丁度、怒号を発して全軍が突撃を敢行し始めた時に舞い込んで来た水瀬侯爵からの伝令を斎藤伯は会わずに帰らせた。
彼は怒り狂っていたのである。
何しろ、彼はこの戦いで一番手柄を上げることで、国に置ける地位を磐石にしようと考えていたのだ。
彼の妄想の中には、倉田家皇女の佐祐理と結婚して公爵家にとなどという野望すらあった。
それが、3分の1の敵にいいようにあしらわれ、押されているのである。
しかも相手は得体の知れない覆面男。
その男は何度も自分の前を馬鹿にするように馬で通り過ぎていた。
それは祐一の挑発の一つであるが、彼はまんまとそれに乗せられているのである。
「いいか!! 何が何でも突っ込め!! 相手は所詮我が軍の3分の1、負けるわけがないのだ!!」
そう彼は叫んだ。既に彼には冷静な判断力等残っていなかったのである。
「よし!! 2段目。あと3枚だ!!」
騎馬隊が突進し、柵の手前で一気に左右に分かれ、敵がその動きに引き付けられた隙を狙って北川子爵の旗下の部隊が柵に網をかけて引き倒す。
柵が倒れると同時に潤は嬉しそうに叫んだ。
相手の2段目の防御陣が見る間に崩れていく。
「行くぞ」
北川子爵は旗下の部隊の、騎馬軍100騎に声をかけた。
他の者は皆既に次の柵攻めに取り掛かっている。
この100騎を併せて、これが北川子爵軍の全軍である。
敵の3段目。潤が先頭に立って馬に乗ったまま突っ込んだ。
突き出される槍を剣で横になぎ払う。
勢いに乗って他の兵士達が突撃していく。
(これであともう少しすれば3段目も崩せるか??!!)
そう北川子爵が思ったときである。
その時いきなり右翼で別の騒動が起きた。
ちょうど斎藤軍の本陣がいるところの辺りである。
その動揺は波紋のように自分の所まで伝わってきた。
唇を噛んだ。もう少し、もう少し時間があれば破れたかもしれない・・・そう思っていたのである。
それなのに今伝わってくるのは味方の壊走の気配だけだった。
「北川子爵は何をしている!!」
中軍で石橋将軍が怒鳴った。
敵中で北川子爵軍が兵を纏めているのが分かった。
北川子爵軍は敵の中を果敢に突き進み、敵の防御陣の半分近くまで破っていたのだ。
それがいきなり兵を纏め出したのである。彼の疑問も最もと言えば最もだった。
「北川軍に伝令!! 速やかに敵を突破せよ!!」
横で副官が叫ぶ。
「もう一押しだ!! 揉んで揉んで揉みあげてしまえ!! 敵はもう崩れかかっている」
右翼から先ほどより煩く弓による射撃を受けていたが、5000と6000の戦いでは押されるのも無理はないか?と彼は思っている。
彼も、北川子爵や水瀬侯爵同様、王に取り入って地位を得ただけの斎藤伯爵など信用はしていなかった。
しかし、彼も間違っている。
今まで、右翼は2000の敵に押され捲くっていて、そこを逆襲しようとした瞬間側面より騎馬軍に襲われたのである。
しかし、そんなことを彼は知らない。彼はただ、戦のあと彼の不始末に何と言ってやろうかと言う考えしかなかった。
北川子爵軍が一塊になって自軍に向かっているのが見えた。
「北川子爵は何をしている。ほとんど敵を突破しかかっていたというのに!! こちらに兵を向けるなんて裏切りか??!!」
そう考えて彼は全身があわ立つのを感じた。
自分の軍は今正面と右翼の一部を受け持っているのである。
ここに北川子爵軍の攻撃など受けたら負けるどころの騒ぎではない。
気付くと、右翼の斎藤軍が完全に崩れている。
そして、敵軍が勢いよく右から襲い掛かってくる。とっさに、本陣の旗本隊2000をそちらに向けた。
