どうすればいいのか分からないのである。
ここで、下手に禁軍から援軍を請えばその隙を正面の異端者軍に付かれてまずいことにもなりかねない。
しかし、自分達だけであの2000を止められると思うほど彼女は自惚れていないのである。
傍に居た名雪とあゆが不安そうに近づいてくる。
あの騎士団と並んで戦った経験は秋子には一度だけあった。
異民族が800人ほど一気に侵入してきたときのことである。
秋子は直ぐに傍に居た400人ほどの軍勢を纏めて現場に急行したのだが、その時同時に駆けつけたのが 相沢慎一旗下の白騎士団100人であった。
慎一は秋子に「ここで見とれ。あの程度直ぐに終る」と言って白騎士団に出動を命じた。
そして、30分もすると異民族の集団は完全に壊滅して逃げ去っていったのである。
その時以来始めて秋子は白騎士団の戦闘隊形を見ることになるのだが、それがまさか自分の敵としてとは思わなかったのであった。
しかし、自分が彼らを3時間も止めればそれで戦いは終ると言う自信が彼女にはある。
結果、彼女も、一つの物・・・つまり、白騎士団の圧倒的な強さを考えすぎて、他の物に目が行ってないのである。
それはしょうがないことであり、また、それが祐一の考えであった。
(とにかく、私達だけで止める!!)
秋子はそう決意した。
彼女は各軍に伝令を送る。
『我、この場を死守し、一兵たりとも通さぬ決意也。後方は気にせず、前方の敵を打ち破られたし』
それが彼女の覚悟であった。
「名雪、あゆちゃん、死んじゃ駄目よ」
秋子は隣の二人の愛娘を向いて笑った。
自分の命に変えてでもこの二人だけは守り抜くつもりだった。
もし、この子達が捕まっても、祐一や大輔はわざわざ殺すまではしないだろうとも思っていた。
そう、彼女はそこまで覚悟していた。
しかし、彼女の決意は無駄となる。
自分達の前方に一騎の白騎士が白旗を振りながら現れて、兵士の一人に手紙を渡すと去っていった。
そこには、相沢大輔と相沢祐一の署名で文章が綴られていた。
『水瀬侯爵軍がその場で何もせず待機しているのなら我々としては動く気はありません。 が、もし、あなたが戦場に顔を出すのなら我々も世界最強の騎士団を持って一気に攻め込ませていただきます』と。
つまり、彼女は何もせずして、目標を達成してしまったのである。
秋子はため息を付いてその場に座り込んだ。
(何故?)とは思ったものの、安心感の方が強かった。
それだけ正面の騎士団のプレッシャーは圧倒的だったのである。
あとは、味方の軍勢が半分の敵を打ち倒せば終わりである。
彼女はそう思って、その時気づいた。
つまり、祐一達は自分達の力を貸さずとも、水瀬侯爵軍さえ戦闘に参加させなければ勝つ自信があるのだと。
しかし、それに気づいても彼女にはどうしようもなかった。
自分の軍が動いたら白騎士団も動く。
正面の戦闘に自分の軍が参加したらちょうど挟撃を受けてしまう。
そして、味方に戦力を裂いて送るような余裕はない。
戦力を送った瞬間騎士団は突撃を敢行するであろうことを知っている。
そして、正面に送った中途半端な増援ごと粉砕されるであろうことも。
結局、戦力的には自分の軍が参加したらさらに状況は悪い物になるのである。
それを知っているから・・・そして、そのことを秋子が理解していることもしっているからこそ祐一は この伝令を送るように大輔に命じていた。
これはあくまで異端者と蔑まれる者が蔑むものに立ち向かう戦。白騎士団の力で勝っても意味がないと祐一 は思っている。
そして、白騎士団は水瀬侯爵軍に対峙するように配置したのであった。
水瀬侯爵軍の戦闘参加さえなければ、あとは間違えなければ勝てる戦だと祐一は思っている。
結局、自軍が動くことによる状況改善が全く望めないと知り、秋子は他の軍に再度伝令を送る。
