中国春秋時代の刀匠、干将は王命を受け火の中に飛び込み持ち帰った鉄で妻と共に2振りの宝剣を作り上げた。





 そしてその夫婦剣に彼は己と妻の名を与えた。白の陽刀『干将』、黒の陰刀『莫耶』。





 陰陽道の大極図を連想させる2振りの剣は例え離れても互いに呼び合い再び巡り合う性質を持っている。





 それは何の因果か長い年月を経て1人の男が手に入れた。男の名は衛宮切嗣。





 彼は生前、拳銃『ピースメーカー』を愛用している事は有名であったが剣の腕が優秀であった事は余り知られていない。





 だがそれは当然とも言える。彼は『魔術師殺し』の二つ名を持つ魔術使いであり、長い年月を経た武器はそれだけで一級の概念武装なのだ。現にたった300年程度の刀『九字兼定』は封印指定の魔術師の結界を容易く破壊できる、『干将』と『莫耶』の歴史はその比ではない。





 しかし第4回聖杯戦争にて『干将』は折れ、『莫耶』は刃毀れしてしまった。





 モノは有機無機を問わず命が宿る器である。その器が壊れると同時にその命は終わるのだ。




 『干将』と『莫耶』は死んだも同然だったが彼の弟子の魔術使いにより鍛え直され生まれ変わった。幅広い大陸風の作りであったその夫婦剣は日本の小太刀のように細くなり銘を『陰陽双剣』と付けられた。それは現在、衛宮切嗣の義息子、衛宮士郎の手にある。















 竜王と少年・第2部
 第2話「七番目の鐘が鳴る時、運命は誰の為…」















「ほらほら! さっきまでの威勢はどうした坊主!!」



「ちっ」



 士郎は何十、何百になるか分からない突きの嵐を両手に持つ極限まで強化した双剣で弾き、鍔競り合い、、薙ぎ払い、切り払う。



「…おい坊主、テメェ一体何者だ? 正直俺とここまで打ち合える人間がいるとは思わなかった」



「なに、単なる修行中の見習い退魔師さ。そういうお前は判りやすいな、ランサー。アイルランドの光の御子、ルーン魔術を使い、犬の意を冠する名を持ち、死の魔槍を持つ最速の英雄……」



「よく判ったな、魔術師…いや、退魔師か。それともう一つ答えろ、何でお前がカラド・ボルグを持っている?」



「そんなに知りたいか?……なら…」


 納刀し、答える士郎。それは降伏にも見えるが目はまだ死んでいない。



「教えてやる!――停止、解凍(フリーズ・アウト)!!」



「な!?」



 ランサーの周囲に現れたのは7本の偽・螺旋剣。

 校庭の時とは比較にならないほどの魔力を発する、おそらく聖杯戦争におけるランクで表現するならば最低でもランクB、あるいはそれ以上あろう魔剣が7本。

 ランサーにとっては突然現れたように見えるが実際は予め工程完了(ロール・アウト)し待機(クリア)させておいた偽・螺旋剣を通常状態に戻しただけにすぎない。



「全投影、連続層写(ソードバレル・フルオープン)!」



 7本の魔剣が剣銃(ソード・バレル)としてある物は同時に、又ある物は時間差で、四方八方から死角なく降り注ぐ。一本一本が大気を、魔力を、世界を捻らせながら疾る。



「ちっ、贋作(フェイク)かよ! だが、この程度でどうにかなると思ったか!!?」



「思っていないさ、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!! …投影、開始(トレース・オン)!!」



 ランサーは生まれつきの矢避けの加護とクラス・スキルである対魔力に加え持ちうる全ての防御用ルーンを発動させ偽・螺旋剣を防ぎきるが1本が自爆し次ぎ次ぎに誘爆する。魔力を伴った矢ではなく純粋な爆発により無防備になった一瞬の隙を突き士郎は踏み込み、再び投影する。

 士郎の手に現れるのはカラド・ボルグ。しかし先の偽・螺旋剣ほど捻じれておらず、装飾もランサーの記憶にあるカラド・ボルグと同一、つまり、オリジナルのカラド・ボルグ……



「硬き稲妻の剣(カラド・ボルグ)!!」



 真名により力が解放され剣の軌跡を黄金の稲妻が追いランサーを焼き、そのまま堀まで吹き飛ばし粉塵が舞い上がる。

 殺った、と思うがそれでも士郎は警戒を解かず、消したカラド・ボルグの代わりに双剣を再び抜刀して構え直し乱れていた呼吸を整える。普段から師の口癖、『警戒を解くのは全てが終わった事を確認してからだ』と数えられないほど言われ続けてきた。現に一度、気を抜いて死に掛けた事実があり敏感になっていた。