右翼が何者かの攻撃を受けて壊滅した。ようやくそれが分かった。
多分、真横からの強烈な奇襲だったのだろう。前方の敵になんとか一矢報いようと全ての力を向けた斎藤軍に横からの攻撃に対する備えは なかった。
「北川子爵より伝令。我、敵の追撃を一命に替えて遮断する所存。石橋将軍は速やかに撤退されるよう」
一騎の騎馬が『北』の旗を振りながら叫んだ。
「馬鹿を言うな!! 戦はまだ終わっとらん!!」
叫んだが、彼が見たのは右に向けた2000の兵が一瞬にして突き破られ、蹴散らされる信じられない光景だった。
『国』の旗が見える。何故と彼は思った。
今まで数時間この部隊は戦っていたはずなのに、息切れもせず、血糊もついていない。
そこに来て、ようやく彼は右翼は5000人よりもっと少ない数に押されていたのではないのか?と理解した。
その知らせが来なかった理由は斎藤伯にある。かれは、自軍が3分の1に押されていると言う事実を隠そうとして報告を怠っていたのである。
それにしてもたったあれだけに・・・と思ったとき、後ろからも歩兵部隊が続いているのが見えた。
今まで斎藤軍をいいように翻弄していた祐一の軍も後から続いているのである。
「将軍!! お引きください!!」
副官が叫んだ。『国』の旗がすぐ傍まで迫っていた。
横から槍で突き刺されたような衝撃を彼の軍は感じた。
「退けるか!! 異端者等を相手に国軍が引くなどということがあってたまるか!!」
「将軍。既に右翼は総崩れです。そして、右からの攻撃に正面の敵も反撃を開始しております!!」
往人の騎馬軍が突撃を敢行したと見るや晴子も攻撃を開始したのである。
陣形が柵を使っての防御の陣形から、見る見る内に突撃隊形に変わっていった。
「今まで攻められた分、たっぷりお返ししたれや〜!!」
歩兵が魚鱗陣形で突っ込み、一気に石橋隊中軍が二つに分断された。
本陣に向けてどんどん敵の『国』の旗と『神』の旗が近づいてくる。
石橋は気付くと300騎ほどに囲まれて駈けていた。
これは悪い夢だ。夢なのだ。そう彼は必死に自分に言い聞かせた。
斎藤伯を追い詰めていた。
石橋将軍は取り逃がしたものの、こっちは潰せた。と往人は思った。
待ちに待っていた。最初から自軍の右翼はまずいと思っていた。何しろ、あの祐一が「ある程度の精鋭であり、将軍は禁軍随一の将軍。 その公子は帝国一の剣の使い手」というほどの相手だったのだ。
実際、聖の軍は3段目まで崩されかかっていた。あの軍には、自軍の歩兵部隊の中でも最精鋭の4000人を当てたのにである。
しかし、彼は待った。祐一は勝機を作ってやると言った。国軍相手に白騎士団抜きで勝たせてやると言ったのだ。
往人はそれをずっと待ち続けた。
正面の祐一の軍はたった2000人でありながら恐ろしい動きを見せた。
それは、自分がこの騎馬軍3000人で突撃しても勝てるか?と言うような戦いぶりだった。
その祐一が相手を押し込むところまで押し込むと一度さも休みを取るといわんばかりにじりじりと整然と下がった。往人は その時点で動き出していたのだ。
そして、祐一の軍を押し込もうと突っ込んでいくそのちょうど横っ腹に思いっきり突っ込んだ。
いくら6000の大軍とは言え、3000の騎馬軍が一気に突っ込むのである。たちまち斎藤軍は乱れに乱れ、そこにタイミングを合わせて祐一が 一斉攻撃をかけた。斎藤軍は前衛から崩れていった。
蹴散らし、一気に中央の敵の総大将の首を取ろうと思ったが2000ほどの敵に阻まれている間に逃げられた。
そして、反転すると、まだ一つに固まっている斎藤軍の1500ほどに向かっていった。