ただ、敵を油断しないように・・・それを警告するしか出来なかった。
「流石に祐一の予想は崩れんか・・・つまらんなぁ・・・」
その時、秋子達の敵陣、つまり白騎士団では大輔が退屈そうに呟いてあくびをした。
彼からすれば、水瀬侯爵軍が警告を無視してくれたほうがある意味面白かったのである。
「あとは相手が退却する時に一仕事するだけ・・・か。やれやれ」
まさか自分達がこんな裏方に回されるとは思わなかった分苦笑はしたものの、大輔にも祐一の理想は理解出来ている。
だからただ、周りの人間とともに水瀬侯爵軍の動きに注目する以外現時点ではやることがなかった。
「全く・・・水瀬侯爵は一体何を警戒しているんだかな・・・」
国軍中軍将軍、遠征軍総司令官石橋将軍は呆れていた。
数分前に水瀬侯爵から届けられた伝令は「敵に油断されぬよう、全力を尽くして頂きたい」と言った。
勿論、全力で戦うことに異論があろうはずがない。
しかし、異端者の烏合の衆相手に何を慎重になっているのかと言いたいのも事実であった。
見ると、敵の正面の軍勢はわずか自軍の半分以下の4000程度である。
自軍の兵力は9000。
負けるはずがないと再度彼は思った。
そして、その思いは右軍に控えて出撃を待つ斎藤将軍も同じである。
何しろ、彼の前に布陣している軍勢は僅か2000でしかない。
自軍は6000の大軍を率いているのだ。
最も、その後ろに騎馬隊が布陣しているのを彼は知っている。
しかし、それを合わせても僅か5000程度の軍勢。まだ自軍の方が多いのである。
また、彼は正面の軍勢の指揮官が奇妙な覆面を付け、自軍全員の笑いものになっている人間と言うことも掴んでいる。
「あんな馬鹿な面の男の部隊なんぞたかがしれたもの」
彼はこの戦いでの一番手柄を取ろうと意気込んでいる。
つまりは、正面の軍を突き破り、敵の後ろに回ると言うことだ。
数において勝る軍が挟撃の態勢を取ればまず負けることはありえない。
そうなれば、当然一番手柄は彼の物になるのだ。
彼は、左軍において敵の本体らしき部隊にぶつかる羽目になった北川子爵を心の中で哀れんだ。
しかし、彼は知らない。今自分が相対している部隊こそが敵の中心部隊なのである。
そして、左軍で北川子爵はため息を付いた。
彼には、敵の備えを見るだけでわかっている。
(訓練された正規軍だ・・・)と。
正面の部隊の指揮官は、大規模な蜂起の指導者であった霧島聖であることは既に掴んでいるし、旗の『霧』の文字からも明らかであろうと思われた。
つまり、前方の部隊そこが敵の主力部隊であろうとも。
敵は柵を作り、数段に構えを取っている。
(並の相手ではないぞ・・・)彼はまた一つためいきをついた。
周りの中軍、右軍は既に勝った様な気でいる様に見えるが、彼はそうは思ってはいなかった。
(もしかしたら負けるかもしれないな・・・)そう思ったのであった。
「親父、そろそろ決められた戦闘時間に入るぞ!!」
と後ろから声が突然聞こえる。
彼は一つ頷くと手を振り上げた。
そして、降ろす。戦闘を開始せよと言う意味である。
歓声が上がった。
左軍、相沢祐一は正面の敵を見てくすりと笑った。
敵が油断しきっているのは敵軍の気を感じれば分かることである。
対してこちらは3分の1とは言え、選ばれた精鋭の集団である。
実際には、祐一にはこの2000人だけで正面の6000を打ち破る程度の自信があった。
だが、それは作戦である。彼の役目は正面の軍を打ち破ることではなく、往人の活躍場所を作ることであった。
そのための指揮が彼には求められているが、彼にはそれを成功させるだけの自信も、そして能力もある。
だからこそ、誰もが信頼して彼に命を預けることが出来るのであった。
彼は黙って槍を取った。
何の変哲もない、鉄で出来ただけの槍。
