「私達に特訓を付けてください!!」

慎一は面食らっていた。

祐一達が出陣して2日。

いつものように、朝食を食べてのんびりと祐一の代わりに国事についての報告を聞き、そして、一息ついてお茶を飲んでいたときのことである。

いきなり佳乃と観鈴が上がりこんできてこう言って頭を下げたのだ。

慎一は思わず椅子から滑り落ちた。

「一体全体何がどうしてこんなことになったのか説明してもらえんかの・・・」

数秒後、ようやく落ち着くと慎一は二人に向かって尋ねた。

特訓とは何の事で、どういう脈絡なのかが意味が分からないのだ。

「だって・・・慎一おじいちゃんは祐一君のおししょーさんなんでしょ?」

佳乃は、初めて慎一に会った時から慎一のことをおじいちゃんと呼んでいる。

彼女は祖父を持った経験がないので、本当の祖父のようになついていたのだ。

しかしこう言われても未だに脈絡が分からない。慎一は自分の中で情報を整理しだした。

確かに、自分は祐一に色々教えたことがある。事実だ。

しかし、師匠と言ったら自分よりむしろ大輔の方が近いといえるのも事実ではあろう。何しろ、自分は祐一が小さい頃から王都に行っていたのだ。

ただ、自分を祐一の師匠と言うこと自体はそこまで的外れではないとは思う。

ただ、それでもそれが一体自分がこの少女達に何を教えて、何がその教える理由なのかは未だ分からなかった。

「一体、何を、何で、ワシが教えるんじゃ?」

率直に聞いた。

このままではらちがあかないのである。

「魔術の使い方を、私達に教えて欲しいんだよぉ」

魔術の使い方・・・その言葉にようやく何となく意味を知る。

慎一は数日前のこの二人の行動を思い出す。

二人は、出陣する祐一達に連れて行って欲しいと懇願して却下されていたのである。

だから、力が欲しいと思ったのだろう。

ちなみに、祐一や往人、聖や晴子がこの少女達を連れて行かなかったのは足手まといだからではない。

この少女達を戦場などと言う所に連れて行きたくはなかったのだ。

その気持ちは慎一にも痛いほど良く分かっている。

彼だって望んで祐一を戦場に送り出しているわけではないのだから・・・

だから慎一は2人に向かって「却下」と言った。

「が・・・がお・・・」「えーー」

途端に二人の顔に失望が満ちる。

てっきり教えてもらえると思っていたのである。

二人は慎一に何で教えてくれないのか?と聞いた。

慎一は一言、「祐一達がそれを望んでないから」と言った。

「(往人さんが)(祐一君が)望んでいないことくらい知ってるよ」

そう言って、尚二人は教えて欲しいと言った。

二人共、全部理解している上で言っている・・・と慎一は理解する。

「何故・・・何故力を欲する? お前達を守ってくれる人間はこの世界屈指の使い手だろうに・・・」

往人は祐一曰く、帝国一と言われる北川公子にも負けないくらいの使い手だと聞いていたし、祐一は自分の全盛期でも適わなかったと思っている。

「二人共、魔術は全然使えないからそっちを助けられたらいいなと思ったんだよ」

佳乃は勘違いしている・・・と慎一は思った。

祐一は1000年以上の相沢でも最高の魔術の使い手なのである。最も、それを知っているのは慎一と、大輔、それに白騎士団最古参の 数人だけであるので、それを知らないことは当然である。

