため息を吐く。

「それで、浩平。公爵様は何かおっしゃっておられましたか?」

目の前の騒動が一段落したのを見て落ち着いた声で玉座の前に座っている女性・・・小坂由起子現国王代理が問う。

彼女は全国王妃の妹で、小坂侯爵家の正当な後継者であったが、前王、王妃が戦で亡くなって仕方なく彼女が代理として王位に付くことになった。

何しろ、前王、王妃が亡くなった時後継者であるはずの浩平がまだ6歳。妹であるみさおが1歳。とても王につけるような年齢ではなかった し、もししたところで誰かが傀儡にしようと動くかもしれない。それが為に浩平が成長するまでの代理と言うことで彼女が国王となったのである。

それ以来、彼女は代理であることを崩すことなく勤め上げている。彼女は一度として玉座に座ったことはない。あくまで代理と言うことを 心がけているのである。

そして子供が生まれたときの騒動を考えて彼女は結婚すらしていない。小坂侯爵家をどうするのか?と聞かれると決まって「そんなことより 国全体の大事を考えるのが私の役目です」と答え続けている。

歴史において、代理の当主が子供を生んで厄介なことになった例など幾らでもある。それは王にかかわらず貴族等の諸侯もであるが。

勿論、彼女は代理とはいえ元々小坂侯爵家の当主として辣腕を振るっていたのだからその実力には疑いもなく、代理として浩平に繋ぐ、その点に おいて申し分ない成果をあげていた。

浩平もみさおもこの叔母をまるで自分の親であるかのように敬っている。もっとも浩平の口からそのような態度が出されたことは一度としてないのだが・・・。

「別に祐一は何も言っていませんでしたよ。軍事同盟を結んで一緒に帝国つぶそうか?と聞いたら断られましたし。ま、あいつの場合 帝国にも大量に知り合いがいますしね。・・・というよりみさおのライバルと言うべきか?」

「お兄ちゃん!!」

笑いながらの浩平の一言にみさおが慌てて大声を出す。

年は5歳離れたこの兄弟は仲がいい。みさおの方は体がそこまで丈夫ではなく武器を取ることはないが内政においては叔母を助けて仕事を してもいるし、瑞佳に教わって簡単な自己防衛程度の魔術は使うことが出来るし、医療用の術にかけては瑞佳自身が自分より上だと認めたほどである。

