初めてになりますが、ちょっと前書きを置かせて頂きます。

元々この話は先の澪の外伝のような感じで茜についての外伝を置こうと書き始めたものなのですが、気付いてみるとどうも全体的な 序章チックな話になってしまっている気がします。

なので、外伝、と言うよりもはや別の話と言う構成となり、結果今までの話と直接連絡する形は取らないようになっております。

それにともないまして、先に投稿させて頂きました18話外伝を外伝一話と置き換え、今作を二話。以下・・・と続ける形にさせていただくことになりました。

その点のほう、ご了承の上尚一読して頂ければ幸いです。








外伝二話








「陛下、西部戦線は膠着状態。あの地は小坂家の軍が・・・・陛下に代わって軍の指揮を折原大公が 取っておりますのでよもや破られる事は無いと思いますが・・・・・」

報告に来る使者それぞれが疲弊しているのが由起子にも痛いほどに良くわかる。

国中を飛び回っているのだから当たり前だ。

「北部、ですか。・・・・・まさか、反乱だけでなく異民族とまで共闘するとは 思いませんでした。これは・・・・私の失態ですね」

反乱が起こったのは僅かに一ヶ月ほど前。当時由起子はそれをそこまで大事だと思っていなかった。

勿論大変なことだ。国の貴族、その二割程度が一斉に蜂起したのだから。

事前に察知出来なかった事自体が失態。少なくとも各個撃破する体勢は取りたかった所だ。

けれど、所詮は二割。当地に詰めていた王国軍司令官、折原・・・由起子にとっては姉の義理の叔父にあたる 折原大公に軍を任せれば敗れる事はありえない、と。

即位に際しての反乱。予想通りと言えば予想通り。今までの即位してからの短い間、それについての対応策は練っていた。

それが崩されたのが十日前。

確かにおかしかったのだ。何故なら、小坂と国軍の連合軍に当たられた反乱軍はそれに向かう事をせずひたすら 守る為の戦を続けたのだから。

この当時、王国は軍制がそこまで整備されていなかった。巨大な常備軍を抱え、貴族の私軍を基本的に 廃止したのは、この反乱の一件が終結した後である。

それだけに、当時の軍は後に折原浩平将軍や折原みさお姫将軍が帝国十数万を打ち破った時ほどの精強さを持ち合わせていない。

だからこそ、守りの戦に入られた相手に対し、無理攻めには出れなかった。結局、戦の期間は 無理やり延ばされた。

そして、軍を西部戦線に釘付けにした所にさらに急所への一撃。

手薄になった北部からの、異民族の侵入、併せて、さらに別の貴族の反乱。

異民族の数は二万五千、改めて蜂起した反乱軍が一万五千。今までの反乱軍が二万。併せれば六万にも達する。

当時王国軍の数は少なく。せいぜい・・・・信頼出来る貴族・・・長森、小坂がそれぞれ 与力に就けられている貴族と併せても五千程度と、王国軍本隊の三万強。後は、北方の諸貴族、併せれば五千強。

最も十人以上で五千と言う事は一人辺りでは平均で五百に満たない。まぁ、中級から下級の貴族だろうか。最も長森将軍の下で 長く異民族と戦い続けている北方貴族は戦に強い。寧ろ王国の軍事力は北方諸貴族と長森、折原大公とそれくらいしか存在しないと言っても良いくらいだった。

小坂と王国軍の大半、併せて二万五千を西部戦線に向けてしまった。残っているのは王国師五千と長森の五千。後はその長森将軍に与力としてつけてある 諸貴族。それが併せて一万に満たない程度。