慎一は苦笑した。結局はお互いに気を使い、結局微妙にすれ違っているのである。

「分かった。簡単な基礎だけは教えてやる。それだけだぞ?」

苦笑しながら話す。魔法力や魔力しだいでは初級呪文程度教えても問題ないか・・・と思うと同時に、 最後の弟子が自分の孫のガールフレンドとはなぁ・・・と苦笑する。

その言葉に二人は顔を見合わせて喜んだ。





「それで・・・二人は今まで魔術を使ったことはあるのか?」

二人は慎一の質問に首を縦に振った。

昔、聖に二人共多少習ったことがあるのである。佳乃の姉の聖は、簡単な治癒術法程度なら使うことが出来た。

佳乃は、観鈴の病気を治そうと、習ったのである。結局、治すことが出来ずに、その後は治すことのできる人を探し続けたのであった。

観鈴は、蜂起の後の移動中に聖にやり方を聞いて試してみた。ちなみにその時は失敗しただけだった。

魔術と言うものを使用するには、使うことの出来る者に教わらないとかなり厳しいのである。

そして、祐一も聖も、それに大輔も教えるのを嫌がった。彼女達に戦いに参加させるのをよしとしなかったのである。

だから、彼女達は魔力と魔法力の存在は証明されていても、魔術と言うものを用いることがほとんど出来なかった。

慎一は彼女達に、自分に続いて詠唱をするように告げる。

とりあえず、最初は何度も初級術法を成功するまで繰り返させるしかないのだ。

慎一は一呼吸を入れると、短い詠唱を行っていく。

本来初級術法程度なら彼は詠唱を必要としないが、彼女達に教えるためにやっているのである。

彼女達もゆっくりと、たどたどしくも慎一に続いていった。

ちなみに、慎一も二人もこの時点で客人が見物しているのを知らない。

ひたすら集中しきっているのである。

魔力が集中する。慎一は舌を巻いた。

(魔力は・・・十分・・・か)

二人の魔力をびりびりと感じた。

これだけの物を感じたのは、秋子以来だと思った。もっとも祐一は例外ではあるが。

成功すると思った。制御も思ったよりしっかりしている。先ほど言った観鈴が失敗したと言うのを彼は不思議に思う。

しかし、祐一に聞いていた話を思い出して納得する。つまりは、リインカーネーションの魔力の残骸がまだ残っていて邪魔をしたのだろうと。 高レベルの治癒術法を受けたあとそういうことが起こるのは珍しいことではなかった。

そして、慎一が発射すると数秒遅れて二人が同時に放つ。フレイムバレットの術法である。

観鈴の物と比べて佳乃の火球が余りにも小さい。慎一は不思議に思った。

むしろ、単純に魔力の大きさから言えば、佳乃の方が大きい。観鈴より大きい物が出来るはずなのである。

慎一は佳乃にもう一度唱えて欲しいと言った。

佳乃は頷いて、もう一度フレイムバレットの詠唱を始める。

詠唱の途中に問題はない。じりじりと魔力の高まりを感じる。

これは傑物だ・・・と慎一は思う。最後の最後にこれだけの逸材に出会うとは思わなかった。

観鈴も一流の魔術師になれるような逸材だが、佳乃はそれのさらに上を行っている。

そして、いざ放つ瞬間、慎一はそれを見た。

彼女のトレードマークとも言える右手のバンダナが魔力を吸い取っていた。

だから、最初に撃ったものは小さかったのか。と慎一は理解した。

「そのバンダナは一体・・・?」

本人が気付いていないのなら付けた人間に何か目的があったのかと思って聞く。

佳乃は恥ずかしそうにもじもじしていたが、慎一の真剣な顔に口を開いた。

「大人になるまでこれをつけていれば魔法が使えるようになるんだよぉ」と。

慎一はその言葉に頷く。つけた人間が誰だかすぐに分かった。その理由までも。

慎一は二人に、いくつか初級術法の詠唱の仕方を教えるとその場を去った。

それだけ教えれば、しばらくは教えることはないのである。

それに、つけた人間にその理由についてと、今どう思っているかを聞かなければいけなかった。

それを聞かないと、これ以上教えるわけにはいかないのである。










十三話










「(お母さん)(秋子さん)!!」

敗軍を纏め、被害を確認する。北川子爵軍の被害についても確認し、戦場においての自分の役目を全て終えると名雪とあゆは母親の下に駆けて行く。 直ぐに感傷に任せて走りよったりはしない。名雪もあゆも、その点において立派な指揮官だと言える。

そして、秋子も二人の仕事が終るまで駆け寄ったりはしない。

ただ、仕事が終って駆け寄ってくる娘達を見ると秋子も自ら近づいていって、二人を抱きしめた。

「二人共、よく頑張りましたね」

秋子は黙って二人の頭を撫でた。

二人がしっかりと自分の仕事をこなしたと言うことは、北川子爵の言葉を聞けばすぐにわかることだった。

「でも・・・スノウを何人も失っちゃって・・・それに、信じてくれた軍も何人も・・・」

名雪は項垂れた。

今回の戦いで、スノウの人間が7人も命を落としていた。

魔道兵7人と言う損害は決して小さい物ではないのである。

水瀬侯爵軍全体では、4000人の軍隊のうち戻ってこれたのは3400人のみである。

一度の戦いだけで600人も失うと言うのは水瀬侯爵軍と言うものの歴史においてまず類を見ない大敗と言えた。

「あなたのせいじゃないのよ、名雪。相手が上手すぎただけ。今回の貴方の働きを責める者は実際誰もいないでしょう?」

その言葉に、名雪と一緒に行った水瀬侯爵軍の将校が名雪の下に集まってくる。

「名雪様、私達は今回の敗戦について全員で語り合いました。決して名雪様の指揮に問題があったからだとは思いません。 実際、私達は敵に崩されかけていた北川子爵軍を救うことに成功いたしました。被害が大きかったのは敵が上手すぎただけ・・・そう言うことだと思います。 これは生き残った将校、全員の意見です。名雪様が撤退の時期を誤らなかったからこそ、逆に1500近くが生還出来たのだと言うことも あの場にいた私達には良く分かります」

