―――…夢………まだ『祐一』の名を与えられる前の、『名無し』だった頃の記憶……



 暑い。

 重い。

 身体が押さえつけられるような圧迫感。

 四肢を切り刻まれるような痛み。

 左眼の奥がチリチリと熱くなり視界が真っ赤に染まる。



「五月蝿いよ、出来損ないの呪われた子」



 耳に聞こえるのは周囲の嘲り声と笑い声に混じった青い髪の少女の声。



「黙ってって言ってるんだよ」



 声と同時に少女が振り上げた白い棒の様なものが振り下ろされる。

 一瞬の間を置いて何かが右腕から飛んで液体が吹き出る。



「ふうん、出来損ないでも血は赤いんだね。初めて知ったよ」



 周囲の嘲り声と笑い声が一層大きくなる。

 そうか。これ…は………



『……………』



 何かが話しかけてきたような気がした。それは耳の鼓膜を振動させるような声ではなく、何か、心に直接響くような声。でもその時ははっきりと聞こえなかった。

 そこで俺の意識は途切れた。










――同時刻、初音島



「に…さ…、にい…さ……、起きてください!兄さん!」



 眼を開けるとそこには妹の姿があった。



「おはようございます兄さん。今朝はうなされてましたけれど何かあったのですか?」



「ああ、子供がリンチされた後、刀で惨殺されそうになる夢を見た…」



「はあ、そうなんですか、それよりも朝ごはんにしましょう。今朝は私が腕によりをかけて作ったんですよ♪」



「そうか、今行く…」



 布団を出ながらそう答える



「(ん?今聞き捨てなら無いことを聞いた気がする)おい…」



 自分が聞いたセリフを聞き間違いと願いながら妹を呼び止める。



「何ですか?」



 妹はまるで天使のような笑顔で振り返る。



「朝ごはんが何だって?」



 気のせいであることを…必死に祈る。



「ですから私が腕によりをかけて…」



「待ってくれ(そんな……)」



 うれしそうに答える妹の声を遮り、必死で声を絞り出す。

 ちなみに今の妹のテーマソングは…

 て〜ん〜し〜の〜よ〜おな〜、あ〜く〜ま〜の〜え〜がお〜♪

 こんな感じだ。



「何ですか?」



「今日は朝食はいらない…」



 潤んだ瞳で見つめる妹、俺の顔は恐怖で青ざめている事だろう…



「え〜〜〜〜〜!何でですか!私の手料理食べたくないんですか!?」



 と、妹が顔を膨れさせながら抗議の声をあげる。



「(お前の手料理だからだ!)すまん。体調がよくないんだ」



 内心、妹に悪いと思いつつも本気で体調が悪くなりそうなので答える。



「ほんとに食べてくれないんですか?」



 妹が今にも泣き出しそうな眼で俺を見る…

 妹の哀願するような瞳には逆らいきれないが、今は自分の命が惜しい



「ジャイアンシチューすら凌ぐおまえの殺人料理に特攻する勇気は…あ」



 妹の額にでっかい#(ぶちきれマーク)が複数憑いて(←誤字に非ず)いる。

 この時、自ら墓穴を掘った事を知った。



「さあ兄さん、覚悟してくださいね♪」



「ひいいいいぃぃぃぃ!!」



「おトイレはすませましたか? 神様と仏様とエジソン様にお祈りは? 部屋の片隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はおっけい?」



 そして、殺戮が始まった………



「いやあああぁぁぁーーー!!お止めになって音夢さまあぁぁぁ!!!」



「暗いよ怖いよ狭いよーーー!!!!出してぇーーーー!!!」



「広辞苑はいやあああぁぁぁぁぁ!! あ、六法全書も反則ぅぅぅぅ!!」



 こうして朝倉家は戦場と化した。















 竜王と少年・第1部
 第1話「一時の静寂、平穏を破るもの」















 沢渡神社。

 海と山のある海鳴市に八百年近い歴史を持つ由緒正しい剣の神『布都之御魂』を祀る神社でその後取りにあたるのが長男で宮司の沢渡祐一である。

 正月にもなれば俄か信者で溢れかえるものの時期が時期だけに境内には誰もいない。



「最悪な夢だ」



 自室である八畳の和室にひかれた布団の上で祐一はランニングシャツにトランクスという半裸の一歩前な姿で一人吐き捨てるように呟いた。秋とは言えまだ暖かい日々が続いているので風邪をひくことはないだろう。

