深夜、人気のない路地裏。そこに少年と少女が舞い降りた。
少年は黒い外套に絹の手袋、そしてこの暗い中顔の半分を覆う程のサングラスをかけており少女の方はエプロンドレスにフリルのカチューシャと俗に言うメイド服を身に付けている。極めて異質なカップルだった。
竜王と少年・第1部
プロローグ「終わりは始まり」
そんな2人の10mほど前に異形なモノがいた。
犬科の動物を思わせる頭部に鞭の様な尻尾を持ち二足歩行をし、鋭い鍵爪を持つ四肢の筋肉は丸太の様に太く体を黒く針のように鋭い体毛に鎧の如く覆われた全長は2mを超すほどある怪物だ。
その怪物は妖魔と呼ばれる存在だった。
妖魔とは生物が邪気などの負の空気を吸いすぎて変質してしまったものだ。この妖魔はおそらく犬が変質したモノなのだろう。
妖魔は体中には斬られたり焦げたりした傷痕、更にはどうやったのか爆発させたような傷まであり妖魔の血であろう紫の液体が流れこびりついている。
妖魔が2人に向ける恐怖という感情から2人によって付けた傷だと分かる。
「ようやく追い詰めたぞ、鬼ごっこはおしまいだ」
少年の言葉に妖魔は更に身構える。
犬が母体となった妖魔は人間の言葉を理解で切るほど知能は持たず本能のみで行動し、人を襲う。今夜も人を喰い腹を満たそうとし2人に襲い掛かるが逆に追い詰められる結果となった。
「燐、下がっていろ」
少年の言葉に燐と呼ばれたメイド服の少女は数歩下がる。
「…辛かったのだろう?苦しかったのだろう?」
少年は警戒することなく妖魔に一歩、また一歩近づきながら語りかける様に話しかける。
妖魔は更に警戒し体毛を逆立てて威嚇するように唸る。
少年と妖魔との距離が3メートルを切った所で妖魔は少年に飛び掛った。
少年は無造作に右腕を掲げる、妖魔がその腕に噛み付きゴリッと音がした。
骨を噛み砕いた音ではない。もっと硬い何かに噛み付いた音だ。
「今、楽にしてやる…」
少年の言葉と同時に少年から溢れ出した蒼い光が妖魔を包みだす。
次の瞬間、妖魔は苦しみだした。蒼い光によって邪気が浄化され始めたためだ。
蒼い光に包まれた妖魔が小さくなっていく。
光が収まるとそこには額に瘤の様な角が生えた真っ白な子犬がいた。
「完全に浄化されずに力が残ってしまったか」
少年の能力で負の力を浄化したはずだがそれでも残った力の象徴は額の角だ。
子犬はキャンと甲高く一声鳴くと少年の足下まで来て短い尻尾をはちきれんばかりに振りじゃれ付くように身を寄らせた。
「ご苦労様です」
何時の間にか近づいてきた燐が子犬を拾いあげる。
子犬は今度は燐の顔を舐めじゃれ始めた。
「この程度疲れた内には入らないさ。それより燐、この子を連れて先に帰って食事の用意を頼む」
「ご主人様は?」
既に仕事は終わったはずなのに燐は不思議そうに聞き返した。
「後片付けとそこでこそこそ隠れて覗き見している奴らの相手をしてから帰る………とっとと出て来い、そこに居るのは分かっているんだ」
少年が声を上げて数秒後、目の前の空間が陽炎の様に歪み黒髪をポニーテールにした無表情で西洋剣を持った少女とお嬢様風で笑顔を浮かべマジカルなステッキ(仮)を持っている少女が姿を表した。
「ふえ。どうして分かったんだろうねぇ〜舞」
「…佐祐理の魔法は完璧だった」
「お前達…どこの所属だ?」
不思議がる(といっても片方は無表情なのでよく分からない)2人に対して少年は厳かに、しかし強い口調で問う。
「私達は『神音』」
「あはは〜いくら何でも名前くらい聞いた事ありますよね〜」
少年の表情が僅かに変わり燐の方を向く。燐は少年が言いたい事を察し頷いた。
「ではご主人様、お早いお帰りを…」
燐は優雅にお辞儀をすると抱えた子犬と共に自らの影に沈んで行き、消えた。
「あはは〜逃がしちゃいましたね。知っていたらアレが何処に行ったか教えてくれませんか〜?」
「その言い方、最初から俺達を殺す気だったか」
「…アレは人じゃない、それとお前は私達ほどじゃないけど強い」
「だから私達の邪魔になる可能性があるんですよ〜」
「雑草の芽は早いうちに摘んでおく」
「…なるほど、いいだろう」
少年は外套の中から数枚のお札を取り出し構える。
「来い、殺魔師ども」
「いきますよー♪マジカルサンダー☆彡」
この時少年はふと思った。マジカルなステッキ、(仮)から(確)に格上げ。
―――某所
「うーん、思ってたより早く動いてるみたいだね」
金髪をツインテールにした幼女は電話を置くと疲れたように呟いた。
幼女の名は芳乃さくら。見る者によっては小学生に見えるがれっきとした15歳である。
「彼に頼むしかないか…」
さくらは書類を取り上げ流し読みする。
そこには一人の少年の写真と簡単なプロフィールと紹介文の様なものが書かれていた。
「最強のフリーの退魔師、『紅鋼竜』の沢渡祐一に…」
つづく