『ピピピ……』



 墓地から帰る途中不意に電子音が響き、少しすると止んだ。

 祐一がジャケットから携帯電話を取り出す。先の音は携帯電話の呼び出し音だったのだ。

 ディスプレイを見るとメールの着信マークが表示されている。

 タイトルは『依頼』の文字。その送信者は……















 竜王と少年・第1部
 第2話「黒炎を誘(いざな)う桜花」















―――喫茶店「アーネンエルベ」



 カランカラン



「いらっしゃいませ」



 扉に付けられたカウベルが来客を告げ営業スマイルを浮かべたウェイトレスが出迎える。

 席へ案内しようとするウェイトレスに人を待たせていると告げると何時もの席へと向かう。祐一は主に家から数駅離れたこの喫茶店と近所の喫茶店「翠屋」の2つのどちらかで情報屋から依頼を受けるため常連だ。



「よお、美汐」



「こんにちは、祐兄さん」



 その情報屋の名前は天野美汐。祐一とは義理の従姉妹に当たる。祐一より一つ歳下で本業は学生だが陰陽道の修行の傍ら情報屋という副業をしている。陰陽師としての腕は二流だが情報屋としての腕は一流でよく良い仕事を持ってくる。

 挨拶が終え席についた時にウェイトレスが美汐が注文したであろうミルクティーと抹茶のシフォンケーキを持ってきた。そのウェイトレスに祐一はコーヒーを注文する。祐一は甘い物は苦手だが美汐は大の甘党なのだ。

 数分後、ウェイトレスがコーヒーと伝票を置きマニュアル通り「ごゆっくり」と言って去ると美汐が鞄からA4サイズの封筒を2つ取り出す。



「今日は2つの依頼が来ましたがどうしますか?」



「一応両方の依頼内容を聞いておく」



「では、まずはこちらの……」



「? どうしたんだ」



 片方の書類を取り出しざっと目を通した所で美汐は固まった。



「は、はい。まずこちらの依頼内容は………真祖の白き姫君、アルクェイド=ブリュンスタッドの抹殺。ちなみに報酬は時価です」



 大抵は明記されているはずの報酬が時価。これはまともな報酬を期待できないと言っているようなものだ。



「…何処からの依頼だ? それ」



「神音です」



 美汐の言葉に祐一は顔をしかめる。退魔組織『神音』は祐一にとって因縁がある組織だった。



「今度は何をやったんだ? あそこの馬鹿どもは」



「北海道で発見し襲撃したものの返り撃ちにされ16人の退魔師が半殺しにされた報復………だそうです」



 祐一は考えた。今の神音は命知らずが増えたのか、それともアルクの事を知る者も相手の技量を正確に測ることが出来る者もいなくなったのか。前者であれば対立した時少々厄介だが後者なら別にかまわないだろう。



「アイツに勝てる奴なんてそうそういないだろ」



「……少なくとも私が知ってる中では祐兄さん達『天魔四霊将』ぐらいかと…」



 天魔四霊将とは最強の名を冠し誰にも束縛される事の無い4人の退魔集団……『紅鋼竜』、『常盤の魔女』、『逸れ人形遣い純情派』、『天(アマツ)の弓』のそれぞれの異名を持つ凄腕の退魔師で構成された退魔師にとって『反逆者』の代名詞と言える存在だ………もっとも約一名、少しずれた異名を持っているが…

 天魔四霊将が反逆者と呼ばれるには訳がある。彼らは魔物との共存を主張しているのだ。時が百年前であったならそれなりに受け入れられたであろう。だが現代の大半の退魔師は『魔物は全て滅ぶべし』という思想が主流のため全ての魔物が悪だとされている。最もその考え自体が間違いなのだ。確かに魔物は強い力を持っているが全てが人間に危害を加える存在ではない。ほとんどの魔物は他の争いに興味は無く、むしろ一部の種族は人間に力を貸す事もある。

 それなのに何故魔物は人間を襲うのか? 答えは簡単だ。人間達が先に魔物に手を出したから仕返しをしたに過ぎない。

 力を手にした人間はまず友好的で最強種であり力や知識を分け与えてくれた竜族を裏切り、報復されなかった事を勝手に都合よく解釈し頭に乗ったのだ。人間がやった事はいわば自らの命の恩人を殺した犯人が「こいつが怪しそうだから殺ったんだ」と言い訳している様なものなのだ。何故人は分からないのだろう、殴れば殴り返される事を。

 狩られる側には当然抵抗する権利はあるし殺す時は逆に殺される覚悟もしなければならない。だが多くの人間がそれを理解していない。人間の多くは他人よりも強い力を持てばいくらでも傲慢になり緩慢になる生物なのだから。