そして各地に旗色を決めていない各地の諸貴族の軍が数千。しかし、何時裏切るかわからない、である。

由起子自身は、自らが将の器ではない、と思っている。

それがこんな時には痛いほどに良く分かる。何故なら、どうすれば良いのか分からないのだから。

「相沢の家に救援の要請を致しましょう。もはや我々でどうにか出来る状況では・・・・」

軍参謀の発言に思わず眉を顰める。

反乱軍の上手いところはそこだ。

今になれば理解出来る。相手は、守護神が姿を消した時を狙っていた。

相沢慎一、相沢大輔。両の守護神は今は公国に無い。両者とも帝国に駆り出されている状況。

残っているのは、僅か7つの相沢祐一公爵代理のみである。

「祐一様に、ですか?あの方はまだ7つなのですよ?」

年齢的には自分が娘とも思っているみさおと一つしか変わらない。

それがいくら、傑物と謳われる神童であっても、である。

「しかし、彼の国には当然公国の勇者と呼ばれる方がいらっしゃいます。相沢大輔様に 薫陶を受けたあの方に来ていただけば・・・・」

立花百騎長。その名は王国にも聞こえてくるような公国きっての勇者である。・・・・・が・・・・

「だからこそ、大輔様は祐一様の為に彼の人を残されたのですよ?慎一様、大輔様に代わって お守りする最高の守人として。」

少し前、慎一、大輔が祐一をこちらに顔見せに来て、みさおを治してくれた。その時だって彼が 公国領をしっかり留守居として勤めていたから3人がこちらに来れていた。

そういうこと、である。

彼が居るから公国は異民族の侵入をその国土に対して一歩たりとも許していない。ほとんどそれは定説として語られていた。

「しかし、このままでは王国領は併呑されてしまうでしょう。それでは公国領とて危なくなります。今は・・・・」

もはや、断る言葉を由起子自身、持っては居なかった。

敵軍は巧妙にも北部とオーディネルの連絡を絶とうと、第二の反乱軍でもって間に布陣、北部戦線を 異民族の侵入ですり潰そうとしている。

このままでは、北部の諸侯、そして瑞佳の父親・・・・北部戦線の守護神と言われる国家の英雄が 失われることとなる。

「・・・・・分かりました。公国へ救援の要請を。・・・・・但し、断られた時は黙って引き下がりなさい、良いですね?」

きっと、その内相沢慎一、大輔のどちらかは戻る。それからゆっくり公国軍を整えてくれれば、王国が 滅びた後であっても公国は無事に切り抜けられるだろう、と由起子は思っていた。

由起子が代王の座について以来、相沢慎一はずっと王国の軍制改革を薦めてきていた。それを出来なかったのは 自分の油断。まさか反乱が起こる事等予想だにせず、しかも異民族と手を組む者が存在する事など 荒唐無稽に過ぎないと考えていた。

別に言葉を軽んじたわけでもない。唯、先の王・・・・浩平の両親の時代に国は一度乱れ、由起子の即位の際の反乱でもう一度乱れていた。

軍事より内政に力を傾け、軍才のある甥にその役目を任せようと思ったことは・・・・少なくとも慎一も祐一も誤りとは言えないだろう。

実際ここ2,3年王国の経済成長は年辺り3,4パーセントの増加を見せている。物凄いまでの経済成長だろう。

一方で貴族の利益は抑えられた。多くの特権を廃止し、民衆へ利益が帰属するようにと考え実行された改革の数々。それが反乱の火種に なっていることは明白で・・・・・

だから・・・・・こうなってしまうと由起子も唯後悔するしかなかった。

これは自分の責なのであろう、と。







少年は・・・・本当に子供でしかない、と言う程度の少年はむぅ。と頬を膨らませて木太刀を握り締めている。

目の前に立っている男性・・・・既に青年と言ってよいだろう。少年の頭はその青年の胸までくらいしかない。

「これで今日は二勝三敗、ですね。・・・・う〜ん。やっぱり勝てませんか」

悔しそうに木太刀を握る少年の顔は少し紅潮している。何だかんだ言って、二本も取れたのは結構嬉しい。

実際体面に居る青年は冷や汗をかいている。公国の勇者とか白騎士団長の薫陶を受けた者だとか言われているが 7つの子供に五本中二本も取られた。しかも、手加減しないで、である。

(あと3年・・・・2年もすれば・・・・・)

おそらく、この少年は相沢大輔、相沢慎一の二人を除けば五合と打ち合える者すら居なくなるだろう、と彼は思う。

「立花さん、どうですか?・・・・軍の方は」

ふと話題が変わる。が、既に彼は慣れていた。

この少年は公人として、とか私人として、とかそう言った区別はない。常に彼は公爵代理であり、7つの少年なのだ。

「はい。手近な所から集めてはおります。とりあえず三千程度は間も無く集められるかと。」

うん。と少年は頷く。

「しかし、祐一様。・・・・王国から救援の知らせもないうちから軍を集める必要があるのでしょうか? 彼の国とて軍兵五万を数える強国。よもや反乱の一つや二つでこちらに援兵を要請することもないと 思うのですが」