その1500人は良く踏ん張っていた。
往人が騎馬隊全軍で突撃しても、方円陣形を崩さず、しっかりと形を保った。
そこに祐一の歩兵隊が現れたのである。
一点を集中して崩すように祐一は動いた。
一点に矢を集中して浴びせ、そこに旗下の歩兵全軍をぶつけた。
相手はそこを破られないように必死に防御を固めようとする。
すると方円陣形が崩れていく、往人は見逃さず騎馬で突撃した。
堅かった方円がみるみるうちに崩れる。往人はその中で、未だ100人以上で固まって抵抗している所を一つ一つ突撃して潰していった。
「覆面!!斎藤の首を取れるぞ!!」
往人は叫ぶ。流石にこのごに及んで祐一の正体をばらしたら全てがおしまいなのである。
祐一は「お前が取れ」と言った。祐一にとっても、佳乃の件で斎藤伯は殺してやりたいとも思っていたが、ここで祐一が彼の首を取ることに は全く意味がなかった。
その時、中央の『神』の旗がどよめいた。
敵中軍を追撃している時に左から急襲を受けたのである。
北川子爵軍であった。
往人は北川子爵軍と言う物を実際に見てなかったが、面白い軍だと思った。
中軍が右翼の動揺に気付く前に既にこちらに向けて戦闘態勢を取っていたのである。
ただ、後方から『霧』の旗が追撃している為、そこまで力を発揮できてはいないようだった。
往人はまず斎藤の首を取ってやろうと馬を向けた。
すでに斎藤伯の周りについている軍は500もいない。往人は3000の騎馬軍全てをその方向に向けた。
「よし!!俺達を苦しめてくれた斎藤のくそったれに今までの礼をしてやるぞ!!」
剣を高々と掲げる。全員斎藤伯には大なり大なり苦しめられていた。それだけに怒りも大きいのである。
「突撃!!」
一気に3000の騎馬軍が500程度の歩兵部隊に突っ込んでいく。あと数秒で突撃と言う瞬間に斎藤軍を矢の雨が襲った。
祐一が往人の突撃に併せて命じたのである。これで騎馬の突撃に対する為にと槍衾を作っていた連中が混乱した。
そこを一気に騎馬が突き進む。たちまちに斎藤軍は追い散らされた。
一本の槍が天高く上がった。斎藤伯の首が突き刺さっている。
それで頑張って抵抗しようとしていた敵軍の塊が一気に力を失った。
その時、往人は『神』の旗がさらにざわついているのを感じた。
北川子爵軍が『霧』の旗に押されつつも、その押す力を上手く利用して『神』の旗を押していた。
「強いだろ?あれが禁軍最強の軍だ」
祐一が近くに迫って来て往人に耳打ちした。
「聖の部隊の攻撃を上手く利用して晴子の部隊を押す・・・こんな戦い方があるのか・・・」
往人は感心した。
「だが感心している場合じゃあないぞ。俺は歩兵隊を連れて晴子さんの援護に向かう。往人、お前は側面から騎馬隊で突撃をかけろ」
祐一はそう言うと、旗下の兵士を纏めた。そして、神尾隊に向かって突き進む。
「殿として支えろ。水瀬侯爵閣下にも伝令を送れ!!」
北川子爵軍は後ろから霧島、正面から神尾勢の攻撃を受けながらも踏みとどまっていた。
彼の軍のおかげで、往人と祐一は斎藤伯は討ったものの石橋将軍を逃がしてしまっていた。
5000・・・いや、既に4000いるかどうかながら2方向の軍勢を相手に互角以上に渡り合っていた。
じりじりと退きながら的確に攻撃を返していく。
部隊を二つに分けて、半分を公子である潤が受け持って後方の霧島に当たり、そしてもう半分を北川子爵が受け持って神尾に対抗している。
「畜生!! これじゃあ切りがない」
前方の敵を一刀の下に切り倒すと北川子爵は悪態をついた。既に、元から持っていた剣は持っていない。切り続けた結果もう使い物にならなかった。