 自分達は手を出して良いのに魔物が手を出すことは許さない。そんな考えなのだ。



「しかしあそこは2年ほど前に鬼切丸に手を出して手痛いしっぺ返しを受けたはずですが…学習能力がないのでしょうか?」



「完全でなければ塵、人でなければ必ず殺せ。それが神音の方針だ。何時もの事ながら呆れる」



 だから祐一は魔を退陣させるのではなく殺すという意を込め皮肉って彼らを退魔師ではなく殺魔師と呼んでいる。

 一方魔物と呼ばれる存在の中でもアルクエイドと鬼切丸は両方とも真祖の吸血鬼と純血の鬼でありながら同族殺しとして半ば認められつつあった。

 片や吸血鬼のオリジナルとも呼べるの精霊の様な世界の端末とも言え世界を書き換える程の力を持っている真祖、片や不老不死で千年以上生きた名も角もなく全ての鬼を塵にする神器名剣を唯一人だけ持つ事を許された鬼の中の鬼。この2人は1人で退魔組織一個分を凌駕する戦力を持っているとすら言われている。

 多少誇張されていたとしても巨大な戦力を持ち強力してくれる者を殺そうとする行為は祐一にとって愚か以外何でもなかった。



「どうせ言い分は『何時我々人間に牙を剥くかわからない化け物を野放しにはできない』って所だろうよ」



 当たりである。実際美汐が持っている書類にはそう明記されていた。



「断る、と言うより書類ごと送り返せ」



「はぁ。で、言い訳はどうします?」



「そんだな…俺達はあんたらの尻拭いをする為にいるんじゃないと伝えておけ」



「分かりました、そう書いておきます。それともう一つの依頼ですけれど」



 美汐がもう一つの書類を取り出す。



「初音島にて発生した能力者の護衛です。報酬は1千万円、必要経費は全て向こう持ちです」



「ほう、それは気前がいいな。依頼者は?」



「芳乃さくらです」



「あの女の秘蔵子、『Little Witch』か」



 芳乃さくら…世界に数人しかいない魔法使いの直系の孫でまことしやかに不老不死かと噂されている。その幼い容姿から付けられた異名が『Little Witch』だ。祐一は八年ほど前に初音島で彼女と会ったことがある。生家を追放されてから3年間、彼女の祖母を師の一人とし剣や術を学び日本中を旅していた時にだ。



「内容は能力者を捕獲、もしくは殲滅を目的とした組織から守ってほしい。だそうです」



「目星の付いている組織は?」



「最低でも埋葬機関と協会の強硬派と神音が動き始めていています」



 埋葬機関とはカトリック教会の異端審問特殊実行部隊だ。その実態は彼らの言う『神の教え』とやらに矛盾する者が例え人間であっても抹殺するという世界で最も矛盾した異端の退魔組織なのだ。今まで何度か祐一も『神の意に背く者』として襲撃されたがそのたびに返り討ちにしている。最近では仕事中に弓の異名を持つ第七司祭が闇撃ちしてきた際に圧倒的な実力差でコテンパンにのした事は記憶に新しい。最も翌日までに完全に再生した事には少し驚いたが。

 そして協会とは魔術協会の事だ。一般的には倫敦の時計塔等で魔術を研究する秘密組織であるが強硬派と呼ばれる魔術師の一部は一般人を見下し研究の為なら法に触れる行動も何の躊躇いもなく行い協会も見て見ぬふりをするどころか協力する事すらある、ある意味とんでもなく危険な組織だ。

 おそらく今回能力者を抹殺しようとしているのは埋葬機関で捕獲しようとしているのは協会と神音だろうと祐一は予測した。



「…いいだろう、その仕事を受けよう。依頼者にすぐ連絡が取れるよう俺の携帯の番号を伝えておいてくれ」



 祐一は空になったコーヒーカップ置くとここは俺の奢りだと言って伝票を持ってレジへと向かった。

 会計中祐一はふと斜め下、つまりショーケースを見た。そこには土産品の見本が展示されている。



「土産用の苺タルトとチーズケーキの大を1ホールづつ追加してくれ」



 ショーケースを見て数瞬考えた祐一は家族達に迷惑をかける駄賃に土産を買って帰る事にした。

 昨日まで仕事があったのにすぐ次の仕事が決まったのだ。退魔師という仕事の報酬は安くても約十万、高い時には数百万から千万はくだらないが仕事の数が少ないのだ。長いと半年や一年も暇になる事もある。仕事がある事は決して悪い事ではない、最近では仕事が入らないため犯罪に走る退魔師もいるくらいだ。その点では祐一は恵まれている。最も家族と共に居る時間は減ってしまったが。この土産はその謝罪の意味が込められていた。