そう言われて少年・・・祐一が黙って首を振る。

「そう。反乱を起こす方にだって分かっています。王国には精鋭部隊として小坂、長森両軍の一万。それに王国軍本隊、そして北方諸貴族の併せて三万二千 が存在している。少なくとも、何が裏切ってもそれだけは絶対に裏切らない。つまり、四万二千にぶつかって、 しかも、長森の小父さんや折原の御爺さんと争って勝つことを考えれば数は相手より・・・相当多くないといけない。」

そんなことは誰にだって分かっている。

そう、小坂由起子だって、王国の誰だって思っていた。だからこそ、負けるわけがないと。

と、そこまで考えて青年・・・立花勇は一つの結論に至る。

もし、王国に彼と同じ思考を出来る者が居たら事態はここまで悪くはなっていなかっただろうか。最もそれは普通に考えてみれば当然帰結されるべき結論でしかないのだけれど。

「つまり、王国軍四万二千と長森伯爵、折原大公の二人に勝てる換算が反乱軍にはある、と」

逆に考えればそういう事ではないだろうか?

人形でもなんでもない。相手だって頭を持った武者なのだ。

そう考えられる所が彼らの強さと言えるだろう。相手を見くびる事は戦場で最もしてはしけないこと。

相手は自分達と同じ武者。そう考えれば思考は数倍、数十倍に膨れ上がる。

「もし僕が反乱軍だったら、貴方が反乱軍だったらどう考えますか?」

7歳の子供に質問される。その言葉を真剣に考える。

異様な光景に映るかもしれない。けれど、このオーディンの政務においてそれは一般的な事柄だった。

「・・・・異民族を使いますね。領土を約束し、協力を取り付け、挟撃体制を取るでしょう。」

しかし、と口に出そうとして、思わず口篭る。

まさか異民族と、・・・・そう。その固定観念が最も危ない。

結局は、反乱を起こすと言う時点で既に常軌を逸しているのだから・・・・

「そうです。流石立花さんですね。・・・そうなった場合、いくら王国の両翼であっても厳しいでしょう。 なので、我々も軍を集め、その上での王国への出陣が必要となります。」