「え、衛宮…何が起きたんだ……?」



「美綴!? 来るな!!」



 1人であればしなかったであろうイレギュラーによる些細なミス。一瞬の空白、その瞬間、粉塵が弾けた。



「っ!!??」



 神速で迫る槍を辛うじて双剣で受け逸らせるが、瞬時に放たれた二撃目が士郎の右肩を抉る。それを見た綾子が悲鳴を上げる。士郎は肩を槍に突かれたまま蔵の中に放り込まれ、綾子を押し倒す形で倒れた。



「ぐぅっ」



「衛宮、血、血が出てる…早く止めないと……」



「ヒトの身でありながら良くやった。誇っていいぜ、坊主……」



 蔵の入り口に立つランサーは笑顔だが満身創痍だった。顔半分に火傷を負い、右脇腹は抉り取られ、左腕は二の腕から先が無い。

 他ならぬ人間である士郎により付けられた傷だ。



「せめてもの情けだ、痛みを感じぬよう我が必殺の一撃であの世へ送ってやる」



 ランサーは校庭で見せた構えを取り、槍先にマナが集まっていく。





――― 死ぬのか?



――― 俺が死んだら藤ねえはきっと暴れるだろう………タイガー大暴走、誰が止めるんだろう?



――― 桜は泣くだろう。



――― 慎二は愚痴を言いながらも悲しむだろう。



――― 一成の場合、自分がお経を読むと言いかねない。



――― 師は………きっと泣かない所か悲しみもしないだろう。それどころか不甲斐無い弟子を文字道理鉄拳で修正するために黄泉平坂だろうとタルタロスだろうとニブルヘイムだろうと構わず乗り込んで来るに違いない。あの人なら本気でやりかねないから怖い。おそらく冥府の主や門番である伊邪那美命もハーデスもヘルもケルベロスも大した時間稼ぎにもならないのではないのだろうか。





『教えて! タイガー先生』



『ししょー、それ違いますよーっていうかまだっす』





――― ………何故だろう。今一瞬胴着姿の虎とブルマー姿の銀髪ロリッ娘がド突き漫才をしている幻覚が見えたような気がした。





「じゃあな…坊主、お前が俺のマスターだったらな」





――― 親父、ぶっちゃけ可愛い義息子のピンチです。先生のぼこり方教えてくだちゃい





 死を目前にして士郎は不謹慎にもそんな事を考えていたりする。だが次の言葉を聞き、思考が入れ替わる。



「安心しろ。寂しくないよう、そこの女も一緒だ」





――― ふざけるな!



――― 俺は何の為に力を望んだ!?



――― 俺は世界を救おうだとかたいそれた理想も目的も無いけど、でも、自分に関わっている人ぐらい守りたいんだ。美綴は…美綴は、ただ今日ちょっと運が悪かっただけの普通の女の子だろ!? 俺はもう、失いたくないんだ!!



――― 「駄目だ。それじゃあ駄目だよ、士郎。士郎の人生は士郎の物なんだから……だから、沢山、沢山考えて、自分で決めるんだ…それから、士郎が正しいと思った事を、やりたい事をすればいい」



――― そうだな、親父……なら、俺は俺の筋を通す!!





『シロウ、貴方は私を守ってくれる?』



 声が聞こえた。

 幻聴かもしれない、いやそれは幻聴なのだろう。守りたかった、守れたはずだった、でも守れなかった少女の声。

 爆音が轟く死が支配する荒廃した村で少女の一部であった赤く汚れた手を抱きしめ涙を流す事しかできなかった自分。非情に徹すればこうにはならなかったはずなのに…

 だから立ち上がる。二度と同じ轍を踏まぬよう、後悔しないよう。

 右肩を押さえたまま残りの魔力を集中させる。

 次の瞬間、士郎と綾子の近くにあった薄汚れ消えかかった幾何学的な魔方陣に魔力が流れ、光りだす。



「馬鹿な! 召喚だと!? まさか7人目!!」



 ランサーが言い捨てると同時に一陣の光が走り剣戟が響き、ランサーは外へ退いていった。

 一時の静寂を得、薄暗い月灯りのみが差し込む蔵の中、月光を後光に整然と立つ目に見えない何かを持ち白銀の鎧を纏った少女は士郎の左手の痣を確認し口元に笑みを浮かべる。



「サーヴァント・セイバー、召喚に応じここに参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある――――ここに契約は完了した」



 と宣言した。次の瞬間、貧血の様な眩暈。肩の傷から大量に出血したせいかと思ったが、違う。身体から他の場所に魔力が流れているのだ。おそらく使い魔への魔力供給。師から話は聞いていたが士郎自身下級の使い魔しか使った事しかないので断言できないがおそらくそうだろう。