行軍においても兵站を一手に引き受けて行動したこともある。最もその時はあくまで名目上の司令官であって、実際の指揮は浩平の部下の 里村茜将軍が行ったものではあるが。

「自分のことは自分でやるってことですかね?まあ・・・俺たちを巻き込みたくない、とか戦火を広げたくないと言うのも当然あるでしょうし」

「祐一様らしいですね・・・。何も協力することはないわけですか?」

「ああ・・・一応難民が行ったらよろしく保護してあげてほしい・・・と言うことだけは言われてきましたが」

浩平の言葉に由起子はさも当然といわんばかりにうなづく。

「その件は国王の名前にかけて約束しましょう。一千万人程度の受け入れならいつでも大丈夫ですから安心してください。と伝えてください」

元より難民として逃れてきた者を追い出す気は毛頭なかった。

彼女の国は国土に対して国民の数が少ない。耕されることもないまま放置されている土地が大量にある。むしろ移民は歓迎したいくらいですらある。

国民約6000万人の国。それであっても1000万人単位を受け入れられる国力をこの国は備えていた。

基本的に農業を中心とした国なので大量の穀物が余っているのである。

「その点は後で細かく協議するとして・・・総司令官の目から見てあなたは実際どのように思いましたか?祐一様達は・・・」

戦自体の報告は受けている。公国がその正規軍を用いずに大勝、帝国側は撤退するしかなかったと。

しかし、実際見た浩平の感想を聞きたかった。それだけ彼女は甥を信頼している。

何しろ次の侵攻は帝国側も10万を超える大軍で侵攻すると専ら噂されているのである。

「普通にやれば勝てるだろうなぁ・・・。白騎士2000を含む正規軍約15000を蹴散らせる軍隊が帝国にいるとも思えないし。・・・ただ・・・」

途中でいいよどむ。なんとなく浩平には不安があった。

「ただ・・・あいつは帝国に勝つことより別のことをしようとしている気が、そんな気がするんだよなぁ・・・」

今回の第一次と言うべき会戦を見ているともっと大損害を与えようとすれば出来るのにしなかった。そんな印象を受けた。

「ま、あいつが何を考えているのかは分からないんですが・・・とりあえず俺は何かあったときに備えておきますよ。 ・・・で、茜達は戻っていますか?」

自分の代わり(代わりにされた方に話し合う余地はなかったが)に反乱の鎮圧に出かけてもう一ヶ月ほど立っている。 そろそろ帰ってくるはずだと思っていた。

実際鎮圧にはもう少し時間はかかるはずだろうと国の上層部は考えているが浩平は自分の部下に絶対の信頼をおいている。

と共にそれを冷静の評価する能力も。それが司令官に一番重要な能力である。

「茜ちゃん達は昨日帰ってきましたよ。一応1000人ほどと澪ちゃんを事後処理に残してきたといっていましたが、実際には鎮圧完了と見ていいでしょうね。 。・・・それはそうと浩平?あなたもたまにはしっかり仕事をしないと茜ちゃんと立場を入れ替えますよ? 最近の茜ちゃんの戦功はめざましいものがあるのですから」