なるほど。と青年が思わず眩しそうに少年を見つめる。

十以上年下の子供に対して彼は忠誠を誓っている。それは血統が良いとかではない。

彼が、それに値する人であるからだ。

二人の下に『王国北部より異民族が侵入』と言う報告がもたらされるのはその二日の後のことである。

しかし彼らはそれから数日の間動く事は出来なかった。

王国は公国と同じように一つの国家。その王国からの正式な要請を待たずしての 進軍はいくら相沢の家であろうと許される事は無い。

結局、王国からの悲鳴のような使者が現れるまでの数日間彼らは歯噛みしながらその使者を待つ事となる。

その頃には、既に軍兵三千五百を西部に召集し、白騎士団の千九百を城に集めながらも。







そして、その使者が到着した時。軍兵は五千を超えようとしている。

「祐一様、王国より救援の使者が・・・・」

自らの副官・・・・・右腕の言葉に小さく頷いて、部屋から出る。

夜明け。未だ太陽は地平線の向こうに居た。

「せめて、もう2日早く来て頂いていれば・・・・状況ももう少しは良くなっていたのですが」

時間から計算すれば、自分達が着くまでにどうなっているのかくらいは大体予想が出来る。

完全に切り離された王国軍本隊と北部諸侯の軍勢。北部諸侯の軍勢が異民族の群れに飲み込まれるのと 公国の救援。どちらが早いかはギリギリと言った所だろう。

「そうですね。けれど、その二日の間に千五百、新たに集める事が出来ました。これは大きいです。」

既に各地の兵站にも連絡はついている。これよりの行軍、全てに宿泊地の手配、食事の支度、等等の 移動以外の全ての時間を短縮出来るようになっていた。

それで数日は移動時間を短縮出来る。

そして何より大きいのは、既に集めた軍兵のうち四千弱は北方の国境境に配備していること。 後は指揮官さえ向かえば何時でも軍を動かせる。と言う事。

「分かりました。それでは、私が・・・・」

その声におもむろに立ち上がろうとする青年。

けれど、それを制して・・・・

「いいえ、当然、王国への救援は僕が行かないわけにもいかないでしょう。・・・・・立花さんは、 白騎士団を率いて公国領の防衛を」

ゆっくりと首を横に振って、一言。

その言葉にその場に居たほとんど全ての武官が思わず声を上げる。

「ゆ・・・祐一様?白騎士団をお残しになる・・・・と?・・・・しかし・・・・」

「当然、白騎士団長はここにはいないのですから勝手には動かせません。私が今受けている 白騎士団長からの委任は『公国本土の防衛、及び公国の統治に関する事柄についての白騎士団の指揮権』のみ です。他国への遠征に用いる権は持っては居ません。」

確かにそれはその通りだ。けれど、それは相沢大輔がまさかこんな事態を予測していなかったから。

その言葉にも祐一は黙って首を振る。

「どんな事柄においても法は法。いくら正しい事、と言っても私が法を公然と犯しては法が意味を失います。 それは、どんなことと比べても・・・・・遥かに、重い」

それが法である。と。

そして、だからこそ法治国家としての国家が成り立っているのだ、と。

そう言われてしまうと誰も反論の口を開けない。結局、立花勇と言う人間も白騎士団員。小坂由起子や 周囲の人間はそれを失念している。

こうなってしまうと、軍を率いて遠征する者、それは既に1人しか残っていなかった。

「それに、反乱した者を武者と思うのなら異民族の方とて同じ武者。きっとこう考えるのではないでしょうか? 公国から援兵が出るのならその時こそ公国を潰す機会である、と。・・・・そう考えれば立花さんと白騎士団は 絶対に残って頂かなければなりません。」