愛槍グングニルはオーディンの城で佳乃に預けてきている。
あくまで、これは相沢家の戦ではない。だからグングニルを使う必要等ないのだ。
頭の上で槍を数回ぐるぐると回す。
降ろす、付く、凪ぐ。一通りを試す。中々の槍だ・・・と思った。
その動作に周りの者が騒然とする。見たこともないような槍さばきだった。
出撃からはや20日。初めこそは「なんであんな間抜け覆面をつけた男が指揮官なんだ」と不満を言っていた者も、行軍中の祐一の 指揮のやり方を見て言葉をなくした。
数日もすると、彼に対して文句を言う者はだれもいなくなっていた。
そして、今回のこの槍捌き。
改めて彼らは自分達の指揮官が只者ではないと思った。
中軍では神尾晴子が正面の大軍を見て「凄いもんやなぁ・・・」と感嘆していた。
自分の敵として1万近い軍勢が並ぶ日がこようとは彼女も夢には思っていなかった。
ただ、自分の仲間も4000人もいるのである。
それも、血を吐くような訓練を続けた人間が。
彼女は祐一から「耐え切ればいいんです。攻め込む必要はありません」と言われていた。
だから、彼女の前には柵が3段構えで用意されている。
少なくとも、数時間程度なら余裕で持たせることが出来ると思った。
敵の動きは、前に行われた実戦訓練での往人や祐一のプレッシャーを比べたら児戯に等しいような物にしか見えなかった。
そして、右軍、霧島聖の陣では、部隊長らを前に最後の軍議が終了した所である。
右軍の役目は今回の作戦で最も辛いものになるかもしれないと祐一は言った。
相手は、聖の軍とほぼ同数であるが、その相手は禁軍の最精鋭と言われる北川子爵将軍旗下の兵である。
兵の練度では相手の方が上だとも祐一は述べた。
だから、聖の軍は、相手が5000人しかいないのに9000人に相対する晴子の軍と同数の4000人を預けられているのである。
彼女は絶対破られるわけにいかないと、部隊の4000人中槍隊1500人を5段の柵に配置し、1000人を弓部隊とした。
そして、残り1500人は状況に応じて自由に投入できる。
とにかく耐えることだけが求められるのである。
彼女は大きく息を吸った。
左軍が動き出した。それを聞き、中軍、右軍も動き出す。
全軍でただもみ潰すのみ。と言うのが作戦であるのだから当然である。
20000の大軍がときの声を上げて敵陣に突入していった。
敵陣は柵を拵えて防御の構えを取っているようだった。
(こちらは2倍の軍勢。あの程度押し切れる)
そう思っての突撃だった。
「厚いな・・・これは」
左軍、北川子爵は全面の敵陣を見て思わず傍にいた潤に向けて呟く。
自分達の軍の前には5段の防御陣がしかれている。
中軍の相手の陣は3段構えだった。
突破するのには時間がかかると思った。
その間に味方のどこかが崩されれば即ち負けである。
しかし、味方の負けを想定する戦などと言うものはばかげていると思った。既に戦闘は始まっているのだから。
「やれ」
潤に向かって言った。
そして、一斉に攻撃を開始する。相手から大量の矢が雨のように降ってきた。
開戦の火蓋が切られた。
戦闘が始まるのを後方の丘陵地帯で往人は感じた。
彼は手勢騎馬軍3000と共に後方の丘陵地帯に布陣していた。
祐一に、隙が出来たら思いっきり全軍で突き破れと言われている。
隙を見抜くのは彼の役目である。
しかし、彼は安心している。
祐一がやるといってやれないことはないと彼は信じているからである。
「兵の指揮のやり方すら知らない馬鹿が張り切って突進するのみ・・・か」
祐一は前方から突進してくる軍を見てため息を付いた。
相手は何の芸もなく、全軍を持って突進してくるだけである。
(これでは、往人と戦ったあの時の方がまだ張り合いもある)
ただ、苦笑しながらも祐一は迎撃の準備を作り上げていく。
