「そんなことないよぉ。これで祐一君は覆面マスクさん一号に大決定だよ!!」
「そんな自信ありげに言われても・・・これは・・・」
「なんだ?相沢公爵・・・私の可愛い妹の創作に文句があるとでも言うのか?」
「・・・・」
出陣前、出撃準備をしている途中で上がる情けない声。
周りを大爆笑が包んでいた。
往人も、晴子も、大輔も皆大爆笑している。
真剣な顔をしている者は佳乃と聖。そして、笑われる対象が祐一であった。
「これじゃ逆に恥ずかしくて名乗れないんだが・・・」
祐一がさらに情けなさそうに呟いた。
祐一は、前に作戦を決めた時に佳乃に顔を隠したまま戦うことの出来るような仮面のような物は作れないだろうか? と依頼していたのである。
確かに、顔は隠れる。
動くことも出来る。
しかし、それはとても立派な大人が付けるようなデザインではなかった。
「絵は観鈴ちゃんが書いてくれたんだよぉ」
往人がため息を付く。
絵とはこの微妙な恐竜もどきのことなのであろうか。祐一はそう覆面を眺める。
これを付けて戦をする。我ながらこれ以上微妙なことはないのではないか?と思いながらも付けないわけにも 行かないのであった。
何しろ、佳乃も観鈴もわくわくした顔で期待して待っているのである。
仕方なく祐一はそれを装着した。
さらなる大爆笑が彼を襲ったことを不思議だと思う物はいなかった。
「と言うわけでこいつがお前達の部隊の指揮官だ」
出陣して1日。全員がテントを張ると往人は特定の部隊の将校を呼んで話す。
彼らは今回の作戦での自分達の指揮官は聖や晴子ではない別の者だと聞いて不安に思っていたのである。
そして祐一(覆面マスク付き)が数人の将校の前に押し出される。
全員が何かを飽和させたような表情を取った。
祐一は黙って頭を下げて「よろしくお願いする」とだけ話した。
そう、祐一の作戦とは、白騎士団は大輔に任せて自分自身で往人の軍の一隊を指揮すると言うものである。
しかも、その中でも祐一の指揮は重要である。
つまり、往人旗下の騎馬隊の活用場面を作るのが彼の役目なのであった。
そして、祐一の旗下に置かれる部隊は歩兵部隊10000のうちの2000。
祐一の立場は左軍大将と言う扱いである。
ちなみに、中軍と右軍はそれぞれ聖と晴子が率いている。
彼女達は、ただ相手が崩れるまで相手の攻撃を耐え切ると言うことだけである。
最も、2倍の軍勢の進行を支えるのはそんなに簡単なことではない。彼女達が仕損じれば敗北の可能性も あり得るほどである。
結局、戦場において勝ちと負けは紙一重の差しかないのが現実であった。
「国崎様・・・こんな怪しげな男がでございますか・・・?」
「こんな素性のわからない者に・・・」
「何かの冗談ではないのでしょうか?」
将校達の不安は当然なのである。
大きな戦、しかもほとんど初陣である。
それを、顔に恐竜の絵を描いた覆面マスクが指揮をとると言って平気で頷ける物なんて普通いないのだ。
しかし、次々に並べ立てられる不満に祐一の体が小刻みに震え始める。
彼の人生において、これほどの屈辱は記憶になかった。
それを見て、慌てて往人が将校の中でも中核になる500人長以上のもの数人と祐一を連れてテントの中に入っていく。
ここで祐一に全員の前で爆発されては全てが意味を失うのである。
往人はテントの入り口を塞ぐと、「一度覆面を取らないと納得してもらえないようだ」と笑って祐一に話した。
そして、祐一が覆面を取る。
祐一のことを馬鹿にして不満をぶつけていた人間達の顔が蒼白になった。
なにしろ、相手は自分達の恩人であり、公爵なのである。異端者と呼ばれているものにとって相沢の名前以上に 尊敬されるもの等存在しなかった。
将校達は慌てて平伏する。うち2人は「お許しください」と言いながら頭を地面に擦り付けた。
慌てて祐一が取り成す。平伏してもらうためにこんなことをしているわけではないのだ。
何で公爵がこんな馬鹿な覆面を・・・と全員思っている。
祐一は全員に頭を上げて欲しいと言うと理由を話した。
つまりは、相手に自分の顔をばらす訳にはいかないのである。
今回の戦は『異端者』のみで勝ったように作らないといけないのだから・・・と。
全員その場で頭を下げる。もう誰も不満を言う将校はいなかった。
そして、一人が聞いた。「何故顔を隠すのにそのような恥ずかしい覆面をお使いなのでしょうか?」と。