そう付け加え、改めてその事実をもう一度認識させて

「それでは、本日の十五時、出陣致します。軍兵の皆様にもそう伝達を。連れて行く人数は軍兵三千」

本土の守りには白騎士団と軍兵二千。それを残したのは、当然異民族の将とて援兵を出して空になる 公国を狙っているだろう、と予想しての事。

「以後の公国における指揮は全て立花百騎長に委ねます。解散」

そう、最後に一言だけ告げるとそのまま立ち上がり、部屋を出る。

呆然と座り込む人々を残して。







「おい!・・・・勇、良いのか?・・・・このままでは・・・・」

主の既に居ない会議室。

あれより数分。段々と誰もが落ち着きを取り戻し始めていた。

「祐一様はまだ7つ。いくら戦場に出た経験があると言ってもお前が補佐についてのこと、それなのに・・・・」

既に彼らの主は戦場に出る事二桁を数えている。一度として敗北をもたらした事はない、けれど・・・

彼らにとって、祐一はあくまで『大切な宝物』のような人であって、相沢慎一、大輔のような絶対的な将ではない。

当たり前だ。自分達の胸や・・・・下手したら腹の位置に頭が来る様な子供、そのような威厳等備わって居ようはずが無かった。

「いいえ、私は既に補佐等してはおりません」

しかし、問い詰められる方はあくまで冷静なまま。

「補佐等・・・・せいぜい初陣の際、隣に居て2,3ほど口を出したのみ。それ以外は何一つとして」

彼は真実を言っている。相沢大輔に頼まれ就いた補佐役。けれど、その役目を果たした事は一度も無い。

嬉しくて、誇らしくて、けれど・・・・少しだけ、寂しかった。

彼自身もまだまだ若い。まぁ、そんな感情は当然あってしかるべきかもしれない。

二十にようやく届くかどうか、と言うような若い将はそう言いながら小さく微笑んで・・・・目を閉じた。

そして、当の戦場。

北部戦線、総大将の任についているのは長森瑞佳の実の父親。

長森伯爵。又は北方の守護神等とも呼ばれる王国きっての将帥

軍事的才に乏しい小坂由起子にとっては王国内において最も信頼出来る人間の一人と言える。

その長森伯爵が苦悩の中に立たされていた。

「将軍。・・・・・北方における戦い、無念にも我等の軍が・・・・」

そんなことは分かっている、と言う様に黙って首を横に振る。

彼自身、分かっているのだ。

分かっていて、痛いほどに分かっていて、けれど・・・・・動けない。

彼が抱えている兵は五千。詰めている城を守るのに最低限の数。

この城を抜かれる事は敵の反乱軍と異民族の軍が連絡してしまうことを意味する。だから、動けない。

北方では王国側の貴族の詰めている城が一つ、また一つと抜かれていく。

「柚月、城島・・・・・次は、里村になるのか」

ぐ。と噛んだ唇から血が滴り落ちる。

3人とも自分が信頼する諸侯達。今まで長い間共に北方の異民族との戦いを行ってきた者達だ。

立場的には部下にあたっていても、彼にとっては戦友であり、兄弟のようなもの。

「柚月子爵は軽い傷を負いながらも戦場から離脱なされました。里村男爵も重傷。・・・・・・・」

そこで言葉を詰まらせる者に黙って手を振る。

言われずとも分かる。彼らが行っていたのはそのもう1人の家が治める城の防衛戦だ。

そして、それに失敗したと言う事は・・・・・

「柚月はどうなった?里村は?・・・・味方の援軍はまだか?」

友が1人失われる。自分にとっては、体が一部一部ともがれて行くようなものだ。

動きたい、友を助けたい。けれど、自分が動けばこの戦は終わる。

・・・・最もあってはならない結果で、終わる。

彼が為すべき事は相手軍の合流を阻止し、後方の反乱軍の囲みを味方軍本隊が突き破り援軍を差し向けてくれるのを 待つだけだった。

「里村将軍は自らの城に逃れ、そのまま防衛の体制を作ろうとしております。柚月将軍はこちらに向けて 撤退を開始しております。」

予定通りだ。一つ城が落とされる。落とされた城から一人でも多くの者を逃し、それがまた次の城を 必死に守る。

けれど、一つ落とされる毎にそこの城の城督は命を投げ打つ。味方が逃げる時間を稼ぐ為に。

「柚月将軍におきましては、既に五つの城の防衛戦に参加、とても次回の防衛戦に参加出来るほどの 余力は残っていない、と・・・・」

既に残っている戦力等その程度だ。元々この城で後方の反乱軍を止めている五千の兵を除いてしまえば 全部で六千程度の兵しか居なかった。現状で残っているのは前述の二人とそれに従っている 少数の軍勢のみ。

併せてもせいぜい二千と五,六百程度。

「最終的にはこの城での防衛戦。・・・・相手は三万強。こちらは七千残るかどうか・・・・それで、 王国からの援兵の知らせはまだないのか?」

「折原大公の軍は城攻めにかかってしまいましたので動けません。・・・・唯、その中から軍兵を 五千ほどオーディネルに帰還させることに成功致しました。本国では一万弱ほどの遠征軍を組んで 逆に反乱軍に対し挟撃体制を取る、とのことです」

間に合わないかもしれない、とそう思って・・・・心の中が空虚で満たされる。

実際問題、折原大公と自分。あとは・・・・亡くなった城島子爵。基本的に北方において 異民族を撃退し続けてきた昔からの百戦錬磨の将帥は皆既に玉砕を果たしてしまっている。

王国軍遠征軍、果たしてそれを率いる将は居るのだろうか?と。

つまり、王国において兵を率いる力を持った将のほとんどは北方に居た、と言う事だった。

「伯爵。・・・・一つだけ朗報がございます。陛下は公国に向かって援軍の要請を為さったとか。 彼の軍が到着すればよもや・・・・」

「・・・・無茶を言うな。今慎一様も大輔様もオーディンには居られぬ。お二人とも、帝国はヴァルキリアぞ。 帝国とて、この状況でお二人をオーディンにお返しになることは無い。」

