何だかさっきからおかしい…
何て言うかこう、学校の空気が淀んでいる感じがするし、いつもこの時間には警備会社の人が学校に来ているはずだ。
校庭から微かに音が聞こえる。
私は茂みに身を隠し、そっと校庭を覗き込んだ。
そこにあったのは異様な光景だった。
背の丈はあろうとする日本刀を持った群青色の侍と、血のように赤い槍を持った青い騎士が文字道理目にも映らぬ速さで戦っていた。
比喩じゃなく、本当に目に映らない。私にはかろうじて残像が見えるだけだ。
青い騎士が繰り出す神速の突きの嵐を群青色の侍は避け、あるいは日本刀で払い落とす。
十数秒の間に一体幾つの突きが放たれたのか判らないが突然青い騎士は突きを止めバックステップで距離をとった。
「ハッ!佐々木小次郎って言ったっけか、最優のサーヴァントのセイバーと真っ先にやれるなんて俺の運も中々捨てたもんじゃねえな」
青い騎士の言葉に私はハッとした。
佐々木小次郎。その名前は時代劇など興味のない私でさえ知っている。
物干し竿を持つ宮本武蔵のライバル、秘剣・燕返しの使い手、巌流島の決戦等々…でもサーヴァントって何だろう?
「ランサー殿、私も貴君程の槍の使い手と死合えるとは夢にも思わなかったぞ」
「うれしい事言ってくれるじゃねぇか…よっ!!」
ランサーと呼ばれた青い騎士の突きで再び戦いは始まる。
今度のはさっきより速いように思える。
でも佐々木小次郎と呼ばれた群青色の侍はそれに対応するごとくスピードを上げる。
その2人の動きは華麗な演舞を舞うかのようで幻想的で、私こと美綴綾子はただ理由もなく美しいと思った。
竜王と少年・第2部
第1話「英霊来たりて鐘は鳴る」
美綴綾子以外にその異常な戦いを見ている者達がいた。
綾子と戦場をはさんで丁度反対側に身を隠し気配を殺したツインテールの少女、遠坂凛だ。その傍らには霊体であるが彼女のサーヴァントであるアーチャーが居る。
凛は聖杯戦争の7人のマスターの1人であり、今晩は学校に張られた悪質な結界を破壊、できなくば妨害するために来たのだが偶然にも他のサーヴァントの戦いを見れる事になった。
凛の眼は目の前の戦いに釘付けになっていた。特に凛が注目しているのが何を考えているのか戦闘前に自ら真名を明かした侍のサーヴァントだ。
その真名は佐々木小次郎。信仰の対象ではないが知名度で言えば日本人で知らない者など居ないだろう。精霊に限りなく近い存在であるサーヴァントにとって知名度が高いという事は力が増す事を意味している。
見た感じクラスはおそらく凛が狙っていた最優のサーヴァント・セイバー。
最も凛は家の時間を一時間早く進めておいた事を忘れるという大ポカをし、魔力不万全な状態で召喚したサーヴァントは記憶喪失で何処の誰とも判らない弓兵。
遠坂凛固有スキル:うっかりA+
重要な事に限ってよくうっかりして大ポカをする。
遠坂家代々の遺伝らしい。ここまでくると呪いレベル。
私の聖杯戦争、もう終わったかもしれない。凛は目の前の戦いを見ながらふとそう思った。
それ位凄い。アーチャーの実力は知らないが、もし自分のサーヴァントがあの2人のどちらかと戦ったら勝てないかもしれない。そう思えてならない位だ。
ガキンッ!!!!