今では敵の死体から拾った剣を右手に、そして、傷を受けた左手は既に手が上がらない為、小脇に槍を挟んで戦っている。
神尾勢はどんどん群がって来ているが、決定的な攻撃ではない。潤も北川子爵もじりじりと退却撃を続けている。
殿として攻撃を断てばそれだけ多くの味方が助かるのである。一秒でも長く踏みとどまる必要があった。
その時、神尾勢が二つに割れて、その中から『国』の旗を持った歩兵部隊が現れる。祐一の部隊である。
中に噂の覆面マスクを見つけて北川子爵は笑顔になる。
「く・・・くく・・・あれが噂の覆面か・・・まさか本当にあんな格好で戦場に出てくるとはな」
思わず戦場だと言うのに笑いがこぼれた。
そして、旗下の軍勢を纏めて攻撃に備える。この『国』の旗の攻撃を耐え切ればもう敵に余力はないはずだった。
「来い!!手加減はせんぞ!!」
彼は覆面マスク・・・祐一に向けて剣を向けた。
しかし、祐一はふい、と顔を背けると弓隊に敵軍に一斉斉射を命じる。
数百本の矢が降り注ぐ。そして、矢を受けて崩れかかった部隊に『国』の旗と『神』の旗が一斉に突入していった。
残り2000もいない北川子爵の手勢に5000人ほどの軍勢が一斉に襲い掛かるのである。
北川子爵も懸命に立て直そうとはかるのだが、軍勢を集めようとするとその瞬間『国』の旗がそれを邪魔するように突き崩していった。
彼は指揮をとる覆面を眺めて(見事だ・・・)と思った。
(この人間が斎藤伯の代わりに味方だったらこんな苦労はしなかっただろうに・・・)
彼は死ぬ覚悟を決めた。
しかし、覆面の男は自分の軍勢から目を逸らし、別の方向を見据えて軍勢を立て直していく。
たちまち、その2000ほどの軍勢は鶴翼の陣形を取るように広がっていく。
そして、その形のまま自分達の後方を見据えた。
その瞬間戦場全体が揺れた。
その頃、潤も追ってくる霧島勢を相手に獅子奮迅の戦いを見せている。
「死にたい奴から・・・・・かかってこい!!」
前にいる敵兵を二人切り倒す。
既に、彼の全身は血で真っ赤である。今回の戦闘、彼一人で奪った命の数は両手で足りない。
既に敵兵もこの血で全身を染めた人間相手に手を出しきれていなかった。
(よし・・・これでこのまま撤退すれば大丈夫だ)
潤はそう思った。そして、最後に一押ししてから退こうと軍勢を纏める。既に手勢は1500と少し程度しか残っていなかった。
「よし!!押せーー」
自分が先頭にたって突っ込んでいく。敵が思わず数十メートル下がる。誰も潤に手を出す者はいなかった。
これで大丈夫だ・・・そう思ったとき、潤は横から激しい衝撃を部隊が受けるのを感じた。
横に回った騎馬隊が一気に突撃してきたのである。『国』の旗を押し立てて3000ほどの騎馬が一気に自分の軍に突っ込んできた。
こうなっては虐殺である。元々、騎馬兵と言うものは野戦においては歩兵5人に匹敵すると言うくらいであった。
それが3000人。しかも、それを見て霧島勢も一気に攻勢に出てくる。
(もう・・・駄目か)
潤は諦めた。相手の指揮官をただ見事だと思った。
そして、彼もまた、その瞬間戦場が大きく揺れるのを感じたのであった。
「軍を纏めなさい、出撃します」
左翼が崩れると見るや、秋子は周囲にそう告げた。
例え、白騎士団に追撃を受けてでも味方を救わないといけないと思った。
「半分は私と共に残りなさい。白騎士団を足止めします。半分は名雪、あなたが受け持って味方を救いなさい。いいですね?あゆちゃん、名雪を支えてあげて」
秋子は傍らの名雪とあゆに告げると二人の頭を撫でた。
同数の数で正面の騎士団に立ち向かう。万に一つも勝てる可能性はなかった。