 祐一が見た夢は彼が今の『沢渡祐一』に変わった原因の一つとなった夢だ。



『まだ痛むか?』



「ああ、専門家に言わせれば心に付けられた方の傷が原因だそうだ」



 この部屋には祐一以外にいないが声が響いた。

 姿は見えないが祐一にはこの声の主は分かっていた。

 生まれる前から祐一を宿主としていたいわゆる守護神であり契約をした八大竜王が一人、火を司る黒竜の王『倶利伽羅竜王』だ。有名なものでは不動明王像が持っている剣に絡みついている竜だ。神話によってはバハムートやべヒーモスとも呼ばれている。

 祐一はそっと右の二の腕を撫でる。指に伝わる冷たさが現実を教える。

 あの事件から10年近く起つが未だに痛む。世話になった人形師によればこれは外的な痛みではなくより内的、つまり心理的な痛みだそうだ。拳を閉じたり開いたりする。神経は繋がっているので無機質な腕はきちんと動く。



『それにしても昨日仕事があった割には早い方だな』



「まだ7時の頭だ…よっと」



 祐一は枕下に置かれた無骨な目覚まし時計で時間を確認してから立ち上がる。

 時計の針が指しているのは7時4分。深夜まで起きていた割には倶利伽羅竜王の言う通り早い時間だ。



『ん?起きるのか』



「ああ、飯を食って来る…」



『ならばせめて着替えてから行け』



「…そうする」



 障子を開けようとした祐一はくるっと回れ右をすると一旦戻りハンガーに書けてあった今では珍しい着流しを身に付け出て行った。



『…すまんな祐一、全ては儂の責任…』



 倶利伽羅竜王の言葉は誰にも届くことはなく生活感の少ない部屋には一振りの太刀のみが残されていた。










「おはよう…」



「あ、祐くんおはよう」



「お兄ちゃんおはよう」



 居間に入った祐一を迎えたのは先客の2人。

 長身に長い黒髪をポニーテールにした女性の名は沢渡真琴。祐一よりも3つ年上で大学生で剣道サークルに所属しており高校では剣道部の主将で全国大会まで出場するほどの実力の持ち主だ。

 真琴と似た顔立ちでシュートボブに風芽丘学園の制服を着た少女の名は沢渡美琴。真琴の妹で祐一を兄と呼んでいるが歳は同じで真琴が通っている大学の近所にある高校に通っている17歳だ。剣道部に所属しており素質はあるが姉の真琴程はない。