一際大きな剣戟音が響いたあと青い騎士は群青色の侍から大きく間合いを離した。
「久しぶりの真剣勝負、いいねぇこのゾクゾク感が!」
「うむ、これだけでも現界した価値はあると言うもの」
「言うじゃねぇか、もっと楽しみてぇがマスターの命令なんでね……」
青い騎士が今までとは違う構えを取る。
槍の矛先は地上に向いておりそこから何が繰り出されるのか想像もつかない。
でも1つだけわかる事がある…それは、『宝具』。青い騎士は宝具の力を解放させる気だ。
そうなれば例えセイバーであろうと群青色の侍に勝ち目は薄い。
「じゃあな…その心臓、貰い受ける……」
群青色の侍は何も言わずに構えを変える。
おそらく『宝具』で迎え撃つ。凛には直感的にそれが判った。
大地から湧き出るマナが長い日本刀と赤い槍に集まっていく。
「刺し穿つ(ゲイ)…」
「秘剣…」
2つの『宝具』の力が真名により解放されようとした………が
「………誰だ………!?!?!?」
それは第三者に気付いた青い騎士により止められた。
「……マジ…?(汗」
一瞬凛は自分の事がばれたのかと思うが青い騎士とそれを追いかける群青色の侍が向かった方向はまったくの反対方向、冷や汗を流すが再び直ぐある事に気付いた。
「って綾子ぉ!?」
そう、その見知った姿、それは凛の友人である美綴綾子のものだった。
「アーチャー、止め「美綴、逃げろぉぉぉ!!!」て、ってえ?」
校庭にはもう1人居た。赤い髪の少年。
彼の事も凛は知っていた。衛宮士郎、■が慕っている同級生だ。
だが何故か彼は矢のない弓を引いて狙いを付けようとしている。
「なに!? もう1人いやがったのか!!」
青い騎士が戸惑った瞬間、彼は厳かに呟いた。
「投影、重装(トレース・フラクタル)――――」
「うそ…」
「!?何でテメェがソレ持ってやがる!!」
凛は驚き、青い騎士の目が驚愕に彩られ、その時には既に群青色の侍の姿は消えていた。
矢のない弓に現れたのは魔力を発する刀身が螺旋状の剣…いや、あれは矢だ。
凛は何度か調べた事があるが衛宮の家は魔術師の家系ではないはずだ。魔術回路はあるがあくまで1〜2個と『一般人としてはありえる』程度な数。それに魔術は我流で何とかなる程優しいものではない。でも彼は魔術師だった。冬木の管理者である遠坂の目を掻い潜る程のモグリな…
「偽・螺旋剣(カラド・ボルグU)!!」
士郎の声と共に魔力を帯びた矢が放たれる。
その瞬間、青い騎士が浮かべた表情は子供が何故か新しい玩具を見つけた顔に凛は思えてしまった。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
数分の狙いも外さず放たれた矢を青い騎士は真正面から槍で受け止めた。その威力を完全に抑えきらなかったのかずるずると10cm程引き下がる事となった。
信じられない。それが凛の正直な感想だった。
人間とはかけ離れた力を持つサーヴァントに例え魔術師であろうと対抗する手段はない。だが彼はやってのけた。僅かとはいえサーヴァントを吹き飛ばしたのだから。
だがそれもここまでだろう。青い騎士には余裕があるように見える。本当に、これで彼はおしまいだ。そう思った次の瞬間…
「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」
独自の魔術詠唱により矢が内包していた魔力が爆発した。
すぐに爆煙は消えるがそこに青い騎士の姿はない。
「アーチャー!ランサーは!?」
すぐさま自分のサーヴァントに聞く。
アーチャーのクラススキルには心眼という遠視能力があったはずだ。何か判るかもしれない。
「ふむ、ランサーは爆発の寸前に逃げたようだな。最も完全に避けきれず手傷を負っている。現在は商店街の近くだ、これ以上離れると私でも判らなくなる」
赤い騎士…アーチャーが実体化して言う。
だとすれば当分は大丈夫だろう。
「ところで凛、どうする?」
「決まってるじゃないの」
綾子はともかく衛宮君には全部ゲロってもらわないと…
と言おうとして校庭を向いたらそこには誰も居なかった。
拝啓、天国のお父さん。
私はこの家に生まれた事を後悔しませんが、血筋を呪ってもよいですか?