だが、今重要なのは崩れている本体を一人でも多く逃すことである。
だから、彼女は名雪に命令を送った。
「でも・・・それじゃあお母さんが!!」
名雪は秋子に縋りつく。母の考えが分かっているのだ。
「速く行きなさい!!あなたが遅れるとそれだけ味方の命が失われるのですよ??!!」
秋子は名雪を怒鳴りつける。名雪にとって母がここまで自分に対して強く当たったのは初めてのことであった。
名雪にも自分に課せられる命令の重要さは分かっている。今自分が遅れると友人の北川潤の命が危ないのである。
名雪は頷いてあゆの手をとる。二人は何時でも一緒であった。
『(お母さん)(秋子さん)死なないでね』
二人は一度だけ振り向くと秋子に向かって告げた。そして、並んで軍勢の方向に歩いて行く。
しばらくすると名雪の「出撃」と言う声が聞こえた。
名雪の部隊には魔道兵団も全軍つけている。この魔道兵団こそが水瀬侯爵軍の最強たる所以であり、軍の中心である。
この部隊を付けていれば数分、離脱する時間程度は稼げるであろうと秋子は思ってつけたのである。
そして、ふと秋子は重要な事をいい忘れていたことに気付く。
「『国』の旗の歩兵部隊には極力手を出さないように」
そう言うつもりだったのである。
しかし、既に軍勢は出発していた。
(あの覆面は一体・・・)
彼女の中では未だに疑問が渦巻いていた。
「水瀬侯爵軍、半数が離脱、敵残軍の救出にあたる模様!!」
その報告が大輔の下に入る。
「・・・スノウはどうした?」
スノウとはスノウウィッチクラフター、つまり、水瀬魔道兵団の略称である。
大輔はこの魔道兵団がどっちの軍にいるのか?と聞いたのである。
「スノウは水瀬公女と共に救出に向かっております」
その報告を聞いて大輔は顔をゆがめた。
つまり、相手は魔術の力を使わずに自分達魔道騎兵2000と戦おうと言うのである。
それは、蛮勇どころか死亡希望者と言った方がいいくらいであった。
(祐一のプランだと秋子さんを殺すわけにもいかんし・・・)
大輔はため息をついた。流石にここで攻撃をしないようでは最初の勧告の意味がなくなり、次回以降甘く見られるかもしれない。
しかも、「水瀬侯爵軍に恐れを成して白騎士団は一歩も動かなかった」などと言われては今回の勝ち戦の意味が失われてしまう。
「よし!!敵弓隊の射程外から魔術による攻撃を行う。一度だけ撃ったら下がれ。撃つ人間は1000人。残り1000は敵のもしもの突撃に備えろ。 お前達を一兵でも失うと俺は祐一に殴られる。いいか、死ぬことだけは許さん。行くぞ!!」
大輔は大きく剣を振った。整然と、陣形を維持したまま白い集団が水瀬侯爵軍に向かって行く。
異民族や魔族に恐怖を、畏怖を。そして味方に希望を勇気を与え続けた白騎士が向かってくる姿。それは水瀬侯爵軍であろうとも戦慄を感じずにいられなかった。
「速く!! 北川君、子爵閣下、逃げて!!」
名雪は兵の中心で叫んだ。彼女の周りはあゆ、スノウや他の精鋭に囲まれている。
水瀬侯爵軍、帝国で最強の部隊といわれる部隊である。
この攻撃を受けて、異端者軍全体の進行がとまった。
たった2000人に10000を超える大軍の進行がとまったのである。
これが帝国最精鋭の部隊であった。
忽ちに名雪は北川子爵軍と潤の軍を取り込むと背後に下げようとする。
しかし、前を見て名雪は呆然とした。そこには自分の友人である潤が相手の騎馬隊の指揮官と一騎討ちを演じていたのである。
「あの馬鹿・・・」
祐一は水瀬侯爵軍に対する対処を兵に指示しながら馬の腹を蹴った。