 10年前に牢と言う名の生家から連れ出され養子となった祐一を優しく迎え入れてくれた初めての家族だ。



「おはようございますご主人様、今朝はお早いのですね」



「ああ、夢見が少し悪かったのでな」



 祐一が入ってきた方とは反対側からメイド服を着て鍋を持った少女が入って来た。栗色の艶やかな長い髪が入り込んだ朝日に映える。

 少女の名は燐。苗字は無い。

 それというのも彼女は厳密には人間ではない。彼女は祐一の使い魔だ。

 使い魔とは主と契約を交わし死ぬまで己の全てを捧げた存在の事を指し日本の陰陽道では式神と呼ばれている。

 もっとも燐は元々人間の姿をしていたわけではないがそれについてはまた今度。

 しかし和室にメイドとはかなりミスマッチな光景だ。

 これは祐一の趣味ではなく燐が「主に仕える人間」について独自に調べ、出した結果がこれだった。

 最初のころは真琴と美琴は身が引きつったりとんでもない勘違いをしていたが今ではもう慣れきってしまった。



「あら祐ちゃん、おはよう」



「おはよう、琴絵かあさん」



 燐の後から真琴によく似た女性が入ってくる。

 歳の頃は20代半ばに見えるが実は真琴・美琴の実母である。

 とても年頃の娘2人の母親とは思えない。知らない人が見れば間違いなく姉妹だと思うだろう。

 時々祐一も「この神社は高原黒沢神社みたいに不老不死の秘術でもあるのか?」と本気で考えてしまい、蔵の奥から古文書の類を引っ張り出して来た事もあった。



「それではいただきましょう」



 そう燐が言うと全員が席につく。

 食卓の上には玉子焼きや金平ゴボウといった和風の朝食が並べられている。

 それぞれ一言いただきますと言い朝食に手を付けた。










「真琴、美琴、そろそろ出ないと遅刻しますよ」



 時間は7時45分をまわり、琴絵に言われ2人は古めかしい壁かけ時計としばし見詰め合う。

 そして行動を開始した。美琴は慌ててご飯をかき込み、真琴は洗面台へと走る。



「皆さんの分のお弁当は台所に用意されておりますのでそれぞれ持って行ってください」



 燐お手製弁当は沢渡家皆の楽しみの1つだった。

 経費削減という意味もあるが燐は料理作りは好きで何よりその腕前はプロと言っても通用するほどだ。



「「行ってきまーす」」



「はい行ってらっしゃい」



 数分すると玄関から2人の声が響き琴絵が答える。



「燐、お茶お替り」



「はい、かしこまりました」



 時間を気にせずゆっくりと朝食を取っていた祐一が差し出した湯飲みにお茶が注がれる。

 祐一は生まれてこのかた学校へ行った事は無い。

 身体を理由に虐めや入学拒否されたという事もあるが半分は本人の希望だ。

 最も勉強しないわけではない、むしろ独学で様々な知識を取りいれ今年には大検を受け高校卒業資格を取っていた。



「あら?」



 琴絵が何かに気付いたような声を上げた。



「美琴ったらお弁当を忘れていきましたね。祐ちゃん、お昼までに届けてあげてくれないかしら?」



「了承」



 今日は何もする事が無いためお茶を啜りながら了承する。祐一の昼の行動は決まった。










 祐一は基本的に寝る、釣り、盆栽いじりが主な趣味と公言している。それ以外には古書街巡りや刀剣作りもあるのだが若いくせに妙に何所か歳よりじみた少年だった。

 ぱちん。

 数分手に取った松の盆栽を見回し微妙な枝をハサミで切り落とす。そしてまた見回し始める。

 それを繰り返し満足げな表情を浮かべると棚に戻し水をやって次の盆栽に取り掛かる。

 縁側では沢渡家で飼っている子狐のマコピーが燐の膝を枕にして日向ぼっこしその近くで子犬のハクと子猫のピロがじゃれあって…正確にはハクが一方的にじゃれ付いて…いる。

 ハクとは昨夜祐一が浄化した妖魔に付けた名だ。



「ご主人様、ハーブティーが入りました」



「ああ」