綾子と凛とはまた別の場所から衛宮士郎はその戦いを見ていた。
生徒会長である親友の柳洞一成に頼まれ壊れたストーブを修理していたらこんな時間になってしまった。故障箇所は士郎が使える数少ない魔術、『同調(トレース)』で構造解析し割り出したがその部分を修理するため一度解体しなければならず、それも壊れたストーブは複数ありこんな時間になってしまった。
「これが先生が言ってた聖杯戦争…」
群青色の侍と青い騎士の戦いを見ながら一人呟いた。
義父の死後、遺言により魔術を教えてくれた自分と歳の変わらない師の話を思い出す。
何でも願いを叶える魔法の壷『聖杯』を巡る7人の魔術師と7騎のサーヴァントのバトルロワイヤル。だが士郎はそんな事に興味はない。
『戦う魔術師とサーヴァントそのものが生け贄…もしかしたら冬木の街自体が願いを叶える為の生け贄として用意されたものなのかもしれない』と何時か師が言っていた。以前の『正義の味方』を目指していた御宮士郎であれば関係なくても首を突っ込もうとしたが今ではそんな事をしようとは思わない。
師に修行の一環として手伝わされた仕事で自分勝手な殺戮を繰り返す『正義の味方』を嫌と言うほど見て気付いた。特撮ヒーローの様な『絶対正義』や『絶対悪』など現実には存在しない。『正義』と『悪』は表裏一体、見方によっては『正義』は『悪』になり『悪』は『正義』になる。結局『正義』とはエゴの塊なのだ。だから誓った、自分は『正義』の味方ではなく『大切な人』の味方になると。
「『宝具』か、あれが発動したら侍の方は確実に負ける…」
青い騎士は『宝具』である魔槍ゲイ・ボルグを構え直す。
士郎は自分でも気付かない内に青い騎士の『宝具』を解析していた。
ケルト神話の半神半人の英雄、クー・フーリンの武器だ。その槍が放たれれば確実に相手の心臓を突き刺すという文字道理必殺必中の武器。それは槍に因果律を修正する能力が有るためだ。
対する侍の武器は実を言えば『宝具』という訳ではない。名乗りを上げた真名が佐々木小次郎という事はおそらく彼の技自体が『宝具』なのだろう。
侍も構えを変える。そして、どれだけの時が過ぎたのか、1分かもしれないし10分かもしれない。もしかしたら10秒だったのかもしれないが士郎にはそれが長く感じられた。
「………誰だ………!?!?!?」
『宝具』の発動する直前、第三者の存在に気付いた青い騎士により止められ集められたマナは解放される。
「…俺ではない…遠坂、はちゃんと気配を絶っている……って事は美綴か!」
『探す事』に優れた士郎にとって目に入る付近であれば誰が何処に隠れているのかぐらい気配を絶っていても探す事は容易い。
「美綴、逃げろぉぉぉ!!!」
立ちすくむ綾子に向け大声を上げる。
それに気付いた綾子は校舎の中へ逃げ込んでいった。
「なに!? もう1人いやがったのか!!」
青い騎士が戸惑い足を止めた隙を見逃さない。
魔術師は己を隠蔽する事を第一とするが今はそんな事を言っていられない。
ちらりと一瞬、左手にはめているリミッターの役割をしている腕輪を見るが解除している時間はない。
何故かここに来るまでに拾ったグラスファイバー製の弓を引きリミッターにより最低限必要な2個しか起動できない魔術回路を展開する。2個では限度を超えてスムーズに流せない魔力量にくらりと立ち眩みを覚えそうになるが気合で踏ん張る。
そして、最も得意とする魔術を使う。
「投影、重装(トレース・フラクタル)――――I am the bone of my sword(我が骨子は捩れ狂う)」
それは投影魔術。
投影魔術とは能力のない空っぽな偽作を作り出すだけの魔術だが士郎のものは刀剣の類に限っては9割以上の完成度で作り出すことができる。
士郎のそれは投影魔術であり、まったく別の魔術でもある。
今、投影するのは遠距離攻撃に向いた剣であり矢である武器。神話においてクー・フーリンの天敵とも言える因果の魔剣を参考にイメージし、設計図に足りない部分は空想で補い、矢として使いやすいよう改造する。
無いはずの武器の贋作。すなわちこの瞬間、贋作は本物となる。
そして完成した剣の矢を青い騎士に標準を向ける。
「!?何でテメェがソレ持ってやがる!!」
青い騎士の驚愕の声が聞こえる。投影は成功らしい。
サーヴァントがいかに精霊に限りなく近い存在とはいえ聖杯の力において一時的に受肉した生き物である以上付け入る隙はある。一番有効的なのは生前の因果を利用する事。信仰の対象が召喚される事が比較的多いサーヴァントにとって自分を傷付けたり死に至らしめた武器、もしくは神話において神殺しの因果を持つ武器が有効だと師に言われ士郎は幾つもの神話や伝承を読み漁った事がある。