視線の先には往人と潤の一騎討ちが見えた。
あれほど言ったのに・・・と舌打ちしながらその方向に向かって駈ける。
二人の武はほぼ互角。つまり、相打ちになってもおかしくないのである。
だが、二人の価値は全然違う。
往人はこの軍の総司令官なのである。対して潤は敵軍の将校の一人でしかない。
潤には言い方は悪いが死んだとしても代わりはいる。だが往人の代わりは誰一人としていないのだ。
祐一は槍を持ち替えて突っ込んでいった。正体がばれたとしても往人だけは失うわけに行かないのであった。
「強い・・・な」
頭の上で剣を振りながら往人が呟いた。
既に十数合、勝負はつかない。
往人は片手が使えない相手に対して、自らも片手しか使っていなかった。
「お前もな・・・まさか俺と一対一で戦える人間がこんな所にいるとは思わなかった」
潤は往人に向けて笑いかけた。そして「俺は北川潤だ」と言った後「名前を聞かせてくれ」と言った。
往人は驚いた。異端者と扱う連中に対して名前を名乗る者がいるとは思わなかったのである。
「俺は国崎往人だ」
往人も返す。少し嬉しくなった。自分と同等に戦える者の存在が・・・である。
その言葉に潤は騒然とする。国崎往人と言ったら敵の指導者の一人だ。
そんなものが勝ち戦で先頭に出てくるとは思わなかった。
「お前達とは何人も戦ってきたが名前を名乗ってきたのは初めてだ」
と往人は笑って、さらに「お前が祐一に言われていた達人か」と話した。
潤は笑うと「祐一の知り合いか、道理で」と言った。
祐一自身はこんな馬鹿なことはしないのだが、彼の周りには酔狂な者が以外と集まる傾向にあるのである。
「お前は・・・何でこんな戦いに加わる?」
往人は潤に質した。
「王の命令を受けたからだ。それ以外にはない」
そう言うと潤は踏み込んで剣を振った。往人が受け止める。
「お前は・・・自分の友人や大切な人間、家族が相手でも詔であればそれに従うか?」
往人は黙って聞いた。ちょっと聞いてみたかったのである。
この質問、祐一であれば『否』と即座に答えるであろうと思った。
しかし、潤には何も答えられなかった。
「俺達は全員家族や仲間を守る為だけに戦っている。お前は命じられれば友人だろうと何でも斬れるのだろう? そんな人間には俺や祐一達 が負けるわけないだろう」
「・・・・・・・」
「怨みも持たないものを斬れるのがお前達・・・か。少しは見所のある奴だと思ったんだがな」
「お前達が仕掛けてきた戦いだろうが!! お前達が蜂起等と言うことをしなければ俺も皆も相沢の奴と一緒に国を建てていっていた!! 今の王の時代が終ればいい時代が来ていたんだ!!」
それは彼も名雪もあゆも、それに香里や栞も誰もが思っていることだった。
一弥の時代になればいい時代が来ると信じて、それだけを信じて彼らは理不尽な命令にも従っているのだ。
「俺達は重税にも耐えた。どんな厳しい税を受けていても相沢公爵家だけは俺達を救ってくれていた。それを急に俺達を獣のように扱ったのは お前らだ。違うか??!!」
潤も、祐一の友人達は誰も、彼らの蜂起の発端が二人の少女であることを知らない。
彼らは、税の重さに耐えかねての蜂起としか思っていないのだ。
「始めたんじゃない始めさせられたんだ。お前は何も知らないだろう」
潤の剣が揺れる。
「お前達貴族は俺達を異端者と言って人とは思っていない。それに対して俺達も、そして相沢公爵家も戦っている。人として扱ってくれるなら 俺達は今にでも剣を納めてやろう」
往人は言葉がすらすら出てくることに気がついた。本来は、ある程度のクールさは持ち合わせる青年なのに、いいたいことを話し始めると 自分が酷く饒舌になるのを感じていた。