笑いながら冗談を放つ。このことを昨日帰ってきた茜に話したときに帰ってきたのは明確な拒絶であった。

曰く「嫌です。浩平のような部下を持ちたくはありません・・・まだ部下で居た方が気が楽ですから」との言葉をそえて。

自分ではほとんど動こうともしないが動いたときは必ず思い通りに事を進める。それが周りの浩平に対する評価であり、 だからこそ彼は兵権のトップに君臨しているのである。

「そうならないように精一杯努力させていただきますよ。・・・さて、それじゃちょっと労いにでも行ってくるかな」

すっと浩平が立ち上がると縄がハラリと絨毯の上に落ちる。

留美が「いつの間に!!」などと叫んでいる間に浩平はさっと服を翻し走り去っていった。

「全く・・・あの子はいざという時には頼りになるんだけどね・・・」

由紀子が隣のみさおに笑いかけるとみさおも満面の笑顔を浮かべ

「本当にお兄ちゃんと祐一君は似ていますから」

と隣国の想い人を想像しつつくすくすと笑う。

初めて会ったときから二人はなんとなく似た雰囲気を出していた。

誰よりも優しく、それでいて強い・・・

「祐一様に大変失礼なことをおっしゃっているような気がするのですけどね・・・」

由紀子もそれはしりつつも軽口を叩く。

二人の顔を笑いが満たした。とその場全体に明るい雰囲気が広がっていく。

縛られたままとり残された瑞佳を残して。

結局瑞佳が救われたのははくすくす笑っていたみさおがそれに気づいて大慌てでパタパタと駆け寄り、慌てて謝りながら紐を解いた時であった。







「よう、久しぶりだな。」

ノックもなしに扉を軽く開け、手をシュタっと上げたその全く悪びれた様子もない態度に中の面々は怒る気力すら失う。

中にいるのは浩平の腹心として名をはせる里村茜将軍。同じ将軍の地位であってもその直属に配置されている柚木詩子、深山雪見両将軍それに瑞佳の直属の川名みさき参謀官。

4人共浩平の士官学校時代の知り合いであり、浩平が軍務に着くとすぐに自分の部下に引き入れた者達である。

そして、彼女は浩平の出世と共にその階級を一気に上げていく。それは直属の上官に引っ張られたと言うこともあるが彼女達の 実力と言うことがそれ以上に大きい。

「そちらこそ公国への夫婦旅行お疲れ様。全く・・・帰ってきて話を聞いてただただ呆れたわよ。」

「雪ちゃん、そんな言い方しないでも・・・うん、ちょっと疲れたけど大丈夫だよ。浩平君」

椅子に座った4人のうち2人から即座に返答が返される。

「みさき先輩も雪見先輩もお疲れさん。茜も詩子もな。」

予想通りの返答に顔を綻ばせつつ浩平が答える。

何回も繰り返されている会話である。何しろ浩平とこの4人、それに瑞佳を加えた6人のグループは結成してもう8年もの長い間を行動しているのだから。

「お疲れ様と言うくらいなら最初から自分で動いてください。私はあくまで将軍の地位を頂いていますけど 総司令官はあなたでしょう?浩平」

「茜ぇ・・・まぁ、折原君なんだからいつものことじゃない。別に今更怒る必要もないんじゃないかな?」

さらっと言い放ってはいるが、実は詩子の言ったことが一番酷いと言うことにこの中の何人が気づいているだろうか・・・

浩平もこの言葉にちょっと流石に悪かったかな?と罪悪感を感じると共に反省する。明日この気持ちが残っていることはないだろうとも自覚しながら。

「で、祐一達の状況は聞いたか?」

気を取り直して話を切り出す。取り留めのない会話は好きではあるが状況に素早く対処することが軍人の務めであった。

周りもこの浩平の一言に雰囲気を一変させる。

「祐一達の大勝。しかしお互い本気は出していない・・・と言ったところですか?」

茜の言葉に軽くうなづきつつ椅子に座る。

中央奥の二つ並んだ椅子。片方は総司令官の、もう片方は副司令官・・・瑞佳の席である。

「そうだな。祐一達は正規軍、虎の子の一万五千をそのまま寝かせているし帝国側も錬度はともかく最大二十万程度は徴集出来るだろう。 そう考えると今回の戦いはお互い様子見の感じが強いだろうな」

帝国は国民の数が全体で一億を超える。国民の数で言うなら公国の十倍を抱えているのだ。それは、同じ割合で兵を集めたとしても 十倍の兵士を集められることを意味する。

いくら錬度が低くても十倍の敵と戦うのは相当無理があるのは間違いない事実であろう。

「それを考えると私達の行動は帝国に協力して背後から公国を突くか公国に協力するかの二つになるわけですが・・・ 浩平は、・・・この国は、どちらを選択するのでしょうか?私達も色々想定する上でその大前提が決まっているとやりやすいです。」

茜がたずねるとみさきがくすくすと笑い出した。

「そんなこと浩平君に聞くまでもないんじゃないかな?茜ちゃん」

その言葉に周りも笑いながら同意する。

由紀子が公国を裏切ることはありえないし、あったとしても総司令官を初めとした軍は拒否するだろう。

しかも、兵士一人一人が神兵と戦うことを受け入れるわけもなかった。

この国にとって帝国にとっての神話は歴史なのである。

だいたい茜自身が公国と戦えと言われてそれを受け入れるわけがないことも浩平は知っている。

そんなことを言われて簡単に受け入れる人間は彼は信頼していない。

「みさき先輩・・・それでも私は一応将軍として・・・」

茜の抗議は結局その場の雰囲気にかき消され、話は外交上の話から戦略上の話に展開されて行く。

祐一達の実際の戦力。そして情報が不足しがちな国崎勢を初めとする戦力はどのていどのものなのか・・・?と。

「しかし・・・祐一に軍事同盟結ばないと言われたからには勝手に軍を出すわけにも行かないんだよなぁ・・・」

会話が一段落するとポリポリと頭を描きながら浩平は考え込む。それを考えない限りいくら帝国を相手に策を練っても絵に描いた餅でしかない。

相手が結ばないと言っているのに勝手に軍を出すことはある意味侵略と変わらない。その目的が手助けであろうとも許可を得ずに 他国の領地に軍を布陣させることは許されていないのである。