その言葉に名雪は項垂れた。穴があったら入りたいと・・・自分を信じてくれた者500人の命とは何て重いのだろうと思った。

目に涙を光らせる名雪と、それを横から抱きしめるように支えて慰めるあゆを秋子は温かい目で見守った。

自分の娘達はまた一つ大きくなったと思った。

そして、名雪達の軍がここまでの大被害を受けた理由を、将校の一人に戦況を細かく語らせながら聞いた。

魔術の規模を弓攻撃により小さくされ、撃つ瞬間に散らばられて効果が薄く、さらに、撃ち終った瞬間を狙ってスノウと他部隊を切り離されて 乱戦に持ち込まれたというのである。

見事な采配としかいいようがない。秋子は名雪は責められないと思った。

相手が上手すぎたのだ・・・と。

(こんな将が味方にいたら楽なんですけどね・・・)

秋子は、戦場で北川子爵が感じたことと全く同じことを感じた。





そして、数時間もすると、敗退して逃げていった石橋将軍の軍と合流する。

兵士をほとんど見捨てて逃げたことに本人自身も悔やんでいるようだった。

彼は元々悪人なわけでも、無能な将と言うわけでもない。

ただ、あの王の下で長く働いていると本当に異端者と言うものが人間ではなく、人間の形をした別の生物に思えてしまうのである。

だから彼は敵を甘く見すぎたのであった。

「ここに残っている軍は全部でどれくらいだ?」

彼は被害状況を尋ねた。

ここには秋子と北川子爵しかいない。もう一人いるべきである斎藤伯は敵に討ち取られたと報告を受けていた。

「まだ逃れてきている者もおりますので正確な数は・・・」

北川子爵が沈痛な顔で答える。

彼も古くから付き従っていた子飼いの将校を何十人も失っている。

「この陣に戻ってきた者だけでいい!!何人戻った?」

「およそ14000ほど・・・」

秋子が横からはっきりと述べる。石橋将軍は耳を疑った。

「10000が戻らぬ・・・と言うことか」

国軍の戦で1万と言う数を一度に失ったことなど、1000年以上の歴史において数えるほどしかなかった。

しかも、相手は異端者。洒落で済む問題ではなかった。

「それで、敵の首はどれだけ持ち帰った?」

横で放心している北川子爵に尋ねる。

「おそらく1200ほどは・・・」

彼も数を正確に理解出来ていない。混乱しきっているのだ。実際に、彼らが持ち帰った首の数など、400に満たない。

「そんな馬鹿な!!我らが10000で相手が1200だと??!!こんな事態があっていいものか!!現状でも怪我人は数知れず、 死者はさらに増えるだろう。同じ数を討ち取れば勝てると言う戦だった。それが1200と10000!!1200と10000なら、12000を 倒すのに100000の死者が出る。相手は15000。それなら125000の死者が出てしまう計算になってしまうではないか!!」