祐一はため息を付くと「佳乃が作った」とだけ答えた。全員が納得の顔をした。
そして、テントから出ると慌てて将校達は身分を隠しながらも部下達に祐一が指揮官だと認めさせていった。
しかし、それが終っても祐一は屈辱に身を奮わせるだけであった。せめてもの救いはここに大輔がいなかったことくらいだった。
大輔はその頃旗下の白騎士団2000全てを動員して別行動を取っていた。
「それでは・・・それでは勝てません!!」
机を叩く強い音が聞こえる。
「そんなに興奮するな、水瀬侯爵。貴方の部隊は帝国最強と噂高い。しかし、我々は国軍だ。侯爵軍を先頭に出すわけには行かんのだ 。国の名誉にかけて」
水瀬侯爵・・・秋子に向かって今回の作戦の大将である石橋禁軍将軍が宥めた。
つまり、秋子の言い分はこうである。
相手は最強の白騎士団。だから、大軍を持って一気に包囲して、持久戦に持ち込みつつ戦力を削るしかない・・・と。
つまり、白騎士団だけを全体から孤立させて、他の敵部隊を牽制している間にじりじりと白騎士団を壊滅させて、その後全軍を持って 異端者軍、及び他の敵軍を破る。
それなら、こちらの被害が大きくとも結果的には相手を滅ぼすことも可能であると。
しかし、石橋の考えでは戦闘は真っ向からのぶつかり合いしかないとも言った。しかも水瀬侯爵軍は後詰めと言う考えである。
つまり、2万の国軍の後ろから行軍して来いと言う意味である。
それでは、わざわざ24000の大軍を動員する意味はないと秋子は思った。
自分達4000は遊兵になってしまうのだ。
「大丈夫だ。実際の戦闘に入ったら追って指示を出す。貴方の役目はそれに従うだけでいいのだ。全て私に任せてもらおう」
石橋は自分の大役に酔っていた。
自分の手で無敵の白騎士団と、相沢家を倒してやろうと意気込んでいるのだ。
だからそのために水瀬侯爵軍の戦闘参加を良しと思っていない。
功を奪われるのではないか?と疑っているのである。
しかし、この戦闘、そんなに甘い物ではないと秋子は理解していた。
相手は建国1000年以上の歴史の中で間違いなく最強の敵なのである。
秋子はため息を付くと一礼して幕舎から出て行った。
「お母さん、どうだった?」「秋子さん、祐一君は??!!」
幕舎から出るやいなやそこに自分の娘が待ち構えているのを見て秋子は微笑む。
しかし、会議の内容を思えば暗い顔にならざるを得ない。このままでは勝てないのである。
「そうですね・・・私達の部隊だけで祐一さん達を止めきれるのなら勝ったも同然なのですけどね・・・」
そう言って秋子はため息を付く。
自分達4000人であの無敵の二つ名を持つ部隊相手にどう戦うと言うんだろう?という感じである。
あの部隊2000相手には10000の精鋭をぶつけてようやく5分5分という形であろうと秋子は分析していた。
しかし、彼女らの役目はあくまで後詰め。戦闘がはじまり、あの騎士団によって戦線を崩されてから戦闘に参加してももう遅いのである。
その秋子のため息にあゆも名雪も複雑な表情をする。
自分達の敗北は祐一の勝利。それは彼女達にとっては微妙な心境だった。
何しろ、今回の、自分の初陣の敵は自分の想い人なのだから・・・・
「水瀬侯爵閣下・・・貴方でも勝てませぬか」
その時後ろから急に声が聞こえて3人はハッと振り返る。
「よぉ、水瀬公女にあゆちゃん」
少年の方が軽く手を上げて、「無礼なことをするな馬鹿者!!」と頭を拳骨で殴られる。
「北川子爵・・・作戦はお聞きになられましたか?」
今回の軍において禁軍の内5000を任される禁軍将軍北川子爵は苦笑した。
彼も歴戦の将。今回の作戦の穴程度は理解していた。
「ええ、白騎士団を将軍は甘く見すぎておりますな・・・あれでは勝てません」
彼もついさっき報告を聞いてきたばかりなのである。
「しかし、勝つ目はある・・・そうですね」
秋子は北川子爵の目を見て話す。彼は黙って頷いた。
「白騎士団より前に敵の陣を突き破り後ろに回る・・・それが出来れば勝負は五分に持っていけるでしょう」
そう言った。
秋子も頷く。と言うよりそれしかないのである。
ただ、秋子には不可解なことがあった。
相沢公国に徴兵の雰囲気が全くなかったと報告の者が全員報告してきているのだ。
(一体何故・・・??)