「だったら・・・今回の祐一君みたいにすればいいんじゃないかな?」

ほら。と言わんばかりに報告書の一点を指差すみさき。一瞬場が静まり返る。

「ま・・・まあ、確かにあれを使えば正体はばれないだろうが・・・」

正直な所、それをネタに祐一をたっぷりからかってきただけにアレをかぶるのは気が引けた。

ちなみに、覆面の正確な象形を知っているのは瑞佳と浩平だけである。

結局浩平の苦悩は見かねた茜が「別に祐一のつけたものと同じでなくても顔が隠れればいいのでしょう?」との一言を入れるまで続けられた。







「くしゅん!!」

「・・・また集中をとぎらせたな?佳乃」

中庭での魔術の訓練が始まって何日たっただろうか・・・?初めはしぶしぶながらやっていた祐一も段々と観鈴、佳乃に教えるのを 楽しむようになっていた。

間違いなくこの二人は人間の中でもトップクラスの魔術師になれる素質がある・・・。そう思えた。

最も、それを初めて会ったときに気づいていたからこそ、それを表に出ないようにしていたのではあるが、実際教え始めていくとそんな気持ちを 忘れて教え込んでいた。

ちなみに、佳乃の腕にバンダナはもう巻かれていない。聖自身も帝国の狩りから逃れさせるために魔力を封じただけであったから本人と 話した結果それを解くことを承認した。

「全く・・・才能があっても集中できない者はいつまでたっても一人前にはなれないんだぞ?」

祐一はやれやれと頭を振る。二人とも才能はあっても集中力が決定的に足らなかった。つい十数分前に往人を見て手を振った観鈴の頭を 叩いたばっかりである。

注意された佳乃は「うぅ・・・」と項垂れる。ここ最近注意されてばっかりだ・・・と思った。

「ほら、二人とももう一度だ。的を外すなよ?」

祐一がパンッと手を叩く。だいたい30メートルほど前に置かれた直径20センチほどの水晶の球。ある程度の魔術に耐えうる力を持っている為 広く魔術の実践練習に用いられている魔道具の一つである。

二人はここ一週間ほどそれを目掛けてフレイムバレットを打ち続けている。

最初は4〜5メートルの場所から始めたものだったが今では30メートル。

祐一の言うことによると最終的には50メートル先のものに当てられるようにならなければいけないらしい。

もう一度祐一が手を叩く。2回目のものは撃ての合図。つまり、そこまでに撃つ体制を作り上げるのもまた練習である。

祐一自身は少しずつ間隔を短くしていっているのだが二人はそれに気がついていない。ただ、始めたころより約半分の速さで 準備を終えられるようになっていることを祐一は知っている。