彼の前に柵はない。
彼の役目は受け止めることではないのだ。だから柵など必要なかった。
祐一は槍を一度振った。そして、号令を発する。
既に右軍、中軍は戦闘状態に入っていた。
左軍が一番最後に戦闘を開始することになるのである。
号令と共に先頭の600人ほどが一斉に弓を放った。
敵軍の先頭を走る馬が数頭倒れる。それを見ると祐一は槍隊に号令をかけて突き崩しにかかる。本人も馬に乗ると突撃を敢行した。
(はぁ・・・戦が終っても絶対身分は明かせないなぁ・・・)
戦場と言うのにそんなことを考える自分に苦笑する。
チャーミーな恐竜絵の覆面仮面に討たれる人間と言うのも格好のつかない死に様だな・・・と思った。
しかし、だからと言って自分が討たれたら負けであると言うことも祐一は知っている。
(あんな将についた不幸を呪うしかないんだろうな・・・)
祐一は前方の『斎』の旗を哀れに眺めた。
勇将の下に弱兵なしと言うが、逆もまたしかりなのである。
そして、全ての局面で戦いが開始される。
「敵の左翼・・・あの指揮官は一体・・・??」
戦闘開始から2時間。未だ戦闘は始まったばかりに見えた。
そして、後ろで待機する水瀬侯爵軍の中で戦況を見守りながら秋子が呆然と呟いた。
秋子は、当初敵の左翼に遊軍の騎馬軍が合流するのが前提であろうと理解していた。
しかし、現実は違う。
敵の左翼はたった3分の1の数で持ちこたえるどころか、むしろ圧倒しているのである。
こうしてみていても用兵の格が違っていた。
『斎』の旗が力を入れて押そうとすると、それを悟ったように素早く引いて弓の一斉掃射で崩す。
そして、攻め疲れた部隊が後続の部隊と変わろうとするタイミングを狙って『国』の字が一気に突き崩しにかかる。
右軍の斎藤軍は完全に劣勢にたたされていた。
「お母さん!!このままじゃあ味方がやられちゃうよ?」
同様に戦況を見守る名雪が悲痛な叫びを発する。
主力部隊と思われる左翼は敵を押している。
敵の5段陣形の1段を崩しかかっているくらいである。
そして、中軍も予定ほどではないにしろ、石橋将軍が老練な手腕を見せて、上手く倍の数で優勢に事を進めているように見える。
ただし、それは、押しているといっても、6:4で有利という程度のもので、戦況を一気に持ってこれるような展開には至っていない。
ただ、本来はそれで十分なはずだったのである。
計算外は右翼だった。
敵の主力部隊はこちらの北川子爵軍にぶつけられると誰もが予想していた。
そして、実際、敵の指導者であった霧島歩兵部隊がそれに対応するために出てきたのである。
だから、他の部隊はそこまでの精強な部隊ではないはずだ・・・。そして、右翼は相手の遊軍が加わった状態で互角の戦いを成せば、 少しずつ北川子爵軍や、2倍の数で攻め寄せる中軍の攻勢の分だけ戦況は有利に働くはず・・・とそう思っていたのである。
しかし、その目論見は完全に外れていた。
「こんな・・・こんな指揮が・・・」
秋子は自分の指揮能力は相沢慎一、大輔両人を除けば誰にも負けない者と自負していた。
しかし、その自信はたちまちに崩された。
敵の左翼の兵は決して精鋭と言えるような軍には見えないのである。
兵の行動の素早さを見るだけで、兵の練度はある程度は分かる。
民軍とは比べ物にはならないとは言え、自分の旗下の軍勢や、北川子爵軍と比べれば下であろうと見えた。
それなのに、敵の左翼は見事に動いている。全ての行動において、斎藤軍の1歩先・・・いや、2歩も3歩も先の行動で先手を取っているのである。
前方ではまた『斎』の旗が押されて数百メートル下がっている。
敵の左翼は斎藤軍を押しまくりながら、中軍の石橋軍に対して側面から急襲をかけてすらいる。
遊兵を全く作らず、全ての兵が入れ替わり立ち代り動いていた。