「今更言っても遅い!!」
潤はさらに踏み込んで切ろうとした。
その瞬間、潤の馬は遠くから飛んできた槍に貫かれた。
方向を見ると覆面マスクの敵指揮官が投擲したようだった。
確認した瞬間潤は馬から投げ出される。地面にたたきつけられる。激しい痛みが襲った。
「公子様!!」
慌てて傍にいた騎馬が彼を抱え上げて退却していく。
彼は既に気絶していた。命には別状がないと知り、ホッとした。
往人もそれを追おうとはしなかった。
彼には他にやることがあったのである。往人は手早く旗下の騎馬隊を纏めた。
次の敵は水瀬侯爵軍である。
「一騎討ちの邪魔をするなよ」
往人は苦笑交じりに祐一に向かって言った。
祐一も往人が自分のいいたいことを既に理解していると分かり、特に文句も言わなかった。
「後まともな軍隊はあの水瀬侯爵軍だけだ。むやみに突っ込むなよ? 隙は俺が作る」
祐一はそう言うと、自軍の指揮に戻る。
往人を助けに行く時、即座に何をするかは指示していたものの、流石に祐一の2000人は完全に押されていた。
いまや敵軍は北川子爵軍の2000ほどと水瀬公爵軍の2000程度が機能しているだけで、残りの敵は逃げ惑うか、数十人程度の塊となるだけで 潰されている。
つまり、この4000人こそが敵の全軍である。
祐一は鶴翼陣形の自軍に戻ると、自軍の右翼の神尾隊に援護を頼んだ。
「魔道隊、炎系詠唱開始」
名雪はスノウに対して命令を与える。
150人の一斉魔術攻撃。それがこのスノウの得意とする戦術であった。
詠唱の間は味方の残り1800人余りが敵を食い止め、合図と共に部隊が二つに開くのである。
「あゆちゃん、私達もブレイズの詠唱をするよ」
名雪は隣のあゆにそう指示をすると詠唱を開始する。あゆも頷きそれに続いた。
そして、全員の詠唱が終了に近づく時。
その時、ちょうど魔道兵団の上を矢が襲った。
祐一旗下の歩兵部隊の弓隊である。
祐一は、水瀬侯爵軍の1800人余りを神尾隊にひきつけてもらっている間に、弓の射程内に敵魔道部隊を補足して射撃を加えた。
この攻撃の目的は敵を討つことではない。集中を乱れさせて術の詠唱を乱すのだ。
実際、この突然の攻撃で2〜30人が詠唱を乱した。
祐一は弓の斉射を終えると部隊に散開を命じた。
固まっていては餌食なのである。
そして、魔道兵団は詠唱を終えて、一斉に炎系魔術・・・
忽ち、その範囲にいた人間数十人が燃やされていった。
祐一は、呪文が終るや否や手を上げる。往人に突っ込めと言う合図である。
そして、祐一は晴子が引きつけている水瀬侯爵軍の部隊に向かっていった。
こちらの本体と乱戦状態に入ってしまえば敵も魔術を使えない。使えば味方を巻き込むのだ。
そして、これが祐一の狙いであった。
「
一度だけ、整然と掃射する。
前に往人に対して放った物と違って今回は本気の白騎士団の魔道騎兵の一斉斉射である。
最初のこの一撃だけで水瀬侯爵軍は数十人が命を落とした。
「落ち着きなさい!!私達の目的は時間を稼ぐことです。相手を前に進めないようにしなさい」
攻撃を受けて秋子が指示を出す。
白騎士団の魔道騎兵の攻撃と言うものを彼女は初めて見た。
ライトニングの射程ぎりぎりからの斉射なのに、一瞬にして数十人の兵士が黒こげにされたのである。
自軍のスノウとは魔道兵としての格が違っていた。
この魔道騎兵2000は全員が上級魔法を使いこなすのであり、さらには一流の軽騎兵なのである。
近づいても地獄、遠くからだと魔術の餌食。これが白騎士団であった。
(耐え切れない・・・?)