「マスター、外のサーヴァントを排除します」



「待て、セイバー」



 蔵から飛び出そうとするセイバーを言い止め声を蔵の外へ大声で言い放つ。



「退け、ランサー! 今の状態ではお前が不利だ!! 今は見逃す、消えろ!!」



「な!? マスター!!」



「なら甘えさせてもらう。坊主、今の言葉後悔させてやるぜ! それまで死ぬんじゃねぇぞ!!」



 外からランサーの声が響き、気配が消える。



「どういうつもりですか!? マスター!! 今のは勝てる戦いです!!」



「手負いとは言えサーヴァント、それにマスターは不明。こっちは総魔力の7割以上を消費している、その状態で守りながら戦うのは自殺行為だ。そんな不利な状況で戦うつもりはない」



「ですが……」



「それにランサーの真名分かっているんだ。準備次第で勝つ方法など幾つもあるさ」



「…マスターがそう言うのであれば従います」



 しぶしぶと了承するセイバー。すると今まで状況が飲み込めなかった美綴が口を開いた。



「衛宮…さっきの青タイツは? それにその娘はどっから出て来たんだ?」



「んーーとりあえず、分かっているのは……俺達は生き延びた、って事だ」



 月灯りでスポットライトの様に照らし出された幻想的な空間で笑みを浮かべる士郎、それに見惚れた美綴だったが、



「にしても青タイツか、傑作だ!」



 次の瞬間、士郎が腹を抱えて笑い出してしまったために幻想的な雰囲気はハンマーが叩きつけられた硝子の如く綺麗に砕け散った。



「む、マスター、他のサーヴァントが接近して来ます」



「ほっとけ、向こうから手を出して来たなら兎も角として消耗している状態でこっちから手を出す事も無いだろ。それよりも飯だ、消費した血と魔力を補わなきゃならん。2人も食うだろ?」



 士郎はそう告げると「ランサーに壊された窓は後で修理すればいっか」等と呟きながら蔵を出て縁側へ向かっていく。



「マスター、貴方が何を考えているのか分かりません」



 そう呟くセイバーに対し綾子は「あたしゃ何が何だかさっぱりだよ」と返した。










 赤いコートを翻し、ツインテールを靡かせ、遠坂凛は夜の住宅街を疾走する。



『まったく、君のうっかりは重症だな』



 凛のすぐ横で霊体になりついてくるアーチャーの声だ。



「悪かったわね! でも衛宮君だって魔術師だったのよ、少なくとも簡単に死ぬとは思えないわ!!」



『そうかな? 時間はあった上に相手は英霊だ、既に2人とも殺されている恐れがある』



「だとしても、無関係の人間を見捨てる気は無いわ! って着いたわよ! どう!?」



 『衛宮』と表札のある武家屋敷の前で急停止して聞くとアーチャーが実体化した。



「家の中にサーヴァントの気配が1つ、だがランサーではないな」



「…まさか衛宮君が召喚したの?」



「その可能性はある」



「まあ、いいわ。確認するわよ」



 そう告げると凛は重力を軽減し堀を飛び越え庭に着地する。瞬間、爆音が響き渡り凛の思考は真っ白になって途切れた。










 祐一が借りたホテルの一室に携帯電話の電子音が響く。

 ソファーで新聞を読んでいた祐一はベッドの上に置いておいた携帯電話を取り電話に出ると聞きなれた声が聞こえてきた。



『やあ、未来の大総統、良い子の味方、ロイ=マスタング大佐だ』



「……俺の炎術はお前の錬金術とは違いやろうと思えば地球の裏側にいようが水中や真空にいようが関係なく燃やせる事を理解しているよな?」



『冗談はここまでにしといて今回は君に依頼がある』



「ほう、国連直属の裏特務部隊『国家錬金術師』が何の依頼だ?」



『単刀直入に言う、国連刑務所を脱走し日本に逃亡した女性凶悪犯罪者を抹殺してほしい。報酬は二千万でどうだ?』



「おいおい、フェミニストのあんたがそんな依頼をするとは夢にも思わなかったぞ」



『茶化するな。私はフェミニストである前に一人の人間であり軍人だ。それに相手は半年前の幼児98人惨殺首狩り犯の元国家錬金術師だ、今すぐ対処しなければどれだけ被害が出るか検討も付かん』



「……そうか、いいだろう、奴の行き先は目星が付いている。その依頼を受けよう」



『助かる、こちらからも少数だが援軍を送る。では頼んだぞ』



 携帯電話を切りベッドに放り投げる。

 そのままソファーに戻らず窓際行き下に広がる冬木の街を見下ろしながら一人誰にも聞こえぬように呟く。



「神音を構成する名家の一つ、日本の錬金術を代表する美坂家の次期当主であり元国家錬金術師、『狂拳』の美坂香里…それが俺の左眼を抉った女の名だ………」










 つづく