たった2000人余りの軍勢であるのにその動きはまるで5000人以上の軍勢が動いているようにすら見えるのである。
「でも大輔さんはあそこに間違いなくいる・・・」
秋子は、確かに後方の・・・いや、本来なら前方であるはずの白騎士団に団長、相沢大輔の姿を認めている。
だいたい、彼が指揮をするならあんなに恥ずかしい覆面をするとも思えないのである。
敵の左翼の指揮官の覆面については、秋子も模倣した絵を見せてもらった。
それは、とてもマトモな人間がつけるような・・・しかも、戦場に指揮官として出られるような物ではないと思った。
そして、慎一もありえない。彼の体は既に戦場に出れるものでないことは、王都にいる間に十分知っている。
そうであるからこそ大輔が王都に行く事になったのだ。
彼女は、祐一の指揮と言うものをしらない。
彼女の中では、自分の半分も生きていない者があれだけの指揮を出来るというのは最初から思考の中に入っていないのである。
ただ、それは当然とも言えるだろう。
敵軍左翼の部隊の指揮は老練とか、上手いとかを通り越して既に芸術の域に達しているものなのだから・・・
「第4隊、一度後退!!代わりに第2隊弓掃射。以後槍に持ち替えて敵突出部分を左翼より突け!!」
祐一の部隊は斎藤軍を押し捲っていた。
既に、祐一の横には敵中軍石橋軍の『倉』の旗と『石』の旗が見えている。
先ほどから祐一は横の石橋軍の味方中軍への進行を弓の斉射により数十秒ずつ遅らせることに成功している。
その数十秒の間に味方は迎撃態勢を整えることが出来るのである。
既に、祐一の軍は敵を1キロは押していた。
そして、その時祐一は敵軍の気配を察知する。
(やっと来たか・・・ミスるなよ、往人・・・)
祐一は往人を信頼している。そうでなければわざと相手に総攻撃の機会等与えるはずがないのだ。
祐一は馬の手綱を引くと手を上げる。
相手の突撃と共に素早く、そして整然と退却せよ。ということである。
祐一の指示に周りの伝令係りが馬に乗って各部隊の部隊長に指示を伝えに飛んでいく。
ここが左翼局面の山場であった。
「まだ破れねえのかよ・・・全く強固な・・・」
その頃祐一達と逆の戦場、つまり、北川子爵軍と霧島軍の戦場では、北川家公子、潤を先頭にじりじりと子爵軍が優勢に進めていた。
5段に構えられた敵防御陣を1枚抜いた所である。
柵を馬上から網を投げかけて引き摺り下ろすのであった。
そして、柵を倒した所に騎馬隊を中心に突撃をかける。これで一段目の壁を突破した。
しかし、彼の前にはまだ4枚の防御陣と、柵から突き出ている槍衾がある。
潤はその全てを破ると言う行為の辛さにため息をついた。
左翼が押されている。相手の遊軍と合流して襲ってきているのだろうと潤は理解していた。
もとより、斎藤伯爵などと言うものをこの親子は信頼していない。
中軍は、少しずつ押しているようだが、左翼の敵が上手く中軍の敵を援護しているので大きく攻勢には出れていないようだった。
そして、今回の遠征軍の最強部隊、水瀬侯爵軍は敵とにらみ合いを続けていて動ける状態ではないように見えた。
結局、戦局が決定的に動いている場所はまだ存在していない。
(俺達がこの5段陣を破れば勝ちだ・・・)
それが彼と、彼の父親の結論である。
しかし、彼は左翼の敵部隊に虎の子の騎馬部隊3000がまだ加わっていないことを知らない。
何しろ、敵の主力部隊は自分達の相手と彼らは思っているのだから。
「ちぃ!!」
彼は2段目の柵から伸びてくる槍を切り払った。
周りで部下数人が敵の弓攻撃を受けて倒れる。
彼は一度引いてもう一度立て直してから攻めるべきと一度撤収を開始した。
その頃、北川子爵は悩んでいた。
敵は強い部隊とは思っていたが、予想以上に強いのである。
まさか、自分達がここまで寡兵相手に苦しめられるとは彼は思っていなかった。