それだけが不可解なことであった。
「とにかく、潤。お前はこれが始めての大戦だ。気合を入れろよ!!」
子爵は笑って潤の頭をおもいっきり叩いた。潤は前によろけながら「いてぇなぁ・・・まったく」と言って笑った。
しかし、こう見えてこの子爵公子が国で最強の剣士であることは事実なのであった。
『
秋子から見ても潤にはもう剣においては適わないことを理解している。
そして、行軍を始めて3週間。間もなく公爵領に入る頃になると、秋子らの下にはさらに詳しい情報が入ってきている。
「徴兵して・・・いない?」
それが報告である。
異端者だけの軍勢がここから50キロ程度の地点に陣を張っていると言うのである。
しかも、その中に白騎士団の姿もなく、総勢は僅か15000にも足りない程度の軍勢であると言う。
「旗の名前は『国』の字、『神』の字、『霧』の字が見られました」
それを聞いて秋子は頷く。それらの名前は全員聞き覚えがあった。
祐一が鎮圧した蜂起の指導者の国崎往人、神尾晴子、霧島聖の3人であろうと秋子は断じた。
「それで『相』の旗も白騎士もいない・・・と」
不思議そうに秋子は呟く。あの恐るべき騎士団がいないと言うなら楽に戦えると思った。
「その程度の軍だけで我らに立ち向かおうとはな・・・笑わせてくれますな」
前を見ると、総大将と北川子爵と並んで今回6000の兵士を連れて禁軍の副将となっている斎藤伯が笑っていた。
つまりは、今回の騒動の元凶であり、観鈴や佳乃を王に突き出そうとした張本人である。
今回の出陣に当たって彼は自ら王に志願して参加を認められたのであった。
秋子からすれば「将の風上にもおけない卑怯者」である。
兵士を見捨てて、真っ先に逃げ出した彼の行動がどれだけ軍のイメージを悪くさせたかは言うまでもないし、 だいたい元からの原因は彼が馬鹿な統治をしたために起きた騒動なのであると秋子は思っている。
ちなみに、彼女は斎藤伯が女性を取ろうとしたことが原因であることを知らない。
彼女はあくまで税の厳しさに彼らが蜂起したと思っているのだ。
「それにしても・・・相手もよほど将がいないのだろうか・・・」
北川子爵が報告の一部を指差して苦笑する。
相手の指導者らしき人物の情報である。
その人物は顔に奇天烈なマスクを被り兵からも笑いを浴びていると言う報告があった。
「全く、子爵の言うとおりだ。こんな物相手に水瀬侯爵の力は必要ないだろう」
石橋将軍は呆れて秋子を見る。
つまり、この時点で彼女は正式に戦場から外されることが決まったと言うことである。
「俺が中央、斎藤、北川、お前達は左右につけ」
そう発すると石橋将軍は軍議は終わりだ。と言わんばかりに手を振った。
しかし、秋子には報告の中で気になることがあった。
(数千頭の馬・・・)
報告では、幕舎には少なくとも4000頭近い馬がいると言うのである。
つまり、敵は大規模な騎馬隊を抱えていると言うことであろう。
野戦において騎馬兵の威力は凄まじい。騎馬兵一人が歩兵四〜五人に相当するのである。
秋子は北川子爵を誘い幕舎を後にした。
北川子爵にそのことを話すと、彼も同じ事を考えていたらしく盛んに頷く。
「お母さん・・・祐一達がいないって本当??」
話していると名雪とあゆが駆け寄ってくる。
彼女達も相手の軍勢についての情報は聞いていた。
秋子は首をかしげながら頷いた。
「そっかぁ、じゃあ僕も祐一君と戦わないで済むんだね」
あゆが嬉しそうに笑う。
彼女と名雪は
この部隊は、相沢家の白騎士団のような戦術用魔術部隊であり、水瀬家の軍隊の一番の特徴である。
魔術師を100人近く集めている部隊は帝国には他にない。
名雪もあゆも、選ばれた人間であり、兵団の中でも優秀な兵士である。
「大丈夫だ。公女達は戦うこともないだろう」