秋子も北川子爵も思わず目を伏せた。

完全な敗戦としか言いようがない。しかも、相手は白騎士団を丸々温存すらしているのである。

結局、異端者の軍だけに敗北したと言ってもいいくらいだ。

しばらくすると、各部隊毎の被害が明らかになっていった。

被害・・・つまりは帰ってこない10000のうち、北川子爵軍が最後まで殿を務めて勇戦したため5000の兵のうち2500を失っていた。

最初に崩された斎藤軍等は悲惨な物で、6000のうち4500をも失っている。ひたすら殲滅されたのである。

そして、素早く撤退した石橋将軍の本体が2500ほど。水瀬侯爵軍が500ほどの兵を失う結果となった。

ある程度の負けなら、ごまかしも効く物だが、流石にここまでの大敗だと隠しようもなかった。

確かに、国軍は負けたのであった。





戦が終って、軍議が持たれた。勝ったとは言え、色々と詰めなければいけないこともある。

大輔も白騎士団の陣から参加しに来ている。

「どうだ?」

往人が祐一に聞く。既に覆面は外されているものの、戦闘のときの覆面指揮官の正体は内緒である。祐一は白騎士団に同行していたと言う形を 取っていた。

「だいたい・・・敵は4000〜5000ほどは討ち取ったはずだ」

その言葉に各将校がおお、と顔を見合わせる。

「味方は現状において670人ほど失った」

その言葉に往人は神妙に頷いた。

その倍程度の損害は覚悟していたとは言え、やはり辛い物があった。

「敵はすっかり逃げ去っている。一応、数十キロ離れた所に陣を敷いているもののもう今回の侵攻は終わりだろう」

「今回の負けなら当然だな。俺達も水瀬侯爵軍は黙って帰しておいた。あの軍を減らしすぎると後々逆に面倒なことになるんだろう?祐一」

大輔は、戦闘前に祐一に水瀬侯爵軍なら無理に突っ込むこともないだろう。なるべく殺さないように戦ってくれと指示を受けていた。

その言葉に場がどっと沸く。帝国最強と言われる軍がお情けで生き延びているのである。これ以上愉快なことはなかった。

「それより・・・この死骸をどうにか始末しないことにはな」

往人は大輔に頷きつつ往人に向けていった。死体が数千も転がっているまま放置するわけにはいかなかった。

「丁重に弔って欲しい。敵軍から遺体引取りの申し出があったときは受けてやってくれ」

祐一が言った。彼にとっては、戦闘が終った以上は死体は皆哀れな犠牲者でしかなかった。

そして彼は立ち上がり「帰る」と言った。

全員が呆然を祐一を見る。一度引いたとは言えまだ戦争は終ってないのである。

その時に左軍将軍が丸々いないのは異常な事態とも言ってもいい。

しかし彼は言った。「もう敵に戦うだけの力が残されているはずもないし、攻めてくるほど水瀬侯爵は馬鹿ではない」と。

既に五体満足な軍はまずいない。せいぜい水瀬公爵軍程度のものだが、あの賢い侯爵が再戦を挑むとは思えなかった。

前回の戦闘は僅かながらではあったが、帝国軍の勝ち目は存在していた。

禁軍の精鋭中の精鋭、北川子爵軍が祐一が往人の突っ込む隙を作る前に聖の右翼を破っていれば祐一達が負ける可能性もあったのである。

しかし、今回はそれすらない。兵の数はこちらが怪我人を除いても13000は残っていて、相手は怪我人を除けばそれと同数まともに戦える人間が いるかどうか。しかも、こちらには白騎士団が無傷で残っているのである。

それを考えれば、国に一人残してある慎一の方が心配だったし、公爵としての仕事がたっぷりたまっているだろうことも明白だった。

それを説明すると彼らは渋々ながら頷いた。

きっと祐一が攻めてこないというのなら攻めてこないのだろうと思った。それだけ今回の戦闘においての祐一の戦術眼と戦略眼は飛びぬけていたのである。 何しろ、祐一は水瀬侯爵軍が後方に配置されることまで読んで白騎士団を伏せさせたのだから・・・

祐一は大輔の方を向いて頷くと幕舎から出て行った。

しばらくすると馬の鳴き声と走り出す音が聞こえ、すぐに音が消えた。

彼らはその後、全員で明日以降の行動について話し合った。

祐一が攻めてこないというのだから大丈夫だとは思ったが、もしもの時は大輔が左軍将軍を受け持つことと、 白騎士団も左軍の一軍として戦うことが確認された。

一応これで三軍ともに3〜4000の兵が揃い、往人の騎馬軍が遊軍として押されているところを援護すると言う体勢が取れることになる。

しかし、そういいながらもどこか現実味のない話だと思った。

彼らは祐一の言うことと、水瀬侯爵の戦略眼を信じてはいるのである。

そして、その事は翌日には証明される。

気がつくと、敵陣はなく、全員が撤退を終えていた。

敵ながら見事な撤退劇だ・・・と全員が思った。もとより追撃する気などなかったのだが・・・

それを見ると往人達も撤退を始めた。

こうして、異端者と国軍の大会戦は幕を閉じた。

この会戦においての正式な死者の数は往人の軍では聖の部隊が一番多く303人、晴子の部隊が201人、祐一の部隊が146人、往人の 部隊が17人。

そして、国軍では正式な部隊ごとの数は発表されなかった。

会戦後その傷がもとで亡くなった者を数えてもきりがなかったのである。

その死者の数は軍全体では10000人をも超えていたとまことしやかに囁かれた。最も、実際の数をかぞえようとするものはいなかったが。

絵に描いた様な大敗だった。