しかし、それを考えていてもしょうがない。彼は手勢、1000人の兵を纏めると敵の防御陣に向かって動き出した。
とにかく一枚一枚突破するしかないのである。
「危ない!!誰か止めなさい!!」
後方、水瀬侯爵軍の陣で秋子が叫んだ。
彼女の注目は先ほどよりずっと左翼に向いている。
左翼では、敵がわざと攻撃に隙を作り相手の総攻撃を誘っていた。
巧妙な罠である。もし自分がその場にいたらそれに乗らないで入れたかどうか自身がなかった。
しかし、第3者としてみていると、その攻撃の隙こそが最大の罠であることは明白に見えた。
「伝令を向かわせなさい、直ぐにあの総攻撃をやめさせるんです!!」
秋子は叫んだ、慌てて伝令が駆けて行った。
それを見ながら秋子はその伝令は間に合わないだろうと思った。
既に突撃体制に入ってしまっているのだから・・・
秋子は攻撃態勢を正面の白騎士団に対して取った。
伝令を出すのも動くうちである。攻撃を受けても文句は言えなかった。
彼女は自分の死をこの時完全に覚悟した。
後ろは崩され、正面から白騎士団と戦う。
そんな死地に兵士を送り込む自分を無能と感じた。
「伝令!!水瀬侯爵軍から騎馬一騎が斎藤軍に駈けていきました!!」
そして、大輔はその知らせを受ける。
「約定通り、白騎士団の力をあの連中に見せてやりましょうか?」
立花が問い掛ける。大輔の一番の腹心だった。
大輔は首を横に振った。水瀬侯爵軍が国軍を救う為に突撃をすると言うのなら背後を突くつもりであったが、 前方の敵軍は自分が死地に飛び込むと知りながら味方を救おうと伝令を送ったのだ。
その心意気に答えてやってもいいだろうと思った。
「どうせ・・・な、ここで伝令一人行った所であの総攻撃は止まらんよ。それで止まる程度の引きつけしか出来ないような 者が相沢公爵なんて言われるわけもないだろう?」
挑発して挑発して、攻めて攻めて、数時間をかけてしっかり怒らせたのである。たった一人、それも戦闘に 参加していない軍の伝令などを間に受けるはずがない・・・と大輔は言った。
立花も黙って頷いた。
「秋子さんも敵ながら見事ではないか。白騎士団相手に攻められると知りながらも味方を救おうとするんだからな。それにしても国軍のなんと情けないことか 、俺達はあんな連中のしたで働いていたと言うんだから凄いもんだ」
白騎士団全員が大声をあげて笑った。
彼ら全員に既に勝敗は見えていたのである。
そして、最も大きな、そして最初で最後の戦いの転換点に至る。
<相沢大輔、2000>
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水瀬侯爵軍 水瀬魔道兵団
<水瀬秋子侯爵3850><水瀬名雪、水瀬あゆ150>
禁軍右軍 禁軍中軍 禁軍左軍
<斎藤辺境伯6000> <総大将石橋禁軍将軍9000> <北川子爵、北川潤公子5000>
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
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相沢公国軍左軍(歩兵軍) 相沢公国軍中軍(歩兵軍) 相沢公国軍右軍(歩兵軍)
<覆面マスク2000> <神尾晴子4000> <霧島聖4000>
(相沢祐一)
↑
↑ ← ← 相沢公国軍遊軍(異端者、騎馬軍)
<国崎往人3000>
晴子の中軍は敵と互角の戦いを続けている。石橋隊は祐一からの弓攻撃により、行動を邪魔されている。
聖の右軍は敵にじりじりと押されながらも整然と後退している。国側の北川親子は少しずつ前進を続けている。
白騎士団は動かず、水瀬侯爵軍とその場に待機しているのみ。秋子は戦局を見て味方右軍に慌てて伝令を飛ばす。