嬉々としていた若い将校が全員落胆したように俯く。

帝国からすれば、王国の滅亡は喜ばしい事だろう。まさか、最強の将帥を1人として帰してくれるはずが無い。

「・・・・それより、里村が重傷と聞いたのだが・・・・城の守りは大丈夫なのか?」

彼の持っている兵は九百。少ないと言えば少ないが、貴重な戦力であることに疑いなかった。

何しろ、元は三千以上を数えていた所の生き残りであるのだから。

と、その言葉に思わず聞かれた方が口篭る。

重傷。つまりは

「里村男爵におかれましては、戦闘は不可能な状態、今ではその城の警備は里村将軍の御令嬢が取られていると・・・・」

場は一瞬にして静まり返っていた。

里村の令嬢。1人しか居ない。僅か9つの子供だけだ。

「その当人からの言葉も預かってきております。『父の代わりにこの城は命を代えてでも守り通します。』と」

その言葉に場内が静まり返っていた。

無茶。その一言では片付けられない。

最初っから死ぬ気の戦。誰もが分かっている事だ。けれど・・・・

それを9つの女性がやろうとしている。異様も異様だろう。

誰もが援兵を、と視線を向けてきて

けれど彼は・・・・王国の英雄は黙って首を横に振る。

自分達が動けば、後方の反乱軍はこの城を襲う。五千を割ってしまえば城壁全てに兵を配置する事すら出来なくなる。

そして、この城が落ちれば・・・・王国の歴史は終わるのだ。

「・・・・動くな。・・・・我々は動けんのだ。絶対に、だ」

握り締めた拳が小さく震える

情けなくて情けなくて・・・・とにかく、情けなかった。







そして、その少し前。

疲れたような表情で帰って来る人々を城壁の上から寂しげに見る姿が二つ。

二人とも子供。僅か、9つの・・・子供。

「詩子。・・・・詩子はどうするのですか?」

泣きたい。けれど、泣けない。どんな表情をしたら良いのか分からない。そんな表情。

「うん。詩子さんは・・・・一応お父さんと一緒に長森の小父さんの所に行く事になるのかな? ・・・・茜、司は・・・・」

言われなくても分かっています。と茜が首を横に振る。

落とされた城では、少なくとも城督は家族も一緒に自害を遂げている。死んでいく兵へのせめてもの 詫び、と言う事らしいけれど・・・・きっと、自分達の幼馴染も同じ運命を辿っているのだろう。

「分かっているんです。分かって・・・・」

ポツッポツッと頬に雫が落ちてくる。

これは戦。戦とは人が死ぬもの。

けれど、それが自分の幼馴染に来る事なんて想像したこともなくて

「あかねぇ、・・・・私もこの城で茜と一緒に居たい。今からでも・・・・・」

きっと、辛いのは茜より詩子。幼馴染が1人亡くなり、これからまた幼馴染を1人残して逃げなければ行けないのだから

「駄目です、詩子。・・・・それに、私は死にませんから」

強がりであることは詩子にも分かる。この城に戻ってくるのは僅かに九百。本隊は既に本城へ向けての撤退を 開始している。率いているのは自分の父親だ。

見捨てたのでは勿論、ない。元からの作戦通り。

最後まで、一日でも時間を引き延ばし、柚月は残った兵を纏めて長森と合流、篭城戦の準備を行い、 その時間を最後の城で里村が稼ぐ。

最初っから死ぬ事が前提の戦だ。けれど、今まで何人もの将帥が同じことを行ってきていた。

本来篭城戦とは援軍があることが前提となる。しかし、彼らはそれが無い事を知っていて行った。

そのことに本来なら意味はない。援軍のない状況で篭城を行うなど、唯の指導者の自己満足にすぎないのだから。

それだったら将がとっとと自害して城を明渡した方がずっと良い。そうすれば少なくとも兵の命は助かるのだから。

けれど、彼らには明確な目的があった。

一日でも自分達が時間を稼ぎ、又は自分達が刺し違えてでも相手の戦力を削ぎ、本隊の戦を楽にする。

既に一月以上敵軍の予定を遅らせている。散った命は二千余り。

ここでもきっと九百の命が散る事になる。

全ては、後々の、人々の未来の為に。

「詩子、ありがとうございます。きっと、詩子が居なかったら私は押し潰されていました」

自分の家の、自分が生まれて以来ずっと自分を育ててくれた重臣が多く命を落とした事に、幼馴染が 命を落とした事に。

その言葉に詩子はキュッと親友を小さく抱き寄せて

そのまま、柚月の家の者に連れられて出て行く。

既に茜の中には決心が出来ていた。

「誰か、長森伯への伝令をお願いします。」

雨の中、1人、また1人と兵が城の中に帰って来る。

一人一人が、自分が守るべき人であることを実感していた。