「えいっ!!!」

二人は音を聞くや否や両手を前に突き出して掛け声と共に手のひらから火の球を放出する。それはそのまま水晶に向かって近づいて行き、 それに命中する。

「にはは、当たったよ?祐一君」

観鈴が嬉しそうに笑う。前回2回は外していただけに嬉しさもひとしおだった。

「あのなぁ・・・相手は動かない的なんだから百発百中にならなきゃいけないんだぞ?」

頭を描きつつ祐一が苦笑する。最も彼自身は心の中では褒めているのだが、それを口に出すとこの二人は調子に乗るだろうと思われたので 褒めることはやめておいた。

「よし、もう一度だ。・・・ん?」

続けようと手を叩こうとした時背後に気配を感じて振り向く。

「どうした?往人・・・何か用か?」

約10メートルほど後ろで往人が笑う。

「ったく・・・気配を殺して近寄っても10メートルも遠くで気づかれるか・・・。しかも戦闘体勢でもない時に」

改めて往人は自分はとんでもない奴に喧嘩を売ったもんだ。と思う。

現在、往人は前回の戦闘後改めて自分たち、公国に亡命したものの代表として選ばれ、軍勢の調練に当たっている。

前回の戦闘の時はわずか13000ほどであった軍勢も今や倍に膨れ上がり、騎馬軍も8000にまで増兵されていた。彼の 受け持ちは今までと同様この8000人である。

結局大変なのは精鋭を集めて騎馬軍とした往人より新兵を必死に育てている晴子や聖であるのだが、それは往人を代表に選んだ代償であった。

往人は今や部下に任せても大丈夫なくらいにまで仕上がっていたので暇を見つけては城にやってきて祐一相手に稽古をつけてもらっていた。

結果として一本を取るどころか相手に本気を出させることすらも出来ないではいるものの自分が段々と強くなっていることは感じていた。

「で、どうした往人?ここまで来るからには何か用があるんだろう?」

それを受けて往人はおいおい・・・と言うような顔をする。

「お前が話しがあるから集まってくれ。と言ったから俺や晴子や聖が来たんだろう?会議室に中々来ないから迎えに来たんだが・・・」

それを聞いて祐一があからさまに『やべ』と言うような顔つきをする。二人の特訓に熱中しすぎて日にちを忘れていたことに気づいた。

「悪い・・・今日がその日であるって忘れてた」

軽く頭を下げる。完全に祐一のミスであった。

「気にするな。結局お前が今していることも俺たちの為にしていることだしな。晴子や聖もそれを知っているから別に気にしていない。」

「二人とも。悪いけどしばらく二人だけで練習していてくれ」

祐一は後ろを振り向き、そう一言だけ言うと駆け出した。




「今回の議題は帝国の再侵攻についてだろう?」

走りながら往人は前の祐一に声をかける。

訓練をしていて自分の騎馬軍がどんどん強くなっていくのを感じている今あいてがどれだけ来ようと負ける気はしなかった。

それと共に祐一が何を要求しようとそれに答えられるだけの動きを出来る自信も。

前で祐一が軽く頷くのが見えた。

しかし、祐一はそれを問題にしているのではない。

あくまで彼の思考は戦争に勝つ方法ではなく、もっと大きな視野でのことなのだから・・・。

それはある意味司令官と言う立場の往人と世界全体を考えなければいけない祐一の立場の違いでもあった。

祐一はスピードをあげる。こんなミスをやらかした自分を恥ずかしく感じた。




「遅れてしまって申し訳ありません。」

部屋に入るや否や頭を深く下げると中に居た晴子たちは軽く手を振って気にしないように。と言う。

「それよりウチの娘と佳乃ちゃんの様子はどうや?一人前になれそうなんか?」

聖も身を乗り出す。聖自身は二人の魔力のキャパシティについては理解しているので、もう少し別の意味で聞いている。

と、祐一の隣で大輔が豪快に笑い声をあげる。

「おいおい・・・あの二人は一人前どころかこの国でも5本の指に入るクラスの魔力の持ち主だぞ?」

一人前になんてなれようもない。と大輔は晴子の発言を笑い飛ばした。

あと5年特訓を重ねれば魔術に関しては自分を超えるかもしれない。とすら大輔は感じている。最も、実際本気の戦闘をすることになったら祐一以外の 誰が相手でも負ける気はしていない。

それが相沢大輔の信条とするところである。

結局、命をかけた戦闘を制するのはその魔力の大きさでも力の強さでもなく、・・・当然それらも一つのパーツとして必要なものではあるが・・・ 一瞬の判断と洞察力である。彼はそれで今までの戦いを生き抜いてきたのだ。

「あいつら二人の件について公爵から俺たち自身であいつらを中心に魔導部隊を構成したらどうか?と提案を受けた。 当然当初は歩兵部隊に組み込むことになるだろうから歩兵部隊の長の賛同が必要になるんだが・・・どうだ?」

往人の言葉に二人揃って頷く。前回の戦いにおいてスノウと戦っているだけにその戦における有効性を二人とも理解していた。

祐一も二人の賛同を得られてほっとする。しかし、彼が集まってもらった理由はそこではなかった。

「ま、部隊構成の細部については俺が口を出す問題じゃないだろうし・・・とりあえず、今日集まってもらった理由は 帝国の次の侵攻への対応についてなんですが・・・」

ぴしっと場を緊張が走る。前回の戦いの後祐一に次は今回とは比べ物にならない規模の侵攻が来る。と聞かされて、それの為に戦の後 必死に部隊の再構成、調練を行ってきたのである。