 ポットの中で良い具合に蒸されたお茶がカップに注がれ心地よいハーブの香りが辺りを漂う。

 祐一は燐の隣に腰掛けるとカップを受け取り一口啜った。



「どうですか?」



「旨い」



 あっさりした祐一の答えにも燐は嬉しそうに微笑みマコピーと避難して来たピロの頭を優しく撫でる。

 沢渡家ではゆっくりな時間が流れていた。

 だがそれは一人の来客によって壊された。



「やっほー、祐一」



 不法侵入よろしく垣根を飛び越え堂々庭に入り込んだのは白いハイネックのセーターに紺色のスカート、外人を思わせるショートの金髪に赤い瞳の女性だった。



「またそこから入って来ますか…何度も玄関から入ってきてくださいと言ってますが…」



「はい、お土産」



「(聞いてないし)」



 燐のお小言を無視して女性は手にした紙袋を祐一に渡す。



「アルク、お前一応吸血鬼なんだから真昼間から出歩くなよ」



 女性の名はアルクェイド=ブリュンスタッド。通称アルク。そう離れていない街で少し前に起きた吸血鬼事件から日本に住み付いている真祖に分類される吸血鬼だ。

 吸血鬼といっても彼女は血を吸うことを嫌悪し、死徒と呼ばれる吸血鬼を狩る存在ゆえにその存在を多くの退魔組織から黙認されている。



「今度は北海道か」



 祐一が紙袋から出した札幌味噌ラーメンの箱を見ながら呟く。不定期にぶらりと気紛れな旅に出るのが最近のアルクの趣味となりつつあった。



「うん、美味しいよ」



「俺は塩味の方が好きなんだが」



 他愛の無い会話が続く。

 アルクの存在を黙認している退魔組織が多いとはいえ彼女を排除しようとする組織も少なくない。

 それを考えると『吸血鬼と退魔師が真昼間から仲良く話をしている』のは結構可笑しな光景だな、と祐一は思った。



「アルクェイド様」



「ん?」



「何故勝手にクッキーを食べているのですか!?」



 目の前にはお茶請けのクッキーを口一杯頬張ってリスのように頬を膨らませているいるアルクェイドがいた。

 燐がお説教をしアルクは聞き流す。何時も恒例の行動である………このあと燐の影術とアルクの空想具現化がぶつかり合う第惨事になりかねないが。

 そんな光景を見て今頃は遠い倫敦の空の下に居るであろう老師も燐と同じくアルクェイドに説教をしていたのかな、と思ってしまう。老師とは祐一の師の一人である世界に数人しかいない魔法使いの一人、魔道元帥キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグの事だ。その多くが互いの腹の探り合いしか頭に無い魔術師の中で好々爺とした彼は祐一でなくとも好感を持てる人物だ。

 そんな彼だが何の因果かアルクェイドの爺やをしているらしい。始めて会った時のアルクェイドは長い金髪にシンプルな純白のドレスが似合う堂々凛然としたお姫様であったが日本で再会した時には何故か優雅独尊天下無敵のアーパープリンセスと化していた。



「ああ、平和だな…」



 そんな考えを打ち切り燐の説教をBGMにして祐一はハーブティーを一口飲むと野生の本能で祐一の側に避難して来たマコピーとピロとハクをそれぞれ順に撫でるのだった。

 そしてふと祐一は気付いた。子狐のマコピーが不機嫌そうな目つきでいたことを。



「む、どうしたマコピー」



「あうっ、あたしにはまことってゆう立派な名前があるのよぅ」



 子狐がポンっという音を立て狐色の髪に和服に近い衣装を纏った子供の姿になる。

 彼女は古来から東洋に住む魔物である妖狐族の末姫でかの有名な大陰陽師安部清明の姪に当たり八百年程生きた魔物だ。

 妖狐族は元来静かに暮らす魔物だが時として気まぐれに人を化かす。ただそれだけの理由で7年前に妖狐族の隠れ里の一つであるものみ丘を中心に退魔組織『神音』により大規模な妖狐狩りが行われその数は激減している。また妖狐族の革は耐魔術防御力に優れた高級防具となるため密猟者も後を絶たない。