秋子は半分諦めながら敵の二次攻撃を待つ。一撃目はあれだけの遠くからで数十人を一瞬に焼いたのである。もっと近くから撃たれたら 数十人の被害ですまないことは明白だった。
しかし、第二派はこない。彼女の陣に代わりに矢文が一通だけ届いた。
「これ以上の殺戮は我々のよしとするところにあらず、おとなしく退かれるのならこれ以上の攻撃はしない」
結局、相手の手のひらで踊らされただけと言うことを彼女はこの時理解した。
「水瀬侯爵軍、撤退します」
既に時間は稼いだと名雪は思い、軍勢に退くように命じた。
前方では、敵騎馬軍が勢い良く自軍に突撃を敢行していた。
いくら水瀬侯爵軍と言っても、数倍の敵、しかも、他の軍まで混ざった状態で騎馬軍すら含めた軍勢とぶつかるのは無理があった。
少しずつ自軍の兵士が倒れていると言う現実を彼女は気付いている。
ふと後ろを見ると、母の軍が自分の方に向かっているように見えた。後ろから白騎士団は追ってこない。
(あの軍に合流すれば大丈夫)
名雪にとっては初陣である。その初陣で彼女はかなり痛い思いを味わっていた。
魔道兵と他の兵士の連携のミスは絶対にしてはいけないことだったのだ。それなのに、みすみす乱戦に持ち込ませてしまった。
「あゆちゃん、大丈夫?」
隣のあゆを気遣う。あゆは大丈夫だよ。と笑った。
「退かないとね。これ以上は意味がないよ」
名雪はそう言って各部隊に指示を送る。
乱戦状態から素早く撤退用意を整える所は流石に水瀬侯爵軍と言うべきだろうか。各自が後方の本体に合流すべく撤退して行った。
追いかけようとする往人や晴子を祐一と聖が止めた。
流石に、これ以上水瀬侯爵軍とマトモにぶつかったらこちらにも大きな損害が出る、と諭した。
そう諭されて彼らも部隊の状況を見る。全員が疲れきっていた。
晴子と往人は頷いた。
「往人、勝ち鬨を上げろ」
祐一はそう往人に宣告する。自分達が勝ったということを敵味方全てに知らしめることで今回の勝利に意味が生まれる。
「異端者の軍が国軍を破った」その事実が重要なのである。
場を歓声が満たした。
白騎士団 (ホワイトナイツ)
<相沢大輔、2000>
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
水瀬侯爵軍
<水瀬秋子侯爵2000>
水瀬侯爵軍&水瀬魔道兵団
<水瀬名雪、水瀬あゆ2000>
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
相沢公国軍 → ←北川子爵軍本体 北川子爵軍分隊 → ←相沢公国軍(歩兵軍)
<覆面マスク1800 > → ←<北川子爵1800> <北川潤1800> → ←<霧島聖3300>
↓ ↓ ↓ ↑ ↑ ↑ ↑
↑↑↑↑↑↑↑ 相沢公国軍(騎馬軍)
相沢公国軍(歩兵軍) <国崎往人3000>
<神尾晴子3500>
斎藤将軍が戦死、残存右軍は敵軍の騎馬と歩兵の連携による殲滅戦を受け大打撃。壊走。
石橋将軍は素早く撤退。残った中軍は大混乱に陥り壊走。
北川子爵軍は二手に分かれて対応。
本体が晴子の中軍に当たり、分隊が聖の右軍に当たる。
両軍ともしっかり支えていたものの、本体は覆面マスクの左軍に晴子の軍に一度合流され、さらに側面に上手く回りこまれて包囲陣形を しかれる。
分隊は騎馬隊の側面よりの完全な奇襲を受けて大混乱状態に陥る。
分隊指揮官、北川潤は騎馬隊指揮官であり、総司令官の国崎往人と一騎討ち。途中、慌てて駆けつけた覆面により一騎討ち終了。両者とも生き残る。
水瀬侯爵軍の果敢な突撃により、北川子爵軍はその力をある程度は残したまま後方に下がる。水瀬侯爵軍は5倍以上の敵に、1時間以上持ちこたえ続け、 軍勢の四分の一近くを失うと言う損害を出しながらも整然と撤退。白騎士団とマトモな戦闘を行うことなく撤退してきた 本軍と合流する。
往人、晴子は追撃しようとするも、覆面に止められ、戦闘終了。
主な戦死者・・・斎藤辺境伯爵
戦闘時間五時間