「おそらく100000を下ることはないだろう。と報告は受けています。帝国は7万人の増兵を行ったようですし」

帝国の兵制は基本的には徴兵制。家長、後継ぎではない者が基本である。また、家長、後継ぎであっても希望する者は参加を認められる。

徴兵された兵士は5年間の訓練を受け、その後予備兵に回される。つまり、20歳になると徴兵義務のあるものは兵役に着き、5年が経つと 予備兵扱いとして普通の暮らしに戻ることは許されるが、有事の際には徴集されることとなる。と言う制度である。

「7万人の増兵。水瀬侯爵の軍もこの前の戦で大打撃を与えたと言ってもまだ彼の領地には予備兵が5000ほど待機していますし、 他の二侯爵家も当然参加してくるでしょう。この三侯爵家約15000ほどが敵の主力と見られます。」

とここまで一気に話すと一息吐く。周りの者もある程度予想されていた敵の数と言うことでそこまで驚いてはいなかった。

「それに他の貴族家も当然軍を出してくるでしょう。その諸侯の連合軍が全部で30000ほど。それを合計して総勢約130000」

130000。数の上では確かに大軍である。実際、祐一達はいくら集めても50000に満たないであろう。

そうであっても負けない。数だけが全てではないことは前回の戦いで証明したとおり。

鍛錬された兵士、優れた指揮官、そして兵一人一人の意識がしっかりしていれば2倍3倍の敵があいてでもそうそう負けるものではない。

「それで・・・今回の戦の基本的な策ですが・・・とりあえず貴方達は予定通り・・・・・」

祐一は自分が考えた策を話し始める。

その時間およそ小1時間。

会議室の中が驚愕で満たされ・・・

そして晴子、聖、往人は怒りの表情で部屋を出て行く。

誰もいなくなった部屋で大輔が呆れ顔で祐一に語りかける。

「あらかじめ聞いていたとは言っても・・・。そりゃあいつらもこれは本当に怒るだろう・・・祐一」

肩をすくめつつ大輔がぽんぽんと祐一の肩を叩く。

往人は本気で怒っていたな・・・と感じた。

「ま、怒るのも演技半分、実際の怒りだろうけどね。・・・でも、あれくらい怒ってくれないと乗ってくれないだろう?相手秋子さんだし」

あっけらかんとする祐一に大輔はやれやれと頭を振る。

「お前の考えについて聞いていると・・・世界の全てがお前の思い通りに動いている気がしてきたよ。全く・・・」

大輔はなんとなく倉田現王の考えも分かる気がした。

祐一も、そして先代の慎一も・・・。相沢の当主としての彼らは賢すぎた。

それが故に普通の人間は嫉妬する。

いくら努力しても努力しても差は開き、民は自分より相手を慕う。

善政をほどこしていると自分が思っているときにも聞こえてくるのは隣国の統治者の噂。

そして実際に会話を交わすことでさらに格の違いを思い知らされる。

大輔のように最初から敵わないとあきらめた者と違い、追いつき追い抜こうとしたものが味わう絶望。

そして、それの行き着く先はどうしようもない憎しみ。

ある意味最初から二人の賢主の下で片腕と呼ばれる存在になれればいいと思えた自分は幸福であったのだろう。

そんなことを考え、大輔は倉田一と言う人物に対して軽く同情を感じた。

それと共にそれ以上の同情を大きすぎる力を持たされてしまったこの青年に。

大きすぎる力を持たなければこの青年はもっと長く生きられたはずなのだから。

「全て思い通りに出来るのならね、あんな無茶なことをしないでみさおや栞、観鈴を助けていたよ。」

祐一はそう苦笑交じりに呟き部屋を出て歩き出す。

大輔も祐一の言葉に「そりゃそうだ」と思い後ろにつく。

祐一の一歩後ろ。それが彼の選んだ居場所である。