 ピピピ……



「やれやれ、今日はやけに多いな」



 喫茶店を出たところで再び携帯電話が鳴る。今度は着信だった。発信者は『蒼橙』










―――伽藍の洞



 事務所となっている2階のドアを開けた祐一は何より最初に床に倒れている死体を発見した。一瞬ここの所有者である人形師の蒼崎橙子の新しい作品かと思ったがその死体の顔は見覚えがあった。確かここの数少ない従業員…黒桐幹也だった。



「おい、黒桐が死んでいるぞ」



「そのまま寝かせて置け、昨晩は徹夜だったんだ」



 訂正、ここの数少ない従業員は死んでいる訳ではないらしい。

 祐一は死体改め熟睡中の黒桐幹也を迂回するように接客用のソファーに近づくとこの事務所の主である橙子の前に陣取り口を開いた。



「で、注文した物は?」



「ああこれだ、擬似皮膚コーティングした本物の腕に限りなく近い蒼崎橙子特製義手だ」



 祐一はその義手を受け取ると一言ふむ、と頷き色々な角度から見回す。

 そして普段使用している義手を外し新しい義手を装着した。

 祐一が愛用している義手の原型となった魔術式義手を作ったのも彼女だ。よって自然と企画性は統一されている。だからかなりのカスタマイズが施されているが基本は変わらずこのように簡単に交換することも可能なのだ。

 装着された義手まるで普通の腕のように見える。肩の接合部分さえ見えなければこれが義手だとは思えないくらい精巧な作りをしていた。



「十分だ、相変わらず良い仕事しているな」



「お褒めに預かり光栄だ。それより気を付けろよ、そいつは普通の義手と比べても強度が極端に低いんだ」



「それは大丈夫だ、元々カモフラージュ用に使うつもりだからな」



「そうか、それともう一つの外套だ。注文通り耐刃性・耐衝撃性に今度は耐魔術性をプラスしておいた」



 もっとも耐刃性と耐衝撃性の弱体化は免れないがな。と付け加える。



「助かる。古いのは昨晩のいざこざで燃やされてしまったからな」



「まいどあり」



 祐一は義手と外套をスポルディングバックに仕舞うと代わりに札束を一つ取り出して机の上に置いて立ち上がった。



「それと今度鮮花に魔術の指導をしてやってくれないか」



「黒桐の妹のか? それも呪符術を使わなければ炎以外の五大属性すら扱えない出来損ないの俺に?」



「おいおい、出来損ないってお前は特化しているとはいえ魔法の領域に片足を突っ込んでいるような人間だぞ。それに鮮花も祐一程ではないが火属性に特化してるんでな、鍛冶屋にパンは焼けんさ」



「餅は餅屋、か…次の仕事が終わるまでに考えておく、最も何時終わるのかは分からんがな」



 そう答えると祐一は事務所から出て行った。



「…なあ、殺っちゃ駄目なのか?」



 それから数秒後、部屋の片隅に居た浴衣の様な簡易な作りの着物を着た女性が愛刀を片手に聞く。

 彼女の名は両儀式。この世に2人しか存在しない死を見る眼…『直死の魔眼』を持つ者だ。



「駄目だ、あいつは数少ない収入源なんだからな」



「ちぇっ、祐一と殺り合ったらさぞかし面白いと思ったのにな」



 さも残念そうに呟く式。彼女にとって殺し合いとは子供が夢中になるテレビゲームと同じ感覚なのだ。










―――沢渡神社



「ご主人様の次のお仕事が決まりました」



 日は既に落ち、夜の神社の境内で祐一が買って来たケーキを食べながら神妙な顔をして告げる燐。

 その周囲に居る4人のタイプの違う美女、もしくは美少女もそれぞれケーキかタルトを片手に聞いている。



「で、何処なの?」



「初音島と言う所だそうです」



 燐がウェーブのかかった金髪にヘアバンドをした女性に答える。



「ねぇねぇ、初音島って?」



「一年中桜の花が咲いていると聞きましたよ」



「…桜…見たい……」



 それを聞いて茶色の髪をショートにしたボーイッシュな少女が誰となく聞きそれに長い黒髪に和服の落ち着いた雰囲気の女性が答え、銀色の髪をツインテールにし猫だか兎だか判別の難しいヌイグルミを抱き抱えている表情の乏しい幼女が言う。



「ここからが本題ですが、何時もの通り5人の中から2人がついて行き残りはお留守番です」



 古参でリーダー格の燐の言葉を聞いて4人は真剣な顔になる。

 この4人は燐と同様祐一の使い魔であり彼女達は自ら祐一の使い魔となることを望んだのだ。

 主人と共に居たいとは思うが留守中の家を守らなければならない。祐一はどの組織にも属さない傭兵さながらのフリーの退魔師だ。退魔師とは色々と恨まれやすい職業なのだ、特に同業者に。