北川子爵は安心しろと言わんばかりに笑った。
彼の中では相手に白騎士団がいない時点で既に「勝ち戦」なのであった。
秋子は小さくため息をついた。何しろ、異端者の軍勢と言うがその実力を性格に把握しているものも、また、敵の指揮官の指揮能力を 把握しているものもいないのだから・・・・・
「覆面マスク様、国崎様が幕舎まで来て欲しいと言っておられますが・・・」
覆面マスク・・・祐一は黙って頷き立ち上がった。
なんとなくその呼び名に慣れてしまった自分が悲しかった。
しかも、相手の軍に送った間者の話だと、相手の陣は奇天烈覆面の話題で持ちきりらしい。
祐一はため息を付くと往人らの下に歩き出した。
「覆面、敵軍がここから50キロあたりに布陣したらしいぞ」
祐一が幕舎に入るやいなや往人が声をかけて来る。
既にその情報は祐一にも入っていた。
祐一は、後ろに控える部下を見ると「合図を送れ」と言った。
部下は「はっ」と言って走り去っていく。
「明日・・・だな」
その祐一の言葉に聖も晴子も往人も頷いた。
特に聖と晴子はやる気が入りに入っている。
何しろ相手は斎藤辺境伯なのだから・・・
「往人、出時を間違えるなよ?」
祐一は往人に向かってさらに戒めた。
この戦の鍵は彼なのである。往人も神妙に頷いた。
そして、往人が立ち上がる。つられて、祐一、聖、晴子、それに他の将校達も立ち上がった。
「よし!!明日で今回の戦は終らせる。全員、一生懸命頼むぞ!!」
歓声が満ちた。
そして、翌日、国軍は騒然とすることになる。
「白騎士・・・」
「何であんな所に・・・」
「そんな馬鹿な・・・」
兵士達が騒然と騒ぐ。
「水瀬侯爵!!一大事です!!」
そして、秋子の陣幕に兵士が飛び込んで来る。
秋子は「わかっています」と言う風に頷く。
後詰めであったはずの水瀬侯爵軍。
まさかその後ろからさらに白騎士団が現れるとは誰が予想していたのだろうか・・・
秋子は「やられた」と思うと同時に「勝機はある」とも思った。
ここに白騎士団がいると言うことは、正面の軍にそれがいる可能性はないのである。
前に自分が言ったような・・・そう、白騎士団を自分達4000人で足止めすることさえ出来れば勝機は十二分にあるのである。
(死戦・・・ね)
自分が鍛えた軍、4000人はどの軍と戦っても同数なら粉砕できる自信があった。
そう、この白一色の軍勢以外相手なら・・・
今まで1000年以上の間帝国の守り手としてのみ存在した白騎士と、『相』の旗。
それは兵に恐れのみを与えた。
白騎士団 (ホワイトナイツ)
<相沢大輔、2000>
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水瀬侯爵軍 水瀬魔道兵団
<水瀬秋子侯爵3850><水瀬名雪、水瀬あゆ150>
禁軍右軍 禁軍中軍 禁軍左軍
<斎藤辺境伯6000> <総大将石橋禁軍将軍9000> <北川子爵、北川潤公子5000>
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相沢公国軍左軍(歩兵軍) 相沢公国軍中軍(歩兵軍) 相沢公国軍右軍(歩兵軍)
<覆面マスク2000> <神尾晴子4000> <霧島聖4000>
(相沢祐一)
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<国崎往人3000>
う〜ん・・・・・今回の話からついに戦略系の物語に入ってきました。
これだけを書きたくて始めただけにこれでつまらなかったら最悪だなぁ・・・等と苦笑しています。
次回はいよいよ戦いです。・・・それにしても、戦いの図式までこのやり方で書ける気がしないんですよね・・・