「とりあえず慎一さんの所に挨拶か?」

大輔の問いに祐一は黙って頷く。

祐一の見立てでは慎一の気は日に日に弱くなっているように見えていた。

多分長く持っても一週間は持たないだろう・・・と。

だから色々話しておかなければいけなかった。自分が何をしようとしているのかを。







「ワシにはお前が神と言うより悪魔に見えるんじゃがなぁ・・・」

そして祐一から話を聞くと彼は布団の上にいながら笑い声をあげる。基本的に絨毯とテーブル、ベッドの部屋が多い城において慎一の部屋だけ畳に布団である。

小一時間に渡る策の説明を目を丸くしながら聞いた後の第一声がこれである。

「こんなことやるんだったら普通に150000の大軍を蹴散らした方が10倍楽だろうに」

慎一は苦笑する。大輔も横で全くだ。と言うかのように頷いた。大輔も全く同じ感想を最初に祐一に聞かされた時に抱いたものである。

「で、どっちが残る?どっちにしてもその後の展開は人間達に任せるんじゃろう?」

慎一の問いに祐一は黙って大輔の方を指差す。

「俺は祐一が残るようにと言ってるんですがね・・・。俺が残ったってしょうがないですし」

やれやれと大輔は肩をすくめた。あくまで命令される立場としては祐一に言われては受け入れるしかなかった。

「ま、いつでも代わるとは言っているんで、もしかしたら俺が行くかもしれませんから・・・その時はまたよろしく頼んます」

「ふむ。どっちが来てもしばらく楽しめそうじゃな・・・。しかし、往人達にも酷い役割を与えとるのう。佳乃ちゃんや観鈴ちゃん、 それに帝国のお前の知り合い達には酷く嫌われそうだ」

「その程度は我慢してもらわないと。ま、一応一段落ついたらばらしても構わないと言ってますから大丈夫でしょう。一弥や佐祐理さん なら信頼出来ますから。それに・・・」

祐一は一息吐く。

「それに?」

「秋子さんなら途中で気づくんじゃないですかね・・・。あの人はある意味別格でしょう?」

あとは浩平くらいかな?と祐一は頭の中で付け足す。

茜さんや瑞佳さんでは無理だろうな。とも。彼女達はマトモな人間である。それが故に気づけないだろうと感じた。

「秋子か。あれも10年前ほどは唯の小娘でしかなかったんだがなぁ・・・。今では帝国随一の名将軍か。確かに秋子なら気づくかも知れんなぁ・・・」

戦場で何度か共に戦った人間であり自分の義娘の妹でもあるだけに深く知り合う仲である。

それだけに慎一はその能力を深く知っていた。

「でも秋子さんは途中で気づいたとしてもわざと乗ってくれると思います。多分一弥や佐祐理さん達も。別にあっちにとっても 悪い話じゃないでしょうし」

その言葉に二人が笑って頷きあう。

「なるほど。確かに大輔。お前が来ることになりそうじゃな」

慎一が笑い大輔も笑う。

「祐一。多分最後にお前の予定は狂うと思うぞ・・・?狂わせるのは佐祐理ちゃん辺りかな?」

むぅ。っと祐一が不機嫌そうな顔をする。何かやる前から策の欠陥を見通されている気がするのが気に入らない。

そんな祐一の顔を見て二人はやっぱりまだまだ子供だな。と思った。

「そうそう祐一。ワシの刀は往人にくれてやれ。どうせ大輔はお前の鍛えたのを使うだろうし、お前にはグングニルがあるからの」

会話を終えて出て行こうとする祐一を後ろから呼び止め、話す。

「雪花・・・か。まあ不足はないだろうけど・・・。分かった、そうしておくよ」

まだ不機嫌そうなまま祐一は一言答えると部屋を出て行く。それを見て二人は相好を崩した。




そして剣聖、戦神とも言われ、その能力故に帝国との確執を作り上げたと言われた相沢慎一が亡くなったのはその4日後であった。