 だが仮にも祐一は17歳にして最と強の二文字の称号を持ち常に多くの退魔組織のブラックリストの上位にランクインするほどの兵だ。よって祐一の家族を狙う者も居ないわけではない。最も襲撃者は必ず返り討ちにされ五体不満足にされたうえ社会的身分を全て抹殺されおまけとばかりにダンボール箱に詰め込まれ返品される。それでも襲撃者は後を立たない。血気盛んで自信過剰な若者や名を売りたい駆け出しの退魔師など月一の割合で襲撃されるのだ。

 そんなこんなで5人の中で付いて行けるのは2人のみ。自然と顔が引き締まってくる。

 そして、燐の口が開いた。





「最強の運試し………」



 その名は………





 あっち向いてホイ!










―――同時刻、祐一の部屋



「祐くん、ちょっといいかな?」



「ああ、いいよ真琴姉さん」



 仕事の用意…と言っても持って行く物は少ないが…を中断すると同時に襖が開き寝室着姿の真琴が入ってくる。風呂上りなのかストレートにおろした黒髪が少し湿っていて普段より色気が出ている。



「明日からまた仕事なんだって?」



「……美汐から聞いたのか」



「うん」



 確かに美汐は優秀な情報屋だが身内には甘い。秘匿性を求められる情報屋が誰がどのような依頼を受けたのか教える事は信頼性が欠ける事を意味している。



「昨日まで仕事だったし明日からまた他の仕事。今度は何時終わるか分からないんでしょ?」



「ああ」



「さびしいよ。私も、美琴も…」



「わかった。今晩は思いっきり可愛がってあげよう」



「あっ、んっ…んんっ……」



 そう言うと右手を真琴の腰に回し豊満な胸元に左手を伸ばすと同時に唇を重ね、敷いておいた布団に崩れこむように倒れる。



「ねぇ、一つだけ…約束して…」



「何だ?」



「これ以上彼女を増やさないで。私にだって独占欲はあるんだからね」



「…善処しよう」



 半眼になってすねた様に軽く睨む真琴の唇を再び塞ぐ。今度は貪るような音が聞こえてきた。しばらくすると艶っぽい喘ぎ声と微かな水音と肉がぶつかり合う音が混じり始めた。

 そして祐一の部屋が静かになり灯りが消えたのは真琴が来てから2時間後だった……





 つづく










・・・あとがき・・・



燐「………(スチャ)」

ズキューーーン!!!!

なんの、秘儀・マトリックス避け!!

燐「くっ今度は避けましたか」

二度と撃たれたくないからね。しかし今回は何でいきなり撃つんだよ

燐「何でではありません! 何ですか特に最後の方は!!」

……ふっ、ご想像にお任せしよう

燐「想像って一つしか行き当たらないじゃないですか!」

ならそれでよし

燐「まさか18禁まで書くつもりですか」

さあ?

ズキューーーン!!!! ズキューーーン!!!! ズキューーーン!!!!

逃げ回りゃあ、死にはしない!  何処を見ておる! ワシはここだ! ここにおる!!   分身殺法! ゴォッ○シャドォーッ!!

燐「…随分余裕ですね」

いい加減にしないと出番減らすぞコラ

燐「……御免なさい、ところで今回の話は説明が多いですね」

まあ本編への繋ぎと簡単な世界観の説明が主だからね。で、次回はいよいよ初音島偏です

燐「では3話でお会いしましょう」





・キャラクターファイル#02

・名前:沢渡真琴
・年齢:20歳
・身長:172cm
・3サイズ:92・60・87
・趣味:ウインドウショッピング
・特技:スポーツ全般
・好きな事(物):祐一とのデート、緑茶と羊羹
・嫌いな事(物):しつこい人、陰口

 祐一の義姉兼恋人の1人。その事を本人は認めているがたまにヤキモチを焼く。
 大学に通っており剣道サークルに所属している。高校時代も剣道部に所属しており主将も勤めた。容姿も人柄も良く当時からファンクラブや親衛隊が設立され学園のアイドル的存在だった。
 暇な時は実家である神社で巫女の仕事をしている。





・キャラクターファイル#03

・名前:沢渡美琴
・年齢:17歳
・身長:154cm
・3サイズ:78・56・72
・趣味:ドラマ鑑賞
・特技:お菓子作り
・好きな事(物):姉と兄に甘える事、甘い物全般
・嫌いな事(物):姉と比較される事(特にスタイル)

 祐一と同じ歳の義妹、対外的には二卵生双生児となっている。関係は持ってないものの祐一の事を男性として意識している。
 周囲にスタイル抜群な女性が多いためコンプレックスを持っている。
 風芽丘学園の2年生で剣道部所属。
 暇な時は真琴同様神社で巫女の仕事をしている。