クー・フーリンには矢避けの加護があるというが彼の天敵という因果を持つの剣を模した矢であれば届くはずだ。
その矢の名を叫び弓を放つ。
「偽・螺旋剣(カラド・ボルグU)!!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
放たれた矢はまっすぐランサーへ向かうが気合で受け止められた。完全に威力を殺せなかったのか槍で矢を受け止めたままずり下がる。士郎はすぐさま次のスペルを唱える。
「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」
それは投影で複製された武器の魔力を暴走させ爆発させるオリジナル魔術。
受肉したとはいえ仮にも英霊をその程度で倒せたとは思わないが確認せず校舎へ向かう。ランサーはマスターに命令されていたのか戦闘を中断して目撃者を消そうとした。ならばこのままでは綾子が危険だ。
「美綴!」
「ひっ!! って御宮!? 何なんだよさっきのは!?」
「すまないが暫らく無礼を許してくれよ」
「え?…ってキャアーー!」
士郎は綾子を両手で俗に言うお姫様だっこで抱き上げ学校から走り抜け、魔術で強化した脚力で民家の屋根の上を飛び渡りほぼ一直線に自宅へ向かう。
「衛宮、お前何処走ってるんだ!? もっとゆっくりーー! って空ぁ!!?」
「叫ぶな美綴、ゆっくりしてたら追いつかれる!!」
錯乱気味の綾子を振り落とされないように押さえ自宅である武家屋敷の庭に降り立ち蔵へ駆け込むと棚から戦闘用のジャケットを取り出し学生服の上に身に付け2振りの短剣を後ろ腰に十字差し左腕のリミッターを外し全27の魔術回路全てが開き短剣とジャケットを強化していく。
全ての準備が終わると同時に侵入者を知らせる鐘が鳴る。
「来たか。思ったより速かったな……美綴、奥で隠れていろ」
士郎は陰陽道の大極図を連想させる白と黒の短剣を抜刀すると蔵の扉の隙間から外の様子を伺い始めた。
「チ、まだ腕が痺れてやがる」
追跡用のルーンを刻んだ小石を追いながらランサーはぼやいた。
先ほどの戦いで赤毛の少年が放った矢の爆発は本気ではなかったとは言え予想以上彼にダメージを与えていた。特に受け止めた槍を持っていた両手が。
「あの小僧、強ぇな……」
ランサーは正直にそう思う。
少年のとっさの判断力と決断力は並大抵の事ではない。おそらく年齢に似合わない修羅場を潜って来たのかもしれない。
「にしてもカラドボルグ…か。どういう事だ?」
疑問が浮き出てふと小首を傾げる。
あの少年が使った矢をランサーは知っていた。その矢が本来は剣として使われる『宝具』である事も。何故ならあの『宝具』が自分と同じアイルランドの英雄にて旧友であり敵であったフェルグスの『宝具』だったからだ。
『宝具』は真の使い手でなければその真の力を発揮できない。なのにあの少年の言葉に応じ『宝具』は真の力を発揮した。もちろんあの少年はフェルグスに似ても似つかないし、第一にもし現代において何らかの形でカラドボルグが流れ出て人から人の手に渡りあの少年の手に渡ったとしても果たしてその真の力を発揮できるのか? もしカラドボルグがあの少年を新たな主と認めたのであれば彼は相当な実力者となる。
しかし少年が使ったカラドボルグはランサーの知っていたカラドボルグとは若干形状と装飾が違っているような気がした。
「まぁ、マスターの命令で目撃者は消さなきゃならないからな。もう一度確かめればいい」
小石が止まった先の武家屋敷を見ながらランサーは呟いた。
「あ〜〜〜もう!どう言う事よ!!?」
凛は学校の屋上でムシャクシャしていた。髪はボサボサになり、クラゲかイソギンチャクのお化けのような感じすら受ける。
それもそのはず、今朝はあったはずの目的の結界が綺麗サッパリ消えているのだ。
それにしても地団太を踏む姿はとても学園のアイドルのそれとは思えない。
「…やはり歴史が変わり始めている……どう言う事だ…?」
アーチャーは気が荒くなったマスターに聞こえないよう小声で自分の疑問を口にした。
「もうすぐよ…」
冬木の新都にある某ビルの屋上で一人の少女が呟いた。
一陣の風が吹き少女のウェーブがかかった茶色の髪が乱れ靡くが気にせず暗い笑みを浮かべる。
「待っててね■、もうすぐお姉ちゃんが聖杯で生き返らせてあげるからね……」
つづく