「お前のような半人前には勿体無い程良い名だ」



「あうぅ〜、妖狐族は人化の術が使えるようになれば一人前よぅ」



「……耳の尻尾が出ているぞ、半人前」



「あうぅぅぅ!」



 まことは狐の様な耳と尻尾を隠すように両手で抱えると茂みの中へそそくさと逃げていった。

 それからしばらくしてアルクェイドはクッキーを完食して帰り、祐一は境内の掃除をしている琴絵に行き先を告げると出かけて行った。










――風芽丘学園



 電子音のチャイムが鳴る。

 昼休みの始まりを告げる音だ。

 美琴が通う学園に祐一は気配を立ちきり気付かれなくなる『隠行の呪符』を使い敷地内に入って行った。

 元来外部者の出入りをそれほど厳しく取り締まっていないが念には念を入れてだ。

 美琴の教室は2階の3番目の教室だ。迷うことなくそこへ向かう。



「あれ、お弁当がない…?」



 喧騒に包まれ始めた教室で美琴が鞄の中を覗きこみあせっている。

 どうやら入れ忘れた事に気付かなかったらしい。

 祐一は隠行の呪符を解除すると教室の扉を開けた。



「美琴、忘れ物だ」



「あ、お兄ちゃんありがとう♪」



 入ってきた祐一に抱きつく美琴。一瞬で教室がざわめき始める。

 大きなサングラスで顔が隠れているがそれでも祐一は美系に分類される。身体も背は高くどちらかと言えばスマート、だがしっかり筋力はついている。

 ホウ、と数人の女子生徒が溜息を吐く……と、その反応を見たのか、嫉妬混じりの殺気を発する男子生徒陣。

 気付けば教室内のほとんどの視線が祐一に集まっていた。

 祐一は視線に気付いていたがあまり気にもせず美琴と2、3話すと帰路についた。

 そして美琴への尋問が始まった。美琴は女子一同に囲まれ昼休みの大半を質問攻めで過ごすことになった。

 この日の放課後、沢渡美琴ファンクラブが会合を開き打倒祐一を誓うのはまったく関係無い話である。










―――墓地



「よお、悪いな…命日に間に合わなくて」



 祐一は学園から帰る途中に立ち寄った小高い丘の上にある墓地で手にしていた花束を活け墓石の前に供える。



「今年は仕事が重なってしまってさ」



 祐一は墓石に手を添えながら語りかけるように話す。



「それと昨日、神音の奴らに会ったんだ……あいつら変わって無かったよ。10年前、お前を殺した時と全然………」



 親友と話すように語りかける祐一。

 そこに埋葬されているのはかつて我が身の一部であったモノ……



「じゃあ…次来るまであの世で元気にやって行けよ………祐一」



 その墓石の名はこう刻まれていた、『相沢祐一』と。










――某病院



 ここは通常の総合病院であるが裏の顔がある。それが退魔組織『神音』直轄の病院という顔だ。

 それで作られた特別病棟のベッドの上の住人になっている少女が2人居た。



「口惜しいね。舞」



「…はちみつくまさん」



「絶対に仕返ししようね」



「……倍返しで…」



 倉田佐祐理と川澄舞だった。佐祐理は腕を吊るし舞は腹部を固定されている。

 この2人は昨夜、祐一と戦い負傷したのだ。










――昨夜



「いきますよー♪マジカルサンダー☆彡」



「雷の呪符!」



 佐祐理が持つマジカルなステッキ(確)から放たれた電撃が祐一が投げた呪符に蓄えられた魔力によって発せられた雷の弾丸とぶつかり合い相殺される。



「もらったっ…!」



 佐祐理が魔術を放ちその隙に舞が接近する。相手が魔術で対抗すれば舞が切る、避けたとしても同じだ。息の合った2人だからこそ出来る連携攻撃、それが2人の必勝法だった。しかし今回ばかりは相手が悪かった。

 舞は術を放った隙をついたが祐一には防がれた。



「その程度で隙を突いたつもりか?」



「そんな…」



 舞の西洋剣を防いだ物、それは祐一の右手だった。



「こんな腑抜けた剣じゃ…」



 祐一は無造作に掴んだ西洋剣の刃に少し力を込める。



「蝿すら殺せない!」



「っ!!」



 ガシャアーンと音を立てて砕け散る剣。柄しか残っていない愛剣を見て舞は呆然としたまま立ち尽くした。



「舞から離れなさい!マジカルフレア!!」



 今度は笑顔に余裕の無い佐祐理が放った魔術で上がった火柱が祐一を包み込む。



「舞、大丈夫?」



「はちみつくまさん…殺ったの?」



「あはは〜マジカルフレアは佐祐理が使える魔法の中で一番強力な魔法で魔物だっていちころなんですよ〜あの男も灰すら残りません」



「…お腹減った」



「あはは、じゃあ牛丼でも食べに行こうか?」



「相手を生死も確認せずに随分と余裕だな」



「はえ?」



「!!」



 祐一を殺したと思い緊張が抜け背を向けた2人に再び戦慄が走る。

 何時何処から出したのか祐一が左手に持っている鞘に収まった太刀に炎が吸い込まれるように消えていく。



「にしてもお気に入りが台無しだ」



 祐一の服は無事だったが付けていた外套と手袋は燃え尽きてしまった。燃え残った裾を払い落とし露になった祐一の右腕に佐祐理と舞の目が止まる。



「その右手、機械義肢…オートメイルだったんですね」



「だから剣を掴めたし折ることもできた…インチキ」



「そうですね♪ 種が分かった手品ほどつまらないものなんてありませんよ〜」



 舞の攻撃を防いだ種明かしができたため再び余裕を持って舞は素手で突撃し佐祐理は魔術を使おうと構える。しかし彼女達は一つ忘れていた。祐一はどうやって炎を消したのかと言う事を。



「そうそう、こいつを持ったままだったな…『構造解析、鋼鉄』、『汎用練成陣“鉄系”選択、分解』、『錬成図“槍”選択』、『他錬成工程省略』………」



 祐一が右腕の義手に掴んだままの折った剣の刃を見せ一度握り直すと電気が走ったような音と光がする。光が収まると手に持っていた鉄屑と化した剣は立派な槍に変わった。祐一は錬金術を使い一瞬で再構築したのだった。

 祐一は錬金術で必要な『練成陣』を一々作らない。祐一が独自に組み上げた『汎用練成陣』、つまり簡単な組み換え選択のみで様々な素材に使える錬成陣が義手の骨格に刻まれているのだ。これにより例外を除いて最速で錬金術を使うことができる。



「『練成完了』…返してやるよ!」



「ごふっ………!」



 その槍を突撃して来た舞に向かって投げつける。全力疾走していた舞は完全に避ける事は出来ず右腹部を貫かれアスファルトに貼り付けにされた。



「舞ーーー!!!」



「他人の心配をしている場合か?」



 一瞬で間合をつめた祐一は神速と言えるスピードで抜刀しマジカルなステッキを一刀両断し片腕を断つ。



「っうう!!」



「我に眠りし黒き竜王よ、その力を貸したえ……終わりだ…『灼爛紅蓮』!!」



 反転して向けた太刀の先端から一瞬で溜めた巨大な紅蓮の炎が撃ち出される。しかし炎が当たる瞬間、佐祐理の姿がかき消えた。



「………空間転移で逃げたか」



 祐一は警戒を解かずに呟くと太刀を仕舞った。

 空間転移と言ったが実際には違う事は判っている。空間操作系の魔術はもはや『魔法』の領域なのだ。それが完璧にできる人間を祐一は2人しか知らない。

 おそらく佐祐理は舞と共に魔術レベルまで改悪された擬似的な空間移動系の魔術で逃げたのだ。

 2人がいた場所…特に舞が串刺しされた場所には血の池が出来ていた。

 不完全で劣悪な模造品とも言える擬似空間移動は100メートルも移動できない。おそらく2人はまだそう遠く離れていない場所にいるであろうが祐一には追う気は無い。それは絶対的な自信かそれとも慎重なのか。おそらく両方であろう。

 祐一は後始末をし証拠を消し終えるとサングラスを外した。右眼は闇夜でもはっきりと真紅の色をしている。

 不意に今まで隠れていた月が裏路地を照らすように顔をだす。

 月光で闇に薄っすらと浮かび上がった祐一の左眼は無機質な輝きを放ちながら何処も見ていないようだった。





 つづく










・・・あとがき・・・



というわけで第1話でした。

燐「もう少しちゃんとやってくれませんか?私の出番も少ないですし」

いいじゃん、とりあえず前回の都合もある事だし。

燐「はあ、何故こんな計画性のない人がSS書くんでしょうか?」

じゃ、とりあえず人物紹介逝ってみよー

燐「…無視ですか。それも字が違いますし」





・キャラクターファイル#01

・名前:燐
・クラス:使い魔
・年齢:17歳前後(外見上)
・身長:168cm
・3サイズ:90・57・88
・趣味:日向ぼっこしながらお茶会
・特技:家事全般、ハーブの栽培
・好きな事(物):祐一の役に立つ事、動物
・嫌いな事(物):祐一に敵意・悪意を持つ者、退魔組織『神音』
・武器:双鞭、デザードイーグル改
・異名:影の支配者

 明るい栗色の背中にかかるまでの艶やかなロングヘアーに童顔の美人で長身で抜群のプロポーションを誇り家事全般を得意とするパーフェクトメイドでご主人様(祐一)至上主義。
 メイド服を着ているのは主に仕えるのに相応しい服装と思っているためであり決して祐一の趣味ではない。
 足首まで届こうかとするロングスカートの中に武器を隠しており鞭と銃の腕は祐一より上で影を操る能力がある。
 絶世の美少女だが実は祐一の使い魔。





こんな具合かな

燐「そんな……」

ん?

燐「趣味特技ならともかく3サイズまで乗せるなんて……うふふふふ……」

り、燐が壊れたー!?

燐「     殺     シ     テ     ア     ゲ     ル     」

ちょ、ちょい待て! その手に持っている物騒なものは何ですか?

燐「ええ、ただのデザードイーグルを改造した銃ですわ」

な、何か銃口がこっちに向いてる気がするんですけど?

燐「お気になさらず。ただそちらに弾丸が飛んでいくだけですよ」

気にするわ!!

燐「天誅!!」

ズキューーーン!!!!

は、腹に穴がァァァァァ!!!

燐「………何故生きているんですか?」

さぁ?

ズキューーーン!!!! ズキューーーン!!!! ズキューーーン!!!!

燐「ふう、こんな馬鹿が書いた作品ですが、よろしくお願いします(ぺこり)」




※バハムートとべヒーモスが同一の存在だというのは結構有名な話ですが倶利伽羅竜王と同一という設定は作者のオリジナルです。